アフガン・イラク・北朝鮮と日本

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病院つぶしてカジノに入れあげ都構想にNO!

2020年10月28日 09時53分50秒 | 反ハシズム・弱い者虐め

11月1日に迫った大阪市廃止・特別区設置住民投票(いわゆる「都構想」住民投票)に向けて、様々な市民団体が反対運動を展開しています。そのうちの一つで、元・大阪市長の平松邦夫氏らが立ち上げた大阪市民交流会では、ビラ配りやポスター張りのボランティアを募集しています。それを聞きつけて、私も自分の住むマンションにビラを配ろうと、地下鉄谷町四丁目駅近くにある同会の事務所に、ビラを取りに行きました。そして、ビラを受け取ったついでに、「大阪問題 資料編」というパンフレット(左上写真)をもらいました。

このパンフレットは、市民交流会とはまた別の市民団体が、2017年(平成29年)に内部資料として発行したものです。もう数年前の資料ですが、「都構想」の問題点について詳しく書かれています。私が疑問に思っていた住吉市民病院(右上写真)の統廃合問題についても詳しく書かれているので、いただいて帰る事にしました。そして、マンションにビラを配った後で、統廃合問題について読ませてもらいました。

住吉市民病院の統廃合問題とは、老朽化した同病院を建て替えようとした時に、当時の橋下徹・大阪市長が、「赤字の市民病院なぞ建て替えずにつぶして、近くの大阪急性期・総合医療センター(旧府立病院)に統合してしまおう。建て替えには57億円かかるが統廃合なら30億円で済む。そして母子医療センターを後者に併設するようにすれば良い。そうすれば同じような施設を2つも抱えずに済むし、機能強化にもなる。これこそ『二重行政解消』のモデルケースだ」と言い出した事がきっかけです。

しかし、上の地図を観れば分かるように、この2つの病院は、いくら隣接していると言っても、カバーしている地域が全然違います。地下鉄玉出駅近くにあった住吉市民病院(今は住之江診療所に規模縮小)がカバーしていたのは、住之江区や西成区などの大阪市南西部です。それに対し、帝塚山にある旧府立病院がカバーしているのは、住吉区や阿倍野区、平野区などの市内南東部です。今まで住吉市民病院に地下鉄や市バスで通っていた人が、旧府立病院に行くには、南港通(府道5号線、図上のR5)を通る市バスに乗り、途中であべの筋(府道30号線、図上のR30)を通るまた別路線の市バスに乗り換えて行くしか方法がありません。何故なら、大阪市南部の公共交通機関は、その大半が南北方向に走る路線しかないからです。地下鉄四つ橋線、南海本線、南海高野線…皆、南北方向にしか走っていません。東西の往来については、ムチャクチャ不便なのです。

しかも、この2つの病院については、それぞれ機能が全然違います。旧府立病院は、現在の「急性期・総合医療センター」の正式名称が示すように、どちらかというと急性期の患者に高度な医療を施す為に存在していました。そして、受け入れる患者も、市内南東部だけに限らず、他の地域からも多数受け入れてきていました。それに対し、住吉市民病院は、あくまでも地元密着で、小児・周産期医療を中心に、他の病院ではなかなか受け入れてもらえない障害児の短期入所や、障害児を持つ家族のレスパイト(休息)入院にも対応して来ました。

カバーしている地域も、果たしている役割も全然違うのに、単に近くにあるからと言う理由だけで、病院を統廃合しても上手くいくはずありません。実際に、住吉市民病院がつぶされると明らかになると、4万を超える反対署名が集まりました。しかし、橋下徹・前市長は、「旧府立病院に母子医療センターを併設すれば、すべて問題が解決する」として、2018年3月に住吉市民病院をつぶしてしまったのです。

その結果、どうなったか?確かに、大阪急性期・総合医療センターには母子医療センターも併設され、病床数も増えました。ところが、この病院は、前述したように急性期患者の治療に特化した総合病院の為に、受診するには医師の紹介状が必要です。紹介状のない患者も診てもらう事はできますが、5千円以上もの紹介料を余分に払わなければなりません。

これでは住吉市民病院の代わりにはなりません。だから、住吉市民病院の統廃合条例が府議会で可決された時も、「代わりに民間病院を誘致する」という付帯決議が付けられました。ところが、いくら民間病院を誘致しようとしても、なかなか条件に見合う病院が見つかりません。当たり前です。元々、小児科や産婦人科は、診療報酬が安く抑えられている為に、儲からないのです。住吉市民病院の経営赤字も、元はと言えば、この診療報酬の安さに原因があります。決して「二重行政」のせいなんかではありません。

 

「住吉市民病院は赤字だ」と言いますが、需要は有り余るほどあるのです。例えば、2017年6月23日の府議会健康福祉常任委員会でも、共産党の宮原たけし議員が、その事を追及しています。その質疑の中で、「医療施設取扱分娩件数と出生数との比率」が、大阪府平均が94.1%なのに対して、住吉市民病院を管轄する大阪市南部医療圏では73.7%しかない事が明らかになりました。分娩需要の7割余りしか充足できていないのです。残りの3割弱は全て「たらい回し」です。この医療圏でも、2011年から2017年にかけて、分娩できる医療機関が16から13に、ベッド数に至っては273から239に34も減らされました。病院の経営赤字は「病院に患者が来ないから」ではなく、「来れないように」国が仕向け、府や市がその尻馬に乗ってきたのが原因です。(上記の図表参照)

市民病院の赤字の原因は、医療費を出来るだけ抑えようとする国の政策によるものなのに、それを「看護師の給料が他の民間病院よりも高いから」とか「公立病院だから」と、現場の労働者を悪者に仕立て上げ、「同じものが2つあってもムダなだけだ」と、立地条件や役割の違いも無視して、無理やり統廃合。そんなに給料が高いなら、何故、看護師の人手不足がこれだけ問題になっているのか?長時間労働で人の命を預かり責任も大きい割には、給料が余りにも安すぎるからでしょう。それを「民間よりも給与が高いから」と引き下げたら、一体どうなりますか?ますます人手不足に拍車がかかるだけではないですか。

結局、代わりの民間病院は見つからず。大阪市大病院や南港病院にも打診しましたが全て断られ、代わりに大阪市が住之江診療所を作る事で決着しました。ところが、この診療所は小児科と産婦人科の外来診療しかやっていません。他の診療科目もないし入院もできません。統廃合の費用も、当初は30億円で済むと言っていたのに、ふたを開ければ80億円もかかる事が明らかになりました。何のことは無い。「同じものは2つも要らない」と、時間ばかり費やして、わざわざ高い金かけて一つの市民病院をつぶしておきながら、代わりに作ったのは外来診療だけの診療所。この「市民病院」を「廃止される大阪市」に、安っぽい診療所を「代わりに設置される特別区」に置き換えて考えれば、今度の「大阪市廃止・特別区設置住民投票」は、もう「反対」一択しか無い事が分かると思います。

