元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「ケイコ 目を澄ませて」

2022-12-30 06:45:15 | 映画の感想(か行)
 形式としては“スポ根もの”であり、しかも主人公は肉体的ハンデを負っている。だから映画としては主人公が逆境に負けず辛い鍛錬の甲斐あって、大舞台で活躍するという“感動巨編”に持って行くことが王道であり、そうなっても文句を言う観客はあまりいないだろう。だが、本作の送り手はそれを潔しとしなかったようで、対象を一歩も二歩も引いたところから捉えてストイックなタッチを狙ったと思われる。それはそれで良いのだが、少々困ったことにこの映画の場合、突き放したようなスタンスが度を超しており、大事なことまでネグレクトされている。これでは評価出来ない。

 東京の下町の小さなボクシングジムで鍛錬を重ねる小河恵子は、生まれつきの聴覚障害で両耳とも聞こえない。それでもプロデビュー後の成績は悪くなく、会長の信頼も厚い。だがこの地域は再開発が進み、練習生の減少も相まって、ジムは閉鎖されることになる。恵子は言葉にできない屈託が心の中に溜まり、休会届まで書くのだが提出することは出来ない。そんな思いを抱えたまま、彼女は大一番に挑む。耳にハンデのある元プロボクサー小笠原恵子の自伝「負けないで!」を原案にしたドラマだ。



 ヒロインが寡黙なのは当然として、何を考えているのかよく分からないのは感心しない。たぶん自身の境遇に思うところが多々あるのだろうが、それが映画の中では明示はもとより暗示もされていない。そもそも、どうして彼女がボクシングに夢中になったのかも十分描かれていない。

 対して、周囲の人物はよく捉えられている。恵子が普段働いているホテルの同僚たちや、ジムのトレーナー、そして彼女の母親など、それぞれの立場で主人公を見つめている様子が窺える。特にジムの会長の描き方は出色で、長年ボクシングを愛していたがいよいよ“引き際”が訪れたことに対する懊悩が十分に表現されていた。しかし、肝心の恵子の内面が浮かび上がってこないので、何とも筋立てとしては不安定だ。

 試合の場面は及第点には達しているとは思うが、タイトルの“目を澄ませて”が示すような、ヒロインの目の良さが発揮される場面は見当たらないし、それを活かしたセコンドの指示も無い。斯様なタッチで、ラストの処理だけで全てを片付けてしまうような姿勢は釈然としない。三宅唱の演出は今回ドキュメンタリー・タッチを狙いすぎだ。あえて16ミリフィルムの撮影に臨んだことも、果たして適切だったのかと思ってしまう。

 主演の岸井ゆきのは健闘していて、よくここまで仕上げたものだと思う。だが、ヒロインの造型がイマイチであるため、印象は思ったほど強くはない。三浦誠己に松浦慎一郎、渡辺真起子、中島ひろ子、仙道敦子などの脇の面子は良い。そして会長に扮する三浦友和は好演で、近年の彼の代表作になるだろう。
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