先週の成人の日の3連休の時に久しぶりに兼六園の周辺を散歩しました、
兼六園はこの日は県内の人は無料開放の日で料金を払わないで入園する
事が出来ました、兼六園に入る前に隣接する金城霊澤に寄っていきまし
た。
金城霊澤は金澤の地名の起源になったと所と伝えられています。
その内容は、昔この里に「芋掘り藤五郎」という人はおって山で山芋を
掘る事を生業にしていました、ある時藤五郎がこの泉で山から掘って
きた山芋を洗ったところ土の中から砂金が出てきました、それからこの
泉を金城霊澤と呼ばれ金澤の起源になったと伝えられています。
金城霊澤は今でもお堂の中に大切に保存されています。
泉の中には沢山の硬貨が投げ込まれています、西洋のトレビの泉にあやかった行為でしょうか。
金城霊澤の裏山に洞穴があって石碑が立っています、石碑には金城霊澤のいわれ
が彫られています、この築山は鳳凰山(ホウオウザン)といって12代藩主が
千歳台に竹沢御殿をつくった時に奇岩を集めて築山を造ったいうことです、その
形が鳳凰に似ていることから鳳凰山と呼ばれるようになったとか。
この山の洞窟に「金城霊澤」があり、この石碑は13代藩主が建立したものです、
高さ1.8m、幅1,2mの根生川石(伊豆産)で出来ているそうです。
金城霊澤に寄った後にお隣の金沢神社を参拝しました、金澤神社は菅原道真公
を祀った神社です、菅原道真公といえば学問の神さまとして知られています、
この時期は受験のシーズンと重なり参拝する人でごった返していました。
菅原道真公の家紋は梅の花の形です、加賀藩の初代藩主前田利家公は
前田家の祖先は菅原道真公として菅原神社を熱く信仰していたそうです、
そんな訳で加賀藩の家紋が加賀梅鉢(剣梅鉢とも)になったと聞いてお
ります。
受験生の願いを書いた絵馬が沢山かかっています、あとから掛けようと
思っても、掛けるところが無いようです。
久しぶりに兼六園の園内を散歩しました、カスミが池の湖面に雪吊りが映えて
美しい風景になっていましたので映してきました。
遠くに兼六園のトレードマークになっている徽軫灯籠(コトジトウロウ)が
見えます。
コロナ過で暫く外出を控えていました、8日は北陸には珍しく青空が綺麗な
日でした、久しぶりに兼六園周辺を散策して日ごろたまっていたうっぷんも
は晴れたように思います。
一番上の孫娘が新成人になって金沢市の成人の集いが金曜日の8日にあって
家内が赤飯を炊いて祝いました、考えてみるとつい最近生まれたように思い
ましたが成人式を迎えたとは思えません、それだけ私が歳を重ねたことにな
ります。
ご訪問ありがとうございます、長い間更新が途切れて反省しております、
これからもよろしくお願いします。