Retriever Legend's blog

散歩好き、本好き、惰眠好き、犬大好きの彼(旦那)の戯言を僕が代弁します。

僕の異常4

2009-06-30 06:15:20 | 未分類
獣医師に見放されてしまった僕。

僕は、立ちあがっても右回りにヨタヨタ歩き続け、そのうちコケてしまいます。また、ひとりで立ちあがれないときもあります。

彼女が彼に「めまい」しているみたいと話しています。
彼が心臓の薬(ペルサンチン)の副作用かもしれないと、調べました。

二人は、この薬の副作用は、犬は元気がなくなりふらふらする、人間は頭痛、目眩の症状がでるとあるから、飲ませるのを止めようと話しています。

オシッコと外気に当るために、僕を二人掛りで庭に出してくれます。
ご飯は、シュークリームとヨーグルトとチーズとチキンを、手で口元にもってきてくれるのを舐めています。

身動きが出来なくなって、三日目の晩御飯から、食後の薬は飲まなくなりました。

僕はどうなってしまったんだろう。


立ち止まっていても腰砕けに、歩き出すと右回りだけを繰り返します。

愛猫だけ触れると、ジーと見ていて別の部屋に行ってしまいます。
ですから、まず愛犬に触れてから愛猫に触れ、再び愛犬をなでます。
ですから、愛犬と愛猫へのお休みの挨拶は大変です。

愛猫が愛犬相手にジャレル(狩りのまねをします)と、愛犬は彼女のところに退避します。
彼女が見かねて、愛犬に「いたずらは駄目」と言いなさいというと、愛猫の前に行き、睨むようなことをすると、愛猫は別の部屋に逃げ出します。


僕の異常3

2009-06-29 06:10:32 | 未分類
夜、僕は玄関にいたらしく、彼がリードを付けて外に出してくれました。
僕は一目散に草むらでウンチをしました。

彼が彼女に「玄関を降りたとたん、尾っぽを元気良く振って、しっかりした早い足取りで歩いたけど、ウンチ終わったあとは、朦朧状態に。」

朝、彼が庭に出してくれました。
自分でどうにか降りることができました。

伏せていると、日差しがあって、風があって気持ちがいいです。
彼がブラッシングをしてくれました。

すこし歩きましたが、アジサイの枝に絡まれたり、狭いところに入って身動きが取れなくなったり、下半身が崩れたりしました。

彼女に前足を持ってもらい、彼にお尻を押してもらいながら家に入りました。

チーズと好きなパン(二本半)とシュークリームを食べました。
そして、水をちゃんと飲みました。

僕はどうなってしまったんだろう。


なかなか立ち上がることが出来ません。


愛犬に対して特に言葉を発しないのですが、おやつをあげようと動いているときには、スクッと起き上がり傍によってきて、お座りをします。

会話の中で愛犬の名前、近所の犬の名前が出ると耳がピクと動き、顔を二人に向けます。

愛犬は、二人の会話の中で、行く、出かける、買い物の言葉には、起き上がり僕の次の行動を注視します。
また、お肉、おやつ、パン、庭、ゴジラ(大好きなヌイグルミ)、家族の名前、シャンプーなどの言葉には、耳とともに目も動きます。


僕の異常2

2009-06-28 08:27:00 | 未分類
病院でいろいろな検査をしました。
経過観察中の心臓にも異常はなく、すべての検査結果は健康そのものといいます。
でも、僕は朦朧として立っているのがやっとです。
原因不明の発作なのか、神経系の消炎剤を注射されました。

様子を見るためと、明日医院長先生の診断を受けるため入院しました。
僕は、彼と彼女と一緒に帰りたいのに。

翌日、彼女と獣医師は電話のやりとりをしていたようです。
水はすこし、ご飯も少し食べました。

彼と彼女が迎えに来てくれました。
僕は嬉しくて涙が出たみたいで、彼女が拭いてくれました。

獣医師が、彼と彼女に説明しています。
「ある種の突発性の発作と思われるが、原因が不明なので治療ができない。このまま様子をみていただきたい、悪化するとか改善するとかは判断できない。」

