「お前も死ぬぞ 釈尊」
「輝け!お寺の掲示板大賞2018」(仏教伝道協会主催)の受賞作品が同協会のホームページで発表されています。
今年の仏教伝道協会大賞には、岐阜県願蓮寺の「お前も死ぬぞ 釈尊」が選ばれています。ハッとさせられます。人は皆、「自分だけは死なない」と根拠のない思い込みをして日々過ごしています。
古来からそういう思い込みは人々にこびりついていたと見えて、仏典には繰り返し「死は免れえない」と出てきます。増支部経典に「母は子を絶対に救いえず,子も母を絶対に救い得ない場合がある。それは老・病・死の襲ってきたときである」とあり、ダサラタジャータカでも「若きも老いも,愚者も賢人も,富める者も貧しき者も,すべての人間は逝くべきところに趣くのである」とあります。
これを実感するのが私を含めた愚者には本当に難しいのです。是が実感できることが覚りではないかとさえ思います。
「輝け!お寺の掲示板大賞2018」(仏教伝道協会主催)の受賞作品が同協会のホームページで発表されています。
今年の仏教伝道協会大賞には、岐阜県願蓮寺の「お前も死ぬぞ 釈尊」が選ばれています。ハッとさせられます。人は皆、「自分だけは死なない」と根拠のない思い込みをして日々過ごしています。
古来からそういう思い込みは人々にこびりついていたと見えて、仏典には繰り返し「死は免れえない」と出てきます。増支部経典に「母は子を絶対に救いえず,子も母を絶対に救い得ない場合がある。それは老・病・死の襲ってきたときである」とあり、ダサラタジャータカでも「若きも老いも,愚者も賢人も,富める者も貧しき者も,すべての人間は逝くべきところに趣くのである」とあります。
これを実感するのが私を含めた愚者には本当に難しいのです。是が実感できることが覚りではないかとさえ思います。