アフガン・イラク・北朝鮮と日本

戦争も人権抑圧もNO!万国のプレカリアート団結せよ!

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ようやく運が向いてきた。

2013年06月30日 18時32分17秒 | 身辺雑記・ちょいまじ鉄ネタ
●6月23日 宝塚記念 的中!
 

●6月30日 CBC賞 的中!
 
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今度こそ真の政権交代=保革逆転を!

2013年06月27日 05時47分44秒 | 二大政党制よりも多党制
 6月23日に投開票された東京都議選の結果について、思う所を簡単に書いておきたい。
 まず投票率だが、参院選の前哨戦と言われた割には盛り上がらず、前回を10.99ポイントも下回る43.5%に止まった。これは、石原都政から猪瀬都政に昨年変わったばかりでまだ日も浅く、都政の身近な話題が後景に押しやられたからではないか。
 そして開票結果は、自民党が39→59議席(+20)、公明党が23議席で変わらず、共産党が8→17議席(+9)、民主党が43→15議席(-28)、みんなの党が1→7議席(+6)、生活者ネットが2→3議席(+1)、日本維新の会が3→2議席(-1)で、生活の党・社民党・みどりの風は今回も議席獲得ならず、という結果に終わった。(都議会定数127、うち前回は欠員2)

 この東京都議選だが、結果は私の予想を遥かに超えるものだった。
 まず民主党惨敗と自民党圧勝、自公で議会の安定多数確保については、至極残念な結果ではあるが、これは当然私も折り込み済みだ。民主党が、せっかく自民党政治からの転換を訴えて政権交代を実現しておきながら、結局は自民党と何ら変わらなかったのだから、有権者の怒りを買うのは当然だ。それで自民圧勝の結果についても、「じゃあ、あの時の政権交代は何だったの?」という思いはあるが、一般庶民にとっては「不安定な民主党と比べたら、まだ色々不満はあっても安定した自民党の方がマシ」位の感覚なのだろう。アベノミクス幻想の効果もあって。

 日本維新の会の停滞も予想の範囲内。あれだけ橋下の慰安婦発言や「たちあがれ日本」との野合で信用を失ったら、もう挽回は不可能だろう。しかし、当初はここまで維新が落ちぶれるとは思ってもみなかった。ついこの間までは、飛ぶ鳥も落とす勢いだったのだから。橋下の慰安婦発言が出てきた時も、近年の慰安婦バッシングや右傾化の風潮からは、寧ろ擁護の声が出て来るものと警戒していた。それが、橋下が単なる過去の歴史認識の範囲を超えて、現代の米軍司令官にも風俗活用を勧めてしまったものだから、世論も現代女性への侮辱と受け取ってしまったのだろう。女性有権者全てを敵に回してしまったら、幾ら自民党でも選挙には勝てない。もはや政権復帰後の自民党にとっては橋下も維新もご用済み、という事で「橋下切り」に出てきたのだ。

 それ以上に私の予想を遥かに超えたのが共産党の躍進だった。議案提出権奪還(11議席)の目標を遥かに上回る議席倍増なぞ予想だにしなかった。
 共産党が強かったのは遥か昔の70年代。ソ連や日本社会党もなくなり、大きな革新自治体も失った今はもう、自民・民主の二大政党や”第三極”維新の後塵を拝するばかりだった。
 だから、「共産党躍進」のニュースを聞いても俄かには信じられなかった。今回は、たまたま低投票率と野党乱立に助けられただけだったのだろうと思っていた。実際、下記の菅原琢氏による前回都議選との比較分析でも、共産党の得票は得票比(相対得票率)では微増にしか過ぎず(12.6→13.6%で+1.0ポイント)、有権者比(絶対得票率)では寧ろ減少している(6.8→5.8%で-1.0ポイント)。選挙区別の動向を見ても、新議席を獲得したのは、大抵定数3以上の中選挙区での民主党や維新による候補者乱立・共倒れに助けられた所が殆どだ。そもそも、12.6%も得票を得ながら8議席しか取れなかった前回自体が取りこぼし過ぎで、一定の議席回復は寧ろ当然の帰結ではないかという気もする。
 但し、それを言うなら自民党も同様で、相対得票率こそ25.9→36.0%と10.1ポイントもの伸びを示すものの、絶対得票率では13.9→15.4%と僅か1.5ポイントの伸びに止まっているが。

 

 他方で、また別のデータもある。
 下記のNHK出口調査の結果では、無党派層の中では、共産党は18%もの支持を獲得している。自民党の22%、民主党の20%と並ぶ結果になっているのだ。それに比べたら、維新なぞ10%しかない。勿論、普段は支持政党なしで今回たまたま共産党を支持した人たちの動向なので、先の事は分からない。しかし、それでも、今回棄権に回った膨大な無党派層の中の一部とは言え、わざわざ投票所に足を運び、決してメジャーとは言えない共産党に敢えて投票する。それが実際に、選挙予測の固さでは定評のあるNHKの出口調査に、既に現れているという事実は、決して小さくはないと思う。

 

 この二つのデータから推測すると、無党派層も含め、民主党や維新に幻滅した層の大半が棄権に回る一方で、比較的保守的な層は自民党に、ネオリベ層はみんなの党に流れ、革新的な層は90年代後半のように再び共産党支持に戻りつつあるのではないか。
 安倍内閣や自民党、その経済政策のアベノミクスに対する支持率は依然として高い。その一方で、アベノミクスや憲法改正、TPPの中身について知っている人は余りいない。よく分からないものに期待半分で縋って、何となく支持しているに過ぎないのが実態だ。思うに、少し前までの橋下・石原や維新の会、大阪都構想への支持も、これと同じだったのではないか。見かけだけはものすごく強そうに見えるが、実際は見かけ倒しの「張り子の虎」「幽霊の正体見れば枯れ尾花」にしか過ぎなかった。今の安倍自民党も、民主党や維新の会と同じ道をたどるのは早晩確実だ。
 勿論、油断は禁物だ。今はもう革新自治体や民主連合政府の時代ではない。それどころか、憲法すら改悪されようとしている。もう悠長に構えている余裕なぞないのだ。しかし、そういう中でも、変革への新たなうねりが起こっているのは確かだ。
 もうこれ以上、橋下・石原や安倍・ワタミのような輩に、好き勝手にさせる訳にはいかない。もう自民も、上辺だけ「反自民」を装った第二自民も沢山だ。今度こそ真の政権交代=保革逆転を実現しなければならない。
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飛田新地だけを規制しても何も解決しない

2013年06月21日 22時31分48秒 | 反ハシズム・弱い者虐め
さいごの色街 飛田
クリエーター情報なし
筑摩書房


 井上理津子・著「さいごの色街 飛田」を読み終えてから大分経っても、なかなか書評を書く事が出来ませんでした。かつて飛田新地料理組合の顧問弁護士だった橋下徹の慰安婦正当化発言が、嘘と居直りに終始したトンデモな内容なのは、この本を読んで改めて思い知らされましたが、では、そんな「嘘と居直り」にまみれた飛田新地を警察の浄化作戦で壊滅に追いやれば、それで万事解決するかと問われれば、また別の場所で第二の「飛田新地」が生まれるだけで、「いたちごっこ」にしかならないと思うようになったからです。

