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2015年大阪ダブル選挙の私的総括

2015年11月27日 14時51分54秒 | 反ハシズム・弱い者虐め

 

 

 

 そろそろ大阪ダブル選挙の総括を書かなければならないと思ってはいましたが、敗戦のショックで、なかなか気乗りしませんでした。ようやく気分も落ち着き、自分なりの感想が書けそうな気がしてきたので、ここに簡単に書いておきます。なお、「ダブル選挙の総括」と言うからには、本来なら大阪市長選挙と府知事選挙の両方について書かなければならないのですが、都構想住民投票とのデータ比較の関係で、ここでは主に市長選のみの総括に限らせていただきます。

 

 2015.11.22.大阪市長選の得票数・率  投票率50.51%(前回比▲10.41P)

 当 吉村洋文 596,045(56.4%) 40 大阪維新の会公認・新人(元・衆院議員)

   柳本 顕  406,595(38.5%) 41 無所属(自民党・「府民の力」推薦)・新人(元・大阪市議)

   中川暢三   35,019( 3.3%) 59 無所属・新人(元・大阪市北区長)

   高尾英尚   18,807( 1.8%) 33 無所属・新人

 

 上記が今回の大阪市長選挙の結果ですが、残念ながら反維新勢力の惨敗です。「維新政治ストップ」を掲げた元・自民党市議の柳本候補が、自民党だけでなく民主党や共産党、公明党の支援まで受けながら、たった40万票しか得票できなかったのですから。つい半年前の5月17日に、「大阪市を無くすな」と、都構想住民投票で投じられた70万票の反対票と比べると30万票も減らしています。

 しかし、その一方で、当選した「大阪維新の会」公認の吉村候補も、60万票弱と、住民投票での都構想賛成票よりも約10万票も減らしています。そして、市長選挙の投票率も、前回市長選よりも約10ポイント、住民投票との比較では約16ポイント下回っています。その原因には、現職大阪市長(平松邦夫)や現職知事(橋下徹)と言ったビッグネーム同士の対決となった前回市長選とは違い、今回は新人同士の対決となった事も大きいと思いますが、それだけでなく、橋下市長や「大阪維新の会」自身が、ワンフレーズ・ポリティクスの乱用や内紛・不祥事の連続などで、最盛期の勢いを失いつつある事もあるのではないでしょうか。

 

前回市長選、都構想住民投票との得票数・率の比較 

 2011.11.27.大阪市長選 橋下 徹 750,813(58.96%) 投票率 60.92%

 2015.05.17.都構想住民投票賛成票 694,855(49.06%) 同上  66.83%

 2015.11.22.大阪市長選 吉村洋文 596,045(56.04%) 同上  50.51%

 

 2011.11.27.大阪市長選 平松邦夫 522,641(41.04%)

 2015.05.17.都構想住民投票反対票 705,585(50.04%)

 2015.11.22.大阪市長選 柳本 顕 406,595(38.05%)

 

   

 少なくとも、5月の住民投票の時には、その一ヶ月近くも前から何度も集会やデモが行われ、「自・共野合」どころか、自民党と中核派系労組が隣同士で都構想反対の署名集めに取り組んでいる光景を、私も目の当たりにしました。共産党系の集会には自民党の柳本卓治氏だけでなく、他の保守系市長も出席したりメッセージを寄せられたりしていました。街頭では自民党と共産党の合同街頭演説会が行われ、自民党系の集会にも民主党や共産党の市会議員が多数参加していました。私も、それらの集会やデモに何度も参加し、レポート記事をブログに上げさせてもらいました。それと比べると、今回の大阪ダブル選挙は低調そのものでした。

 

 実際、今回の市長選挙には、住民投票の時のような熱気は全然感じられませんでした。選挙の告示前にはそのような動きはほとんど無く、告示後も、市民運動レベルではSEALDs(シールズ)主催の集会・デモが一度か二度あったきりではなかったでしょうか。

 そして、知らぬ間に自民党系の候補者が名乗りを上げていて、共産党がそれに乗っかっただけだったように思います。特に、府知事候補の元女性府議(栗原貴子氏)なぞ、無名に近い人物でした。市長選挙には維新陣営も無名の新人候補を出してきましたが、こちらはバックに現職知事の松井一郎や元共同代表の橋下徹がついていて、維新陣営は、この二人の知名度を生かした物量作戦を選挙終盤に展開しました。

 その結果、せっかく橋下引退で府・市政奪還のチャンスがありながら、そのチャンスを活かす事ができずに、相手の「勝ち逃げ」を許してしまったのです。 

 

 維新陣営の駅頭宣伝では、政界を引退したはずの橋下徹が市長選パネルの中に蘇り、運動員は政策そっちのけで「大阪維新の会、知事には松井、市長には吉村」と、ひたすら候補者名を連呼するのみでした。選挙ポスターにも、橋下が客寄せパンダよろしく「×日×時に××小学校に来たる!」と、鳴り物入りで登場する始末。もう、「維新の候補者は橋下の単なる操り人形でしかないのか」と思いました。 

 

 むろん、反維新陣営にも、それなりに「言い分」はあるでしょう。

 共産党について言えば、「住民投票の後は戦争法反対運動で手一杯だった。全国レベルでは、戦争法成立を強行しようとする自民党との協議なぞ、とても出来ないような雰囲気だった。でも、ダブル選挙で維新に勝つためには、自民党大阪府連とは手を携えて行かなくてはならない。だから、戦争法成立の後の選挙戦では自民党とも共闘したのだ」と言うのが、おそらく本音ではないでしょうか。

 なるほど、政党や支持者レベルでは、その理屈は成り立ちます。戦争法や維新政治に反対するのも、「国民(府民)生活防衛、改憲反対、平和と民主主義を守る」という同じ目的から出たものですから。でも、その理屈が通用するのは共産党の支持者までです。「今の自民党の安倍政治や維新の橋下政治が、国民生活や平和や民主主義を脅かしているとは感じない」層にとっては、いくらそんな事を言っても、「野合」としか映らないでしょう。

 他方、自民党の大阪府連について言えば、自民党政治の枠内にとどまりながらも、その枠内でできる精一杯の事はやってきたと思います。府連組織が、維新陣営のような派手な宣伝戦には打って出ずに、地味な組織固めに精力を注いだのも、ある程度の票の目減りが避けられない事を、彼ら自身も分かっていたからでしょう。そして、安倍政権が、表向きは自民府連を応援しながら、裏では同じ改憲志向の維新とも手を握り、選挙応援サボタージュを決め込む中でも、独自に候補者擁立に動いた事も、これまでの報道から推測できます。しかし、官邸サイドからの横槍もあって、意中の候補者にはことごとく出馬を断られ、最終的に身内の無名候補を擁立するしかなくなった、というのが実態ではないでしょうか。

 

「橋下新党こそ偽物」=松井氏の政権寄り発言暴露―維新・江田氏(時事通信)

 維新の党の江田憲司前代表は23日、富山県小矢部市で講演し、橋下徹大阪市長が率いる国政新党「おおさか維新の会」について、「大阪都構想実現のために安倍官邸と手を組んでいかないといけなくなる。どうぞ与党の方に行ってください」と述べ、一線を画す姿勢を示した。その上で「大阪側から『偽物』と誹謗(ひぼう)中傷を受けたが、野党勢力結集という公約を違えた方が『偽物』だ」と批判した。(中略)

 江田氏は、維新分裂の引き金となったのは、松井一郎大阪府知事が安倍政権寄りの姿勢を明言したことだと説明。松井氏が6月に江田氏と会談した際に「自民党と手を組んで政策を実現していく。われわれはもう政権交代を目指さない」と述べた、と暴露した。(後略)(以上引用)

 http://www.jiji.com/jc/zc?k=201511/2015112300325

 

