Scarving 1979 : Always Look on the Bright Side of Life

1979年生な視点でちょっと明るく世の中を見てみようかと思います。

早わかり?バカの壁

2004年05月25日 23時59分59秒 | 1分間スピーチ
今日は、早わかり?バカの壁でした。

早わかりセカチューさん執筆以来、
おそらく私個人にだけ大好評なこの早わかり。

要はタイトルだけをネタに、ホラ話を考えるわけですが、
今回の題材は「バカの壁」です。

セカチューさんと違って、
こちらはまるで読んだことありません。

内容について、なんの情報もありませんが、
その方が妄想が広がってより面白いです。

とにかく、早わかりスタートです。

---

20XX年

増え過ぎた人口は食糧不足を招き、
家畜に与える肥料もなく、
もはや人間を生かすだけの食料を生産するだけで、
精一杯になっていた。

そこで政府は大きな壁をつくり、
人類を二分化することとした。

一方は選民層と呼ばれ、
電気ガス水道のある一戸建てで快適な暮らしを与えられるものの、
人類のたんぱく質源となる合成肉の開発研究を行い、
他方の平民層に、その生産物であるミートキューブを与える、
という役割を担う。

一方は平民層と呼ばれ、
薄汚れた管理の行き届いてないコンクリート部屋を住処に、
自分達が食事する分の農作業を主に行い、
他方の選民層に奉仕をする必要はなく、
たんぱく質となるミートキューブが配給制で与えられるのみで、
確固たる役割はない。

