アフガン・イラク・北朝鮮と日本

戦争も人権抑圧もNO!万国のプレカリアート団結せよ!

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 アフガン・イラク戦争も金正日もNO!!搾取・抑圧のない世界を目指して、万国のプレカリアート団結せよ!

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プレカリアートの脱外食宣言

2019年01月24日 03時52分44秒 | 当ブログと私の生い立ち

ブログのコメント欄で、「今住んでいるホテルの共同浴場の臭いが気になる」という話から、「やっぱりキッチンやトイレ・風呂も付いた物件に引っ越すべきだ。外食だけでなく自炊もすべきだ。別に炊飯器でなくてもドンキで格安の電気鍋を買えば、炊飯だけでなく他の調理も出来る。電気ケトルでもうどんなら茹でられる…」という話になり、遂に買いました。近くのドンキで税抜き1980円の電気グリル鍋を!

それを機に、今まで買っていた朝食用の買い置きのパン以外に、電子レンジでも鍋でも炊けるお米・うどん、レトルトの味噌汁・カレー・サバ缶、お米をバックのまま食べるのも気が引けるので食事用の食器を幾つか、近所のドンキ・イズミヤ・ダイソーで買って来ました。お米は5食分、味噌汁は3食分、パンは3袋で4日分。まずは、うどんを鍋で茹でて昼食にしました。失敗した時の為に、お握りも2つ買い込みました。

ネットで色々調べたら、電気ケトルに直接お米と水を放り込んでお米を炊いた動画もアップされていました。( ̄◇ ̄;)
動画の主は「美味しい、美味しい」と言って食べていましたが、ケトルにこびり付いたご飯粒を洗い流す手間を考えると、これだけは流石に実行する気にはなれませんでしたw。

 

まずは昼食編。グリル鍋のプレートにサーモスタットの付いたコンセントを差し込み、温度調節ダイヤルを回すと、料理に応じた加熱が出来る仕組みになっています。プレートに流し込む水の分量はケトルに付いた目盛りを目安にします。

そのグリル鍋にうどんを入れて茹でるのですが、うどん袋に書いてある250mlでは麺が水に浸からないので、倍の500mlほど鍋に入れました。最初うどんがなかなか解れなくて困りました。

そして、お湯が沸騰したら、火薬スープも鍋に入れてかき混ぜ、うどんをお椀に入れました。ところが、次に鍋の火薬スープをお椀に入れようとしても、熱くて入れる事が出来ません。ハンカチで鍋の両端を抑えながら、両手でようやくお椀に鍋の中身をよそう事が出来ました。うどんの味は美味しかったものの、鍋に500mlも水を入れたものだから、ダシを飲み干すのに苦労しました。

食べたら次は洗い物です。たかがうどんダシでも、水で洗っただけでは鍋の滑りは落ちません。鍋の取扱説明書には、サーモスタット差込口が水で濡れたら大ごとなので、水では洗い流さず中性洗剤を浸した布で拭き取るように、とありました。しかし、近くのコンビニには弱アルカリ性洗剤しか売っていません。仕方なく電車に乗ってスーパーに中性洗剤を買いに行きました。

次に夕食編。私の住んでいる物件は水道も共同です。パウダールームの水道なので、自宅の様に汚水を垂れ流す訳には行きません。食器洗いや食べカス、食べ残しの手間を最小限に抑えなければなりません。そこでレトルト商品中心に自炊生活を進める事にしました。

サトウのご飯にレトルトのカレー・丼を組み合わせる事にしました。これなら鍋は汚さず、食器洗いだけで済みますからね。レトルト・カレーの中では銀座カレーが一番美味しいと聞いていましたので、少々値は張りますが、銀座カレーのレギュラーとチキンの2種類を揃えました。その上で、カレーばかりでは飽きるので、親子丼・中華丼・牛丼の3種のレトルト丼も買いました。

しかし、レトルトのカレーや丼は商品が薄っぺらいので、平型のグリル鍋でも簡単に湯せん出来ますが、分厚いサトウのご飯を湯せんしようとしたら、鍋一杯に水を浸さなければなりません。そんな事したら沸騰時に鍋が溢れかえってしまいます。

しかも、湯せんが終わるまで15分もかかります。そんなに待っていたらカレーの方が冷めてしまいます。そこで、湯せんはカレーだけにしておいて、サトウのご飯については、ホテル1階までエレベーターで降りて、そこの電子レンジでチンする事にしました。

ご飯を1階の電子レンジで2分間温め、カレーは部屋のグリル鍋で5分間湯せんして、ようやくチキンカレーにありつく事が出来ました。たとえレトルト商品でも、自分で作ったカレーは、外食のそれより更に美味しく感じました。

サトウのご飯だけでは物足りなかったので、サバ缶も開けて食べる事にしました。大きな鯖が4切れも入っているサバ缶を食べたら、流石に満腹になりました。当初は鍋の残り湯でお茶も沸かそうと思っていましたが、沸騰した鍋はなかなか冷めません。鍋はもう冷えるまで待つ事にして、お茶は電気ケトルで沸かして飲む事にしました。

食べた後は食器洗いです。そのまま安易に食べカスを共同水道に流している所を、入れ墨した宿泊者に見つかりでもしたら、何されるか分かりません。((((;゚Д゚)))))))
勿論、私の方も入れ墨男には、共同浴場でアンモニア臭なぞ出すなと言いたい所ですが、こちらは証拠が無いのでどうしようもありません。o(`ω´ )o

そこで、中性洗剤で食器汚れを先に拭き取り、汚物はそのまま部屋のクズカゴに入れ、綺麗になった食器を共同水道で何食わぬ顔で水洗いして片付ける事にしました。ダスターを使えば洗剤が無くても綺麗に食器洗いが出来るそうなので、次回からはそちらも試してみたいと思います。

以上、自炊と言っても、湯せん可能なレトルト商品が主体なので、節約の効果は限られます。部屋には冷蔵庫も流しもなく、共同水道を独り占めしてダシ汁や調理カスを流そうものなら、後で周囲から何言われるか分かりませんから。でも、それでも今までの外食オンリーと比べたら、食費は半分以下に抑えられるはずです。本日はグリル鍋や中性洗剤、食器の初期投資に加え、5日分の食材を買い置きしましたので、6千円以上もの出費になってしまいました。でも、一食当たりにすれば、外食オンリーだった頃の半分以下の食費に抑えられます。

それ以上に食事のレパートリーが広がったのが何よりも嬉しいです。今まででしたら、安く食費を抑えようと思えば、どうしても食べれる物は限られます。丼物・揚げ物中心になり、野菜や鮮魚類を食べる機会は減ります。いつも同じような食事ばかりでは、美味しい物も美味しくなくなります。しかし、これからは、たとえレトルト商品ばかりでも、自分でメニューを考えていく事が出来ます。サトウのご飯一つ取っても、丼にしようか、カレーにしようか、オカズはスーパーで買おうか等、組み合わせを考える楽しみが生まれます。

キャンプで食べるご飯は、多少出来栄えが悪くても美味しいと感じる事が多いと言われます。それはキャンプファイヤー自身が苦労して作ったご飯だからです。今回のレトルト・カレーもそれと同じではないでしょうか。同じレトルト・カレーでも、悪条件の中でも何とか自炊しようと、苦労してメニューを考えて自分で作ったご飯は美味しく感じます。それに引き換え、「金がないからレトルトしか食べれないのだ」と、いつも思いながら外食している限り、不満や焦燥感しか残りません。

勿論、「だから外食依存者はだらしないのだ」と決めつけるのは間違っています。あいりん地区の中で弁当屋が目につくのは、ドヤにはキッチンもない等、住宅事情が劣悪だからです。しかし、「だから毎日外食でも仕方ない」と思ってしまったら、もうそこでお終いです。たとえ、そのような環境に置かれたとしても、その悪条件を跳ね返して、自立した生活を送り、毎日の献立を考える楽しみぐらい持てないようでは、住環境の改善を求める気力も湧かないでしょう。外食依存から抜け出せるかどうかは、その後の生活の質にもかかわる問題だという事が、自炊を試みる中で初めて分かりました。

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食が足りてこそ初めて世界も平和になる

2018年10月29日 23時03分44秒 | 当ブログと私の生い立ち

 

