アフガン・イラク・北朝鮮と日本

戦争も人権抑圧もNO!万国のプレカリアート団結せよ!

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 アフガン・イラク戦争も金正日もNO!!搾取・抑圧のない世界を目指して、万国のプレカリアート団結せよ!

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低能先生がダメなら低能首相もダメだろう

2018年07月01日 20時27分14秒 | 当ブログと私の生い立ち

 

 約一週間前に福岡で起こったIT講師殺人事件の事は皆さんご存知でしょうか?「Hagex(ハゲックス)」の名前でブログを書いていた東京のIT会社社員が、福岡でITやブログについて講演した直後に、トイレで面識のない男に刺殺された事件です。その男は、ブログで誰彼構わず相手を「低能」と罵っていたので、他の人から「低能先生」のアダ名で呼ばれていました。その中で、「Hagex」氏が自分のブログで「低能先生」の事を批判的に取り上げた事を見とがめ、トイレで待ち伏せして背後からナイフで襲った、という事件です。(参考記事

 私には、その背景事情が最初サッパリ分かりませんでした。何故なら、「Hagex」氏も「低能先生」も、互いに面識のない全くの赤の他人であるだけでなく、「Hagex」氏の「低能先生」批判記事も、「低能先生」を直接罵倒した内容ではなく、「こんな事がネットで噂になっている」という感じで、間接的に言及しているだけだったからです。

 「Hagex」氏のブログ「Hagex-day info」の他の記事(左上写真)も、私の見る限りでは、ネット掲示板「2ちゃんねる」等から引用した投稿に、自分のコメントを付け加えた程度の、まあ言わば、当たり障りのない内容のものがほとんどでした。私のブログのような、保守政治家を叩きまくるような記事は、ほとんどありませんでした。その程度の「批判」に対して、何故それほどまで憎しみを抱き、殺人に及んだのか、サッパリ分かりませんでした。

 しかし、事件の背景を探るうちに、ようやく事情が呑み込めました。「低能先生」の怒りは、自分に対する批判そのものよりも、ブログで凍結されたアカウントをバラされた事に向けられていたのです。

 ブログに投稿するには、アカウントというID(パスワードのようなもの)を取得し、そのアカウントの名前で投稿しなければなりません。ところが、「低能先生」は、罵倒などの度重なる荒らし行為の為に、相手から度々ブロックされていたのです。相手からブロックされると、今まで使っていたアカウントでは投稿できないので、また別のアカウントを取得しなければなりません。それを繰り返すうちに、最後にはブログ運営会社の「はてなブックマーク」からも要注意人物としてマークされるようになり、どのアカウントも全て使えなくなってしまいました。

 ネット上には、「低能先生」が使用しブロックされたアカウントが、200以上も残されています。それらは、「低能先生」にブログを荒らされた被害者ブロガーが、注意喚起の為に公開したものです。その中で、「Hagex」氏も注意喚起に協力する形で、自分のブログに「低能先生」の凍結されたアカウントを告知しただけだったのです。(右上写真)

 「低能先生」は、それを逆恨みし、「議論から逃げ回り、俺だけ一方的にのけ者にしやがって」「言論弾圧に抗議してやる」と、自分の住んでいる福岡に「Hagex」氏が講演でやってくる機会を狙って、凶行に及んだのです。

 誰が見ても悪いのは「低能先生」の方です。誰彼構わず罵倒を加えるのは、チンピラが通行人に言いがかりをつけて喧嘩を吹っかけているのと同じです。そんな相手と議論なぞ出来るわけがないでしょう。誰からも相手にされなくなるのは当然です。「低能先生」とアダ名を付けられたのも、自分が相手を誰彼構わず「低能」と罵っていたからであって、いわば自業自得です。

 私もブロガーの端くれなので、似たような事は今まで何度も経験して来ました。このブログも、昔は掲示板投稿の形式を取っていました。今のブログと同じ名称でHPを立ち上げ、付属の掲示板で投稿や議論を行っていました。その中で、私はHP・掲示板の管理人として、自らも投稿しながら、他人の投稿にコメントを加えたり、議論に加わったりしていました。

