Scarving 1979 : Always Look on the Bright Side of Life

1979年生な視点でちょっと明るく世の中を見てみようかと思います。

「右腕の安らぎ」第1章

2004年08月01日 10時20分30秒 | 物語
とても悔しい思いをした。

空に振りかざした両腕を、叫びながら机に叩き付けたかった。

とても悔しい思いをした。

拳が割れるほどの勢いで、壁を殴りたかった。

とても悔しい思いをした。

奴を動けなくなるまで殴り続けたかった。

でも、殴った後の虚無感、むなしさ、かなしみ、あわれみ、そんなのを感じることの方が、もっと嫌だったから、できなかった。

どれもできなかった。

月の沈む夜、そのことが頭によぎった。

とてもとても悔しい思いをした。

僕は、右拳で思いっきり自分の右太股を殴った。

でも、青の拳以外、何も変わらなかった。

僕は、右腕を要らないと思った。

赤に支配された世界。

すぐに黒に変わる不安定な世界。

そんな世界の下、僕は自転車に乗っていた。

車が僕の邪魔をする。

右側通行の自転車が僕を邪魔する。

むこうを向いた人が僕を邪魔する。

こちらを向いた人が僕を邪魔する。

標識が僕を邪魔する。

信号が僕を邪魔する。

前輪のライトが僕を邪魔する。

風が僕を邪魔する。

黒が僕を邪魔する。

みんな僕を邪魔する。

なにひとつ僕の邪魔をしないものが無い。

みんな邪魔だ。

無くなってしまえばいい。

それとも僕が無くなろうか?

せめて、この右腕だけでも無くしたい。

交差点の余裕は、霧の向こうにある星空みたいに不確かなもので、誰も信用してない。誰も信用できない。そんな気持ちを抱かせる。

沖へ出ようか。

静寂に包まれた水のうねりを独り見つめてみる。

そこに、右腕の波紋を加えてみる。

なにかが変わった。

400万光年離れた星が消滅した時と同じ感覚に襲われる。

白の指は、柔らかく細くなるべきだと思った。

追い討ちをかけるように左腕も差し入れる。

「あなた、今日、なにしにきたの?」そう彼女に言われた時の感覚が襲う。

耐え切れずに左手を空に投げる。

右腕はゆっくりと、紙風船を上げる時のやさしい気持ちで抜き出した。

それが始まりだった。

童謡を忘れないように、この思い出も忘れることはない。

リズムに乗って右腕を動かす。

リズムに乗って右腕は動く。

お気に入りのTシャツを破いてみる。

左腕に力を入れて破いてみる。

ポルトガル語を覚えた少年は、信じることを忘れ、疑うことも忘れた。

僕の母国語では、疑うことしか思い出せない。

黄色いズボンの女の子は僕の方を向いて笑う。

僕の後ろにいた彼氏に手を振りながら笑う。

そんな科学を打ち破りたくて、右腕の嘆きを利用した。

もう一つの時計のありかを知りたくて僕は旅に出る。

銀杏並木を歩く時のようなすがすがしさで僕を歩く。

この右腕を、思い出を、全てを忘れたい。

自転車は家ではなく、海岸へと向かっていた。

泣き叫ぶ、泣き喚く、男の子がひとり森の中にいた。

僕の右腕はその子を助けに行こうとハンドルを切る。

けたたましい音と共に点滅する星を見つめる。

男の子はこおろぎの顔をして僕に近付いてきた。

耳に手を当てた時、彼の両親は亡くなっていた。

自転車は森の中へ飛び込んだ。

僕は左腕で彼の右手を握り、海岸を目指した。

靴を履かない彼は不器用な行進をする。

ぶかぶかの靴を履いた彼は用水路を進む目つきで僕を見る。

僕らはまだ、坂の向こうがどうなっているのかさえ知らなかった。

水が落ちてきた。

金の延べ棒で殺された時のような痛みが僕の右腕を襲う。

彼はにこやかな顔をして創作の世界へ迷い込む。

煮え湯の香りをかいだすずめばちの音で僕らを包んだ。

もう一度会えるのならば小麦色のTシャツを着ていよう。

最後の言葉。

最悪の言葉。

君を守ることもできなかった僕は自分を守ろうとしている。

彼もやっぱり守れないかもしれない。

翼を見て流れ星だと呟く。

願い事より、祈り事の色が強くなる。

落ち着きの無い虫たちはもういない。

そこに、いる。

公園にいた君のようなしぐさで僕を引き付ける。

彼の姿はなくなっていた。

水を吸い取った土はスポンジのように膨らんでいた。

海岸には彼を連れて行かねばならない。

そう思いたかった。

僕は彼を右腕で引き寄せた。

そこから見える景色は虹彩でしかなかった。

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第1章あとがき

[当時]
実験的作品としてはいい出来だったと思いますけど、
読み直してみると文章の繋がりが、
さすがにおかしすぎた気がします。
でも、確信犯的に書いているのでご安心を。

[現在]
これも「犬(dog)」さんと同じ7年前、
18歳頃に書かれた作品です。
同時期に両者を書いていました。
アッチ系もソッチ系もコッチ系も行ける自由な人です。
この作品はこの作品で、あまりに痛々しいというか、
安心して読んでられない若さを感じます。
というか、読んで意味わかる人いるのでしょうか。。。

「犬(dog)」第16回

2004年07月26日 21時30分00秒 | 物語
第1回 / 第2回 / 第3回 / 第4回 / 第5回 / 第6回 / 第7回 / 第8回
第9回 / 第10回 / 第11回 / 第12回 / 第13回 / 第14回 / 第15回
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 中谷のチョークが8の上で止まり、大きく○を書いた。

「はっちばんで~す」

「8番ってことは」

「おっ、染田じゃん」

「染田涼子嬢に決定です」

「決定って」

〈なんだ、この気持ち。すごく、いやだ。悔しい〉



 隣の教室

「うぅっ」

(こんなの…)

胸のリボンをギュッと掴み、苦しむかおりん。

 元の教室

「あ~、染田か~。俺も、一時期気になってたからな」

「今日から、染田のこと好きになれよ」

「んでだよ」

「いいから、そうしとけ」

「やだよ」

〈俺、吉川さんのこと、好きなのか〉



 隣の教室

「う、う」

(もう、ダメなのか)

 かおりんが胸を押さえたまま、動かない。

「ねえ、保健室行った方がいいんじゃない?」

 山元が心配顔で覗き込む。

「たぶん、すぐ、大丈夫だから」

(なんか、どっか、浮いてきそう)



 元の教室

「もう、決まったことなんだから」

「勝手に決めたことだろ」

「いや、意外と運命ってやつかもよ」

「運命なんて、あるわけねえよ」

「いや、あるんだって」

「そうそう、あるある」

「んなん、お前らにだけだって。俺にはないもん」

「ま~た~、照れんなよ」

「別っ、照れてねえって」

「もう好きになっちゃったか、染田のこと」

「んなわけねえだろ」

「もう、この、お似合いさん」

「勝手に決め付けんなよ」

 キィンコォンカァンコォン、キィンコォンカァンコォン

「お、やば、授業始まるじゃん」

「あ、次、実験じゃん」

 中谷と守田が、各々の席の元へと、小走り、散らばっていった。

「おい、待っ、消してけよ」

 男が、銀色の隅にあった黒板消しを持ちながら、そう言った。

「自分のことだろ」

「そうそう」

「んだよ」

 男は、右手に持った黒板消しで、黒い制服の袖に降りしきるチョークの粉を気にしながら、アミダを消し続けた。

 そして、9を消そうとしたとき、カミキリムシのため息声で呟いた。

「吉川さん、」

〈でも、工藤さん。より、好き…、好きだ〉



 隣の教室

「くぁ」

 僕は見た

 夢を見た

 浮いていた

 タータンチェックのパジャマを着て浮いていた

 一瞬間、かおりんが青白く輝いた。

「かおりん」

 山元が、かおりんの体を揺さ振った。

「あ、山元、どうしたの」

 顔を上げたかおりんは、『かおりん』のままであった。

「え、どうしたって、体、大丈夫なの?」

 山元が、かおりんの左肩に右手を軽く置き、そう言った。

「全然、なんともないけど」

 かおりんは少し口を尖らせ、不思議の瞳で山元を見つめた。

「ならいいんだけど…、ほんと、大丈夫?」

 山元は少し左に頭を傾け、見開きの瞳でかおりんを見つめた。

「うん」

 かおりんは、口元の笑みを浮かべた。



 もう、一人。

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「神(god)」

全てを創れる力が欲しい
全てを壊せる力が欲しい

そのふたつを持ってる奴がいるらしい
“神”って呼ばれてる奴なんだ

俺達も奴に創られたんだって
俺達も奴に壊されるんだって

ふざけるんじゃねえつ~の

俺達が奴を創ったんだ
俺達が奴を壊せるんだ

ってことは

俺達は全てを創れる奴を創ったんだぜ
俺達は全てを壊せる奴を壊せるんだぜ

だからさ

全てを創れなくても
全てを壊せなくても

それで十分じゃん

な、そうだろ

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第16回あとがき

[当時]
今回は、ようやく“かおりん”編が、
途中、ノリで付け足された部分もありましたけど、
ほぼ当初の予定通りの展開で終わり、
少しホッとした回でもあります。
あまりに最後があっけな過ぎると思う方が多いと思いますが、
本当の、中学生の恋愛事なんて、あんなものです。
これから読む方が減るとは思いますが、
もうしばらく、お付き合いください。
きっと、もっと読みたくなくなると思います。

[現在]
当時のあとがき通り、今回で第1部完という感じです。
よくこれで終わりにしましたね、この人は。
では、第2部はどうなるのか、
と次回を期待する方もいるかもしれませんが、
実は、この回までしか書いていません。
正しくは第17回は書いたんですけど、
方向性が定まらず、2つの話が出来てしまったんです。
で、そのままお蔵入り、と。
この先は8年経った私が受け継いで書かなくてはいけません。
いつになるのかわかりませんが、
ご希望があれば早まるかもしれません。
とりあえず今は、どうぞおやすみなさい。

「犬(dog)」第15回

2004年07月13日 13時00分00秒 | 物語
第1回 / 第2回 / 第3回 / 第4回 / 第5回 / 第6回 / 第7回 / 第8回
第9回 / 第10回 / 第11回 / 第12回 / 第13回 / 第14回
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 隣の教室

「ふぅぁ、ふぅぁ」

(なんだ、すごい気持ち悪い)

 かおりんは、右手で胸の臙脂リボンを掴み、大口で息を吸い込みながら、うつむいた。

「ねえ、かおりん、大丈夫」

 山元が左手でかおりんの頭を撫で、右手でかおりんの背中をさすった。

「え、うん、たぶん、すぐ治ると思う」

(心臓がどうかしたのか)



 元の教室

「よし、っと。まだか、守田」

 中谷は銀色の上に白チョークを置き、両袖のチョーク粉を掃いながら、そう言った。

「ちっと待って、もうすぐ終わるから」

 守田はアミダの線を、細かく、大まかに、引いていた。

「いや、終わんなくていいって。昼休み終わるまで、ずっと」

 男は守田の方を向き、両手を使って意味のわからないジェスチャーをした。

「お、わかった。じゃ、もっと速く書こっ」

「おまっ、違げえだろ」

「よし、いいぞ、速くしろな」

「は~い~」

「おい、それ、俺のイクラちゃんだろ」

「ば~ぶ~」

「ほんと、ずりぃよ」

「いいじゃねえかよ、ギャグのひとつぐらい」

「だめだよ、俺のだもん、それ」

「ほんと、セコイって言うか、わけわかんねえとこ、細かいな」

「だっ、それ、俺のだもん」

「おまえ、そんなんだから、返事もこねえで、ふられんだよ」

「おい、守田、そこまで言ってやんなよ」

「ほんと。結構、痛いとこきたぜ、今の」

「わりぃわりぃ、悪気があったんだよ」

「やっぱ、あったのか」

「あったじゃねえだろ」

「おしっ、こんなもんでいいだろ」

 守田が黒板から目線とチョークを外し、振り返った。

「お、いい、いい」

「いや、まだ、線が全然足りねえよ」

 男が、守田のアミダを指差しながら、そう言った。

「これっ、じゅうぶんじゃねえかよ」

「いやぁ、ダメだな」

「守田、相手にしなくていいよ。どうせ、時間稼ぎなんだから」

「あ、そっか」

「時間稼ぎって、別に、そんな戦場じゃねえんだからよ」

「いや、絶対、時間稼ぎだ」

「まあいいじゃん、早く始めちゃおうぜ」

 守田は黄チョークを銀色の上に置くと、短めのピンクチョークを持って、そう言った。

「おっ、そうだな」

 中谷も、銀色の端にあった短めのピンクチョークを持った。

「お前ら、本気でやんのか」

「当たり前だろ」

「そのために、これ書いたんじゃん」

 守田が、左手に持ったピンクチョークで、書き終えたアミダを指しながら、そう言った。

「ちっと、今日はやめとかない?」

「んでだよ」

「やっぱ、アミダはおかしいって」

「おかしかねえよ」

「じゃ、守田、これで決められっか?」

「俺は、別に関係ねえだろ」

「そうだよ、こいつは安部一本なんだから」

「まあ、そりゃそうだけどさ」

「おまえら、それのがもっと関係ねえだろ」

「いや、大アリだろ」

「守田、そんなん気にしないで、早いとこやっちまおうぜ」

「おう。で、どうやってやんの?」

「なあ、この4つの線の中で、どれがいい?」

 中谷は1、2、3、4の番号が書かれたアミダを、右手に持ったピンクチョークで指しながら、男にそう尋ねた。

「え、俺?」

 男は瞳を大きめに見開き、右手の人差し指で自身の顔を指しながら、半上がりの声でそう答えた。

「当たり前だろ、おまえの好きな奴決めんだから」

「ほんとにか」

「ま、とりあえずさ、どれにする?」

 中谷は1、2、3、4の番号が書かれたアミダを、右手に持ったピンクチョークで指しながら、男にそう尋ねた。

「ああ。じゃ、一番右でいいや」

「一番右っと」

 中谷はアミダの一番右の線上に、×を書いた。

「じゃ、次は?」

 5、6、7、8アミダを指す。

「一番左」

「一番左ね」

 アミダの一番左の線上に、×を書いた。

「で、次」

 9、10、11、12アミダ。

「左から二番目」

「二番目さんサン」

 アミダの左から二番目の線上に、×を書いた。

「お、じゃ、今度、俺んとこか。どれにする?」

 守田は、中谷と同じように、13、14、15、16の番号が書かれたアミダを、右手に持ったピンクチョークで指しながら、男にそう尋ねた。

「え、右から二番目」

「おしっと」

 守田はアミダの右から二番目の線上に、×を書いた。

「じゃ、最後は?」

 17、18、19、20アミダを指す。

「真ん中」

「どっちの」

「真ん中は真ん中だろ」

「おまっ、これ、4人ずつなんだから、あるわけねえだろ」

「じゃ、左のでいいよ」

「左の方っと」

 アミダの左から二番目の線上に、×を書いた。

「おし、これで後は、アミダるだけだな」

「もう、アミダっていいのか」

「おう、アミダれ」

 中谷と守田が、×印から、アミダの流れに沿って、線を下に引く。

「えっと、まず、4番の加藤由貴里嬢」

「こっちは、14番高原」

 隣に移り、線を下に引く。

「今度は、8番の染田涼子姫」

「えっと、18番は、あ、斎木」

 中谷だけが、更に隣に移り、線を下に引く。

「で、最後は、9番吉川由佳里君」

「おっ」

〈残ったじゃん〉



 隣の教室

「ふぅ」

(寝不足過ぎたかな)