 「今時の風俗嬢は大半が自由意思の選択によるものだ。昔の様な借金のカタに売られてきたような人は殆どいない。だからもっと積極的に風俗を活用すべきだ」と、橋下徹は言いましたが、それが如何に実態からかけ離れたものであるかは、本書を読めばよく分かります。足かけ12年に及ぶ現地取材を、最初は料理組合幹部へのインタビューから始め、「写真撮影禁止と書いているやろ、せっかく目立たんように商売してんのに、あら捜しみたいな事せんといて」とつっけんどんだった幹部や、最初は疑心暗鬼の目で見ていた近隣の商店主と、長い日数をかけて人間関係を作る中で、著者は徐々に飛田での暮らしや生き様を聞き出し始めます。

 ある時は、人買いのヤクザの噂を聞きつけて、実際に組事務所にコンタクトを取って乗り込み、ヤクザの親分から「飛田に女性を斡旋していたのは昔の事、今は警察の浄化作戦が奏功して手出し出来なくなった」「今は周辺のファッションヘルスや、ホストやパチンコで出来た借金のカタに流れて来る子が多い」との発言を聞き出すや、次はヘルスの経営者にインタビュー。
 またある時は、料亭の求人に形だけ応募して貰うよう知人の女性に頼み込み、若し「客を実際に取るまで帰さない」と言われたら、著者が身代わりに接客するとの交換条件で、面接の現場に潜入。売上は店と女の子で折半だが、客がつかなければ無収入、稼ごうと思えば客を延長に持ち込まなければならない仕組みや、客も使用する和式の共同トイレの蛇口についているホースをビデ代わりに使い回しさせ、年増の風俗嬢ともなれば生理日も脱脂綿で凌いでコンドームなしの営業に勤しまなければならない現実に驚愕。
 時には抱きつきスリの被害に遭いかけたり、酔客に「やらせろ」と絡まれたりもしながら、取材を続けます。

 ところが、肝心の料亭で働いている女の子には、なかなかアプローチが出来ない。そりゃあそうですよね。訳ありでこの仕事を選ばざるを得なかった女の子にとっては、決して自慢できるようなものではない、寧ろ恥でしかないような自分の生い立ちを、どこの馬の骨かも分からないフリーライター風情に、自分から話す気には到底なれないでしょう。
 とうとう著者は、「本にして出したいので、貴方の生い立ちをお聞かせ下さい」と書いた手書きのビラを、飛田中に撒くという奇策に打って出ます。そのビラを料亭に置かせて貰うのですが、「アホちゃうか?」と鼻であしらわれたり、ビラを目の前でビリビリに破かれる店も少なくない中で、ようやく数人とコンタクトを取る事に。そこから元経営者のブログにたどり着く事にも成功。

 そこで分かったのは、誰も好き好んで飛田の風俗嬢になったりはしないという事。親のDVや借金で、中学や高校もまともに出れずに、田舎から出てきて、最初は喫茶店のウエートレスになるも、それでは食って行けずに、スナックやヘルスの風俗嬢に。そこでホストや変な男に巡り合い、子供を産んでも男に逃げられたり、またDVに遭ったりして、最終的に流れ着いたのが飛田でした。或いは、無店舗ヘルスの風俗嬢になったものの、客に首を絞められたりするのが嫌で、まだ警察のお目こぼしもあり身の安全だけは保障される飛田に逃げてきたり。
 そういう女の子にとっては、遅刻や無断欠勤が当たり前で、普通の会社勤めが出来ない子も多い。そんな事にいちいち怒っていたのでは、飛田の経営者は務まらない。そういう女の子を相手にしているので、経営者も勢い「飴と鞭」で女の子を管理しようとする。女の子には高級マンションをあてがい、たまには海外旅行もさせる一方で、客がつかない嬢は人間扱いせず、売上をくすねる女には容赦なく鉄拳制裁を加える。日本国憲法や労働基準法なぞ、どこ吹く風の世界。

 そんな飛田に対して、警察は、店に従業員名簿が常備されているか、ヤクザや麻薬取引が絡んでないか見張るだけ。飛田の目と鼻の先に西成警察があり、新地の入口に交番までありながら。警察が飛田を見逃しているのは、より悪質な派遣ヘルスなどの取り締まりに精一杯で、飛田にまで手が回らないのもあるでしょうが、それ以上に、どうせ取り締まっても「いたちごっこ」になるだけならと、料理組合を通して飛田を監視下に置いた方が、何かと便利だからでしょう。昔の公娼制度と同じ発想です。名簿さえ常備されておれば少々の酷使には目をつむる形式主義も、形さえ合法ならブラック企業でも容認される日本社会の縮図のような。

 結局、風俗の問題も最後は貧困問題に行き着いてしまうのです。一番根っ子にある貧困問題を放置したまま、その上に仇花として咲いた飛田新地だけ規制しても、また別の場所に第二の飛田新地が出来るだけではないか。ちょうど、公園からホームレスだけを幾ら排除しても、根本にある貧困問題がなくならない限り、別の場所にホームレスを押しやる結果にしかならないのと同様に。
 その中で横行する、「ホースをビデ代わりに」とか「生理日も脱脂綿で凌いで」などの人権無視や、それが飛田の中でも大門通りから南の通称「年増通り」「妖怪通り」により顕著に現れているという、風俗内部の差別構造や、その「飴と鞭」の上に胡坐をかく橋下の「合法風俗活用」発言は、決して許されるものではありませんが、では、それを飛田壊滅作戦だけで解決できるのか。他に潰しがきかない子は一体どうやって食って行けば良いのか。

 そう考えると、もう何も言えなくなってしまいました。私ごときが飛田の中に入って「労働組合に入ろう」とアジった所で、多分誰も耳を貸さず、つまみ出されるのが関の山でしょう。「名義貸しの横行で雇われ店主が増えたせいか、女の子を大事にしない店が増えた」と、新地の寄合で漏らしただけで、他の店主の逆鱗に触れ村八分にされて逃げ出さざるを得ないほど、閉鎖的な世界なのですから。その中で、釜ヶ崎以上にガイドブックも避けて通る飛田新地を、ここまで活写できたこの著書は凄いと思うし、そんな、ある意味「反動と奴隷根性の吹き溜まり」の様な「ブラック地域」の料理組合の会館にポスターまで張り出して、毎年新地の中でコンサートを行っている反貧困ラッパー「SHINGO★西成」も、正直言って凄いと思います。

 
SHINGO☆西成 PV 飛田新地


SHINGO★西成 とHOTな仲間たちin飛田新地 pt.1

 この「~in飛田新地」シリーズの動画には、「pt.2」以降の続編もYouTubeに上がっているが、街中の練り歩きシーンは「pt.1」で終わり。西成暴動に敏感な警察が、騒擾を警戒して練り歩きにストップをかけたからとの後日談も。
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勤続表彰とショック・ドクトリンの「飴と鞭」

2013年06月18日 14時43分57秒 | 職場人権レポートVol.2
  
 私の会社にも勤続表彰の制度があります。10年ないし20年の永年勤続者が皆の前で表彰されます。表彰されるのは社員だけでなく、契約社員などのバイトも対象になります。これまでも多くの人が朝礼で表彰され、表彰状と記念品が授与されてきました。この度、何とこの私が表彰される事になりました。ちょうど今年で10年勤続という事で、20年勤続の正社員の人と一緒に朝礼で表彰されました。
 私、俄かには信じられませんでした。ここに配属になってからまだ2年位しか経っていない私なんかよりも、もっと古い社員やバイトが幾らでもいるのに。それに、ここ数年は職場の労働条件を巡って、会社と争う事も多かったのに。しかし、配属先は今まで転々としつつも、雇用主はいずれも同じグループ会社なので、通算すれば私もちょうど今年で10年位になります。
 しかも、所詮はバイトなので、記念品と言ってもどうせ安物のタオルか何かだろうと思っていたのが、箱を開けてびっくり。ギフトのカタログだったのですから。贈答用の缶詰や酒や調度品や旅行券などが載ったカタログが箱の中に入っていました。いずれも注文は1回限りで、代金は会社持ちのようです。
 ギフトについては後で適当に選ぶとして、これを機に、これまでの今の会社の10年間のバイト遍歴をふり返ってみました。たかがバイトの人生でも、10年間もの歴史をふり返るとなると、そう簡単にはいきませんでした。予想外に手間取ってしまい、ようやく書き上げる事が出来ました。

