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尖閣諸島は沖縄人のものだ

2010年09月26日 19時07分03秒 | 反改憲・戦争協力
■まずはじめに

 ちょうど前号の沖縄エイサー祭りの記事を書いている時に、尖閣諸島での中国漁船による領海侵犯事件が起き、やれ「中国では反日世論が盛り上がっている」だの「日本も対抗して軍備増強に着手しなければならない」なぞという意見が、マスコミを通して盛んに流されました。私はすぐにピンと来ましたね。「今、沖縄で盛り上がっている普天間基地撤去の運動に冷水を浴びせかける為の情報操作だな」と。
 だって冷静に考えたらそうじゃないですか。尖閣諸島の領有権を巡り日本と中国・台湾が対立しているのは事実ですが、それで本当に戦争にでもなってしまったら、三国とも元も子もなくなってしまうだけではないですか。第二次大戦前のブロック経済の時代ならいざ知らず、これだけ経済の国際化や資本の多国籍化が進んだ現代の東アジアでは、戦争で得する国なんてどこもありません。だから尖閣諸島に関しては日中間では領土問題は棚上げ・継続協議でガス田共同開発の話も進んでいたし、今回の事件でも米国が介入して船長釈放という曖昧な形での決着となったのでしょう。
 しかし、それでは日米の軍需産業や防衛族議員は収まらないし、中国の方でも一旦火がついた反日世論を鎮めるのは難しい。だから船長釈放後も中国は虚勢を張り続け、「死の商人や政治家たち」も今回の事態を軍拡や憲法改正に向けての世論作りにしきりに利用しようとしているのでしょう。

 勿論、中国とて完璧な国家ではありません。全面戦争は流石に避けるでしょうが、日本みたいな属国には高飛車に出てきます。それは何も中国だけではありません、台湾・ロシア・米国とてみな同じです。その中で日本は戦後ずっと米国の属国としてやって来た。せっかく平和憲法で高邁な理想を掲げながら、それを北欧諸国のように実際に実行に移すだけの意欲もノウハウも全然積んで来なかった。これは米国がそれを許さなかったからですが、それに甘んじてきた日本自身の問題でもあります。
 これでは足元を見透かされて当然です。では平和国家として今からでも遅まきながらその意欲やノウハウを積んでいこうとしているかというと、さにあらず。前世紀の日清・日露戦争や戦前の大日本帝国の頃からちっとも進歩していない政治家が、「今は心ならずも米国の属国として中国に対抗しながら、最後には中国も米国もやっつけるのだ」と、息巻いているだけではないですか。私はそんなものに巻き込まれるのはゴメンです。

■尖閣諸島についての基礎知識

 では本論に入る前に、一旦頭の中を整理しておきましょう。まずは「尖閣諸島って一体どこにあるねん?一体どんな所やねん?」という話から入ります。
 下記がその位置関係図です。尖閣諸島は、沖縄本島からはかなり西方の、ちょうど台湾からも石垣島からも等距離の所にある、3つの島と5つの岩礁からなる島々です。主島の魚釣島(中国名:釣魚嶼)こそ海抜300mほどの山があり水場もあるものの、それでも東西3キロ半、南北2キロほどの小島にしか過ぎません。その他はもう島というよりは岩場です。尖閣諸島という名称の由来も、幕末・明治維新の頃に日本にやってきた英国海軍の海図にピナクル・アイランズ(直訳すれば尖った岩の島々)とあったのを、そのまま日本名に置き換えたものです。
  
  
※上記下段の写真は左が魚釣島、右が南小島と北小島。上段の地図も含め、いずれも「尖閣諸島の領有権問題」というサイト様からの出典です。

 元来いずれの島々もずっと無人島でしたが、明治末期に福岡県出身の古賀辰四郎という人が開発に乗り出して、一時は200名ほどの人々が移住してアホウドリの羽毛採取や鰹節工場の作業に従事していました。しかし絶海の孤島の不便さ故にか、第二次大戦が始まる頃にはまた無人島に戻ってしまいました。
 第二次大戦後は沖縄付属の島々として、一部は米軍の射爆場にされてしまいましたが、1972年の沖縄返還と同時に日本領土に復帰しました。しかし、それと前後して行われた資源探索によって石油・天然ガスの豊富な埋蔵量が明るみになるにつれて、周辺国の中国や台湾も尖閣諸島の領有権を主張し始めました。そして、それに対抗して暴力団住吉会系の日本青年社という右翼団体が、勝手に島に私設灯台を作ったり(後に国に譲渡)ヤギを放し飼いにして自然の生態系を狂わせたり、それにまた対抗して台湾や香港の住民が勝手に上陸したり、といった事が繰り返されるようになりました。

■日中両国の主張対比

 中国側の主張は、井上清・京大教授の「尖閣」列島--釣魚諸島の史的解明という論文に依拠したものです。上記リンクをクリックすれば論文の全文が読めますが、その論拠を簡単にまとめると凡そ下記のような内容になります。

(1)中国側の古文書には尖閣諸島の名がたびたび登場するのに対して、日本・琉球側の古文書にはその名が殆ど出てこない。それは尖閣諸島が沖縄から見て逆風の位置にあり、順風で比較的容易にたどり着ける中国・台湾とのつながりのほうが強かったからだ。
(2)唯一日本側の記録で登場するのが江戸時代の兵学者・林子平が書いた「三国遊覧図説」だが、その添付地図には尖閣諸島は中国領として分類されている。下図がその添付地図で、下の赤色の土地が中国大陸、中央の黄色が沖縄本島。その間にある飛び石状の島々が今の尖閣諸島で、中国と同じ赤色に彩られている。
 
(3)明治時代に入り、初めて日本人の手で尖閣諸島への移住と開発が行われるようになったのは事実だが、明治政府は当初清国の目を気にして領有には消極的だった。それが日清戦争の勝利で台湾を植民地にしたのに乗じて、尖閣諸島もこっそり沖縄県に編入したのだ。それが再び無人島となった今も既成事実として引き継がれている。

 それに対する日本側の反論は、主に奥原敏雄・国士舘大学教授の説を参考にしています。前述の「尖閣諸島の領有権問題」サイトのページにも収められています。下記がその要旨です。

(1)中国側古文書の記載はいずれも航海上の目印として記されたものでしかなく、それを以って領有の証とする事は出来ない。
(2)「三国遊覧図説」添付地図の色分けの件も、当時中国から沖縄の琉球王朝にやってきた冊封使が書いた「中山傳信録」という書物の地図をそのまま転載したからに過ぎない。
(3)当時は帝国主義の時代であり、たとえ相手の隙に乗じて領有を主張したとしても、それが当時の国際法である「無住地先占の法理」(所有者のいない土地は先に取ったモン勝ち)に則ったものである限り、誰もそれを咎める事は出来ない。だから第二次大戦の敗戦で日本が台湾・朝鮮の植民地支配を放棄した際も、尖閣諸島については沖縄帰属の日本固有の領土として、米国から沖縄と一緒に返還されたのだ。(下記写真は有人島だった頃のもので、アサヒグラフ'78年5月5日号からの出典)
 
(4)中国も台湾も60年代末までは尖閣諸島の日本領有には何ら異を唱えなかった。中国・台湾が尖閣諸島の領有権を主張するようになったのは60年代末に石油・天然ガスの埋蔵が確認されてからであり、いわば「後出しジャンケン」の理屈でしかない。

■この問題では与野党間に大きな意見の違いはない

 この尖閣諸島の領有権問題については、与野党間で大きな認識の違いはありません。下記にその代表例として政府見解と共産党の見解を載せておきましたが、その他の主要政党についても基本的な立場は同じです。「中国に対抗して尖閣諸島に軍事基地を」とかいう右翼や、「尖閣諸島も台湾・朝鮮と同様に日本帝国主義が簒奪した領土だ」という一部新左翼の主張もあるにはありますが、それはあくまでも少数派です。