今日はチキンラーメン発祥の地、大阪府池田市に行って来ました。まず阪急池田駅近くの観光案内所でチキンラーメンと麺が乗っかったコロッケの昼食をいただきました。チキンラーメンにはお湯をかけてから3分間待つ為の砂時計が付いてます。案内所のお店には他にも麺乗っけの唐揚げやソフトクリームも売ってました。そこからカップヌードル・ミュージアム(インスタントラーメン発明記念館)に向かいました

 

池田市はチキンラーメンを町興しに活用しようと躍起になっています。その為、ソフトクリームや唐揚げ、果てはチャーハンやお好み焼きにまでチキンラーメンをトッピングした商品を売り出すようになりました。私が食べた麺乗せコロッケは、パリパリした食感が食欲をそそり美味しかったですが、流石に麺乗せソフトクリームまで食べる気にはなれませんでした…。

 

ミュージアムでは、日清食品創業者の安藤百福(あんどう・ももふく)がチキンラーメンを発明した当時の研究小屋が再現されていました。百福はここで、濃厚チキンスープで味付けした麺を、天ぷら油で揚げて水分を弾き飛ばす事で、長期保存でき、お湯で直ぐに戻せる即席麺を開発しました。小屋の隣ではスープの出汁をとる鶏も飼っていました

 

百福はチキンラーメン以外にもカップヌードル、UFO、どん兵衛等のヒット商品を次々と生み出していきました。実は私は、昔はこのチキンラーメンは余り好きではありませんでした。ラーメンの袋には「お湯を入れて3分後に丼の蓋を開けて食べるように」と書いてありましたが、3分も経てば麺がふやけてしまい、全然食べ応えが無かったからです。しかし、チキンラーメンのパリパリした食感は好きだったので、お湯を入れて1分で蓋を開けて食べたり、生で麺をかじったりしていたのを覚えています。

 

ミュージアムの中には、インスタントラーメンの歴史や、世界のカップ麺、自分の食べたいオリジナルのカップヌードルを製造してもらえるコーナーなどがありました。

 

今やNHKの朝ドラ「まんぷく」のモデルにもなった安藤百福や妻の仁子。しかし、百福は実は台湾出身の中国人、呉百福である事は余り知られていません。現に記念館の展示でも、その事実には一言も言及がありませんでした。ところが、実際は夫婦ともに、貧しい生まれてあったり、事業に失敗したりして、失意のどん底にあった時期がありました。

しかし、持ち前のバイタリティーでそれらの逆境をはねのけ、シングルマザーや苦学生、倒産で苦労した経験を生かし、「食足世平」(食足りて世の中が平和になる)の哲学を持つに至ります。百福が創業した日清食品の社名も、日中友好の願いから来ていると言われています(但し、創業当時の社名は中交総社で、本社所在地も泉大津市でした)。いずれも、今のトランプ・安倍・橋下や、ワタミ・電通などのブラック企業とは対極の立場にあります。

私がこの地を訪れるようになったのは、先述のドラマ「まんぷく」が頭にあったのと、記念館の入場料も無料だったからです。いわば、ほんの思い付きからです。しかし、その初めての訪問で、色んな事に気づかされました。新商品の誕生には、繰り返し失敗しても諦めないバイタリティーや、血のにじむような努力が必要ですが、それだけでは「ブラック企業創業者の武勇伝」と同じです。では、安藤百福とブラック企業創業者とは一体何が違ったのか?

 

れは、「世の為、人の為」という気持ちがあったか否かだと思います。「世の為、人の為」なんて言うと大層に聞こえますが、要は「どれだけ自分が楽したいか、幸せになりたいか?」「それを自分だけでなく周囲の人にも広めようという気持ちがあるか否か?」に尽きると思います。単なる自己犠牲だけでは長続きしません。まずは「自分がどれだけ幸せになりたいか?」、次は「その幸せを人にも広めたいか?」。百福にはその両方の気持ちがあったのに対し、ブラック企業創業者には前者しかなく、自分の栄達や金儲けしか眼中になかった。それが、消費者に末永く支持される商品を生み出せるか生み出せないかの分かれ道になったと思います。

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前身HP機能停止のお詫び

2018年10月01日 22時43分25秒 | 当ブログと私の生い立ち

当ブログと同名の前身HP(ブログのリンク欄参照)が来年3月末で観られなくなります。HPレンタルサーバー運営会社のジオシティーズから以下のメールが来ました。本来なら、 HP管理者の私が元データを他社のレンタルサーバーに移してHP存続を図らなければならない所ですが、もう15年も前に立ち上げたHP故に、昔のパソコンが壊れた際に元データの保存に失敗し、当時のHP作成ソフトも所在不明になったりしていて、もう私としてはどうする事も出来ません。HPの内容については今も自信を持っているので、今からでもやるだけの事はやってみるつもりですが、余り期待しないで下さい。 HPの内容を保存しておきたい方は、お手数ですが、各自で保存をお願いします。

 

【重要】Yahoo!ジオシティーズ サービス終了のご案内

(前略)
いつもYahoo!ジオシティーズをご利用いただきありがとうございます。

誠に勝手ながら、2019年3月31日をもってYahoo!ジオシティーズのサービスを
終了することにいたしました。
ご利用のお客様にはご迷惑をおかけし、大変申し訳ございません。

終了に至る経緯や、今後のスケジュール、サービス終了までにお客様に
ご確認いただきたい内容については以下のページに掲載しておりますので、
必ずお読みくださいますようお願いいたします。

◇Yahoo!ジオシティーズ サービス終了のお知らせ
https://info-geocities.yahoo.co.jp/close/index.html

Yahoo!ジオシティーズのサービス終了までに他社のサービスに移行すると、
引き続きホームページを公開していただけます。

上記のページにホームページの他社への移行方法や「よくあるご質問」を掲載しております。
引き続きホームページの公開をご希望のお客様は、お手数をおかけいたしますが、
内容をご確認のうえホームページの移行を進めてくださいますようお願いいたします。

なお、サービス終了までに他社のホームページサービスに移行されなかった場合は、
2019年4月1日以降、以下の影響がございます。

----------------------------------------------------------
・Yahoo!ジオシティーズで公開されているホームページが表示されなくなります。
・ジオクリエーターやファイルマネージャーによるファイルの編集ができなくなります。
・FTPによるファイルの更新ができなくなります。
・MyStoreによるページの更新ができなくなります。
・ジオプラスをご契約で無料の独自ドメインをご利用のお客様は、サービス終了までに
ドメインを他社サービスに移管されなかった場合、またはYahoo!ドメインでの
継続利用手続きをされなかった場合、ドメイン権利を喪失します。
2020年4月1日(サービス終了より1年後)に、Yahoo!ジオシティーズに保存している
全てのデータが削除されます。
----------------------------------------------------------

長い間Yahoo!ジオシティーズをご愛顧いただき、誠にありがとうございました。
サービス終了まで引き続きよろしくお願いいたします。

◇Yahoo!ジオシティーズ サービス終了のお知らせ
https://info-geocities.yahoo.co.jp/close/index.html

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毒親とブラック企業こそが8050問題の主犯だ!

