散歩から探検へ~個人・住民・市民

副題を「政治を動かすもの」から「個人・住民・市民」へと変更、地域住民/世界市民として複眼的思考で政治的事象を捉える。

助産所の活用、市議会への請願が新事業に~委員会での優れた討論事例

2015年04月29日 | 地方自治
『市民による川崎市議会白書2011年度版』から委員会での出色の討論を紹介する。白書の中心「川崎市政の論点・争点・課題」の13ケースの中の一つだ。テーマ毎に、委員会での議案審議、事務事業報告、請願・陳情審査及び本会議での会派質問、議員質問から関連する内容をピックアップし、系統的に理解する。
今回は、「議事録」から以下を参照文献とする。
 健福委員会 H22/05/21 請願審査 「100号 地元で安心安全なお産を求める」
       H22/10/29 事業報告 「産科医療機関に対するアンケート結果」

「問題の所在」と筆者「コメント」との間に、以下の議論を展開する。
『基本的なデータ~現状認識と新たな課題~「位置づけ」から問い直す!~嘱託医がやめて2ヵ月機能せず~議員と局長とのギリギリの議論~議員の発想、局長の発想~ベクトル合わせ~医療機関の現状認識~周産期医療ネットワーク施策―基本計画への遡及~新たな事業として設置~医療全体の問題』

1.問題の所在
要約 「請願100号」の地元でのお産とは、助産所の活用であり、そのためには、医療機関と行政の継続的支援が必要だ。しかし、産科医療従事者の不足は深刻、一方で、医療費も増加傾向にある。審査では、具体的な住民の疑問から出発した質疑が展開され、認識が深まり、施策の方向も行政と一致して趣旨採択、最終的には23年度の新事業として実施された。請願・陳情が住民提案であることを示す貴重な例である。

「地域の『助産所』を最大限に活用、そのために嘱託医療機関の確保と円滑な連携」を市で主導する。これが請願の趣旨である。助産師は医療行為をできない。従って、助産所は、正常分娩が見込まれる妊婦を対象とする。一方、不足の事態が起きた場合は、嘱託医師の仕事になる。

川崎市は周産期も含めた救急体制において、救急車の待機時間がワーストワンを前年まで3年間続けた。医療従事者も不足する一方、高齢化社会が進むと共に医療費も嵩んでいく。医療全体の中で、所産所・助産師の位置づけは?ここから問題は始まる。

2.基本的なデータ
基本的なデータが健康福祉局から説明される。先ず、川崎市のゼロ歳児は約1万4千人。
 図表5-6-1 分娩取扱数(平成21年度)
  施 設  10,540人  
  病 院   6,777人 64%
  診療所   3,226人 31%
  助産所     537人  5%

 図表5-6-2 分娩取扱施設数
  施 設  30
  病 院  11
  診療所   9
  助産所  10

周産期救急体制については、3月に聖マリアンナ医科大学病院において、総合周産期母子医療センターが開院され、大きく改善されている。
 ハイリスクの集中治療室として、
 MFICU  6床
  NICU 12床
   GCU 24床
 が設置された。
市内では他に、NICUを市立川崎病院6床、日本医大武蔵小杉病院3床、それぞれ設置して21床、先ずの整備ができ、順当に稼働している。

3.現状認識と新たな課題
救急体制が整備された段階での正常分娩を対象とする助産所をどう位置づけるのか、請願審査での第一の問題となる。ここで、行政側は、助産所と医療機関との嘱託契約と連携を課題として両者が入るマッチング会議を行っており、これは政令指定市として川崎市と仙台市だけが行っている支援と説明する。一方、議員の認識はどうだろうか。

吉岡俊祐議員(公明党)『今後の問題は、ぜひ早期にめどをつけて頂きたい…』
斉藤隆司議員(共産党)『ぜひとも早く進めてほしいということを要望…』
石田康博議員(自民党)『環境整備をぜひ積極的に進めて頂きたい…と要望…』
他に志村勝議員(公明党)も含めて、救急体制及び医療全般に質問を波及させながら本テーマへは、様子見だけの反応であった。