・尖閣諸島の領有権についての基本見解(外務省)
 尖閣諸島は、1885年以降政府が沖縄県当局を通ずる等の方法により再三にわたり現地調査を行ない、単にこれが無人島であるのみならず、清国の支配が及んでいる痕跡がないことを慎重確認の上、1895年1月14日に現地に標杭を建設する旨の閣議決定を行なって正式にわが国の領土に編入することとしたものです。
 同諸島は爾来歴史的に一貫してわが国の領土たる南西諸島の一部を構成しており、1895年5月発効の下関条約第2条に基づきわが国が清国より割譲を受けた台湾及び澎湖諸島には含まれていません。
 従って、サン・フランシスコ平和条約においても、尖閣諸島は、同条約第2条に基づきわが国が放棄した領土のうちには含まれず、第3条に基づき南西諸島の一部としてアメリカ合衆国の施政下に置かれ、1971年6月17日署名の琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定(沖縄返還協定)によりわが国に施政権が返還された地域の中に含まれています。以上の事実は、わが国の領土としての尖閣諸島の地位を何よりも明瞭に示すものです。(以下略)
 http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/senkaku/index.html

・日本の領有は正当/尖閣諸島 問題解決の方向を考える(しんぶん赤旗)
 所有者のいない無主(むしゅ)の地にたいしては国際法上、最初に占有した「先占(せんせん)」にもとづく取得および実効支配が認められています。日本の領有にたいし、1970年代にいたる75年間、外国から異議がとなえられたことは一度もありません。日本の領有は、「主権の継続的で平和的な発現」という「先占」の要件に十分に合致しており、国際法上も正当なものです。(中略)
 同時に、紛争は領土をめぐるものを含め「平和的手段により国際の平和、安全、正義を危うくしないように解決しなければならない」のが、国連憲章や国連海洋法の大原則です。その精神に立って日本外交には、第一に、日本の尖閣諸島の領有権には明確な国際法上の根拠があることを国際舞台で明らかにする積極的活動が必要です。・・・中国側も、事実にもとづき、緊張を高めない冷静な言動や対応が必要でしょう。 
 http://www.jcp.or.jp/akahata/aik10/2010-09-20/2010092001_03_1.html

■「無住地先占の法理」は果たして万能か?

 以上今まで長々と説明してきましたが、さてここからが私の問題意識です。それが冒頭でも少し述べた、この問題に対する「平和国家としての意欲やノウハウ」も踏まえた上での「21世紀の今の時代に相応しい解決の仕方」です。前号記事からブログ更新に大分間が空いたのも、一つにはこの問題についてずっと考えてきたからでした。
 私にはどうもこの「無住地先占の法理」(所有者のいない土地は先に取ったモン勝ち)がひっかかるのです。一見常識的な内容であり、主要政党間では与野党・左右を問わず大差がないこの論理ですが、これでは19世紀の帝国主義の考え方とさほど違わないのではないでしょうか。確かに字面だけを捉えれば対象はあくまで「無住地」に限定されており、そういう意味では西欧のアジア・アフリカ侵略、日本のアジア侵略などの「有住地」に対するものではないかも知れません。しかし、コロンブスによる新大陸発見以来の数百年に渡る南北アメリカ大陸征服の歴史や、南アフリカにおけるアパルトヘイト(人種差別政策)の源流になったボーア人によるアフリカ進出も、最初はこんな西部開拓物語のような「無住地先占の法理」から始まったのではないですか。19世紀のアラスカで起こったゴールドラッシュなんてその典型ではないですか。中国のチベット・ウイグル侵略も、無人で未開の処女地を切り拓くという大義名分の下に行われているではないですか。

 政府から共産党まで一致して錦の御旗のように掲げている「古賀辰四郎による開発」という既成事実にしても、これは裏返せば県外の人間(古賀は福岡県人)による「ゴールドラッシュ」ではないですか。
 何故ここまで書くかというと、実際、同じ沖縄県の大東諸島の開発が「ゴールドラッシュ」そのものだったからです。大東諸島は沖縄東方約350キロの海上にあり、南・北・沖の3つの大東島から構成されています。そのうちの南北両島は、今でこそそれぞれ南大東村と北大東村に属し航空路も開かれていますが、そこは戦前は島全体が玉置商会という個人企業の私有地で、そこに進出した本土資本の製糖会社によって「蟹工船」さながらの原始的な搾取が行われていました。そして戦後にやっと住民からの陳情によって村政施行・地方自治の運びとなったのです。
 そして今はもう21世紀です。数百年に渡り白人支配下にあったカナダの原住民イヌイット(旧名エスキモー)も、今やヌナブト準州自治政府の下で広汎な自治権を獲得しました(ヌナブトとは現地語で我々の土地という意味)。沖縄も薩摩藩によって侵略されるまでは琉球王国として独自の歴史をたどって来ました。このグローバル化の時代にかつての大日本帝国や戦後の東西冷戦時代の論理なぞもはや通用する筈がありません。徒に中国と軍拡を競うよりも、沖縄を自治州にして、尖閣諸島の石油・天然ガスを財源に充てれば、基地依存なぞ完全に断ち切ることが出来る筈です。沖縄と同規模の面積・人口の独立国も世界には決して少なくありません。例えばインド洋の島国モーリシャスもその一つですが、元英領植民地だったこの国も、今や観光立国として立派にやっていけています。

 元々、沖縄の米軍基地は沖縄や日本を守るためにあるのではなく、米国が世界のどこにでも自分の好き勝手に殴りこむためにあるのです。そして基地収入の県財政に占める割合もたった5%にしか過ぎません。今や基地は犯罪の温床であり開発の足かせでしかありません。そんな基地に依存するぐらいなら、沖縄をヌナブトのような自治州にして天然資源も自分たちで使えるようにしてこそ初めて、中国の軍拡やチベット・ウイグル侵略に対しても武力ではなく道義で圧倒出来るのではないでしょうか(チベットもウイグルも自治は形のみなのだから)。それでこそ21世紀の現代に相応しい平和創造のモデルといえるのではないでしょうか。
 今や経済がますます国境の枠を超えて拡大し、カナダ極北民族も立ち上がりつつあるこの脱帝国主義の時代に、日本も中国も何を下らない意地の突っ張りあいをしているのかと思いますね。未だにそんなレベルに止まっているのは、後は北朝鮮かタリバン・アルカイダぐらいのものです。
   
※写真は左が南大東島の製糖工場(出典:南大東島HP)、右地図の赤色部分がヌナブト準州(出典:ウィキペディア)。

【参考記事】

・悪化する日中関係、尖閣諸島漁船衝突事件をブロガーたちはどう見た?(ブログ・ウォッチ)
 http://blog.livedoor.jp/blogwatching/archives/51683907.html
・釣魚島(尖閣諸島)問題と過激化する海上保安庁の領海警備:領土主義の危険~労働者人民の国際連帯のために(虹とモンスーン)
 http://solidarity.blog.shinobi.jp/Entry/777/
・シュクシュクボーシが啼く民主党「害交」 (つぶやき:尖閣諸島問題編)(大脇道場)
 http://toyugenki2.blog107.fc2.com/blog-entry-1896.html
・日本は外交的弱点を克服できるんでしょうか? (「尖閣諸島中国漁船衝突事件」をめぐって)(村野瀬玲奈の秘書課広報室)
 http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-2007.html
・(追記)転載:尖閣諸島問題を利用した国家主義、排外主義に反対する!(立川テント村声明)
 http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/740fc332119cc95c965b1b4cfb6ada5e
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沖縄グルメとエイサー祭りで抵抗のパワーをもらう