 元の教室

「どうですか、お気に入りはいましたか」

「知らねえよ」

「あ、その顔はいたな」

「いいじゃねえか、どうだって」

「あ、ヤベ、時間ねえから、早く決勝戦行くぞ」

「おいっす」

「決勝って、別に試合じゃねえんだから」

〈なんで俺、こんなにドキドキしてんだ。単なる遊びだろ、こんなの〉



 隣の教室

「あっ」

(アツイ)

 右手で瞳を押さえる、かおりん。



 元の教室

「これ再利用でいいっしょ」

 中谷が9、10、11、12アミダをチョークで指した。

「おお、そんで十分」

「ダメだよ~、ちゃんと書いてくれなきゃ~」

「また、時間稼ぎ作戦だよ」

「もぅ、相手にすんな」

 中谷は、アミダ下の数字を消し、線を一本縦に引き、横に複数引いた。

「ほんっとにやる気か」

「もう、後には引けねえだろ」

「全然引けるって」

「いいから早く、どこにする?」

 中谷が左から順に4、8、9、14、18と線下に番号を書きながら、男にそう尋ねた。

「あぁ、じゃ、今度こそ真ん中」

「真ん真ん中っすね」

 中谷は、右手に持ったピンクチョークでアミダの真ん中に×印をつけた。

「よし、いこぞ」

「いこぞって」

「イ・ク・ゾ」

 中谷がアミダの流れに沿って、線を下に引く。

「さあ、どうなるんでしょうか」

 守田が簡単な実況を始める。

「別に、どうでもいいって」

〈いや、でも〉

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『鼓動』

気 付 く に は

少 し 遅 す ぎ た と

嘆 く 前 に

自 分 の 鼓 動 を

感 じ 取 れ れ ば

そ れ が い い

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第16回

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第15回あとがき

[当時]
今回は、おふざけが過ぎたかなって感じです。
あまりに、くだらない会話が多すぎて、
その割には、核となる台詞が少なくて、
正直、なにがなんだかわからなかったと思います。
だけど、わかりあった男同士の会話っていうのは、
本来こういうものだと思い込んでいるんで、
その辺は、勘弁していただきたいです。

[現在]
頭で思い浮かんだ映像を文章化するのが、
いつまで経っても上手くならないですね。
映像でカットインカットアウトしまくるのは、
私の頭ではわかってても。。。
けれど言葉の使い方は、とても好きです。
日常会話なんてみんな下手だったり言葉足らずなんですもん。
こんなもんです。

「犬(dog)」第14回

2004年07月07日 13時00分00秒 | 物語
第1回 / 第2回 / 第3回 / 第4回 / 第5回 / 第6回 / 第7回 / 第8回
第9回 / 第10回 / 第11回 / 第12回 / 第13回
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 翌週の土曜日

 “廊下側から三列目の前から三番目の席の男”は、同じ列の最後尾に座っていた中谷の机に腰掛け、後ろの黒板の上に貼り付けられている、手書きの大きな出席番号表を眺めていた。

「おまえ、もうあきらめろよ」

 椅子を窓側に78度傾けて座っている中谷が、机上の男に話しかけた。

「なにが」

「返事こねえんだろ、まだ」

「ああ」

「たぶん、それさ、ふられたってことだよ」

「ま~、そ~かもな~」

「新しい奴探せよ」

「え、いいよ、そんなの」

「他に気になる奴いねえのか?」

「いないよ、別に」

〈でも、ホンのチョットなら・・・〉



 隣の教室

「あ」

(なっ)

 突然、右手で顔を覆うかおりん。

「どうしたの?かおりん」

 山元は、少しキョトンとした心配顔で、かおりんの瞳を見つめた。

「え、別に、なんでも」

(なんだ、今の。なんか、浮いてくみたいな感じだったな)



 元の教室

「じゃ、俺が決めてやるよ」

 中谷は、立ち上がりながらそう言った。

「なんでだよ」

「そんなの早くフッ切っちゃって、先に進まなきゃ」

「そりゃ、そうかもしれないけど」

「俺なんか、ほとんど毎月、好きな奴かえてるんだぜ」

「お前は、かえ過ぎなんだよ」

「ま、なんにしてもさ、好きな奴つくれ、な」

「だから、それはおかしいっての」

「恥ずかしがらなくていいって。欲しいんだろ、彼女」

「そりゃ、欲しいけど」

「だったら、まず好きな奴決めなきゃ」

「お前な~」

「あ、あれで決めようぜ」

 中谷は、斜め上の出席番号表を指差しながら、そう言った。

「どうやって」

「ん?アミダ」

「アミダって、お前、そんな簡単なことじゃねえだろ」

「いや、そんな簡単なことだよ」

「好きな人だぜ」

「好きな人だよ」

「もっと、なんか、・・・そんなんじゃねえだろ」

「いいんだよ、最初はてきとうで」

「絶対、違うって」

「肝心なのは、それからだよ」

「それからぁ?」

「どう気を引くか、ってことだよ」

「なんで、好きでもない奴の気を引かなきゃいけねえんだよ」

「んなの関係ねえよ、とりあえず、好きにさせて、好きになっときゃいいんだよ」

「俺が、そんな、都合よくできるわけねえだろ」

「できるって」

「できても、やりたかねえよ」

「やっぱ、もう中2なんだから、好きな奴いないで過ごしちゃ駄目だよ」

「ま、そりゃそうかもしんないけど」

「っていうか、ほんと、早くあきらめろよ。おまえ、そんなんじゃ、いつまで経っても、引きずったままになんぞ」

「そんなことねえよ。もうちょっとしたら、他の、好きな奴できるよ」

「んなん、ぜってえ無理だって」

「無理じゃねえよ」

「いいから、今すぐ、他に好きな奴つくって、もう、あいつのこと忘れちゃえよ」

「だから、もうちょっとしたらな」

「だめだよ、今決めろよ」

「なんで、そう、焦らすんだよ」

「だって、他にやることねえじゃん」

「おまっ、単なる暇つぶしで、これ決めようってのか」

「半分はな」

「半分って」

「もう半分は、本気でおまえのこと心配してやってやろうっての」

「別に、心配なんかしなくていいよ」

「んだよ、いいだろ。おまえ、友情ってやつだぜ」

「友情なんて言う奴、信じられっかよ」

「素直に信じとけって」

「お前じゃなきゃ、信じっけどな」

「快でもか」

「いや、あいつはダメだろ」

「じゃ、いいじゃん」

「なにが、いいんだよ」

「とりあえずさ、遊びだと思って、やってみようぜ、な」

「これ、ぜってえ遊びにはなんねえだろ」

「おまえは、深く考え過ぎなの」

「いや、俺のが普通だよ」

「普通ってのが、一番インチキくさいっつうんだよ」

「お前のが、インチキだろ」

「いや、俺こそが、普通だよ」

「だから、インチキなんだろ」

「おまっ、ほんと、ヘリクツだな」

「そっちが先に言ったんじゃん」

「俺のは、ちゃんとあってんもん」

「同じじゃねえかよ」

「全然違えよ」

「なにが違えんだよ」

「俺は、おまえと違って、そんな考え過ぎねえもん」

「だから、お前のは考えな過ぎなんだって」

「んなことねえよ、これが普通だっての」

「どこが普通なんだよ」

「ほんと、わかんねえ奴だな」

「お前のがわかんねえよ」

「まあいいや、じゃ、こっちで決めっかんな」

「ああ、じゃあ、もう、勝手にやってよ」

「とりあえず、1回で決めんのはさすがにまずいから、5グループに分けっか」

 中谷が短めの白チョークを左手に持ち、後ろの黒板に縦線を書き始めた。

「おい、待てよ。そこ、書くのまずいだろ」

「大丈夫だって、番号だけだからバレやしねえよ」

 中谷は戸惑いを見せることなく、縦線を書き続けた。

「なにしてんの?」

 開放された後扉から入ってきた守田が、黒板を指差しながら中谷に尋ねた。

「え、これからこいつの好きな奴、決めんの」

 中谷は、左手に持った白チョークで男を指しながら、そう答えた。

「ふ~ん、やっと、かおり姫のことあきらめたんだ」

「姫じゃねえって」

「いや、なんか、まだ、はっきりしねえから、好きな奴つくらせて、忘れさせようと思ってんだよ」

「お、それいいよ。お前、絶対、もう、ふられてんもんな」

「はいはい、おっしゃる通りでございます」

 男は目を見開きながら、首を左下26度の位置に下ろした。

「じゃ、俺、女子の1番から12番までを3グループに分けて書くから、13番から20番までを、4人ずつまとめて2グループにして、アミダ書いてくんない?」

 中谷が左手に持った白チョークで書き途中のアミダを指しながら、守田に、そう言った。

「お、わかった」

 守田は長めの黄チョークを右手に持ち、中谷と同じくらいの長さの縦線を書き、その下に、女子の番号と、苗字を書いた。

「バヵ待て、番号だけだよ」

 男は慌てて机の上から降り、守田の隣に歩み立った。

「いいじゃん、別に」

「うちらには関係ねえしな」

「ほんと、やめてよ」

「わかった、消すって」

 守田は白清んだ黒板消しを左手で取り、黄の苗字を、左右に大きく伸ばした。

 男は中谷の座っていた椅子に座り、出席番号表を見上げ、番号と名前を確かめていた。

〈吉川由佳里…、9番か。できれば、9番、残らないかな〉

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『友よ』

無 邪 気



言 葉



コ コ ロ



代 え て

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第15回

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第14回あとがき

[当時]
今回は、思いっきり日常会話を楽しんでみました。
といっても、会話してるのが男同士だったので、
段々むさくるしい感じがしてきて、
ホンのチョット、嫌になりましたけど。
それと、あまりに会話が長くなりそうだったので、
途中、強引に話を戻してしまい、
少しおかしくなってしまった部分があるんで、
その辺をチェックしながら読むと、結構面白いと思います。

[現在]
前回から途端に展開早過ぎですね。
私の脳内補完がないと、お話的に繋がらな過ぎます。
でもお話を語るのがヘタなのも含めて、
この作品は一遍の物語として構成されているので、
これはこれでいいと思います。
にしても中谷の言ってることは、今の私にも刺さりますね。
そうですね、恋も気楽でいいんですね。

「犬(dog)」第13回

2004年07月01日 20時00分00秒 | 物語
第1回 / 第2回 / 第3回 / 第4回 / 第5回 / 第6回 / 第7回 / 第8回
第9回 / 第10回 / 第11回 / 第12回
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 二ヶ月後