 その中で、過去に3名の投稿者をアクセス禁止にしました。投稿者のIDをブロックして掲示板に書き込めなくしたのです。3名とも、荒らし行為を働いたり、管理人の私の警告を無視した為に、そういう処分を下しました。

 その中で、一番タチが悪かったのが、最後に処分を下したKという人物です(ここでは正式なアカウント名は伏せさせてもらいます)。彼は「法の番人」を自任していました。しかし、法曹関係者の割には、他の投稿者を朝鮮人呼ばわりして卑下する等、差別や人権侵害に繋がりかねない投稿を繰り返し、私の注意も全然聞き入れませんでした。そこでアクセス禁止処分にしたら、他の掲示板で私の悪口を書き込むようになったのです。

 そんな差別投稿者なので、私はKに対しては全く相手にせず、他の掲示板管理人とも連携を取り合って、他板でもアクセス禁止にしてもらうよう話を進めました。そのうちに、Kグループの中で仲間割れが起こり、Kとたもとを分かった人物が私の掲示板仲間に、Kの身元(本名・職業等)を垂れ込みに来ました。私、その時、よっぽどKの身元をバラしてやろうかと思いましたよ。仲間に止められて、それだけは勘弁してやりましたが。その垂れ込みが発覚した途端に、他板でのKの私の対する罵倒が、すっかり鳴りを潜めるようになったのを覚えています。

 荒らし投稿者をアクセス禁止にしたり、ID凍結処分にするのは、「言論弾圧」でも何でもありません。何故なら、掲示板荒らしを放置していたら、他の投稿者の「言論の自由」も守れないからです。

 例えば、労働組合の掲示板で、「働き方改革にどう反対するか」議論している最中に、いきなり会社の回し者が、「お前らは残業代欲しさに反対しているんだろう」とか言いがかりを付けてきて、他の参加者を罵倒し始めたとしましょう。そんな「荒らし」の為に、何故、今までの議論を中断してまで、「総会屋」の相手をしなければならないのでしょうか?そんなに働き方改革に賛成したければ、財界の掲示板にでも行って「働き方改革をどう推進するか」議論すれば良いのです。

 ラーメン食べたければラーメン屋に行って食べればよいものを、わざわざうどん屋に来て「うどんなんてマズいもの食えるか!ラーメンを食わせろ!」というような客まで、うどん屋は相手にしなければならないのでしょうか?そんな訳はないでしょう。

 ラーメン屋にはラーメン屋の「営業の自由」があり、うどん屋にもうどん屋の「営業の自由」がある。その各人の「営業の自由」を守る事が、自由や人権を守る民主国家・法治国家の役割です。それを、国がラーメン屋やうどん屋のどちらか一方に肩入れし、営業妨害を黙認するのは、「自由のはき違え」でしかありません。

 ところが、安倍政権になってから国がやっている事といえば、例えば道徳教育の問題でも、日の丸や君が代については議論する事も禁止しながら、教育勅語については積極的に評価するかのようなそぶりを見せたりしています。森友・加計問題にしても、他大学の申請は門前払いにしながら、加計学園だけに一方的に肩入れするような事を行っています。働き方法案の問題についても然りです。審議会でも労働者側の意見を無視して財界側にばかり肩入れしていました。その挙句に強行採決です。これで本当に公平・中立な政府であると言えるのでしょうか?

 今の様子を見ていると、むしろ国の方が「低能先生」みたいな輩を野放しにして、国民の自由や人権を侵害しているようにしか見えません。国民も、「低能先生」の無法を批判するなら、「低能首相」にも、もっと厳しい目を向けていただきたいと思います。

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プレカリアート2018年の年賀状

2018年01月04日 21時27分35秒 | 当ブログと私の生い立ち

以下、年明け以降の私のツイートより。

ガラガラの通勤電車。元旦も普段と変わらないので年賀状も書かず。NHKは朝から改元のニュース。他にもっと先に取り上げるべき事が一杯あるだろう。お陰で、昭和・平成に新元号と三回も、履歴書書く際に使い分けなければならなくなった。メートル法の時代に尺貫法に固執する様な愚をいつまで続けるのか(1月2日)

