5-5 今、ここへ
在る自己は、先哲の吉本隆明の「自己問答」、大森正蔵「命を賭けなければ命はない」パスカル「哲学を馬鹿にすることが哲学」ニーチェ「もっとも遠いものは自分自身」等の逆説的比喩でしか語りえないことを物語っています。
瞬間の前衛だけが、権力の停止たる社会変革を明日から訪れさせます。
今、ここへめり込む事柄は、ただ深淵なる、ただ深淵なるそのもの。
敗戦後の東京は、約350万人の人口でしたが、現在は1,200万人以上います。
要因は自然増減、社会増減、所属変化があり、高度経済成長による社会増が大きな理由と考えます。
これは地方の共同体の限界を物語っており、濃密な地縁共同体からの脱走と見ることができると考えます。
自分は「群れる」ことが苦手というより嫌悪感があり、敗戦後のこの島国の人々は共同体を否定し脱走したと見るところがあります。
で、ふたたび共同体を考えるときに「群れる」ことのない「群れ」を妄念することになります。
非権力、非権威は、組織を無化します。
逆説的比喩の首を落とすのは、狂人の幻視だけではとの思いを払拭しきれません。
そのためには、「3-6 労働について」メモしました「負の止揚」が登場します。
再度、思念し続ける、ただひたすら思念し続ける、価値観、存在、異なっていても、ただ一人でも多く、としておきます。
在る自己は、先哲の吉本隆明の「自己問答」、大森正蔵「命を賭けなければ命はない」パスカル「哲学を馬鹿にすることが哲学」ニーチェ「もっとも遠いものは自分自身」等の逆説的比喩でしか語りえないことを物語っています。
瞬間の前衛だけが、権力の停止たる社会変革を明日から訪れさせます。
今、ここへめり込む事柄は、ただ深淵なる、ただ深淵なるそのもの。
敗戦後の東京は、約350万人の人口でしたが、現在は1,200万人以上います。
要因は自然増減、社会増減、所属変化があり、高度経済成長による社会増が大きな理由と考えます。
これは地方の共同体の限界を物語っており、濃密な地縁共同体からの脱走と見ることができると考えます。
自分は「群れる」ことが苦手というより嫌悪感があり、敗戦後のこの島国の人々は共同体を否定し脱走したと見るところがあります。
で、ふたたび共同体を考えるときに「群れる」ことのない「群れ」を妄念することになります。
非権力、非権威は、組織を無化します。
逆説的比喩の首を落とすのは、狂人の幻視だけではとの思いを払拭しきれません。
そのためには、「3-6 労働について」メモしました「負の止揚」が登場します。
再度、思念し続ける、ただひたすら思念し続ける、価値観、存在、異なっていても、ただ一人でも多く、としておきます。