「虹のような優しさで、君を包んでいたい」

 廊下側から三列目、前から三番目の席の男が、隣の席の由佳里の方に体を向け、瞳を向け、映画スターのような表情で、そう呟いた。

「わけわかんないよ~」

 由佳里は、ホンのチョットだけ口を尖らせた笑顔で、男の瞳を見つめた。

「え~、これ、かなりいけてると思うんだけどな~」

 男は、自分の机上に置かれた藁半紙に瞳を向けた。

「全然似合ってないし」

「んなことねえだろ~よ、もうね、世界中の女の子が駆け寄ってくるよ」

「そんなのあるわけないじゃん」

「じゃ、自分の言ってみろよ」

「言わない」

「なんでだよ、俺、言ったじゃん」

「勝手に言ってきただけでしょ」

「でも、聞いたんだから、言わなきゃ駄目だろ」

「関係ないもん」

「ほんとな~。・・・あ、窓の外、コンドルが飛んで行く」

 男は、右手で自分の瞳の先の空を指差し、左手で由佳里の机上に置かれた藁半紙を掴もうとした。

「そんな古い手に、ひっかかんないよ~だ」

 由佳里は、男の左手が藁半紙に着地する前に、笑顔と右手でそれを持ち上げた。

「っきしょ~、絶対引っかかると思ったんだけどな~」

「甘い、甘い」

「おい、ハンナマ。おまえ、どんなの書いた?」

 そう言いながら男は、右手でハンナマの左肩を軽く叩いた。

「え、まだ書いてねえよ」

 ハンナマは、男の方へと振り向きながら答えた。

「早く書かねえと、時間なくなんぞ」

「いいよ、そんでも別に」

「よかないだろ、一応、課題だぜ、これ」

「課題っつってもな~」

「なんか、適当に書いときゃいいじゃん。どっかの歌詞のフレーズ、パクるとかして」

「あ~、それいいかもな」

「でも、やんならマイナーな曲の方がいいんじゃねえか。メジャーなのだとすぐバレっから」

「おお、そうするわ」

 ハンナマは、体を机に向かい直した。

「ねえ、半川君のどんなだった?」

 由佳里は、少し開き気味の瞳で男を見つめた。

「まだ書いてないって」

「なんだ~」

「それより、早く見せてよ」

「なにを?」

「自分の書いたやつ」

「だから、嫌だって」

「いいから、いいから、ホンのチョットだけ、ね」

「い~や」

 由佳里は、全ての男がとろけてしまいそうな、はっきりとした口元と、純粋な瞳で、藁半紙を覆い隠した。

「そう言わないでさ~」

 男は、由佳里の右の二の腕を両手で軽くつかみ、前後に揺らした。

 二人は、朱色の振り子のように揺れている。

「おい、できたぞ」

 ハンナマが、右手に藁半紙を持ち、左回りに振り向き、男の右肩を小突いた。

「お、もうか」

 男は両手を離し、ハンナマから藁半紙を受け取ると、由佳里には見えないように、体を斜め右にくねらせ、そこに書かれていた一行文を読んだ。

【愛してる とても遠くまで】

「こんなんでいいだろ」

「うん、なかなかいいじゃん」

「あ、見して見して」

 由佳里が藁半紙に向かい、細白い右手を伸ばした。

「だめ~」

 男は、由佳里の手が届かないくらい高く、藁半紙を宙に上げた。

「いいよね?半川君」

「え?、ん~」

「駄目でしょ」

「うん、駄目だな」

「え~、別に、減るもんじゃないんだからさ~、ね」

「いや、減る減る」

「ヘルクラッシャー?」

 ハンナマは両腕をそろえ、それを前に突き出しながら、そう呟いた。

「そう、ヘル、クラッシャー」

 男はその声と共に、ハンナマと同じように両腕を突き出し、由佳里の右の二の腕に軽く当てた。

「も~」

 由佳里は、左手で右の二の腕をさすりながら、男を見つめた。

「じゃ、わかった。そっちの見したら、こっちのも見してやるよ」

「ならいい、見せない」

「なんで、そんなに見せたがらないかな~?」

「なんで、そんなに見たがるのかな~?」

「ふふっ、そうきましたか」

「はい、そうきました」

「由佳里、ちょっと見せてね」

 突然振り向いた舞子が、由佳里の藁半紙を、右手で軽く取り上げた。

「あ」

【いつもはお笑いな貴方、真剣に授業を受ける横顔が素敵】

「ふ~ん、やっぱり~」

「なにが~?」

「ん、別に~」

「も、舞子のも見せてよ」

「や~だ~」

 舞子の机上にあった藁半紙を取ろうと、絡み、縺れ合う二人。

「また、イチャついてるよ」

 男は二人を指差して、そう言った。

「ほんと、仲いいよな」

「俺達も見習って、やってみるか」

「バ~カ」



 放課後

 かおりんと裕子は、絵葉書のように、音楽室の隅でお喋りをしていた。

「あ、ねえ、私って、普通じゃないのかな?」

「なにが?」

(氷オニの話、もう終わり?)

「・・・ううん、別に。忘れて」

「え~、でも、そう言われたら、余計気になるよ~」

(ま、ほんとは、あんまり気になってないんだけどね)

「気にしないで、ほんとに、ね」

「だって、外見は問題ないっていうか、普通の人より全然かわいいし」

(いまだに見とれちゃう時あるもん)

「そんなことないよ、普通だよ~」

「じゃ、内面のこと?」

(こう、心から謙遜しちゃうとこが、またかわいいんだよね)

「・・・実はね、」

「ん?」

(ほんとに、なにかある、はずないと思うけど)

「それより、ねえ、あの、今度の日曜日、2人で遊びにいかない?」

「え。・・・あ、そうか、今度の日曜、部活休みだったんだっけ」

(あ~、なんか、久しぶりの休みだな~)

「そう、だからね」

「うん、いいよ、別に」

(すっごく楽しそうだし)

「よかった。じゃ、どこ行く?」

「別に、どこでもいいよ」

(あ、でも、映画とかがいいかな)

「どこでもいいじゃ、困る」

「じゃ、裕子はどっか行きたいとこないの?」

(そんな、僕じゃ決められないよ)

「かおりんと一緒なら何処でもいいよ」

「え?」

(それって・・・)

「だから、かおりんが決めていいってば」

「決めてって言われても」

(あ~、なんか、すごいドキドキしちゃってるよ)

「ねえ、ほんと、何処でもいいから」

 金糸埃が、キラヒラと日に焼けたオルガンの上に舞い下りた。

「・・・あ、じゃあ、ディズニーランドってとこにでも行く?」

(かおりんが前に天川と行ったことあるみたいだし)

「うん、それいい」

「でも、お金とか大丈夫かな?」

(なんか、名前からして高そうだもんな~)

「大丈夫だよ、いざとなったら私がおごってあげるから」

「それはいいよ。たぶん、なんとかなるから」

(女の子におごってもらうってのも、嫌だからね)

「じゃ、何時ごろ出発する?」

「早目の方がいいんじゃない?」

(どのくらいかかるのか、全然わからないけど)

「そうだね、そうしよ。向こうで長く遊べるだろうし」

「行くからには、長く遊びたいもんね」

(電車代も、チケット代ももったいないし)

「7時くらいの電車がいいかな?」

「うん、そのくらいでいいんじゃない。起きるのチョット辛そうだけど」

(休みの日まで、早起きか)

「絶対、寝坊とかしないでよ~」

「その辺は、大丈夫」

(決められた時間はキッチリ守るからね)

「そうだ。洋服とかって、なに着てく?」

「う~ん、天候にもよるけど、基本的にはボーイッシュな感じかな」

(スカートって、いまだに苦手だし)

「ふ~ん。・・・じゃ、私は、思いきって、お姫様スタイルにしちゃおっかな」

「あ、すごい似合うと思うよ」

(っていうか、なに着てもかわいいからな)

「ほんとに?」

「うん、ほんとほんと」

(もっと、自信持ってもいいのに)

「かおりんがそう言うなら、着てっちゃおっかな」

「じゃ、私、王子様の格好しようか?演劇部に衣装借りて」

(あの、宝塚ってやつみたいに)

「ははっ。それいいかも」

「今度、恵子に頼んでみよっかな」

(借りられないだろうけど)

「うん、そうしなよ」

「冗談だって、冗談」

(そんな格好、絶対やだしね)

「・・・楽しみだね」

「うん」

(どうなるんだろう。でも、ほんと、楽しそう)

「2人っきり、だもんね」

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『約束』

も う 一 度

や り 直 す

 

そ ん な こ と

 

二 度 と

で き ま せ ん

 

も ち ろ ん

 

一 度 と も で す

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第14回

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第13回あとがき

[当時]
普段ならば、基本的に上から下へと順に書いていくんですけど、
今回は、上へ下への大騒ぎって感じで書いてみました。
ちょっと繋がりがおかしいかもしれませんけど、
本来、これがこの作品の特徴の1つでもあるんです。

[現在]
やっぱりお話が飛び過ぎな気がします。
繋がりつつも1回1回が独立した連載用の作品になってます。
それもそのはず、書き方が変わってたんですね。
前はwordさんでダーッと書いてたのが、
途中からHTMLさんでチョコッと書いて、
それをwordさんに加えてる方式に変わりました。懐かしい。

「犬(dog)」第12回

2004年06月26日 15時00分00秒 | 物語
第1回 / 第2回 / 第3回 / 第4回 / 第5回 / 第6回 / 第7回 / 第8回
第9回 / 第10回 / 第11回
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 3学期

「よろしくね」

「あ、よろしく」

 廊下側から三列目の前から三番目の席の男女。

「なんか、この席、やじゃない」

 女が自分の机を指差して、男に話しかけてきた。

「そうだよね、真ん中だもんね。前の、あの席のがよかったよ」

 男は窓側の後ろから二番目を指差しながらそう言った。

「そう、でも、私は前あそこだったから、今のがましかな」

 女は廊下側から二列目の一番前の席を指差しながらそう返した。

「あ、そういや、よく当てられてたよね」

「そうそう。特に数学の柚木先生。なんか毎回ノート見て来て、すっごい困ったんだよね」

「あれ、たしか、それで、一回怒らなかったっけ」

「え、あれは違うよ。ただ、ほんのちょっと文句言っただけ」

「でも、それ、同じことじゃん」

「うん、確かにね」

 女は半笑いで答えた。

「いや~、それにしてもあれはウケたね」

「だって、ほんと、やだったんだもん」

「突然“おか~さん、おかわりもういらないよ~”って叫ぶんだもんな」

「そんなこと言ってないよ~」

「あ、“およめさ~ん、このしまにやってきてくださ~い”だったっけ?」

「全然違うよ~」

「そうだ、“おかめなっとう、にほんいち~”だ」

「も~」

「ワンギャグ、ワンギャグ」

「・・・でも、なんか楽しくなりそうだね」

 二人ともしばらく笑った後、女がそう切り出した。

「ん、そうだね」

「成績は下がるかもしれないけど」

「ふふふっ、それはあるかもね。・・・じゃ、その辺注意してきましょう」

「うん」

 女が右手を差し出す。

 男はそっとそれを握った。

〈お、なんかいいね、こういうの〉

 5回振り合うと、手は自然に離れた。

「由佳里、なんか随分仲良くしてるね」

 廊下側から三列目の前から二番目の席の女が、背もたれを抱いて話し掛けてきた。

「そうでもないよ~。舞子の方こそどうなの?お隣さんは」

「え、い、いや、別に普通だよ」

「ふ~ん、普通ね~」

「も~」

 舞子は、そう言い終えると、ドラマの中の少女のように口を尖らせた。

「おい、ハンナマ」

 廊下側から三列目の前から二番目の席の男の肩を、三番目の男が軽く叩いた。

「なに?」

 ハンナマは、体ごと振り向いて、背もたれを右肘の肘掛けにした。

「俺達がこうやって並ぶのって初めてだよな」

「ああ、そうだな」

「小1からずっと同じクラスなのに、なんかうちらのコンビ、絶対離されてたよな」

「おお。でも、なんでずっと一緒になってんのかな?」

「だよ~、なんでだろうな?」

「う~ん・・・」

「で、3年上がる時はクラス変えしないらしいから、9年間一緒だろ」

「ほんと、なげ~よな~」

「だな~」

「ねえ」

 由佳里が、前から三番目の男の左肩を叩いた。

「はい?」

 男は妙に高い声で振り向きながら答えた。

「半川君と仲良いの?」

 由佳里は、ハンナマを指差しながら尋ねた。

「え、ハンナマと?いや、全然仲わりいよ、な」

「うん、こんな奴全然しらねえもん」

「本当に~?」

 今度は少し傾けた笑い顔で尋ねた。

「いや、ほんとほんと、今も喧嘩してたところだよ」

「そう、このバカ、むかつくからさ~」

 ハンナマは男を指差して答えた。

「だって、部活同じじゃなかったっけ?」

 由佳里は、右の人差し指で男とハンナマを交互に差しながら尋ねた。

「違えよ、俺、バ部だもん。毎朝聞こえるでしょ?“は~い~、ば~ぶ~、ちゃん”っていう発声練習」

「聞こえない、聞こえない」

 由佳里は、笑い顔で軽く首を左右に振ってみせた。

「あれ、おかし~な~。こないだ、演劇部が“アメンボ赤いなあいうえお”に変わって使いたいって、土下座してきたぐらい有名だぜ、これ」

「はい、はい」

 由佳里は、そう答えながら、全てを見透かした笑顔で軽く首を上下してみせた。

「いや、ほんとだって。な、ハンナマ」

「ううん、全然」

 ハンナマはすまし顔で首を左右に振った。

「おまえ、ちょっとはノってくれよ」

「ないものはしょうがないだろ。あ、ちなみに俺、コン部です」

「え?」

「そうそう、こいつ、都昆布は1枚ずつちゃんとはがして食おうとかやってんだよ」

「違うよ。金ていう部長がいた写真部の略だよ」

「バカ、んなのだれも知らねえだろ」

「も~、しょうがないな~」

  由佳里は、顔を窓の方に向けた。

「ん、なにが?」

「仲良かったら、頼みごとしようと思って」

 由佳里は、男の方に振り向きながらそう言った。

「え、なになに?」

「由佳里、いいよ~」

 舞子が由佳里の左腕を掴んで揺さぶった。

「でもさ・・・」

「ほんといいって、お願い、ね」

 舞子は手を離すと、祈りのように指を絡ませ、そう言った。

「・・・うん、わかった」

 由佳里は何遍も軽くうなずきながら、そう言った。

「で、なんなの?」

 男は、頬杖のまま横を向いて尋ねた。

「あ、別に何でもない。・・・ともかく、これからよろしくね」

「お、よろしく。・・・でも、ほんと気になるな~」

「ま~、堅いこと言うなよってことで」

「ふふふっ、そうですね。そういきましょうか」

「ですよ~」



 ガタガタガタ

 隣の教室では、椅子を逆さに乗せた机達が移動している。

「やあ」

「あ、どうも」

(か~、本当に来たよ)

 佐藤とかおりんは、廊下側の後ろから二列目の男女として並びあうことになった。

「ついに隣同士になったね」

「そうだね」

(“ついに”ってなんだよ)

「授業中、なんかわからないこと会ったら教えてね」

「うん」

(あんまりやだけどね)

「ねえ、かおりん」

 後ろの席の女が肩を叩いて呼んだ。

「なに?」

(は~、よかった)

 かおりんは左回りに振り向いて、そう言った。

「ちょっとさ、席変わってくれない」

 女が蟋蟀の囁きで話しかけてきた。

「え、なんで?」

(・・・・・・あ、そうか)

「佐藤とさ、ね」

「わかった、わかった」

(そういや、そうだった)

「ん?どうしたの」

 佐藤が振り向いて話しかけてきた。

「山元が席変わって欲しいんだって」

(僕も後ろのがいいしね)

「え~、なんで~」

「なんでってなによ、なんでって。目が悪くて黒板見えないの」

「じゃ、もっと前いけばいいじゃん」

 佐藤は、黒板を指差しながらそう言った。

「あんたね~」

「ま、いいじゃん。移動しちゃおうよ」

(もう、めんどくさいからさ)

「そうだね」

 ガタガタガタ

 かおりんと山元は、立ち上がって椅子を机の中に入れ、床を引きずるようにして机を移動し始めた。

「え~、本当に隣、山元かよ~」

「いいでしょ」

「おい、お前ら何やってんだ」

 男子教諭の声が教室内に響く。

「いや、席変えようと思って」

(なんだろう?)