 もう、この時点で、本当に大阪の事を思うならば、こんな「隠れ維新」の自民党からは離脱すべきだったのでしょうが、残念ながら、府連にはそこまでの覚悟が無かった。だから、候補者の出馬表明が告示直前にまでもつれこみ、共産党も自民党大阪府連の候補者に乗るしか無かったのでしょう。 

 これが有権者には「相乗り」と映ってしまったのではないでしょうか。かつての社会党が自民党と相乗りして、オール与党として大阪の政治を食い物にした姿と同じように見られてしまった。その一方で、大阪維新の方はと言うと、こちらも東京の維新執行部と醜い本家争いを繰り広げながら、橋下のマスコミ操縦術とそれに迎合する安倍や商業マスコミの宣伝のおかげで、逆に自党の宣伝に利用してしまった。

 

 そこで、私が不思議に思うのは、「なぜ、住民投票が終わった段階で、第三者の文化人や市民団体も交えた候補者選考委員会を立ち上げなかったのか?」という事です。市民団体や民主党、公明党なども交えた候補者選考委員会を立ち上げ、そこに候補者選考や公約づくりを任すのです。もちろん、自民党や共産党もその中に加わります。

 そうすれば、たとえ自民党や共産党が身動き取れなくなっても、その他の人たちで協議を続ける事ができ、うまくいけば、もっと維新に対抗できる候補者を擁立できたかも知れません。告示前には確認団体として選挙を戦う事もできたのではないでしょうか。選挙ビラにも、「元・市議団幹事長」や「元・女性府議」なんかではなく、堂々と候補者名を載せる事ができたでしょう。そして、「統一公約」の形で発表していれば、共産党や自民党の支持者ではない無党派の一般市民にも、「これは野合ではなく政策に基づく共闘だ」と、堂々と説明できたのではないでしょうか。

 つまり、「沖縄県知事選挙や那覇市長選挙と同じ構図の闘いに持ち込むべきではなかったのか?」という事です。沖縄の辺野古新基地建設問題と大阪都構想の問題とでは、抱える問題の規模や深刻度は違いますが、どちらも自民党の安倍政治や、その別働隊たる維新の橋下政治に、国民生活も民主主義も踏みにじられようとしている点や、その悪政に抵抗する動きが自民党の地元組織の中からも起こっている点では共通しています。違うのは、大阪の自民党が安倍政権への期待(幻想)をいまだに捨てきれない点だけですが、これも、橋下の「入閣」次第によって変わってくるでしょう。

 少なくとも、今年5月の住民投票直後には、反維新陣営の間には、統一候補擁立を検討する声もありました。それを今からでも発揮すべきではないでしょうか。そうすれば、いかに橋下と言えども、そう簡単に自分の好き勝手にはできないはずです。いくら大阪では維新が第一党だと言っても、相対得票率でも過半数を割り込み、基礎票では府民の3割程度の支持しか獲得できていないのですから(下記参考資料参照)。統一候補の擁立や統一公約の策定まで出来てこそ、本当の「国民連合政府」構想と言えるのではないでしょうか。

 

(参考資料)

 2014.12.14.衆院比例区得票(大阪市計) 投票率 47.78%

  維新  331,343 (A)

  次世代   19,444 (B) (A)+(B)=350,787

  自民  230,797 (C) 

  生活    11,808 (D)

  社民    12,850 (E)

  共産    140,410 (F)

  民主    65,479 (G)

  公明  183,442 (H) (C)~(H)計=644,786

 

 維新・次世代支持層の95%、自民支持層の4割、その他の党支持層の2割が維新陣営に流れたと想定しても、

 維新陣営の (A+B)×0.95+(C)×0.4+(D~H計)×0.2=508,362票に対し、

 反維新陣営は(A+B)×0.05+(C)×0.6+(D~H計)×0.8=487,208票と、わずか21,154票差にしかならない事が分かる。

 しかも、この衆院選(比例区)の投票率はわずか47.78%。大阪市民有権者の過半数、111万8533名もの有権者が棄権しているのだ。その111万8千余票の2%も獲得できれば、今回の市長選挙の結果も簡単にひっくり返す事が出来たのではないか。

 http://www.city.osaka.lg.jp/contents/wdu240/sokuhoukekka/kaihyo_data_02_h26.html

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名無しの訴えではやはり力が出ない

2015年11月22日 09時48分40秒 | 反ハシズム・弱い者虐め



 昨夜遅くに書いた大阪ダブル選挙に関するブログ記事は一旦削除して、新たに書き直したものをここに掲載します。昨夜の記事は、単に今までのツイッターのつぶやきを書き並べただけなので。それを書いた時は、まだ自分の頭の中で言いたい事がまとまっていなかったので、漫然とただつぶやきを書き並べただけに終わってしまいましたが、一晩寝たら、それなりにまとまったものが書けそうな気がしてきましたので、この早朝に起きて一気に書き上げる事にします。

 上記の「1秒でわかる大阪ダブル選挙の構図」(1秒図)は、野村ともあきという、自民党堺市会議員の人がまとめて下さったものです。「自民党と共産党が野合している」との橋下・維新からの罵倒に対して、「野合ではなく、維新以外の全ての党派や個人が、維新のデタラメ政治に反対しているのだ」という事を分かりやすく示した図です。
 私も、この図の通りだと思います。ただ、それと同時に、「各党がそれぞれ反維新候補をバラバラに支持している」という段階では、「1+1が3にも4にもなる」という所まではなかなか行かないのではないか、という懸念も感じます。

 確かに、共産党が過去に堺市長選挙で「堺は一つ」と訴えた竹山修身・現市長を支持した時も、共産党は市長陣営の確認団体には加わらず、勝手連的に支持して、市長の当選を勝ち取る事ができました。でも、この時は、市民の大多数が現市長の「堺市を無くすな」の訴えを支持したからこそ、当選を勝ち取ることができたのです。
 しかし、今の大阪の「反維新」の気運は、まだそこまで行っていないように思います。確かに、橋下・維新の化けの皮が徐々にはがれ、長い目で見れば人気が下降しているのは確かですが、それでも、まだまだ府民の多くが橋下の饒舌(じょうぜつ)に絡め取られているのが現状です。非常に残念な話ではありますが。

 また、大阪都構想の是非を問う住民投票の時も、橋下・維新が都構想推進で突っ走ったのに対して、維新以外の全党派が都構想反対の立場で結集し、見事、投票で否決を勝ち取りました。この時も、上記の「1秒図」と同じ構図で反対運動が展開されました。でも、この時は純粋に都構想への賛否が問われただけで、別に誰か具体的な候補を推したり、他の政策をすり合わせたりする必要はありませんでした。また、公職選挙法の適用も受けなかったので、都構想に反対の党派や個人は、めいめいバラバラに各自で運動を展開する事ができました。

 しかし、今回の大阪ダブル選挙はどうか。確かに、自民党も共産党も、その他の党派や個人の方々も、公式HPなどを拝見する限りでは、それぞれ独自の立場で一生懸命、選挙を闘ってはおられるのですが、実際に自分の今住んでいる街や通勤の行き帰りで見ると、なかなかそれが見えて来ないのです。
 見えてくるのは、橋下・維新の金にモノを言わせた街頭宣伝だけです。彼らは毎日のように大阪市内の駅頭で宣伝しています。町内会のじいちゃん、ばあちゃんまで動員して、ビラも再生紙ではなく上等な紙を使って、イラストもふんだんに取り入れたものを駅頭で配っています。