2010年09月16日 13時32分55秒 | なにわB級グルメ探訪
 先日12日の日曜日に、大阪市大正区で行われた「エイサー祭り」という沖縄の盆踊りを観てきました。画像の編集・アップに意外と手間取り、ブログへの公開が今頃になってしまいましたが、取り急ぎ報告しておきます。

   
 「エイサー祭り」が開催されたのは区役所横の千島公園グラウンドです(左上写真)。そこで正午過ぎから夜遅くまで行われました。なぜ大正区かと言うと、ここは実は区民の4人に1人が沖縄出身者で占められる、いわばリトル沖縄なのです。明治以降、木津川と尻無川に挟まれたこの下町(真上写真)には、造船・鉄鋼・機械・製材などの工場が相次いで進出し、そこに沖縄から多くの人が職を求めてやって来て、沖縄人の街が形成されました。千島公園はその下町のオアシスで、園内には地下鉄工事で出た土砂を盛り上げて作られた昭和山という山もあります(右上写真)。

   
 実は私は、たまたまネットでこの祭りの事を知り、「久しぶりに沖縄そばが食べれる」とやって来ただけでした。「エイサー祭り」についても何も知らず、地元の地蔵盆の延長ぐらいにしか思っていませんでした。それが、JR大正駅で降りて市バスに乗ったら、乗客の大半が祭りに向かう人たちだったのでびっくり。会場でも人の多さに驚かされました。お昼前に私が来た時点で、既に数千人に膨れ上がっていたのではないでしょうか。
 元々「エイサー祭り」は旧盆を祝う沖縄の祭りで、大正区でも1975年に、地元有志による「がじゅまるの会」を中心に、沖縄出身者の交流を図る為に始められました。今年で36回目を迎える区内の一大イベントで、毎年夜遅くまで終日開催されるのですが、その時はまだ私はそんな事は何も知らずに、屋台の沖縄グルメにばかり目を奪われていました。右上写真はその時に撮ったヤギ汁屋台(後述)のオネエチャンとオッサンです。
 
   
 まず食したのは沖縄そば(ソーキそば)。ダシは鰹と昆布の薄味で私好み、麺はどちらかというとカップ麺の「どん兵衛」のそれに近い感じで、最近流行の讃岐うどんのようなモチモチ感は殆どありませんが、それが逆にダシや具の豚肉・蒲鉾・刻みネギ・紅生姜などと微妙なハーモニーを醸し出していて、癖になる美味しさでした(左上写真)。
 次は初挑戦のヤギ汁です。最初はそのネーミングに気後れして屋台の前で立ち止まって見るだけだったのが、売り子のパワーに押されてとうとう食する破目に。しかし、これも意外と薄味で結構美味しかったです(真上写真)。
 その次に買ったのは「サーターアンダーギー」という堅焼きの沖縄ドーナツ。これは以前にも一度は食べた事があるものですが、「常温でも一週間は日持ちする」との事で、こちらは職場の仲間へのお土産として購入(右上写真)。

   
 もうここら辺になると、そろそろお腹も一杯になってきましたが、この程度で切り上げたのではグルメ探訪にならないので、引き続き調査続行。会場は炎天下で私も既に汗びっしょりになり、一旦グラウンド隅にある野外席の木陰に避難。しかしここも既に満席で何ヶ所かでは宴会も始まっている様子だったので、再び屋台に戻って、今度は「さんぴん茶」に初挑戦。以前何かの漫画でこのお茶が出てきたのを思い出して飲んでみました。こちらも独特のネーミングから、「まむしドリンクみたいなモノだったら嫌だなあ」と一抹の不安を抱えながら飲んでみたら、これが爽やかなジャスミン茶でした。正に清涼の一服(左上写真)。
 次は「もずくの天ぷら」。屋台には他にも色とりどりの天ぷらが並んでいましたが、まずは一番オーソドックスそうなこれから挑戦。これも結構いける味でした(真上写真)。
 もうこれで食のリポートは一旦打ち止めにしようと思いましたが、他にもまだまだ未知の食べ物が並んでおり、誘惑には勝てずに一番まだお腹に入りそうな「ポーポ」という黒糖クレープを注文。「甘みを抑えたお菓子で余りシツコクない」との売り子の宣伝通り、こちらは「蒸しパン味のクレープ」という感じでした(右上写真)。

   
 後はもう試食と観るだけのリポートです。写真は左から右に、紅芋のスティック(試食ではなかなかいける味でした)とその他の何か(名前忘れた)、くるくる渦巻きのような変わったウインナー(ウインナーは好物なので今度食べてみよう)、豚足の焼いたの(これは流石にパス)。

第36回エイサー祭りin大正(YouTube動画)
 
 実はグルメだけでなく、エイサー踊りの写真も幾つか撮ったのですが、大半は観客席からの撮影で、これといった写真が撮れませんでした。どうにかサマになったのは、「そのひぐらし」という地元沖縄バンドを壇上近くで撮影したものたった一枚だけで、スペースの関係もあり今回は公開見送りにします。当日の祭りの様子については、上に別の方がユーチューブにアップされた動画を貼り付けておきますので、そちらを参照して下さい。

  
 ただ、今回はグルメ中心の報告になってしまいましたが、これだけは知っておいて下さい。この祭りは決して「只の田舎の盆踊り」ではないという事を。
 屋台には地元・興南高校の「夏の甲子園」優勝を祝う展示がされていましたが、そもそも沖縄の日本復帰が適うまでは、それすらままならなかったのです。なかなか出場出来ず、やっと出場出来るようになっても、外国だからという理由で甲子園の土も持ち帰れなかったり、球場の和を乱すという理由でエイサー踊りの応援も認められなかったり。そういう苦難を経ての、今回の興南優勝なのです(左上写真)。
 また会場には沖縄・普天間の米軍基地撤去を要求する県民大会の新聞記事も張り出されていましたが、これも県民にとっては単なるイデオロギーではなく、自らの生存と尊厳を賭けた闘いなのです(右上写真)。
 戦時中の沖縄戦では4人に1人が殺された上に、戦後も捨石として一方的に日本本土から切り離され、沖縄本島の2割の土地が「銃剣とブルドーザー」によって米軍基地に奪われてきました。大阪府の面積に当てはめるとちょうど大阪市と堺市を併せた分に相当します。その中で、戦闘機が授業中の小学校に墜落し多数の児童・教職員が亡くなってもパラシュートで脱出した米兵は何のお咎めもなかったり(1959年、宮森小学校事件)、といった事件が繰り返されました。米軍基地犯罪は、1995年の少女暴行事件や沖縄国際大学へのヘリ墜落事故だけではないのです。