釜ヶ崎越冬まつり。1月2日夜はSHINGO★西成の司会でレゲエのライブ。反貧困や野宿者支援がテーマの祭典も政治色はそんなに感じず。鬱な毎日を吹っ飛ばそうと、老いも若きも一体となってライブを楽しむ。それでいて媚びずに言うべき事もはっきり言う。安心して働き生活したい。それは釜ヶ崎も沖縄も同じ(同日)

高架下の甘党屋さん♪ 西成 甘党・喫茶ハマヤ : やまでらのぶらりグルメ&ぶらり日記 部屋に調理器具もないので正月もお雑煮は無理かと諦めていたが、480円で食べられる店が何と地元に!朝日新聞でも取り上げられた名店だそうな。しかし松の内で営業してるだろうか?(同日)

昨夜はすき家ですき鍋定食の夕飯。本当はブラック企業のすき家なんか利用したくなかったが、他は正月でどこも休みなので仕方なく。しかも普段ガラガラのお店が昨夜はほぼ満席で10分以上も待たされ。でも、お陰で厨房の実態も伺い知る事が出来た。やはりレトルト具材をチンして調理しているだけだった(同日)

 

翌1月3日の公休日に早速、萩之茶屋駅高架下のこの店(注:前述の甘党・喫茶ハマヤ)の前に来たら、営業は明日からと張り紙が。もうこうなりゃ意地だと、わざわざ難波まで出て、甘党まえだの雑煮セットを720円も出して注文。普段なら雑煮なんて見向きもしないのに。しかも炭水化物ばっか。体良く商業主義の宣伝に乗せられてしまったw(1月3日)

そして夕飯によばれた兄夫婦宅でも食卓には善哉。今日はまさしく餅一色の記念に残る1日であったw(同日)

幾ら正月も仕事でお屠蘇気分とは無縁でも、賀状のお礼は出すのが礼儀。そこで郵便局に年賀はがき買いに行ったら…今年から1月8日以降に投函する賀状については、更に10円追加料金を取られる事になった!ここまでケチ経営のしわ寄せを被りながら、まだ「アベノミクスで景気回復」の嘘に騙されるか!(1月4日)

 

…という事で、遅まきながら、新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。1月3日の釜ヶ崎講座主催の街歩きツアー参加報告についても、ボチボチ書き始めていますので、今しばらくお待ち下さい。ちなみに、下の動画は昨年の釜ヶ崎越冬ライブの様子です。

SHINGO☆西成 釜ヶ崎越冬闘争2017

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プレカリアートの迎春準備&次回予告

2017年12月31日 19時08分43秒 | 当ブログと私の生い立ち

 

 今日の大晦日は、私にとっても年内最後の公休日なので、午後からの半日を迎春準備に充てる事が出来ました。但し、年末年始も仕事で、普段とほとんど変わらない私にとっては、準備と言ってもやる事は買い出しぐらいです。年越しそばは既に今日の昼食で食べましたので、後はお餅や年明けまでの朝食・夕食の食料を買い込むだけです。普段は300円弁当で済ませている私も、正月ぐらいはお餅を食べたいですからね。

 ところが、部屋の中には電気ケトル以外は調理器具も調理設備もない今の私にとっては、丸餅や切り餅なんか買っても、食べる事が出来ません。直ぐ食べられる餅を何とか確保できないか?散々あちこち見て回りましたが、買う事が出来るのは、あんころ餅ぐらいしかありませんでした。そのあんころ餅も、「帯に短しタスキに長し」で、1パックに5個も6個も入っている餅では、到底食べきれません。余らせてカビをはやしてしまっては買う意味が無いので、1パック3個入りの柏餅で我慢する事にしました。本当はお雑煮を食べたかったのですが…。

 

 そんなこんなで、結局、卵・焼肉入りのデラックス弁当(大晦日の夕食)、柏餅(元旦の朝食)、カスタード入りスティックケーキ(2本入り3袋セット×2個、1月2日以降の朝食)に落ち着きました。スティックケーキの消費期限は来年2月18日までありますので、パンよりもはるかに長持ちします。これなら、朝食にもお菓子にも、両方使えます。(右上写真)

