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イラストレーター/ライター遠藤イヅルの困った嗜好をばらす場所

【セダン蒐集癖】Vol.85 華麗なるプリンスライン 日産グロリア(A30)

2008-01-05 | セダン蒐集癖。



3代目グロリア、A30型です。


1967年4月に登場。
インパクトのある縦目、プリンスロイヤルにも通じる水平基調の
美しいボディデザインはいつまでたっても忘れられませんね。


敗戦によって飛行機の製造が禁じられて発足した
隼などを生んだ立川飛行機のエンジニアたちが作り上げたプリンスの車。

そう、このクルマはその血統の生き残りなのです。

このグロリアA30型、製造メーカーこそ日産ですが、開発は事実上プリンス。
とはいえ日産との合併話が進行中の開発だったため
オリジナルのプリンス設計の要素は減らされ、
独創的だったリアサスペンションはド・ディオンアクスルからセドリックと共用の
リーフリジッドへ、エンジンも4気筒は日産製になるなど、
日産車との共通設計が推し進められました。

それでも70%はプリンス設計。
写真のグロリアはたぶん前期型のスーパー6ですから
プリンス製の2L直6・G7型エンジンなんですが、それもまた魅力的。
ただし、この直6も後期型から日産の直6、L20型に換えられてしまいました。


G7エンジンは日本の市販車で最初の直6エンジン。
しかも当時としては高度なSOHC設計でした。
このエンジンがS50型スカイライン(箱スカの前のモデル)に積まれ
シングルキャブレター・青GTバッジのGT(105馬力・のちにGT-B追加でGT-Aと称される)、
トリプルキャブレター・赤GTバッジのGT-B(125馬力)の
ふたつのスカイラインGTを生み出したのでした。

そう、そしてこのスカイラインGT-Bが、あの伝説のシーンを作ったのです。




>>話がスカイラインに逸れてしまいましたね(汗

>>ところでこのクルマも5ナンバーサイズ。でかく見えます。

>>プリンスと日産の合併は1966年8月に行われました。
合併の理由は、それまで国策で保護されてきた日本の自動車産業への
アメリカなど海外からの開放圧力、それに伴う
日本メーカーの国際競争力を強めるために、
2位の日産と4位のプリンスの合併が通産省主導の元勧められました。

日産は興銀、プリンスは住友銀行という異なる金融系列を越えた、
当時としては画期的な合併でした。
合併とはいえ実際は日産への吸収合併。
プリンスの名前は消滅することになりました。

>>ですので、合併後の1966年10月に登場したあの皇族専用車プリンスロイヤルは
登場時は「日産・プリンス・ロイヤル」でした。


>>それと、同様に「ザ・プリンス」とも言える2代目グロリア(S40型)も
1966年8月から1967年4月に3代目が出るまでのほんの数ヶ月は、なんと
「日産・プリンス・グロリア」だったんですね。
これは面白い。


>>いいなあ。このグロリア。売ってないかなあ(笑
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7 コメント

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タテ目 (ひでちん)
2008-01-06 23:06:06
いいよね、タテ目グロリア。
性能的にも価値的にも希少性でも乗るならG7搭載車がいいと思うんだけど、メンテナンス面を考えると絶対L20搭載車だよね。

当時のこと書いた記事とか見ると日産はプリンス製のエンジンを残す気が全然無かったみたい。
残念だよね。
荻窪の (まつをか)
2008-01-07 23:03:13
作品ですね♪
G7型も封印エンジンでしたっけ?プリンスのような技術オリエンテッドな会社、好きですw
ニッサン・プリンス・ロイヤルもいよいよセンチュリーロイヤルに代替えしてしまう今、なんだかプリンスの面影がどんどん消えていくような・・・

と思ったら「クリッパー」があったか!!wヽ(^o^)丿
プリンス萌えなのです (ie)
2008-01-08 11:51:33
ひでちんさま>
>メンテナンス面を考えると絶対L20搭載車
うーん やっぱりそうなんだろうねえ。
でも死ぬまでに一度でいいから生粋のプリンス車に乗ってみたいなあ...
いま乗れるとしたらこのG7か、S50系スカイラインの1.5OHVか...グランドグロリアの2.5Lか...(涙


まつをかさま>
>荻窪
まだ工場が健在だったころ、入る機会が何度かあって村山工場ともどもプリンスの歴史を刻んだ場所だと思うだけで感激しますた。
>プリンスのような技術オリエンテッドな会社
当時の道路事情を無視してド・ディオンを採用したり、ほかに先駆けて直6出したり、2.5L出しちゃったり、その先見性は枚挙に暇がないですよね。

ほんと、つくづく皇族が由緒あるプリンスから離れてしまったのは惜しいです。
あのロイヤルのためなら税金だしてもぜんぜん良かったのに(涙
なにしろ最初のプリンス・セダンAISHからいまの天皇は乗っていたんですよ。しかも1900エンジンを特別に搭載して!
父親が (○ほ○)
2008-01-08 13:47:31
荻窪で働いていたそうです、学生の頃。
(夜学だったので)

旋盤を扱ってたそうで、今でも片耳が難聴気味なの
はその頃の名残だと言っておりました。

そんな訳で、〝荻窪〟〝村山〟というキーワードを
聞くと、僕自身〝ディエップ〟に似た高まりを覚え
てしまいますw

S36~9年頃の話らしいので、だとするとS50系スカイ
ラインやS40グロリアの生産時期とまんまかぶります。
そのせいか、稀に街中でこの頃のスカイラインなど
を見かけると、相当懐かしそうに眺めてますね>父親。

スーパー6 (nek)
2008-01-08 20:29:17
日本の市販車初の直6エンジンだったのですね!
知りませんでした~。
それにしてもでかく見えますねこれw
Unknown (ie)
2008-01-09 19:28:02
○ほ○様>
>荻窪〟〝村山〟というキーワードを聞くと
自分もそうです!
10年くらい前に村山工場に出入りする仕事をしてたんですけど、
そのころはまだスカイラインがどんどん生産されていて、
プリンスからの伝統ここにあり、って感じがして大好きでした。


nekさま>
>日本の市販車初の直6エンジン
おまけに確か最初のOHCだった記憶が...
さすがプリンスです。





デザイン素敵な三車種 (ブブ~ゥ)
2014-09-02 10:00:52
当時、テレビで西部劇「バット・マスターソン」のCMで
グロリアが宣伝されていて「いいな~、キレイな車だなあ」
と溜息をついていた。
この車に似たデザインの物が後にマツダから出たのを思い出します。 
これらはアメリカ車のポンティアック・テンペストに似てない?テンペストも美しかったネ

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