 それに対するアメとして、長年沖縄につぎ込まれてきた基地交付金や振興予算も、実際は本土大企業の懐を潤しただけで、雇用状況や生活環境の改善には殆どなりませんでした。だから、前述の県民大会には本島集会だけでも全県人口の1割弱の9万人もの人々が集まり、今や保守系知事だけでなく自民・公明両党ですら県連レベルでは基地撤去を主張せざるを得なくなったのです。今夏の参院選でも本土では泡沫同然の社民党が県内では第一党に躍進し、元々保守地盤だった名護で市長選に続いて先の市議選でも基地撤去派が圧勝したのも、決して偶然ではありません。
 そもそも、沖縄の米軍基地は日本防衛の為にあるのではありません。アフガン・イラク・ソマリアその他どこにでも、アメリカが好き勝手に攻め込む為にあるのです。それを勝手に「北朝鮮や中国から日本を守る為」とこじつけて、沖縄にこれ以上の負担を負わせるのは、エゴ以外の何物でもありません。
 それでも米軍様に守ってもらわないと安心出来ないと言うのであれば、普天間基地を同じ県内の辺野古なぞではなく、日本の首都東京のど真ん中に移設すれば良いのです。臨海部にはバブル開発のツケで売れ残った遊休地が一杯あります。天皇一家しか住まない皇居も、あんなに広い土地は要らない筈です。でも、それでは「畏れ多い」という事で、恰も原発や産廃処分場を厄介払いするかのように、今まで米軍基地を沖縄に押し付けてきたのでしょうが。これが差別でなければ一体何なのでしょうか。
 二言目には中国の軍拡やチベット侵略を非難する右翼や御用学者が、普天間問題では中国政府と瓜二つの「支配者の論理」を沖縄に対して振りかざしながら、その矛盾にも気付いていない様は、もう滑稽を通りこして哀れですらあります。


 沖縄は、古くは薩摩藩の琉球侵略、明治以降は琉球処分によって国内植民地として扱われ、政府の同化政策によって独自の言語や文化も破壊させられてきました。それどころか、1903年に大阪で開催された内国勧業博覧会では、沖縄人・アイヌ・台湾原住民を「未開民族」扱いした展示を巡って、アイヌや台湾人との反目を巧妙に煽られ、同じ被差別者でありながら政府による同化政策の尖兵としても利用されてきました(人類館事件)。差別される側が、差別から逃れるために、逆に差別する側に回るように仕向けられたのです。これが、後の沖縄戦における日本軍による集団自決の強制に際しても、強制に抗う上でマイナスに作用したかも知れぬと思うと、同じ本土の日本人としては、もう居たたまれなくなります。
 そんな沖縄差別や政府による分断統治に抗する拠り所として、「沖縄青年の団結」「単身集団就職者の生活・権利擁護」「沖縄の自然・文化の擁護・発展」の3つのスローガンを掲げ、沖縄人(ウチナーンチュ)の誇りを取り戻そうと始められたのが、この大正区のエイサー祭りなのです。そして、アイヌ団体の代表も、かつての恩讐を乗り越えて、今や沖縄と共にエイサー祭りに参加しているのです。
 米国には何も言えずに、その鬱憤を他のアジア諸国や途上国の人々にぶつけるしか能の無い、哀れな日本本土人(ヤマトーンチュ)の何と多い事か。それはまた、大企業の搾取や無法には何も言えずに、その矛盾を非正規労働者にしわ寄せし、ホームレスや生活保護受給者などの社会的弱者を貶める事でしか鬱憤を晴らすしか能のない、多くの社畜サラリーマンの姿ともダブる。しかし、それに抗い日々力を蓄え次の未来を準備しつつある人々も、この日本には確実に存在するのだ。当日は、その事に改めて気付かされ、かつ勇気づけられた一日でもありました。

(追記:沖縄史略年表)

605年(平安時代) 「琉球」が初めて中国史に現れる
14世紀頃(鎌倉時代) グスク時代
1429年(室町時代) 第一尚氏王の琉球統一
1470年( 〃  ) 第ニ尚氏王の琉球統一(三山統一)
1609年(江戸時代) 薩摩藩の琉球侵略
1871年(明治時代) 廃藩置県→やがて琉球王国滅亡へ(1879年、琉球処分)
1941年(昭和時代) 太平洋戦争開戦→米軍の沖縄上陸、日本の敗戦(1945年)。
1945年( 〃  ) 米軍による沖縄・奄美統治が始まる。
1952年 対日講和条約・日米安保条約の発効、琉球政府発足。沖縄の米軍統治が確定。 
1953年 奄美諸島の日本復帰。沖縄は引き続き米軍統治下に置かれる。
1956年 米議会「プライス勧告」で米軍占領を容認。軍用地接収反対の「島ぐるみ闘争」高揚。左派の瀬長亀次郎、那覇市長に当選(後に米軍の圧力により辞任に追い込まれる)。
1959年 石川市(現うるま市)の宮森小学校に米軍戦闘機墜落(死者17名・負傷者121名)。
1960年 沖縄県祖国復帰協議会(復帰協)結成、復帰運動がいよいよ本格化。
1962年 沖縄立法院(今の県議会に相当)、国連の「植民地解放宣言」を引用しての日本復帰要望決議(2.1決議)を採択。
1964年 トンキン湾事件で北ベトナム空爆開始。沖縄・嘉手納基地からB52が連日飛び立つも、ベトナム戦争は却って泥沼化。世界的な反戦運動の高揚を招く(べ平連の運動など)。
1968年 沖縄県民、琉球政府主席の公選制を勝ち取る。主席選挙で復帰協の屋良朝苗氏が当選。この頃には米軍は沖縄の日本復帰を認めざるを得ない所まで追い詰められていた。
1970年 コザ暴動。ゴザ市(現・沖縄市)で米兵によるひき逃げ事件処理を機に米軍車両が次々と焼討ちされる。
1972年 沖縄の日本復帰、但し基地も核兵器もそのまま居座り。県民による抗議の返還協定粉砕ゼネストが行われる。
1975年 通貨交換、ドルから円へ。
1978年 沖縄国際海洋博が開催される。
(参考文献)
・沖縄県HP>沖縄のすがた/歴史/年表
 http://www.pref.okinawa.jp/kodomo/sugata/a5_01h.html  
・中野好夫・新崎盛暉著「沖縄戦後史」(岩波新書)
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ネオリベも恐竜と同じ道をたどるだろう

2010年09月12日 17時38分08秒 | 職場人権レポートVol.1
 実は、先週の鍼灸治療日に、懇意にしている鍼灸医さんから、ワープア解放新聞記事「社長の欺瞞を粉砕する」の構成について、色々とアドバイスを頂いていました。ブログに書くのが遅くなってしまいましたが、その報告を少ししておきます。そのアドバイスの内容が次の諸点です。

 まずは技術的なアドバイスから。

(1)見開きの構成に出来ないか?
 当初の「1・2ページ目が表、3・4ページ目が裏」という構成ではなく、折込印刷で見開きにして、1ページから4ページまで順に読めるようにしたら、もっと読みやすくなるのではないか、という提案です。
 しかし今の形ですら、両面コピー印刷時に間違って前後・上下を逆にコピーしてしまわないか、結構気を使っているのに、そんな複雑な事を要求されても・・・。試しに何度か挑戦してみましたが、全部失敗に終わりました。これは悪いけどパスです。

(2)写真は最初のページに持ってきてはどうか?
 当初、写真については、裏面の3ページ目に、牛丼安売り競争の週刊誌記事と非正規雇用の増加が大企業の内部留保を押し上げたグラフを載せ、4ページ目の最後に、「シッコ」の映画パンフレットからの抜粋を少し載せているだけでした。最初の1・2ページ目は一切画像・写真なしでした。
 しかし、「この構成ではあまりにもインパクトに欠ける、普通どの新聞でもまず第一面に写真を持ってくるでしょう、これもそうしたら」という事で、各小見出しの最初に関連写真を持ってくるようにしました。但し4ページ目だけは、スペースの関係もあって、もうそのままにしています。
 それが今ブログに再掲載中の紙面です。ブログでは画像と文章を同じ行間に配置できないので、画像の横にアンバランスな空白が広がっていますが、実際の配布紙面では、行間にうまく配置出来ています。