 

 ところで、私の今住んでいるホテルから目と鼻の先にある釜ヶ崎(あいりん地区の旧称・俗称)では、今年も12月30日から翌年1月4日まで、野宿者(ホームレス)支援団体によって48回目の越冬闘争が取り組まれます。「一人の餓死者・凍死者も出さない」を合言葉に、野宿者支援のボランティアの方々による夜間見回りや炊き出し、地区内の通称・三角公園でのライブコンサート等、地区内で様々な取り組みが行われます。

 それにしても、見回りや炊き出し、ライブコンサート等の、ごく普通の諸活動に、何故「闘争」なぞという仰々しい名前が付けられたのか?疑問に思われる方もおられるでしょうから、簡単に解説しておきます。それは、活動拠点の一つである前述の三角公園が、昔は麻薬取引や街頭賭博の巣だったからです。それらを取り仕切るヤクザ・暴力団による妨害と闘いながら、野宿者支援の活動を広げて来たからです。その様な歴史的な背景に加え、今も野宿者にとっては、寒い冬を行き延びる事が、文字通り命を懸けた闘いでもあるからに他なりません。

 この釜ヶ崎の越冬闘争については、私も今までも、このブログで時々取り上げて来ました。それに加え、その直ぐ近くに住むようになった事で、この取り組みに対して、更に親近感が湧くようになりました。しかし、私はあいにく年末年始も仕事なので、ずっと取材する訳には行きません。取りあえずは、SHINGO★西成が司会を務める1月2日夜のライブ・コンサートと、翌3日の公休日午後からの「釜ヶ崎講座」主催の学習ツアーには参加しようと思っています。次回年明けのブログ更新は、その話題を中心に書いていきます。乞うご期待。

 上記が、2017年12月30日~18年1月4日までの越冬闘争スケジュールです。その中の1月3日午後の「釜ヶ崎講座ツアー」に参加しようと思っています。このツアーは、事前の申し込みも参加費も不要で、案内のガイドと一緒に地区内を散策する事で、釜ヶ崎の歴史や現状について、気軽に学ぶ事が出来るようです。

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一億総活躍ならぬ総貧困時代の到来

2017年12月27日 21時48分36秒 | 当ブログと私の生い立ち

貧困女子 「ネットカフェ暮らし&非正規社員」

 母子家庭 貧しさの中で育つ子ども 月一万円の生活費①

 派遣切り ドキュメンタリー 豆腐1丁で暮らす37歳男性 人生の行く末路が壮絶・・・

 一億総中流から下流老人へ 2016老後の現実!

 正直に言うと、今までは上記に掲げた動画を見ても、どこか他人事の感がありました。同じ貧困・格差社会に憤りを感じてはいても、今から思うと、多分に「同情」の域を出ないものでした。ブログに掲げているイラクや北朝鮮の問題も、あくまで外国の人権問題として捉えていました。ところが、これらの動画に出て来る「月の手取り11~13万円」「食料は安い物をまとめ買い」「自転車で通勤定期代節約」「外食は月に一度のゼイタク」等の話が、実際に職場の同僚の体験談として語られ、私自身も同じ様な生活を送るようになってくると、とても他人事には思えないようになって来ました。これはまさしく自分の問題だと、今ではリアルに認識できるようになりました。

 その一方で、今まで頻繁に出かけていた反戦、反原発や反貧困の集会やデモにも、今までと同じようには参加出来なくなってしまいました。たとえ集会・デモの趣旨には賛同できても、ダブルワークに時間がとられたり、参加費用が気になったりして、今までみたいに簡単には参加出来なくなってしまいました。そんな暇があるなら、少しでも身体を休めたいと言うのが、今の正直な感想です。それでも、頑張ってブログにはそういう情報も極力載せるようにはしていますが、これも使命感から身体に鞭打ってやっているというのが現状です。自分自身の生存権まで脅かされるようになって来ると、もう「イラク」や「北朝鮮」どころではなくなって来ました。