 今の会社に就職したのは2003年5月28日です。当時は、それまで20年近く勤めた生協を2001年に辞めた後、特定求人(国が失業対策の一環として民間に業務委託して行っている半年~1年契約の仕事)も契約満了となり、次の新たな就職先を探している時でした。そこで今のグループ会社に採用となり、大阪市内某所の大手食品メーカーの物流センターに勤める事になりました。そこはマイナス25℃の冷凍倉庫で、そこに朝8時から午前中はバーコードで読み取り検品とフォークリフトでの格納、午後からは小口品の棚への補充の後、任意でピック(商品仕分け)作業の応援という一日でした。時給900円で当時は社会保険も交通費もなし。週2日の休みは交代で取得。
 マイナス25℃の寒さは半端ではありませんでした。厚手の防寒服に軍手も二重に装着して、それでも1時間おきに外に5分ほど出なければ身体が持ちませんでした。身体は冷え込み、手指もかじかんで大変でした。真夏でも、30分位は外にいても全然暑く感じませんでした。何かサウナにでも入っているような感じで、身体がポカポカして暖かかった。しかし、その後どっと疲れが出てくる。
 それでも結構楽しい職場でした。業務終了後にバイト同士でカラオケに行ったりもしました。人間関係も今までのバイトの中で一番良かったのではないかな。取扱い品目の主力がアイスクリーム関連だったので、夏はメチャクチャ忙しく、冬は逆にメチャメチャ暇。冬は、急な用事等で早く帰りたい人は、昼休みカットで13時まで働いて退勤。そうやって残りのメンバーの仕事を確保したりしてました。私は交通費も要るので大抵居残りのメンバーでしたが、早上がりのバイトと混同されて、計算ミスで給与が異常に低かった月もあった。そんな事があってから、毎月自分でも出退勤時刻をメモして給与の試算を始めるようになりました。翌04年1月には業務請負契約打ち切りでそこの仕事はなくなり、会社の方から従業員に次の配属先について打診がありました。
 インターネットもその少し前からやり始めていて、もうその頃には、今のこのブログの前身となるサイト・掲示板も運営していました。バイトの10年はネットの10年でもあったのです。当時は北朝鮮拉致問題やイラク戦争で世論が沸騰していて、掲示板にもそれに関する投稿が多く登場します。職場関連の投稿はまだ殆どありません。

 私の住んでいる近隣の市にあった大手ハンバーガーチェーンの物流センターが、私の次の配属先でした。そこに2004年2月9日から約4年間勤務しました。基本13時から大体5~6時間労働で、うち月4日位はフライオイルのバン出し(コンテナからの積み下ろし作業)で朝9時から勤務。短時間勤務なのでその分週休は1日だけ。時給900円の交通費なしは変わらず。但し、途中で別の業務も請負う事になり、勤務時間は大幅に増えて週休も2日に。社会保険もその頃から加入する事に。
 そこでは、これが大手のする事かと思う位、必要経費を切り詰めていました。物流センターとは名ばかりのボロ倉庫でした。元々、ただの貯蔵庫だった所を一部冷凍・冷蔵庫に改造して建て増ししただけのL字型の倉庫で、Lの底辺で荷受けした商品を、フォークリフトで縦の辺の部分に当る冷凍・冷蔵庫に格納していたのです。だから曲がり角の所でしょっちゅう渋滞していた。仕分け作業も、フォークリフトが後ろを行き交う通路の隅でやっていました。今から考えると、それでよく事故が起きなかったものだと思います。しかも手狭で、冷凍・冷蔵庫からあふれ出た分の仕分けは、真夏でも常温の倉庫でやっていました。仕分け時間そのものは約1時間位でしたが、よく食中毒を起こさなかったものだと思います。使用していたカゴ車も、今から思えばボロボロの不良品ばかりでしたが、当時はまだ「ここはこんな物だ」と諦めていました。その代り、倉庫の手狭さについては会社の社員によく愚痴っていた記憶があります。
 勿論悪い事ばかりではありません。所長が途中で交代し、前半の所長は今の所と同じ事なかれ主義のいい加減な男でしたが、後半は新任まもない所長で不手際も色々ありましたが、よく頑張ってくれました。社員もみんなの面倒をよく見てくれたし。品質管理は前述のようにムチャクチャでしたが、これはハンバーガーチェーンの体質によるもので、下請けではどうする事も出来ません。
 但し、そこも最初のマイナス25℃の冷凍倉庫と同様に、突然契約打ち切りで仕事がなくなり、次の仕事を紹介される事になります。事業所も閉鎖され、今はもうそこは更地になっていると聞きます。
 掲示板にもその頃から職場の愚痴がちらほら出てきます。その掲示板も、この時期の途中の2006年に、今のブログに切り替わります。当時は、小泉政権から第1次安倍政権に代わり、安倍首相が途中で政権を投げ出してしまった頃です。格差社会の問題が徐々に注目され出した頃で、「ワーキングプア」「蟹工船」「派遣村」などが流行語になっていました。

 3番目の配属先は、大阪市内の埋立地にある大手スーパーの物流センターです。そこには2008年3月4日から1年余り勤務しました。そこも今から考えれば結構古い倉庫でしたが、前のボロ倉庫よりは遥かにマシで、「さすが大手のスーパーだ」と逆に感動したのを覚えています。始業時間は一気に早くなり午前7時から。不便な所にある職場で、普通なら7時から出勤なぞ到底無理な場所でしたが、私の住んでいる市までわざわざ送迎用のマイクロバスが来るという事で、私の市の近隣から来ているパイト・パートも結構いました。しかし、そのマイクロバスも後半にはコスト削減で運行休止に。
 早朝出勤以外には特に職場に不満はありませんでしたが、唯一の例外が例の「森事件」。そこに出向に来ている派遣社員の森(仮名)という奴に、私が「殺すぞ」と言われていきなり羽交い絞めにされた事件です。ブログにも特別にカテゴリーを設けて記事にしました。自分は派遣だがずっと古くからそこで働いていたベテランなのに、新人の私に「タメ口」訊かれたのが癪に触ったとかで。私は別にぞんざいな態度でもなく「ごく普通に」接していただけだったのに。その森は暴行事件の後会社に来なくなりましたが、私は会社に抗議して、派遣会社の担当者に謝罪に来させました。
 その後、東京・秋葉原やマツダ広島工場でも派遣社員による無差別殺傷事件があり、同じ様な事が他でも起こっている事を知ります。同じ非正規労働者でも、会社に直接雇用されている請負の契約社員と社外の派遣社員の間にも差別があり、それに対する派遣社員の不満が会社には直接向かわず、同じ非正規の他のバイトに向けられる。企業はそうやって、同じ底辺の労働者同士をいがみ合わせて職場を支配する。そういうヒエラルキー(階層差別)の構造も徐々に見えてきました。
  