 次に記事内容に関するアドバイスです。
 3ページ目「この搾取はどこから来るのか」の新自由主義(ネオリベラリズム)に関する説明や、4ページ目「社長の応援パフォーマンスも小泉・橋下劇場と同じ」での郵政民営化・道州制の説明如何が、この記事の出来不出来を左右する重要ポイントである事は、紙面構成からも明らかです。どうすれば、これらの概念を何も知らない人にも分かりやすく説明出来るかを、鍼灸医さんと二人で考え、紙面を下記のように訂正しました(下線が訂正箇所です)。

(3)3ページ目「この搾取はどこから来るのか」の、新自由主義の説明部分については、次のように変えました。
(訂正前)「新自由主義」というのは英語の「ネオリベラリズム(略してネオリベ)」の訳語で、「市場原理主義」とも呼ばれています。要するに「弱肉強食資本主義」の事です。
(訂正後)・・・要するに「この世は弱肉強食、全てカネ」の考えに立つ資本主義の事です。
(理由)「弱肉強食資本主義」という種類の資本主義はない。「弱肉強食」とか「万事金次第」というのは、資本主義の種類ではなく特徴を現す表現である。

(4)同頁・同小見出しの下記部分も、以下のように変えました。
(訂正前)それに対して、労働者や庶民の側も、「すき家」のバイトのように闘う人が出てくる一方で、それを運命か何かのように捉え(奴隷根性)、「そうだ俺が悪いのだ」(自己責任論)と無理やり自分に言い聞かせた挙句に、それに耐え切れずに自殺してしまったり、自分だけは助かろうと、政治家や財界人の尻馬に乗って奴隷根性や自己責任論を吹聴する人も出てきます。
(訂正後)・・・それに耐え切れずに自殺してしまったり、政治家や財界人に洗脳されて、奴隷根性や自己責任論が染み付いた人も出てきます。
(理由)労働者が自分から進んで新自由主義の働き方に身を委ねたり、奴隷根性や自己責任論を吹聴する事は無い。たとえ自ら身を委ねたかのように見えても、それはあくまでも政府やマスコミによる洗脳の結果である。だから、自ら成長して芽吹いていくかのような「蔓延る」という表現よりも、「染み付く」という言い回しの方が、よりフィットすると思う。同様に「働き方、働かされ方」という表現も「働かされ方」に一本化してはどうか。

(5)4ページ目「社長の応援パフォーマンスも小泉・橋下劇場と同じ」での、橋下・大阪府知事が執心の、大阪市と大阪府を合体して大阪都とし最終的には関西州に統合する計画も、道州制の内容やその問題点についての基本的説明を先にしてやらないと、いくら「地方リストラ」だの「京阪神優遇・周辺部切捨て」だの言われても、あまりピンと来ないのではないか?
 
 確かに、ここは後で読み返してみると、少し総花的に書きすぎたきらいがあります。橋下知事の大阪都構想について書くのであれば、最低でも道州制区割り案(上記は道州制推進連盟・大前研一の案)を入れなければ、同構想の中身を知らない人には少し分かりづらかったかも知れません。それで話題が拡散して話の焦点がぼやけてしまうようであれば、もう橋下知事の例は取り上げずに、小泉元首相の郵政民営化に的を絞って、アリコ・アフラックやハゲタカファンドと小泉・竹中政治の癒着を暴露する形にした方が良かったかも知れません。最初に新自由主義路線の代表例として、小泉・橋下の二人の政治家の名を挙げてしまった為に、二人とも話に取り上げなければならなくなってしまいました。
 しかし、ここの粗筋を上記のように変えるとなると、話の構成から全部書き直さなければならなくなります。もう一旦紙面発行に踏み切ってしまった事もあり、ここはこのままで行きます。

 長い間ブログや掲示板で文章を書いていると、新自由主義とか市場原理主義とかいう言葉についても、さも全て分かったかのように、ついつい流して書いてしまいがちです。しかし、それを何も知らない人に説明するとなると、これがなかなか難しいのです。自分の頭では分かっているつもりでも、いざ文章にしようとすると、上記のように試行錯誤を繰り返す破目になります。
 たとえば、新自由主義について、ブログでは「「この世は弱肉強食、全てカネ」の考えに立つ資本主義」と説明されていますが、「この世は弱肉強食、その通りじゃないか」とか、「全てカネと批判するが、お金儲けして何が悪いのか」と反論されたら、皆さんならどう答えますか?実際に、村上ファンドの社長は、世論の指弾を浴びた時に、そう言って居直っていました。

 実は、「弱肉強食」も「全てカネ」も、一定の真理ではあるのです。本来「弱肉強食」とは生物学上の食物連鎖を言い表したものでしかなく、それ自体には善いも悪いもない。それを人間界に当てはめた「世の中全てカネ」も、確かに一定の真理ではある。誰しも貧乏よりはお金持ちの方が良いに決まっています。

 しかし、それはあくまでも「一定の」真理でしかない。幾ら「強いもの、大きいものが生き残る」と言っても、それだけでは、巨大化し過ぎて絶滅した恐竜のように、共倒れに終わるだけです。それは人間も同じで、金持ちばかりが幾ら居た所で、実際に汗水たらして働く人がいなければ宝の持ち腐れにしかなりません。金持ちの富も貧乏人の働きがあってこそなのです。
 郵政や国鉄の民営化もそれと同じ。金儲け一本槍で来た結果どうなったか。郵政民営化の行き着く先は、郵便局・金融機関の撤退・統廃合→郵便も送れず預金や保険料振込みも出来ない地域の広がり→地方の丸ごと荒廃でした。国鉄分割民営化の為れの果ても、JR福知山線や羽越線の事故でしかなかった訳でしょう。
 だから格差是正が必要なのです。それはバラマキでも何でもなく、寧ろ砂防ダムのように必要な投資なのです。累進課税や生活保護などの格差是正策がセーフティネットと呼ばれるのは、何も個人にとってだけではなく、社会にとっても安全装置だからです。それが分からずに「福祉はバラマキ」だとか「金儲け第一主義で何が悪い」とかほざく新自由主義者(ネオリベ)には、こう言ってやれば良い。「食物連鎖(競争)至上主義のお前も、最後には恐竜と同じ道をたどるだろう」と。
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台風一過 秋の空

2010年09月10日 20時35分57秒 | 身辺雑記・ちょいまじ鉄ネタ


 昨日9日昼前に大阪市内某所から撮影しました。ふと見上げれば、空はもうすっかり秋のものに変わっていました。この日も最高気温は34度と真夏と変わらないものの、朝晩などは以前よりも涼しくなりました。
 今までは、ともすれば暑さに負けてなかなか捗らなかったブログ更新も、これから頑張らなくてはと思っています。書くべき話題はてんこ盛りですので、乞うご期待。
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ヒラメ社員ばかりで責任者不在の職場

2010年09月05日 20時14分45秒 | 職場人権レポートVol.1
 先日来ブログで取り上げていた、私のバイト先の「”総力祭”騒動」が、昨日やっと終わりました。それについての検証資料の方を、一足先にブログで公開しておきます。私の職場の読者の方は、これを見ただけで、何を言わんとしているのか直ぐに分かると思います。しかし、一般のブログ読者の方については、そういう訳にはいきませんので、説明記事をこれから書いていきます。