政府はこうして人類の役割を二分化することで、
食料による食料のための統制を行った。

平民層の人々は、選民層の裕福な生活に誰しもが憧れた。

その欲求が発生することを事前に察知していた政府は、
あらかじめ誰しもが選民層になる機会を設けた。

平民層が壁を越え、
選民層の世界に入るためには3つの方法があった。

1つ目は、同年代を集め5年に1度行われる試験に合格した者。
2つ目は、脳死または死の宣告を受けた者。
3つ目は、殺人等の重犯罪を犯した者。

どの方法で壁を越えても平民層に戻ることが出来ないが、
2つ目、3つ目で越えても決して幸せにはなれない。

試験に合格できない者の多くは、
幸せな暮らしを諦め、淡々と日々を過ごす道を選んだ。

たとえ質素であっても、
責任のない人生の方が楽である、と考えた。

いつしか政府のつくった大きな壁は、
バカだけが取り残される壁、
バカの壁と呼ばれるようになった。

平民層のヨウロウは22歳。

ヨウロウは、思考停止のバカになろうとは思えない、
選民層になる夢を捨てきれずにいる、珍しい青年だった。

青年の暴走は、時に思いつかない事態を引き起こす。

ヨウロウは、はるか高いバカの壁を、
登り越えようと思ったのだ。

思い立ったら吉日と、
なにも考えずヨウロウはバカの壁によじ登り始めた。

ヨウロウは身の軽さには自信があった。

かれこれ10mほど登ったところだろうか、
見回りの警察官がヨウロウに気付いた。

しかし警察官はなにもせず、ただ見守るだけ。

越えてしまえば、選民層の警察がなんとかするだろうし、
壁から落ちて気でも失えば、逮捕もしやすい。

おそらくそう考えてるのだろう。
この警察官もまたバカだから。

夜が来て朝が来て昼が来てを繰り返し、
もう3日の月日が経ったのだろうか。

ヨウロウは、警察官のある意味予想通りに、
ついに登り、上り、昇り切った。

壁の上から見える選民層側の景色は、
見渡す限りの荒野。

小さな頃から教えられてきた、
選民層の美しい田園都市はどこにも見当たらない。

そして誰もいない。

遠く遠くに、ひとつ工場があるだけだ。

ヨウロウは壁を降りると、仮眠を取り、
翌朝、工場へと向かった。

その道は荒れ果てており、
舗装はおろか、土は枯れ果て、
草花一本さえ生えていない。

工場入口、ミートキューブを載せたトラックが、
門の中に入ろうとしている。

その隙を縫って工場へと足を踏み入れた。

無機質な音を立て、無気力に調子を崩さず稼働する機械。
しかし、工場内に漂う匂いは非常に生臭い。

ベルトコンベアの上を、ミートキューブが流れていく。

家畜の飼えない中、こんな荒野の中で、
どうやってこのたんぱく質をつくっているのか、
ヨウロウは気になり、ベルトの元を目指した。

元に辿り着いた。

巨大な粉砕機に、
クレーンが多量のなにかを入れている。

ヨウロウは人の目から逃れることを忘れ、
その、なにか、がわかる距離まで駆け寄った。

クレーンで拾って投げ込まれているのは、
人の山だった。

老若男女問わず、不器用に積み上げられた人間達を、
クレーンが無造作に掴み上げ、機械の中へ落として行く。

ボキボキグシャグシャと、機械が人が泣く。

そして綺麗に加工され、ミートキューブとなる。
ヨウロウ自身好んで食べた、あのミートキューブに。。。

その光景から目が離せないヨウロウの肩を、
誰かがポンと叩いた。

振り返ると、街頭テレビ越しに話す姿をいつも見ていた、
食料管理大臣の姿があった。

「君、どこから入ってきたんだね。」

「どうしても選民層の暮らしが見たくて、バカの壁を越えて。」

「いい勇気だ。君はここをどう思う。」

「どう思うというか、これは本当のことなのかどうか。」

「本当のことだ。君も私も息をしている。」

「しかし。」

「あれは生きていない。単なるタンパク質源なんだよ。
 生を全うした老人や、生きている必要のない罪人ばかりだ。
 なにを戸惑うことがある。なにを大事にすることがある。」

「けど人の命は。」

「命などないのだよ。あれには。
 単なる肉でしかない。それ以上なにもない。」

「でも。」

「そんなことより、なぜこの事実をひた隠しているか。
 そして試験合格者はどこに行ったのか、疑問ではないか。」

「ええ。」

「学力のある者を放っておくと独自に研究し、
 事実に気付いてしまい、それを公表してしまう危険がある。
 そんなことをされたら、一体どうなると思う。
 平民層の多くが、まともに生きていられなくなるだろう。
 自分の食べていたものが、愛する者だったのかもしれないのだよ。
 普通の精神で耐えられるかね。」

「いえ。。。」

「だから試験で学力のある、研究を行いそうな知的探究心の強い者を、
 あらかじめ選抜し、気付かれぬ前にこの事実を話しているのだ。
 事実を受け入れたものは管理官や研究員となり、
 事実を受け入れられず気が狂うか、この世に失望したものは、
 老人や罪人共と一緒に、そこの単なるたんぱく質の原料となる。
 今まで後者の数が圧倒的に多く、この場に残るものはほとんどいない。
 だからこちらの世界には、この工場しかない。
 ただ、それだけのことだ。」

「それだけのこと。。。」

「選民層があるという幻想は、平民層に夢を与えることにもなる。
 誰にでも平等に幸せになる権利がある、という約束みたいなものだ。
 平民層の中で生きる気力を、目的を失うこともなく、
 君みたいに夢を叶えようと、生きることを頑張ってくれる。
 そのためにも選民層はあるとしなくてはならない。
 君はどうしたいかね。壁を登った勇気は買うぞ。」

ヨウロウは大粒の涙を流し、
言葉もなく、その場に崩れ落ちた。。。


バカの壁の本当の語源は、死を省みないバカが越える壁、
正しく略すならば、バカの壁でなく死の壁であったのだ。。。


クレーンがまた、ひとつ、落とした。


3日後。

平民層にミートキューブが配給される。

一列に並び、笑顔で受け取る少年達。
遅れて群がる老人達。

「やっぱりお肉様は美味しいね。」

---

いかがでしたでしょう?

「バカの壁」はこんな物語でしょう、きっと。

絶対違いますけど。
そもそも物語じゃないですけど。

なんで今更、終末論的SFなのか不明ですが、
私達の年代なんてのは、こういうお話に弱いのです。

つまり、このお話の最大のオチは、
書いてる人が一番バカだった、っていうことです。

にしても最後に続編の「死の壁」も入れてくるところなんてのは、
我ながら上手いですね。

つくづくいい作品です。ソイレント・グリーンさん。

本を全く読まない人が、
想像だけで本を書くと一体どうなるか。

その答えを出してくれる、この早わかり。

次回を、どうぞお楽しみに。

モテる男のファインダー

2004年05月24日 23時59分59秒 | 1分間スピーチ
今日は、モテる男のファインダーでした。

最寄駅から家までの帰り道、
それまで1分間スピーチ用に用意してたネタが、
全て吹っ飛ぶくらい、強烈な出来事がありました。

私の進行方向に、モテグラス着用の、
遊び専門大学生な男3人組がたむろしていました。

↓モテグラスのイメージ画像。右。

(CLUB SHINJOさんにリンクしてます。)