4.「位置づけ」から問い直す!
しかし、基本に戻って問い直す議員も。
玉井信重議員(民主党)『…生む場所が少ないという…どうやってふやしていくのか…最も決定的な問題…。今、有床の病院、診療所が建設できない状況の中で…助産所の整備に力を入れていかなければならない…。助産所の位置づけをどうするのか。』
健康福祉局長『…連携のあり方、資源を有効に活用する方法も継続して検討…』
玉井議員『局長、具体的な話をしたい…助産所が非常に大きな課題を抱えている状態…局長の話は弱い…助産所を位置づけて増やす気持がないとだめなのでは…』
そこから請願の契機となった具体的な話に移す。

5.嘱託医がやめて2ヵ月機能せず
多摩区の稲田病院は嘱託医が辞め、2ヵ月間機能せず、ようやく東京都立川市で引き受けてくれる医療機関を見つけたことを指摘した後、
玉井議員『…部長は一般の正常分娩でも、いつ医療的なケアが必要になるか、わからないとおっしゃった。それだと立川市は不安だと、皆さんが感じる…なぜ切実に受けとめないのか、すぐ隣に多摩病院もある…なぜ連携がとれないか…。支援とはコーディネート機能だ。』

6.議員と局長とのギリギリの議論
局長『何を優先するか、パイの限りある中で助産所の嘱託医をやってくれということができかねる環境が片側にある。僕は、先ほどから何回も言っている。』局長クラスが“僕”と自らを呼ぶことは珍しい。普通は“私ども”、一人称を使う場合でも“私”である。図らずも口から出たこの言葉の中に、出来る限りのことはしているとの、局長の理解を求める本音が出ているようだ。
玉井議員『そこなんだよ、局長。今おっしゃったのは、現状そのものを肯定されている。新しいものとして助産所の位置づけをして、その支援体制を構築したらどうか。』
局長『度重なる質問の中の趣旨はよくわかっている。…行政も支援をしていきたい…マッチング会議等を開く…何故、嘱託医を受入られないのか、調査もやる…』

7.議員の発想、局長の発想
局長は、おそらく、ここまで問い詰められるとは考えていなかったのだろう。救急体制の施策をした。本件についても行政側も課題を認識して、マッチング会議を開催して検討をしている。従って、請願に対応する施策の内容は聞かれても、そこまでの経緯は踏み込まれない。全体として、その前に発言した吉岡議員、斉藤議員、石田康議員、志村議員の4名の内容程度に要望されるのが道筋だと読んだに違いない。

一方、玉井議員の発想の原点には、具体的経験による住民の市政への疑問がある。それをベースに議員として、広い立場で見直して位置づける考え方である。従って、原点にある疑問を乗り越えるのが議員の仕事との自負を感じさせる。施策が考えられたとしても、行政が置き忘れがちになる原点に拘る理由がそこにあるはずだ。

そう考えて行政側の最初の説明を読み直してみると、サラッときれいに書きすぎており、そんなことではないだろうと、ひっかかるところがある。例えば、玉井議員が指摘した嘱託医の交代問題である。平成21年に嘱託医師及び嘱託医療機関の変更が生じた助産所2施設について、『適正に手続が行われ、現在に至る』と述べている。

更に、川崎市の地形の特性から、市外に嘱託医師等を持つ助産所もあることを述べ、『他都市では、同一市内でも相当離れた場所に嘱託医師を持つ助産所もある…助産所助産師との連絡、連携を密にする制度の趣旨から、必ずしも行政区域にこだわらない』と述べ、現行での課題から外している。先の稲田病院の例と対比すると行政の発想と議員の発想の違いが良く判る。

8.ベクトル合わせ
お互いの立場の違いを改めて認識したことは、後の施策の議論にも影響するだろう。しかし、施策に対する方向はあっている。
玉井議員『局長、できるだけ折り合うような話でおさめたい。』
これで、つばぜり合いを収束の方向へ導く。すなわち、救急体制確立の施策が方向性として正しかったこと、また、本請願の趣旨に合った方向で行政側も今後の施策を考えていることをお互い確認した。