大阪市廃止賛成派は、大阪府に権限と財源を集約して、大阪市の代わりに4つの特別区を置く事で、「行政が身近になる」「ニア・イズ・ベターになる」と言います。しかし、それまで大阪市に払っていた法人市民税も固定資産税も大阪府に取り上げられ、自主財源が4分の1に減らされ、後は府の財政調整交付金(府からもらう「おこづかい」)頼みとなってしまうのに、どうやって「身近な行政」が実現できるでしょうか?大阪府にむしられた金は全てカジノや万博誘致、夢洲の埋め立て、地下鉄延伸工事に使われ、医療や福祉には全然回されません。得するのは一部の外国資本や、そのおこぼれにあやかろうとする日本の大企業だけです。

そのカジノも、コロナによる集客減で、従業員のリストラが進んでいます。あてにしていた観光客も、コロナ以降は激減してしまいました。結局、外需頼みではダメなのです。肝心の内需が冷え込んでいるのに、その内需を切り捨てて、外需にばかり頼るのは邪道です。「カジノは競馬や宝くじとは違い、控除率が低いからボッタクリではない」と、今度は「新手の宣伝」にいそしむ人まで出てきました。しかし、たとえ控除率が数パーセントでも損する事には変わりません。経済なんて成長してこそナンボなのに。その成長も、他人の不幸の上にあぐらをかく「丁半ばくち」頼みでは、人心がすさむばかりです。自分達さえ儲かればそれで良いのか。皆の幸福を願う人は、今度の住民投票で是非「反対」に投票して下さい。

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住民投票まるわかりパンフを読んで投票に行こう!

2020年10月22日 22時02分00秒 | 反ハシズム・弱い者虐め

↑住民投票まるわかりパンフ1ページ(表紙) 11.1都構想STOPで始めよう 希望ある大阪の未来 大阪市がなくなれば二度と戻せません。迷ったら、棄権や白票でなく「反対」しましょう。


↑同パンフ2〜3ページ 「都構想」よりコロナ対策


↑同パンフ4〜5ページ 最大の問題は「くらしが壊されること」です


↑同パンフ6〜7ページ 「都構想」をやめてこそ大阪市はよくなります


↑同パンフ8ページ(裏表紙) 大阪市をなくさず、その力を未来へ ごいっしょに「大阪市廃止は反対」の声を広げてください

遂に都構想反対派のパンフレットが出ました。それが上の「住民投票まるわかりパンフ」です。

今まで維新は大阪府・市政を私物化し、金に物を言わせて賛成派のビラやパンフを洪水のように撒いて来ました。維新は4億円もの金を宣伝費につぎ込んでいます。それに対し、自民党大阪府連が東京の党本部から貰った宣伝費はわずか5千万円。党本部も本音ではカジノ誘致の都構想に賛成なのでしょう。

今まで散々、大阪府・市政を牛耳り、住民説明会でも都構想賛成の宣伝ばかり垂れ流し、「疑問点は市役所職員に聞け」と、まるで大阪市役所を自分たちの下請け扱いするようなビラを撒いておきながら、「既得権益打破」とか「しがらみを断ち切る」とか「身を切る改革」とか、よくも言えたものです。今や維新こそが最大の「既得権益」です。

私は今まで、都構想反対派の宣伝が余りにも低調だったので、「もうやる気あるんかいな?」と思っていました。ところが、この維新の金に物を言わせた物量作戦を前に、俄然闘志が湧いてきました。「そっちが物量作戦で来るなら、こちらはそれを上回る草の根の宣伝戦で、相手を圧倒してやろう」と思うようになりました。

でも、一個人に出来る事には限りがあります。そこで、まずはこの見開き8ページの「住民投票まるわかりパンフ」の紙面を、ブログに丸ごと掲載するようにしました。維新の都構想賛成ビラと読み比べてみて下さい。どちらが本当の事を書いているのか?どちらが「まともなビラ」か?もう一目瞭然です。

維新のビラは、「疑問点は市役所職員に聞け」の「行政私物化」宣伝以外にも、もう突っ込みどころ満載です。つい最近も「住民サービス、グーンとアップ!」と、まるでスーパー玉出の1円セールみたいなビラをまき散らすありさまです。後は「二重行政削減効果」の数字を、何の根拠も示さず適当に列挙するのみ。印象操作で逃げ切ろうとしているのでしょうが、余りにも有権者をバカにしています。

先日、「オフィシャル・シークレット」という映画を観て来ました。この映画は、女性の英国諜報部員が、国連イラク攻撃決議を上げる為に、国連で多数派工作のメール盗聴を指示してきた米国政府のメールをマスコミにリークし、情報漏洩罪に問われた実話を基に描かれています。

確かに情報漏洩は犯罪ですが、本当に悪いのは違法な盗聴を命じた政府です。「確かに公務員は政府の指示に従わなければなりません。しかし、その政府に税金を払っているのは国民です。だから、たとえ政府の命令であっても、国民の利益に反する指示には従いません」と言う女性諜報部員の言葉に、私は心を打たれました。

ところが我が国の政府はどうか?我が大阪府知事や大阪市長はどうか?「選挙で選ばれた総理や知事、市長の命令には従わなければならない」と、まるで「俺様が中心」みたいな事を言っているではありませんか。公務員は、別に総理や知事・市長の為に仕事をしている訳ではありません。国民の為に仕事をしているのです。だから「公僕」「全体の奉仕者」と呼ばれるのです。

それが分かっていたら、「俺様は選挙で選ばれたのだから、皆、俺様の言う事を聞くべきだ」なんて、絶対に言えないはずです。行政の私物化なんて絶対にあり得ないはずです。これ以上、維新による行政私物化を許して良いのか?これ以上の「大阪市破壊」を許して良いのか?それを阻止する最後のチャンスが、11月1日の住民投票です。

コメント (1)
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中曽根を民営化による一番安い葬儀で葬ろう

2020年10月19日 11時46分00秒 | 一人も自殺者の出ない世の中を

家族を想うとき」という英国映画があります。今年12月には日本でも公開される予定です。

この映画は、失業して宅配業者との「ゼロ時間契約」で働かざるを得なくなった家族の悲哀と抵抗の物語です。「ゼロ時間契約」とは出来高払い契約の事です。今はやりのウーバーイーツの様な働き方です。労働者が宅配業者と結ぶのは雇用契約ではなく請負契約です。従業員は労働者ではなく「一人親方」として働かされます。実態は配達ノルマもある労働者なのに、荷物が無くなればいつでもお払い箱。逆に繁忙期にはとても運べないような量の荷物でも一人で運ばなければなりません。運びきらないと給料もらえないので24時間仕事に追われる羽目になります。車両事故を起こしても労災が適用されず全て自己責任。場合によっては宅配業者から損害賠償を請求される事もあります。