 その理由の中には、今の安倍政権の政治が、余りにもムチャクチャで、次から次へと色んな問題が出て来て、とてもブログには書ききれない➔書かずにいるうちに、もうそれに悪慣れしてしまって、少々の事では驚かなくなってしまった、という事もあるかも知れません。そういう無気力こそが、安倍政治を更にのさばらす結果になってしまっているのかと思うと、歯がゆくて仕方がないのですが。

 例えば、ついこの間も、総理夫人の安倍昭恵が、公私のけじめもわきまえずに、インスタグラムで半裸男性の写真をネットに公開したようですが、そんな話を聞いても、私の今の現状から余りにもかけ離れ、どこか別世界の出来事のように思えてしまい、怒る気力も失せてしまうのです。大企業は史上最高益を更新し、正社員のボーナスも上がったが、有効求人倍率上昇もその中身を見ればブラック企業の求人ばかり。人手不足も少子高齢化によるものでアベノミクスとは無関係。むしろ安倍政治がもたらした貧困・格差の拡大、「結婚も出来ない低賃金」や「死ぬまで働かなくてはならない低年金」こそが少子高齢化の最大の原因なのに。このように、貧富の差によって今や国民の意識まで分断されてしまっています。

 ぶっちゃけ、食費すら節約しなければならないのに、どこに婚活のパーティ代や服代に回す金がある?婚活パーティで「安倍昭恵の出来損ない」みたいなお嬢と話が合う?仮に同じ様な境遇の貧困女子とめでたくゴールインできたとしても、それでは貧困の連鎖、共倒れにしかならないじゃないか!
 子ども食堂に政府が基金作って寄付を募るだと?寄付なんかでお茶を濁さず、ちゃんと予算組んで支援しろ!その為の政府、税金だろうが!イバンカ(米大統領トランプの娘)の道楽に55億もくれてやり、バカ高いイージス艦やオスプレイを買う金があるなら、その幾許かを回すだけで問題は全て解決する。一体誰の為の政府なのか?
 最近はマクドのバイト募集チラシにもオジンキャラが登場するようになったが、そのオジンキャラが言う「生涯現役、私は趣味が仕事」なんて大ウソだ。生きがいを求めるなら、やはり仕事より趣味だろう。でも、雀の涙みたいな年金で、死ぬまで働かなければならないから、渋々働いているだけだろうが! 

 

 安倍政権は、国民生活の苦境をよそに「改憲・戦争ごっこ」にばかり夢中になっています。憲法改正で盛り上がっているのは安倍取り巻きの右翼連中だけで、国民は全然そんな事思ってない(食って行くのに精一杯で、それどころではない)にもかかわらず。安倍の事だから、そのうち「一億総活躍の一環として、障がい者も活躍できる武器開発で、戦い方改革を」なんて言い出すんじゃないでしょうか。安倍にとっては、自民党の票田である軍需産業やゼネコンの株価さえ上がればそれで良いのですから。下々の国民なんて「使い捨ての駒」ぐらいにしか思っていないのでしょう。「一億総活躍」という一見耳触りの良いスローガンも、安倍が国民の人権保障なんて全然考えておらず、単に国民を「企業戦士の歯車」としかみなしていないから、そんな戦時中の「一億総火の玉」みたいな発想しか出来ないのです。

 「働き方改革」というスローガンにしても、ブラック企業対策は名ばかりで、むしろ「残業代ゼロ法案」でブラック企業を更に野放しにしようとしておいて。逆に「労働者の働き方が悪い」みたいな物言いで、過労による生産性低下の責任を労働者になすり付けようとしているではないですか。そう思うと、むしろ今の日本の現状こそが、「アフガン・イラク・北朝鮮」そのものではないか…今はもうそんな気持ちでいます。

 しかし、その反面、非正規雇用の期間が長期化した事に加え、あいりん地区と目の鼻の先に住むようになった事で、貧困・格差の問題が、今までのような「理屈」ではなく、いよいよ「リアルな現実」として認識できるようになったのも事実です。今年の年末・年始も、あいりん地区では野宿者支援の夜回りや越冬祭りが催される事になっています。次の更新は、その様子をブログに書いていこうと思います。それでは、よいお年を。