2018年09月28日 13時20分48秒 | 当ブログと私の生い立ち

 

先週の水曜日に旧知のブログ読者が久しぶりに会いに来てくれました。そのブログ読者というのは、約5年前に生活保護の不正受給がニュースで取り上げられ、兵庫県小野市の市長が「パチンコする人の生活保護を打ち切る」と言い出した時に、「そんな事をしても、生活保護の人を自暴自棄に追いやり、更にギャンブル依存症を酷くするだけだ」という論陣を地元で孤軍奮闘して張られた方です。当時、私のブログもその運動の拡散に少なからず協力させてもらいました。

そのブログ読者の方から、「用事で大阪に出てくるついでに私と久しぶりに会いたい」という連絡がありました。その方は、その後も私のブログをずっと読んでくれていて、私が親父と喧嘩して実家を飛び出した事を知り、「実は私もそうなんだ」という事で、わざわざ私の住んでいる月極め賃貸ホテルまで来て下さったのです。

それで水曜日の夕方、ホテルのロビーでお会いして、横の談話室で約2時間、よもやま話に花を咲かせました。その方も、両親が離婚後、家庭に居づらくなり実家を出て、派遣労働者として各地の現場を渡り歩いた後、今は自営の傍ら、HIKIPOS(ヒキポス)という雑誌を販売しておられます。

HIKIPOSは書店では売っていません。購入するには、ネット通販か、この方がやっておられるような委託販売を通さなければなりません。定価は1部500円(引きこもり当事者は1部200円)です。ホームレスの方が自分と仲間たちの自立支援の為に、ホームレスの声を集めたビッグイシューという雑誌を路上販売していますが、HIKIPOSもそれに習い、元・現引きこもりの方が、当事者の声を集めて雑誌にまとめ、当事者自身の手で販売しているのです。私はHIKIPOSの創刊号(左上写真)と第3号(右上写真)を買いました。

若者だった頃に発症した引きこもりが長期化し、やがて50代になる。親も高齢化し80代となり、引きこもった子どもの面倒を見れなくなる。子は無職のままで親の年金だけを充てに何とか食つなぐが、やがて共倒れとなり、親子心中や親子殺人、餓死に至る。この「8050(はちぜろごーぜろ)問題」が全国に広がっています。2016年5月には新潟県三条市で、70代の母が引きこもりの50代の息子を殺害し自殺。母の遺書には「亡くなった夫の元へ息子と共に行く」とあったそうです。2017年12月には札幌市で82歳の母親が寒さと飢えで死亡、その後に残された52歳の引きこもりの娘も餓死。そういうニュースが伝えられています…。

以上が8050問題についての一般的な解説です。私自身もこの様に、あくまでも「引きこもり親子の問題」として捉えていました。しかし、HIKIPOSを読むと、それは余りにも一面的な見方だった事が分かります。生まれ落ちた時から引きこもりだった人は誰もいません。引きこもりになるには、何らかの原因やきっかけが存在しています。それは多くの場合、家庭内の親のしつけであったり、職場内のパワハラであったりします。この雑誌にも、子どもを引きこもりにさせる「毒親」が一杯登場します。常に世間体を気にして、自分の子どもを他人と比較し、劣っている点ばかりをあげつらい、良い点があっても全然評価しない。時には暴力さえ振るう。そんな親によって、子どもは委縮させられ、やがて人間付き合いが出来なくなってしまうのです。

 

彼の場合もそうでした。ただ、余りにもプライベートな事ゆえに、ここでは詳しくは書けません。代わりに私の場合を例にとって書く事にします。幼児期の頃はそれなりに可愛がってもらったものの、小学校5年生ぐらいの時に父親と言い争いになってからは、常に父親の暴力や過干渉にさいなまされるようになりました。算数ドリルの問題が出来ないと物差しで叩かれたり、普通に話していても何かの拍子にいきなり怒鳴られたり。大学に進学するようになっても、どんな本を読んでいるのかいちいち調べに来たり。そのせいで、私は人一倍、他人の目を気にするようになり、高校3年の時には一週間、不登校になった時期もありました。親の教育に問題があった事は今でこそ分かりますが、当時は「引きこもり」や「毒親」という言葉も知らず、ただただ「変な親だなあ」と思うばかりでした。

引きこもりの場合は、それが未婚や少子高齢化につながっていきます。今や、生涯未婚率は25%、非正規労働者に限れば未婚率は6割になろうとしていますが、その原因は、「結婚も出来ない低賃金」や「同じ職場でも周囲は他社の派遣社員ばかりで出会いもない」だけではありません。一旦引きこもりになると、「他人の目を気にする余り、もう自分を守る事で精一杯で、相手を思いやるどころではなくなってしまう」のです。その結果、「他人との間に適切な人間関係が保てなくなり、人付き合いを避ける一方で、自分の事を分かってくれそうな相手にはトコトン依存し、相手の都合も考えず、自分の気持ちや価値観ばかり一方的に押し付けてしまう」のです。

ブラック企業のパワハラ、セクハラがそれに拍車をかけます。電通で過労自殺した高橋まつりさん、ワタミの長時間労働に殺された森美菜さんも、自殺する直前には半ば引きこもりのような精神状態にまで追い詰められていた事が、「体がつらい、体が痛い、思うように動けない」等、彼女らの残した遺書めいたメモやツイート(ツイッター投稿)から明らかになっています。

しかも、日本の場合は劣悪な住宅事情がそれに加わります。欧米に比べ、日本ではパラサイトシングルの比率が異常に高いのは何故なのか、ご存知でしょうか?それは安価な公営住宅が圧倒的に不足しているからです。周囲を見渡しても、あるのはバカ高い家賃の民間賃貸物件ばかりでしょう。非正規の月20万円にも満たない給料から、税金や社会保険料、電気・水道・ガス等の公共料金に加え、月5万円前後もする家賃を払ったら、日々の食費にも事欠くのが現状ではありませんか。しかも、入居の際には数ヶ月分の敷金や保証金に加え、連帯保証人も揃えなければならない。実際は「実家を出たくない」のではなく「出たくても出られない」のです。

劣悪なのは住宅事情だけではありません。福祉の貧困もです。日本の福祉制度で、まだ多少ともまともに機能しているのは、生活保護ぐらいじゃないですか。それに引き換え、ヨーロッパでは失業保険だけでも食べて行けます。だから、再チャレンジする意欲も湧き、次々と新しいベンチャービジネスも生まれているのです。ところが日本では、「バラマキ福祉」「自己責任」とか言って、何でも自分でしょいこませようとする。それに加えて「普通でないとダメ」みたいな同調圧力も強い。杉田水脈(すぎた・みお)のLGBT差別投稿なんて、その典型でしょう。それら全てが、個人のやる気や生きる意欲を逆に削いでしまっているのです。

―80代の親が50代になった引きこもりの息子に「もう面倒見切れない」と詰る8050問題の動画を観たが、これ親子だけの責任じゃないだろう。息子を引きこもりに追い込んだブラック企業の人権蹂躙や、公営住宅の建設をサボりバカ高い家賃の民間業者任せにして自立を妨げている行政の怠慢を何故追及しない?

但し、親にも問題はある。本当に子を思う親なら、子どもに寄り添いブラック企業や行政を告発する事も厭わないだろう。ところが、それを個人の問題に矮小化し、「世間体が悪い」と子どもを一方的に責める。その親のエゴが引きこもりを更に酷くする(以上、私のツイートから)

この雑誌を読んで改めてそう思いました。

【特集】引きこもりの実態

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低能先生がダメなら低能首相もダメだろう

2018年07月01日 20時27分14秒 | 当ブログと私の生い立ち

 

 約一週間前に福岡で起こったIT講師殺人事件の事は皆さんご存知でしょうか?「Hagex(ハゲックス)」の名前でブログを書いていた東京のIT会社社員が、福岡でITやブログについて講演した直後に、トイレで面識のない男に刺殺された事件です。その男は、ブログで誰彼構わず相手を「低能」と罵っていたので、他の人から「低能先生」のアダ名で呼ばれていました。その中で、「Hagex」氏が自分のブログで「低能先生」の事を批判的に取り上げた事を見とがめ、トイレで待ち伏せして背後からナイフで襲った、という事件です。(参考記事

 私には、その背景事情が最初サッパリ分かりませんでした。何故なら、「Hagex」氏も「低能先生」も、互いに面識のない全くの赤の他人であるだけでなく、「Hagex」氏の「低能先生」批判記事も、「低能先生」を直接罵倒した内容ではなく、「こんな事がネットで噂になっている」という感じで、間接的に言及しているだけだったからです。

 「Hagex」氏のブログ「Hagex-day info」の他の記事(左上写真)も、私の見る限りでは、ネット掲示板「2ちゃんねる」等から引用した投稿に、自分のコメントを付け加えた程度の、まあ言わば、当たり障りのない内容のものがほとんどでした。私のブログのような、保守政治家を叩きまくるような記事は、ほとんどありませんでした。その程度の「批判」に対して、何故それほどまで憎しみを抱き、殺人に及んだのか、サッパリ分かりませんでした。

 しかし、事件の背景を探るうちに、ようやく事情が呑み込めました。「低能先生」の怒りは、自分に対する批判そのものよりも、ブログで凍結されたアカウントをバラされた事に向けられていたのです。

