「それでは、あとは若いもの同士ってことで・・・」
ありきたりの決まり文句を床に転がし、中年女が3人立ち去っていった。
「ふ~っ。あ~、疲れた」
男は、右手でうなじを押さえながら左回しに2回半首を回した。
「・・・」
女は、無言のままハンケチで口を覆い、膝元の模様を眺めていた。
「こういうのって、なんか、疲れません?」
男が、どこそことなく下を指差しながら、そう言った。
「え、あ、はい、そうですね」
女は、焦点のあっていない瞳で、男の後ろにあるふすまの柄を見つめた。
「俺、駄目なんっすよ、こういう堅苦しいのって」
「はあ」
「こんな、障子に金糸なんか散りばめちゃって、何様のつもりなんでしょうね」
「え、ええ」
「えっと・・・、あ、あ、」
男は、右手で女を指差しながら、左手で髪を掻き揚げた。
「あ、亜由美です」
「そう、亜由美さんは、こういうのってどうなんっすか?」
「いや、あの、あんまり、得意ではないです」
「ですよね~、やっぱ、みんなそうなんっすよね~」
「あ、あの・・・」
「はい?なんっすか?」
「ご趣味は・・・」
「え、趣味っすか?そうっすね~・・・、釣りと、スノボーと、パソコンってところっすかね」
「あ、そうなんですか」
「ちょっと意外でしょ?俺がパソコンなんて言うの」
「いえ、そんなことは・・・」
「一応、流行りモノにはなんでも手出しておきたいんっすよ。とりあえず、やってみないことには損じゃないですか。人生一回しかないんだし」
「あ、ご立派な考えですね」
「いや~、そんなことないっすよ。ただやりたいことやっちゃってるだけっすから。で、亜由美さんの趣味は何なんっすか?」
「え、あ、私は、料理と、音楽鑑賞です」
「料理ですか。いや~、いいっすね~。なんかエプロン姿が目に浮かんできますよ」
「そんな。おままごと程度ですから」
「また~、そんな謙遜しなくてもいいっすよ。手見れば、料理ちゃんとやってるのわかりますから」
「え、あ」
女は、下を向き自分の少しくすんだ両手を眺めた。
「俺、そういう女性って好きなんっすよね」
「え、は、はあ」
「ははっ、ちっと柄にもねえこと言っちたな。あ、それで、音楽ってどういうの聴くんっすか?」
「えっ、洋楽だとSIMON&GARFUNKEL、CHICAGO、CARPENTERS、ENYA、ELTON JOHN。邦楽だと、cocco、TRICERATOPSなんかを聴いてます」
「は~、結構渋めっすね。俺は、洋楽だと、oasis、verve、RADIOHEAD、U2、QUEEN、BEATLES、スマパン、・・・ま、その他大勢って感じで、邦楽は、あんま聴かないけど、MULTIMAXなんかが好きっすね」
「あ、私も、BEATLES好きです」
「そうなんっすか。俺、赤盤、青盤以外のレコードは全部持ってるんっすよ」
「え、CDじゃなくて、レコードでですか?」
「そうっすよ。オリジナルアルバムは全部持ってます」
「すごいですね~」
「いや、ま、ほとんど伯父さんから貰ったんっすけどね。あ、でも、俺もサイモン&ガーファンクルとかシカゴ好きっすよ。一時期、シカゴのプロデューサーのデビッド・フォスターにハマってましたし」
「へ~」
「あの、“サウンドオブサイレンス”が主題歌になった映画、『卒業』も好きっすよ」
「あ、私もです」
「ラストシーンのダスティー・ホフマン、かっこいいっすよね」
「そうなんですよ、あれ、最高ですよね」
「そういえば、このお見合いって大丈夫ですか?」
「え?」
「いや、よくドラマとか漫画であるじゃないですか、本当は、彼氏がいるのに、お見合いしちゃって、その彼氏とその友達が、お見合いを潰そうとするようなやつ。ああいうのないっすよね?」
「え、ありませんよ~」
「本当ですか~?そんなこと言って、さっきの仲居さんが、友達だとかなんじゃないんですか~?」
「そんなはずないじゃないですか~」
「もうそろそろ、あの障子が開いて、男が入ってくるとか」
「ないですって」
「ま、ならいいんっすけどね。・・・あ、外でも散歩してみます?」
「え、あ、はい」
緑と灰色と透明の輝きに包まれた空間。
男と亜由美は、歩きながら、三針間程、互いのことを喋りあっていた。