 大阪では、彼ら橋下・維新こそが与党であり権力者なのです。その与党や権力者が、政治の場では思いっきり弱い者イジメをして、赤バスや敬老パスを廃止し、地下鉄は初乗り運賃だけ値下げして2区間以上は大幅に値上げし、自分たちを支持する企業に駅のトイレを発注しながら、「運賃を値下げした、駅のトイレもキレイにした」と、欺瞞(ぎまん)的な宣伝を行っているのです。そして、自分たちこそが与党であり権力者でありながら、まるで野党の挑戦者であるかのように、「シガラミを打破する、既得権益を打破する」と喚いているのです。

 私に言わせれば、何が「シガラミ打破」なのかと思います。権力を握って、金にモノを言わせた金権選挙を展開し、公費で高級車のレクサスを購入したり、ビラも撒いていないのにビラを撒いたと嘘ついて政務活動費を着服しているくせに。初乗り運賃値下げの件も、有権者を余りにもバカにしています。ドングリの実を「朝三つ夜四つでは少ない」と不平を漏らした猿に、「では朝四つ夜三つ上げよう」と言って手なずけた「朝三暮四」のたとえ話そのまんまじゃないですか。ここまでバカにされても、まだ橋下・維新を支持しますか?

 維新のデタラメは、まだまだ他にもありますよ。有効求人倍率が他府県では大阪以上に好転し、むしろ大阪は伸び率が最低ランクなのに、まるで自分たちが好転させたみたいに言ったり。学力テストで学校を試験漬けにし、生徒を試験で追い詰め、校内暴力発生件数や不登校発生率を全国最悪の水準にまで落ち込ませておきながら、その事には頬かむりし、平均点のランキングが少し上がったのを、さも自分たちの手柄であるかのように言い立てたり。

 自分から都構想の住民投票を仕掛けておきながら、否決されてもまだ「都構想推進」を言い張る「自己チューぶり」に至っては、もう失笑を禁じえません。自分たちの都合の良い時だけ「民意」だの「多数決が全て」だの言っておいて。実際は、自分たち維新こそが「シガラミ」「既得権益」そのものなのに。でも、その金にモノを言わせた金権選挙が奏功(そうこう)して、選挙終盤で「維新リード」の状態を現出する事に成功したのです。

 「選挙は水物」なので、実際に蓋を開けてみない事には何とも言えませんが、終盤戦での劣勢を跳ね返すのは並大抵ではありません。今回の選挙では、共産党や「明るい民主府政をつくる会」(明るい会)も奮闘して、毎日日替わりのビラを駅頭や街で撒いたりしましたが、そのビラでは「元・市議団幹事長」「元・府議」としか書けませんでした。共産党や「明るい会」は今回、選挙の確認団体ではありませんので、自分たちのビラには具体的な候補者名を載せる事ができないのです。

 しかし、こんな「名無し」のビラで果たして100%の力を出し切る事ができるでしょうか?維新の物量作戦に対抗できるでしょうか?私も、近所の共産党員の方に頼まれて、休日にはビラの全戸配布にも協力させてもらいましたが、正直言って、自分で撒きながらも「イマイチ感」がどうしても払拭(ふっしょく)できませんでした。それが、「自民党支持層のみならず、共産党支持層をも固め切る事ができなかった」という最悪の結果にならなければ良いのですが。

 私は、今まで培った「さよなら維新政治」の共同の成果を決して否定するものではありません。今回も、卒業式での「君が代」斉唱強制の件で柳本氏には質問メールを送らせていただきましたが、やっぱり反維新の立場から、今回だけは、生まれて初めて自民党系候補に投票させてもらう事にします。しかし、本当に「維新政治にサヨナラ」したいのであれば、反維新の党派や個人がもっと団結しなければならないと思います。次は是非、「メイメイがバラバラに支持する」のではなく「一つの確認団体」として闘って欲しいと思います。「ヒトラー」や「津波」に立ち向かわなければならない時に、もはや「自民党がどうの、共産党がどうの」と言ってられないはずです。

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ベトナム人を雇う以上はベトナムの事も少しは勉強しろ!

2015年11月18日 10時58分36秒 | 職場人権レポートVol.3


 一週間以上もブログ更新の間が空いてしまうと、アクセス数もさすがに減っていきます。普段なら毎日1千ビューの閲覧数(見られたページの数)を維持していたのが、9百、8百と減ってきます。しかし、その割にはアクセス数(見に来てくれた人の数)がそんなに減っていないのが唯一の救いです。「大阪ダブル選挙やパリの同時多発テロがあったのに、プレカリアートは一体何をサボっているのか?」と、読者からのお叱りの声が聞こえてきそうですw。

 実はこの間、ベトナムの歴史について少し勉強していたのです。既にブログでも何度か書きましたが、私のバイト先にもベトナム人留学生が大勢働くようになり、私は事実上、その留学生の指導役をさせられるようになりました。指導役といっても、労務管理などは社員がするので、私はただ単に、現場での作業のやり方を教えるだけですが。
 しかし、その「単に現場での作業のやり方を教えるだけ」でも一筋縄ではいかない事も、既にブログで書いた通りです。カタコトの日本語しか話せないベトナム人留学生相手に、「かます(乗せる)」「付ける(置く)」などの業界用語を、日本人のベテランバイトに話すような調子で言っても、分かるはずがありません。ところが、今まで「業界人」しか相手して来なかった私たちには、その辺の感覚がなかなか掴(つか)めませんでした。私もそうで、留学生とコミュニケーションがなかなか取れませんでした。その中で、ようやく「その辺の感覚」が掴めるようになりつつあるところです。

 しかし、バイトや社員の中には、いまだにベトナム人留学生に対して、他の日本人に接するのと同じような感じで、接している人が大勢おられます。つい先日も、ある社員(例のバカ社員の井下ですがw)、フォークリフトの運転席から作業中のベトナム人に対して、「おい、今度はこっちや!」と、別の場所での作業を指示している場面を目にしました。しかし、作業中にいきなり、すれ違いざまに「こっち」とか「あっち」とか「これ」とか「あれ」とか言われても、何が「こっち」で「これ」なのか全然分かる訳ないでしょう。私でも、そんな言い方をされたら分からない時がありますよ。それを日本語もロクに話せないベトナム人に分かる訳がない。
 相手も生身の人間なのだから、「あれやれ!これやれ!」と馬車馬のようにこき使うばかりでは、誰も自分の言う事なぞ聞いてくれなくなります。たとえ忙しい中でも、たまには「シンチャオ!」(おはよう!)と声かけてあげるだけでも、その後の相手の受け取り方が全然変わってきます。

 フランス・パリで先日起こった、IS(イスラム国)による同時多発テロも、元々の発端は、我々外国人のアラブ人やイスラム教徒に対する接し方に問題があったからではないですか。
 そもそも、なぜ、アラブ人やイスラム教徒がISになびいてしまうのか。イラク戦争やイエメン、シリア空爆によって、罪のない一般市民が、米軍やフランス軍の誤爆によって多数殺されているからではないですか。中東での戦争は、主に無人偵察機や遠隔操作による爆撃で行われるので、誤爆なんて日常茶飯事です。その前にも、アフガニスタン北部のクンドゥズで、NGOが運営する病院が多国籍軍に誤爆されましたよね。この時も、通り一遍の謝罪がなされただけで、被害者や遺族には満足な補償もされなかった。これでは見殺しにされたも同然じゃないですか。そこにISが付け込んできて、反欧米宣伝に乗せられてしまうのじゃないですか。今回のISのテロも、狙われたのはパリだけではなく、中東のレバノンでも前日にはテロで大勢犠牲者が出ているのに、なぜパリだけしか取り上げられないのか。
 前述の井下の場合も、「おい、今度はこっちや!」と言った相手がベトナム人だったからまだ良かったものの、これがイスラム教徒やアラブ人だったら一体どうなっていると思いますか?「日本人は何て偉そうな民族なんだ!」と、日本人全体が誤解された挙句に、ISの秘密工作員やシンパから「日本人も我々の敵だ!」と吹き込まれて、今度は自分がテロの標的にされるとも限らないのですよ。日本人は島国根性の人間が多いので、こんな事言ってもピンと来ないのでしょうが。