そんな働き方をはびこらせたのが英国のサッチャーであり、日本の中曽根です。サッチャーは労働組合を目の敵にし、英国の福祉制度を木っ端みじんに打ち砕きました。日本でも、中曽根が80年代に国鉄分割民営化で、国鉄職員の大量解雇を行い、国鉄の労働組合を潰しました。その結果、国鉄の後に誕生したJRでは、安全無視、儲け最優先の経営が横行し、信楽高原鉄道事故や福知山線事故を引き起こすようになってしまいました。だから、英国の左派は今でもサッチャーを目の敵にしています。「家族を想うとき」を製作した映画監督のケン・ローチも、「サッチャーの葬儀なんて、民営化による競争入札で、最低価格でやれば良い。民営化を主導したサッチャーもそれが本望だろう」と述べています。

ところが、この日本ではどうか。サッチャーと並んで民営化を推進した中曽根康弘の葬儀を自民党と内閣の合同葬で行い、国から9600万円も「公助」(公費)で出そうとしています。国民には「自助」という名で散々「自己責任」を強要しておきながら。その上、官庁や国立大学に事実上の弔意強制を呼びかけるような真似までする始末です。国は「強制ではない」と言いますが、従わなければ後で何をされるか分からないので、皆従わざるを得ません。そのやり方は、事実上の強制でありながら、あくまで「自粛要請」だと言い張り、コロナ休業補償の支払いを免れようとした手口と同じです。

ところが日本では、「民営化による最低価格でやれば良い」なんて言う人はほとんどいません。逆に、自分から進んで忖度(そんたく:迎合)し、国と一緒になって弔意を表さない大学を叩く始末です。橋下徹なんてその典型じゃないですか。学術会議の任命拒否問題でも、国による「学問の自由」侵害については何も言わず、まるで学術会議の方に非があるかの様に、「白を黒と」言い繕っています。「虐められるのは虐められる方にも非がある」という詭弁です。たとえ、どんなに虐められる方に非があったとしても、「虐めは100%虐める方が悪い」のに。

何故このような「奴隷根性」がはびこるのでしょうか?明治以降、家族が国家機構に完全に組み込まれ、まるで「国家の下請け」みたいになってしまっているからです。世界のどんな国でも、家族の誰かが虐められたら、他の家族は一丸となってその誰かを庇おうとします。もし虐めるのが国家権力であったとしても。たとえ国家権力に渋々従わざるを得ない場合でも、面従腹背を貫き、あくまで家族の一員を守ろうとします。だから、上がどんな独裁国家であっても、国民にはそれに対する抵抗力が一定備わっているのです。

ところが日本では、橋下みたいな奴がのさばり、国と一緒になって弱い者虐めに加担します。「自粛警察」なんて正にその典型です。だから、毎年3万人もの人間が自殺に追い込まれ、虐めや引きこもりの問題も全然解決しないのです。そして、上にはペコペコして何も言えず、その鬱憤を下に八つ当たりするしか能のない「毒親オヤジ」が大量生産される事となるのです。実際、私の親父も、私が会社の労災もみ消しに遭った時に、最初は会社の非をなじっていたくせに、いざ私が会社と徹底的に闘う姿勢を見せると、いきなり手のひらを返すように「会社に逆らうな」と言い出しました。

そんな事だから、いつまで経っても中曽根や安倍、麻生の様な人物が大手を振って首相に居座ってしまうのです。パソナ会長の竹中平蔵が政府の審議会に居座り、派遣労働の規制緩和や労働基準法の改悪を企んでも、誰もそれをおかしいと思わなくなってしまったのです。

もう、そんな「奴隷根性」に、いつまでも縛られるのは止めにしませんか?「死者に鞭打つな」と言いながら、実際は相手が中曽根だから何も言えないだけで、その鬱憤を弱者叩きで晴らすしかない。そんな内弁慶で小心者の「スネ夫」や「毒親オヤジ」みたいな惨めな生き方は、もう止めにしませんか?それでも、どうしても中曽根康弘の葬儀をやりたいと言うのであれば、民営化による一番安い葬儀で行うのが筋です。中曽根自身が「民営化」を推進したのですから、文句は言えないはずです。国民には「自助」を強いながら、自分の葬儀だけ盛大に「公助」で行うとするのは、余りにも身勝手です。以下転載。

中曽根元首相 人民葬営まれる(酒井徹の網絡日記)
ーー民営・安価で予算は960円ーー
 
■自民愛知県連前でしめやかに
中曽根康弘人民葬が10月17日に名古屋市の自民党愛知県連前でしめやかに行なわれた。
人民葬は故人の意思をくみ、960円の低予算で企画されたが、自称葬儀委員長から葬儀の冒頭、「実際には1056円かかってしまった」との会計報告がなされると、参加者からは「ナンセンス!」と厳しいヤジが飛んだ。
 
人民葬では10月10日に「中曽根康弘葬送デモ」を主催した紅川ヒミコさんが別れのあいさつを行ない、自称喪主の私が弔辞を読んだ。
 
■労組つぶしのための民営化
中曽根元首相はかつて、「行革で大掃除をして、お座敷をきれいにして、そして立派な憲法を安置する」と語っていた。
そしてその悲願の実現のために国鉄の民営化に踏み切った。
この狙いを中曽根元首相は2005年のNHK『日曜討論』で、「国労は総評の中心だから、いずれこれを崩壊させなくてはならない。それで総理大臣になったときに国鉄の民有化を真剣にやった。……民有化に一番反対していた国労は崩壊した。
そしたら総評が崩壊し、社会党が崩壊した。それは一念でやった」とあけすけに語った。
私は、「小さい頃は日曜の昼は毎日、国労ラーメンを食べて育ちました。そして今、あなたに『崩壊』させられた社会党に連なる、小さな小さな政党に所属しています。
今から十数年前には、あなたが制定した労働者派遣法の下で派遣切りされ、ホームレス一時保護所に収容されることになりました。あなた無しに今の私は無く、もはやあなたの子であると言っても過言ではありません」と、人民葬の喪主を務めた思いを語った。
 
■九千万円葬儀こそムダの極致
「国鉄に、専売公社に、電電公社ーー。あなたは民営化に心血を注いだにもかかわらず、『親の心子知らず』、あなたの後継者たちは本日、あなたの葬儀を9650万円も使って国営化しようとしています。
その事に心を痛めた私たちは本日、ここに中曽根康弘人民葬をこの様に厳粛に挙行いたしました」と人民葬の意義を私は説明した。
 
■中曽根:我々の手で葬り去ろう 
そして私は、「あなたと、あなたの残した新自由主義体制を葬り去る」という葬送の決意を述べた後、「あなたが自らの所業に反省の弁を述べる事無く亡くなられたことを、ここに深くいたむものであります」と弔辞を結んだ。
 
■中曽根氏と犠牲者らに黙とう 
最後に、人民葬の参加者らは午後2時10分に1分間の黙とうを行ない、中曽根康弘元総理の功罪とその犠牲となった全ての人々とに思いを馳せた。
 
【参考記事】
名古屋で「中曽根葬送デモ」 
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いつから大阪市は維新の下請け機関に成り下がったのか?