そこに飲み屋帰りだろう、
3人の茶髪さんな遊び女子が近付いていきました。

私は、これは必ず面白いことが起こるだろう、と、
歩くスピードを少し遅くしました。

モテグラス3人組が、その女子達に気付いたようで、
なにか笑顔でコソコソ話します。

そんな中、3人の茶髪さんな遊び女子は会話しながら、
モテグラス3人組の横を、
何事もなく通り過ぎていこうとしました。

期待して歩く速度さえ遅くした私が、
モテグラスのくせになにもしないで通すのか、
と残念に思っていた、その時。

すれ違い様、ひとりのモテグラスが、
3人の茶髪さんな遊び女子の内のひとりに、
なんと、かの指ファインダー、で狙いを定めて、、、

↓指ファインダーのイメージ映像。

(ARA-JIN写真セミナーさんにリンクしてます。)


ネタ口調でなく、大真面目な口調で、、、

「君、なんか画になるネ」

…。

…。

…。

これですよ、すれ違い様、この台詞ですよ。
中々言えないですよ、素人じゃ。

想像以上のものを見せて、聞かせていただきました。
素晴らしいですね、やっぱりプロは違います。

私的には、心の中で両腕上げてガッツポーズですよ。
もう笑い堪えるの必死で、かなりの早歩きですよ。

すれ違い様、指ファインダーで、
「君、なんか画になるネ」ですからね、
スゴイです、天才です。

私クラスの人間じゃ、
お話の台詞でも思いつきませんもん。

その点、プロ様は日常生活の中で、
ごく自然に初対面の相手に対して、
「君、なんか画になるネ」ですからね、
格の違い、もっと言えば人間としてのレベル差を、
まざまざと見せつけられました。

私みたいな中途半端はモテなくて彼女いなくて当然です。
プロ様には到底敵いません。

プロ様は、もう女子5人くらい、たぶらかしていいです。
もう参りました。文句言いません。妬みません。

…という今日のこのお話、
全てホラ話だったら幸せなんですけどね、
残念ながら嘘も誇張も全くない、ありのままの事実なんです。

けれど、この辺の火は消してほしくないですね、ぜひに。

これが、みなさんの住む日本国の現状です。

また来世。

同性愛のクレープ

2004年05月23日 23時59分59秒 | 1分間スピーチ
今日は、同性愛のクレープでした。

友達の家に遊びに向かう途中、
とても不思議な光景を見ました。

互いの手に持ったクレープを食べさせ合う、
煤けた中年男性のふたり組がいたのです。

食べて食べさせ、食べさせ食べて。。。

もしかしたら単なる男友達同士なのかもしれませんけど、
今回のお話の中では、強引に同性愛者と仮定しておきましょう。

から女子好きを主張している私ですが、
正直なところ男同士でいる方が、
女子と過ごすよりも気楽で面白いです。

中にはその例に漏れるステキな女友達もいたりしますが、
そこもまた、今回は強引に見ないフリをしましょう。

男同士は気楽で面白いからと言って、
じゃあ恋愛対象になるか、と言えば、
残念ながら私にはそれは無理です。

たとえ気楽で面白いとしても、
それは女子といるときと種類の違う面白さですし、
なにより全くドキドキしません。

女子という存在が自分とは感性が違う存在であるからこそ、
興味を持ちたくなるし、興味を持たれたくもなる、
甘えて欲しくもなるし、甘えたくもなる。

そして、愛し愛されたくなる。

要は、精神的な意味で、
凸は凹に組み合わされたいということです。

同性愛者の方は、
異性でなく同性にこうした感情を抱くんでしょうね。

単に対象が違うだけなので、
ごく自然な感情ではあると思います。

感性の違いだけで、特に問題はないです。

しかし不思議なのは、なぜ互いに愛し合えるか、というところです。

繰り返しになりますが私が女子を好きになるのは、
女子が自分とは異なる存在だからなのです。

つまり同性愛者についても、
どちらか一方は、男そのものでなくては、
好きになれないのではないでしょうか。

しかし男そのものであるということは、
女子好きで、男に恋愛感情が沸かない場合が、
確証は持てませんが、きっと多い気がします。

対象の男が男好きな時点で、男そのものとは外れるわけで、
同性愛者の恋愛対象から外れてしまうのではないでしょうか。

感性が違う存在ではないわけですから、
カッコイイ男子に恋している、
女子と女子が愛し合うのと同じ話になってしまいます。

凸と凸では□になれません。
どうにも納得出来ません。

それとも、私の女子を好きになる理論とは違ったところで、
単に男好きな男という存在のみを好きになる男がいる、
ということなのでしょうか。

男同士の気楽さが恋愛になってしまうのでしょうか。

そうではなく、ホントは男そのものな男を愛したいけれど、
そんな対象は振り向いてくれないから、妥協同士で付き合っているとか、
好みとは違うけど傍にいて大事な存在に思えたから、というか。。。

