フィリップ・ヴァレンティン・トバイアス(Phillip Vallentine TOBIAS)[1925-2012]
フィリップ・トバイアスは、1925年10月14日に、南アフリカのダーバンで生まれました。トバイアスは、この生まれた国で生涯を過ごしています。教育は、一貫してウィットウォータースランド大学で受けており、1946年に組織学と生理学で理学士号を、1947年に理学士号の優等学位を、1950年に医学士号を、1953年には博士号を取得しました。また、後になりますが1967年には、理学博士号を取得しています。このウィットウォータースランド大学医学部の解剖学教室には、アウストラロピテクス・アフリカヌスを記載した、レイモンド・ダート(Raymond DART)[1893-1988]が教授として勤務しており、トバイアスはこのダートの弟子となり、後に後継者として人類学を研究しました。
トバイアスは、すでに、学生時代から発掘調査を行っており、1945年~1946年にかけて、スタルクフォンテイン、クロムドラーイ、マカパンスガット等、南アフリカの著名な遺跡を手がけています。1951年には母校医学部の解剖学教室講師に就任し、その後1959年には恩師のレイモンド・ダートの後継者として解剖学教室教授に就任しました。また、1980年から1982年には学部長も務めています。
フィリップ・トバイアス(Phillip TOBIAS)[左]と恩師のレイモンド・ダート(Raymond DART)[右]
トバイアスは、1955年にイギリスのケンブリッジ大学に、また1956年にはアメリカのミシガン大学とシカゴ大学で、人類学を研究しました。トバイアスは初期に、染色体や遺伝の研究を行っていました。また、生体学の研究も行っています。やがて、トバイアスに大きな転機が訪れました。
タンザニアやケニアで古人類学の研究を行っていた、ルイス・リーキー(Louis B. LEAKEY)[1903-1972]とメアリー・リーキー(Mary LEAKEY)[1913-1996]夫妻が、1959年8月15日に発見したアウストラロピテクス・ボイセイ(パラントロプス・ボイセイ)の形態記載をトバイアスに依頼したのです。この研究は、1967年に『オルデュヴァイ峡谷2』としてケンブリッジ大学出版から出版されました。この研究過程で、トバイアスはボイセイとは異なる種であるホモ・ハビリスの存在を確信し、1964年に、ルイス・リーキー(Louis LEAKEY)[1903-1972]、フィリップ・トバイアス、ジョン・ネイピア(John NAPIER)[1917-1987]の3人の共著で、科学雑誌『Nature』に発表しました。このホモ・ハビリスの集大成は、1991年に『オルデュヴァイ峡谷4』としてケンブリッジ大学出版から出版されています。
Tobias(1991)『Olduvai Gorge 4』の表紙
トバイアスは、ダートの古人類学の仕事を継承し、南アフリカで、スタルクフォンテイン、タウング、マカパンスガット等の遺跡で、アウストラロピテクス・アフリカヌス、パラントロプス・ロブストスのみならず、StW53というホモ・ハビリスの頭蓋骨の存在を認めています。ホモ・ハビリスは、東アフリカでしか発見されていませんでしたが、StW53の発見によりその分布域が南アフリカまで広がっていたことが確認されました。ただ、異論があることも付け加えておきます。
トバイアスは、生涯で約1,000の論文及び著書を出版するほど多彩でした。また、国際的にも活躍した古人類学者でした。さらに、人種差別撤廃にも大きく貢献しています。
フィリップ・トバイアスは、2012年6月7日に86歳で死去しました。生涯を独身で過ごしています。これは、アパルトヘイトに反対する政治活動も行う中で家族がいると標的にされると考えたためとも、解剖学教室での前任者2人が離婚経験者で大学から問題視されていたためとも言われています。
私は、トバイアス先生とは留学中に何度かお会いしたことがあります。また、1990年か1991年に来日された際には、1日東京をご案内しました。その頃、すでに体調がすぐれないとのことでしたが、人類学の知識と経験が膨大で、非常に穏やかな研究者だという印象を持ちました。
*フィリップ・トバイアスに関する資料として、以下の文献を参考にしました。
- Sperber, Geoffrey H.(1990)"From Apes to Angels: Essays in Anthropology in Honor of Phillip V. Tobias", Wiley-Liss
- Sperber, Geoffrey H.(1997)'Tobias, Phillip V(allentine)',"History of Physical Anthropology: An Encyclopedia, Volume Two"[Frank Spencer ed.], Garland Publishing, pp.1036-1038