2020年10月14日 16時19分00秒 | 反ハシズム・弱い者虐め

昨日10月13日に、天下茶屋駅前で配っていた維新のビラ。「公平な立場で都構想の疑問に答えます」「大阪市の職員が丁寧にお答えします」と。いつから大阪市は維新の下請け機関に成り下がったのか?もうモリカケ以上の行政私物化ではないか。こんな北朝鮮みたいな事しておいて「公平」もクソもあるか!

このビラにある行政の維新偏重、行政私物化にどうしても納得出来ないので、今日14日に、イズミヤに買い物に行くついでに、善処を要望すべく、西成区役所に立ち寄りました。 区役所の総合窓口→区役所内の住民投票期日前投票ブース→このビラに記載の副首都推進局の電話窓口と、たらい回しにされた末に…。
 
副首都推進局に電話が繋がりました。以下はその時の私と推進局職員とのやり取りです。
 
私:たまたま維新が与党なので大阪市もそれに同調する形になっているが、元々、都構想は維新の看板政策に過ぎない。不偏不党であるべき行政機関の役所が、ここまで特定政党の政策に肩入れするのは如何な物か?
 
職:副首都推進局は都構想の主宰部署なので、市民からの疑問に応えるべく、この様に対応している。決して維新にばかり肩入れしている訳ではない。
 
私:都構想も、元々は維新という一政党の公約に過ぎない。それを、維新が与党だという理由だけで、都構想にここまで行政が肩入れしてもOKなら、例えば共産党が与党なら、市長が市役所内で勤務時間内に公務そっちのけで、赤旗まつりのチケット販売に精出しても良いのか?
 
職:それはダメです。
 
私:なら維新だけ何故OKなのか?都構想の住民説明会も、大阪市役所の主催なのに、都構想賛成の立場からの説明だけに終始し、反対論の紹介は一切無かった。これで不偏不党と言えるのか?これでは大阪市は維新の単なる下請けでしかない。
 
…とまあ、こんなやり取りを電話でしていました。これ以上、電話しても埒が開かないので、電話を切りましたが、何か釈然としません。副首都推進局曰く「他にも同様の苦情電話が掛かって来ている」との事でした。
 
折しも西成区役所前で維新が都構想賛成の街宣活動中で、同じビラを配っていたので、維新の運動員にも「大阪市の職員を維新の運動に利用するのは公私混同ではないか」と指摘しておきました。その運動員は「ご意見は承りました。上に報告しておきます」と言っていました。

もう今の若い世代には「自社公民」と言っても何の事か分からないかも。かつて野党だった社会・公明・民社各党も、大阪では自民党に相乗りして、オール与党として行政を食い物にして来た時代がありました。そのオール与党を総称して「自社公民」と言っていました。

そのオール与党に対する批判を背景に、2008年に橋下徹が大阪府知事に当選して早12年。最初は自民党推薦で知事に当選した橋下も、やがて地域政党の維新を立ち上げ、自民党とたもとを分つようになります。それで大阪府・市政はどう変わったか?

かつての自民党などオール与党の強権支配から、維新による強権支配に変わっただけでした。公用車の私的使用や勤務時間内のジム通い、果ては政務活動費の私的流用。公募区長や公募教育長による学校現場での「君が代」強制、パワハラ・セクハラ騒動。教育基本条例や職員基本条例で「物も言えない職場」に。自民党時代と何ら変わらぬ政治が続きました。

そして、今や「維新に非(あら)ずんば人に非ず」。都構想に反対しようものなら「非国民」扱いされかねない雰囲気になってしまいました。

その挙句に、都構想でわざわざ大阪市を廃止し、政令市から特別区に格下げする道を自ら選ぼうとするとは。まるで鼠が泥舟に乗り移り、集団自殺を図ろうとするが如く。

今度の住民投票も、公平に賛否を問うとは、とても言えない代物です。都構想の是非を問うラストチャンスなのに、住民説明会では賛成意見ばかり垂れ流し。マスコミも動員して賛成に誘導。まるで「勝てば官軍」と言わんばかりに。

これでは共産圏の選挙と全然変わりません。選挙や投票だけなら北朝鮮にもあります。それどころか野党もある。一応、形だけの野党が。

しかし、実際の選挙はいわば信任投票で、不信任(反対)票を入れようものなら後で何されるか分からない。今の維新信者による非維新バッシングを見ていると、もう、そう思わざるを得ません。

特定政党の公約に過ぎない都構想を、まるで全府民の意思であるかのように持ち上げ、本来なら公平・中立、不偏不党であるべき行政機関を、まるで自分達の道具であるかのように私物化。挙句に反対派を「非国民」扱い。戦時中と一体どこが違うのか?

このままでは、今度の住民投票が、新たな「ヒトラー誕生」のきっかけになるかも知れません。
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二重であろうが一重であろうがダメな物はダメ

2020年10月13日 16時44分00秒 | 反ハシズム・弱い者虐め
 
9月26日にクレオ大阪中央(大阪市天王寺区)で開催された大阪市主催の都構想住民説明会で、私が提出していた質問票に対して、都構想実施主体の大阪府・大阪市合同副首都推進局から、局長名で後述の回答がメールで来ていました。その詳細ならびに回答に対する私の感想を次に書いておきます。
 
まず私が質問票に書いた下記5点の質問事項を改めてここに示しておきます。
 
①二重行政が悪だと言うなら他の政令指定都市はどうなる?他も全て府県との二重行政になってしまう筈だ。しかし、他の政令指定都市でこんなに大騒ぎになっている所はどこにもない。何故、大阪だけずっとこんな騒ぎになるのか?         
 
②そもそも二重行政の一体何が悪いのか?知事と政令市長の意見が異なる案件については、両者とも簡単に賛同出来ないのは当然の事。そこから議論を戦わせ、論点をすり合わせて、一致点を探るのが民主主義ではないのか。それを、維新みたいに「全て選挙で決着を付ける。たとえ51%の得票でも勝ちは勝ち。敗者は無条件に従え」と言っていたのでは、対立が深まるばかりだ。しかも、最初の住民投票で都構想否決の民意が示されたにもかかわらず、「僅差だったからもう一度やる」と言うのは、単なるワガママ、ゴネ得でしかない。
 
③歴史も学部構成も異なる市立大学と府立大学を何故無理やり統合するのか?学問探究を単なるコストとしか考えていないからではないか?学生の声も聞かずに、市長と知事だけで、そんな勝手な事して良いと思っているのか?数ある施設統合策の中でも、これが一番納得出来ません。
 
④近くに府立病院があるからと言って住吉市民病院を廃止しながら、府立病院(現・急性期総合医療センター)を紹介状患者しか見ない金持ち専門病院に変えてしまい、一般患者を放り出してしまった事に対して、責任をどう取るのか?
 