 ブログに投稿するには、アカウントというID(パスワードのようなもの)を取得し、そのアカウントの名前で投稿しなければなりません。ところが、「低能先生」は、罵倒などの度重なる荒らし行為の為に、相手から度々ブロックされていたのです。相手からブロックされると、今まで使っていたアカウントでは投稿できないので、また別のアカウントを取得しなければなりません。それを繰り返すうちに、最後にはブログ運営会社の「はてなブックマーク」からも要注意人物としてマークされるようになり、どのアカウントも全て使えなくなってしまいました。

 ネット上には、「低能先生」が使用しブロックされたアカウントが、200以上も残されています。それらは、「低能先生」にブログを荒らされた被害者ブロガーが、注意喚起の為に公開したものです。その中で、「Hagex」氏も注意喚起に協力する形で、自分のブログに「低能先生」の凍結されたアカウントを告知しただけだったのです。(右上写真)

 「低能先生」は、それを逆恨みし、「議論から逃げ回り、俺だけ一方的にのけ者にしやがって」「言論弾圧に抗議してやる」と、自分の住んでいる福岡に「Hagex」氏が講演でやってくる機会を狙って、凶行に及んだのです。

 誰が見ても悪いのは「低能先生」の方です。誰彼構わず罵倒を加えるのは、チンピラが通行人に言いがかりをつけて喧嘩を吹っかけているのと同じです。そんな相手と議論なぞ出来るわけがないでしょう。誰からも相手にされなくなるのは当然です。「低能先生」とアダ名を付けられたのも、自分が相手を誰彼構わず「低能」と罵っていたからであって、いわば自業自得です。

 私もブロガーの端くれなので、似たような事は今まで何度も経験して来ました。このブログも、昔は掲示板投稿の形式を取っていました。今のブログと同じ名称でHPを立ち上げ、付属の掲示板で投稿や議論を行っていました。その中で、私はHP・掲示板の管理人として、自らも投稿しながら、他人の投稿にコメントを加えたり、議論に加わったりしていました。

 その中で、過去に3名の投稿者をアクセス禁止にしました。投稿者のIDをブロックして掲示板に書き込めなくしたのです。3名とも、荒らし行為を働いたり、管理人の私の警告を無視した為に、そういう処分を下しました。

 その中で、一番タチが悪かったのが、最後に処分を下したKという人物です(ここでは正式なアカウント名は伏せさせてもらいます)。彼は「法の番人」を自任していました。しかし、法曹関係者の割には、他の投稿者を朝鮮人呼ばわりして卑下する等、差別や人権侵害に繋がりかねない投稿を繰り返し、私の注意も全然聞き入れませんでした。そこでアクセス禁止処分にしたら、他の掲示板で私の悪口を書き込むようになったのです。

 そんな差別投稿者なので、私はKに対しては全く相手にせず、他の掲示板管理人とも連携を取り合って、他板でもアクセス禁止にしてもらうよう話を進めました。そのうちに、Kグループの中で仲間割れが起こり、Kとたもとを分かった人物が私の掲示板仲間に、Kの身元(本名・職業等)を垂れ込みに来ました。私、その時、よっぽどKの身元をバラしてやろうかと思いましたよ。仲間に止められて、それだけは勘弁してやりましたが。その垂れ込みが発覚した途端に、他板でのKの私の対する罵倒が、すっかり鳴りを潜めるようになったのを覚えています。

 荒らし投稿者をアクセス禁止にしたり、ID凍結処分にするのは、「言論弾圧」でも何でもありません。何故なら、掲示板荒らしを放置していたら、他の投稿者の「言論の自由」も守れないからです。

 例えば、労働組合の掲示板で、「働き方改革にどう反対するか」議論している最中に、いきなり会社の回し者が、「お前らは残業代欲しさに反対しているんだろう」とか言いがかりを付けてきて、他の参加者を罵倒し始めたとしましょう。そんな「荒らし」の為に、何故、今までの議論を中断してまで、「総会屋」の相手をしなければならないのでしょうか?そんなに働き方改革に賛成したければ、財界の掲示板にでも行って「働き方改革をどう推進するか」議論すれば良いのです。

 ラーメン食べたければラーメン屋に行って食べればよいものを、わざわざうどん屋に来て「うどんなんてマズいもの食えるか!ラーメンを食わせろ!」というような客まで、うどん屋は相手にしなければならないのでしょうか?そんな訳はないでしょう。

 ラーメン屋にはラーメン屋の「営業の自由」があり、うどん屋にもうどん屋の「営業の自由」がある。その各人の「営業の自由」を守る事が、自由や人権を守る民主国家・法治国家の役割です。それを、国がラーメン屋やうどん屋のどちらか一方に肩入れし、営業妨害を黙認するのは、「自由のはき違え」でしかありません。

 ところが、安倍政権になってから国がやっている事といえば、例えば道徳教育の問題でも、日の丸や君が代については議論する事も禁止しながら、教育勅語については積極的に評価するかのようなそぶりを見せたりしています。森友・加計問題にしても、他大学の申請は門前払いにしながら、加計学園だけに一方的に肩入れするような事を行っています。働き方法案の問題についても然りです。審議会でも労働者側の意見を無視して財界側にばかり肩入れしていました。その挙句に強行採決です。これで本当に公平・中立な政府であると言えるのでしょうか?

 今の様子を見ていると、むしろ国の方が「低能先生」みたいな輩を野放しにして、国民の自由や人権を侵害しているようにしか見えません。国民も、「低能先生」の無法を批判するなら、「低能首相」にも、もっと厳しい目を向けていただきたいと思います。

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プレカリアート2018年の年賀状

2018年01月04日 21時27分35秒 | 当ブログと私の生い立ち

以下、年明け以降の私のツイートより。

ガラガラの通勤電車。元旦も普段と変わらないので年賀状も書かず。NHKは朝から改元のニュース。他にもっと先に取り上げるべき事が一杯あるだろう。お陰で、昭和・平成に新元号と三回も、履歴書書く際に使い分けなければならなくなった。メートル法の時代に尺貫法に固執する様な愚をいつまで続けるのか(1月2日)

釜ヶ崎越冬まつり。1月2日夜はSHINGO★西成の司会でレゲエのライブ。反貧困や野宿者支援がテーマの祭典も政治色はそんなに感じず。鬱な毎日を吹っ飛ばそうと、老いも若きも一体となってライブを楽しむ。それでいて媚びずに言うべき事もはっきり言う。安心して働き生活したい。それは釜ヶ崎も沖縄も同じ(同日)

高架下の甘党屋さん♪ 西成 甘党・喫茶ハマヤ : やまでらのぶらりグルメ&ぶらり日記 部屋に調理器具もないので正月もお雑煮は無理かと諦めていたが、480円で食べられる店が何と地元に!朝日新聞でも取り上げられた名店だそうな。しかし松の内で営業してるだろうか?(同日)

昨夜はすき家ですき鍋定食の夕飯。本当はブラック企業のすき家なんか利用したくなかったが、他は正月でどこも休みなので仕方なく。しかも普段ガラガラのお店が昨夜はほぼ満席で10分以上も待たされ。でも、お陰で厨房の実態も伺い知る事が出来た。やはりレトルト具材をチンして調理しているだけだった(同日)

 

翌1月3日の公休日に早速、萩之茶屋駅高架下のこの店(注:前述の甘党・喫茶ハマヤ)の前に来たら、営業は明日からと張り紙が。もうこうなりゃ意地だと、わざわざ難波まで出て、甘党まえだの雑煮セットを720円も出して注文。普段なら雑煮なんて見向きもしないのに。しかも炭水化物ばっか。体良く商業主義の宣伝に乗せられてしまったw(1月3日)

そして夕飯によばれた兄夫婦宅でも食卓には善哉。今日はまさしく餅一色の記念に残る1日であったw(同日)

幾ら正月も仕事でお屠蘇気分とは無縁でも、賀状のお礼は出すのが礼儀。そこで郵便局に年賀はがき買いに行ったら…今年から1月8日以降に投函する賀状については、更に10円追加料金を取られる事になった!ここまでケチ経営のしわ寄せを被りながら、まだ「アベノミクスで景気回復」の嘘に騙されるか!(1月4日)

