アフガン・イラク・北朝鮮と日本

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ネットウヨク言説の特徴

2007年12月21日 21時53分59秒 | 戦争・改憲よりも平和・人権
 今月13日付拙ブログ記事「こんな御用判決なら九官鳥で全て事足りる」に対して、「完全体」と名乗るネットウヨクと思しき人から、反論がありました。その詳しい議論の遣り取りについては、当該記事のコメント欄に全文が掲載されていますので、そちらを参照して下さい。ここでは長くなるので、大まかに説明させてもらいます。

 当該拙ブログ記事は、マンション内での共産党ビラ配付違法判決の不当性を糾弾したものでした。それに対して「完全体」氏は、概ね次の様に反論してきました。

●ビラ配付禁止のマンション組合の議決がある。これを無視してビラ配付に及んだのは住民の意思を踏みにじるものだ。
●マンションはオーナーの私有地。私有地内のビラ配付の認否はオーナーの一存による。それを否定するのはオーナーの財産権を侵害するものだ。

 それに対する私の再反論は概ね下記の通りです。

●そのマンション議決が即住民の総意だと言えるのか。個別具体的な中身の吟味が必要ではないのか。
●私有地内であれば、オーナーは何をやっても許されるのか。具体的にオーナーの財産権の何が侵害されたのか。
●マンション管理の都合や「ビラを読みたくない人」の為に、「ビラを読みたい人」の「知る権利」が損なわれても良いのか。一方の権利主張による他方の権利侵害ではなく、全員の権利が尊重されるように図られるべき。その際に大前提になるのは、あくまでも言論の自由や「知る権利」などの基本的人権の尊重だ。

 そうしたら「完全体」氏は、

●共産党のビラを読みたい人は支部に貰いに行くなり共産党のHPでその主張を見るなりすれば良い。
●あくまでビラ配付禁止のマンション組合議決が先に在りき。それに従わなかった奴が悪い。
●マンション所有者たるオーナーの意向が最も尊重されるべき。私有地内での事なので、どのビラを見逃しどのビラを排除するかは、オーナー・住民の一存に依る・・・と、水掛け論に終始し、
●これ以上いくら議論しても埒が飽かないのでお引取りを願った私に対して、「お前もマンションのオーナーと同じ事をやっているじゃないか」との捨て台詞を残して、去っていきました。

 まあ、こういう経過になるのは元より想定内。いつもなら事前にこういう荒らし投稿は削除するのですが、今回敢えて途中までそうせず泳がせていたのは、これを機にネットウヨクの価値観なり論理展開なりを天下に晒してやる良い機会だと思ったからです。それで豈図らんや、彼の人たちの下記論理と言うものを改めて再確認する事が出来ました。

★1.「勝てば官軍」「言ったモン勝ち」。民主主義を単に多数決としてしか理解していない。どれだけ住民が主体的に参加し、多様な意見が出たかという、一番大事な事には一切無頓着。だから、マンション組合の議決があるからとか、逆転有罪の二審判決が下ったからとか、そういう事しか言えない。それで「この葵のご紋が目に入らぬか~」で終わり。単なる権威主義者・事大主義者・形式主義者でしかない。

★2.「弱肉強食」「パワー・ポリティクス」信奉のネオコン・ネオリベ。単なる権威主義・事大主義でしかないから、何事につけても「私有地だから、オーナーだから何をしても良い」の一点張り。というか、そういう事しか言えない。IT社会の陰でパソコンも持てずにインターネットから排除され政治的・社会的参加の機会を奪われている地方・高齢者・貧困層の事などハナから眼中にないから、「ビラが欲しけりゃ自分で取りに行け」という様な事しか言えない。アンフェアであろうが無かろうが、とにかく勝者が一番偉いんだという発想の持ち主。

★3.ダブル・スタンダード(二重基準・アンフェア)。最初はさも公平を装って「中身が共産党のビラだろうがピザ屋のチラシだろうが関係ありません」(2007-12-16 01:22:45)なんて書いておきながら、その舌の根も乾かないうちに「自分にとって都合の良い行為であれば見逃す自由もあります」(2007-12-17 20:33:01)と馬脚を現す。だから、投稿規定に「反日投稿お断り」とか「北朝鮮を利する様な発言は厳禁」と謳ったウヨク板や拉致板の事は何も言わずに、拙ブログの運営についてばかり難癖を付けてくる。