(追記:参考記事)

生活保護引き下げ「入浴は月1回」「灯油買えず肺炎に」 厚労省「曲解です」(田中龍作ジャーナル)

 生活保護のうち食費や光熱費に充てられる生活扶助費が、来年4月から最大で5%引き下げられる。2015年の最大10%削減につづく引き下げである。

 「もう生きてゆけない」。当事者と法律家たちがきょう、厚労省を訪れ、削減の撤回を求める要求書を手渡した。

 森川清弁護士は厚労省社会・援護局保護課の新垣真理課長補佐に対して「厚労省の生活保護基準引き下げに驚いている。撤回して下さい。当事者の実情を見て検討して下さい」と厳しい口調で要望した。厚労省は実態調査をせず、当事者の声も聞かなかったことへの憤りだ。

 森川弁護士は大学卒業後、葛飾区の社会福祉事務所に10年あまり勤めた経験を持つ。貧困の現場を知り尽くしている弁護士だ。知り合って10年になるが、こんなに怒った表情は見たことがない。

 厚労省の新垣課長補佐は「真摯に受け止めます。引き続き適正な水準とするよう検討してまいります」と官僚答弁でかわした。

 生活保護当事者は「これまで節約をし続けて、これから生活費のどこを削ったらいいのか?」と怯え悩む。

 「白米に醤油をかけて食べる」「入浴回数が月1回になってしまっている」「真冬に灯油が買えず(風邪をひき)肺炎になった」・・・

 弁護士やケースワーカーが26日に行った電話相談に寄せられた悲痛な叫びだ。全国から273件もの相談があった。

 生活扶助費の引き下げは受給者だけの問題ではない。38以上もの社会制度と連動するからだ。「最低賃金」「住民税の非課税」「医療費」「就学支援」などだ。

 生活扶助費の支給額が削減されれば「最低賃金」の基準は下がり、「住民税の非課税」基準なども下がる。低所得者の生活は苦しくなるのだ。

 こうして低所得者の生活水準が下がれば、生活扶助費はまたまた切り下げられる→生活扶助費が切り下げられれば、低所得者の生活水準は下がる・・・負の連鎖が始まるのである。

 厚労省の引き下げ基準たるや、数字ありきのインチキだ。低所得者のなかでも生活保護申請に行き水際で追い返された世帯などを対象としているのである。生活保護受給者よりも所得が少なくなるカラクリがあるのだ。

 今回はこれまでの生活保護基準引き下げと、恐ろしさのスケールが違う。厚労省は国民が「健康で文化的な最低限度の生活」ができるよう保障するのが役目であるはずだ。

 森川弁護士が「大きな見直しですね?」と問うたところ、新垣課長補佐は「曲解です」と言い放った。

 2018年は「1億総貧困化・元年」となるのだろうか。

http://tanakaryusaku.jp/2017/12/00017203

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あいりん地区限定のホカ弁屋

2017年12月24日 21時45分46秒 | 当ブログと私の生い立ち

 

 実家を飛び出してから早や5ヶ月近くになります。現在、新今宮周辺の民泊ホテルに月極め賃貸契約で住んでいますが、室内にDK設備が無いので、食事は全て外食と社員食堂に頼っています。外食で普通に飲食店で食事をすると最低でも1食700円はします。スーパーやコンビニで売っている弁当に切り替えても、ペットボトルのお茶等を買えば、外食するのとそんなに変わらない値段になります。しかし、室内にDKがないので自炊もままなりません。水道は各階にあるので、炊飯器さえ買えばご飯だけなら自炊も可能ですが、おかずも自炊で作らなければ大した節約にはなりません。しかし、毎日おかずもスーパーの惣菜には一切頼らず自炊だけでまかなうのは、正直言ってシンドイです。

