幸せになろうね 改め しあわせだね

日々の生活の中のほんの小さな出来事をどう捉えるかで
私達はすぐにも幸せになれるのです。

自立

2012年11月22日 17時52分03秒 | ひとりごと

それじゃあね、と振り返りもせず
   小一の吾娘(あこ)は初一人旅


 21年前
娘が小学校一年生になったときの夏休み
名古屋駅から福井までの2時間10分を
一人で特急しらさぎに乗せた。

それは彼女にとっての初一人旅であり
私にとっての初“子供放し”でもあった。

もちろん、福井の駅には
おばあちゃんである美代子さんがプラットホームまで迎えに出てくれるし
車掌さんにもお願いしてあった。

ただ電車の中で座っているだけのことなのだから
問題などないはずではあるが
でも、今日この頃のこと
どんな事件に巻き込まれるやもしれないと思うと、
送り出したはいいが
着いたという連絡をもらうまで
心配で心配で気が気ではなかった。

ああ、こんなことなら一人でなんか行かせるんじゃなかった・・・
と、どんなに後悔したことか。


後で本人に聞けば
生意気にも
「私は大丈夫なのに、
 後ろの座席のおばちゃんたちが
 いろいろ声をかけてくれてうるさかった」
と言うぐらい
有難くも周りの親切を受けていたようだった。


結局、娘の初一人旅は
本人よりも母親にとって
ハラハラドキドキ
心配な二時間だったことになる。



 これを皮きりに
彼女はよく一人旅をすることになる。

 一人っ子であるがゆえに
甘えん坊になってはいけないと
私は彼女を強く育てることを芯においていた。

いずれ、私たちは死ぬ。
その後、彼女は一人で生きなければならない。
私が彼女に残してあげられるのは
一人でも生きられる強さを育てることだけだ…

ずっとそう思って彼女を育ててきた。

だから、幼い頃から
よく、一人でいろんな企画に参加させた。
見知らぬ人々の中に放り込んだ。
泣いて帰ってきたこともある。

そんな時、私はいつも心配していた。

今頃一人で辛い思いをしているんじゃないだろうか、
ちゃんとみんなと仲良くできているだろうか、

あれこれ心配して
彼女が帰って来るまで生きた心地がしなかった。


「そんなに心配なら、始めから出さなきゃいいだろう」

夫は冷たく言い放った。




 やがて、彼女の成長に伴い心配の質が変わった。

経験していることも
旅する範囲も
もう、私の手の届かないところまで広がった。

私にできることといえば
彼女が精神力強く
いろいろなことを自力で乗り越えてくれるように願い
無事に過ごしてくれることを祈るばかりとなった。


 心配や不安は災いをもたらしこそすれ、なんの守りにもならない。
どうせするならば、無事に、幸せに過ごしているイマジネーションに限る!!


そう学んでからは
ひたすらそれを自分に言って聞かせた。

が、ちょっと連絡が取れなかったり
ちょっと、うまくいっていないことを聞かされると
ついつい、心の中は不安と心配に覆われてしまう。
そんな自分の心を立て直すのにはかなりのエネルギーが必要だ。

結局、彼女が様々な困難を体験したり
見知らぬ土地を旅しているとき
私もまた
心を鍛えられていたことになる。


 おかげさまで、ようやくこの頃
彼女の持つ運の強さを信じることができるようになった。

「だいじょうぶ!!
 ちゃんと守ってくださっている方々がいらっしゃる。
 起きることは皆学び。
 彼女にとって必要だから起きる。
 彼女は必ずそれをクリヤーする」

そう、信じることができるようになったのだ。
そして
そのことに力を貸してくださっている方々に心から感謝している。

「感謝しなさいよ。
 感謝さえ忘れなければ
 必ず何とかなるからね」

と、口を酸っぱくして彼女にも伝えている。




 そんな彼女はこの10月にニュージーランドに行ってしまった。
就労ビザと国際免許を取り
いつまでという期限なしに
ひとりかの国に旅立って行った。

空港まで見送った私たちに彼女は一枚のカードを手渡してくれた。


「今まで本当にお世話になりました。

 普通の道を歩けない私を包んでくれてありがとう。

 いっぱいいっぱい数えきれない体験をさせてくれてありがとう。

 全てを許してくれてありがとう。

 たくさんの愛をありがとう。

 お父さんとお母さんの子供として生まれてこれて

 本当によかった。

 ニュージーで待ってるね。

 行ってきます」



 思えば
自分たちの常識とは違う道を歩もうとする彼女が理解できなくて
受け入れられなくて、
随分とぶつかった。

彼女が私たちを拒否した時期もあった。

互いに苦しんで、悲しんで、辛くて・・・


でも、私たちが
自分たちの常識を押し付けるのをやめたときから
彼女は変わり始めた。
それは
私たちにとって決して容易なことではなかったけれど
彼女の人生は彼女の物
どんなふうになっても
彼女が自分で責任を持って生きればそれでいい、
もともと人生は
いろんなことを体験するためにあるのだから、
と腹を据え
よけいな心配はせず
ありのままの彼女を受け入れられるようになったとき
彼女もまた
私たちに歩み寄るようになってきた。

そして

「彼女は大丈夫!!」

と本気で信じるようになってから
私たち親子は少しずつ打ち解けるようになったのだった。


 結局
この長い子育てを通して
私たちは
自分の常識や概念を捨て
他を受け入れるということを学ばせてもらったのである。



 カードを一目読み始めた途端
私も、夫も涙があふれて止まらなかった。


愛とはありのままを受け入れることである

どこかで目にしたこの言葉をつくづく実感した瞬間だった。




 彼女を乗せた飛行機は
雲一つない真っ青な秋の高い空にどんどん吸い込まれていった。


吾娘(あこ)飛び立ちて空高し 自立

 

 娘はすでに自立し、己が道を歩き始めている。

子離れし、自立しなければならないのは私のようだ。







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