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登山、渓流釣りを卒業して四季の花を愛でています

深田久弥山の文化館に行ってきました

2021年11月22日 | インポート
17日の水曜日に日本百名山で有名な「深田久弥、山の文化館」に行ってきました。
1913年に一度行ってブロブで紹介しています、今回家族が行くので車に便乗
してゆきました。
山の文化館は明治四十三年に絹織物工場として建てらましたが改装してつくられ
ました、ここでは昭和五十年代半ばまで絹織物が生産されていました。
門をくぐった入り口に大きな銀杏の木があります、この季節は銀杏が黄色く色着
き、地面は散った銀杏の落ち葉が敷き詰められて風情を出しています。
敷地全体が塀で囲まれた歴史を感じるお屋敷になっています、入り口正面の事務
棟と渡り廊下でつながれている石蔵は元々生糸の保管庫として使われていました
が現在は展示室になっています。

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               深田久弥 1903~1971
登山家であり、山の文学者で知られる深田久弥は加賀市大聖寺に生まれました。
昭和三十九年に発表した「日本百名山」は、読売文学賞を受賞し、登山愛好者
たちだけではなく、多くの人々に愛読され、日本の山の美しさを人々に再認識
させる大きなきっかけをつくりました。
しかし、シルクロード研究や「世界百名山」を執筆中、昭和四十六年三月に
茅ヶ岳に登山中、脳卒中で亡くなりました。六十八歳でした。

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切手にもなった登山中の深田久弥,キスリングザックがなつかしいですね。



以前に訪れた時はありませんでしたが、立派な資料展示室が出来ていました「九山山房」。
深田久弥が収集した山に関する書籍やご自分が執筆した書籍やご自分で執筆した原稿が
載っている書籍がぎっしりと詰まっていました。

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展示室には深田が詠んだうたや俳句、それに収集したパンフレットやそれに深田
の思い出の品が展示されていました。

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良く使い込んだ愛用のコッフェルが展示されていました。

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深田が属していた錦城山岳会が使っていた登山用品(コンロ)

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深田が愛用していた登山用品。

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絹織物工場の時に生糸を保管していた石蔵、生糸は金と並んで貴重品だったので
石蔵に保管していたのでしょう。
金庫の様な扉が凄い!。現在は展示室になっています。

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事務棟二階が和室になっていて、談話室として利用しています。

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離れが喫茶ルームになっていま、「聴山房」コーヒーをいただいてきました。

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中庭のお休み所に無造作に置かれた丸太の椅子と机?。

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日本人はたいていふるさとの山を持っている。
山の大小遠近はあっても、
ふるさとの守護神のような山を持っている。
そしてその山を眺めながら育ち、
成人してふるさとを離れても、
その山の姿は心に残っている。
どんなに世相が変わっても、
その山だけは昔のままで、
あたたかく帰卿の人を迎えてくれる。
私のふるさとの山は白山であった。
    深田久弥「日本百名山」より

門を出て直ぐ左が橋になっていて、橋の下には大聖寺川が流れています、
少し前まで大聖寺川に遊覧船が運航していました、その頃の船着き場の跡が
今でもあります、現在は土砂の流入で川が浅くなって遊覧船は運航して
いないそうです。
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川端の遊歩道を散策しました、初冬の陽がこづえを超えて快く届いています。

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遊歩道の先には江沼神社という大きな神社がありました、神社に参拝してから
紅葉を愛でてきました。 

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ブログで紹介するのは二度目になります、私も現役の頃より七十過ぎまで登山を
趣味にしていましたので本当に興味がわきました、私のふるさとの山は信州の
山です。
興味のある方は加賀の温泉郷(山中、山代、片山津)に来たおりに足を延ばして
訪れてください。

ご訪問くださってありがとうございます、今後もよろしくお願いします。














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4 コメント

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Unknown (つとつと)
2021-11-22 21:48:33
山の文化館の資料館が完成していたんですねえ@@僕が行ったときはまだ準備中でした。といっても、5年前ですからずいぶん経ってしまっています。当時は船着き場に船が泊っていて、旧大聖寺川を桜の並木を両岸に見ながら遊覧船が行き来していました。今は運航していないのですか。桜の花びらをかき分ける遊覧船は優美だったのに。。
遊歩道沿いも紅葉が美しいのですねえ^^そういえば何度も訪れているのに紅葉時期に行っていなかったような。。春の桜の時期も歩いてみてください。両岸ともに桜の並木になっていますし、満開期には旧大聖寺川が桜の花びらで花筏になっています。江沼神社は大聖寺陣屋に面した庭園跡で、初代藩主を祭神にしています。社務所の建物辺りと小学校が陣屋になっていました。川べりの石垣は陣屋の石垣以降になります。
山の愛好家にはたまらない施設でしょうねえ^^僕のふるさとで浮かぶ山は、前回goさんが行かれた倶利伽羅山になります。天田峠からの山並みが好きですねえ^^
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Unknown (go)
2021-11-23 10:14:58
つとつと様へ、
おはようございます、いつもコメントをありがとうございます。
深田久弥山の文化館へ行くのは2度目になります、2013年に行った時は廊下の本立てに無造作に置かれていた書籍がきちんとした書斎が出来て綺麗に
整頓されていました、書斎には机と椅子が設けられていて書籍を閲覧席る
ようになっていました、僕が生まれる前等、ずいぶん古い書籍があって驚
きました。大聖寺は金澤と同じ加賀藩の城下町なのに街並みが古いまま
残っていて驚きました、嫁さんと娘は江沼神社の裏の長流亭のほうまで
散策しましたが、私は歩くのが遅いので江沼神社までしか行けません
でした。
先回に行った時は遊覧船が運航していたのですが乗りませんでした、
今になって、載っておけばよかったと思っています。
大聖寺の事はつとつとさんの専門ですね、郷土史の事は専門家のつとつと
さんに任せます。
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Unknown (源次郎)
2021-11-28 20:52:02
日本百名山の著者は石川県の方と聞いていました。今でも何かにつけても「百名山」と語られますね。
そうですね「故郷の山はありがたきかな・・」ですね、GOさんも子どもの頃のことを思いだしませんか、秋になると山芋堀は名人級でキノコ(あかんぼ)も山のように採って来て近所の大人たちにも一目置かれていましたね。うら山は遊び場でしたからどこになにがあるか知っていたようでした。
地図を見ると記念館の近くに「石川県九谷焼美術館」と言うのがありますね、百万石の文化、加賀のいろいろな伝統工芸に興味があり見てみたいと思っています。またその辺は有名な温泉地ですね。機会があったら行ってみたいと思います。
急に寒くなりましたが体調を崩さないようにしてください。
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Unknown (go)
2021-11-29 14:54:48
源次郎さまへ、
寒くなりましたね、こちらも太陽は照っていますが寒い日です、今日NHKの
全国ニュースを見ていたら、長野県の菅平がマイナス14度だといっていまし
た、だいぶ前になるのですが女房と二人で菅平に行ったことがあります
夏の事で入った喫茶店が冷房を強くして窓を全開にしていました、もったい
ないと思って部屋の中を見回してもクーラーがついていません、自然の風を
入れていたのです、夏でも寒いくらいですので冬は寒いでしょうね。
私の故郷の山は太郎山です、あの頃は太郎山のことは隅から隅まで知って
居まして、どこで何が取れるか蛍のケツでした、今では随分変わった
でしょね、太郎山の事は懐かしい思い出です。
これだけ冷え込むと貴方の所でも氷が張ったでしょうね、今年の冬は寒く
なりそうです、変なコロナも流行って来そうです、身体をいたわって
お過ごしくでさい。
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