 それでもまだ朝食は、安い電気ケトルを買ってコーヒーやお茶を室内で飲めるようになった事で、パンもスーパーやコンビニで購入可能となり、外食依存から一歩足を洗う事が出来る様になりました。金額的には大した節約にはなりませんが、出かける前に部屋で食事を済ませられるようになった事で、精神的に大分楽になりました。雨の日の休日なぞ、わざわざ外に食べに出かけなくても、室内でゆっくり朝食を食べられるようになりましたから。
 昼食は、出勤日は社内食堂、休日は朝食と同様にパンとコーヒーで済まします。以前より外食の回数は減りましたが、それでもたまには気分転換を兼ねて外食する事もあります。昼休みも、今までは自販機で食後のコーヒーを飲んでいましたが、今後は少しでも野菜不足を解消すべく、冬でも野菜ジュースを飲むようにしています。

 問題は夕食です。今まで通り外食に頼っていたのでは、食費がかかって仕方ありません。そこで、以前なら見向きもしなかった、あいりん地区内のホカ弁屋「まんぷく」を利用する事にしました。「まんぷく」グループは地区内に11もの店舗を有しています。その大半はテイクアウト専門の弁当屋ですが、中にはイートインコーナーのカウンターを備えた食堂形式の店もあります。「まんぷく」の弁当については、以前も一度メニューのコピーをいただいた事があったのですが、そこには実物の写真が載っていなかったので、今までどうしても買う気になれませんでした。
 ところが、たまたま通りがかった食堂形式の店で、陳列ケースの中にある弁当がおいしそうだったので、値段を聞くと何とたった300円!オプションにのりたま振りかけ20円と味噌汁100円を付けても、まだ420円です。食べたら美味しくボリュームもあったので、それからは「まんぷく」弁当を毎日利用するようになりました。

 300円の弁当は「まんぷく」でも最低価格の弁当です。その他の焼き肉弁当や唐揚げ弁当などは400円ぐらいします。幕の内に至っては500円、物によってはもっと高い弁当もあります。300円弁当は、その中で、唐揚げや卵焼き、コロッケ、焼き魚などの出来合いの惣菜が、トレーに詰め合わせされたものです。トレーにぬくぬくのご飯さえ入れて貰えれば、他の弁当とは違って待たずに買えたので、私は結構重宝していました。むしろ、和風惣菜中心の幕の内弁当よりも300円弁当の方が、おかずのバラエティに富んでいて得した気分になれました。
 店内には、他にも単品のご飯・おかずやカップ麺も、1個100円から200円の価格で売っています。今日の休みに昼頃立ち寄ったら、3個ぐらいのパンがビニール袋に詰められて、1個200円ぐらいで売られていました。

 

 ダブルワークに行っていた時なぞは、昼の仕事が終わって夜の仕事に行く途中で、「まんぷく」弁当買う為だけに、わざわざ自分の住んでいるホテルに立ち寄っていました。但し、部屋に立ち寄って、電気ケトルでお茶や味噌汁をゆっくり沸かしている暇なぞ無かったので、ホテル1階フロント横の談話室を借りて、そこで大急ぎで300円弁当を口の中にかき込んでいました。ところが、刺青したオッサンが談話室のソファーに寝転がってスマホをいじくっていたのに遭遇してからは、余り談話室は使わないようになりました。今はダブルワークを辞めたので、ホテルに帰って来てから部屋でゆっくり弁当を食べるようになりました。これで月に2万円は節約できます。

 「西成 まんぷく」でネット検索かけたら一杯ヒットしました。下記はその中の一部です。その大半は、あいりん地区のドヤ(木賃宿)やそれをバックパッカー向けにリニューアルした民泊ホテル(私が今住んでいる様な所)での生活記録が中心ですが、その中にも必ず「まんぷく」の弁当が出て来ます。今や「食べログ」にも「まんぷく」の弁当が紹介されるようになりました。

ここまで紹介するのは僕ぐらいですかね^^♪ 西成 まんぷく本店(やまでらのぶらりグルメ&ぶらり日記)
危険と言われる西成区のあいりん地区で激安弁当を路上に座って食べてみた(まいどニュース)
西成探検その2.まんぷくでシャケ定食 (kimcafeのB級グルメ旅)
あいりんの弁当屋 NO1は、まんぷく(大阪 西成区のあいりん地区へ 移住計画)
【シリーズ西成の歩き方】 part.3 『 じゃりん子チエ な西成グルメ!オイシイヨ 』 (馬兄弟の!馬日記!!)
まんぷくで偉そういう奴(西成物語)