 4番目の配属先は、その大手スーパー物流センターの統廃合に伴い出来た新設の物流センターです。そこに2009年10月頃から11年2月20日まで勤務する事になります。そこで初めて「ショック・ドクトリン」に遭遇する事になります。
 「ショック・ドクトリン」と言うのは、震災復興やオリンピック開催を口実に再開発が強行されたり、オウムや911のテロを口実に監視社会化や言論統制が強められたりして、時の政権が災害・事故や犯罪対策を口実に国民を統制しようとする手法の事ですが、これは何も政治だけに限った事ではありません。企業も、事業所の統廃合やシステム変更を機に、労働者に対する統制を強めようとします。そもそも、事業所の統廃合やシステム変更自体が、企業の金儲けの為に行われるのですから、それに託けてリストラに乗り出して来るのは充分あり得る話です。
 その大手スーパーも、うちの様な下請けの請負会社同士を競わせて、一番コストの安い会社に業務を請け負わせようとして来ました。それに対してうちの会社は、仕事を切られまいと、非正規のバイトにそのしわ寄せをして来たのです。システム変更に伴うハンディ検品の導入や、今まで業者がやっていた牛乳の仕分けも我々がしなければならなくなったりと、仕事量が倍以上になったのに、時給は900円から880円に引き下げられました。仕出し弁当も、1食350円から400円に値上げされたのに、飯はメチャクチャ不味くなり、弁当持参やコンビニ弁当に切り替える人が激増しました。
 その挙句に、必要備品のドーリー(台車)も発注されなくなり、ドーリー不足の為に、カゴ車からドーリーに重い商品を積み替えなければならなくなりました。うちの会社は奴隷根性丸出しで、備品の手配もまともにスーパーに要請せず、そのしわ寄せを全てバイトに押し付けて来ました。それで私はとうとう怒って、そこにはバイトの組合もありませんでしたが、個人加盟の地域労組に加盟して、ドーリー発注を会社に要求したのです。それを職場新聞(実際はブログ記事のコピーだが)に書いて送迎バスの待ち時間に停留所で配布したりもしました。
    
 その上、2011年度からは契約時間数も減らされるに及んで、もう今の部署ではやっていけないと、契約更新面談の際に異動希望を申し出ました。それまでも手取り額では月15万円を切っていたのに、これ以上減らされたらバイトしている意味がない。それも実際に仕事がないならまだ諦めもつくが、仕事は依然として山ほどあるのに、大手スーパーからの業務委託料(人件費)削減のせいで、無理やり勤務時間も収入も減らされ、逆に仕事は余計にきつくなるわでは、もうアホらしくてやってられるか。

 という事で、5番目の配属先として、別の大手スーパーの物流センターに2011年2月21日から勤務する事になります。それが今の勤務先です。ここではもう鳴りを潜めて大人しくしておこうと思っていましたが、昨年7月の退勤まぎわに、まともな説明もなく有無を言わさず残業させられたのに頭にきて、サービス残業是正や労働条件の改善要求を他のバイトに呼びかけようとしたら、それが会社側に発覚して顛末書を書かされる破目に。そういう「すったもんだ」を経て今に至っています。
 世の中は、自民党から民主党に政権交代するも、その後も自民党政権とさして変わらず、次第に幻滅が広がっていった末に、5番目の配属先に異動して間もなく、東日本大震災と福島原発事故が起こり、反原発運動が広がったものの、世の中を変える事が出来ないまま、また元の自民党政権に逆戻り、という時代の流れの中での職場の動きでした。
 そして、今の職場でもシステム変更に伴う改修工事が進められています。この7月10日位からは作業内容がガラッと切り替わります。今の所はまだ、以前の「ショック・ドクトリン」で経験したような賃金・労働条件切下げの動きはありませんが、システム変更自身がコスト削減を目的にしている以上、その可能性は充分考えられます。せっかく10年勤続表彰して貰っておいて、こんな事を言うのも何ですが、退職金やボーナスの代わりで済ます事が出来るなら安い物です。そんな金があるなら、「軍手を支給してくれ、床の傾斜も早く直してくれ」「この前のバイト同士による労災絡みのトラブルも、元はと言えば会社側の安全管理の手落ちが原因なのに、知らん顔するような無責任な態度を取るな」と言いたいです。
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ウェブ署名第2弾:原爆被曝再現人形を撤去するな!

2013年06月14日 08時12分47秒 | 戦争・改憲よりも平和・人権
※脱北者救援、生活保護削減反対に続くチェンジ・オルグのウェブ署名第3弾です(ブログで紹介するのは2回目なので表題もそれに合わせました)。私はもう署名しましたが、他の方にも呼びかけて欲しいという事なので、当該メールを以下転載します。


広島平和記念資料館に展示されている「被爆再現人形」の撤去見直しを求め、広島に住む勝部晶博さんがキャンペーンを始めました。

無防備なまま原爆の熱線により全身を焼かれ、瓦礫の中を彷徨う被爆者の姿を再現する人形。 広島平和記念資料館の「生死の境をさまよう」被爆再現人形の展示は、40年に渡って、非核・反戦を訴えてきました。

人形を見たことのある方は、「子ども達をこんなむごい目に遭わせたくない」「戦争なんか嫌だ!核兵器なんか要らん!」、そういった気持ちを抱かれませんでしたか。それは多くの被爆者があの人形に託した想いが、伝わっている証しです。

しかし広島市は、広島平和記念資料館の展示を「実物」にこだわった内容に改装するために、「被爆再現人形」を撤去しようとしています。

私は、その撤回の見直しを求め、Change.orgでキャンペーンを開始しました。

私はヒロシマに育ち、幾度となく、人形のある資料館へ足を運び、8月6日には平和記念式典に参列しました。我が子をヒロシマの子として育てるために、子どもの手を取り資料館へと通っています。遺品や遺物、説明文を上手く理解できない子ども達に、あの人形を手掛かりに一生懸命ヒロシマを教えてきました。

キャンペーンを開始してから、人形の必要性を感じている方がとても多いことが分かりました。既に2000筆以上の署名が集まり、多くのメディアに取材されています。そして先週、Yahoo!ニュースにて意識調査が行われ、2万6千人以上の回答から、いずれかの方法で展示継続を求める声が合計で84%に上りました。

広島市と資料館も、人々の声に耳を傾けざるを得ません。「被爆再現人形」の展示存続を求めるキャンペーンへ、一人でも多くの方にご賛同いただけますよう、ご協力お願い致します。

たかがプラスチックの人形ですが、被爆者の大事な遺品や罹災体験に並ぶ、ヒロシマの大事な資料です。受け継ぐ側へと育ってゆく子ども達のために、全ての展示に最大の配慮がいただけるよう願っております。

皆様のご支援に心から感謝いたします。

勝部 晶博 広島市

参考資料

Yahoo!ニュース意識調査(調査期間:6月6日~6月16日)
http://polls.dailynews.yahoo.co.jp/domestic/9302/result

毎日新聞
http://mainichi.jp/area/news/20130606ddf041040015000c.html

中国新聞
http://www.hiroshimapeacemedia.jp/mediacenter/article.php?story=20130607101327200_ja

広島平和記念資料館展示整備等基本計画
http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/0000000000000/1278924556749/index.html

本活動のFacebookページ
http://www.facebook.com/pages/被爆人形撤去に反対する広島平和記念資料館/164733227017098
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カジノ問題と新自由主義