「駄目だ。席は、もう決まっただろ」

「でも、山元さんが見えないって」

(なんだよ~、そんくらいいいじゃん)

「目の悪いやつのことも考えて、この席順になったんだろ」

「いや、でも、ほんとに・・・」

(確かにそうだけどさ)

「それに、本当に目が悪いなら一番前こいよ。そんな一つ前行ったからって、変わるわけないだろ」

「ねえ、かおりん、もういいよ」

 山元が蟻の呟きでそう言った。

「え、・・・そうだね」

(これ以上怒られるのもしゃくだしね)

 ガタガタガタ

 二人は元の席に戻し、椅子を出して、座った。

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『出会い』


別 れ よ り も

忘 れ や す い け ど

 

別 れ よ り も

大 切 な も の

 

僕 ら は き っ と

 

出 会 い の 中 に

生 き て い る

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第13回

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第12回あとがき

[当時]
ついに新しい星が近づいてきました。
このキャラはずっと書きたかったものなので、
なんだか無駄に長文になってしまいましたが、
これは成功だと思っています。
ただ、描写が某作品の影響を受けて変になっているので、
ちょと読みづらくなってしまいました。

[現在]
確認のために言いますが、7年前の作品です。
やはり日常会話中の冗談というのは賞味期限がありますね。。。
ここでいう某作品は、きっと自分の作品のお話でしょう。
当時の私は、他人の作品を読んだり影響受けてるわけないです。はい。

「犬(dog)」第11回

2004年06月23日 12時00分00秒 | 物語
第1回 / 第2回 / 第3回 / 第4回 / 第5回 / 第6回 / 第7回 / 第8回
第9回 / 第10回
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冬休み

 少年は、昼食を買いに行く時、ジャングルランドに新譜CDを買いに行く時、遠藤書店に本を買いに行く時、それ以外の時は、ずっと家にいた。

〈工藤さんから電話かかってこねえかな~。あ~、なんか考えただけでドキドキしてるよ。なんだよ、これ、も~〉

 少年は、ベットに転がり、毛布と羽毛布団と『TURNING POINT』をかけ、目を閉じ、夢の無い眠りに入った。

 プルルルルル

 外気温がピークを過ぎた頃、冷風機の上に無造作に置かれているアンテナの曲がった黒い子機が、緑と赤の点滅をしながら鳴り始めた。

「ん・・・」

 プルルルルル

 少年は急いで毛布と羽毛布団を取り払うと、ベットの端の崖を降りて、小走りで子機の元に向かい、右手で掴んだ。

〈あ、もしかして工藤さんからかな・・・、か~、ちくしょ~〉

 プルルルルル

「・・・う、うん。あ、あ~もしもし」

 少年は左手で喉を押さえながら、咳払いをし、発声練習をした。

 プルルルル

〈よし〉

 4回目の呼び出し音がなり終える直前に、少年は“外線”のボタンを押し、右耳に当て、

「は、はい、もしもし」

〈は~、も~〉

 普段よりも上ずった声で電話の応対をした。

「あの~・・・」

 受話器の向こうから聞こえてきたのは、か細い女の子の声。

〈あ、これは本当に、うあ、やべ、どうしよ〉

「は、はい」

 手持ちぶさたの左手で、ラジカセのボリュームを下げた。

「ひろかずくんいますか?」

「はい?」

〈え?・・・なんだって?〉

 この瞬間、少年の瞳は“見る”という機能を失っていた。

「え、あの、むらはしさんのおたくじゃないですか?」

「あ、違い、ますけど」

〈間違い、なのか・・・〉

「あ、すいません」

 ガチャ

 プー、プー、プー

「かぁ、・・・はぁ~」

 子機を右耳から離すと、一時見つめて、親指で外線ボタンを押した。

「ちっくしょ~。何なんだよ、も~」

 少年は、黒の子機を元の場所に置くとすぐ、ベットにバタンという音と共に倒れ込み、頭のところに置いてあったリモコンで、ラジカセのボリュームを上げた。そして、スキップで5曲目に戻し、枕の下にある雑誌を広げ、読んで、呼んだ。



 白い会館の控え室。

 4面張りのガラス窓から見える、緑の揺らめき。

 いくつかのグループに分かれ、ざわつく人々。

 かおりんと裕子はカーテンの前の椅子に、2人座っていた。

「もうすぐだね」

(は~、緊張するな)

「うん、そうだね」

「なんか、すっごい早くなかった?」

(異世界に来てから、もう2ヶ月以上経ってるもんな)

「そうだね、まだ実感わかない」

「本当にこれからやるのかな?」

(なんかやってほしいような、やってほしくないような)

「やると思うよ」

「もしかして、ドッキリカメラとかそんなのかもよ。実は明日でしたみたいな感じで」

(ま、そんなことないと思うけどね)

「そんなはずないよ~」

 裕子は少し引きつった笑いをしながら答えた。

「いや、わからないよ。あそこの鏡とかがさ、マジックミラーで、私たちが緊張する姿、映してるのかもしれないよ」

(あのティシュの箱もあやしいしね)

 かおりんは、4人の男子達の後ろにある鏡を指差しながら、そう言った。

「え~」

 さっきよりも柔らかな笑顔で、裕子はかおりんの瞳を覗き込み答えた。

「それで、みんなグルで、舞台上がったら、私たちだけしかいなくて、さあどうしよう?って」

(しかも、大勢の拍手で迎えられて)

 かおりんは半笑いの声でそう続けた。

「そしたら、2人だけで発表会しちゃおうよ」

 裕子は全てが吹っ切れたような笑顔で、生き返った瞳で、そう返した。

「そうだね。・・・で、曲はやっぱり『情景』にする?」

(お、ノってくれた)

「ん~、どうせ2人なんだから、デュエットでもしようよ。そうだね、『Love is alive』なんかどう?」

「それいいね~、じゃ、私、男のパート歌うよ」

(一応、元は男だからね)

「でも、歌詞大丈夫?」

「アドリブでなんとかなるんじゃない」

(どうせ、そんなのあるわけないんだし)

「そんないい加減じゃ・・・」

 カチャ、ギー

「はい、集まって」

 控え室の扉の開く音と共に聞こえてきた女教師の声。

「あ、集まるんだって」

「うん」

(もしかして、もう行くの?)

 部員達は円陣を組むようにして集まった。

「もう次の次だから、今からステージの方に移動します。みんな準備はいい?」

『はい』

(あ~、本当にもう行くのか~)

 数人の男子部員を除いて、ほぼ全員が声を揃え、返事をした。

「じゃ、恒例の声出しやるわよ」

『はい』

(って、なにそれ?)

 返事をし終えると、右手を中心部に差し出した。部員達がその手の上に手を重ねていく。かおりんは周りの様子をうかがって、裕子の手の上に手を重ねた。

「せ~の」

 全員の手が重なったのを確認すると、女教師は声を張り上げた。

『お~!』

 部員達は、それに答えるように声を張り上げた。

 だがかおりんは、半テンポ遅れるかたちで、声を張り上げた。

「だめ、全然声があってない。もう一回」

 離れて行こうとする手を制止する女教師の一喝。

 男子部員達は、文句を言いながらしぶしぶ手を重ねた。

「せ~の」

 再び全員の手が重なったのを確認すると、女教師は声を張り上げた。

『お~!!』

 部員達は、前回以上の声を張り上げた。

「よし、じゃ行くよ。みんな楽器持って」

 女教師の顔から笑顔が消え、その瞳はより厳しくなった。

『はい』

 重ねられた手は離れ、部員達は各々の楽器の置き場へ散らばっていった。

「かおりん、頑張ろうね」

 裕子は、左腕を立ち止まっているかおりんの右腕に絡ませ、そう言った。

「うん、頑張ろ」

(よし、・・・やるぞ)

「ねえ、早く行こ」

 裕子は絡ませた左腕を上手に滑らせ、今度はかおりんの右腕を左手で掴んで、その腕を引っ張りながらそう言った。

「そうだね」

(軽く、軽く)

 そして二人は、さっき座っていた場所に小走りしていった。

---

『少年 と 少女』

少 年  と  少 女

揺 ら め き

鼓 動

団 結

同 調

ヒ ト ツ

弾 け た

少 年  と  少 女

右 手

翳 し て

足 元

見 つ め て る

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第12回

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第11回あとがき

[当時]
今回は、たぶん一番どうでもいい回だと思います。
前半部では、俺が嫌いな文体やシチュエーションを
あえて使って書いてみました。でも、
こういうことの積み重ねが後々必要になるので、
しょうがないんです。
後半部もそんなに好きではありませんが、
“変わったな”と思っていただければ成功だと思います。

[現在]
残念ながら変わってないですね。
描写嫌いな人が描写に目覚めたということでしょうけど。
お話ごとにこんなにピョンピョン時間軸を、
飛ばしていいのでしょうか。

「犬(dog)」第10回

2004年06月22日 12時00分00秒 | 物語
第1回 / 第2回 / 第3回 / 第4回 / 第5回 / 第6回 / 第7回 / 第8回
第9回
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1ヶ月後

「なんで私が言わなきゃいけないのよ」

「いいじゃん、別に」

 窓側の後ろから二番目の男女は、相変わらず授業中にお喋りをしていた。

「よくないわよ、あんたが言えばいいでしょ」

「だっ、俺が言ったらおかしいだろ」

「おかしくないわよ」

「いや、絶対変だって」

「変でも、見つけた人が言うのが普通でしょ」

「おまえな、そりゃヘリクツだよ」

「ヘリクツでもいいよ~だ、私は絶対に言わないからね」

「あ~、じゃ俺も言わねえや」

「なによそれ、卑怯じゃない」

「卑怯でもなんでもいいだろ、別に関係ねえんだから」

「あんたね、カワイソウだとか思わないの」

「なんだよ、そんなこと言うならおまえが言えばいいじゃん」

「いやよ、恥ずかしいもん」

「だろ、だから言わなくていいんだよ」

「でもさ、言っといた方がいいって。ねっ」

 そう言いながら、右手で男子の左肩をポンと叩く天川。

「待てよ、女のおまえが恥ずかしいってんだから、男の俺が言えると思うか」

「あんたなら言えんじゃないの」

「バカ、そんなはずねえだろ」

「バカまで言うことないじゃない」

「実際バカなんだからしょうがねえだろ」

「も~、バカって言う方がバカなんだよ」

「おい、今時そんなの、幼稚園生でも言わねえぜ」

「そんなことないよ、私の妹、小4だけどよく言ってるよ」

「じゃ、おまえらがバカ兄弟だってことだよ」

「あんた、それチョット言い過ぎじゃない?」

「言い過ぎじゃない」

「ふざけないでよ」

「天川さん、静かにしなさい」

 大きすぎた天川の声に、大人の一言が教室中に響く。

「・・・はい」

「いぇ~、怒られてやんの」

「あんたのせいじゃない」

「え、そうだった?」

「あんたね~」

「ま、そう気にすんなよ」

「気にするわよ」

「そりゃあ、わるうございました、お嬢様」

「また、それやる~」

「なんだ、ノってくれよ」

「・・・よかよか、許すぞ、爺」

「はは~、ありがたき幸せでございます~」

「あんた、ほんと、これ好きだよね」

「好きなのはおまえだろ、俺が合わせてやってんだよ」

「人のせいにしないでよ」

「してねえよ、真実を言ったまでだよ」

「まあ、たしかに嫌いじゃないけど」

「ほら~」

「・・・うん、だね」



 昼休み。

 隣の教室。

 かおりんと山元が2人向き合って話をしていた。

「っふ~ん、そうなんだ」

(やっぱ、異世界だから違うんだな)

「あ、ねえねえねえ、ちょっと話し変わるけどさ、佐藤のことどう思う?」

「え、いや、別になんとも」

(あいつ、わざとらしくて嫌いなんだよな)

「そう・・・」

「ん、それがどうしたの?」

(突然何なんだろう)

「え、いや、ただ聞いてみただけ」

「もしかして、好きなの?」

(まさかとは思うけどね)

「ち、ちが・・・わない。うん、好きなんだ」

「へ~」

(本当に?あんな、奴のどこがいいんだろう)

「ね、もしなにかあったら協力してくれない?」

「うん、いいよ、喜んで」

(って言っとかないとね)

「ありがと~、かおりん」

 山元は、かおりんの両手を各々掴んで振りながらそう言った。

「いや~、まかせといてよ」

(やばいな~、すごい喜んじゃってる)

「お願い、なんかあったら絶対協力してね」

 両手を掴んだまま顔を近づけてきた。

「は、はい」

(すごい迫力だよ)



