民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

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「どくとるマンボウ青春記」 その10 北 杜夫

2016年06月28日 00時40分03秒 | 本の紹介(こんな本がある)
 「どくとるマンボウ青春記」 その10 P-63 北 杜夫  新潮文庫 (平成12年)

 もっとも、生徒のほうだってひどかった。学問のほうもひどかったが、それより教師を脅迫したりした。
 あまりこわくない先生の講義が一段落ついたり、ふと講義がとぎれたりすると、まだ終了時間でもないのに、
「やめまっしょ! 」
 と、私たちは信州弁で叫んだ。人の好い教師、気の弱い教師はそこで講義を打ち切ってしまう。
 そもそも高校にはむかない東洋史か何かの先生が赴任してきた。最初の時間、教壇に立つと、いきなり、
「やめまっしょ! 」
 と、生徒たち全体が叫んだ。そこで先生はおとなしく講義をやめて引き返した。
 次の時間、また「やめまっしょ! 」とやられ、
「どうか講義をさせて下さい」
 と頼んだが、生徒はぜんぜん相手にしてくれなかった。
 その次の時間は先生も考えた。教室に入ると、生徒のほうを向かず、直ちに黒板にむかった中国の地図を書きはじめた。
 すると一人の生徒が、「あ、絵がうめえなあ」と侮蔑したように言い、そのまま席を立って教室を出ていった。あとの生徒もぞろぞろと出ていってしまった。――この教師は、一ヶ月で松高をやめた。