僕は、家の中でヨタヨタ徘徊しているみたいです。
チーズとお好みのパンをすこし食べました。

僕はどうなってしまったんだろう。



愛犬は、雑読で構わないでいると身体を摺り寄せて来て、触ることを促します。
ちょっと触って、雑読に戻ると前足で、触り続けるよう催促します。

灰皿、飲み物、本、新聞などのために、居間を動き回っていると、3歳位までは着いて回っていましたが、5歳位から伏せの姿勢で目だけで追うようになりました。


僕の異常1

2009-06-26 06:19:58 | 未分類
朝気付くと、彼は散歩の用意をしていたので、リードを着けてもらったのですが、うまく歩けません。

玄関の階段を下りようとしましたが、足がもつれます。
最初のおしっこも少ししか出ません。

彼が「公園だよ」と言いますが、反対方向に歩き出したみたいです。
僕は何をしているのか分からないように見えたのか、彼は「帰るよ。」と言いました。

彼にお尻を押してもらいながら、家に入ることができました。

彼が彼女に「突然、意欲がなくなり、歩けなくなった。」と。

僕はどうなってしまったんだろう。



愛犬は、習性、習慣とは思えない行動をします。
お腹を出して、ひっくり返って寝ているとき以外は。

常に飲み水を入れている器が空のときに、器の前で佇みます。
僕が気付かないと、洗面台に立ち上がり前足で洗面台を引っ掻き、音を発てます。


6・23 その2/2

2009-06-22 06:22:09 | 憲法・非戦・平和
60年安保核持ち込み密約の4人の事務次官について、マスコミと薮中三十二外務事務次官とのやり取りが外務省HPに掲載されています。

記者の質問の質に愕然とします、素人ですら「第一報の共同通信社に抗議すべきでは」と考え付きますが、なんの問題意識(古い語彙ですね)もないマスゴミを晒しています。長文になりますが後段に該当箇所を引用します。

***

51.9.8にサンフランシスコ平和条約が締結され、この時に日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約(旧安保条約)が締結されました。

60.01.19に新安保条約に署名がなされ、同年6月23日に発効しました。
新安保条約の期限は10年ですが、締結後10年の1970年6月23日に自動延長し、破棄されることもなく現在も効力が続いています。

60年安保闘争では、 当時の内閣総理大臣岸信介は安保成立後の6月23日に総辞職、70年安保闘争では、佐藤栄作は、更改反対運動の再燃を恐れ条約内容の更改を行わず、毎年1年間の自動延長の狡猾な方法を導入しました。

60年安保闘争では、樺美智子が亡くなりましたが死因は不明のままです。
彼女を巡って、西部邁と柄谷行人とが大喧嘩し、思想的同志の関係が険悪な関係になったと言われていますが、真贋は不明です。

今年も6・23が来ますが、外務省の事務方が淡々と自動延長の手続きを取ることでしょう。



事務次官会見記録(6月15日付)薮中三十二外務事務次官 外務省HPより

(問)一部報道で、「60年安保の核持ち込み密約」があったと報じられています。報道によれば、外務官僚が文書を管理して出す出さないを判断していたと、そして総理、外務大臣にも教えたり教えなかったりと、実際に引継ぎもされていたと、具体的に匿名ですが4人の次官の証言も報じられていると、これについて、事実関係を教えてください。

(事務次官)これは明白であり、そのような密約は存在しないということ、これは繰り返し歴代の総理、外務大臣も説明をされておられますけれども、これに尽きているということですし、私が承知していることもそれに尽きているということです。

(問)特段引き継がれてはいないと。

(事務次官)全くありません。

(問)その4人の中には、日本政府は国民に嘘をついていたと証言されている方もいます。否定するということは、その4人の方が嘘をついているというご認識なのでしょうか。

(事務次官)その4人の方というのが、どういう方で、どのような形でインタビューされたのかよくわかりませんが、私が申し上げたいことは、そのような密約は存在しないということです。私自身もそれ以外一切承知していませんし、大事なことは歴代の総理も外務大臣もきちんと明確に説明をされていると、これに尽きていると私は考えています。

(問)国民の方から見ると、どちらが本当なのか、むしろ具体的な4人の方のお話の内容からみると、外務省の方が嘘をついているのではないかと思うのではないかと思うのですが、80年代から90年代に次官をされていたということで、ある程度特定されるのですが、外務省として話しを聞いて事実関係を調べるというお気持ちはあるのでしょうか。

(事務次官)その必要は全くないと思っています。我々としての説明は一貫している訳ですから、それ以上の事は必要ないと考えております。