⑤大阪市があるからこそ、西成あいりん地区の特別清掃事業も実施出来た。しかし、都構想で大阪市が廃止され、西成の事に疎い新・中央区の役人によって同事業も廃止されてしまうだろう。ホームレスを見殺しにするのか?
 

それに対して、副首都推進局から、10月12日に局長名で回答がメールで寄せられました(回答日付は10月9日)。下記がその回答文です。

*****

平素は、大阪市政にご理解、ご協力を賜り誠にありがとうございます。

早速ですが、お寄せいただきました「特別区設置協定書に関する質問」についてお答えいたします。

ご質問いただきました「二重行政が悪だというなら他の政令指定都市はどうなる?」「他の政令指定都市でこんなに大騒ぎになっているところはどこにもない。」「なぜ大阪だけこんな騒ぎになるのか?」につきましては、都道府県と政令指定都市との間の二重行政を解消し、調整するための協議の場として、平成28年度に地方自治法が改正され、指定都市都道府県調整会議がすべての都道府県と指定都市の間で設置されています。また、政令指定都市において、さまざまな検討が行われています。

それぞれの大都市の状況に応じて、それぞれにふさわしい大都市制度を検討するものであり、大阪においては、大阪の成長のスピードアップを図るとともに、住民に身近な行政の充実を図るためには、大阪府市を再編することで、広域行政は府に一元化し、大阪市をなくして基礎自治体として4つの特別区を設置する特別区制度(いわゆる大阪都構想)が必要と考えています。

次に、「そもそも二重行政の一体何が悪いのか?」「最初の住民投票で都構想否決の民意が示されたにもかかわらず、「僅差だったからもう一度やる」というのは、単なるワガママ、ゴネ得でしかない。」につきましては、東京一極集中や生産年齢人口の減少、超高齢社会の到来などの大阪の課題の解決に向け、大阪府と大阪市では、大阪の成長・発展に向けて取り組んできましたが、かつては相乗効果が発揮できず、二重行政が発生するなど、大阪の強みを十分に活かしきれていませんでした。

現在は、知事・市長の方針を一致させ、連携・協力することで、万博開催準備やインフラ整備など、大阪の成長への流れをつくってきました。

今後、この成長の流れを止めることなく、また、広域機能の一元化により生み出される成長の果実を住民の皆さんに還元していくため、大阪の成長をより強力かつスピーディーに進める体制づくりと、身近なことは身近で決めることができる仕組みづくりが必要です。

このため、広域行政の司令塔を大阪府に一本化し、二重行政を将来にわたり制度的に解消させるとともに、住民に身近なことは、住民に選ばれた区長・区議会が決定する特別区制度(いわゆる「大阪都構想」)の実現が必要と考えています。

そして、「大都市地域における特別区の設置に関する法律」に基づき、大阪府議会及び大阪市会の両議会の議決を得たうえで、大都市制度(特別区設置)協議会が設置され、特別区設置協定書が作成されました。その後、同協定書について、府市両議会で審議され、承認の議決がなされました。これを受け、大都市地域における特別区の設置に関する法律に基づき、住民投票が実施されるものです。

次に、「「大学の統合」について、歴史も学部構成も異なる市立大学と府立大学を何故無理やり統合するのか?学問研究を単なるコストとしか考えていないからではないか?学生の声も聞かずに、市長と知事だけで、そんな勝手な事して良いと思っているのか?数ある施設統合策の中でもこれが一番納得出来ません。」につきましては、大学の統合については、2012(平成24)年に「新大学構想会議」を府市で共同設置して以降、府・市・両大学で協議を重ねてきました。府市両議会で新設合併が議決され(府:2017(平成29)年11月、市:2018(平成30)年2月)、2019(平成31)年4月法人統合されました。

市立大学と府立大学の統合によって、文系から理系・医学・獣医学まで幅広い分野をカバーし、学生数でも東京都立大学を抜いて、公立大学ではわが国最大の公立総合大学となります。両大学の統合の狙いは、このポテンシャルを最大限に活かすことで、教育力、研究力及び地域貢献力の向上が図られることにあります。これにより、大阪の発展を牽引することが期待されます。また、大学の基本的な機能である「教育」「研究」「社会貢献」の3つの機能に加え、「都市シンクタンク」「技術インキュベーション」の2つの機能を備えた大学として、大阪の発展を牽引する「知の拠点」をめざします。

次に、「西成あいりん地区の特別清掃事業はどうなるのか。」につきましては、あいりん地域は、全国各地から労働者が流入し労働施策など社会全体の課題がこの地域に集中してきた経過があり、個別の取組みや一基礎自治体での取組みを超えた広域的な課題であるため、あいりん地域の諸課題が解決するまで地域の実情に精通した特別区と連携しながら大阪府が、「あいりん日雇労働者等自立支援事業」などの事業を実施することとしています。

貴重なご質問ありがとうございました。(以下略)

*****

私、これを読んでホトホト呆れました。私の質問に全然答えていないからです。

まず質問①に対する回答について。「他の政令指定都市も、都道府県との間で指定都市都道府県調整会議を設置して、さまざまな検討が行われるようになった」と。「別に大阪だけが大騒ぎしているんじゃないよ」と言う訳です。私は、大阪の大騒ぎに他の政令指定都市も巻き込まれて、仕方なく設置せざるを得なくなったと思っています。だから、大阪市を一旦廃止してしまったら、もう二度とやり直しが出来ない大都市法(大都市地域特別区設置法)のような欠陥法令が、付け焼き刃で決まってしまったのです。でも、これは大阪以外にも早晩起こり得る事なので、取り敢えずこの回答で了承しておきます。

問題は次の質問②に対する回答です。ここで局長は次のように回答しています。東京一極集中や生産年齢人口の減少、超高齢社会の到来などの大阪の課題の解決に向け、大阪府と大阪市では、大阪の成長・発展に向けて取り組んできましたが、かつては相乗効果が発揮できず、二重行政が発生するなど、大阪の強みを十分に活かしきれていませんでした。現在は、知事・市長の方針を一致させ、連携・協力することで、万博開催準備やインフラ整備など、大阪の成長への流れをつくってきました。」と(画像の赤枠部分)。

ここには二重の誤りがあります。その一つは、「政策の誤り」を「制度の誤り」にすり替えてしまっている点です。東京一極集中も少子高齢化(生産年齢人口の減少)も、国の政策の誤りによるものです。例えば最低賃金。東京都の時給1013円に対して沖縄県や青森県はわずか790円。こんな事やっていて東京一極集中が止まる訳がないでしょう。少子高齢化も、企業が正社員を非正規雇用に置き換え、国がそれを後押ししたから、若者が結婚もマイカー・マイホーム購入も諦めざるを得なくなったのが根本原因です。幾ら二重行政を無くして広域行政を大阪府に一本化した所で、大阪府が誤った国策の後追いをしている限り、誤りは無くせません。