 そこで、私も遅まきながら、外国人向けの作業マニュアルを掲示した横に、今度は日本人の社員・バイト向けに、簡単なベトナムの紹介と、ベトナム語の挨拶(あいさつ)を掲げてみました。なお、紹介ページの地図はネットからの借り物で、私が作ったものではありません。いずれにしろ、こちらから仕事を指示する以上は、こちらも相手の言い分や気持ちを理解してやらない事には、人は動きませんからね。
 下記が、その私がまとめた「ベトナム語の挨拶・基本会話集」です。カタカナで発音も表示しましたが、もちろん正確ではありません。ベトナム語の発音は日本人にとっては非常に習得が難しいです。私もサッパリ分かりません。でも、「ベトナム語を学ぼう」という気持ちさえあれば、何とか通じるものです。後は慣れによって、徐々に聞き分けられるようになるでしょう(多分w)。





 そこで、私も、毎日現場作業に追われて、とてもコミュニケーション取るどころではありませんが、これも仕事の一つだと思って、先日ベトナム人留学生のバイトに「タンビエッ」(さようなら)と声かけてみました。そうしたら、そのベトナム人のバイトは大変喜んでくれて、翌日私にベトナム産のインスタントコーヒーをプレゼントしてくれました。ネットで調べたら、「チュン・グエン」というベトナムの有名メーカーの商品でした。砂糖もフレッシュも同じコーヒー粉末の中に含まれているようで、何も加えなくても家庭でベトナムのカフェ・オ・レが味わえました。
 コーヒーと言えば、大抵の人はブラジルやコロンビア、イエメン・エチオピア産のコーヒーを連想しますが、実はベトナムも、コーヒー豆の生産高が世界第二位のコーヒー産地なのです。ベトナムは戦前はフランスの植民地だったので、コーヒーもフランスパンと一緒にフランスからもたらされたのでしょう。 



 そういう事もあって、ベトナムの歴史についても、もっと詳しく知ろうと、本屋で上記写真(左上)の本を買ってきて、昨日一日がかりで読破しました。ベトナムの歴史なんて、高校の世界史の授業でもほとんど習いませんでしたから。それでも、ベトナム戦争については、過去のニュースなどで、ある程度は知っていたのですが、それ以前の歴史ともなると、ほとんど何も知りませんでした。そこで「これではダメだ」と、一から勉強し直す事にしました。
 そうしたら、今まで知らなかった事だらけでした。例えば、ベトナム中部のホイアンにある日本人街の史跡が世界遺産に登録された事は、私もネットのニュースなどで知っていましたが、私の地元の堺市も、そのホイアンの日本人街とは、南蛮貿易を通して浅からぬ付き合いがあった事を初めて知りました。何しろ、ベトナムの総領事館が、大阪市ではなく堺市にあるのですから。(右上がその総領事館の写真)
 その他にも、カンボジアのアンコールワットにも、南蛮貿易で訪れた日本人による漢字の書き込みが残っている事も、初めて知りました。また、ベトナム人には同じ名前の苗字が多いので、姓ではなく下のファーストネームで呼ばれる事が多い事も初めて知りました。例えば、ベトナム人のほぼ4割がグエン(阮)という姓なので、グエン・チ・ビンという人(ベトナム戦争当時の南ベトナム臨時革命政府外相)を呼ぶ場合も、グエンさんではなくビン女史と呼ばれていました。なるほど、うちの会社のベトナム人バイトのピンという名前も、私はてっきり苗字だと思っていましたが、これは姓ではなくファーストネームの方だったのですね。

 それだけではなく、ベトナム語の単語や表記の仕方にも、その民族の歴史や苦悩が現れていると思いませんか。例えば、漢語の「感恩」から変化した「カムオン」(ありがとう)という挨拶にも、中国に支配されたベトナムの歴史がしのばれます。昔はベトナムも中国の支配下にあり、18世紀ぐらいまでは漢字が使われてきました。それを、フランス人が植民地時代に、ベトナム語をアルファベットで書き表すように変えたのですが、元々欧米で使われてきたアルファベットでは、ベトナム語の発音を正確に書き表す事は出来ません。だから、アルファベットの上に、アクセントやコロンやチルダ(蛇のようなマーク)や帽子みたいなマークを付けるようにしたのでしょう。他国の文字を使わざるを得なかったところに、外国に翻弄(ほんろう)され続け、自前の文字が持てなかったベトナム人の悲しみみたいなものが、透けて見えてきませんか。だからこそ、ベトナム戦争では、その悔しさがバネとなって、世界最強とうたわれたアメリカの侵略にも打ち勝つ事ができたのではないでしょうか。 

 以下が、私がその本「これならわかるベトナムの歴史 Q&A」(三橋広夫・著、大月書店・刊)から抜き書してまとめたベトナムの歴史です。まとめるのに苦労しました。
 しかし、仮にもベトナム人を雇う以上は、これぐらいの事は勉強してから雇うべきでしょう。相手も生身の人間であって、決して物や機械なんかじゃないのだから。新たに機械を導入する場合でも、その機械の基本的な仕組みや操作方法について事前に学ぶでしょう。それを「邪魔くさい、面倒だ」と思うなら、最初からベトナム人なぞ雇わなければ良いのです。

ベトナムの歴史
(1)北部では10世紀にわたる中国の支配が続いた。
(2)中部ではチャンパ王国が栄えた。
(3)南部では扶南(ふなん)・真臘(しんろう)などのクメール(カンボジア)系の王朝が支配した。
(4)11世紀になると、北部でも李朝・陳朝などのベトナム人の王朝が興り、チュン姉妹やチャン・フン・ダオなどの英雄が出て、中国の侵略をたびたび撃退した。
   ■ベトナム語に漢語由来の単語が多い事や、近代までの漢字の使用や、食事での箸の使用などに、今も残る中国文化の影響が見て取れる。
(5)16~18世紀にかけて、北部の大越国(チン氏王朝)と中部の広南国(グエン氏王朝)が対立した。
   ■広南国のホイアンには日本人街が作られ、南蛮貿易で栄えた。関西のベトナム総領事館が大阪市内ではなく堺の目抜き通りにあるのも、この為である。
(6)19世紀になり、ようやくグエン(阮)朝によってベトナムが統一されたが、間もなくフランスにより植民地化されてしまう。ベトナム語も今のアルファベット表記に。
   ■グエン、チャンなどのベトナム人の苗字は、そのほとんどが当時の王朝名に由来。同じ名前の苗字が多いので、ベトナムでは普通、姓ではなく名前(ファーストネーム)で呼ばれる事が多い。(例:グエン・チ・ビン→ビン女史)
(7)ベトナム人の日本に対する見方の変化
   ■ファン・ボイ・チャウ:
   「日本の明治維新に学べ」と、日本への留学運動(トンズー運動)を展開。
   ■ホー・チ・ミン:
    ベトナム共産党を創設し、「日本も所詮はフランスと同じ帝国主義の仲間だ」として、フランスの植民地支配や第二次大戦中の日本の軍事占領支配と戦う。
(8)1945年の日本敗戦を機に、ホー・チ・ミンがベトナム民主共和国の独立を宣言。独立を認めないフランスと、インドシナ戦争を戦う。
(9)1954年のジュネーブ協定でようやくベトナム独立が承認されるも、今度はアメリカが介入。ベトナム戦争が始まる。
   ■ソ連・中国が支援するベトナム民主共和国(北ベトナム)と、米国が支援するベトナム共和国(南ベトナム)が対立。南ベトナムでも南ベトナム解放民族戦線や南ベトナム臨時革命政府が作られ、米軍にゲリラ戦で対抗。米軍による北爆(北ベトナム爆撃)や枯葉剤散布、ベトナム人虐殺(ソンミ事件など)で戦火拡大。世界中にベトナム反戦運動が広がる。
(10)1973年の米軍撤退、75年の南北統一によるベトナム社会主義共和国の誕生でベトナム戦争終結。しかし、その後の急激な社会主義化や中国との対立で国民生活が悪化。その打開策として、ドイモイ(刷新)政策で経済自由化・外資導入が図られる事に。
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私が柳本あきら事務所に送ったメール全文