 

…という事で、遅まきながら、新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。1月3日の釜ヶ崎講座主催の街歩きツアー参加報告についても、ボチボチ書き始めていますので、今しばらくお待ち下さい。ちなみに、下の動画は昨年の釜ヶ崎越冬ライブの様子です。

SHINGO☆西成 釜ヶ崎越冬闘争2017

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プレカリアートの迎春準備&次回予告

2017年12月31日 19時08分43秒 | 当ブログと私の生い立ち

 

 今日の大晦日は、私にとっても年内最後の公休日なので、午後からの半日を迎春準備に充てる事が出来ました。但し、年末年始も仕事で、普段とほとんど変わらない私にとっては、準備と言ってもやる事は買い出しぐらいです。年越しそばは既に今日の昼食で食べましたので、後はお餅や年明けまでの朝食・夕食の食料を買い込むだけです。普段は300円弁当で済ませている私も、正月ぐらいはお餅を食べたいですからね。

 ところが、部屋の中には電気ケトル以外は調理器具も調理設備もない今の私にとっては、丸餅や切り餅なんか買っても、食べる事が出来ません。直ぐ食べられる餅を何とか確保できないか?散々あちこち見て回りましたが、買う事が出来るのは、あんころ餅ぐらいしかありませんでした。そのあんころ餅も、「帯に短しタスキに長し」で、1パックに5個も6個も入っている餅では、到底食べきれません。余らせてカビをはやしてしまっては買う意味が無いので、1パック3個入りの柏餅で我慢する事にしました。本当はお雑煮を食べたかったのですが…。

 

 そんなこんなで、結局、卵・焼肉入りのデラックス弁当(大晦日の夕食)、柏餅(元旦の朝食)、カスタード入りスティックケーキ(2本入り3袋セット×2個、1月2日以降の朝食)に落ち着きました。スティックケーキの消費期限は来年2月18日までありますので、パンよりもはるかに長持ちします。これなら、朝食にもお菓子にも、両方使えます。(右上写真)

 

 ところで、私の今住んでいるホテルから目と鼻の先にある釜ヶ崎(あいりん地区の旧称・俗称)では、今年も12月30日から翌年1月4日まで、野宿者(ホームレス)支援団体によって48回目の越冬闘争が取り組まれます。「一人の餓死者・凍死者も出さない」を合言葉に、野宿者支援のボランティアの方々による夜間見回りや炊き出し、地区内の通称・三角公園でのライブコンサート等、地区内で様々な取り組みが行われます。

 それにしても、見回りや炊き出し、ライブコンサート等の、ごく普通の諸活動に、何故「闘争」なぞという仰々しい名前が付けられたのか?疑問に思われる方もおられるでしょうから、簡単に解説しておきます。それは、活動拠点の一つである前述の三角公園が、昔は麻薬取引や街頭賭博の巣だったからです。それらを取り仕切るヤクザ・暴力団による妨害と闘いながら、野宿者支援の活動を広げて来たからです。その様な歴史的な背景に加え、今も野宿者にとっては、寒い冬を行き延びる事が、文字通り命を懸けた闘いでもあるからに他なりません。

 この釜ヶ崎の越冬闘争については、私も今までも、このブログで時々取り上げて来ました。それに加え、その直ぐ近くに住むようになった事で、この取り組みに対して、更に親近感が湧くようになりました。しかし、私はあいにく年末年始も仕事なので、ずっと取材する訳には行きません。取りあえずは、SHINGO★西成が司会を務める1月2日夜のライブ・コンサートと、翌3日の公休日午後からの「釜ヶ崎講座」主催の学習ツアーには参加しようと思っています。次回年明けのブログ更新は、その話題を中心に書いていきます。乞うご期待。

 上記が、2017年12月30日~18年1月4日までの越冬闘争スケジュールです。その中の1月3日午後の「釜ヶ崎講座ツアー」に参加しようと思っています。このツアーは、事前の申し込みも参加費も不要で、案内のガイドと一緒に地区内を散策する事で、釜ヶ崎の歴史や現状について、気軽に学ぶ事が出来るようです。

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一億総活躍ならぬ総貧困時代の到来

2017年12月27日 21時48分36秒 | 当ブログと私の生い立ち

貧困女子 「ネットカフェ暮らし&非正規社員」

 母子家庭 貧しさの中で育つ子ども 月一万円の生活費①

 派遣切り ドキュメンタリー 豆腐1丁で暮らす37歳男性 人生の行く末路が壮絶・・・

 一億総中流から下流老人へ 2016老後の現実!

 正直に言うと、今までは上記に掲げた動画を見ても、どこか他人事の感がありました。同じ貧困・格差社会に憤りを感じてはいても、今から思うと、多分に「同情」の域を出ないものでした。ブログに掲げているイラクや北朝鮮の問題も、あくまで外国の人権問題として捉えていました。ところが、これらの動画に出て来る「月の手取り11~13万円」「食料は安い物をまとめ買い」「自転車で通勤定期代節約」「外食は月に一度のゼイタク」等の話が、実際に職場の同僚の体験談として語られ、私自身も同じ様な生活を送るようになってくると、とても他人事には思えないようになって来ました。これはまさしく自分の問題だと、今ではリアルに認識できるようになりました。

 その一方で、今まで頻繁に出かけていた反戦、反原発や反貧困の集会やデモにも、今までと同じようには参加出来なくなってしまいました。たとえ集会・デモの趣旨には賛同できても、ダブルワークに時間がとられたり、参加費用が気になったりして、今までみたいに簡単には参加出来なくなってしまいました。そんな暇があるなら、少しでも身体を休めたいと言うのが、今の正直な感想です。それでも、頑張ってブログにはそういう情報も極力載せるようにはしていますが、これも使命感から身体に鞭打ってやっているというのが現状です。自分自身の生存権まで脅かされるようになって来ると、もう「イラク」や「北朝鮮」どころではなくなって来ました。

 その理由の中には、今の安倍政権の政治が、余りにもムチャクチャで、次から次へと色んな問題が出て来て、とてもブログには書ききれない➔書かずにいるうちに、もうそれに悪慣れしてしまって、少々の事では驚かなくなってしまった、という事もあるかも知れません。そういう無気力こそが、安倍政治を更にのさばらす結果になってしまっているのかと思うと、歯がゆくて仕方がないのですが。

 例えば、ついこの間も、総理夫人の安倍昭恵が、公私のけじめもわきまえずに、インスタグラムで半裸男性の写真をネットに公開したようですが、そんな話を聞いても、私の今の現状から余りにもかけ離れ、どこか別世界の出来事のように思えてしまい、怒る気力も失せてしまうのです。大企業は史上最高益を更新し、正社員のボーナスも上がったが、有効求人倍率上昇もその中身を見ればブラック企業の求人ばかり。人手不足も少子高齢化によるものでアベノミクスとは無関係。むしろ安倍政治がもたらした貧困・格差の拡大、「結婚も出来ない低賃金」や「死ぬまで働かなくてはならない低年金」こそが少子高齢化の最大の原因なのに。このように、貧富の差によって今や国民の意識まで分断されてしまっています。

 ぶっちゃけ、食費すら節約しなければならないのに、どこに婚活のパーティ代や服代に回す金がある?婚活パーティで「安倍昭恵の出来損ない」みたいなお嬢と話が合う?仮に同じ様な境遇の貧困女子とめでたくゴールインできたとしても、それでは貧困の連鎖、共倒れにしかならないじゃないか!
 子ども食堂に政府が基金作って寄付を募るだと?寄付なんかでお茶を濁さず、ちゃんと予算組んで支援しろ!その為の政府、税金だろうが!イバンカ(米大統領トランプの娘)の道楽に55億もくれてやり、バカ高いイージス艦やオスプレイを買う金があるなら、その幾許かを回すだけで問題は全て解決する。一体誰の為の政府なのか?
 最近はマクドのバイト募集チラシにもオジンキャラが登場するようになったが、そのオジンキャラが言う「生涯現役、私は趣味が仕事」なんて大ウソだ。生きがいを求めるなら、やはり仕事より趣味だろう。でも、雀の涙みたいな年金で、死ぬまで働かなければならないから、渋々働いているだけだろうが! 