2013年06月11日 20時45分40秒 | 反ハシズム・弱い者虐め
  

 以前の記事で紹介したカジノ問題のシンポジウムに6月9日行ってきました。シンポを主催したのは「カジノ問題を考える大阪ネットワーク」という団体で、依存症問題対策全国会議の弁護士・精神科医や、多重債務問題に取り組む市民団体「大阪いちょうの会」の家族・活動家の方から、多くの示唆に富む発言がありました。そして、会場となった大阪・森ノ宮のアネックス・パル法円坂のホールには約130名の聴衆が詰めかけ、シンポは盛況のうちに終わりました。以下、その様子をかいつまんで報告します。

 シンポは13時半から、開会挨拶の後、滝口直子・大谷大学教授の基調講演で始まりました。講演の内容は、カジノ誘致を巡る動きや外国のカジノ視察報告が中心で、パワーポイントの資料で丁寧に説明もしてくれたのですが、どの資料も文字がぎっしりで余白が殆どなく、メモをどこに取ろうか考えあぐねているうちに、時間だけが経ってしまいました。おまけに、話が多岐に渡り、私はそれに付いていくのが精一杯で、途中で睡魔に襲われウトウトとしてしまう時もあり、余り話の内容を理解できたとは言えませんでした。しかし、それは会場販売で購入した書籍やDVDからの知識で、後で充分補う事が出来ました。
 その後、シンポジウムはギャンブル依存症だった方やその家族の体験談、「ギャンブル・オンブズマン」という団体の事務局をやっておられる井上善雄弁護士からの情勢報告、藤井望夢さんという精神科医の方からの体験談、休憩を挟んで会場からの質疑応答という流れで、16時半に終わりました。

 その中で最も印象に残っているのは、ギャンブル依存症だった方からの「依存症は回復するが完治はしない」という訴えでした。これはどういう事かと言うと、「一旦依存症に罹ってしまうと、それ無しにはおれない身体になってしまう」、つまり禁断症状に苦しむようになってしまうという事です。最も分かりやすいのがアルコールや薬物などの物質依存の場合で、禁断症状の苦しみから逃れる為にまた手を出してしまう。どうにか克服して禁断症状を抑える事に成功しても、また何かのきっかけで再発してしまう。
 これはギャンブル依存症などの行為依存の場合も同じで、ギャンブルをする事で脳から刺激物質のドーパミンが異常に代謝されるようになり、それ無しにはおれない身体になってしまうのです。どうにか克服して異常代謝を抑える事が出来ても、一旦そういう刺激の伝達回路が脳内に形成されてしまうと、またいつ何かのきっかけで再発しないとも限らないのです。これは病気なので、本人の意志でどうにか出来るものではありません。寧ろ、薬物中毒のように身体がボロボロにならず、歯止めが効かない分だけ、余計に性質が悪いとも言えます。

 「私らは身体の中に爆弾抱えながら地雷原の中を歩かされている」「いつまた異常代謝の爆弾のスイッチが入るか分からない中を、自助グループの仲間と励まし合いながら、地雷原から脱出しようと必死にもがいているのに、カジノ特区か何か知らんが、再び地雷原に誘い込むような真似なぞしないでくれ!」―これが、ギャンブル依存症だった方からの心の叫びです。

 後は会場で購入した書籍・DVDから得た知識も交えてまとめます。書籍は岩波ブックレットの「ギャンブル大国ニッポン」、DVDはジャーナリストの若宮健さんによる韓国・マカオのカジノ視察報告。いずれも安価で手軽に読める、非常に分かりやすい資料です。それによると、日本には確かにカジノはありません。賭博も違法とされています。しかし、その代わりにパチンコ産業が、毎年20兆円近い売上を記録し、1万軒以上もの店舗が国内にひしめき、世界のゲームマシンの6割以上を抱えるまでになっています。その他にも、公営ギャンブルも6種類を数える中で(競馬・競輪・競艇・オートレース・スポーツ振興くじ・宝くじ)、2010年の厚労省の調査では、成人男性の9.4%、女性の1.6%に病的ギャンブラーの疑いがあるという、「ギャンブル大国」の実態が明らかになりました。ギャンブル依存症による自殺・殺傷事件や借金苦が今も後を絶たないのに、警察は「パチンコは一時的娯楽を楽しむ遊技施設で、景品交換を介しているから賭博ではない」と事実上パチンコを容認し、マスコミもCM広告欲しさに追及は及び腰です。今でも充分「ギャンブル大国」なのに、この上まだカジノを誘致する必要がどこにあるのでしょうか。実際は違法なのに形だけ合法を装うのも、橋下慰安婦発言の構図と全く同じ。

 カジノ推進派は貧困ビジネスのイメージ払拭の為に、盛んに「カジノ=大人の社交場」と宣伝しています。確かに、元々カジノとはイタリア語で「小さな別荘」を意味する様に、昔は貴族の遊びでした。しかし、大衆化した今のギャンブルでは、食い物にされるのは貴族(大金持ち)よりも多くの庶民です。例えば、韓国に17ヶ所あるカジノの内で、唯一韓国人も利用できる江原道のカジノは、炭鉱閉山後の代替産業として鳴物入りで誘致されたものの、今や乗ってきた車も質草に取られる賭博中毒者の吹き溜まりと化しつつあります。このカジノには、毎月15日以上も通い続けるとギャンブル中毒と見做され紹介される併設の矯正施設がありますが、毎日30人近くもそこにお世話になっているのです。地域には3千人近い浮浪者があふれ、毎年5~10名もの自殺者が出るとの事。この荒廃ぶりは、主に中国本土や外国人観光客相手のマカオのカジノも同じで、香港からマカオへ渡るフェリー発着所は、今や売春婦の吹き溜まりと化しつつあります。

 シンポジウムでは、電車の車体にパチンコチェーンの広告がデカデカと描かれた、大阪のラッピング車両の話も出ました。前述の岩波ブックレットにも載っています。それによると、大阪市営地下鉄御堂筋線や泉北高速鉄道、南海バスの車体に、延田グループやアローなどの大手パチンコチェーンの広告が描かれているとの事。私もそれらの路線はよく利用するので、その広告は何度も見ます。南海電鉄の系列に多いのは、橋下がカジノを舞洲に誘致し、関空とリニアで直結する構想を抱いているので、恐らくそのお零れにあやかろうとしているのでしょう。儲かるのはゼネコンのみ。
 韓国カジノ視察のDVDにも、「カジノが出来て、ソウルと高速道路で結ばれ便利になった」と土建業者が発言するシーンがあります。儲かればそれで良い。後は野となれ山となれ。

 目先の欲に目が眩んで誘致したものの、建設業の一部が少しお零れにあやかれるだけで、思ったほどの雇用効果もなく、却って地域は廃れ治安も悪化。まるで日本の原発銀座を彷彿とさせる話です。とにかく自分さえ儲かれば良い。それで人がどれだけ不幸になろうが知ったこっちゃない。カジノは、正に新自由主義の象徴、貧困ビジネスの最たるものです。
 カジノにご執心なのは別に橋下や石原だけではありません。安倍や麻生や竹中も、IR(カジノ)議連の一員として、カジノを成長戦略の要と位置付けています。そして、木曽祟などの御用学者を動員し、「リスクも上手く使いこなせ」「国民を勝負師にしろ」と発破をかけます。胴元だけが儲かり後は全員損する仕組みに最初からなっているのに、何が「上手く使いこなせ」「国民を勝負師に」か。こんな「自分さえ儲かれば良い、それで人がどれだけ不幸になろうが知ったこっちゃない」というようなビジネスモデルの中では、ごく少数の詐欺師だけが生き残り、大多数の人間は詐欺師のカモにされるだけです。