もう一つの誤りは、それを数の大小の問題にすり替えてしまっている点です。間違った政策は、たとえ「二重」であろうと「一重」であろうと是正しなければなりません。都構想推進派は、WTCとりんくうタワーの二つを槍玉に上げて、「二重行政さえ無くせば、こんな無駄なビル建設競争なぞせずに済んだ」と言いますが、無駄なビルは本来一棟でもあったらダメなのです。ところが大阪府の松井知事も、大阪市の吉村市長も、万博やカジノに入れあげるばかり。これでは、WTCやりんくうタワーが、万博やカジノに化けるだけです。本当に大阪の景気を良くしようとするなら、こんな「打ち上げ花火」頼みのやり方ではなく、中小企業の経営やサラリーマンの生活をもっと支援し、景気の底上げを図るしかありません。

この二重の誤りが、次の質問③に対する回答にも如実に現れています。ここでは「府立大学と市立大学を統合して、我が国最大の公立大学にする事で、文系から理系まで幅広い分野をカバーし、学問研究や大阪の発展に貢献出来る」とあります。でも、大学なんて数が多ければ多いほど、受験機会も増えて、学問研究の選択肢も広がるのではないですか?勿論、粗製乱造はいけません。質の充実が前提条件です。質さえ保障されるなら、大学なんて幾つあっても良いじゃないですか。逆に、数を幾ら減らしても三流大学では意味がない。そう考えると、府大も市大も、決して三流大学では無かったのに、何故、無理やり統合してしまったのか?これでは「経費削減まず先にありき」だと言われても仕方ありません。

そして質問④に対する回答がありませんでしたが、これにも同じ事が言えます。幾ら数を減らした所で、それに見合うだけの質の充実が無ければ無意味です。ところが、府立病院でカバー出来ない患者を住吉市民病院でカバーしていたのに、後者を無理やり潰して、前者も紹介状持参患者しか診ない金持ち専門病院に変えてしまったら、一般患者は一体どうなるのか?ちゃんと質問に答えて下さい。

質問⑤に対する回答も、私の疑問に応える物ではありませんでした。「あいりん地区の課題解決は、特別区だけで担える業務ではないので、大阪府が地元の特別区と連携しながら行う」という回答でした。ところが、大阪市廃止後に設置される地元の新・中央特別区は、今の中央・浪速・西区から、大正・西成・住之江区まで抱え込む事になります。残すとされる「区役所」も、実際は「特別区の下に設置される地域自治区の事務所」に過ぎません。「地域自治区」には「区長」も「区議会」もありません。諮問機関で決定権のない「地域協議会」が置かれるだけです。これでは単なる「下請け」です。

その中で、新・中央特別区の財政を支えるのは、あくまでもミナミなどの繁華街を抱える中央・浪速区や、高額納税者のタワマン住民が住む西区です。それらの区民が、西成の日雇い労働者や大正下町の商店主の事をどれだけ知っているでしょうか?はっきり言って「お荷物」ぐらいにしか思っていないのではないでしょうか?大企業や金持ち連中から選ばれた区長や区議会議員が支配する特別区で、果たしてどれだけ「ニア・イズ・ベター」な区政が実現されるでしょうか?そんな事なら、まだ今の西成区や住之江区が機能する大阪市のままの方が、よっぽどマシです。

「二重」であろうが「一重」であろうが、ダメな物はダメです。大阪市が無くなり、中途半端な特別区に置き換えられるぐらいなら、まだ今の大阪市のままの方が良いです。

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【ネット署名の呼びかけ】日本学術会議会員任命拒否の撤回を求めます

2020年10月07日 07時02分00秒 | モリカケも忖度もない公平な社会を
 
 
学術会議が推薦した学者のうちで、一部の方の任命を菅首相が拒否した問題。「政府に批判的な学者の任命を拒否した」「学問の自由に対する侵害だ」と、大問題になっていますが、これは何も戦前だけに限った話ではありません。また政治だけの問題でもありません。
 
「何でも上に倣(なら)え」という「事大主義、権威主義、事なかれ主義」が職場にはびこると一体どうなるか?ウチの会社の野○や井○などのバイト・社員や、ウチの毒親の○○を見ていると、それがよく分かります。もうイエスマンばかりになって、非常に働きにくい職場になってしまいます。
 
私の勤め先は、大手スーパーの物流センター業務を委託されている請負企業で、私はそこの契約社員なのですが…。
●スーパーが備品の台車をなかなか購入してくれなくて、会社もスーパーに遠慮して購入要望がなかなか言い出せず、バイトに無駄で危険な荷物の積み替え作業を強要。
●荷物量増大で仕事が増えているにも関わらず、スーパーからの委託手数料が削られ、時給切り下げという形でバイトにしわ寄せ。
●挙句に、日本語の読み書きも満足にできないベトナム人バイトを雇い入れ、ベトナム人の世話をバイトに丸投げ。
●トイレの落書きも、下手に関わり合いになると自分の責任にされてしまうという事で、誰も消そうとせずに、数か月も放置。更に落書きされる羽目に。
●酷い場合は、障害物があっても取り除こうとすらしない。同じ職場でも大勢の下請け会社が出入りしていて、身分も正社員・直雇用のバイト・外部の派遣社員とマチマチなので、誰に言って取り除いてもらえば良いか分からない場合があります。だったら、「もうそもままにしておけ」となってしまうのです。
●私の労災認定を会社が渋り、自己責任にされかけた時に、親は私をかばうどころか、「会社に逆らうな」と暗に圧力。
 
あまり詳しく書くと勤め先が分かってしまうし、学術会議の任命問題から外れてしまうので、ここでは簡単にしか書きませんが、もうそういう事例が山ほどあります。小泉政権時代に、構造改革の一環として、派遣・委託・請負などのアウトソーシング業務が、「自由な働き方」という美名の下に、鳴り物入りで導入されました。しかし現実は、「自由な働き方」どころか、下請け差別が更に蔓延し、労働者は下請け企業ごとに分断され、労働組合にも組織されず、奴隷状態に落とし込められてしまいました。
 
そんな腑抜けみたいな社員の下では、仕事はますますやり難くなります。そんなバカ社員だらけのバカ企業には、人もますます寄り付かなくなります。人手不足も長時間労働もますます酷くなってしまいます。業績も悪化する一方なので、時給もいつまで経っても低いままです。
 
自由に物が言えない職場では、何でも「上に倣え」となり、人は自分の頭で物を考えなくなります。人間が猿に退化してしまうのですから当然です。まさに条件反射でしか動けない「パブロフの犬」状態。これほど分かり易い例えはないでしょうw。安倍や菅、橋下などがよく口にする「決められる政治」と言う言葉も、あくまでも上から観た捉え方に過ぎません。下からすれば「上が勝手に決めた事を、有無を言わさず奴隷のようにやらされる」だけです。
 