 

 安倍政権は、国民生活の苦境をよそに「改憲・戦争ごっこ」にばかり夢中になっています。憲法改正で盛り上がっているのは安倍取り巻きの右翼連中だけで、国民は全然そんな事思ってない(食って行くのに精一杯で、それどころではない)にもかかわらず。安倍の事だから、そのうち「一億総活躍の一環として、障がい者も活躍できる武器開発で、戦い方改革を」なんて言い出すんじゃないでしょうか。安倍にとっては、自民党の票田である軍需産業やゼネコンの株価さえ上がればそれで良いのですから。下々の国民なんて「使い捨ての駒」ぐらいにしか思っていないのでしょう。「一億総活躍」という一見耳触りの良いスローガンも、安倍が国民の人権保障なんて全然考えておらず、単に国民を「企業戦士の歯車」としかみなしていないから、そんな戦時中の「一億総火の玉」みたいな発想しか出来ないのです。

 「働き方改革」というスローガンにしても、ブラック企業対策は名ばかりで、むしろ「残業代ゼロ法案」でブラック企業を更に野放しにしようとしておいて。逆に「労働者の働き方が悪い」みたいな物言いで、過労による生産性低下の責任を労働者になすり付けようとしているではないですか。そう思うと、むしろ今の日本の現状こそが、「アフガン・イラク・北朝鮮」そのものではないか…今はもうそんな気持ちでいます。

 しかし、その反面、非正規雇用の期間が長期化した事に加え、あいりん地区と目の鼻の先に住むようになった事で、貧困・格差の問題が、今までのような「理屈」ではなく、いよいよ「リアルな現実」として認識できるようになったのも事実です。今年の年末・年始も、あいりん地区では野宿者支援の夜回りや越冬祭りが催される事になっています。次の更新は、その様子をブログに書いていこうと思います。それでは、よいお年を。

(追記:参考記事)

生活保護引き下げ「入浴は月1回」「灯油買えず肺炎に」 厚労省「曲解です」(田中龍作ジャーナル)

 生活保護のうち食費や光熱費に充てられる生活扶助費が、来年4月から最大で5%引き下げられる。2015年の最大10%削減につづく引き下げである。

 「もう生きてゆけない」。当事者と法律家たちがきょう、厚労省を訪れ、削減の撤回を求める要求書を手渡した。

 森川清弁護士は厚労省社会・援護局保護課の新垣真理課長補佐に対して「厚労省の生活保護基準引き下げに驚いている。撤回して下さい。当事者の実情を見て検討して下さい」と厳しい口調で要望した。厚労省は実態調査をせず、当事者の声も聞かなかったことへの憤りだ。

 森川弁護士は大学卒業後、葛飾区の社会福祉事務所に10年あまり勤めた経験を持つ。貧困の現場を知り尽くしている弁護士だ。知り合って10年になるが、こんなに怒った表情は見たことがない。

 厚労省の新垣課長補佐は「真摯に受け止めます。引き続き適正な水準とするよう検討してまいります」と官僚答弁でかわした。

 生活保護当事者は「これまで節約をし続けて、これから生活費のどこを削ったらいいのか?」と怯え悩む。

 「白米に醤油をかけて食べる」「入浴回数が月1回になってしまっている」「真冬に灯油が買えず(風邪をひき)肺炎になった」・・・

 弁護士やケースワーカーが26日に行った電話相談に寄せられた悲痛な叫びだ。全国から273件もの相談があった。

 生活扶助費の引き下げは受給者だけの問題ではない。38以上もの社会制度と連動するからだ。「最低賃金」「住民税の非課税」「医療費」「就学支援」などだ。

 生活扶助費の支給額が削減されれば「最低賃金」の基準は下がり、「住民税の非課税」基準なども下がる。低所得者の生活は苦しくなるのだ。

 こうして低所得者の生活水準が下がれば、生活扶助費はまたまた切り下げられる→生活扶助費が切り下げられれば、低所得者の生活水準は下がる・・・負の連鎖が始まるのである。

 厚労省の引き下げ基準たるや、数字ありきのインチキだ。低所得者のなかでも生活保護申請に行き水際で追い返された世帯などを対象としているのである。生活保護受給者よりも所得が少なくなるカラクリがあるのだ。

 今回はこれまでの生活保護基準引き下げと、恐ろしさのスケールが違う。厚労省は国民が「健康で文化的な最低限度の生活」ができるよう保障するのが役目であるはずだ。

 森川弁護士が「大きな見直しですね?」と問うたところ、新垣課長補佐は「曲解です」と言い放った。

 2018年は「1億総貧困化・元年」となるのだろうか。

http://tanakaryusaku.jp/2017/12/00017203

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あいりん地区限定のホカ弁屋

2017年12月24日 21時45分46秒 | 当ブログと私の生い立ち

 

 実家を飛び出してから早や5ヶ月近くになります。現在、新今宮周辺の民泊ホテルに月極め賃貸契約で住んでいますが、室内にDK設備が無いので、食事は全て外食と社員食堂に頼っています。外食で普通に飲食店で食事をすると最低でも1食700円はします。スーパーやコンビニで売っている弁当に切り替えても、ペットボトルのお茶等を買えば、外食するのとそんなに変わらない値段になります。しかし、室内にDKがないので自炊もままなりません。水道は各階にあるので、炊飯器さえ買えばご飯だけなら自炊も可能ですが、おかずも自炊で作らなければ大した節約にはなりません。しかし、毎日おかずもスーパーの惣菜には一切頼らず自炊だけでまかなうのは、正直言ってシンドイです。

 それでもまだ朝食は、安い電気ケトルを買ってコーヒーやお茶を室内で飲めるようになった事で、パンもスーパーやコンビニで購入可能となり、外食依存から一歩足を洗う事が出来る様になりました。金額的には大した節約にはなりませんが、出かける前に部屋で食事を済ませられるようになった事で、精神的に大分楽になりました。雨の日の休日なぞ、わざわざ外に食べに出かけなくても、室内でゆっくり朝食を食べられるようになりましたから。
 昼食は、出勤日は社内食堂、休日は朝食と同様にパンとコーヒーで済まします。以前より外食の回数は減りましたが、それでもたまには気分転換を兼ねて外食する事もあります。昼休みも、今までは自販機で食後のコーヒーを飲んでいましたが、今後は少しでも野菜不足を解消すべく、冬でも野菜ジュースを飲むようにしています。

 問題は夕食です。今まで通り外食に頼っていたのでは、食費がかかって仕方ありません。そこで、以前なら見向きもしなかった、あいりん地区内のホカ弁屋「まんぷく」を利用する事にしました。「まんぷく」グループは地区内に11もの店舗を有しています。その大半はテイクアウト専門の弁当屋ですが、中にはイートインコーナーのカウンターを備えた食堂形式の店もあります。「まんぷく」の弁当については、以前も一度メニューのコピーをいただいた事があったのですが、そこには実物の写真が載っていなかったので、今までどうしても買う気になれませんでした。
 ところが、たまたま通りがかった食堂形式の店で、陳列ケースの中にある弁当がおいしそうだったので、値段を聞くと何とたった300円!オプションにのりたま振りかけ20円と味噌汁100円を付けても、まだ420円です。食べたら美味しくボリュームもあったので、それからは「まんぷく」弁当を毎日利用するようになりました。

 300円の弁当は「まんぷく」でも最低価格の弁当です。その他の焼き肉弁当や唐揚げ弁当などは400円ぐらいします。幕の内に至っては500円、物によってはもっと高い弁当もあります。300円弁当は、その中で、唐揚げや卵焼き、コロッケ、焼き魚などの出来合いの惣菜が、トレーに詰め合わせされたものです。トレーにぬくぬくのご飯さえ入れて貰えれば、他の弁当とは違って待たずに買えたので、私は結構重宝していました。むしろ、和風惣菜中心の幕の内弁当よりも300円弁当の方が、おかずのバラエティに富んでいて得した気分になれました。
 店内には、他にも単品のご飯・おかずやカップ麺も、1個100円から200円の価格で売っています。今日の休みに昼頃立ち寄ったら、3個ぐらいのパンがビニール袋に詰められて、1個200円ぐらいで売られていました。

 