 暗室の流し台にへばりついてるかおりんの写真。

〈あ~、いつになったら返事来るんだろ~な〉

 少年は、スポンジの飛び出した椅子の背もたれに体を預け、赤のライトを見つめていた。

トントン

「はいってますか~?」

 黒のカーテンの向こうにある扉から聞こえてきたノック音と男の声。

「あ、今、ズボン上げてる最中なんで、もうちょっとお待ち下さい」

 少年はそう言いながら立ち上がり、扉に近づいていった。

ドンドンドン、ガチャガチャガチャ

「ちょっと、早くして下さいよ、漏れちゃいますよ」

 強くなったノック音、鍵のかかったノブを強引に回す音、そして男の声。

「じゃ、漏らして下さい」

 少年は、つまみを左に回し、鍵を開けた。

「よ」

 男は扉を開けるとすぐに、右手を上げながらそう言った。

「なんだよ、ハンナマ。ここ使うのか?」

「いや、別に。暇だったから来てみただけ」

「そんなら、久我石鹸でも作ってろよ。俺は忙しいんだよ」

「何処が忙しいんだよ。何にもしてねえじゃねえか」

 整頓された暗室の中を指差しながら、ハンナマ。

「え、お前には見えないの?薬品とか全部出てるじゃん」

「いや~、見えませんね~」

「そうですか。え~、ではですね、そこの突き当たりを左に曲がると泌尿器科がありますから、そこで診察を受けて下さい」

 少年は、正面の窓を指差しながらそう言った。

「あの~、今日受診カード忘れちゃったんですけど」

「ふふふっ、は、は、バ~カ」

「なんだよ」

「ほんと、お前くだんねえな」

「そりゃ、お前だろ」

「ま、ともかく、よいこはお外で遊びなさ~い」

 少年は、またも正面の窓を指差しながらそう言った。

「え~、でも、ちゅまんない~」

「ゴリとか、モナカとかいるだろ、そいつらと遊んでろよ」

「だって、今、誰もいないんだも~ん」

「嘘つくなよ、声聞こえてきてんじゃねえか」

「あれは、あれだよ。あの、・・・ゴーストライター」

「なっに、わけわかんねえこと言ってんだよ」

「ともかく、入れてくれよ」

「じゃ、入場料5000円な」

「あらま、お安いわね」

「そのかわり、テーブルチャージ料6千万円頂きます」

「ほんと、も~さ~、いいから入れろよ」

「ダメ~」

「も~、そんなことすゆと、健ちゃんぶつぞ」

 ハンナマは右腕を上げ、げんこつのポーズを取った。

「わかったわかった、じゃ俺が外に出るよ」

「い~よ~、別に~」

「なんだよ、それ。じゃ、また戻るぞ」

「冗談冗談」

「ま、いいや。じゃさ、また静電気グルグルやろうぜ」

「お、いいね~」



 カーテンの隙間から赤い西日の射す音楽室。

「すっごい、うまかったよ」

 そう言いながら裕子は、軽く手を叩き合わせた。

「そう?」

(やった、誉められたよ)

 演奏を終え、座りながら答えるかおりん。

「うん、ほんと、すごいすごい」

「それほどでもないよ」

(なんか照れるな)

「頑張ったんだね」

「うん、まあ、それなりに。でも、まだ裕子の方がうまいよ」

(毎日練習し続けたけど、まだかなわないよ)

「そんなことないって、かおりんの方がずっとうまいよ」

「え~、だって、私まだ失敗するとこあるじゃん」

(あのコード進行、難しいんだもん)

「でも、なんか心がこもってるって感じがして、すごくいいよ」

「そう?」

(こんなに誉められると、恥ずかしいな)

「うん。私のなんて失敗はしないけど、心がこもってないと思うの」

「そうかな~?結構心に響くものあるよ」

(よくわからないけど)

「ありがと。・・・でも、私も頑張らなきゃ」

「そうだね、一緒に頑張ろ」

(あ、なんか青春ドラマみたい)

 そう言いながらかおりんは、右手を差し出した。

「え、あ、う、うん」

 裕子はうつむきながら、その手をそっと握った。

 少女達の太陽はまだ小さい。

---

『瞬間』

一 日 は

な に げ な く

そ れ と な く

流 れ て い く も の だ か ら

 

そ の 瞬 間 が

楽 し け れ ば い い し

 

そ の 瞬 間 の

楽 し み し か 考 え ら れ な い

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第11回

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第10回あとがき

[当時]
今回は、特にくだらないなと感じると思います。
ですが、そう思って頂ければ成功なんです。
やっぱり日常というのは、
大抵くだらない話題で笑っているものなんだと思うんです。
また、内容は前の繰り返しのようですが、
それもやはり日常だと思うんです。

[現在]
7年前から日常の解釈については、
変わらないものがありますね。
今では普通のくだらない会話を物語に入れ込むのは、
とても普通ですけど、トレンディードラマ全盛の当時は、
そんなでなかった気もします。
男はバカで女子は真面目、この解釈も今と同じですね。

「犬(dog)」第9回

2004年06月18日 12時00分00秒 | 物語
第1回 / 第2回 / 第3回 / 第4回 / 第5回 / 第6回 / 第7回 / 第8回
---

「ふ~ん、あの人からもらったんだ~」

「で、どうしたらいいと思う?」

(付き合えとか言わないでね)

 相変わらず不器用にコントラバスを持つかおりんと、フルートを縦笛のように持っている裕子は、音楽室の角の2つの椅子に座っていた。

「かおりんは、あの人のこと、どう思ってるの?」

「どうって言われても」

(全然知らないもんな)

「もし、ちょっとでも好きだって思うんなら、付き合ってみたらいいんじゃない?」

「え~、いや~、それはちょっと」

(だから言わないでって)

「じゃ嫌いなの?」

「嫌いってわけじゃないんだけど・・・」

(僕、男となんか付き合いたくないし)

「う~ん、好きでもないし嫌いでもないってやつね。そうね~、・・・それなら返事しないってのはどう?」

「え?でも、それでもいいのかな?」

(お、その意見大賛成)

「いいんじゃない。それで、よ~く考えて、やっぱり好きになったら返事すればいいし、嫌いだったり、何とも思ってなかったりしたら、そのまま何もしなければいいんだから」

「・・・あ、そうだね、じゃ、そうするよ」

(それなら、後々かおりんが選べるしね)

「うん、そうした方がいいよ、私もそうしてきたから・・・」

「え、本当?」

(そりゃそうか、このかわいさなら男も放っておかないだろうな。・・・僕も好きなんだし)

「やだな~、嘘に決まってるじゃない。こういった方が安心するかなって思って言っただけ」

「ま~た~、裕子ぐらいかわいけりゃ、ラブレターも毎日4トントラックで運んでくるようじゃないの?」

(やば、ちょっといやみに聞こえちゃうかな)

「なにそれ、そんなことあるわけないじゃない。多くてせいぜい2、3枚ってところよ」

「あ、やっぱり貰ってるんだ~」

(でも、なんか複雑な気持ちだな、・・・やきもちか?)

「うん、・・・でもね、私、男の人と1回も付き合ったことってないの。だから、さっきかおりんに言った言葉、自分宛てでもあるんだよね」

「あ、そうだったんだ」

(ま、中2ならまだ付き合ったことなくていいでしょ)

「・・・本当はね、私、好きって、恋って気持ちがわからないの。お母さんとかお父さんとか犬のドンのこと好きだけど、別にドキドキするって感じじゃないの、こういうのって、愛って気持ちでしょ。それでね、私、どんな男の人にも、もちろん女の人にも、この愛って気持ちしか感じないの、だからね、恋って気持ち感じないから、誰とも付き合えないの。ちょっとでも感じたら付き合おうと思ってるんだけど、それもないの」

「そう、なんだ」

(え、なんで突然こんな話してるの?)

「あ、でも、いつかそういう人に出会えると思って前向きに生きていってるから気にしないでね」

「・・・大丈夫だよ、きっといつか、絶対出会えるって」

(僕がそういう人になりたいけど、無理だろうな)

「ありがとう。・・・なんかごめんね、私の話になっちゃって」

「いや、いいよ。ね、これからもお互い悩みがあったら、相談しあっていこうよ」

(これが親密への第一歩になるしね)

「うん、・・・そうだね」



〈は~、返事来ねえな~〉

 ベットの上、少年は自分の書いた手紙を読んでいた。

〈・・・にしても、ずいぶんすげえの書いちゃったな。こんなの貰って、・・・どう思われてんだろうな、俺。やばい奴だとか思われてんのかな?・・・か~、も~!!〉

 少年は空に投げた両足の反動で立ち上がると、机の2番目の引き出しを開け、給食の献立表と、数学の練習問題のくしゃくしゃになったプリントの間に、手紙をしまい込んだ。

〈頼むよ、工藤さん〉



 一週間後

 暗室で1人、黙々と現像をする少年。

 定着液に浸されている印画紙には、“かおりん”の笑顔が焼き付いていた。

〈やっぱいいな~、なんか違うんだよね~。もっとかわいい人がいるのにさ~。あ~、も~、ねえ、かおり♪〉



「どうしたの?かおりん」

「いや、なんか、ど忘れっていうか、頭が真っ白になっちゃてるっていうか・・・」

(もともとこんなのの弾き方なんて知らなかったもんな~)

 音楽準備室の柱の側に椅子と楽器を持ち寄り、『情景』の練習をするかおりんと裕子。

「がんばろうよ、今度のコンクールは金賞取るって、言ってたじゃない」

「そ、そうだったね。・・・うん、頑張るよ」

(やばいな~、また家帰ってから指の練習しなきゃ)

「ねえ、私は、うまくできてるかな?」

「え、うん、完璧にできてると思うよ」

(聴いてて心地良いもんな)

「よかった。・・・実は昨日ね、家で2時間練習してきたんだ」

「ほんとに?」

(2時間って)

「うん。あいだでちょっと休憩もしたけどね」

「へ~、でも、すごいよ」

(本当、すごいと思うよ)

「そうかな?」

「そうだよ、僕なんか家帰ったら、教本ちょっと読むだけだもん」

(あんなの持って帰れないからってのもあるんだけど)

「あ、かおりん、また“僕”って言ってる」

「え、あ、そう?」

(やべ、また使っちゃったよ)

「なんか先週から急に使い出したよね」

「いや、そんなことないよ」

(またこの話題か)

「やっぱり返事しないでいることが重荷になって、そうなっちゃったの?」

「だから、こないだも言ったじゃん。違うって」

(僕が“私”って言うの忘れただけなんだから)

「本当に?」

「ほんとほんと」

(“転神”してるなんて言えないしな)

「でも、もし私のせいでそういう風になっちゃったとしたら、ほんとごめんね」

「別に裕子のせいじゃないんだから、気にしないでいいって」

(ほんと、優しいというか、心配性というか、う~ん、かわいい子だな)

「うん。・・・でも、やっぱりごめんね、変なアドバイスしちゃって」

「いや、あのアドバイス良かったよ」

(僕に責任がかかんないからね)

「そう?」

「そうそう」

(あ~も~、つくづくいい子だな)

「で、あの人のこと今どう思ってるの?」

「え、どうって、別に相変わらずだよ」

(未だに会ったことないしね)

「じゃ、まだ返事はしないんだ?」

「うん、当分ね。・・・あ、それより裕子、好きな人できた?」

(女同士だと、こういうこと気軽に聞けるもんな)

「え、いや、まだ、できてぇないよぉ」

「その言い方、なんかあやしいな~」

(すっごい、わざとらしいもん)

「冗談で言っただけだよ。実際、本当にできてないよ」

「いやいや、その顔はできてる顔だよ」

(やば、ベタな台詞言っちゃったよ)

「も~、本当にできてないって」

「わかったわかった。・・・でも、早くできるといいね」

(本当は僕が帰るまではできて欲しくないけど)

「うん。・・・私も早く、誰かに恋してみたいな」

 裕子は、かおりんの右手を見つめながらそう言った。

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『恋 愛』

恋 で も

愛 で も

全 て の 始 ま り は

好 き っ て 気 持 ち

な ん だ っ て

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第10回

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第9回あとがき

[当時]
今回は、後々の理由付けに重要な回なので、
特に前半は、だいぶ気を遣って書きました。
後半は予定よりも掘り下げ過ぎたんですけど、
全編通して考えれば、この方が良かったんだと思います。

[現在]
男の描くロマンティックは、
女性のそれよりも想像だけで膨らませられる分、
より密度が濃いような気がします。
実際、今回はそんな濃さが滲み出てますね。
今も昔もお話の中では倒錯ネタは好きなのです。

「犬(dog)」第8回

2004年06月17日 12時00分00秒 | 物語
第1回 / 第2回 / 第3回 / 第4回 / 第5回 / 第6回 / 第7回
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2日後

【こないだはごめんね。突然10枚も手紙だしちゃって。驚いたでしょ。でも、あれが僕の気持ちなんだ。あれほど君のこと好きなんだ。わかってくれたかな?なかなか答え出すの難しいと思うけど、返事ください。そうしないと、僕の首は、今のところ、雲の上でジャンボジェットに、こんにちはって感じだけど、もうすぐ大気圏に突入して、燃え尽きちゃって、流れ星になって君の家に降り注ぐよ。って冗談です。本気にしないで下さいね。今回は長くならないようにこの辺でやめておきます。ともかく、早く返事ください。OKでもNOでも、どちらでもいいから、答えを下さい。でも、できればOKと言って欲しいな。大好きだよって言って欲しいな。そしたら、今度の日曜日、いきなり二人でってのもなんだから、お互いに友達何人か連れてさ、映画でも観に行こうよ。それじゃ、返事待ってるよ。それじゃあ、また。SeeYa!】

「ま、こんなもんでいいか」

 返事の催促の手紙を1枚書いた。

 外の月は、小さい。



「いやよ、こないだ言ったでしょ、1回だけだって」

 天川は椅子に座るなりそう返した。

「いいじゃんか。たのむよ」

「やだったら、やだ。も~、そんなに渡したかったら、自分で渡しなよ」

「いや、できないよ、そんなこと。だからさ、ね」

 手紙を天川に差し出した。

「ねえ、お願いだから、もう私を頼らないでくれる?」

 差し出した左手を、押しのけた。

「今回だけで終わりにするからさ」

「だから、絶対、やだって」

「別にいいじゃん、手紙渡すくらいしてくれたって」

「なんなのよ、私は郵便屋じゃないのよ」

「そんな怒んなくてもいいじゃん」

「怒ってないよ。ともかく、どんなことがあっても手紙は渡さないからね」

「もう、わかったよ。じゃ、頼まないよ」

 右手で数学の教科書に挟み込んだ。邪魔するプリントも気にせずに押し込んだ。



「・・・ってさ、滑っちゃたんだ」

「え~、そんなことある~?話つくってない?」

 ブラスの音が響く音楽室。カーテンの隙間からこぼれる、赤の矛先に座っているかおりんと裕子。

「別につくってないよ」

(ほんと、あの時はびびったんだから)

「ほんと~?」

「ほんとだよ~」

(あ~、楽しいな~。こんなに気兼ねなく会話できるなんて)

「ねえ、かおりん」

 黒。影。クラリネットを首から提げた、天川が隙間に入り込んだ。

「え、なに?」

「あんたさ、あいつに、いつ返事するの?」

「え」

(あ、そういやそんなことあったな)

「あいつさ、ずっと、あんたの返事待ってるんだよ。早く返事してあげなよ」

「でもね~」

(僕は当事者じゃないんだから)

「別に嫌いなら嫌いで、断ればいいじゃない。返事しないで逃げようなんてずるいよ」

「ずるいとか言われてもさ」

(勝手に決められないよ)

「ねえ、かおりん、何の話?」

「いや、あのね・・・」

(言っちゃっていいかな?)