だから、この政府による任命拒否問題も、私達には「とんでもない事だ」と、理屈ではなく肌感覚で分かるのです。御用評論家の中には「政府にも裁量権がある」と、擁護する向きがありますが、ピント外れも甚だしいです。天皇が総理大臣を任命出来るのも、国会の指名と内閣の承認があればこそ(憲法第6条)。天皇が勝手に任命拒否なんて出来ません。それでは国民主権の否定になってしまいます。今回の政府による任命拒否もそれと同じ問題です。
 
同時に、学術会議の在り方についても、今、議論になっています。しかし、だからと言って、「政府が勝手な事をして良い」と言う事にはなりません。それとこれとは全く別の問題です。ましてや、それを口実に、「パブロフの犬」状態を更に酷くするような愚行に加担するなぞ、あってはならない事です。
 
ところが、「前例打破」を標榜する首相が、実は一番、森友・加計問題や「桜を見る会」などの「悪しき前例」擁護に必死になっているのですから、もうブラックユーモアでしかない。菅首相は「総合的・俯瞰(ふかん)的に判断して任命拒否した」「学問の自由侵害には当たらない」と、おうむ返しに繰り返すばかりです。しかし、どこが「総合的・俯瞰的」なのか?何故そう言えるのか?全く説明不能に陥っています。(俯瞰的=全体的ぐらいの意味に捉えておけば良いでしょう。難しい言葉を並べて煙に巻こうとしてもムダだw)
 
以下、最近の私のツイート(ツイッターのつぶやき)より。
 
●マルチン・ニーメラー牧師曰く、
ナチスはまず共産党を弾圧した。私は共産党ではないので黙っていた。次に社民党や労働組合、ユダヤ人を弾圧した。私はそのいずれでもないので黙っていた。最後に教会を弾圧した。その時、私は牧師だから立ち上がったが、もう共に立ち上がってくれる人は誰もいなかった。
 
●ネトウヨ曰く、
安倍が最初に教育基本法を改悪した。私は日教組めザマアミロと拍手喝采した。次に安保法制を強行可決した。私は北朝鮮から日本を守る為には止む無しと賛成した。最後に公文書を改ざんした。私は流石にこれはマズイと思ったが、もうその時には多くの国民が慣れっ子になってしまっていた。
 
●大阪市民曰く、
維新は最初に公務員を攻撃した。私は税金泥棒めザマアミロと拍手喝采した。次に文楽や人権博物館の予算を減らした。私はムダ削減と賛成した。最後に大阪市を廃止しようとした。私は流石にこれはマズイと思ったが、もうその時には反対する人は少なくなってしまっていた。
 
●菅が特定の新聞記者を排除しようとした。私は後難を恐れて黙っていた。次に公文書改ざんの再調査はしないと言った。この時も政権に睨まれるのが嫌で黙っていた。やがて菅は首相になり学問の自由まで侵そうとして来た。私は戦前みたいな事は止めろと思ったが、もう既に戦前みたいになってしまっていた。
 
この政府による任命拒否をおかしいと思う方は、是非、下記のキャンペーンに賛同して下さい。↓
 
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もっと執念深くあれ

2020年10月04日 23時08分00秒 | 新型コロナ・アベノマスク

香港に再び栄光を!(願栄光帰香港・日本語版)《Glory to Hong Kong》《香港に栄光あれ》【動画版】

日本学術会議が推薦した学者のうち、一部の方の任命を政府が拒否しており、政府による人事介入だと問題になっています。学術会議による推薦は、学問の進歩に業績のあった学者に対して、学術会議が自主的に行うものです。それに対して、政府が正当な理由もないのに横やりを入れるのは、許される事ではありません。

もし、そんな事が横行するなら、たとえ正論であっても、政府に対して何も言えない事になってしまいます。戦時中がまさにそうでした。19世紀から20世紀へと時代が移り、民主主義や民族自決の流れが次第に勢いを増す中で、ひとり日本だけが、19世紀と変わらぬ帝国主義、軍国主義に固執し続け、時代の流れから取り残されてしまっていました。そして、ヒトラーナチスやファシズムのイタリアなどと結託して、全世界を敵に回して無謀な戦いを始めてしまいました。その結果、国土を焼け野原にされた挙句に、無条件降伏する羽目に陥ってしまいました。この時も、もし戦争反対を叫ぶ人がもっと大勢いたら、こんな無謀な戦いなぞ食い止める事が出来たはずです。この事だけを見ても、政府の言う事が全て正しいとは言えないのは明らかです。
 
安倍政権以前の自民党なら、まだここまで酷い事はありませんでした。たとえ日米安保体制や資本主義を堅持する中でも、中間層にもそれなりに配慮して、不充分ながらも社会福祉の拡充にも一定取り組む姿勢を見せていました。ところが、小泉政権やその後の第一次安倍政権になってからは、正社員から派遣労働への置き換えがどんどん進められ、それまで僅かばかりあった弱者への配慮は影を潜めてしまいました。それと同時に、平和憲法も蔑ろにし、ますます米国におもねり、杉田水脈みたいな男尊女卑のLGBT差別者が横行するようになってしまいました。
 
その結果、とりわけ安倍政権以降は、森友・加計問題や「桜を見る会」疑惑に見られるような、公文書やデータの改ざん、隠ぺいが堂々とまかり通るようになってしまいました。そして、安倍から政権を引き継いだ今の菅政権になって、学術会議の決定に政府が横やりを入れる形で、遂に戦前のような言論弾圧、思想統制が、ここまで公然と行われるようになってしまったのです。
 
政府がここまで民主主義を踏みにじる姿勢を明らかにした以上は、もはや私たちも、今までみたいに政府を信用する訳には行かなくなりました。勿論、「公衆道徳を守れ」などの最小限の規範については、どんな政府の下にあっても守らなければなりません。しかし、それ以上の事については、たとえ「お上」の言う事であっても、無条件に従う必要なぞないと思います。
 
学術会議の会員も、以前は政府の任命なぞもなく、会員の互選で選ばれていたと聞きます。それが、政府も学術振興の建前上、学術会議の意見も尊重しなければいけなくなり、現在の任命制に切り替わったようです。だから、任命と言っても形式的なもので、人事の内容については介入できないはずです。デモを行う場合は警察に道路専有許可をもらわなければなりませんが、それはあくまでもデモ隊や通行人の安全を守る為であって、警察はデモの内容にまで介入する事は出来ません。学術会議の人事任命もそれと全く同じです。
 
こんな事は民主主義のイロハです。それは、たとえ、どこか他の党が自民党に変わって政権を取ったとしても同じです。そんな事も分からないような政府なら、私たち国民の方も、政府との関わりは最小限にして、政府の言う事に是々非々で臨むしかありません。そんな政府なら、学術会議の人選も、現在の任命制から、かつての選挙制に戻した方が、お互いに後腐れなくて良いのではないでしょうか。もし、学術会議の人選を以前の選挙制に戻した結果、政府に対する影響力がなくなったとしても、学問の自由を侵されるよりは遥かにマシです。
 