 まずは検証資料・【検証1】の表の見方から。私の働いている低温センターの日配部門では、午後は牛乳類の検品・搬送業務がメーンとなります。「入荷数(ケース)」も、それら牛乳類の総数です。「うち追加分」の数も、その「入荷数(ケース)」の中に含まれます。9月2日の例で言えば、2万1千余の入荷ケース数のうちで、半分以上の1万1千余が追加分です。如何に「膨大な数の安易な追加入荷」がされたか分かるでしょう。普通、これだけ物量が跳ねれば、店舗直送や別便対応などの、もっと他の手立てを考えるものですが。
 次に物量と出勤数とのアンバランスの件。実は、木曜日の出勤数は従来から少なめに抑えられていました。それは、配送便の出発時間が決まっている午前中の物量が、木曜日は比較的少ないからです。午後からは徐々に週末に向けて物量が増えてきますが、午後の分については翌日の早朝便まで時間に比較的余裕があるので、木曜日の出勤数を抑えて物量の多い週末に振り替えているのです。
 しかし、それはあくまでも通常業務の場合であって、今回の特売期間のように木曜日からドッと商品が入荷してくる場合は、また別の対応があって然るべきです。しかし、普段から人減らしに汲々として「毎日が総力祭」と化した現状では、もうどこもいじくる余地がありません。だから、分かっていたのに何も手を打たなかったのでしょう。そんな状況では、朝7時から夜8時まで仕事がずれ込むのも当然です。
 1人の検品者がハンディスキャンで対応できるのは、せいぜい多くても2千ケースまでです。数人で一斉にかかっても、1日せいぜい8千ケースが限度です。それが当初の受注数だけでも1万ケースから出ていた上に、まだ追加分として1万ケース余りが加わったのに、「俺らは下請けだから何も言えない」、だから「意見具申や改善提案すらしない」「なるようになれ、ひたすら耐え忍べ」と。ここまで来たらもう「未必の故意」そのものですな。
 

 しかし、元請スーパーや下請け会社としては、「何も手を打たなかった訳ではない、一部の店舗については、夕方に臨時便で配送(先出し)するなりして、少しでも膨大な物量を捌こうとした」と言いたい所なのでしょうが。では、それが果たしてどこまで有効だったのかを、次の【検証2】で見てみましょう。
 先出し自体はなるほど有効な手立てです。しかし、この表にあるように、各ゾーン毎にバラバラと先出ししたのでは、その効果も減殺されてしまいます。先出し以外の店舗の分がそのゾーンに残されたままでは、何ほども場所は空きません。
 成る程、ゾーン単位で先出しすれば、より多くの空きが確保出来るのは分かっているが、騒音や駐禁などの近隣対策上、夕方・夜間に搬入できない店舗も多い。だから、先出し店舗が各ゾーンに分散してしまったのでしょう。しかし、これも昔から分かっていた事です。何故今まで布石を打って、近隣の理解を求めるなりして、少しでもゾーン単位での先出しに近づけようと努力しないのでしょうか。今まで努力していたら、こんな同じ事の繰り返しを、何年も飽きずに続けている筈がありません。
 その挙句に、多量の仕事を人海戦術で凌ごうとしていた現場から、場当たり的に人を引っこ抜いて先出し分の選り分けを優先されたら、そりゃあ作業が遅くなるのも当然です。お陰で、せっかく応援に来た派遣のバイトも、ハンディスキャンが全然終わらないので、搬送も出来ずにボーっと突っ立っていました。
 そんな無駄な「選り分け」をしている暇があるなら、応援に来た人間にもハンディ持たせて片っ端からスキャンさせた方が、逆に先出し分も多くスキャン出来た筈です。先出し後に入荷する商品や、先出し時点でまだ仕分けも終わっていない商品もあるのに、何故先出しの「選り分け」を優先させたのか。そんなモノよりまず優先すべきなのは、大量の商品を少しでも捌く事でしょうが。それでも「下請けはスーパーの命令に従わなければならない」と言い張るなら、スーパーから「お前死ね」と命令されたら黙って死ぬんかいw。
 


 【検証3】の内容も基本的には【検証2】と同じです。もっときちんと整合性のある先出しがされていたら、もっとムリ・ムダ・ムラなくスムーズに作業が出来たし、もっと色々工夫も出来た筈です。例えば、A・Bゾーンを先出ししておけば、夜間補助搬入口での荷受け場所ももっと確保出来たであろうし、或いはJゾーンを先出ししておけば、農産の荷受けももっと広々とした所で出来たのではないでしょうか。それを、他の作業との整合性も一切考えず、場当たり的な先出しを上から言われるままに強行したが為に、Gゾーンなどは牛乳の荷受け・検品とかち合ってしまい、身動きがとれなくなり、やりにくい事この上もありませんでした。

 
 さらに【検証4】。これは検証資料には上げませんでしたが、9月3日土曜日にPC(パックセンター)で、備品のドーリ(スライスパックの肉や魚を入れたトレーを載せる台車:左上写真参照)在庫が切れた為に、PCからの商品(真上写真:通常はこの様にドーリに積まれて転送される)がカゴ車で搬入されて(右上写真)、センターでドーリに詰め替えなければならなくなった事についても少し書いておきます。
 このPCをカゴから降ろしてまたドーリに乗せ換える作業が、腰にどれだけ負担を及ぼす危険な事か、作業指示を出した人間は知っているのでしょうか。知らずに出したのなら無責任の極みであり、知った上で出したのなら鬼畜の所業です。
 今まで書いてきた事は、まだ何だかんだ言っても、作業の非効率や「やり難さ」を槍玉に挙げたものでしたが、ここで言及しているのは、正に身の安全に直接関わる事です。それに対して「肉や魚が店に届かなくて良いのか」と問うのは愚問です。届かなくてはいけないのは勿論です。仕事は大事です。しかし、人の命や安全の方が、仕事よりももっと大事です。それが分かっていたら、今回に限りカゴのままでの配送を認めるなど、もっと別の指示を出す筈です。

 「人の命や安全の方が、仕事よりももっと大事です」。この事が分かっていないから、スーパーは平気で無茶な追加をしたり、バラバラな先出し店舗指定などの、現場の実情を顧みないデタラメな指示を平気で出して来るのです。そして一次下請けも二次下請けも、そのスーパーの誤った指示を、そのまま鸚鵡返しに下に卸そうとするのです。その状況を一言で言えば、「(自分の保身の為にひたすら上に言いなりの)ヒラメ社員はいても真の責任者はいない」という事です。所長など「形だけの責任者」はいても、人を人と看做していない限り、ただのヒラメ社員と同じです。その意味では、元請スーパーも一次下請けも二下請けも、人命・安全軽視という意味では同罪です。
 人を人と思っていないから、新人バイトの紹介も現場でないし、給与計算の間違いも多いし、作業指示も場当たり的で、事後の点検もフォローもないのです。ここはそういう職場だという事が、「”総力祭”」騒動でも白日の下に晒されました。(人命優先・安全第一を踏まえない仕事なぞ、凡そまともな仕事ではない、故にここでは敢えて業務ではなく騒動と呼ばせてもらう) 
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2010年9月「総力祭」作業検証資料

2010年09月05日 08時52分00秒 | 職場人権レポートVol.1


   

※写真:(左)GゾーンからHゾーン方向を俯瞰、(右)今回の「総力祭」販促チラシの一部。
※上記資料の解説については次号記事を参照の事。
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いよいよ新聞らしくなってきた

2010年09月01日 23時17分36秒 | 職場人権レポートVol.1




 前号記事「社長の欺瞞を粉砕する」の内容をワードに落として、上記の新聞にしました。
 明日の「総力祭」当日始業前に、送迎バスの停留場・車内・ロッカールームのどこかで配布します。
 まるで新左翼のアジビラや総会屋の怪文書みたいなモノになってしまいましたがw、それでも、今までよりかは遥かに新聞らしくなってきました。小見出しも付けて、フォントサイズも大きくして、1枚モノの両面記事にまとめて。内容も、今までよりも更に分かりやすい説明に変えました。個人的には、これでも結構満足しています。今度は段組編集に挑戦してみましょう。