長身で細身で知的な女子好きの私ではあるものの、
恋する対象は、好みとは関係ない身近な気の合う存在、みたいなノリで、
男好き同士が好き合ってしまうのでしょうか。

考えれば考えるほど難しい。。。

というか、こんなこと考えていると、
どうにも煤けた中年男性とクレープの映像が頭を離れません。。。

嘘でもカワイイ女子同士の小粋なお話にすればよかった。。。

ということでこの問題、私個人ではなんともよくわからないので、
答えがわかる方は、軽く教えて欲しいな、とか思います。

以上、本日の愛聴曲は『IN THE NAVY』な、
イヤマイ・ボーイでした。

つじあやのと、うららかな日曜の午後

2004年05月23日 15時41分41秒 | 音楽
先日「COVER GIRL」を発売した、
うららかさんこと、つじあやのさん。

ウクレレがトレードマークで、
心安らぐ、素敵な歌を歌っています。

私は1stアルバムで、つじあやのさんと出会い、
それ以来ずっと好きでCDを買い揃えており、
ライブに行ったりもしました。

きっとジブリ映画『猫の恩返し』の主題歌で、
その存在を知った方が多いでしょうか。

てか、ファン的には、
これをきっかけにもっと売れると思ったんですけどね。

基本的に私は、ひねくれPOPバンド好きであり、
普段は、ほとんど女性の歌は聴きません。

ですが、このつじあやのさんについては、
なんだかとても別格です。

その歌声が心の隙間に溶け込んで、
ほんわかと温かな気持ちになります。

邦楽には、こういう柔らかな、
童謡的な美しいメロディを求めてしまいます。

日本語も綺麗に染み入りますしね。

つじあやのさん独特の、
うららかな歌声もいいです。

つじあやののさんCDを聴きながら、
なにをするでもなくぼんやりと過ごす日曜の午後、
なんだかとても幸せな気分になります。

みなさんもこうして、
うららかな午後を過ごしてみませんか。

君ともっと早く会えて
いればもっと良かったね♪

映画生感想『CASSHERN』2回目

2004年05月23日 15時02分22秒 | 映画
劇場で2回目の映画を観るのは、
99年の『マトリックス』以来な気がします。

良きにせよ、悪きにせよ、記憶に残る映画だったので、
釈然としない部分をハッキリさせようと、
昨晩、観たがってた友達にくっついて観てきました。

感想的には前回と、そう変わりません。

ただ、余裕を持った状態で、じっくり鑑賞すると、
説明ナシに感じられた釈然としない部分についても、
ホンの少しのカットで伏線は張られてたことに気付きました。

この映画が酷評される所以は、
そうして物語上、説明すべきところをちゃんと説明しないで、
それでいて監督の伝えたいメッセージを、
冗長過ぎるくらいに話させているところでしょう。

そこを許せれば、面白いとも思えるでしょうし、
許せなければ、批判してしまうでしょう。

許さなければならないようなものは商業作品とは呼べない、
初監督だろうが邦画だろうが映画は映画だ。

それもまた一理ですし、私もそう思いますが、
たまにはこういう青臭い作品があっても、いいとは思います。

人によって価値観は異なり、
全てが全て、自分の望むようにはいかないものです。

そんなのは人生を生きる中で誰もが知ることであり、
映画にのみ、価値観の同一化を望むのは酷です。

大抵の芸術家なんてのは、
自分の作品を見てもらいたくて仕方ないんですから、
誉められると育つものです。

せっかく表舞台に出てきたんですから、
いいところを伸ばしてあげましょうよ。

なんにしてもキリキリ監督の伝えたいメッセージ、
宇多田さんはエンディング4分くらいの歌で、
簡潔に伝えられている気もしますが、
いちいち色々言いたくなって表現が長くなる人というのは、
この世に、たくさん存在しているわけです。

かく言う、私もそうです。いえい。

なので、早わかりセカチューさんとか誉めてください。。。

ファミコンミニ「ディグダグ」

2004年05月23日 14時05分58秒 | ゲーム
ファミコンミニ第1弾では、
スーマリ」と「マッピー」を購入したわけですが、
今回の第2弾で購入したのは、
この「ディグダグ」だったわけです。

毎回お話しますが、
私は実家にファミコンがありませんでした。

ただこのお話、私の実家にはファミコンがなかった、というだけで、
時期的にはスーファミが出るという話が出始めた後期の頃でしょうか、
なぜだか祖母の家にツインファミコンが導入されていました。

真意は定かではありませんが、
祖母の弟がシャープ製品を直売する副業をしていたので、
たぶん、なにかの電化製品を購入したおまけとして、
余ってたツインファミコンを貰ったのではないでしょうか。