 日本人や韓国人は、西欧人よりもギャンブル依存症になる人の比率が高いそうです。西欧人が2~3%に対し、日本人や韓国人は8~9%。前述の厚労省の調査結果とも符合するデータです。その理由は未だ分かりませんが、近代以降の消費者教育の未発達によるものではないかという気がします。
 それが証拠に、日本では今でも、余り金の話をすると「はしたない、嫌らしい」と言われるでしょう。就職の際の面接でも「余り賃金や待遇の事をしつこく聞くな」と。それを「武士は食わねど高楊枝」みたいな精神論とセットで言われたりする。そのくせ、橋下みたいな輩から「勝負から逃げるのか」と言われると、もう何も言い返せなくなるような所もある。
 これ、どちらもおかしいと思います。賃金や労働条件について問い質すのは当然の権利です。また、幾ら「勝負から逃げるのか」と言われても、不公正取引は断固拒否すべきです。本当の消費者教育とは、金の話を遠ざけたり、逆に依存症や金の亡者になる事ではなく、金(資本主義)の仕組みを裏も含めて正しく知り、搾取や不公正を是正する力を身につける事です。そういう教育が徹底して行われるようになれば、ギャンブル依存症に陥る人も、今よりもっと減るのではないでしょうか。

ギャンブル大国ニッポン (岩波ブックレット)
クリエーター情報なし
岩波書店
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ブログに画像をアップ出来なくなった

2013年06月09日 05時31分11秒 | 当ブログと私の生い立ち
 数日前から、今までパソコンに保存していた画像がブログにアップロード出来なくなりました。但し、「出来なくなった」のは既存の画像だけで、これからアップロードする分についてはどうやら可能のようですが。

 
 パソコンから直接ライブラリの中のピクチャフォルダを開くと、身辺雑記やら鉄道やら反原発やらのカテゴリー別に整理された自分の撮影写真(上記の画像ではNO NUKESの横断幕)を自由に見る事が出来、画像編集も可能なのに、

 
 いざ、ブログの編集画面でピクチャフォルダの中の画像ファイルをアップロードしようとすると、元からパソコンにインストールされている壁紙用などのサンプルピクチャのアイコンしか表示されず、その他の今まで自分が撮影した写真などのファイルがアップロード出来なくなってしまいました。

 当初は、パソコンから直接開くと自分のピクチャファイルが自由に閲覧・編集可能なので、ブログサーバー上での不具合によるトラブルだと思い、レンタルブログ運営会社(gooブログ運営元のNTTレゾナント)事務局に問い合わせのメールを送りました。しかし、やがてミクシイにも画像がアップロード出来なくなっている事が分かりました。どうやら、数日前にブログを更新した際に、誤ってライブラリの中のファイルをどれか削除してしまったようです。もっとも、トラブルの原因は未だ不明なので、NTTレゾナントの方でも調査は進めて貰っていますが。

 ライブラリというのは、Windows7になって備わった機能で、パソコンのドキュメントフォルダの中にある、ワードやエクセルで作成した文書・データや、ピクチャフォルダの中にある写真・画像ファイルなどを、ウェブ上にアップロードする為の仮想フォルダです。文書・データや写真・画像などのファイルを、一旦そこに移した上でウェブ上にアップロードする仕組みになっています。それが、ファイルが実際にはライブラリの中にあるのに、アップロードの際には表示されず、ウェブ上にアップロード出来なくなってしまっているのです。

 その解決策をネットで調べ、「既定のライブラリを復元する」という機能を使って、ライブラリ上にこれまで保存したファイルを復元しようとしましたが、どうも上手く行きません。確かに、ライブラリ上には、これまで保存したファイルが格納されている筈のドキュメントやピクチャなどのフォルダのアイコンも表示されるようにはなりましたが、それらのアイコンを幾らクリックしても、中にある筈のファイルが全然表示されません。謂わば「空のフォルダ」だけが表示されている状態です。

 後は、誤って削除してしまったとされるファイルを、パソコンの「ごみ箱」の中から探し出して来て、再び元のドキュメントやピクチャに戻す以外にないのですが、純粋の「ごみ」と「元に戻すべきファイル」の区別がつかず、困っています。
 Windows7以前のバージョンでは、確か「システムの復元」機能があった筈なので、それを使ってみようと思いますが、それでもダメなら、もう今まで保存したファイルのアップロードは諦めて、これから保存するファイル(新たに作成した文書・データや写真・画像)のみ、ウェブ上にアップロードする事にします。今まで保存したファイルは、主要な物は既にブログなどにアップロードしているので、そこから探し出せば済む事ですから。

 でも、一々探し出すのも面倒なので、出来ればいつでも再アップロード出来るように、ライブラリに今までのファイルを表示させたいのですが、果てさて、どうしたら良いものか。
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ウェブ署名第1弾:生活保護制度を改悪するな!

2013年06月07日 17時59分22秒 | 一人も自殺者の出ない世の中を
 以前、確か脱北者救援のキャンペーンだったと思いますが、チェンジ・オルグの署名に協力した事がありました。チェンジ・オルグ(Change.org)とは、私もその時に初めて知ったのですが、【あなたの「変えたい」気持ちを形にする、ソーシャルプラットフォームです。どんなに小さな「チェンジ」でも、社会を変えたい思いを持つ人を応援し、勇気づけ、少しでも早く、より簡単に彼らの思いを届けることが可能な社会を作っていきます。】という事で、謂わば「チェーン・メール形式で、誰でも気軽に発信でき広げていく事の出来る、新しい形の社会運動」のようです。
 そこでは他にも様々な取り組みがされており、つい最近も下記のキャンペーンがメールで送られてきたので私も署名しました。本来、基本的人権として誰にも保障されるべき「人間らしく生きる権利」を、さも「国が憐れんでやってんだから、ギリギリまで我慢しろ、どんなに貧弱な制度でも文句を言うな、どんな酷い仕事でも黙って働け」みたいな形に改悪されたのでは堪りません。江戸時代の「生類憐みの令」じゃあるまいし。我々は犬猫ではない。その声を周囲にも広げて欲しいとの事ですので、皆さんも是非ご協力を宜しくお願い申し上げます。


宛先:厚生労働大臣 田村憲久殿、内閣総理大臣 安倍晋三殿 

生活保護法改正法案と生活困窮者自立支援法の廃案を求めます。

発信者 大西 連 日本

生活保護法の一部を改正する法律案(以下「改正案」と称す)、生活困窮者自立支援法(以下「新法」と称す)が今国会にて可決、成立されようとしています。

改正案:http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/soumu/houritu/dl/183-45.pdf
新法:http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/soumu/houritu/dl/183-49.pdf

改正案に関しては問題点が非常に多く、与野党での修正協議もおこなわれました。
しかし、修正されたのはほんの一部のみで、一番の問題点である「扶養義務の拡大や強化」に関しては、修正されず原案のままです。
またその他にも、後発医薬品の原則義務化(34条3項)、生活上の責務の規定(60条)、返還金の徴収金額の上乗せや事実上の天引き(78条)、罰則規定の強化(85条及び86条)、廃止理由の緩和(28条5項)などの、大きな問題点が何ら言及されることなく、成立してしまいます。
この改正案は、本来生活保護を必要とする人に申請をためらわせてしまったり、委縮効果を与え、スティグマ性(制度利用を恥だと思わせてしまうこと)を高めてしまいます。