 ダブルワークに行っていた時なぞは、昼の仕事が終わって夜の仕事に行く途中で、「まんぷく」弁当買う為だけに、わざわざ自分の住んでいるホテルに立ち寄っていました。但し、部屋に立ち寄って、電気ケトルでお茶や味噌汁をゆっくり沸かしている暇なぞ無かったので、ホテル1階フロント横の談話室を借りて、そこで大急ぎで300円弁当を口の中にかき込んでいました。ところが、刺青したオッサンが談話室のソファーに寝転がってスマホをいじくっていたのに遭遇してからは、余り談話室は使わないようになりました。今はダブルワークを辞めたので、ホテルに帰って来てから部屋でゆっくり弁当を食べるようになりました。これで月に2万円は節約できます。

 「西成 まんぷく」でネット検索かけたら一杯ヒットしました。下記はその中の一部です。その大半は、あいりん地区のドヤ(木賃宿)やそれをバックパッカー向けにリニューアルした民泊ホテル(私が今住んでいる様な所)での生活記録が中心ですが、その中にも必ず「まんぷく」の弁当が出て来ます。今や「食べログ」にも「まんぷく」の弁当が紹介されるようになりました。

ここまで紹介するのは僕ぐらいですかね^^♪ 西成 まんぷく本店(やまでらのぶらりグルメ&ぶらり日記)
危険と言われる西成区のあいりん地区で激安弁当を路上に座って食べてみた(まいどニュース)
西成探検その2.まんぷくでシャケ定食 (kimcafeのB級グルメ旅)
あいりんの弁当屋 NO1は、まんぷく(大阪 西成区のあいりん地区へ 移住計画)
【シリーズ西成の歩き方】 part.3 『 じゃりん子チエ な西成グルメ!オイシイヨ 』 (馬兄弟の!馬日記!!)
まんぷくで偉そういう奴(西成物語)

 あいりん地区と言えば、スラム街というイメージがありますが、今はもう決してその様な事はありません。外国人のバックパッカーだけでなく、日本人の旅行者や住民の方もごく普通に、この街を歩いています。もちろん野宿者の方もおられますが、こちらから無断で写真撮影したり等、マナーに反する事をしない限り、相手の方から絡んで来たりなぞしません。また、あいりん地区内には、決して「まんぷく」のような安い店ばかりが立ち並んでいる訳でもありません。近くの新世界にしても、明治時代の博覧会開催を機に開発された地域で、むしろ文明開化を象徴する土地柄でした。当時から続く老舗も、数は少なくなりこそすれ、いまだに健在です。ただ、地域内の萩之茶屋商店街にも、中国人経営のスナックが一杯進出してきたりして、雰囲気は大分変ってしまいましたが。

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プレカリアートのキューバ革命

2017年12月17日 16時41分08秒 | 当ブログと私の生い立ち

『エルネスト』予告篇(60秒)

 

 チェ・ゲバラと言っても、今の人は余りピンと来ないかも知れません。

 彼は、1928年に南米アルゼンチンの裕福な家庭に生まれ、小さい頃から持病の喘息(ぜんそく)に苦しんだ経験をバネに、医師になります。また、青年時代にバイクで南米各地を放浪し、各地で貧しい人々の生活を目の当たりにする事で、革命家を志す様になります。その中で、キューバの革命家カストロと出会い、カストロ達と一緒にヨットでキューバに渡り、バチスタ独裁政権打倒の革命に参加します。革命は見事成功し、カストロ革命政権の工業相に就任します。しかし、ソ連傾斜を強めるカストロとは次第に距離を置き、再び革命の旅に出ます。仲間と共にボリビアに渡り、そこで独裁政権打倒のゲリラ戦を展開するも、政府軍につかまり処刑され、1967年に39歳の若さで生涯を終えます。

 彼は誰に対しても気さくでした。だからこそ、今でも世界の人々から、「チェ!」(よお!)と愛称で呼ばれるのです。彼の自由奔放で、しがらみにとらわれない生き方は、左右の垣根をも越えて、世の中の変革を志す全世界の人の拠り所となりました。その広がり具合は、例えばこの日本においても、元自民党代議士の亀井静香ですら、ゲバラに心酔し、議員事務所にゲバラのポスターを堂々と張り出しているほどです。また、ゲバラは無類のタバコ好きとしても有名です。スタイルもイケメンなので、今もゲバラの肖像画が、キューバ煙草の宣伝CMに使われたりしています。

 そのゲバラと共に戦った日系人フレディ前村の実話をもとに作られたのが、上記の「エルネスト―もう一人のゲバラ」という映画です。今年はゲバラ没後50年に当たります。米国のオバマ前政権がキューバと国交を回復し、日本も安倍がキューバを訪問した事で、この映画がにわかに脚光を浴びる事になりました。今から半世紀前に、ゲバラが革命政権の閣僚として訪日し、お忍びで広島を訪問する所から映画は始まります。原爆資料館の展示を目にしたゲバラは、新聞記者のインタビューに「何故こんな目に遭わされても日本は米国に怒らないのか?」と質問します。彼はそこでは、原爆の悲惨さよりも、むしろ原爆を落とされたにもかかわらず米国の属国に甘んじる戦後日本の卑屈さを感じ取ったのでしょう。

 俳優オダギリジョーが扮する日系ボリビア人のフレディ前村も、そんなゲバラに心酔した青年でした。キューバの国立ハバナ大学に医学留学し、予備課程の専門学校に視察に来たゲバラに出会います。「なぜそんなに自信に満ちて堂々としていられるのか?」と聞いたフレディに対し、ゲバラはこう答えます。「自信があるのではなく、この世の不正義に怒っているだけだ。怒りは憎しみとは違う。憎しみだけでは戦いには勝てない」と。この一事だけでも、「自分の国さえ良ければそれで良い」という米国大統領トランプや、その顔色ばかりうかがい国民を全然顧みない安倍晋三、憎しみだけでテロに走るイスラム過激派のテロリストとは、全然器の大きさが違う事が分かります。

 よく言えば豪放磊落(ごうほうらいらく)。悪く言えば直情径行。ボリビアで反革命クーデターが起こったと聞けば、損得勘定抜きに、内政干渉と言われかねないリスクも承知で、政府の要職を投げ打って一ゲリラ兵士に身を落とし、外国で革命に身を捧げたゲバラ。そのゲバラに心酔し、ゲバラから自分と同じ「エルネスト」という姓をコードネームとして与えられ、再び母国に帰ってゲバラと運命を共にしたフレディ。そこには、家族の私生活や社内での出世競争といった「みみっちい話」なぞ、入り込む余地はありません。ゲバラ自身、二度の離婚を経験しています。実際の離婚は一度切りですが、二度目も家庭を顧みず外国の革命運動に入れあげたのですから、二回離婚したのも同然です。

 では、「ゲバラやフレディの行為はただの犬死にだったのか?」と言えば、決してそうではありません。革命キューバも、革命前は日本以上にアメリカの属国でした。キューバは米国の支援を得て20世紀初めに独立を勝ち取りますが、米国はその見返りに、米軍の駐留権や最恵国待遇(一種の治外法権)をキューバに認めさせます。キューバは、半ば米国の経済植民地の様な状態に置かれます。何の事は無い。今の日本とまるで同じです。

 ところが、キューバは日本とは違い、革命で米国やその息のかかった独裁政権を倒す事に成功します。そして、米国フロリダ半島の鼻っ先で、社会主義の国造りを始めます。その国造りも、決して順調に進んだ訳ではありません。米国からは経済制裁や破壊工作を仕掛けられ、中南米諸国の中でも一時は孤立させられます。米国に代わってキューバに進出したソ連も、キューバを属国扱いする点では、米国とそう変わりませんでした。そして、キューバには革命後の今もグアンタナモ米軍基地が居座っています。米国が独立支援の見返りに締結した条約の改定に同意しないからです。これも今の沖縄と同じです。

 しかし、やがて時代は変わります。一時はソ連崩壊でキューバの社会主義も風前の灯かと思われましたが、追い詰められたのは逆に米国の方でした。米国言いなりの政治が南米大陸全体に広まり、格差が拡大する中で、貧困層の戦いが大陸全体に広まって行きます。ゲバラが処刑されたボリビアでも、水道民営化により二倍以上に水道料金が値上げされる中で、飲み水を求める住民の闘いが広がります。これが有名な「水戦争」です。やがてボリビアでも独裁政権が倒れ、先住民出身の大統領が誕生します。ゲバラが処刑された村は、今や革命の聖地として、世界中から観光客が押し寄せるようになりました。