で、付属されてたのが、
この「ディグダグ」と「ピンボール」だったわけです。

後々、叔父が名前だけで選んで買った、
スターウォーズ」と「ゴルゴ13」が増えてました。

私が小学校当時、
会社に土曜日休日なんて制度があまりなかったので、
両親共にお仕事に行っていました。

そんななので土曜の私は小学校から家に帰らず、
直接、祖母の家に行ってました。

ちなみに幼稚園の頃は、帰りに毎日寄っていました。

祖母の家に行くと、
まず叔父が買った、その週の週刊少年ジャンプを読み、
その後どこかにお車で買い物に連れてかれる、
というのが、幼稚園の頃からお決まりでしたし、
祖母が2時間ドラマの再放送好きなので、
そうそうテレビを使うことも出来ませんでした。

そんなわけでツインファミコンを実際プレイするなんてのは、
小学校時代を通して、ホンの数時間かしかしなかったわけですが、
とても思い出深いソフトなわけです。

今、実際にプレイしてみると、
単純ながら、いやはやなんとも奥深いです。

単純に膨らませて敵を倒せば、なんてことないゲームですが、
岩を使って押し潰そうとすると、どうにも難しいのです。

やはり、いいゲームです。

それにしてもファミコンミニは思い出を引っ張るなぁ。。。

華氏911、パルムドール受賞

2004年05月23日 11時40分24秒 | 映画
第57回カンヌ国際映画祭で、
マイケル・ムーア監督の『華氏911』が、
今回のパルムドールを受賞したとのことです。

マイケル・ムーア監督が題材を取り上げるとき、
裏付けの取れた確固たるデータを提示した上で自分の主張を貫き、
必ずユーモアを忘れません。

ある事象を掘り下げたドキュメンタリと言っても、
決して押し付けがましくなく、退屈にもならず、
楽しく、恐るべき事実を知ることが出来ます。

政府や企業という個人では勝てない大きな存在に、
ひたすらの熱意と、いい意味でバカげたユーモアで立ち向かう。

この視点がとても好感が持てて、
マイケル・ムーアの作品はDVDも著作も、
ほぼ買い揃えています。


(マイケル・ムーア日本版公式サイトさんにリンクしてます。)


というわけで今回の受賞は、
贔屓目にとても嬉しいことなわけです。

マイケル・ムーアの言うこと全てに、
感化されるわけでも信じ切るわけでもないですけど、
彼の視点、語り口は、素直に素晴らしいと思います。

目に見えないところで起きている恐るべき状況を、
体制に屈せず、わかりやすく市民に伝える。

これが報道のあるべき姿と言えるのではないでしょうか。

ドキュメンタリだから、固い話っぽいから、
と思っている方、毛嫌いせずに見てみてください。

彼の作品は、素直に面白いです。

ちなみに完全な余談になりますが、
題名の元となった『華氏451』を書いたレイ・ブラットペリも、
本を毛嫌いする私ですが、文章が美しく、内容も面白く、
とても好きな存在であります。

以上、イヤマイケル・ムーアでした。

ハイスクール!奇面組

2004年05月23日 04時18分03秒 | 雑談
gooBLOGさんのテーマサロンである、
心に残るアニメ、思い出のアニメ」に、
チョット乗っかってみましょう。

私の生き方や行動パターン、思考パターンは、
このアニメによって決定付けられた、
と言っても、決して過言ではないでしょう。


(年中日曜日な掲示板さんにリンクしてます。)


そう、この絵でわかるとは思いますが、
ハイスクール!奇面組」です。

心酔しているのは、厳密に言えば漫画の方ですが、
ここではアニメとしておきます。

「ハイキメ」さんは生涯残り続けるであろう心底好きな作品で、
「ハイキメ」さんが目当てで行った東映マンガまつりというのが、
初めて親に頼んで、自分の意思で観に行った映画でもあります。

さらには主題歌を歌っていた、うしろゆびさされ組繋がりで、
夕やけニャンニャン」も普通に観ていた、
妙にマセまくった小学生1、2年生だったりしました。

ので、いまだにおニャンコ話に乗り出します。

去年くらいの長谷川京子と、出たての国生さゆり、
なんか雰囲気似てない?とか。。。

さらには、あまりにオタクっぽいのであまり公表はしてませんが、
宇留千絵な外見と性格の女性が、最もタイプと言えるでしょう。

大学入学以来、マンガやアニメ観てませんし、
2次元好きってわけではないですけど、
過去から現在まで至る私の勝気な女性好きという性質は、
この作品で決められた気がします。