2015年11月11日 22時14分41秒 | 反ハシズム・弱い者虐め
 今度の大阪ダブル選挙ですが、これまでブログに書いたように、私は反維新の立場から、府知事選挙では自民党系無所属の栗原貴子候補に、一応投票するつもりでいます。大阪市長選挙でも同じ理由で自民党系無所属の柳本あきら(顕)候補を応援していますが、私は住所が大阪市外なので、市長選挙には投票できません。それで今日も、柳本・栗原の両候補を自主的に支援する「明るい会」のパンフを担当地域にポスティングしてきたところです。
 ただ、「維新政治を終わらせる」と言っている両候補についても、元は自民党の政治家であり、「日の丸・君が代」問題については、維新と同じ「日の丸・君が代」肯定・推進の立場に立っています。その点で、私はこの両候補に対しても、ずっとわだかまりを感じてきました。

 これまでも、維新系首長の自治体では、自分たちの息のかかった校長や教育長によって、卒業式に生徒そっちのけで、教職員の口元チェックまでして、強引に「日の丸・君が代」の掲揚や斉唱が進められてきました。公務員個人に対しても思想調査が行われ、組合活動やプライベートでの政治活動にまで行政が介入し、個人の思想信条の自由が侵害されてきました。
 自治体首長が行政権力を使って、「日の丸・君が代」礼賛を押し付け、憲法で保障された思想信条の自由を侵害する。こんな事が未だにまかり通っているのは、先進国の中では日本だけです。他の欧米先進国では、国旗掲揚や国歌斉唱の儀式はあっても、個人の内面にまでそれを強要するような事は行われません。国民には、国旗や国歌を「認める自由」も「認めない自由」もあるのです。(参考資料
 
 どの国の国旗や国歌も同じではありません。ある国では抵抗や革命のシンボルである国旗や国歌ですら、その国の植民地にされた国や民族にとっては、侵略や抑圧のシンボルでしかありません。また、建前では自由や平等を謳った国旗や国歌であっても、実際には多数派民族による少数民族抑圧の道具でしかなかった例も少なくありません。米国の星条旗やフランスの三色旗、旧ソ連や中国の国旗なども皆そうです。
 だから、戦後ドイツではナチス時代の国旗や国歌をそのまま使う訳にはいかなかったし、アパルトヘイト廃絶後の南アフリカでも白人支配時代の国旗や国歌を見直さざるを得なかったのです。逆に、キューバのように革命後もそれまでの国旗や国歌を踏襲した例もありますが、それは、その国旗や国歌が国民の心情をいかに反映しているかの違いによるものです。
 日本の「日の丸・君が代」もそれと同じです。実際、この日本でも、戦後の一時期には、それまでの「君が代」に代わる、もっと新生・民主の日本にふさわしい国歌を作ろうという動きがありました。例えば「われら愛す」もそんな歌の一つで、当時5万点の応募の中から選ばれました。今も玉川大学の校歌として歌い継がれています。そんな動きを全部押しつぶしてきたのが、戦後の自民党政治であり、今の安倍政権や橋下の維新政治でした。

 「日の丸・君が代」問題というのは、本来、このようなデリケートな問題なのです。単に「日本の国旗や国歌だから国民として尊重するのは当たり前」だけで済まされる問題ではありません。それどころか、民主主義の根幹に関わる大問題です。この問題を曖昧にしたままで、いくら「維新政治を終わらせる」と言っても、それを額面通り支持する気にはなれません。それでは、もし柳本候補や栗原候補が当選しても、それまでの「維新の独裁」が「自民党の独裁」に置き換わるだけになってしまいます。
 既に、柳本候補の選挙公約栗原候補の選挙公約も読ませていただきました。しかし、その公約の中においても、弊害の多かった校長公募制や学校選択制、幼稚園民営化の見直しについては言及されていますが、「日の丸・君が代」問題については何も書かれていません。

 そこで、とりあえず11月頭に柳本候補の事務所に下記のメールを送付しました。柳本候補が自民党員として「日の丸・君が代」推進の立場に立つのは仕方ないとしても、それを橋下・維新のように、個人の思想信条の自由を侵害してまで強要するのは、私にとっては許されない事です。もし、柳本候補や栗原候補も、「日の丸・君が代」問題で橋下・維新と同じような立場に立つのであれば、府知事選挙では栗原候補に投票するのを止めて棄権しようかと思っています。「維新の独裁」が「自民党の独裁」に変わるだけで、「独裁政治」そのものは無くならないのでは、応援や支持する意味がありません。
 既にメールを送付して一週間以上になりますが、未だに柳本事務所から明確なお返事をいただいておりません。「貴重なご意見有難うございました」という受付確認メールが送付翌日に送られてきただけです。
 私としても、本当は、せっかくの維新政治を終わりにできる絶好の機会に、むざむざ棄権なぞしたくはないのです。しかし、他の意見の違いは脇に置くとしても、この「日の丸・君が代」問題だけは、民主主義の根幹に関わる問題であり、決して曖昧にできる問題ではありません。

 **********************************************************************

 初めまして。府下××市在住の××と申します。業務請負企業の契約社員として某スーパー物流センターに勤務する傍ら、自分のブログ等で個人の立場で反橋下・反都構想の活動を進めて来ました。その中で、柳本先生を始め、大阪の自民党の先生方のご活躍ぶりについても個人的に注目していました。
 (下記ブログ記事参照)
 http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/015e10b6ff6dcdd905df1510c33d8917
 私は橋下のような偉そうに振舞うズル賢い政治家が大嫌いです。なぜ、かくも「上から目線」の「弱肉強食」「拝金主義」で「わがまま」な政治家の嘘に大阪府民が洗脳されてしまうのか不思議でなりません。また、そんな政治家に大阪が食い物にされるのを見るたびに悔しい思いをして来ました。しかし、数年前の堺市長選挙での反橋下候補当選や昨年の住民投票での都構想否決で、ようやく橋下政治から解放される展望が見えてまいりました。
 その中で、このたび、柳本先生が大阪市長選挙への出馬を決断なさったとお聞きし、大変嬉しく思っています。私は府下在住なので府知事選挙にしか投票できませんが、今回は是非、柳本先生と同じ自民党系無所属候補の栗原貴子先生に投票させてもらおうと考えております。
 しかし、その一方で不安材料もございます。それは柳本先生の「日の丸・君が代」問題に対する姿勢についてです。先生が自民党市議団幹事長として、これらの問題では推進の立場に立たれる事については、私とは意見が違いますが仕方がない事だと思っています。その事について、私の方から今更とやかく申し上げようとは思いません。
 ただ、私が不安を感じるのはその手法についてです。もし先生が、橋下と同様に、教育基本条例の制定や公務員に対する思想調査を強行してまで、いわば強権的にこれらの問題に対処されようと考えておられるのであれば、もはやこの問題は、「日の丸・君が代」観の相違より以前に、民主主義の根幹に関わる問題だと思うからです。たとえ意見が違っても、いやむしろ意見が違うからこそ民主的に議論を交わすべきなのに、それを強権で有無を言わさず押さえつけようとする所には、民主主義も住民自治も真の愛国心も育たないと思います。その点についてはどう思われるのか、率直なご意見をお伺いしたくメール差し上げました。以上、不躾な質問で恐縮ですが、どうぞ宜しくお願い申し上げます。
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今や維新こそが詐欺の代名詞

