東京電力の女性社員が殺害された事件はもう15年以上も前のことで、犯人とされたネパール人は裁判で有罪となったものの、終始自分は無罪だと主張していたそうです。犯人が捕まって裁判で有罪が確定しても何となくスッキリしない事件だったように記憶をしています。
その後、収監された以降にテレビでもこの事件を取上げられたこともあって、その番組を見た聴視者は何となく冤罪ではないかと感じた人も多かったと思います。もちろん私もその一人でした。
ところが、今回検察が隠していた証拠が明らかになり、被害者に最後に接触していた男性の血液形と犯人とされたネパール人の血液形が違っていることが判明したという。
まさに以前にもあった冤罪とまったく同じようなことが起きていたようです。
犯人の残した証拠がありながら、まったく違う人物を逮捕して有罪にしてしまう。そして一件落着。
そんな事態になりながら、東京高等検察は「有罪は揺るがない」と言っているとの発表があったと報じられています。
冤罪が明白になるのは間違いなさそうな状況になってまで、まだこのようなことを発表する組織というのはどんなものなのでしょう。
自分たちの誤りを認め、早期釈放に全力をあげるべきなのにまだ抵抗していることに愕然とします。
厚生労働省の村木さんの冤罪事件は氷山の一角であって、まだまだこんなことがまかり通っているのが検察という組織なのでしょうか。
正義の味方、遠山の金さんではなく、江戸時代の悪代官の末裔なのかも知れません。