 この「ワープア解放新聞」配布の狙いは、バイト労組結成の目論見も勿論ありますが、単にそれに止まるものではありません。最も重視するのは奴隷根性克服に向けての職場の雰囲気作りであり、その為に最低限必要な知識の普及です。幾ら政治に無関心な若年層バイトを対象にした職場新聞であると言っても、マスコミにも普通に出てくる「新自由主義」とか「ネオコン」とかの言葉の基本的・初歩的な意味ぐらいは、最低限知っていて貰いたいというのが、私の希望です。勿論、最初は知らなくても一向に構いません。今までそれを知る環境にいなかったのですから当然です。それに、これはあくまで私からの要望であって、それを相手に無理強いする事は私も望んでいません。
 しかし、いつまでもそんな無知なままでは、これからもずっと資本家に好い様にあしらわれるだけです。たとえ、それを克服しようとしても、今の現状のままでは、全然話が前に進みません。
 そういう事を、「総力祭」というタイムリーな話題に乗せて説明しているのが、明日配布予定の「ワープア解放新聞」号外です。そして何よりも、この号外には、今の奴隷状態を何とかして欲しい、何とかする為に一人でも多くの同志を獲得したいという、私の切なる願いが篭っています。

 ただ細かい事を言うと、上記の新聞号外と前号記事では、一言隻句が異なる部分があります。一字一句全く同じではありません。その理由は、号外の編集更新が間に合わなかったからです。
 実は私の自宅パソコンはいよいよ寿命で、いつ壊れてもおかしくない状態にあります。もう彼是十年近くも酷使してきたので、最近は「SMART機能エラー」が出るようになりました。このエラーは、言わば「ハードディスクの癌の末期症状」ともいうべきもので、これが出るようになると、今はどうにか平常に動いていても、いつハードディスクの容態が急変するかも知れないという代物です。
 勿論、それに向けてバックアップも既に取ってありますが、それらは全てCD-Rに焼いただけで、上書きや新規保存も可能なCD-RWには保存できておりません。そのCD-Rから読み出した「ワープア解放新聞」の「ゲラ」を、外のネットカフェで引き続き更新して書き上げたのが、明日配布予定の上記紙面です。だから、同時に編集更新したブログの更新部分も忠実に再現したつもりでも、後で見直すとやはり未更新の箇所が幾つかあります。
 そういう訳で、厳密にはまだ作成途中の紙面でしたが、ほぼ完成の域に達していたし、明日の「総力祭」突入初日に配布してこそ値打ちのある新聞だと思うので、もうこの状態でアップする事にしました。

 今度パソコンを買い替える際には、デスクトップではなくノートにするつもりです。最近はマクドナルドなどでもDSの出来る店舗が増えているし、ブログ作成上もその方が何かと便利です。しかし、時給も出勤日数も勤務時間も削られ、労働密度だけが大幅に増やされた現状では、痛い出費になるでしょう。
 CD-RWもなるべく早く買うとして、とりあえずは、「ワープア解放新聞」のファイルだけでもフロッピーに保存しておこうかと思っています。
 さて、明日からいよいよ本格稼動の「総力祭」期間中は、一体何時に帰れるやら。幾ら遅くても20時には帰りたいなあ。尚、20時と言ってもウチは7時始業なので、9時始業で換算すると22時という事になります。
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社長の欺瞞を粉砕する

2010年09月01日 10時38分42秒 | 職場人権レポートVol.1
 ブログ更新がまた遅くなり申し訳ない。実は、今職場で起こっている問題を、どうやって勤め先のバイトにも分かるようにまとめるか、悩んでいました。個別のアラばかり書き立ててもキリが無いので、とりあえず標記タイトルの下記内容で、「ワープア解放新聞」の「”総力祭”突入号外」として明日から配布する予定です。

■この落差は一体何なのか?
 
 私の勤め先の会社はよく体育会系だと言われます。何故そう言われるのかよく分かりませんが、ひょっとしたら社長のこんなパフォーマンスが影響しているのかも知れません。
 何と社長は、社長でありながら、時に民情視察(アラ探し?)を兼ねて現場の応援に入ってくれます。普段見慣れないオッサンが、会社の作業服を着てバイトと一緒に作業しているので、あの人は誰かと先輩のバイトに尋ねたら、何とそれが社長でした。
 これが主任クラスまでなら、他の会社でも珍しくはないのでしょうが、流石に社長ともなるとね。本来の社長業が疎かになっていないか、逆に不安に駆られます。実際に、色んな所で仕事の基本が疎かになっているのを、毎日見ているだけにね。
 人手不足で、いざ作業開始しようにも一ライン分の人員がまるまる確保出来ずに、急遽他のラインから応援に回すも、その応援者に段取りを引き継ぐ余裕すらなかったり。体調不良などで当日欠勤の連絡を会社に入れようにも、総務社員まで一ワーカーとして作業に組み込まれている為に、誰も事務所の電話に出れなかったり。給与明細の配布がいつも支給日当日までずれ込み、給与計算自体もたびたび間違っていたり。新人バイトの紹介が現場で一切為されない為に、勤務シフト表を見るまで新人の存在に気付かなかったり。新オープンの店舗名や配送コースの内訳といった最重要の情報ですら、事前に朝礼や掲示で全体にきちんと伝える手間を鬱陶しがり、一回こっきりの雑音交じりのマイク放送で済まそうとしたり、それすら無かったり・・・。
 こんな、まともな会社なら凡そ在り得ないような事態がまかり通っているのに、このアホ社長は何を考えているのかと思いますね。はっきり言って有難迷惑以外の何物でもない。若しかしたら、日産のゴーン社長気取りで「もっと削れる所はないか」と、鵜の目鷹の目になっているつもりかも知れませんが、本末転倒も甚だしいという他ありません。「もうヤラセはいいから、もっと当たり前の事を当たり前に出来る会社にしろよ」と言いたいです。

■今は毎日が「総力祭」
 
 私の勤め先の会社が物流センター業務を請負っている大手スーパーでは、毎月初めに「総力祭」という特売期間があります。特売といっても単なる安売りセールですが、特に3月と9月の「総力祭」にはテレビCMも投入されるので、この間は非常に忙しくなります。それが明日から本格的に始まる訳ですが、もう鬱陶しくて仕方がありません。
 今の新物流センターに移る前は、まだ何だかんだ言っても、特売日などの繁忙期とそうでない時のメリハリがついていたので、繁忙期でも頑張ろうという気になれました。しかし、新センター移転を機に、自分の勤め先の業務請負会社が一次下請けから二次下請けに格下げされてからというもの、時給は下げられた上に毎日の出勤人数まで減らされた為に、もう普段の毎日が「総力祭」と化してしまいました。
 コスト削減で出勤日や残業時間こそ削られたものの、逆に労働密度が強められて、今の方が遥かにしんどくなりました。繁忙期も閑散期も酷使される度合いは同じで、ただそれが定時までに終わるか、定時を過ぎて残業に繰り越すかの違いでしかなくなった。だからもう、「繁忙期と言っても労働密度は普段と変わらないじゃないか」と、逆に居直っています。

■他でも似たようなものなのか
 
 「じゃあ、そんなブラック会社なんて辞めれば良いじゃないか」と、以前の私なら当然そう思ったでしょう。しかし、もう若くはないのに、辞めて転職出来る保証は何も無く、仮に転職出来たとしても、今よりも更に低待遇に落ちる事はあっても上がる事はまず無い。そんな職場で、右も左も分からないまま翻弄された挙句に、またそこでも早晩同じ目に遭う位なら、まだ多少は勝手知ったる今の職場で、人権回復の可能性に賭ける方を選びます。次のような新聞記事を目にすると、特にそう思います。