また、新法に関しては、そもそも修正協議の俎上にものぼりませんでした。新法は生活困窮者が生活保護利用にいたらないように、その手前にセーフティネットを作ることを目的としていて、改正案と合わせて生活困窮者支援の体系化を目指すものです。
しかし、新法が提唱する「自立支援」は就労ベースに依拠したもので、さまざまな要因によって生活困窮された方の、個別の状況に応じたセーフティネットとは言い難いものです。
そもそも、生活困窮にいたる要因は雇用状況や労働環境、他の社会保障の不備や家族からの暴力など、本人の資質によらない社会的な問題が背景にみられます。
それらの解決をはかるのではなく、本人の「自立支援」を目指していくことは、本末転倒なことでしょう。

これらの法案は、社会保障のベースを根底からそぎ落とし、困難な状況にある人の「いのち」を切り捨てるものです。
本当に多くの問題点があるのに、丁寧に議論されることはなく、こんなにも簡単に、そしてあまりにも拙速に、密室での議論によって決められようとしています。
貧困の実態、当事者の生活、現場からの提言を無視して、私たち一人ひとりの声を聞かずに決定しないでください。
改正案と新法の廃案を強く求めます。

なお、賛同していただける方のなかで、お名前をここに載せて良い方(呼びかけ人になってくださる方)を募集しています。以下にご連絡ください。

ohnishiren@gmail.com

多くのみなさまのご協力、よろしくお願いします!

https://www.change.org/ja/%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%83%B3/%E7%94%9F%E6%B4%BB%E4%BF%9D%E8%AD%B7%E6%B3%95%E6%94%B9%E6%AD%A3%E6%B3%95%E6%A1%88%E3%81%A8%E7%94%9F%E6%B4%BB%E5%9B%B0%E7%AA%AE%E8%80%85%E8%87%AA%E7%AB%8B%E6%94%AF%E6%8F%B4%E6%B3%95%E3%81%AE%E5%BB%83%E6%A1%88%E3%82%92%E6%B1%82%E3%82%81%E3%81%BE%E3%81%99?utm_source=action_alert&utm_medium=email&utm_campaign=26195&alert_id=bMqsExNGDo_yMqCSvunbk
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うたごえ運動の新たな可能性

2013年06月04日 22時10分12秒 | 身辺雑記・ちょいまじ鉄ネタ
    

 さる6月1日に、私がかつて研究生として所属した「うたごえ合唱団」の第何回目かの同窓会が、大阪府下某市の街中にある喫茶店でありました。「かつて所属した」と言っても、もう30年ほども前の事。同窓会自体も、それまで全然なかったのが、5年ほど前に、かつての仲間同士が偶然再開したのを機に、再び開催されるようになったものです。会場となった喫茶店も、元団員の女性が店主として切り盛りしているお店です。私は、第1回目の同窓会こそ出席したものの、その後は仕事の都合などで日程が合わず欠席が続いていました。今年の同窓会も、当初はどうしようか迷っていましたが、司会者の方からのたつての勧めもあって、久しぶりに参加する事にしました。

 上記中央の写真がその時に店内で撮った写真です。この他にも、そこには写ってはいませんが、もう数人が会に参加していました。
 その横の右端の写真は、そこから遡る事約30年前の研究生現役時代に、レクレーションで金剛山に冬山登山に行った時に撮ったものです。当時のアルバムの中から見つけました。中央の同窓会店内写真の、右端2名・左端1名の男性、真ん中左側女性の計4名が、右端の冬山登山写真にも写っています。それぞれ4名の誰それが右端の過去の写真と同一人物か、果たして分かるでしょうか?

 当日の同窓会には10人ほどが集まり、互いに旧交を温めあいました。学校の先生から副校長になった人や、大手電機メーカーを退職して年金生活に入った人もいる反面、今も地域のサークルで頑張っておられる方も何人かおられて、昔話に花が咲きました。その一方で、私以外にも親御さんが既に他界していたり、介護で参加出来ない人も少なからずおられて、時の流れを感じさせられたりもしました。
 研究生仲間の一人が持ち寄った「うたごえ」のDVDでみんな一緒に歌おうとしましたが、DVDがうまくかからず、アカペラで歌集の歌を何曲か歌って、その日はお開きになりました。「うたごえ」の曲を歌うのはもう数年ぶりですが、やはり昔取った杵柄、アカペラでも結構様になっていたと思います。

 ところで、その「うたごえ」の曲ですが、50年代に労働運動の中から歌い継がれるようになった「地底の歌」「インターナショナル」などの、今の感覚からすれば「濃いキャラ」の労働歌・革命歌が、私が学生時代に参加し始めた70年代から80年代にかけての頃には、既に余り歌われなくなっていました。丁度、学生運動が徐々に衰退に向かい、それに代わって「総中流時代」や「ポストモダン」が流行語になりつつあった時期です。それに伴い、「うたごえ」の曲も、「宇宙戦艦ヤマト」などのテレビ主題歌や「離陸準備完了」などの青春歌曲がよく歌われるようになっていたように思います。その後、反核運動や国鉄分割民営化との闘いなどが盛り上がる中で、「広島のある国で」「俺たちのシルクロード」などの新しい曲が広まったりもしましたが、「うたごえ」運動自体は、50年代の興隆期とは比べ物にならない位、その影響力は限られたものになってしまいました。

 しかし、では「うたごえ」の曲は存在価値を完全に失ってしまったのかと問われれば、それは違うと思います。ここからは、あくまで私個人の感想ですが、かつてのようなソ連や北朝鮮美化につながる様なロシア民謡や「平壌は心のふるさと」などについては、流石に違和感の方が強いものの、その一方で、80年代以降の「うたごえ色」「生活臭」希薄な曲にも、何か今の自分とは別世界みたいな感じを受けます。それと比べたら、かつて疎んじた50年代のストレートな労働歌・革命歌の方が、寧ろ今の非正規労働や「蟹工船」「ブラック企業」の現実に、より近いように感じます。

 何故そう思うのか。50年代の労働歌・革命歌や、60年代学生運動華やかなりし頃に流行った反戦フォークや、70~80年代以降の「うたごえ」色希薄な歌も、歌に込められた思いはそんなに変わらない筈です。最後の「うたごえ」色希薄な歌にしても、友情や連帯を求めているという点では、それまでの歌ともそんなに変わらない。ただ、歌詞の内容が余りにも大人しすぎて、今の自分には却って物足りないという思いの方が強いですが。但し、「教科書的」「建前過ぎる」という意味では、50年代革命歌も80年代流行歌も「どっちもどっち」ですが。
 今は寧ろ、50~60年代のプロテストソングとはまた違った形式の、新しいプロテストソングが求められているのではないかという気がします。そんな事を、同窓会の後にふと感じたので、ここに書いておく事にしました。

「ケサラ」 自由の森学園 2012合唱


 ♪ケサラ 

1おさえきれない 怒り  こらえきれない 悲しみ
 そんな事の繰り返しだけど 決して負けはしないさ
 ※ケサラケサラケサラ 僕たちの人生は 平和と自由求めて 生きていけばいいのさ

2泣きはらした夜 迎える朝のまぶしさ
 涙の乾く時はないけど 決して倒れはしないさ
 ※(繰り返し)

3いつも思い出すのさ 自由のために死を選んだ
 グエンバンチョイ・ジョーヒル・ビクトルハラを 決して忘れはしないさ
 ※(繰り返し) 

うたは自由をめざす! / SOUL FLOWER UNION


 ♪うたは自由をめざす!  