社会保障の諸々の権利は、私たちが長年に渡る闘いの中で勝ち取って来た物なので、たとえ相手がどんな政府であろうと、私たちの方から放棄する必要は一切ありません。国民の生活の面倒を見るのは政府の義務です。それは憲法24条に書いてある通りです。その代わり、私たちも最低限の義務は果たそうと思いますが、それ以上に、政府の言いなりになる必要はありません。ましてや、政府の意向をおもんばかって、国民の方から政府に遠慮して、公文書の改ざんに手を染めるような事なぞ、絶対にあってはなりません。
 
これは大阪都構想についても充分言える事ではないでしょうか。来る11月1日に大阪市において、政令指定都市の同市を廃止して4つの特別区に分割する事の是非を問う住民投票が行われます。この住民投票は大都市法(大都市地域における特別区の設置に関する法律。大都市地域特別区設置法とも言う)という法律に基づいて行われますが、この法律には根本的な欠陥があります。
 
実は、同法には、特別区を廃止して再び政令指定都市に戻る手続きが定められておりません。これでは、政令市(政令指定都市)の住民は、特別区に変わる事が出来るが、再び元に戻す事は出来ないという、いわば「片道切符」のような状態に置かれる事になります。
 
「特別区に変えたい」と思うのが民意なら、「それを元に戻したい」と思うのも民意です。どちらも民意として対等に扱われるべきなのに、片方の民意しか実現出来ない「片道切符」のような法律では、とても民主的な法律とは言えません。
 
大都市法には、他にも片手落ちな部分は沢山あります。例えば、特別区が設置されても、東京以外の道府県は「都」とみなされるだけで、正式に「都」を名乗る事は出来ません。「都」に変更するには、また別の法改正が必要となります。その他にも、政令市に隣接する市町村は、住民投票も実施せず議会の議決だけで特別区に改編出来るなど、とても民主的とは思えない条項が目につきます。
 
 
本来なら、それらも含めて、片手落ちの部分については、全て改正すべきだと思いますが、その中でも特に、前述の「片道切符」の規定については、到底納得出来るものではありません。こんな「丁半博打」みたいな、いい加減な住民投票で、大阪市の将来が決められたのでは、おちおち安心して大阪に住む事も出来なくなります。
 
それを、私のような名もなき一般庶民が、いきなり政府に言った所で、門前払いを食わされるのが関の山です。しかし、自民党大阪市議団の議員からの提案となると、政府与党としても、そうそう無碍に扱う事は出来ないはずです。
 
たとえ、それが無理だったとしても、最初から無理だと諦めていたら、何も事態は好転しません。たとえダメ元でも、提案してみる価値はあると思います。こんな事を言うと、「まだ住民投票も始まっていないのに、投票での負けを前提に、法改正の話をするのは如何なものか?それは敗北主義ではないか」と思われる方もおられるかも知れません。しかし、私に言わせると、今の法律の不備をそのままにして、危険極まりない「丁半博打」にのめり込む事こそ、よっぽど「敗北主義」だと思います。
 
今回の住民投票は、公平とはとても言えない代物です。本来なら公平中立であるべき行政機関の大阪市が、一政党に過ぎない維新の尻馬に乗って、維新の宣伝ビラのような都構想の説明パンフを、税金を使って住民説明会や市内全世帯に配布しているのですから。これでは独裁国家の形ばかりの選挙と何ら変わりません。
 
前回の住民投票前の世論調査では、都構想反対派が賛成派を10ポイント余り上回っていましたが、投票結果は1万票余りの僅差での辛勝でした。ところが今回は、同じ投票前の世論調査で、既に賛成が反対を5〜10ポイントも上回っています。このまま行けば、今回は住民投票で負けてしまいます。
 
勿論、それは前述の維新が牛耳る大阪市政、在阪マスコミ総がかりの世論操作のせいですが、だからと言って、その無法を指をくわえて座視するだけで、後は望みのない「丁半博打」に賭けるだけでは、そちらの方こそ、よっほど「敗北主義」だと思います。
 
その様な住民投票であっても、戦う以上はベストを尽くすべきですが、「負けたらもうそれで終わり」では、大阪市民に対して、余りにも無責任だと思います。維新も1回目の住民投票の結果を受け入れず、また性懲りもなく2度目の住民投票を仕掛けて来たのです。だったら我々の方も、たとえ一度の住民投票で負けても、再び捲土重来を期す権利はあるはずです。
 
たとえ、今回の住民投票で敗北するような事があっても、2025年1月1日の大阪市廃止までには、まだ間があります。その間に最後の大阪市長選挙や大阪市議会選挙も行われます。そこで維新の独裁をひっくり返してやれば良いのです。そして、万策尽きても、2024年の大晦日に、大阪市役所に市民が立てこもって抵抗すれば良いのです。それでもし維新が何か言って来たとしても、「お前らも最初の住民投票の結果を尊重しなかったから、おあいこではないか」と言い返してやれば良いのです。
 
韓国や台湾の民衆は、それで独裁政権を倒して、現在の民主化を勝ち取って来たのです。米国の人種差別反対の闘いや、中国の香港における民主化闘争も、そのような戦いです。別に火炎瓶を投げるだけが闘いではありません。今、香港で行われているのは、公園のベンチに座り込んで、皆が一斉に政府批判の新聞を読む闘いです。幾ら悪法が施行されても、政府が香港の自治や自由を守ると表向き言っている以上は、新聞を読む権利まで抑える事は出来ません。
 
維新が大阪で強いのも、そういう執念深さがあったからです。だから、一度負けても、またゾンビのように息を吹き返して来たのです。私たちもその執念を見習い、維新と同じような事をしてやれば良いのです。それなのに、私たちが変に物分かりが良すぎるから、杉田水脈や維新みたいな奴らが、ますます増長するようになってしまったのです。
 
私は、国政においては自民党とは今後も鋭く対決して行きます。しかし、こと大阪に限って言えば、敵はむしろ自民ではなく維新です。維新と言うゾンビが大阪を無茶苦茶にしようとしている時に、都構想反対派の中で、自民党がどうの共産党がこうのと、言い争っている暇なぞないはずです。だから、都構想反対に向けての団結を自民党のある人に訴える場合も、私は安倍政権批判は一切しませんでした。それを「野合」と言うなら言わせておけば良いと思います。「都構想という名の、大阪府による大阪市むしり取りに反対する事」も立派な大義です。そんな大義もなく、ひたすら自分たちの保身の為に、まともな説明もなく、一夜にして都構想反対から賛成に寝返った公明党や自民党府議の一部の方こそ、よっぽど「野合」ではないでしょうか。
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