元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「アメリカン・ファクトリー」

2020-05-25 06:52:56 | 映画の感想(あ行)

 (原題:AMERICAN FACTORY)2019年8月よりNetflixで配信。第92回米アカデミー長編ドキュメンタリー賞の受賞作である。これは面白い。取り上げられた題材はまさに現在進行形で、しかも語り口はスマートでユーモラス。鼻につくようなインテリ臭さも奇を衒った作劇も無く、いま世界で何が起こっているのかを平易で誰にでも分かるように提示してくれる。必見の映画と言って良い。

 オハイオ州デイトンの町には、かつてゼネラルモーターズ(GM)の大規模工場が存在し、住民の多くがそこで雇われていた。しかし2008年にGMの業績不振により、この工場は閉鎖。従業員たちは路頭に迷うことになった。ところが2015年に思わぬ“救世主”が現れる。中国の自動車用ガラスメーカーのフーヤオ(福輝)がアメリカ法人を設立。デイトンの旧GMの工場を買い取り、フーヤオのプラントとして稼働することになったのだ。

 もちろん、フーヤオはかつての従業員たちを多く受け入れた。しかし、中国の企業文化とアメリカ人のメンタリティは水と油ほども違い、トラブルが続出する。ついには組合の設立をめぐって、労働者側と経営側が真っ向から対立。事態は混迷の度を深めていく。

 米中当事者の確執が勃発した原因は、フーヤオ側の無理解とゴリ押しであったことは明らかだ。従業員たちの給与はGM時代の約半分になり、逆に業務は苛烈さを増した。業務災害も頻発し、これは誰が見てもブラック企業である。だが、中国の経営側にも言い分がある。労働者という“道具”を安く買い叩いて調達し、“効率的に”使い回して最大限の利益を得るというのは、彼らにとって当然の所業なのだ。

 そのためには、会社に対する盲目的な忠誠心を社員に植え付けるのは有用な方法で、フーヤオの本社に招かれたアメリカ従業員たちはひたすら自社を礼賛する中国人社員達によるイベントを見せつけられて呆れるしかない。もちろんこれは、民主主義のアメリカと共産党独裁の中国との国情を反映しているのだが、問題は、どうして両者が共同して仕事をする必要があったのかだ。そう考えると、本当の原因(諸悪の根源)が明らかになる。それは、グローバリズムだ。

 国境を越えて世界規模で経済主体が移動し、自由貿易や市場主義経済が広がる、その担い手は多国籍企業である。本来、フーヤオの経営体質は中国国内に封じ込めておくべきシロモノだ。それが無秩序な世界進出により不必要な軋轢を生んでいる。労働者が組合を作って対抗しようとしても、安価な労働力は世界中に転がっており、それを補充すれば何の問題も無い。しかも、フーヤオは機械化によってさらなるリストラを企んでいる。

 劇中では当初敵役として描かれるフーヤオのツァイ会長にしても、根っからの悪人ではない。信心深く、貧しいが楽しかった子供時代を懐かしがったりする。そのツァイ会長にしても、経営者としてグローバルな利益を生み出そうとすると、いきおい冷徹な方法を採らざるを得ない。そのディレンマは重いものがある。

 スティーヴン・ボグナーとジュリア・ライカートによる演出は、平易かつ訴求力が高い。あちこちにギャグを挿入したりするなど、観る者を飽きさせない工夫もある。また、この映画がバラク・オバマとミシェル・オバマが設立したハイヤー・グラウンド・プロダクションズの製作によるというのは、皮肉でしかない。何しろラストベルトの苦境を描いた本作が、奇しくも民主党政権の敗北とトランプ大統領の誕生を裏付けているのだから(苦笑)。その意味でも、興味の尽きない作品である。
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