人類学のススメ

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私の仕事:発掘調査・ドゥアラ洞窟8(ラクダの骨)

2010年05月05日 | D1.私の仕事:発掘調査・ドゥアラ洞窟[

 休日の、1984年7月28日(土)、赤澤 威先生と阪口 豊先生が、サブハに出かけた帰りに獣骨を拾ってきてくれました。

 早速、何の動物の骨か持ってきていた獣骨の洋書で調べましたが、載っていません。当時、獣骨に関する本は日本語ではほとんどなく、洋書では、コーンウォール(I. W. CORNWALL)による『Bones for the Archaeologist』かエリザベス・シュミット(Elizabeth SCHMID)による『Atlas of Animal Bones』ぐらいしかありませんでした。残念ながら、これらの本にはラクダの頭蓋骨の図は見あたりません。

 ところが、現地の人々に聞くと、即座にどちらもラクダの骨で、成体と子供の骨だと教えてくれました。こちらも、何となくラクダかなとは思いましたが、ラクダの骨を見るのは始めてで自信がありません。早速、記録を残すために、写真を撮影しました。実力の無さを痛感させられた1日でした。

 大英自然史博物館の動物学者・クラットン=ブロックの『図説・動物文化史事典』によると、ラクダの祖先についてはあまり知られていないそうですが、約4,000万年前に北米で進化し、一部は南に移動してラマやビクーニャとなり、一部はアラスカからベーリング海峡を通ってシベリアに移動。その後、南アジアや北アフリカに移動したと推定されていますが、化石があまり発見されていないため、よく分かっていないそうです。北米のラクダは、約12,000年前に絶滅してしまいます。

 ラクダの家畜化は、紀元前5,500年から同4,200年に行われ、その後、紀元前4,200年から同2,500年にはさらに家畜化による管理が強まったと推定されています。現在は、フタコブラクダとヒトコブラクダがいますが、紀元前3,000年頃は、フタコブラクダは中央アジアに、ヒトコブラクダは西アジアに生息していたと推定されているようです。

 ちなみに、ドゥアラ洞窟出土獣骨は、東京大学の古生物学者・高井冬二先生により、記載されています。それによると、哺乳類としてハリネズミ・コウモリ・ノウサギ・アレチネズミ・スナネズミ・イヌ科・キツネ・イタチ・アジアノロバ・ラクダ・ダマジカ・ガゼル等が出土しています。ただ、ほとんどは浅い層から出土しており、深い層からはアジアノロバ・ラクダ・ダマジカ・ガゼルが出土しているようです。

 このドゥアラ洞窟の1970年の発掘調査の報告書は、東京大学総合研究資料館(当時、現東京大学総合研究博物館)から出版され、現在、全文が公開されています。

リンク:東京大学総合研究博物館公式ホームページ・BulletinNo.5

リンク:東京大学総合研究博物館公式ホームページ・BulletinNo.6

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ドゥアラ洞窟42.ラクダ頭蓋骨(左:成体、右:子供)前面観

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ドゥアラ洞窟43.ラクダ頭蓋骨(左:成体、右:子供)後面観

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ドゥアラ洞窟44.ラクダ成体頭蓋骨上面観

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ドゥアラ洞窟45.ラクダ子供頭蓋骨上面観

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ドゥアラ洞窟46.ラクダ成体頭蓋骨下面観

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ドゥアラ洞窟47.ラクダ子供頭蓋骨下面観

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ドゥアラ洞窟48.ラクダ成体頭蓋骨左側面観

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ドゥアラ洞窟49.ラクダ子供頭蓋骨左側面観

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ドゥアラ洞窟50.ラクダ成体頭蓋骨右側面観

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ドゥアラ洞窟51.ラクダ子供頭蓋骨右側面観


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