コメディ重視の非接触ラブコメが好きなのも、
「ハイキメ」さんの一堂零と河川唯、宇留千絵と冷越豪の、
非接触なラブコメが大好きだからでしょう。

それだけでなく高校時代の過ごし方も、
ホントに奇面組のようでした。

蔑称でリーダーと呼んでいる人がいて、
そこに個性バラバラな4人が集まった、妙な5人組。

その5人組で、ナナメ見して楽しむためにではありますが、
突っ込みどころのある昔の特撮モノ見つけてからかってみたり、
千葉テレビで再放送してた大味な昔のアニメをからかったりして、
どうにも子供の喜ぶものを見つけては、それをネタに遊んでました。

普通ではかけてくれない、昔の変なアニメの歌を、
お昼の校内放送でかけてもらうために、
頑張ってカッコよくリミックスしたりもしました。

よくわからないとこに真剣に頑張る、
その若さゆえの暴走ぶりがいいのです。

今は、子供っぽい趣味を追いかけ続けてはいませんが、
映画や音楽にカタチを変えて、日々貪欲に遊びまくっています。

これもまた、奇面組に教わった生き方でしょう。

なんにしても感想や評価を超えたところで、
この作品は、私に明るい生き方を見せてくれました。

悲しい日にも笑わせてくれます。たぶん。

最後に一堂零の言葉をひとつ。

世の中の歯車になるより、
世の中を味付けする調味料になろう。

そんな生き方もまた、楽しいものです。

映画生感想『ゴッド・ディーバ』

2004年05月23日 03時30分15秒 | 映画
5月21日の金曜日、会社帰りにひとりきり、
川崎まで足を伸ばし、この日で公開終了となる、
『ゴッド・ディーバ』を観てきました。

鑑賞前にネットで散々の酷評を目にしてきましたが、
『ブレードランナー』や『フィフスエレメント』の原典だ、
なんて言われて、両作品好きの私が黙ってられるはずもなく、
映画への許容も広い方であるので、さほど問題はないと思いました。

その感想はと言えば、CG作品であるにもかかわらず、
SFアクションではなく、なんともフランス映画でありました。

物語に、どうにも抑揚がないのです。

敵に追われる場面でも、なぜかスピード感がなくドキドキせず、
敵と遭遇しても、主人公が強過ぎて一瞬で終わり。

そうして、ただ淡々と物語が進行していきます。

宇宙人から転身したっぽい女、
女に望みを託す宇宙人の男、
政治犯で30年冷凍刑務所にいた男、
子孫をつくるために政治犯の男に乗り移る神、
その奇妙な四角関係のお話。

抑揚のない四角関係話というのが、
いかにもフランス映画のイメージ通りであり、
そう考えると、この物語に納得もします。

また表現してる部分は抑揚がないものの、
話の奥底で神や宇宙人の捉え方の話が絡まっており、
設定はSFっぽいが、単純なSFではないように思えます。

注目すべき映像面に関しては、
丹念に描き込まれたマンガの絵のような3D空間の中で、
主要人物3人以外、全てCGらしいCGキャラが演技している、
という、とても面白い世界観ではありました。

最近の『スターウォーズ』もそんなな気もしますけど、
『ゴッド・ディーバ』は実在の人物として描かれたキャラ達が、
なぜか、いかにもなCGなのです。

ただ、相対評価をするのはあまり良くないですが、
最近観た『APPLE SEED』や『CASSHERN』と比べると、
フランスよりも日本の方が、
CG書き込みだけでなく、娯楽度でも勝っている気がしました。

フランスのテレビ番組事情は知らないですけど、
子供時代、特撮やアニメの影響がある日本の方が、
性質として勝るということなのでしょうか。

けれど、よくよく考えると、
『アキラ』とか、サイバーパンクが流行った頃のSFは、
こんな風に抑揚がない話が多かった気がします。

しかしSFにある種の冒険心を求める私は、
『アキラ』もそうでしたが、
実は、アクションの薄いサイバーパンクなSFはあまり好みません。

そして四角関係という、
笑いのないラブロマンスも好きではありません。

楽しめる部分もあったので、酷評はしないものの、
私には好きにはなれない要素が、わりと多い映画でした。

せめて全体の動きを、もっと早くして欲しかったです。

人を誘わなくてよかった、とも思えました。
この内容では、誘った相手に確実に怒られたことでしょう。。。

きっとバカそうに見せときながら、物語をちゃんと作り込んでいて、
しっかり抑揚のある、観応えのあるハリウッド映画の方が、
私は好きなのであり、人を誘える映画でもあるのでしょう。

