風雅遁走!(ふうがとんそう)

引っ越し版!フーガは遁走曲と訳される。いったい何処へ逃げると言うのか? また、風雅は詩歌の道のことであるという。

「空気人形」にエアを抜かれる

2009-12-18 23:55:53 | コラムなこむら返し
Air_doll_bae 是枝裕和監督作品の『空気人形』を見るために川越スカラ座へ行く。この作品の前評判は聞いていたが、見損ねているうちにいつしかロードショー公開はほとんどの上映館が終わり都落ちしているようであった。ネットで検索してこの上映館を見つけたのだが、それも出会いとでも言ってもいいものだった。

 韓流スターであるペ・ドゥナの魅力にやられた。ペ・ドゥナの愛らしい姿に、すっかり空気を抜かれたのだ。なるほど、この作品は「ペ・ドゥナの『空気人形』」と言っても過言でなく、彼女の可愛らしい魅力で裸がちっともいやらしくなく、むしろ「哲学的」もしくは「詩的」なファンタジー作品となった。「ペ・ドゥナの『空気人形』」というのは、この10月臨時増刊号として、あの詩誌『ユリイカ』が、ペ・ドゥナをまるごと特集した一冊を作りその表紙写真のメイド服を着たペ・ドゥナの姿に「萌え」た読者も多いだろうと予測するからだ。
 ましてペ・ドゥナの役柄は「ラブ・ドール(Love Doll)」つまり、ダッチワイフなのである。そして、悲劇的なことに(誰にとって?)この「性欲処理の」代用品である空気人形は、「こころ」を持ってしまったのだ。
 こころを持った空気人形は、棚にしまいこまれていた箱を引き出す。そこには「ラブリー・ドール/CANDY」と箱書きされてある。それは、彼女自身が商品として売り出されたときの箱なのだ。彼女は5,980円のダッチワイフ、中身は空気、肌はおそらくシリコンかゴムで出来ている。手を陽にかざせば、透き通り、歩く影にも光が透過する。
 そして事態は、空気人形から照射されて周りの人間たち??持ち主の男や、空気人形がいつしかアルバイトをして彼女が恋心をいだくレンタルビデオショップの男性店員も、ましてや彼女に色目を使う店長も、部屋中をゴミで満たして空虚感を満たすためにただひたすら何かを食べ続けているおんなや、TVでみた殺人事件を交番に相談に行く中年女性や、死をおそれている老人や、町の人々もがみな内面に何らかの空虚さを抱いた「空気人形」であることがはっきりしてくる。ひとは孤独感にさいなまれてポッカリと口を開けた空虚をこころの内にいだいていることが分かってくるのだ。

 生命は
 その中に欠如を抱き
 それを他者から満たしてもらうのだ
 世界は多分
 他者の総和
 (吉野弘「生命は」)

 この作品は業田良家の短編(『ゴーダ哲学堂/空気人形』)が原作になっている。短い作品だが、是枝監督はここから多くのものを引き出した。
 空虚な性的欲求を満たすための代用品としてのセックスではなく、恋するひと(レンタルショップの店員)とのセックスシーンはまるで、神が土塊(つちくれ)に息(プネウマ)を吹き込んでひとに生命をあたえたという旧約聖書の創世記の件(くだり)を思い起こさせた。ヘソの空気穴のつまみを抜かれると、ペ・ドゥナはしぼんでゆき、空気を吹き込むと彼女には力が漲ってゆく。「愛のメタファー」としても、その着目点は神話的なシーンとなった。
 評価(★★★★)

(写真)川越スカラ座の上映ポスター(川越市内にて)。スクリーンで見れる貴重な機会です。この映画館のことは、後日。