普段のマイ散歩コースは、地図の①の赤い線のコースだが、一周約3.5kmで、途中で立ち止まったりしながら歩いて丁度1時間掛かる。
地図は、正位置表示で、上側が真北になる。
最近、この散歩道の内側にプルトーザーなどの重機が入って作業を始めた。
一部の地盤を掘り下げている。 多分遊水池としての貯水量を増やそうとして居るのだろう。
阿武隈川の左岸と接する堤防上をダンプカーが通る為だろうが、歩行者通行止めと成ってしまった。
そこで、②のコースを歩くことにした。
このコースは、一周約3.3km位、阿武隈川の堤防と、左岸に流入する釈迦堂川の堤防の上を歩く。
途中で三つの橋を渡る時だけ一般道の歩道を歩くのだが、それ以外は車馬通行止め区間なので、ここも歩き易い。
釈迦堂川の河畔は、8月の第三土曜日に「須賀川 全国花火大会」の会場となるので、その日は使え無いが、それ以外は、人気が無く長閑だ。
序でに少し説明を付け加える事にするが、阿武隈川と釈迦堂川の合流点に挟まれた南側は、市民スポーツ広場で、付属の体育館が隣接して建っている。
川の合流点から南側を見た景色だ。
芝生の向こう側の地肌が見えているのが、スポーツ広場で、サッカー、ソフトボールなど4面同時に使える広さだ。
左端に体育館が見えている。
画像は、地図の北西端の下江持橋上から上流を見た景色だ。 直下の砂場は阿武隈川の中州だ。
また、中央奥の左が本流で、右川に流入する釈迦堂川が見える。
私が、小学2年生の時に終戦を迎えたのだが、その頃は、この川も豊だった。
夕方に成れば、川面に小魚がピンピンはね居た。
大人が投網を打てば、沢山の魚が網に入った。
大きなウナギやナマズも捕れた。
それが、終戦の翌年の夏、水浴びをして居たら、真っ茶色名お醤油みたいな水が流れてきた。
後で知ったことだが、上流の白河のパルプ工場からの排水だったらしい、
やがて魚が捕れなくなった。 私は社会人になって、都会に行ったので、その後の推移は分からない。
最近は、少しは水質も良くなって来たらしく、魚も僅かに生息しているらしいが、何時間も見つめていても川面にはねる小魚は見る事が出来ない。
鯉など、水質が悪くても生息出来る魚は居るらしいが、釣っても食べられないとの事だ。
堤防を一周する間に「アオサギ」を1羽、「カワセミ」を2羽見たので、僅かに小魚も居るらしい。
堤防周辺の草むらで「タカソゴユリ」の群生を見つけた。 この花は風で種子が飛んできて、条件が合うと発芽するらしい。 同じ場所に長居は出来ない性質の植物らしく、何年か後には消えてしまうそうだ。
その間に種子を飛ばして、行き着いた所で時期が来たら発芽しする流浪の旅人の様な花なのだろう。
このルートも、第1ルートも、共に平坦地なので、足腰の為には上り下りの有る所が良いらしいし、寒くなる頃には北西風がまともな吹きっさらしと成るので、その頃には別のルートを探す事にしたい。