2015年11月09日 22時45分40秒 | 反ハシズム・弱い者虐め


 大阪では既に府・市ダブル選挙の告示日も過ぎ、11月22日の投票日まで舌戦が街頭で繰り広げられている訳ですが、今更、維新や橋下のデタラメを指摘しても、聞いてくれる人は聞いてくれますが、橋下に洗脳された信者には何言っても無駄。その一方で、橋下・維新のデタラメぶりはもはや底抜けの様相を呈し、いくら書いてもキリがなし。今まで散々書いてきた維新のデタラメぶりを、また新たに書き起こすのも「今更何だかなあ」という気持ちになってきたので、ここは趣向を少し変えて、思いつくまま戯れ歌にしてみました。

(1)「しがらみ打破」と言いながら、選挙では町内会のオッチャン・オバチャンまで根こそぎ動員。
(2)「ムダ削減」と言いながら、選挙ビラは維新だけ再生紙ではなく上質紙。

 自民党などのドブ板選挙に対し、維新は都市型のスマートな選挙戦を展開しているように世間の人は誤解しがちですが、実際はかくの如し。もちろん、若い運動員も大勢見かけますが、末端の市議選レベルでは、選挙戦術は自民党ともさして変わりません。私もその姿を実際この目で何度も見ました。2008年に橋下が知事に初当選してから早7年。もはや維新も立派な「既成政党」。そして、選挙ビラに再生紙ではなく上質紙を使用している事も、実際に受け取るビラを見れば一目瞭然。おそらく関西財界から金が流れているのでしょう。もはや維新も立派な「既得権益」の受益者。

(3)「皆さんが主役」と言いながら、ひたすら宣伝カーでテープ流すだけの手抜き・ゴマ化しで有権者を愚弄。
(4)自分が愚弄されている事にも気付かず「今日はテープではなく肉声や、橋下さん辞めないで」と叫ぶ信者哀れ。
(5)元レースクイーンに元経営者。華やかな経歴の維新議員も、見てくれだけで頭の中は空っぽ、舌禍のオンパレード。
(6)対立陣営を「野合」と罵りながら、当の自分たちは離合集散の繰り返し。



(7)「地方分権」と言いながら、やっている事は「国家統制」そのものの「君が代強制」「思想調査」、安倍政権の太鼓持ち。
(8)「自助努力」を説きながら、当の自分たちは税金(政党助成金)の奪い合い。
(9)「財政赤字減らし」の自画自賛も、よくよく見れば、借金(起債)を歳入に繰り入れての会計操作。



(10)「議員歳費削減」と言いながら、自分たちは公費でレクサス購入、政治活動費をポッポナイナイ。
(11)「過去に戻すな」と言いながら、自分たちは戦前の慰安婦を正当化。公募校長も昔の軍人気取りでパワハラ三昧。
(12)公務員の働きぶりにケチつけながら、当の自分たちは公私混同・不祥事のオンパレード。
(13)「決める政治」と言いながら、自分たちは何度も未練たらしく都構想。
(14)「大阪の景気回復」強調するも、家計支出も雇用者報酬も悪化の一途。「ホテル稼働率」等の一部だけ抜き出し煙に巻き。



(15)文楽やオーケストラ潰してカジノや風俗奨励。苦し紛れの道頓堀プールも頓挫。これで文化振興のつもりか。
(16)「維新」(レストレーション)が改革や革新の代名詞なのは日本だけ。英訳すればただの「王政復古」。それも今や詐欺の代名詞になり下がり。

 「明治維新」も英訳すれば「Meiji Restoration」となる。レストレーション(restoration)本来の意味は回復、復興、再興であり、革新(イノベーション、innovation)や進歩(プログレス、progress)とはまた意味合いが異なる。

(17)橋下の言う「決定できる民主主義」のルーツは北朝鮮。形だけの「選挙」や「民主主義」ならどんな独裁国家にもある。
(18)茶髪の元サラ金顧問弁護士が、知事や市長になった途端に、自分だけ良い子ぶって公務員の「入れ墨」狩り。政治家辞めたらまた元の傾奇者に戻るのか。
(19)吉村も松井も橋下のただの傀儡(かいらい=操り人形)。これでは米国の傀儡に過ぎなかった昔の韓国や南ベトナムの政治家と同じ。
(20)奢る平家は久からずや。奢る維新も11月22日の「大阪・秋の陣」で退場願おう。
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会社を中から変えていく

2015年11月08日 14時58分10秒 | 職場人権レポートVol.3


 この前紹介した私の社員登用の話ですが、公募試験の最初のステップである書類審査に合格しちゃいました。既に自分のブログにも書いた通り、会社批判が満展開の公募申請なのに、なぜ書類審査をクリアできたのか未(いま)だに謎です。それで次のステップとして、筆記試験と適性検査を昨日11月7日(土)の午前中に本社で受けて来ました。

 試験は本社の会議室で午前10時から11時半まで。45分間の筆記試験の後、10分間の休憩をはさんで30分間の適性検査という日程です。自宅から本社に直行なので、朝はゆっくり起きれば良かったのですが、もう身体が早起きに慣れてしまっているので、少し早めに起きて家を出て、集合時間まで本社近くのマクドナルドで少し休憩していました。
 会場には私を含め13名の受験者が来ていました。いずれも契約社員として既に社内で働いている人達ばかりです。試験監督の話によると、全社で21名の応募があり、うち15名が書類審査に合格したそうです。そのうち遠隔地での受験組を除く13名がここに集められたのだとか。そして、この筆記試験と適性検査に受かれば、最終ステップの面接に進めるのだそうです。面接は12月4日と5日に行われます。
 本社前で以前副所長として同じ職場で働いていた人と偶然出会いました。スーツ姿だったので最初は元・副所長だとは気付きませんでした。私が社内公募試験を受けると聞いて驚いていました。会場にも、別の部署のバイトですが、私と同じ職場からもう一人来ていました。