9.医療機関の現状認識
ここで話は「報告 産科医療機関に対するアンケート結果」に飛ぶ。行政側がこの問題に対する施策の最終案をまとめる際に、医療機関の考え方を確かめたものである。

図表5-6-3 対産科医療機関アンケート結果
1)助産所での分娩 『医師の常駐する施設での分娩が多数』
2)嘱託医療機関受託の意向 『受託を希望しないが多数』
3)受託を断る理由 『医師のマンパワー不足』
4)嘱託医療機関に必要なこと 『マンパワー確保』
5)助産所に必要なこと 『質の向上と安全管理』
6)市に求める支援体制 『診療報酬上の評価、人材育成』

市内で分娩を取扱っている病院11、診療所8、合計19医療機関のうち17箇所から回答を得ている。実際、議員だけでなく、住民も医療機関がどのような考え方で日頃の仕事に当っているのか、良く判らず、おそらく、不安に思っている人も多くいるのではないか。その意味では、議会だけに情報を閉じ込めておくのではなく、積極的に開示しても良いように思える。

しかし、ここまで議論を進める議員が現れてこないのが残念である。聖マリアンナ医科大学の巨塔とその中にある高額な設備、一方の我が家に近い助産所を共にイメージしたとき、住民に知らせる情報も議会として真剣に考える必要がある。

1)の回答は不測の事態に備えることを考えれば、当然の考え方であろう。それでも、2)において、希望しない12機関に対して、5機関が受託している。その受託せずの理由は3)マンパワーそのものである。これも先の局長発言に対応する医療機関側の状況の表れであろう。その裏返しが、4)の回答になる。

一方、2)の受託する医療機関として、助産所と市に求めることが6)である。質の向上と安全管理は常に求められる。具体的施策が何かを示せればもっと良い。これが施策として反映させるべきことになる。

10.周産期医療ネットワーク施策
この調査も参考にして「周産期医療ネットワーク」を推進する施策が示される。

図表5-6-4 周産期医療ネットワーク施策
 「施策1」 高次医療機関でのNICU等新設・増床及び運営を支援
 「施策2」 嘱託医療機関が行う助産所の安全管理指導を支援
 「施策3」 院内保育所の運営補助により女性医師等働きやすい職場環境
       づくりを支援

 ここで「施策2」が入ったことが請願の成果になる。
一方、「施策1」は従来の延長線上に位置づけられる。地域保健医療計画では、NICUの必要数を30床、現状は先に述べているように21床、新たに日本医科大学武蔵小杉病院で3床を増床予定で、合計24床、さらに、神奈川県立こども医療センターの21床の一部を含め、ほぼ必要数を充足できる。

また地域的には中原区で大規模なマンション建設により人口増加が著しく、22年9月1日現在の人口は約23万人、昨年の人口増加数は約4千人、女性人口15─49歳比率は約56%等、各区の中で最も高い数値を示している。この地区における周産期・小児救急医療体制の強化が必要である。

また、「施策3」は、アンケートで産科医師のマンパワーの必要性を指摘する意見に対応する。神奈川県保健医療計画では、25─29歳の産科・婦人科医師に占める女性医師の割合は約3分の2になる。

また、日本医師会の調査では、女性医師が仕事を続ける上で必要と思われる制度や仕組み、支援対策として約65%が託児所、保育園などの整備、拡充を、約62%が病児保育を挙げている。ここから院内保育所の運営支援が第一に必要と考えられる。そこで、現在10の医療機関の院内保育所への運営補助を県と協調して実施している。

11.基本計画への遡及
「施策2」に関する審議の議論に戻る。請願審査において玉井議員が具体論から迫った。これについて石田和子議員(共産)は、『かなり本質に迫る議論があった…』と評価しながら、20年度策定の県保健医療計画に関連した数値について質問する。