もちろん、それだけでなく単館系な、
起伏の少ない静かな映画も好きなものはありますけど、
娯楽要素の低いサイバーパンクなSFはチョット。。。

原作が、サイバーパンク流行当時に描かれているので、
それはそれで仕方ないのかもしれないですけど。。。

今のフランス人で娯楽バカ制作者なのは、
リュックベッソンと、ジャンピエールジェネくらいなのかな。。。

ぶつぶつ。仏仏。

友達という存在

2004年05月22日 23時59分59秒 | 1分間スピーチ
今日は、友達という存在でした。

先日に引越失敗した友達が、
横浜から荻窪に引越しをした。

今回は、見送るな、の指令が出たので、
直接見送らず、メールのみのさようならだった。

そして友達は、
知り合いのいない場所に、行ってしまった。

そんな中、今日私は近隣に住む友達たちと、
ゲームをし、映画を観に行った。

なによりも大切な友達という存在が、
今の私には、手の届くところにいる。

しかし、いつか、
もし彼ら彼女らが結婚をし、子供を持ったとき、
引越しで遠く離れなかったとしても、
私はひとりになってしまうのだろうか。

私は、その答えを考えたとき、
仮定ではなく、ほぼ断定的に、
ひとりになってしまう、と思い込んでしまう。

家庭を持った大人の姿は両親しか見ていないから、
余計にそう思ってしまうのだろう。

そんなことを考えると、
急に、とても、淋しくなる。

世の中に限りないものなんてどこにもないのだから、
今ある友情も、その限りではないのかもしれない。

悲しいけれど、どんな言い訳をされようとも、
きっと、それが現実であろう。

彼ら彼女らの子供が巣立ったとき、
ようやく私達は再会できるのかもしれない。

今はとにかく、残りの回数を数えず、
友人達に出来る限り遊んでいただこう。

遊んでいただけることを感謝しよう。

人は幸せを失ったときに、
ようやく幸せだったことに気付くのだろう。

こうもしんみり考える私は、
そろそろ全てを失うのだろうか。。。

そういえば昨晩から今朝にかけて、
原因不明の激しい腹痛で、夢遊病患者のように、
頭は寝たまま、ひたすらに部屋を歩き回っていた。

私は結局、愛するものに愛されないまま、
この生涯を終えるのだろう。

一生さようなら。

薄幸と幸薄

2004年05月21日 23時59分59秒 | 1分間スピーチ
今日は、薄幸と幸薄でした。

ひとりきりで映画を観た後、
仕方なしに満員電車に乗り込んだため、
全く見たくなくても、幸薄そうな女性が、
目の前で携帯メールを読み書きしている、
その画面が目に入ってきます。

その女性は、大変失礼な話ですが、
もうすぐ午前様な電車に乗り込んでることもあり、
とてもとてもお仕事でくたびれた様子で、
とてもとても幸薄そうな外見の人だったのです。