 筆記試験は数ページにわたる分量で、国語、数学、一般常識、物流関連知識の4分野から出題されました。但し、国語や数学といっても、いずれも小学生でも解ける問題ばかりです。
 国語は漢字の読み書きで、「新たなふにん(赴任)先」「強制しっこう(執行)」等の書き取りや、「任務を遂行(すいこう)する」等の読み仮名を振る内容ばかり。強いて言えば「法律を遵守(じゅんしゅ)する」等が多少難しいかなといった程度で。恥ずかしながら、私はこの「遂行」を「ついこう」と書いてしまいましたw。
 数学も算数の計算問題です。25×29×4とか(0.75-0.55)÷0.5といった程度の。
 一般常識も、エジプト文明の元となった大河の名前(ナイル川)や、天橋立の所在地(京都府)、小説「坂の上の雲」の作者名(司馬遼太郎)を問うといった問題ばかりで。強いて言えば、旧ソ連の元大統領の名前(ゴルバチョフ)や、環太平洋経済連携協定の略称名(TPP)あたりが多少難しいかなと思うぐらいで。
 但し、物流関連知識の問題では少し面食らいました。定番の計算問題(1万ケースを1人1時間50ケースで8時間出荷する時に時給千円で人を雇った時にかかる1日のコストはいくらか?等)は難なくクリア出来ましたが、物流の専門用語に関する三択問題では少し悩みました。「NOx(ノックス)・PM法」等の耳慣れない単語が一杯出てきましたから。でも、これも問題文をよく読めば、別の箇所にはその説明がちゃんと載ってあるし、三択問題で明らかに違う選択肢を潰していけば、何とか解ける問題でした。ちなみに、「NOx・PM法」と言うのは「自動車の排ガス規制で、大気汚染の原因となる窒素酸化物(NOx)や粒子状物質(PM)を規制する法律」だそうです。そう言えば、中国の大気汚染で「PM2.5」が問題になったりしましたね。
 (なお、実際に出題された問題はいずれも上記ではありません。あくまでも「どんな感じの問題だったか」を説明する為に例として上げたまでです)

 職場に帰ったらちょうど昼休みで、午後から通常作業に復帰。当日は試験受験の為に午前9時から始業となったので、8時間分の賃金を稼ぐには午後6時まで働かなくてはなりません。もう身体が早起きに慣れてしまっているので、たった2時間でも作業が夜にずれ込むと結構身体に堪えます。特に、筆記試験の後に5時間も現場作業となると…。

 そういう事で、昨日の試験は多分受かると思いますが、私の心境は複雑です。なぜなら、もし仮に社員登用試験に受かったとしても、今のままでは孤軍奮闘で、下手すれば私も他の「無能社員」同様に、この「ブラック企業」に「使い捨て」されるだけで終わるでしょう。
 それでは、わざわざ社員登用試験を受けた意味がありません。私はあくまでも、「会社を中から変えていく」つもりで、敢えて「火中の栗を拾う」形で、今回の受験に臨んだのですから。
 もちろん、そんな「建前」だけでなく、「今まで散々、こき使われ搾取(さくしゅ)された分の落とし前を、遅まきながらでも取り返してやる」という「本音」もありますが。その「建前」「本音」のいずれも、今の会社とは相容れないでしょう。

 でも、どうせ落ちてもダメ元なのだから、面接でも下手に媚(こび)を売ったりはせずに、言いたい事を言うつもりです。
 根性論ばかり振り回して、マイクで「早く仕事を終わらせろ」とバイトを急き立てたり、嫌がらせみたいに個人別のミス件数を現場に張り出している暇があるなら、床の穴ボコを埋めたり、レイアウト表示や通路の線引きをもっと見やすく分かりやすいものにしたり、ボロボロでツギハギだらけの「店の看板」(出荷作業で使う送り先表示板)を買い換えたり等、もっと他にしなければならない事がいくらでもあるだろう。それをなぜ先に社員にやらせないのか。それを今まで怠ってきたからこそ、事故やミスも減らないのじゃないか。
 少なくとも私は、バイトでありながら、既にそう言った事もやって来た。そうしないと、自分自身も今のままでは仕事がやりにくくて仕方がないから。今更、社員になったからといって、特別新たに何かをやらなければならないなんて全然思っていない。少なくとも私は「会社の奴隷」にはならない。朝礼すら、今のような無意味な朝礼なら私は一切やらない。

 そんな事に力を入れる位なら、社員が業務改善にもきちんと取り組めるように、もっと人を増やせ。社員教育にも本腰を入れろ。昔の小説の作者名なんて、知らなくても別に生活に困らないが、TPP(環太平洋経済連携協定)については「略称を知っている」程度では済まないだろう。単に輸入品の関税が撤廃されるだけでなく、日本の産業も社会も丸ごと外国資本に乗っ取られて、農薬まみれの農産物や、何が使われているかも分からない医薬品を使わせられて、B型肝炎や薬害エイズみたいな事になっても、外国資本を訴える事もできなくなるという、とんでもない内容の弱肉強食の貿易協定なのに。
 新たに人を雇ったり、社員教育に投資したりするお金がないと言うなら、まずアンタ方、役立たずな無能重役の人件費から削れ…、とw。面接ではそれ位言ってやろうと思っています。下手に出ても会社につけ込まれるだけですから。それで落ちてもダメ元で、私にとっては別に痛くもかゆくもないのだから。
 それでもまあ、私よりもっと仕事のできるベテランのバイトが今回の書類審査で落ちているのに、それを差し置いて、もう若くもない私が残ったのは、多分、私の作った外国人労働者向けの作業マニュアルが評価された、というのもあるのでしょう。外国人労働へのシフトも、TPP等の市場開放の流れの中で起こってきた事だし。

 だったら、一層の事、面接でこちらから、「ヘイトスピーチについてどう思っているのか?」という議論を吹っかけてやっても良いかな。昨今、中国や韓国との領土問題をめぐる対立に便乗して、「在日朝鮮・中国人やフィリピン人、日系人等を日本から追い出せ!」といったヘイトスピーチ(民族差別発言)が広まり、右翼的・保守的な安倍首相もそんな風潮に迎合しているが、その一方で、安倍は「TPPで国内市場を開放し、今以上に安上がりな外国人労働者をどんどん受け入れる」というような事も言っている。これでは、外国人の人権を認めず、単に低賃金の「使い捨ての駒」として利用しているだけではないか。もし、会社も安倍と同じような事を考えているのであれば、我々、日本人の労働者も、外国人同様に「使い捨ての駒」扱いされかねない事になるが、その辺は一体どうなのか?とw。面接でも何でも、議論では先に主導権握った方が「勝ち」ですからw。
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辺野古のネルソン・マンデラ

2015年11月04日 11時52分29秒 | 沖縄の犠牲の上に胡坐をかくな


 昨日11月3日は大阪・扇町公園で開催された「団結まつり」に行ってきました。沖縄の基地問題や原発問題、戦争法・改憲反対、非正規労働問題などに取り組む労組や市民団体が毎年行ってきたイベントです。私も過去に何度か参加した事があります。今年は、翁長沖縄県知事が辺野古の埋め立て停止を決断し、それを妨害する国との対立が先鋭化する中で、本土の人間がこの問題で自分の意思を表明できる貴重な機会だったので、久しぶりに参加する事にしました。
 祭りが始まって間もなく、主催者のZENKO(全交=平和と民主主義をめざす全国交歓会)による辺野古問題を取り上げた寸劇が行われた後に、沖縄平和連絡会の上間芳子さんが壇上に立ち、辺野古現地の報告を始められました。




 沖縄では、翁長知事によって辺野古周辺海域埋め立て工事の承認取り消しが行われた後も、工事を行う沖縄防衛局が同じ国の機関のいわば身内にしか過ぎない国交省に行政不服審査を申し立てる茶番劇を経て、現在は国地方係争処理委員会による審査待ちの状態となっています。本来は国の工事で権利侵害された民間人からの不服申し立て・救済手続きとして定められた行政不服審査を、防衛局と国交省という同じ工事推進の立場に立つ行政機関同士による「出来レース」の場に変え、工事強行の口実に悪用し、しかも審査待ちの状態であるにも関わらず代執行で無理やり工事を強行しようとしているのです。
 国が工事強行の唯一の口実として持ち出す仲井真・前沖縄県知事による辺野古埋め立て工事承認も、承認に至る過程の中で、工事を行うゼネコン企業からワイロが県側に流れた事も、既にマスコミ報道等で明らかになっています。辺野古新基地建設工事は、沖縄の民意を無視した茶番劇によってしか強行する事ができないのです。(上記写真の辺野古埋立図と新聞記事参照)