「裕子、別にあなたには関係がない話なの。ちょっとどっか行っててくれる?」

 かおりんの言葉を遮るように、天川がドアを左手で指差しながら言った。

「なによ、その言い方。ひどいじゃない。私だけ仲間はずれにしようっていうの?」

「そうよ、その通りよ。これは私たちの問題なの。首突っ込まないでもらえる?」

「ちょっと待ってよ。そりゃいくらなんでも言い過ぎだって」

(天川さん、いきなりどうしたんだ?)

「なによ、かおりんもかおりんよ。返事してないくせに裕子と楽しそうに話しちゃって。もうちょっとあいつのこと考えて悩みさいよ」

「なんで?」

(なんか中年女のヒステリーやってるよ)

「なんでって、なによ。なんでって。ふざけないでよ、ラブレター送ったあいつの気持ち考えてみなよ」

「え、かおりん、ラブレターもらったの?誰に?」

「裕子、あんたは黙っててって言ったでしょ」

「私はかおりんに聞いてるんです。あなたには聞いていません」

「あ、そうでしたか?でもですね、今、かおりんは、私とお話しているので、あなたにかまってる暇なんて、どこにもないんです」

「いえ、それはあなたの思い込み。かおりん、嫌がってるじゃない」

「そんなことないわよ。かおりんは、私とお話したいの。ね、そうだよね」

「いや、あの」

(どうすりゃいいんだよ)

「ほら、かおりんは、あなたと話したくないって。あなたこそ黙りなさいよね」

「うるさいわね。あんたがいるから、かおりん話さないのよ」

「なによ、人のせいにして。自分が悪いんでしょ。突然、話に割って入って来たくせに」

「あんたこそ、自分に関係ない話に入ってこようとしたじゃない」

「関係ないことないでしょ、私だってかおりんの友達なんだから。何があったか聞いたっていいじゃない」

「よくないわよ。あんたごときに聞かせるようなことじゃないの」

「ごときってなによ、ごときって。あなたは何様なわけ?」

「あ、あの、ちょっと、いい?」

(このままほっといたら、喧嘩になっちゃうよ)

「なによ」

「え、どうしたの、かおりん?」

「いや、あのさ、天川。裕子にも教えようよ」

(こうするしかないって)

「なんで?なんで裕子に教えなきゃならないわけ?」

「だってさ、僕一人じゃ決められないから、裕子の意見も聞いた方がいいかなって思って」

(秘密を共有すれば、より親密な仲になれるし)

「なんで一人じゃ決めらんないのよ」

「あいつに対してさ、恋愛感情ってやつが本当に無いんだ。だから、本当に付き合っていいのかどうかなんて、自分じゃ決めづらいじゃない」

(僕的には、付き合う気なんてまるでないんだけどね)

「じゃ、なんでそれが裕子じゃなきゃいけないわけ?私じゃ駄目なの?」

「え、いや、別に、駄目とかそういうのじゃなくて、たくさんの人の意見聞きたいじゃない。その中で自分の答えが出せるっていうかさ、いろいろ考えられるじゃない」

(本当は裕子と話しがしたいだけなんだけど)

「ま、そりゃそうだけど」

「だからさ、裕子にも教えようよ、ね?」

(お、うまくいったか)

「いや、でも、それはちょっと待って。あいつがさ、他の人に言わないでって言ったんだ。だから、あいつがいいって言ったらにしようよ」

「うん、わかった。じゃ、裕子、それまでの間ちょっと待っててくれる?」

(とりあえずこれで収集ついたな)

「うん、わかったら相談に乗ってあげるよ」

「ありがとう」

(やった、これでまた話す機会が増える)



 数学の教科書から手紙を抜き出すと、机の引き出しに押し込んだ。



「かおりんがね、あんたへの返事考えたいから、裕子って子に相談したいって言ってきたんだけど、いい?」

 翌週の月曜日、「おはよう」「ねむいね」の次に、天川の口から出た言葉はこうだった。

「え、いや、あの、ま、いいよ」

「じゃあ、そう言っとくから」

「あ、それじゃ、返事のこと聞いてくれたんだ」

「ばか、聞くわけないでしょ。かおりんが勝手に言ってきたの。なんで私があんたのために聞かなきゃならないのよ」

「いや、俺のこと心配してくれたのかな?って思ってね」

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第9回

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『想い』

彼 の こ と を

友 の こ と を

想 う 気 持 ち

決 し て

嘘 じ ゃ な い

 



胸 を 張 っ て 言 え る な ら

そ れ で い い と 思 う

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第8回あとがき

[当時]
今回は無茶苦茶ベタなことをやってしまいました。
あんまりこういうのはやりたくないんだけど、
この作品はこういうのも入れなきゃいけないんです。

[現在]
いけないって断言されては、どうにも反論できません。
そもそもこのお話書いたの覚えてないし。。。
少女マンガの王道ラブコメみたいですね。なんか。
と同時に、無駄っぽいものを細かく取り上げる、
やっぱり雰囲気重視の邦画的構造になってますね。ふむ。

「犬(dog)」第7回

2004年06月12日 12時04分52秒 | 物語
第1回 / 第2回 / 第3回 / 第4回 / 第5回 / 第6回
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 一つの体育館に、二つの男女がそれぞれ集まった。


 二つの男。

「女子、また卓球だぜ。いいな~」

 前で体育座りしている小原。

「バレーなんかやりたかねえよな」

「でも、他んとこが試合してる時、休めるからいいじゃん」

「まあ、そうだけど、練習がうざいんだよな」



 二つの女。

「かおりん、今日もダブルス、組もうね」

 前で体育座りしている山元。

「うん」

(僕かなりうまいよ。ついてこれるかな?)

「ねえ、かおりん。返事、今しちゃいなよ」

 斜め前で体育座りしている天川。

「え?」

(向こうに手紙の男子がいるってことか?)

「チャンスだよ、ねえ」

「い、いや、まだいいよ」

(僕が決めちゃまずいって)

「ねえ、返事ってなに?」

「あ、あの体育の出席の返事だよ」

(ばれたら、めんどくさくなりそうだからな)

「天川さん、ほんと?」

「え、うん。早く返事すれば、早く卓球始められるじゃない、だからね」

「あ、確かにそうだね」

「ね、そうでしょ」

(は~、頭弱くてよかった)



 二つの男の一つの試合。

「だ~、疲れた~。練習つまんねえよ」

 あぐらの小原。

「ああ、最悪だったな」

 同じくあぐらの“窓側の後ろから二番目の男子”。

「あ~あ、やっぱ卓球いいよな~、ちくしょ~」

「典子と一緒にいたいからだろ」

 足を放り出して座ってる“窓側の後ろから三番目の席の男”。

「あ、そうか。それでおまえ、スパイクの練習んとき女子の方にばっか打ってたのか」

「ちげえよ、偶然だよ」

「いいじゃん、別に。みんな知ってんだから」

「なんだよ」

「早く告白しちゃえばいいじゃんよ」

「そうだよ。だって、こいつなんか、工藤にラブレター10枚も書いたんだぜ」

「え、あの、隣のクラスの?」

「そうそう、あいつ」

「おい、変なこと言うなよ」

「ほんとに?」

「いや、嘘だよ、嘘。俺がそんな事するはずないだろ」

「ほんとだよ、ほんと。さっき、こいつ、天川と話してて注意されたじゃん。あん時このこと話してたんだよ」

「うわ、やば。ラブレター10枚って、おまえ」

「やってないって、ほんとに、も~。あ、そういや、守田。おまえ安部が好きなんだよな」

「え、そうなん?」

「だって、さっき着替えん時、言ってたもん。結婚したいくらい好きだって」

「おい、それ、おまえじゃねえかよ。嘘つくなよ」

「そうか、やっぱ安部が好きだったのか」

「だから、違うって。こいつが勝手に言ってるだけだって」

「照れなくてもいいって、事実なんだから。あ、せっかくだから、おまえ、女子んとこ行って、卓球、ダブルス組んでくればいいじゃん」

「待てよ、それは、小原だろ」

「馬鹿言うなよ。なんで俺がそんなことしなきゃいけねえんだよ。それに、できるわけねえじゃねえかよ」

「でも、できたらやりたいんだろ」

「ま、できたら、やりたいな。あ、でも、卓球をって意味だぞ。典子とって意味じゃねえぞ」

「だから、もういいって。おまえが典子のこと好きなのと、中谷が良子のこと好きなのって、みんな知ってんだから」

「そうそう、でもさ、中谷って、あいつ、毎日のように好きな奴が変わってんじゃねえの?こないだまで朋子だって言ってたじゃん。あいつって、女なら誰でもいいんじゃねえのか?」

「そういやそうだな。典子一筋の小原君、と比べちゃ悪かったな」

「も~、うるさいよ。安部一筋の守田君」

「おい、待てよ、それ違うって。10枚君の嘘だって」

「10枚君って、おまえ、なんだよそれ」

「工藤にラブレター10枚渡した君って具体的に言うよりはいいだろ?」

「なんだよ、この~、・・・あべべのくせに」

「え、あべべ?」

「そ、阿部好きだから、あべべ。いいでしょ」

「なんだよそれ」

「あ、いいじゃん、あべべ。これからよろしくね~、あべべ~」

「うるせ~な。の、のりお」

「のりおってなんだよ」

「典子好きの正雄君の略で、のりお。どうこれ?」

「あべべ、いいよそれ。な、のりお」

「おい、10枚君。あべべってのはやめろよ」

「おまえも、10枚君はなしだろ。ま、でも、あべべはアリだよな、のりお」

「ちょっと待ってよ、のりおは違うよ、10枚君も、あべべもアリだけど」

「違わねえよ、のりおと10枚君だけは、アリだ」

「いや、のりおとあべべだけだって」



―もう、いいですよね。どうせ、こいつらのあだ名は、“窓側の後ろから二番目の男子”は“10枚君”、小原は“のりお”、守田は“あべべ”になるんでしょうからね―



 音楽室の片隅で、コントラバスを持つかおりん。

(まいったな、こんなの使い方わかんないよ)

「かおりん」

 聞いたことのない女の子の声が、うしろ髪をひいた。

「ん、なに?」

(だれ?)

 振り向くとそこには、写真で見た裕子がフルートを持って立っていた。

「あ、裕子」

(って、呼び捨てした方がいいんだよな。それにしてもかわいいな~。写真よりもいいよ。うあ~、なんか一目ぼれって感じ。こんなの初めてだ。僕って、ロリコンか?でも、中2と高2なら別に、大丈夫だよな。ああ、こんな子、彼女にしたいな~。ま、せっかく女になって、気兼ねなく話せるんだから、仲良くなっちゃおうっと)

「…じゃない。ねえ、聞いてる?」

「え、いや、ごめん。ちょっと考えごとしてて」

(裕子のことをね)

「そう、で、今回の曲って、うまくできる?」

「あ、まだ、よく」

(使い方わからない、なんて言えないよな)

「だよね。私もまだ、うまくできないんだ」

「今回の曲、難しいからね」

(わかんないけど、適当に話しあわせておこう)

「そうそう、特に、あの盛り上がりの、ブラスとティンパニーが入ってくるところが難しいんだよね」

「本当、あれは人間業じゃないよね」

(ちょっと言い過ぎか?)

「でも、練習すれば、きっとできるようになるんだよ」

「そうだね」

(僕も練習しなきゃまずいのかな?)