★4.「ウソも百遍言えば真実になる」。完全体氏の投稿をよく読めば分かりますが、どの文章も具体的論証抜き、先に結論在りきの繰り返しです。同じ「ビラ配付禁止の組合決議は住民の総意」「それを無視した被告の行為は財産権侵害」と主張するにしても、真摯に議論する立場からのものであるならば、具体的事実の検証から出発するなり、被告無罪の一審判決への具体的批判から入る筈です。しかし二審判決も、その鸚鵡返しでしかない氏の投稿も、決してその様な形にはなっていません。これでは氏の投稿は(引いては二審判決も)、議論や事実検証など実はどうでも良くて、単なる印象操作だけが目的であると言わざるを得ません。

★5.問題のすり替え・我田引水・牽強付会。完全体氏の言う「お前もマンションのオーナーと同じ事をやっているじゃないか」というロジックが、正にそれ。この事については、もう少し突っ込んで書いておきます。

 個人のブログ・サイトなんて、基本的にはどれもこれも同好の士の集まりでしかない。だからそれぞれに、そのブログ・サイト独自の開設趣旨なり運営規定があるのでしょう。中には「2ちゃんねる」の様に「何でも在り」の掲示板もありますが、それはその「何でも在り」が其処のルールなのです。要するに「みんな違ってみんな良い」という世界なのです。
 そこで、例えばアフガン・イラク・北朝鮮・ダルフール・東ティモール、何処でも良いけど、そういう人権問題を考えるサイトに、それぞれの立場から人権問題を論じる以前のレベルで、「人権問題なんてどうでも良い」とか「こういう後進国の問題などどうでも良い」という立場の人物が現れて、好き勝手な事を書き始めたとしたら、どうでしょうか。
 それぞれの立場から人権問題を論じる限りでは、たとえそれが少数意見であっても議論の発展には必要不可欠です。しかし、それ以前の「人権なんて糞食らえ」という発言に至っては、単なる荒らしでしかない。そんな発言を放置していたら、そこで議論が停滞してしまい、他の参加者の言論の自由や発言の機会が損なわれてしまう。
 だから、他の参加者の自由を守る為に、荒らしは排除しなければならないのです。要は「八百屋に魚を買いに来るな、魚を買いたければ魚屋に行け」と。それだけの事。

 それに対して、マンションや企業などの現実の一般社会の場合は、個人ブログ・サイトの場合とは全然違うでしょう。これらは同好の士の集まりではありません。人権派も人権糞食らえ派も関係なく、それぞれ食う為、住む為に、企業に就職しマンションに居住しているのです。中には右翼系出版社や共産党系・××系企業の様に、それなりに色のかかった所もあるにはありますが、そういう所でも建前上は従業員の思想信条や言論・表現の自由を侵害する事は許されません。
 勿論、企業は物やサービスを生み出す所であり、マンションは居住する所です。そのいずれも政治活動を主たる目的とする場所ではありません。いくら自由だ権利だと言っても、仕事や生活に差し障る様な活動は出来ません。つまり、そういう差し障りさえ無ければ、憲法・法律・公序良俗に反しない限り、勤務時間外や共用空間では、活動の自由は基本的には保障されるべきでしょう。それこそ自民党であろうが共産党であろうが無関係に。

 勿論、その具体的な在り方については、それぞれの権利や利害の調整が必要です。いくらビラ配布が自由だといっても、チラシでテンコ盛りになっているポストへの投函は避けるとか、余りにも挙動不審な真似をして住民に要らぬ不安を与える事はしないなどの配慮は必要でしょう。またマンション住民の方でも、何でも規制してそれで事足れりとするのではなく、自分たちの方でも集合ポストの清掃に心がけるなどの呼びかけはあって然るべきだと思います。そうして互いの利害や権利を調整し合い、全員の権利・立場が尊重されるようにするのが、「公共の福祉の為に権利を行使する」という事です。まかり間違えても、「私有地だから何でもオーナーの言いなりにならなければならない」なんて理屈が「公共の福祉」になる訳が無い。それは単なるワンマン、独裁でしかない。

 ネットウヨクのロジックというのは、斯くの如く、結構単純なものなのです。何故ならば、彼の人たちにとっては、それが全てだから。本物の右翼の様にそれなりに独自の主張がある訳でも無く、その詭弁的なロジック以外には何も無いから。その応用編として手を変え品を変え色んな変形バージョンで現れる事はあっても、基本パターンは全てみな同じです。何故なら、彼の人たちは所詮は単なる天邪鬼、「反・反体制の僕ちゃん」でしかないから。
コメント (22)
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