・すき家にナイフ強盗、店員1人を狙い3回目 (読売新聞 - 08月24日 12:27)
 http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100824-OYT1T00559.htm
 24日午前2時45分頃、埼玉県草加市八幡町の牛丼店「すき家草加店」で、男がカウンターの女性店員(51)に刃渡り約20センチのナイフを突きつけて「金を出せ」と脅し、レジと店の金庫から現金計約10万円を奪って逃げた。
 店内にいたのはこの店員のみでけがはなかった。草加署が強盗事件として調べている。
 発表によると、男は20~30歳代とみられ、身長約1メートル70。いずれも黒い縁付き帽子にTシャツ、ズボン姿で黒の手袋をはめていた。同店は5月と6月にも強盗の被害に遭っており、いずれも同じ店員が1人の時だった。
 店員は未明時間帯に週5回程度勤務しているという。男の容姿や犯行の手口が似ているため、同署が関連を調べている。(以上引用)

 この記事で俄然注目すべきなのが、この「店内にいたのはこの店員のみで」という箇所。いくら来店客の少ない深夜でも、女性一人だけで働かせて、よくも平気でいられるなと思いますね。昨今はコンビニでも当たり前のようにこんな働かせ方が横行していますが、若しこれで従業員が殺されても、多分、会社は何も責任を取らないでしょう。
 何せこのすき家(ゼンショー)は、業界きってのブラック企業ですから。従業員に残業代を払わず、それに怒ったバイト従業員が組合を結成すると、「我が社の従業員はみな個人請負であり、すき家とは何の雇用関係にもない」などと大嘘をつくだけでなく、原告に賄い無銭飲食の罪を擦り付けてまで、裁判を引き伸ばしにかかる会社ですよ。
 実際に私も、数年前の正月に「すき家」の某店舗で、女性従業員がたった一人で、接客も調理も会計もこなしているのを目の当たりにしました。幾ら客の少ない正月松の内とは言え、何かトラブルや事故があったらどうなるだろうかと、牛丼食べていても気が気でなかったのを覚えています。
 また、「週刊プレイボーイ」8月23-30日号にも、「現役店員がバラす!吉野家×すき家×松屋 終わりなき「値下げバトル」の汗だくなウラ側」という特集記事で、牛丼チェーンの安売り競争が、上記の様な従業員の犠牲を踏み台にして展開されている様子が載っています。
 
■この搾取はどこから来るのか
 
 何故こんな働かされ方が蔓延るようになったのか。もう最後になったので手短に書きますが、国内外で企業間の生き残り競争が激化する中で、新自由主義の考え方が、政治家や財界人を通して庶民にも蔓延るようになったからです。
 新自由主義というのは英語の「ネオリベラリズム(略してネオリベ)」の訳語で、市場原理主義とも呼ばれています。要するに、「この世は弱肉強食、全てカネ」の考え方に立つ資本主義の事です。そもそも資本主義そのものが「お金(資本)」中心の考え方ですが、それでも70年代頃までは、「労働者を殺してしまったら元も取れない」という事で、労働者の権利や社会保障もある程度まで確立していました。しかし、80年代以降、経済の国際化・IT化によって国内外の企業間競争が激しさを増して来ると、「一番取りやすい所からふんだくれ、それで死んでしまうような奴は元々そいつが悪いのだ」という、まるで戦前の「女工哀史」や「蟹工船」の頃に先祖返りしたような考え方が、再び息を吹き返して来ました。そして、政治家や財界人によって、そんな新自由主義の考え方がマスコミや学校教育を通して巧妙に広められました。
 それに対して、労働者や庶民の側も、「すき家」のバイトのように闘う人が出てくる一方で、それを運命か何かのように捉え(奴隷根性)、「そうだ俺が悪いのだ」(自己責任論)と無理やり自分に言い聞かせた挙句に、それに耐え切れずに自殺してしまったり、自分だけは助かろうと、政治家や財界人の尻馬に乗って奴隷根性や自己責任論を吹聴する人も出てきます。
 だから、あんな「すき家」や、私の会社の「毎日が総力祭」のような、人を人とも思わず、まるでモノ扱いするような働かされ方が、日本でも世界でも蔓延るようになったのです。

■社長の応援パフォーマンスも小泉・橋下劇場と同じ

 その日本における新自由主義の代表的な信奉者が、かつて一世を風靡した堀江貴文・元ライブドア社長(ホリエモン)や、郵政民営化を強行した小泉・元首相や、今も学力テスト強行や大阪府リストラ計画を進める橋下徹・大阪府知事です。
 ホリエモンが代表者である事は誰が見ても分かるでしょう。小泉元首相や橋下知事の唱えた「規制緩和」や「行政改革」にしても、特権官僚の天下りや談合利権や派閥・世襲政治の是正などは口先だけで、実際にやったのは福祉予算を毎年2200億円づつ削減したり、ホワイトカラー・エグゼンプションで管理職の残業を只働きにしようとしたり、後期高齢者医療制度で75歳以上のお年寄りを姥捨て山に囲い込もうとしたり、要するに「一番取りやすい所からふんだくる」やり方そのものでした。
 
 郵政民営化も、当時はまるで郵便局がコンビニみたいになって便利になるかのように言われましたが、何のことはない、儲けにならない地方の郵便局はとっとと統廃合して、美味しい郵貯・簡保を日米の大手保険会社に市場開放するのが狙いでした。郵政民営化と同時に、アリコやアフラックのCMがテレビにどっと流れるようになりましたが、そのアリコやアフラックのような保険会社が、当の米国でどんな阿漕な商売をやっているかなんて、映画「SiCKO(シッコ)」でも観ない限り日本の有権者には分かりません。
 橋下知事の進める大阪府リストラ計画(最終的に関西州に統合)も、中心部の京阪神にのみ予算を重点配分し、近畿の山間部や北部・南部などの過疎地帯は丸ごと切り捨てるのが目的です。狙いは地域主権ではなく財界主権の確立です。受験偏重の学力テストにあんなに執着しているのも、義務教育の段階から一握りのエリートとその他大勢のバカを篩い分けるのが目的です。それで大儲けするのが受験産業のベネッセと個人情報を握るNTT系企業です。そもそも、幾ら受験競争を煽っても「本当の学力」や「自主的に物を考える力」など身につく筈もない事ぐらい、少し考えれば誰でも分かるでしょう。
 でも、小泉や橋下が、ひたすらワンフレーズで改革、規制緩和と叫び、それをマスコミが大々的に垂れ流していると、何も知らない人でも、何となく彼らが救世主に見えてくるでしょう。これらは全て世人を欺くパフォーマンスです。
 社長とて、幾ら下請企業と言えども同じ財界・資本家仲間、彼の応援パフォーマンスも基本的には小泉・橋下の手法と同じです。二階の事務所で次なるリストラや搾取強化の算段に耽っている事なぞおくびにも出さずに、さも自分が大岡越前や水戸黄門であるかのように取り繕っているだけです。そうでなければ、冒頭に挙げた人員充足などの「当たり前の事」が機能するように、もっと早くから手を打っている筈です。

 
 (注)生きるべきか、死ぬべきか―アメリカではそれを決めるのは保険会社。そのウラには、治療費を払えないという理由で命を落とす多くの国民たちがいる。そして、ムーア(注:映画監督のマイケル・ムーア)は語りかける、本当にこんな社会でいいのか?何か間違っていないか?今こそ立ち上がれ!と。
 仕事中、事故で指を2本切断された中年の大工。健康保険を持っていない彼に、医師は聞く。「親指をくっつけるのは1.2万ドル。中指は6万ドル。どっちにしますか?」安いほうを選んだ大工の手に、中指はない。―映画「SiCKO」のパンフレットより
 
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