ちらばって うたは自由をめざす
混ざりあって うたは自由をめざす
傷つけあって うたは自由をめざす
手を取りあって うたは自由をめざす

デタラメだらけの神々 家畜の歌合戦
世界の終わりのはなしが 茶の間に花そえる
ゲットーから うたは世界をめざす
戦場から うたは自由をめざす

這いつくばって うたは自由をめざす
こんがらがって うたは自由をめざす
とっちらかって うたは自由をめざす
体を張って うたは自由をめざす

デタラメだらけの神々 家畜の歌合戦
世界の終わりのはなしが 茶の間に花そえる
ゲットーから うたは自由をめざす
戦場から うたは自由をめざす

路地裏から うたは自由をめざす
ドヤ街から うたは自由をめざす
傷つけあって うたは自由をめざす
手を取りあって うたは自由をめざす

バグダッドで うたは自由をめざす
ノース・コリアで うたは自由をめざす
辺境から うたは自由をめざす
バビロンから うたは自由をめざす

陽気に生きようこの人生をさ


 ♪陽気に生きようこの人生をさ 

1やけに寂しそうな顔をしてるじゃないか 僕たちの人生ってそんなはずじゃないぜ
 たとえ今日が寂しすぎても 涙をふこうよ 明日のためにさ
 ※夢が夢があるから 歌おうじゃないか もっともっと陽気にさ僕たちの人生をさ

2やけにしょぼくれた顔をしてるじゃないか 僕たちの人生ってそんなはずじゃないぜ
 たとえ一人でしょぼくれたって 僕らの人生変わりはしないさ
 ※(繰り返し)

3やけにむなしそうな顔をしてるじゃないか 僕たちの人生ってそんなはずじゃないぜ
 たとえ今日が闇の中でも 陽気に生きようこの人生をさ
 ※(繰り返し)

446 & SHINGO★西成 / 「生きる」っていうこと 【MV】


 ♪「生きる」っていうこと

「生きる」っていうことは なんて素晴らしいことや!
この場所この時間を今これからも大切にしないか?
「生きる」っていうことは ホンマ苦しいことやけど
こんな楽しいことがあるならもう一度信じてみようか?

Yo!天に召されたあなたへ あの頃の夢まだDay by Day
Get Busy SUNDAY to MONDAY 時に不安で不安定
昔悪い事よくたくらんで 思い出お前はガクランで
加速したOne way お別れの時間で

フライ フライ クライクライ
スマイル スマイル トライトライ

Fight come again Him teach mi come again
何度でも come again Dear my friend Dear my friend

後ろに十字架となえよ
Peace & Love & Unity

「生きる」っていうことは なんて素晴らしいことや!
この場所この時間を今これからも大切にしないか?
「生きる」っていうことはホンマ苦しいことやけど
こんな楽しいことがあるならもう一度信じてみようか?

ヤなことはなぁ~ 腹からなぁ~
笑ったらなぁ~ どっかにとんでった!
悩んでたことなんて「アホらしい・・」って
言える日きっとくるよ!

Get high!high!
は~い!人に産まれて何年目? 最高なら手を上げて(hands up!)
失恋も失敗もあんねんで!すぐにあきらめたらなアカンねんで!
でもこころがセミのぬけがらならば たまにはなグダグダ・・・お前の変わりはない
「まいど」一言でお前がな・・・ しんどいか?元気か?ってわかるがな!
死ぬまで生きるこれがテーマ ジュージュー熱くする We're鉄板
ホンマ泣きたい時泣いたらええやん(ええやん) しがらみあっかんべーや!
ウーファー!積み上げならす現場! お前のそばにおってええか?(Yeah)
こんな俺も歌ってええか?(Yeah) ほな一緒に歌ってぇや!Singing!

「生きる」っていうことは なんて素晴らしいことや!
この場所この時間を今これからも大切にしないか?
「生きる」っていうことはホンマ苦しいことやけど
こんな楽しいことがあるならもう一度信じてみようか?

「愛してる・・・これからも」お前が「好きやねん」って言葉
ずっと言えたらええなぁ・・・明日をもう一度信じてみようか?
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6月9日大阪でのカジノ問題シンポジウムのご案内

2013年06月03日 22時46分14秒 | 反ハシズム・弱い者虐め
※今度の日曜日(6月9日)に下記のシンポジウムがある事を知りました。当日は私は12時まで鍼灸治療があるので、時間的には少しタイトなスケジュールですが、何とか参加したいと思っています。以下、ブログ旗旗さんのニュース告知欄から。


カジノは私たちを幸せにするか?
暮らしは 街は 経済は
大阪府/市がカジノ建設のため予算を組み、国会はカジノ合法化の動き

https://www.facebook.com/KajinoWenTiwoKaoeruDaBannettowaku
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カジノ議連が今年の秋にカジノ法案を議員立法で成立を目指す動きになっています。しかしちょっと待ってください。カジノが本当に地域経済の振興に役立つのか、またカジノが国民に及ぼす影響について、一度考えてみませんか。ぜひ、おこしください。

◆日時:2013年6月9日(日)午後1時30分

◆場所:アネックス・パル法円坂なにわのみやホール
 大阪市中央区法円坂1-1-35A棟7F
 JR環状線 森ノ宮 徒歩 10分
 地下鉄中央線 森ノ宮 2番出口 徒歩 8分
 地下鉄谷町線 谷町四丁目 徒歩 8分
 地図:http://www.zaidan.or.jp/access.html

◆参加協力費:500円

◆主催:カジノ問題を考える大阪ネットワーク
 構成団体:カジノ「誘致」を考える会/大阪いちょうの会/
 依存症問題対策全国会議/大阪教育文化センター
 連絡先:大阪いちょうの会(06-6361-0546)

<メインパネラー>

大谷大学文学部教授滝口直子さん。
滝口さんはギャンブル問題を抱える家族のための支援・教育を京都、大阪で提供し、西日本各地での自助グループ記念行事や京都府の精神保健福祉総合センター、大阪市こころの健康セミナーなどでギャンブル依存症についての講師を務めていらっしゃいます。また、地域経済問題から見たカジノについても深い見識をお持ちです。

<カジノ問題を考えるシンポジウムのご案内と参加のお願い>

新聞報道によりますと、カジノ合法化法案が秋の臨時国会に提出される動きが急になっています。日本でカジノが解禁になれば、娯楽・観光の発展、雇用拡大、経済活性化につながるというのが、推進勢力の主張です。

国会議員で構成している通称「カジノ議連」に加盟する議員は、自民党、民主党など幅広い政党から計140人(共産党と社民党の議員は不参加)。議連の最高顧問には安倍晋三氏、麻生太郎氏、石原慎太郎氏、小沢一郎氏などが名前を連ねています。

しかし、すでにパチンコ依存症が国内に200万人、家族も含めると500万人がギャンブルに苦しんでいる日本でカジノが解禁されれば、自殺、犯罪、家庭崩壊、地域破壊が進むことは、韓国の例でも明らかです。

そこでパチンコ業界から献金をもらい、カジノをすすめる動きに対し、「カジノ問題を考える大阪ネットワーク」がシンポジウムを開催します。

「世界のカジノは景気回復に役立っていない」「ギャンブル依存は自己責任ではない」「行政が公営ギャンブル経営して市民生活破壊に手を貸している現実」を専門家が、当事者と家族の方がその苦しみを語ります。
今回の企画をお知らせいただきたくお願いするしだいです。
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