「じゃ、私、今日塾あるから、先帰るね」

「うん、それじゃ。また明日」

(え、もう帰るの?もっと話したいのにな)

「また、明日ね」

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『言葉』

言 葉 は 軽 く

息 を 吐 く よ う に

響 い て

息 を 吸 う よ う に

取 り 入 れ ら れ る

 



言 葉 は 重 い 時 も あ る

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第7回

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第7回あとがき

[当時]
大失敗です。台詞だけで、
同地域、同い年の三人を分けるのは無理がありました。
それでも描写を使わず、最後まで行ってみました。
この作品はいろんな要素を含んだものだって公言してますから、
失敗したとしても、こういう試みもOKですってことで。

[現在]
そんなにも失敗してないです。今読むと。
頭に思い浮かんでる映像をくっつければ、
きっと面白い画になることでしょう。
ちなみに文中の「典子一筋の小原君」をクリックすると、
同時期に書いた、恐るべき文章作品を読むことが出来ます。
リンク先のリンクをクリックしながらお読みください。

「犬(dog)」第6回

2004年06月11日 17時00分00秒 | 物語
第1回 / 第2回 / 第3回 / 第4回 / 第5回
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「かおりは北風の訪れを知ると、急いで柊の木の丘に走っていきました。」

「はい、そこまで。じゃ、次、後ろ」

「あ、はい」

 国語に拘束された教室。窓側の後ろから三番目の席の男が、一段落を読み終えた。

「あ、ん、か、かおりは、胸にいっぱいの風を放り込むと、赤の靴、白の靴下を脱ぎ、柊の肩の上に乗った。『北風さ~ん、あなたは、え、かおりを、柊さんを、いつまでも、いつまでも包み込んでくれますよね~。』北風は何も答えてはくれなかった。ただビュ~ビュ~と、か、かおりの頬を切る声を囁き続けた。まるで、ん、かおりの涙を、遠い海の彼方にまで運ぼうとしているかのように。」

「はい、そこまで。じゃ、次は欠席だから、横行って小原」

「はい。かおりは涙を埃の匂いのする袖で拭うと・・・」

「ねえ、今“かおり”って言うとこで、つまってたでしょ」

 天川が妖精の声で話しかけてきた。

「うるさいな、いいだろ」

「あ~、照れちゃって」

「照れてなんか無いよ」

「いいのよ、お姉さんには、お見通しなんだから」

「なにが」

「文章中の“かおり”を読めないほど、“かおりん”を好きだって事」

「え、そんなことないよ」

「だって、ラブレター10枚も書ける人なんていないよ。ふつう~」

「それ、言うなよ」

「ラブレター10枚だもんね、10枚」

「だから~」

「でも、そんなに好きなら自分の口で言えばよかったじゃない。私なんかに頼まないでさ」

「だから、俺にはそんな勇気も度胸も無いの」

「普段は楽しそうに喋ってるじゃない」

「そりゃ、普段の会話はさ、できるんだけど、どうもこういう事って駄目なんだよね」

「いくじなしね。そんなんじゃ“かおりん”守れないよ」

「はい、そこ静かにして。今は教科書に集中」

 二人の会話を終わらせる大人の一言。廊下側の男達の会話をも終わらせた。



「I'm looking forward to seeing you one of those days、はい」

「アイム ルッキング フォワード トゥー ワン オブ デイズ」

 隣の教室では英語に拘束されていた。

「じゃ、これ山元さんに訳してもらおっかな」

「あ、はい」

 かおりんの前の席に座る“おかっぱの女”が返事をした。

(あ、このおかっぱ、山元っていうのか)

「えっと、私は近いうちにフォワードのあなたに会って、見ます。」

「違います。山元さん、ちゃんと予習やってきました?」

「え、あ、はい、一応」

「なら、今度はちゃんと辞書を使って訳して来てくださいね」

「はい」

「じゃ、後ろ、工藤さん訳してみて」

「え、はい」

(え、僕?ま、簡単だからいいか)

「あ、近いうちに、あなたに会える事を楽しみにしています」

「はい、正解。よく予習してきましたね」

「あ、いえいえ」

(こんなの予習しなくても解けるよ。一応、高2ですよ)

「かおりん、ずるいよ。わかってたんなら教えてよ」

 山元が手乗り猿の声で話しかけてきた。

「いや、今、さされてから訳したんだよ」

(ほんとは山元さんが答えてる時に訳したんだけどね)

「本当?」

「本当だよ。それにさっき佐藤君のうつしてたから大丈夫だと思ったよ」

(でも、あんなに見せてあげるよ、とか言ってた答えがあれだもんね)

「も~、あいつ最低。なにが“フォワードのあなた”よ。私が恥じかいちゃったじゃない。本当スポーツ馬鹿なんだから」

「サッカーの選手かなんかだと思ったのかな?」

(辞書で熟語調べりゃ出てるっていうのに)

「多分、あいつの事だからそうでしょ」

「山元さん、後ろ向かない」

 二人の会話を終わらせる大人の一言。窓側の女をも黒板の方に体を向けさせた。



 二つの教室には、男だけしかいない。

「おい、おまえ工藤にラブレター10枚も渡したのか?」

 窓側の後ろから三番目の席の男が、話しかけてきた。

「な、なに言ってんだよ」

「さっき天川と話したの聞こえたんだかんな」

「あ、あんなのいんちきだよ。俺がそんな事すると思うか?」

「いや、するでしょ~。おまえ案外、裏ではそんな事してそうだかんな」

「してないって」

「いいじゃねえか、お互い秘密無しで行こうよ」

「じゃあ、おまえは安部にいつ告白するんだ?」

「なにいうんだよ、いきなり」

「好きなんだろ、安部のこと」

「な、誰から聞いた?それ。天川か?」

「違うよ。おまえの行動見てりゃすぐわかるよ」

「嘘だよ。どうせ天川が言ったんだろ」

「言ってないよ。ほんと、見てりゃわかるよ。安部さ~ん、大好っきで~すって感じがするもん」

「なんであんなデカ女、好きにならなきゃいけねえんだよ」

「でも好きなんだろ」

「好きじゃねえよ。おまえこそ工藤のこと好きなんだろ」

「ああ好きさ、大好きさ、結婚したいくらい好きさ」

「か、開き直りやがった」

「で、おまえは安部の事好きなのか?」

「わかったよ、好きだよ」

「やっぱな」

「わりいかよ」

「わるかないよ、俺よりも趣味いいんじゃない?」

「そうだよな、工藤なんて普通好きにならないぜ」

「いや、でも女はやっぱ心でしょ」

「心の前に外見じゃねえのか?」

「だから、お子様は困るね」

「なんだよ、おまえのが3ヶ月年下じゃんか」

「そりゃそうだけど、精神的に俺はジェントルマンだからね」

「おまえがそうなら俺は、王様ってとこか」

「裸のな」



 一つの更衣室には、二つの女が集まってる。

「かおりん、おはよう」

「あ、おはよう」

(あ、天川さん)

「あれ、昨日の返事どうすんの?」

「いや、まだ決めてないよ」

(決められるはずないだろ)

「そう、早くしてあげてね。あいつ、相当かおりんの事、好きみたいだから」

「あ、うん、わかった」

(でも、男に好きだって言われてもね)

「さっき、国語の読みやってたら、“かおり”って読むとこで、毎回つまってたんだよ」

「あ、そう」

(おい、本格派だなそりゃ)

「ほんと、ストーカーとかしそうな雰囲気だよ」

「え、やだな」

(異世界でもストーカーって言葉使うんだ)

「もしかすると今、隠し撮りとかしてたりして」

「ほんとに?」

(うあ~、やばい奴から手紙もらったな)

「冗談よ、冗談。あいつ、度胸無いからそんな事できないよ」

「そうだよね」

(は~、よかった)

「あ、そういや、あの10枚のラブレターってもう読んだの?」

「昨日、帰り道に読んだよ」

(あれのおかげで帰れたんだけどね)

「どんなだった?」

「どんなだったって言われても」

(無茶苦茶変だったって答えりゃいいのか?)

「やっぱ、好きです。みたいな事書いてあった?」

「うん、一番最初の方にあったよ」

(あれでやめてけば、よかったんだよ)

「そうなんだ。あいつが本当にそんな事、書けるとはね」

「何回も繰り返し書いてあったよ」

(飽きるほどに)

「へ~」

「今度読む?」

(かなり笑えるよ)

「いや、いいよ。あいつ裏切る事になるから」

「そう」

(裏切るって、なんで?)

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『教室』

教 室 の 奥



見 え ま す か

 

た だ

座 っ て る だ け で

 

瞳 を

見 つ め た 気 が

し ま す

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第7回

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第6回あとがき

[当時]
今回、冒頭で読んでいたのは「風のかおり」という、
この為だけに考えた作品です。
でも、一応前後を想定しながら書いたんです。
ちょっとお気に入りです。
実際に中学の授業で、あんなの読むとは思えませんが、
大目に見てください。

[現在]
7年前「ストーカー」という言葉は出たばかりで、
今のように普及するとは思っていませんでした。
先見の目があると言ってもいいのでしょうか。
当時、なんともなしに思いついた苗字の人と、
今友達だったりしますし。
しかし、この会話のテンポや内容、
単に私が好きなノリってだけで、
どうにも悪い邦画の雰囲気が漂ってますね。

「犬(dog)」第5回

2004年06月09日 17時00分00秒 | 物語
第1回 / 第2回 / 第3回 / 第4回
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 何気ない朝。

 トースターの焼き終わりの音。

 洗濯機の回る音。

 目覚まし代わりにコンポから流れる、地平線の風のような気持ちのいい音。

 家の前を通り過ぎる車の音。

 遠くに聞こえる踏切の音。

 なにかを焼く音。

 バターの香り。

 カーテンの隙間から朝の光。

 昨日の部屋。

 体はかおりんのもの。

(まだ、僕じゃない。)

 まず、靴下を左足から履き、セーラー服に着替えた。

 時間割を見つめ、教科書を入れ替え、ノートを入れ替え、ジャージを持った。

(僕の朝と変わらないな)

 “トースターの音とバターの香り”の部屋へ向かう。

「あ、おはよう」

「おはよう」

「おはよう」

 部屋に入ったとたん、家族からのお出迎えの言葉。何気ない、いつも通りの朝のあいさつ。

「おはよう」

(やっぱり異世界でも“おはよう”なんだ。昨日もそうだったし、あいさつはみんな、同じなんだな。さわやかだ)

 カリカリ音を立てて、トーストにマーガリンを滑らせる。いちごジャムを滑らせる。

 スクランブルエッグをそのまま食べる。バターの香り。

 少し焦げかけのベーコン。丸めて口に放り込む。

 フォークですくいながら、コーンポタージュスープを飲む。

 雪印3.5牛乳1lパックを、目の前のコップに注ぎ、口に入れ、よく噛んで飲む。

(こんなふうに穏やかな生活、いいな)

 父さんが一番先に食べ終える。食卓から離れる。会社へ向かう。

「いってきます」

「いってらっしゃーい」

「いってらっしゃい」

「いって、らっしゃ~い」

(なんか、家族、してる)

 隆司が食べ終える。トイレに入る。

 かおりんが食べ終える。新聞を読んでみる。

(やっぱ番組、全然違うな。あ、4コマもあるのか。スポーツも違うな。マラソンっていったら、行川でしょ)

 隆司が学校に向かう。

「いってきます」

「いってらっしゃい」

「いってらっしゃ~い」

(普通だな~)

「かおり、あなたもそろそろ行かないと遅刻よ」

「は~い」

(そういや、どうやって行けばいいんだ?う~ん、ま、なんとかなるだろう)

「あ、お弁当、持ってきなさい」

「え、あ、はい」

(あれ?そういや、僕、これ、昨日カバンの中に入れっぱなしだったよね。いつのまに取り出したんだ?)

 かおりんは“白ブタ”のきんちゃく袋に入った弁当箱を学生カバンに詰め込んで、

「いってきま~す」

「いってらっしゃ~い」

 家を出た。とりあえず前の路地を左に折れてみた。

「おはよう」

 坊主頭で制服の男の子が左から声をかけてきた。

「え、あ、おはよう」

(誰だ、こいつ?ま、いいか。こいつの後付ければ学校行けるだろう)

「今日はゆっくりなんだね。あ、ブラバンの朝練がない日か」

「え、あ、そう」

(なんだ、その白々しい台詞は)

「今日の英語の訳やってきた?」

「え、そんなのあったの?知らなかった」

(宿題か・・・。でも所詮、中学の英語だろ。楽勝だな)

「あ、じゃあ俺の見せてあげようか?」

「え、いいよ」

(この下心見え見えの男はなんなんだ?もしかして手紙の主か?)

「遠慮しないでいいよ。いつも俺が見せてもらってるからそのお返しだよ。ね?」

「いや、本当に要らないよ」

(しつこい奴だな。そういうの嫌われるよ)

「でもさ~」

「学校行ってからやるから」

(も~、このガキ君は)

「あ、そう?でも、わからないとこあったら俺、教えるから」

「うん。そうして」

(わからないとこがあるわけないだろ)

 “坊主頭”はその後、自分の部活について話し続けた。

 かおりんはてきとうに返事をし続けた。

 そして学校に着いた。

「かおりん、おはよう」

 下駄箱でおかっぱの女があいさつをしてきた。

「あ、おはよう」

(だれ?)

「今日の英語の訳やってきた?」

「いや、やってきてないけど」

(またそれか)

「そう。昨日、教科書持って帰るの忘れちゃって、できなかったんだ」

「あ、俺やってきたよ」

「え、ほんと?」

「うん、なんならうつす?」

「でも、佐藤の訳は当てにならないんだよな」

(あ、この坊主、佐藤って言うのか)

「今日はちゃんと辞書見たから大丈夫だよ」

「そう?なら借りよっかな?」

「じゃあ教室で渡すよ」

「うん、お願いね。あれ、でも、かおりんはいいの?」

「いいよ別に。その場でやるから」

(なんでみんな、そんな気にするのかな?)

「でも、やってきてないのばれたら、先生に怒られるよ」

「大丈夫だって」

(でも、怒られるのやだな)

「後で後悔しても知らないよ」

「え、うん」

(後悔なんてしないよ)


 窓側の後ろから二番目の席に、男子が座っていた。

「おはよう」

 天川があいさつをし、隣に座った。

「おはよう。あ、昨日の渡してくれた?」

「え、昨日のって?」

「あの手紙だよ。手紙」

「あ、渡しといたよ」

「それで、どうだって?」

「どうっていわれても、なんか困ってたみたいだよ」

「え、あ、そう」

「でも、結構うれしそうにもしてたよ」

「ほんと?」

「うん、でもまだ、好きとか嫌いとかわからないって」

「へ~」

「ま、そのうち返事が来るでしょう。あんたなんか大嫌いって」

「そりゃないよ」

「冗談よ、冗談」

「は~、でも返事いつ来るのかな?」

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第6回

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『朝の色』

朝 の 色 は

ベ ー ジ ュ 色

カ ー テ ン の 隙 間 か ら 差 し 込 む

ヒ カ リ 色

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第5回あとがき

[当時]
今回も細かくし過ぎて、話がすごく鈍化してしまいました。
しょうがないから途中飛ばしてしまったところもあります。
それにしても、今回はこの作品よりも
他の作品に使った方がいいような文章でしたね。

[現在]
冒頭の短文の羅列は、今の私が好む作風な気がします。
展開のなにもないお話ですが、
全体から見ると、こんな部分も必要だったのでしょう。
それにしても誰がどの台詞を話しているかわからないですね。
多人数を書くのは、昔も今もずっと苦手なようです。

「犬(dog)」第4回

2004年06月03日 20時00分00秒 | 物語
第1回 / 第2回 / 第3回
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「かおり、隆司、ごはんよ~」

 ふと気付くと空は黒いペンキで塗りつぶされていた。

(そういや異世界の食事ってどんなのだろう?まさか虫とかは食うわけ…あるかもしれない…)

 一階の「ごはんよ~」の部屋へ向かうかおりん、その部屋は「おかえり」の部屋と同じである。

「かおり、なんて格好してるの」

「ごはんよ~」の部屋に入ったとたん、お母さんにこの言葉を浴びせかけられた。

「いや、さっきまで寝てたから着替える暇無くて…」

(うわぁ、やばい制服のまんまだった)

「じゃあ、着替えてからご飯にしなさい」

「…はい」

 二階へ戻り、着替えるかおりん。そしてまた「ごはんよ~」の部屋へ。

「かおり、もう寝る気?」

 かおりんはパジャマを着ていた。

「え?」

(異世界では家の中にいる時の格好って、パジャマじゃないのか?)

