元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「ひそひそ星」

2016-05-23 06:26:38 | 映画の感想(は行)

 園子温監督の作家性が全面展開していて、観る者を選ぶ映画だ。これを“独りよがりで退屈だ。つまらない”と切って捨てる向きも少なくないとは思うが、私は結構楽しめた。映像の喚起力が目覚ましく、いくぶん図式的なメッセージや秀逸とは言い難い設定を巧みに覆い隠してしまう。こんな映画もあっていいだろう。

 遠い未来。人類は何度も大きな災厄に見舞われ、地球を捨てて宇宙のあちこちの星でひっそりと暮らしている。数を減らした人間に代わって社会のインフラを担っているのは、人工知能を持ったロボットだ。女性型アンドロイドの“マシンナンバー722”こと鈴木洋子は、宇宙船レンタルナンバーZに乗り込み、相棒のコンピューター“きかい6・7・マーM”と共に人間の住む星を回って荷物を届ける宅配便のスタッフである。

 彼女が訪れる星は、かつては賑わっていたと思われるが今や廃墟同然になっているものばかりだ。それでも、荷物を受け取る人々は感慨深い面持ちで彼女を迎え入れる。やがて洋子は、30デシベル以上の音をたてると人間が死ぬ恐れがあるという“ひそひそ星”に降り立つ。そこは人類しか住んでいない珍しい惑星で、彼女は注意深く静かに職務を遂行する。

 ヒロインが荷物を届ける星の風景は、主に東日本大震災の爪痕が深い福島県の富岡町や南相馬市、浪江町でロケーションされている。言うまでもなく園監督が2012年に撮った「ヒミズ」や「希望の国」に通じる作品だが、今回それをSF仕立てにしているのは無理筋の感があろう。しかし、前述のように映像の玄妙さは観る者をねじ伏せてしまう。

 レンタルナンバーZは内装・外装共に昭和レトロであるが、その造形が決してワザとらしくはない。見事に宇宙SFの小道具たり得ている。滅びゆく星の景色が、地震から数年経っているにもかかわらず見捨てられたような東北の一部の有様に何とマッチしていることか。そこに生きる取り残されたような人々の表情を見ると、胸が締め付けられる思いがする。

 そして“ひそひそ星”のセットは秀逸と言うしかない。人間は障子に映る影絵のような存在で、それぞれが人生の一局面を表現しているような動きを示している。そして荷物を受け取った者が感極まる様子を、シルエットだけで表現しているあたりは唸らされた。

 すでにテレポーテーションが実用化されている時代に、わざわざ長い時間を掛けて物を配達する意味も明確に説明されている。届け物は古いフィルムだったり、紙コップだったり、空き缶だったりするのだが、言うまでもなくそれは“思い出”であり、瞬間移動でデリバリーされるような類のものではない。改めて時間と記憶との関係性について考えてしまった。

 洋子に扮するのは神楽坂恵で、ほぼ彼女の一人芝居なのだが、さすが作者の私生活上のパートナーだけあって作品の意図を上手く汲み取ったパフォーマンスを披露している。白黒画面の美しさ。そして一部だけ挿入されるカラー映像の鮮烈さ。観る価値はある映画だと思う。

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