『分娩施設1箇所当たりの人口4万7千人に対して、全国平均は?』『持ち合せはないと言うが、請願文書では出ている。提示願いたい。』『分娩施設数の推移も県資料にはあるが、川崎市は数値がでてこない。』と資料を請求し、ここから県保健医療計画との比較に入る。

周産期救急医療について肯定的な評価の後、地域の診療所と助産所の活用について、横浜市が基本計画のなかに盛り込んでいることを指摘、川崎市も次の基本計画に盛り込むことを提案する。鋭意取組との回答を得て、更に、緊急対策も要望する。
玉井、石田議員を中心とした質疑の結果、請願は全会一致で趣旨採択される。

12.新たな事業として設置
周産期医療ネットワーク「施策2」は、上記の趣旨採択を受けた回答とも言える。石田議員は改めて「施策2」を市の基本計画(地域保健医療計画)に入れることを要望する。それと共に、支援対策の具体的中味を聞く。

新たな研修、資材・機材との回答は予算措置が必要であることを意味する。更に玉井議員の質問に対して、具体的な活動に見合った補助金を支出すると説明した。これが23年度予算に設置された。「助産所嘱託医療機関への支援事業」である。請願が、趣旨採択を経て、新事業として成立したのだ!
請願が住民提案であることを示す貴重な例となった。

13. 医療全体の問題
本件は医療全体の中でマンパワー不足の問題として位置づけられる。医師、看護師、介護士などは更に大きな問題であろう。それはまた、施設の問題と関連し、ひいては川崎市の人口増加、地形的構造から派生する問題に波及する。その間の事情と、それへの対応の難しさを、玉井議員は次のよう例から表現する。

『川崎は一つの医療圏だった。北部は実態的には不足していたが、新しい病院をつくれなかった。…何年間の努力の結果、南部と北部に分割、その結果、北部の不足が明らかになった。…実態と計画がそごをきたすことは往々にして起こる。』

更に、局長の許認可、費用負担、要員育成が絡んだなかでの、状況理解と判断の難しさの回答を受けて、
『まさに政治的な課題です。…きちんと向き合うには基礎的なものが必要と痛感する…。何が地域の中で必要なのか…明確なメッセージを出してほしい。課題がどこにあるか…政治の世界では判っているつもり…けれども、実際に、今の状況でどの程度要求をすれば良いか…具体的な数値がつかみ切れない。』

そして、最後に『一つ一つの課題が大きくて、なおかつ総合的に推進しなければならない…このことで解決するという短絡的な話ではない。…すべての状況をどう整えていくのかということだと思います。』と結ぶ。

14.コメント
高度経済成長の時代は上へ伸びていく政策をとれば良かった。一転して縮小の時代は、一律切下げることで逃れた。しかし、何を伸ばし、何を抑えるのか、判断が必要な今の時代は、その選択と程度をすべてにおいて、見比べる必要がある。また、選択、程度それぞれに、お互いの意見が異なるのだ。

それだからこそ「政治・議会」が必要となるのだ。地方自治体議会の改革が必要な理由もそこにある。
子育て・福祉・医療に代表される住民に身近な政策の議論では、単純な増加、一律の削減は通用しないだろう。全体と部分を往復しながら、お互いの認識を深め、効果を勘案しながら、意見の統合へ向けて調整することになるだろう。行政機構は統計的事実と具体的事象を踏まえたデータの整理が必要、それをベースに議論に慣れることが先ずの課題ではないか。


「探検!地方自治体へ~川崎市政を中心に~第174号 2011/10/3」から転載
1.問題の所在
2.基本的なデータ
3.現状認識と新たな課題
4.「位置づけ」から問い直す!
5.嘱託医がやめて2ヵ月機能せず
6.議員と局長とのギリギリの議論
7.議員の発想、局長の発想
8.ベクトル合わせ
9.医療機関の現状認識
10.周産期医療ネットワーク施策
11.基本計画への遡及
12.新たな事業として設置
13. 医療全体の問題
14. コメント