元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「クレイジー・ハート」

2010-08-18 06:23:35 | 映画の感想(か行)

 (原題:CRAZY HEART )ストーリーは月並みだが、ジェフ・ブリッジスの自然体の演技により味わい深い映画に仕上がった。ブリッジス扮するバッド・ブレイクは昔は飛ぶ鳥を落とす勢いを誇ったカントリー・シンガー。今でも才能は涸れていないが、酒びたりで新曲も書けないうちに落ちぶれて、場末のライヴハウスやボウリング場の一角などでチマチマしたステージを務める毎日だ。ある時、古い知人の姪である地方紙の女性記者ジーンと出会い、愛し合うようになるが、それはあらゆる意味で彼の転機に繋がるものだった。

 ブリッジスは本作でオスカーを獲得しているが、ハッキリ言ってとっくの昔に「タッカー」や「ビッグ・リボウスキ」あたりで受賞してもおかしくないキャリアの持ち主だ。遅ればせながらアカデミー賞の栄誉に輝いたことは喜ばしい。

 ブレイクは還暦に近く、腹にはだらしなく贅肉が付き、いつも酒臭い。ヒドいときには演奏の途中で酩酊状態になる始末。しかし、いざ歌い出すと独特のオーラが発散され、異性を惹き付ける。翌朝には隣に名も知らぬ女が寝ている事もしばしばだ。ジーンはシングルマザーで、離婚の痛手から立ち直っていない。前の夫は家庭を顧みなかったようで、くたびれてはいるが自分と幼い息子に対して気を遣ってくれるブレイクに惹かれていく。

 もちろん、ブレイクにはジーンを幸せにする力はなく、彼女にしたって生活が不安定なミュージシャンと一緒になれるはずもない。そこは“予想通り”の筋書きになるのだが、互いに“本当に必要なもの”を認識することで再出発の動機付けに繋がる。このあたりは作者のポジティヴな姿勢が窺えて心地良い。

 ミッキー・ローク主演の「レスラー」との共通性が指摘されるが、本作はあのような“破滅の美学”を打ち出した映画ではない。ハッピーエンドとも言える結びは観る者に清々しい感銘を与える。

 自慢の歌声を披露したブリッジスもさることながら、ジーン役のマギー・ギレンホールの内面表現力にも感心した。今までオバサン臭い印象が先行していたが(笑)、今回は実年齢相応の闊達さと愛嬌でドラマに花を添えている。

 ブレイクの昔からの友人であるバーのマスター役のロバート・デュバルも素晴らしい。彼は傑作「テンダー・マーシー」で同じようにカントリー歌手の悲哀を演じてみせたが、本作の監督スコット・クーパーも、音楽の持つ力を信じ切っている。ブレイクの“弟子”である人気歌手に扮したコリン・ファレルは儲け役だ。

 誰にでも奨められる良作だが、一つだけ難を言えば、歌うシーンでの字幕が出ないこと。ヒアリングだけでは意味を十分掴めないし、ましてやスラング混じりで歌ってもらってはお手上げだ。このあたりは配給会社の姿勢が万全ではない。ビデオ化の際には考えてもらいたい。
コメント
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