元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ」

2022-12-24 06:21:57 | 映画の感想(ら行)
 (原題:THE ELECTRICAL LIFE OF LOUIS WAIN )箱庭のように美しいエクステリアを持つ映画だ。昨今珍しい35ミリ・スタンダードサイズの画面が実に効果的。内容もお涙頂戴の“感動巨編”ではないことはもちろん、対象をドキュメンタリー・タッチに突き放したスノッブなシャシンでもない。一人の芸術家の生涯を平明に追った映画であり、この時代に生きた人間として哀歓も無理なく織り込まれている。良作と言っていい。

 1860年にロンドンの上流階級に生まれたルイス・ウェインは、早くに父親を亡くし、一家を支えるためにイラストレーターの仕事を始める。妹の家庭教師としてやってきたエミリーと恋仲になるが、彼女は労働者階級であり年齢も10歳も上だ。周囲からの反対を押し切り結婚する2人だが、幸せは長くは続かずエミリーは末期ガンを宣告されてしまう。ある日、ルイスは庭に迷い込んできた子猫を保護し、ピーターと名付けて飼うことにする。そしてエミリーのために猫のイラストを手掛けるが、これが評判を呼び、一躍彼の名は知られるようになる。猫のイラストで人気を集めたイギリスの画家L・ウェインの伝記映画だ。



 主人公はアーティストではあるが、同時に統合失調症を患っており、歳を重ねて病状が進むにつれ画風が変化していくことが若い頃に読んだ心理学関係の文献に載っていたが、今ではそれは真相ではないことが明らかになっている。タッチの変化は彼が試した方法論のバリエーションに過ぎなかったのだ。

 とはいえ、若くして家族を養うことを義務づけられ、愛した妻は若くして世を去り、しかも経済的感覚に乏しいために生活が楽になることは無かった。その気苦労がメンタル的に悪影響を及ぼしたことは想像に難くない。ただ、もっと上手く立ち回れば良かったと思うのは“後講釈”だろう。この時代で、この境遇にありながら自らの芸術的指向を全うしたことは評価すべきだと思う。

 ウィル・シャープの演出はケレンを廃した堅実なもので、派手さは無いが丁寧だ。主演のベネディクト・カンバーバッチはこういう役柄は得意で、今回も横綱相撲的なパフォーマンスを披露している。相手役のクレア・フォイも好演で、アンドレア・ライズボローにトビー・ジョーンズ、タイカ・ワイティティ、ニック・ケイヴといった脇の面子も申し分ない。

 そしてエリック・アレクサンダー・ウィルソンのカメラによる映像は見事としか言いようがなく、この映画自体が一つの絵画のようだ。あと余談だが、ルイスが猫の魅力を示す前は、猫というのは“ネズミを捕るためのツール”としか認識されていなかったことは驚きだ。だから、犬と違って猫に対する学術的研究はここ百年あまりの歴史しかないという。今後の経緯に注目したい。
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