元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「野火」

2015-08-10 06:04:28 | 映画の感想(な行)

 この題材を塚本晋也監督が手掛けるということで、エゲツない場面がてんこ盛りかと思っていたが、意外に描写は抑制されている。しかし、それによってメッセージ性が薄められているかというと、決してそうではない。理屈やイデオロギー抜きの、戦場の剥き出しの悲惨さが凝縮して伝わってくる。かなりの力作と言えよう。

 日本軍の敗北が濃厚となった第二次世界大戦末期のフィリピンのレイテ島。胸を患っている田村一等兵は部隊から追放され、野戦病院へ行けと言われる。しかし、野戦病院では物資不足を理由に入院を断られ、仕方なく部隊に戻るも合流を拒否されてしまう。やがて米軍の攻撃によって日本軍は総崩れになり、各兵士はバラバラに敗走するハメになる。空腹と孤独と戦いながらジャングルの中をさまよう田村だが、偶然かつての仲間たちと再会。しかし、軍規もへったくれもない状況においては、生きるために反道徳的な行いに走る者も少なくなかった。

 原作は大岡昇平の同名小説で、市川崑監督版(1959年)に続いて2回目の映画化になる。モノクロだった市川版とは違って本作はカラー映像。しかも(予算不足もあって)意図的に平板かつ即物的な映像処理に終始。だがそれが思わぬ効果を生む。

 登場人物達は、部隊を離れて個的なサバイバルを強いられるに従い、次第に周囲の自然の色と同化していくのだ。つまり、戦争が人間の尊厳はおろか理性や知性をも剥ぎ取り、弱肉強食の野生の摂理に突入させるという、明け透けな真理を身も蓋も無く描出している。有り体に言えば“自然に還る”ということなのだが、“自然”とはかくも理不尽なものなのだ。

 主演を兼ねた塚本晋也の演技は、かなり上出来だと思う。いかにも頼りない、どうしてこんな地獄のようなところにいるのだろうという戸惑いと諦念をヴィヴィッドに表現していた。リリー・フランキーや中村達也、森優作といった脇の面子も申し分ない。

 余談だが、この映画を観ていると昨今の安保法制をめぐる議論が虚しく思えてくる。やれホルムズ海峡の機雷封鎖だ、やれ南シナ海の中国の侵攻だと喧しいが、いざという時に矢面に立たされるのは、現場の自衛官である。彼らが愛国心も軍律もどこかに行ってしまい、ただ自らの生存だけを求めて彷徨うハメになる可能性を、少しでも考慮した意見があるのだろうか。

 戦争とは合理性が支配する世界では断じてない。死と不条理がすぐ隣に存在する異空間である。それを踏まえて論議すべきだろう。それでなくても、短絡的で好戦的な見解に接するたびに、ウンザリしてまう今日この頃である。

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