「・・・いや~、にしても、天気いいっすね~」
「そうですね」
「俺、いつも、晴れ男って呼ばれてるんっすよ」
「は~、それで、晴れてるのかもしれませんね」
「そうかもしれないっすね」
「あ、実は、私も、晴れ女とかって呼ばれてるんです」
「そうなんっすか。それなら、ダブルで、もう無敵っすね」
「無敵、ですね」
「あ、そろそろ時間になりそうですから、また戻ります?」
男は、左手首にはめた銀色のATTESAを見ながら、そう尋ねた。
「え、ええ」
ベージュと茶色と草色に囲まれた部屋。
「ふっ~。なんかたまに歩くと、疲れますね」
「そうですね」
「普段、車ばっかで移動してると、歩く機会ってそうないっすからね」
「ええ」
「あ、免許持ってるんっすか?」
「ペーパーですけど、一応」
「そうなんっすか。いや~、一度、助手席に乗ってみたいっすね」
「そんな、無理ですよ」
「やればできますって。仮にも免許取れてるんっすから」
「でも、仮免、2回ほど落ちてますし」
「そんなの大丈夫っすよ、俺も1回落ちてますから」
「実技の方ですよ」
「そうですよ、そっちで1回落ちたんっすよ。筆記の方は1回も落ちたことありませんよ。こう見えても俺、結構頭いいんっすから。って、自分で言う台詞じゃありませんね」
「あ、そうなんですか、ごめんなさい」
「いや、いいっすよ、気にしてないっすから」
「でも、ほんと、ごめんなさい」
ボ~ンボ~ンボ~ン
遠くにある柱時計が、三回鐘を鳴らした。
「は~、じゃ、そろそろ離婚でもしますか」
「あ、ええ」
「離婚届は書いてきたか?」
「書いてきたわよ、ほら」
亜由美は、持っていたカバンを開け、一枚の紙を男に差し出した。
「おお、印も押してあるな」
「早く、あなたも書いてよ」
「はいはい。・・・あ、ペンかしてくんない?」
「しょうがないわね~」
亜由美は、持っていたカバンを開け、一本のペンを差し出した。
「どうも」
男は、それを受け取ると、太枠の欄から先に、書き始めた。
「も~、なんでこんなことしなきゃいけなかったのよ」
「こうやって他人行儀にした方が、なんか別れやすいだろ」
「確かにそうかもしれないけど」
「それに、おまえも、新鮮な気持ちになれただろ。俺に“亜由美さん”なんて呼ばれて」
「え、なんか、こそばゆくてしょうがなかったわよ」
「そうか~?んなこと言って、本当は結構嬉しかったんじゃないのか?」
「そんなわけないでしょ、これから別れようっていうんだから」
「ま~な~」
男は、全ての欄を埋め終ると、ズボンのポケットの中から印鑑を出し、
「は~っ」
と息を吹きかけ、離婚届に力強く押し付けた。
「はいよ」
男は、一枚の紙と一本のペンを、女に返した。
「どうも」
女は、それらを受け取ると、バックの中に丁寧に押し込んだ。
「これで、終わりなんだな」
「あと、これ、市役所に出してきたらね」
「今日は、楽しかったよ」
「なに、真面目な顔して言ってんのよ」
「本当に、改めて、亜由美の良さがわかったような気がするよ」
「そんなこと言われても・・・」
「なあ、もう一度、今更、好きだなんて言ったら、遅すぎるかな?」
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あとがき
[当時]
書き始めた当初は、最後はどうしようと、
心配だったんですけど、このオチが思い浮かんだ瞬間、
なんだか、頭の線が一本に繋がったというか、
光の糸を見つけたというか、
ともかく、今までの作品にはない爽快感を感じました。
でも、実際書いてみたら、その感覚が弱くなってしまって、
多少ネチネチとしてしまいました。
失敗とは言いませんが、
ホンのチョットだけ後悔の念が残っています。
[現在]
たしか1998年の短編作品です。
なので、話している音楽の趣味がその頃です。
執筆当時は、脚本版もあったくらいに、
とても映像化しやすい作品です。今でも撮りたいです。
現在版も書きやすそうなので、
もっとお見合いのやり取りを長くしたいものです。
いまだに新鮮な驚きがありますし。
ちなみに、2000年に「
お見合い結婚」というドラマがあったみたいで、
私は観てないんですけど、内容かぶってたらどうしよう。。。