全国で当たり前のように走っていた普通客車列車は、見なくなって随分と時間が経ってしまった。現在でそんな列車を無理やり探すと、JR西の「SLやまぐち」号を筆頭に東武鉄道を始めとする一部の私鉄で、機関車けん引の列車としてかろうじて残っている状況だ。こんなことになるのなら、当時からもっと意識して、客車列車に乗っておけば良かったと後悔しきり。でも当時は、撮影目的で列車に乗って移動しても、その列車自体が客車列車で乗車が必然のことだったから、今のように追い求めるような感覚とはちょっと違う。発車時間を過ぎ、ゆっくり列車が動き始めているのに、開け放たれたドアから何度となく飛び乗った思い出も多い。現代に照らし合わせれば、何て危ない行為を・・となるだろう。消えていくものの儚さを追うことより、未来へ向かう輝きの尊さを意識して生きていきたいものだ。人生一度切り。最近はそんな唐突なことを考えている。歳を食ったものだ・・・・
福島の風土が好きで昔からよく行っていた磐越西線。この路線はJR化後でも、客車列車が朝夕残存していた。専用機関車ED77が引退し、ED75が入線してからも走っていたはずだから結構遅くまで残った方かも。この時は、SL会津路号の運転があり繰り出した時のもの。いや~とにかく寒く、そして露出が無かったことを思い出せる。当時は、もちろんフィルムカメラ、67と35mmの2台体制だったが、コダクローム200(PKL)をテストに使っていた記憶がある。コダクローム特有の黒炭のような黒が懐かしくもあるが、当時はあまり気に入らなかったフィルムで、以後極力使わないよう心掛けていた。そんな些細なことも、今やくだらない思い出。と同時に、何も考えなくても、もっと綺麗に撮影が可能な現代に撮らなくてどうする!と奮起しているのである。
1991-02-03 225列車 ED77 14 JR東日本/磐越西線:磐梯町付近
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