元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「ICHI」

2008-11-06 06:35:40 | 映画の感想(英数)

 単に“綾瀬はるかが可愛かった”で片付けても良いような出来ではあるが、ところどころに興味を引くモチーフが存在する。最も印象的なのは“目が見えないと善悪の区別が付かない”という意味のヒロインのセリフだ。

 人間は外部情報の多くの部分を視覚から取り入れる。それをネグレクトされてしまったら、受ける情報は極度に制限される。当然その“落ちこぼれた情報”の中には善悪をはじめとする道徳律も含まれる。現代ならば視覚障害者に対しては情報の欠落を補うような教育が施されるところだが、この時代ではそうはいかない。必要な情報を与えられないまま野に放たれれば、あとは“けもの道”をまっしぐらだ。

 本作は、そんな畜生道を歩む主人公が、他人とのコミュニケーションによって“公”に目覚めるまでを描いた映画だと言えるだろう。かつて勝新太郎が演じた「座頭市」のシリーズにはそういうテイストは希薄だったと思う(全作を観たわけではないので断言は出来ないが ^^;)。勝新の座頭市は最初から強く、自分の生きる道を見極めていた。理不尽な差別に辛酸を嘗めることはあっても、自らのアイデンティティに拘泥するようなことはあまりない。対して本作での主人公の扱われ方は斬新であると言える。

 それから、映像の小細工が得意な曽利文彦監督にしては珍しくCGやワイヤー・アクションなど使用していない点が興味深い。綾瀬の殺陣も吹き替え無しで、編集も目立たないような仕上がりだ。勝新やビートたけしの立ち回りには負けるが、敢闘賞を進呈してもいいと思う。

 さて肝心の作劇だが、これがあまり上手くない。とにかく長いのだ。大沢たかお扮する“刀を抜けない剣豪”との絡みは妙に緩慢。それでいてポイントは強く印象づけられていない。中村獅童演じる敵の首魁とのやり取りもメリハリ不足。敵対する二大勢力の“出入り”に至っては正面からぶつかるだけの芸の無さ。もっと策を弄した段取りがあっても良く、これではまるで高校生の不良グループ同士のケンカだ。脇を締めるべきベテラン俳優が柄本明だけというのも寂しく、何となく浮ついた雰囲気を感じてしまう。映像は美しく、リサ・ジェラルド&マイケル・エドワーズの音楽も良好なのだが、それがこのチャンバラ劇と合っているかは疑問の残るところではある。

 なお、観客層はかなり高い。昔の「座頭市」の残滓を求めてオールドファンが足を運んだのだろうが、製作側が望んでいた若年層の動員は完全にアテが外れた格好だ。相手役に若いジャニーズ系の役者でも持ってくれば状況は違っていたかもしれない。
コメント (1)
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