 辺野古では今もゲート前で県民による座り込みが連日行われています。座り込みの人たちは、機動隊や警備員に排除され逮捕されても、何度でもまたゲート前に戻って来て座り込みを続けています。(上記写真参照)
 その中に島袋文子さんという86歳になるおばあさんがいます。このおばあさんが、「負けない秘訣は諦めない事」と白字で書かれたピンクのTシャツを来て、今日も辺野古のゲート前に座り込んでいます。普段は温和な顔立ちの島袋さんが、座り込みの人たちをゴボウ抜きしようと襲いかかってくる警官や機動隊、基地警備員を鬼のような形相で睨みつけ、「私は沖縄戦の中を、死体の血の泥水をすすり、壕の中で日本軍による集団自決の強要や、米軍の火炎放射器に焼かれながら生き延びてきた」「もうこんな思いは二度と味わいたくないから、今日も辺野古のゲート前に座り込んでいる」「基地建設を強行するなら私は辺野古の海に飛び込んででも工事を阻止する。お前ら工事関係者に血の泥水をすするだけの覚悟があるのか!」と言い放ったそうです。
 また、その逆に、若い機動隊員を優しく諭し、「基地が建設され沖縄が再び戦場になるような事になったら、あなた方若者が真っ先に犠牲になるのだよ」と声をかけた事もあったそうです。ある時など、本土から来た沖縄の事情に疎い若い警備隊員が、島袋さんに手を掛けようとしたら、地元出身の警備隊長が飛んできて、若者に「その人だけは絶対に手を出すな」と言ったそうです。島袋文子さんは辺野古闘争の象徴として、警備隊長からも恐れられ敬われているのだそうです。
 その話を上間さんから聞いた時に、私は南アフリカの反アパルトヘイト闘争の闘士ネルソン・マンデラの事を思い起こしました。ネルソン・マンデラも、悪名高い人種差別のアパルトヘイト政策を取る当時の南アフリカ白人政権によって、何十年間も投獄されてきた人です。マンデラが獄中で抗議のハンガーストライキに突入した際は、もしマンデラの身に何かあったら自分たちもただでは済まないと、白人政権は腫れ物に触るようにマンデラに接していたそうです。黒人を暴力で抑圧しているように見えても、所詮は自分たち白人こそが少数派にしか過ぎない事を、白人自身が一番よく分かっていたからこそ、マンデラには指一本触れる事ができなかったのでしょう。島袋文子さんこそが「辺野古のネルソン・マンデラ」ではないでしょうか。

(参考記事)島袋文子:安倍首相よ、沖縄の基地を全部、東京のど真ん中にもって行け〈沖縄レポート⑫〉
http://rentai21.com/?p=1467

 この「辺野古のネルソン・マンデラ」の崇高さに比べ、国のやる事がどれほど倫理に反している事か。「勝てば官軍」「形だけ取り繕えば良い」とばかりに、法の本来の趣旨を捻じ曲げ、悪用する事しか考えない。前述の行政不服審査法の恣意的解釈なぞ正にそうでしょう。
 しかし、基地建設に反対する翁長知事や稲嶺・名護市長には、他にももっと色々な権限があるのです。例えば、辺野古の海に流れ込む美謝川の流路変更や、後述する本土からの埋立用土砂の搬入についても、知事や市長が許可しなければ工事は行えないのです。これらも全て代執行で強行するつもりなのでしょうか。そんな事をしたら、もはや安倍政権は、代執行でしか政治を行えない、完全に民意からかけ離れた独裁政権である事を、自ら満天下に晒す事になります。そんな国は世界のどこの国からも相手にされなくなるでしょう。


 会場では辺野古新基地建設の是非を問う市民投票が行われていました。私はもちろん建設反対に一票を投じました。なお、マスコミは辺野古の埋立工事があたかも普天間基地の移設工事であるかのように報じていますが、移設というのは単なる口実にしか過ぎません。住宅地に囲まれた普天間の米軍基地が老朽化したから、今度は自然豊かな辺野古の海を埋め立てて軍港機能も備わった最新鋭の基地を造ろうとしているだけです。そんな情報操作には騙されないようにしましょう。


 辺野古の海を埋め立てる土砂は、奄美や天草、五島列島、小豆島などから運ばれます。これらの島々でも、辺野古への土砂搬出に反対する動きが始まっています。四国の高松に住む私のマイミクさんも、小豆島の土砂搬出に反対する運動に加わっています。


 「団結まつり」には辺野古の他にも、様々な市民団体が参加しています。上記は、橋下大阪市長の市職員に対する入れ墨調査の強行と闘っている団体と、毎週水曜日にJR大阪駅前で慰安婦への補償を求めて署名運動を行っている団体のブースです。


 こちらは、リニア新幹線建設による自然破壊や電磁波障害を告発する団体のブース。地質がもろく「地震の巣」とも言われている南アルプスをぶち抜いて、電力を浪費し電磁波をまき散らすリニアをなぜ建設しなければならないのか。ゼネコンの金もうけの為に自然と住民の暮らしを犠牲にして良いのか。


 福島の原発事故は全然収束していません。原子炉の中が一体どうなっているのか。除染で出た大量のゴミをいつまで放置しておくのか。それを見て見ぬふりしたまま、今また原発を再稼働し、トルコやベトナムにまで輸出しようとしています。東芝の粉飾決算も原発事業の赤字を誤魔化す為に仕組まれたものです。いつまでこんな愚かな事をやっているのでしょう。自分達さえ儲かれば人間の命がどうなっても良いのか?


 屋台の沖縄そばと肉巻きお握りでちょっとしたピクニック気分の昼食を終えた後、午後1時には、作家の澤地久枝さんによる、戦争法(安保法制)廃止を求めて掲げた「アベ政治を許さない」ポスターを再び全国一斉に掲げようという提起に応えて。そして、ポスターをそのまま裏返して「辺野古新基地NO!」と。



 午後からのブース見学でも一杯勉強させられました。例えば、戦争法成立後初のPKOとなるアフリカ・南スーダンPKOには、日本の自衛隊だけでなく韓国や中国、インドからもPKO部隊が派遣されて来ます。PKOの目的も、表向きの停戦監視なんかではなく南スーダンの油田確保にあると言われています。既に南スーダンから紅海や太平洋沿岸に向かうパイプラインの建設計画も立てられています。
 そこでは何と、米軍に代わって日本の自衛隊が中国軍の後方支援をさせられようとしているのです。その為の合同軍事演習も既に今年6月にモンゴルで他国軍も参加して行われました。二言目には「沖縄の基地も中国や北朝鮮から日本を守る為」と言いながら、海外ではその中国軍とも手を結び油田確保に奔走。何が「抑止力」か。基地も原発もリニアも全ては企業の金儲けの為じゃないか。その犠牲にされた福島や沖縄の住民は国にとって一体何なのか。自称「愛国者」や右翼はこの事を一体どう捉えているのか。

 そうこうするうちに綱引きが始まりました。参加者は、安倍や橋下のお面をかぶった人達とそれ以外の人達の二手に分かれ、綱引きに興じていました。最初は安倍・橋下組が勝ちましたが、そのまま勝ち逃げを許してはならじと、二回目はそれ以外の組の方に更に人が加わり、見事「アンチ安倍・橋下組」の勝ちに。まるでアベ政治やハシモト政治の未来を暗示するような結末に。まあ、綱引きを企画したスタッフも、予めそれで祭りを盛り上げようとしていたのでしょうが。祭りはその後も引き続き行われたようですが、私はブログ記事執筆の都合もあるので、適当に退散する事にしました。

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