 それに引き換え、今の日本はどうか?西欧諸国ですらトランプの言いなりにはならない中で、一人日本の安倍だけがトランプにペコペコ。その卑屈さを批判されたら、「猛獣使い」という言い方で誤魔化す有様です。そんなに「猛獣使い」が上手いなら、北朝鮮の「猛獣」も、もう少し上手く使いこなせるはずでしょうに。そして、国民には、森友・加計疑惑の資料隠しで「臭い物に蓋」、株価対策や法人税減税で大企業にばかり顔を向け、年金も生活保護も切り捨てる一方。マスコミも安倍政権に迎合して、北朝鮮遭難漁民による家電窃盗事件はこれでもかと報じるくせに、沖縄の米軍オスプレイ部品落下事故はほとんど報じようとはしません。

 私の家の毒親親父も、そんな奴隷の日本社会が生み出した産物です。上にはペコペコ、下には偉そう。やれ、非正規だの独身だのと、体面ばかり気にして、人の本当の気持ちを全然推し量ろうとはしない(出来ない)。昔、私が教師を辞めて生協に就職した後も、父はまだ未練たらしく教職にこだわり、私に再び教員採用試験を受けさせようとしました。私は新しい仕事と職場に慣れるのに精一杯で、もう前職の事なぞキレイさっぱり忘れていると言うのに。それも、私に直接言わず、母をダシに転職を諦めさせようとしたのです。母が余りにも教員採用試験を受験するよう頼むので、仕方なく受験だけはして、わざと間違いだらけの答案出してやりました。そこで、ようやく父も諦めたようでした。よっぽど生協(親父にとっては共産党、アカ)への転職を阻止したかったのでしょう。本当に人の親なら、息子の選んだ人生を尊重し、それに見合ったアドバイスをするのが普通なのに。そういう経過を経て、今ようやく、親父の元を離れて経済的独立を勝ち取る事が出来ました。この親父との決別が、いわば私にとってのキューバ革命でした。

 ところで、今年の漢字が「北」に決まった理由も、決して日本人が北朝鮮の人権問題に目覚めたからではありません。むしろ、その逆で、自分たちは高みの見物を決め込んで、恐る恐る北朝鮮の「猛獣」を眺めている気分なんでしょう。ゲバラの様に、北朝鮮解放にはせ参じる訳でもなく。実際は、自分達日本人の方こそ、安倍という猛獣に支配されているのに。

 しかし、北朝鮮はそんなに恐ろしい存在なのか。北朝鮮遭難漁民の家電窃盗事件にしても、これは裏返せば、それだけ日本の家電を欲しがっているという事です。北朝鮮の経済さえ上向けば、立派なお客になるじゃないですか。別に家電窃盗を許す気はありませんが。私がもしブラック企業の経営者なら、衣食住は十分確保してやった上で、安い賃金でドン・キホーテでこき使います。「腹が減っては戦(いくさ)も出来ない」と言いますから。そして、「衣食住だけでなく自由も欲しい」という人には、フランチャイズ契約で店舗の経営権も譲渡します。但し、「後は自己責任で」と言う条件で。

 これは勿論、皮肉で言っています。確かに、この様に、北朝鮮も一筋縄ではいかない相手ではありますが、それでも、外国排斥に凝り固まったイスラム過激派のテロリストと比べたら、よっぽどまだ北朝鮮の方が組みしやすいと思います。安倍も、やれ「猛獣使い」だ何だと自画自賛するなら、それぐらいの度量で、拉致問題にも、パフォーマンスばかりでなく、もう少し真剣に取り組んだらどうかと言いたいです。

 以下、チェ・ゲバラ名言集より幾つか抜粋。

・国民の英雄たるもの、国民から遠くはなれていてはいけない。高い台座に上って、国民の生活と無縁なところにおさまるべきでない。

・指導者とは、人が自分と同じところまで追いつけるように誘導するものだ。ただ言葉で強いるのでなく、後ろにいる人たちを力づけて、自分のレベルまで引き上げようとするのだ。

・私はキリストではないし、慈善事業家でもない。キリストとは正反対だ。正しいと信じるもののために、手に入る武器はなんでも使って戦う。自分自身が十字架などにはりつけになるよりも、敵を打ち負かそうと思うのだ。

・世界のどこかで、誰かが蒙っている不正を、心の底から深く悲しむことのできる人間になりなさい。それこそが革命家としての、一番美しい資質なのだから。

・ただ一人の人間の命は、この地球上で一番豊かな人間の全財産よりも100万倍も価値がある。隣人のために尽くす誇りは、高い所得を得るよりもはるかに大切だ。蓄財できるすべての黄金よりも、はるかに決定的でいつまでも続くのは、人民たちの感謝の念なのである。

・未来のために今を耐えるのではなく、未来のために今を楽しく生きるのだ。

・明日死ぬとしたら、生き方が変わるのか?あなたの今の生き方は、どれくらい生きるつもりの生き方なのか。

・もし私たちが空想家のようだといわれるならば、救いがたい理想主義者だといわれるならば、出来もしないことを考えているといわれるならば、何千回でも答えよう。「その通りだ」と。

(参考資料)キューバ略史 (映画「エルネスト」公式サイトより引用)

1952年 3月 元大統領フルヘンシオ・バティスタ将軍がクーデターで政権掌握

1953年 7月26日 フィデル・カストロらがバティスタ政権打倒の狼煙を上げるため陸軍モンカーダ兵営を襲撃

1955年 5月15日 フィデルら恩赦。フィデルは7月メキシコに亡命

1956年 12月2日 フィデルらゲリラ82人がグランマ号でオリエンテ州上陸、革命戦争開始

1958年 5月 政府軍が大攻勢。だが8月、叛乱軍が撃退

1959年 1月1日 バティスタ大統領が国外へ亡命、キューバ革命成就

    2月17日 フィデルが首相に就任

1960年 2月4日 ミコヤン・ソ連副首相来訪、キューバ・ソ連通商条約調印

1961年 1月3日 アイゼンハワー米大統領が対キューバ断交を発表

4月16日 フィデルが「社会主義革命」を宣言

4月17日 反革命傭兵軍侵攻(~19日)(ヒロン浜侵攻事件)

4月25日 ケネディ米政権が対キューバ全面経済封鎖に踏み切る

1962年 10月14~28日 キューバ核ミサイル危機

1963年 フィデルがソ連を長期訪問

1965年 10月 キューバ共産党結成。その式典でフィデルがゲバラの「別れの手紙」を公表

1967年 10月9日 ゲバラがボリビアで処刑される

1972年 7月 ソ連圏の経済相互援助会議(コメコン)加盟

1975年 第1回共産党大会、アンゴラ派兵本格化

1976年 社会主義憲法(現行憲法)制定

1977年 米国と利益代表部を相互に開設

1983年 米軍がグレナダを侵攻

1989年 11月 ベルリンの壁崩壊、コメコン体制消滅。12月東西連戦終結

1991年 ソ連消滅、資本主義ロシアが発足

1993年 キューバが米ドルなど外貨を合法化

1994年 米国とキューバが難民問題で合意

1996年 米ヘルムズ・バートン法成立、経済封鎖を制度化する

1998年 ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世がキューバ訪問

2002年 カーター米元大統領がキューバ訪問。

2006年 7月 フィデルが重病で緊急手術、静養生活に入る

2008年 2月 フィデルが国家評議会議長を引退。後継議長に実弟ラウール・カストロが就任

2009年 4月13日 オバマ米大統領が経済封鎖を緩和

2014年 4月 第6回共産党大会が市場原理導入を決議

12月18日 キューバと米国が国交正常化で合意

2015年 7月20日 両国が国交を再開

2016年 3月21日 オバマ大統領が米大統領として88年ぶりにキューバを訪問

9月23日 安倍首相がキューバを訪問、カストロ兄弟と会談

11月25日 フィデル・カストロ前議長が死去、90歳

2017年 1月20日 トランプ米政権発足

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