そんな幸薄そうな人が、変な語尾をつけた、
いわゆる女の子らしいカワイイ文章を書いているのです。

女の子なので当たり前のお話なのですが、
その人が幸薄そうだったというだけで、
なぜだかとても不思議な光景に見えてしまいます。

普段溜めてるものがあるのかなぁ、とか、
無理に友達に合わせようとしてるのかなぁ、とか。

外見だけで人を判断するのは良くないですけどね、
あの不思議さはなんなんでしょう。

ごめんなさい。。。

しかし、この幸薄という言葉、
文字を裏返すだけで、その印象がわりと変わります。

薄幸と呼ぶと、
その後に美少女なんていう名詞がつきそうです。

チョット素敵です。

幸薄と呼ぶと、
それだけでとても活気がなくなってしまいます。。。

不憫で抱きしめたくなります。

お話は華麗に吹っ飛びますが、
こんな風に思える、日本語の語感というのは、
やはり面白いものです。

私はリズムのある文章にするために、
誤ったクセのある表現をよく使いますが、
それはそれでまた、楽しいものです。

つくづく日本語っていう言語はいいです。

電車内で見かけた幸薄そうな女性も、
薄幸の美少女と呼べば、
とたんに不思議な女性から、素敵な女性になります。

という変な締めで。

今宵 いろはにほへと 夢はちりぬるを♪

廃棄物

2004年05月20日 23時59分59秒 | 1分間スピーチ
今日は、廃棄物でした。

会社帰り、基本的には自炊の方が好きだが、
たまには贅沢気分を味わおう、終電までの時間を潰そうと、
最寄駅近くの、普段寄ったことのないコンビニに寄った。

0時5分前、まるで人がいない。
しかし店員はふたり。

夕食にパンでも買おうと思い、
パン棚に足を進めたが、あまりいいパンがない。

体を反転させ、パンと向かい合わせに並んでいる、
おにぎり、お弁当棚を見る。

バイトのひとりが、
おそらく廃棄するであろうおにぎりを、
躊躇なく両手で次々と買い物かごに放り込んでいる。

私は、ひとつのおにぎりに心惹かれた。

まだ買い物かごには入れられていない、
ねぎとろのおにぎりを取ろうとした。

すると私の手を制止し、とても変な顔で私を見つめ、
「2時に廃棄になりますけどいいですか」
と、怪訝そうな声で注意をしてきた。

その声色は「そんなゴミ買うなよ」と言っているようであった。

まだ12時5分前である。
2時間先のお話である。

流れ作業中の君にとってはゴミかもしれないが、
残念ながら私にとってはご馳走なのだよ。

私は制止を振り切り、おにぎりを購入した。

そして30分後、廃棄になりかけたおにぎりは、
私の胃に投棄された。

私もまた、廃棄物なのだろうか。。。

4人の食卓ブログ開始と幽霊と臆病者

2004年05月20日 01時48分49秒 | 映画
4人の食卓ブログが開始されたそうです。
映画のblogって珍しいんじゃないでしょうか。

私は、このblogを始めてすぐ紹介記事を書いたくらい、
大のチョン・ジヒョン好きであり、
写真にある通り、随分前に前売券を買ったくらい、
この『4人の食卓』は楽しみにしてる作品なわけです。

ホントにgooBLOGにしてて良かったという感じです。

ただ、この『4人の食卓』に関して気になる記事が。。。

ゾゾゾ、ひょっとして…ホラー映画「4人の食卓」に出た~

先程『4人の食卓』を楽しみにしてると書きましたが、
実は私、ホラー映画一度も観たことないどころか、
お化け屋敷の前を通るのも嫌なくらい、
幽霊に関しては、極度の恐がりなのです。。。

想像してコワイのだけは、ホントに無理です。。。

この『4人の食卓』に関しては、
無理矢理、頑張ろうと思ってたところなので、
たとえ話題づくりだとしても、
私が悪かったです、どうか余計にコワがらせないでください、
という感じです。

臆病者だと蔑まされようが、もう平謝りです。

ダレカタスケテ。。。

やらされてる感

2004年05月19日 23時59分59秒 | 1分間スピーチ
今日は、やらされてる感でした。

この「1分間スピーチ」を始めて、1週間経ったわけですが、
なんとも言えない、このやらされてる感がいいですね。

小学生の頃もそうだったんですけど、
帰りの会で言うことないのに前に立たされたときに、
とりあえずテキトーなこと言って、この時間を終わらそう、
という、そのなんとも投げやりな感じが、
私的には「1分間スピーチ」の文章にも見てとれて、
なんだか、ほのぼのとしてしまいます。

我ながら話してる内容に深みがないですからね、
でも間を持たせようと頑張ってる感がいいです。

とか言いつつ、昨日分なんてのは、
真剣にわりと大作になってしまい、
実は、さっきようやく書き終わったんですが。。。

大作だけど、怒られそう。。。

…という感じで、自分から自分に対しての、
やらされてる感は好きで頑張れるのですが、
お仕事の上からやらされてる感は、本当にやる気を失います。

今日上司に、下について使われてる間はやる気出しませんよ、
とハッキリ言ってしまったくらいに。

我ながら、わりと上弁慶です。

でも何事も、やらされるより、
自分でやった方がいいです。

この「1分間スピーチ」を除いては、何事も。

幻の名盤『スマイル』をついにリリース!!

2004年05月19日 18時41分44秒 | 音楽
ブライアン・ウィルソン、幻の名盤「スマイル」をついにリリース!!

この「スマイル」は、名作になると期待されてたものの、
制作途中で頓挫した、POPファンには幻の名盤なわけです。

一応、今でも下の写真「スマイリースマイル」で、
「スマイル」の断片を聴くことは出来ます。


(amazonさんにリンクしてます。)


この「スマイリースマイル」については、
とりあえず良し悪しは置いといて、
いわゆるビーチボーイズらしさとはかけ離れた、
とても入り込んでしまった人の音楽なわけです。

しかし『グッド・バイブレーション』という名曲が、
この時に生まれたと考えると、
やはり「スマイル」は素晴らしいPOPアルバムなのかな、
と、大いに期待を持ってしまうわけです。

かといって私は、ブート盤とかキライなので、
あえて手を出したいとも思いません。

なので、この「スマイル」は、
私にとって、ずっと伝説の中のお話だったわけです。

それが実際に発売される。

その出来は、果たしてどうなんでしょう。

伝説は伝説のままの方が良かった場合もありますしね、
今回の「スマイル」に関しては、今のところ手放しでは喜べませんが、
楽しみに待っていようかとは思います。

グッ、バイブレーション♪