―それ、どの世界でもおっさんくらいだろ―

「ワンギャグ、ワンギャグ。おもしろかったでしょ」

(やばいな、不審に思われるよ)

「なにふざけてんの。早く着替えてらっしゃい」

「は~い」

 二階へ戻り、着替えるかおりん。今度はTシャツにスパッツという定番の服装だ。一階へ降りた時にはもう、隆司とお母さんはご飯を食べていた。今度は誰からもつっこみはない。

(そうか、異世界ではこうなのか…)

 黒い箸が置いてあって、茶碗が逆さになってる席と、赤い箸が置いてあって、茶碗にご飯が盛ってある席が空いていた。かおりんは後者に座った。

「いただっきま~す」

(でいいんのかな?食べる時のあいさつ)

 何の反応もない。

(やっぱりこれでよかったのか…。さ~て何から食べようかな?……なんだこりゃ?)

 かおりんがなんだこりゃと思ったものは、茶色いどろどろしたものの中にピーナッツを砕いたものが入ってる食べ物である。それはまるで消化不良気味の“アレ”のようであった。

(やっぱ異世界だよ。“アレ”食ってるよ。どうしよう?やっぱり食わなきゃいけないのか?)

 “アレ”を食べる隆司とお母さんの様子を、かおりんはじっと見ていた。

「かおり、食べないの?あなたこれ大好きじゃなかったっけ?」

「あ、う、うん」

(なんなんだ?かおりんって女は?なんでこんなの好きなんだ?)

 かおりんは、しょうがなく一口分とって口元に運んだ。

(うあ~やっぱり食えないよ。…でも、食わなきゃ)

 かおりんは、いやいやながら口に入れた。

「あ、うまいや」

 かおりんは、思わず声に出してしまった。

「やっぱりピーナッツハニーはうまいな」

 隆司がふと、そう言った。

(これピーナッツハニーって言うのか。ってことは…、ちゃんとハチミツの味してるし、何だ“アレ”じゃなかったのか)

 かおりんは、異世界の料理がげてもの料理でないことに安心し、周りにあるものをがむしゃらに食べた。

「ごちそうさま」

(なんだ異世界っていっても、たいした違いないな)

 茶碗と箸を流し場に持っていった。

「ただいま~」

 さっき見た写真の中には、写っていなかった男が家に入ってきた。

(だれだ?)

「おかえり~、父さん」

「おかえり」

 隆司とお母さんは続けてそう返した。

(あの男が父さんなのか?)

「おかえり」

(一応こう言っとかなきゃ、…でもなんで、…ま、多分、父さんは撮影者に徹していたってとこだろう)

 父さんは“黒い箸、逆さ茶碗”の席のいすに、上着とネクタイを外してかけ、座った。お母さんは何も言わず逆さ茶碗を取って、ご飯を山盛りに盛り元に戻した。

 父さんはしばらく何も言わずに食べていた。もう食べ終わっているかおりんと隆司とお母さんは、テレビを見ていた。

(やっぱりテレビもあるんだ。でも、山武(やまたけし)とかはいないんだろうな~)

「おい、かおり風呂一緒に入らないか?」

 父さんの第二声は、突然だった。

(え、風呂って。…かおりんってこの歳でもまだ父親と風呂入っているのか?…入らないわけにはいかないよな。…でも、いたずら、しないよな親だから)

「うん、いいよ」

「ほ、本当か?」

 今までの疲れきっていた顔が突然、笑顔になった。

「かおり本気?いつも断ってるじゃない」

 お母さんが心配顔でかおりんを見つめた。

「冗談よ、冗談。冗談返しだよ」

(やべ、ミスった。やっぱ入らないよなこの歳で…)

「そ、そうか…」

 父さんの笑顔はまた、疲れ顔に戻った。

「かおり、もう沸いてるから、お風呂入りたきゃ入りなさい」

「は~い」

 二階へいって下着を選ぶ。

(どれにすればいいんだろう?さっきはあせってたから気にしなかったけど、僕、女の体なんだよね、ブラジャーとかって、どう付けるんだろう?)

 とりあえず白の上下を選び、一階に降りた。

(そういや、風呂場ってどこだ?…ここだろ)

 しかし、そこはトイレだった。

(今日は感がさえてないな~)

 二回目にして風呂場についた。そして洗面所の鏡を見ながら服を脱ぎはじめた。

(うわ~生ストリップだ~。む、むねだ。し、しりだ。こ、これが女の体…)

 全裸になり、風呂に浸かった。

 しばらく浸かった。

 じっくり浸かった。

 ゆっくり浸かった。

 とにかく浸かった。

 風呂から出た。

 ブラジャーのホックに苦戦したが、どうにか着替えた。

(フロントホックなら見ながらできるから、楽だったろうな)

 二階へ戻り、パジャマに着替え直し、ベットに横になった。

(は~、大変な一日だった、でも、明日目覚めれば元の世界に帰れるのかな?)

 そう思いながら、かおりんは寝た。

 かおりんは見なかった。

 夢を見なかった。

 そのまま次の朝が訪れた。

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『常識』

き っ と  あ る と 思 っ て た

常 識 の か け ら

両 手 に 持 ち き れ な い ほ ど

拾 い 集 め て

ポ ケ ッ ト の 中 に

押 し 込 ん で み た

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第5回

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第4回あとがき

[当時]
この回は本当に書きたくなかった。
リアリティーを追求しすぎて、
骨組みに肉付けをしすぎて、
毛まで植えてしまったっていう感じです。
はっきり言って番外編です。
早く終わらしたくて、終わらしたくて、
途中から文章がおかしくなってしまった。
でも、唯一パジャマのところの突っ込みは気に入ってます。

[現在]
男は下手に女性を現実に知ってしまうと、
こういう幼い妄想を抱けなくなってしまいます。
とてもとても淋しいことです。
今の私に、この文は書けるのかな。
ああ書けてるじゃない。

「犬(dog)」第3回

2004年06月01日 17時00分00秒 | 物語
第1回 / 第2回
---

【Dear工藤かおり様】

(うあー“Dear”だって“Dear”。“親愛なるもの”だよ)

【こんにちは。いや、こんばんはかな?それともおはようかな?ま、そんなことはさておき】

(どんな文だよ)

【突然の手紙驚かれたとは思いますが】

(そりゃそうだろ、異世界の男に手紙もらったんだもん)

【僕は君の事が好きだ】

(もう、それ言うんだ)

【だからこないだ体育館でやったコンサートのとき、隣にいた君の手を握ろうとしてたんだ】

(そんなことやっちゃだめでしょ)

 ……そうこうしているうちにかおりんは校門を出ていた。“窓側の後ろから2番目の”女子とは反対方向に向かって歩いていた。今のところ作戦は成功しているように思える。

 「市民グラウンド」という名を持つ、篠塚も来た野球場の横にある路地を抜けたときにはちょうど4枚目を読み始めたところだった。

【ってね。僕らもそんな風になれるといいね】

(何かこの人の文、もう付き合ってる気になってるな)

 床屋の前の踏み切りを横断したときには、6枚目に入っていた。

【僕は自分のことを呼ぶときに、普段しゃべってるときは“俺”を、頭の中で考えてるときは“僕”を、文章を書くときは“私”を使ってるんだ。知ってた?】

(知らないよ。…もーどうでもいい話ばっかりよくこんなに書けたな。こんなラブレターもらっても『かおりん』喜ばなかっただろうな)

 サッシ屋の看板のところを右に折れときには、もう2枚しか残っていなかった。

【じゃあ君のために書いた詩を読んで下さい】

(うあー男のくせに詩だって)

【告白】

(そのままだ)

【君のことが好きだ

僕のことより好きだ

どのくらいI LOVE YOU?】

(なぜいきなり英語?)

【ムツゴロウさんの動物に対する気持ちと同じくらい、いやそれ以上に好きだ

でも、ムツゴロウさんだとうそ臭いから

遠い空の神話さえ信じられぬほど好きだ】

(どういう意味?)

【僕が君に恋をした夜

気づかずに眠ったんだろう

星に願いをピノキオさん

どこへ向かうの流れ星

僕と君のように

好きですか

好きですよ

その一言が聞きたくて】

(なんだコリャやばいよ)

【どうも下手な文ですいません。でもこれが僕の気持ちですわかってくれました?】

(どうやってわかればいいの?)

 青い屋根の家の前を通り過ぎたときには、最後の2行になっていた

【さい。もしOKならば今度の日曜日にでもどっか行きませんか?映画とか動物園とかともかくどっか行きましょう。それじゃあ、また。SeeYa!】

(はー、やっと読み終わった。それにしてもこの男すごいな。よくこんなにどうでもいい事を書けるものだ。)

 かおりんは白い壁に黒い屋根の家の前でちょうど読み終えた。そこには「KUDO」というアルファベットが貼られた表札がかかっていた。

―MISSION COMPLETE―

(やった。ここがかおりんの家か。うちらの世界と同じだな。)

 かおりんは手紙を左手で制服の左ポケットにしまい、右手でドアを開けた。カバンは足元だ。

「ただいま」

(あ、やべ異世界だった。あいさつとか違うのか?)

「おかえり」

(ふーよかった同じか。あ、そうだ。かおりんの部屋って何処なんだ。母親に聞くわけにもいかないし。…まあ全部屋まわってみればいいか)

 かおりんは「おかえり」の部屋へ入った。

「かおり、今日は早かったわね」

(この女性は『かおりん』の母親だな)

「あ、うん。ちょっと部活が早く終わったから」

(こう言えば心配しないよな)

「そう」

(ほらね)

「あ、この洗濯物上持ってきなさい」

(上?上ってことは『かおりん』の部屋は二階にあるのか。…ありがとう、ママ)

 かおりんは学生カバンを賞状を受け取ったときのように持ち、その上に洗濯物をのせ、階段を上がった。二階には3つのドアがあった。そのうちの1つは一目見ただけでトイレとわかるものであった。残るドアは引き戸式とノブ式の2つだ。

(どっちだろう。でも自分の家なんだからどの部屋開けても大丈夫だよね)

 かおりんは左手だけで“賞状”を持ち、近い距離にある引き戸式の方を右手で開けた。

「なんだよ、姉ちゃん」

 その部屋には、ぶ厚いけどサイズの小さい漫画雑誌を読む男の子がいた。

「あ、いや別に用はないけど」

(まずいなミスったよ)

「じゃあ、出てってよ」

「はいはい」

(やっぱ女で引き戸はないよな)

 かおりんはドアノブ式の部屋に入った。

(あーなんか女の子の部屋の匂いがする)

 “賞状”を学習机の上に置き、それに付随している椅子に座った。

(はー疲れた。あ、これは)

 本立ての一番端に立っていたアルバムを抜き出し、開いた。たくさんの写真。それぞれの下に一緒に写っている人の名前が書いてあった。

(あ、これさっき私にラブレター渡した女子だ)

【天川とツーショット!!inディズニーランド】

(あの女の子の名前「天川」って言うんだ。『かおりん』の顔ってこんなのか…あ、この写真はさっきの母親と男の子が写ってる)

【お母さん、隆司とin熱海】

(お母さんって呼び方でいいんだ…。それであの男の子は「隆司」か。…うあこの女の子めちゃくちゃかわいい)

【裕子&天川とin吹奏楽コンクール】

(へー「裕子」さんか。でも、こんなかわいい子がお友達なんだ)

 かおりんはそれを読み終わると、アルバムを元の場所に戻し、立ち上がりながらその3つ隣にあった保健体育の教科書を取って、ベッドに倒れこみ、それを読んだ。

「…ナプキン、か」 

 かおりんは胸の膨らみの確認、膨らみのない股の確認、そしてセーラー服を着替えることもなく、一時の眠りについた。

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第4回

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『手紙』

文 字 を 集 め れ ば

星 空 に 見 え る

 

そ ん な 古 い 言 い 伝 え

信 じ て い た か ら

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第3回あとがき

[当時]
この作品の中で書きたかった台詞の一つが出てきました。
今までの男女入れ変わり作品だと
胸と股間の膨らみにしか興味がいかなかったけど、
男にとって本当に謎で、興味があって、不安なものっていうのは
このことだと思うんです。
だから、別に変態的な意味ではなく、
リアリティーを追求した結果の台詞なんです。
昔、ある人に自分が書いた文の意味を説明するのは最低だ。
って言われたんだけど、
この場合は自分の尊厳を守るためだから、
しょうがないですよね。

[現在]
痛々しいのを楽しんでくださいという感じです。
たまごっちとかポケベルとかあったね、
みたいな温かな目で読んであげてください。
笑えない笑いほど辛いものはないですが。。。
というか、あとがきの言い訳長過ぎ。
さすが勘違いインタビュー好きらしく、
りありてぃーとか言って、
いい痛さの演技してますね、この人は。