 あいりん地区と言えば、スラム街というイメージがありますが、今はもう決してその様な事はありません。外国人のバックパッカーだけでなく、日本人の旅行者や住民の方もごく普通に、この街を歩いています。もちろん野宿者の方もおられますが、こちらから無断で写真撮影したり等、マナーに反する事をしない限り、相手の方から絡んで来たりなぞしません。また、あいりん地区内には、決して「まんぷく」のような安い店ばかりが立ち並んでいる訳でもありません。近くの新世界にしても、明治時代の博覧会開催を機に開発された地域で、むしろ文明開化を象徴する土地柄でした。当時から続く老舗も、数は少なくなりこそすれ、いまだに健在です。ただ、地域内の萩之茶屋商店街にも、中国人経営のスナックが一杯進出してきたりして、雰囲気は大分変ってしまいましたが。

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プレカリアートのキューバ革命

2017年12月17日 16時41分08秒 | 当ブログと私の生い立ち

『エルネスト』予告篇(60秒)

 

 チェ・ゲバラと言っても、今の人は余りピンと来ないかも知れません。

 彼は、1928年に南米アルゼンチンの裕福な家庭に生まれ、小さい頃から持病の喘息(ぜんそく)に苦しんだ経験をバネに、医師になります。また、青年時代にバイクで南米各地を放浪し、各地で貧しい人々の生活を目の当たりにする事で、革命家を志す様になります。その中で、キューバの革命家カストロと出会い、カストロ達と一緒にヨットでキューバに渡り、バチスタ独裁政権打倒の革命に参加します。革命は見事成功し、カストロ革命政権の工業相に就任します。しかし、ソ連傾斜を強めるカストロとは次第に距離を置き、再び革命の旅に出ます。仲間と共にボリビアに渡り、そこで独裁政権打倒のゲリラ戦を展開するも、政府軍につかまり処刑され、1967年に39歳の若さで生涯を終えます。

 彼は誰に対しても気さくでした。だからこそ、今でも世界の人々から、「チェ!」(よお!)と愛称で呼ばれるのです。彼の自由奔放で、しがらみにとらわれない生き方は、左右の垣根をも越えて、世の中の変革を志す全世界の人の拠り所となりました。その広がり具合は、例えばこの日本においても、元自民党代議士の亀井静香ですら、ゲバラに心酔し、議員事務所にゲバラのポスターを堂々と張り出しているほどです。また、ゲバラは無類のタバコ好きとしても有名です。スタイルもイケメンなので、今もゲバラの肖像画が、キューバ煙草の宣伝CMに使われたりしています。

 そのゲバラと共に戦った日系人フレディ前村の実話をもとに作られたのが、上記の「エルネスト―もう一人のゲバラ」という映画です。今年はゲバラ没後50年に当たります。米国のオバマ前政権がキューバと国交を回復し、日本も安倍がキューバを訪問した事で、この映画がにわかに脚光を浴びる事になりました。今から半世紀前に、ゲバラが革命政権の閣僚として訪日し、お忍びで広島を訪問する所から映画は始まります。原爆資料館の展示を目にしたゲバラは、新聞記者のインタビューに「何故こんな目に遭わされても日本は米国に怒らないのか?」と質問します。彼はそこでは、原爆の悲惨さよりも、むしろ原爆を落とされたにもかかわらず米国の属国に甘んじる戦後日本の卑屈さを感じ取ったのでしょう。

 俳優オダギリジョーが扮する日系ボリビア人のフレディ前村も、そんなゲバラに心酔した青年でした。キューバの国立ハバナ大学に医学留学し、予備課程の専門学校に視察に来たゲバラに出会います。「なぜそんなに自信に満ちて堂々としていられるのか?」と聞いたフレディに対し、ゲバラはこう答えます。「自信があるのではなく、この世の不正義に怒っているだけだ。怒りは憎しみとは違う。憎しみだけでは戦いには勝てない」と。この一事だけでも、「自分の国さえ良ければそれで良い」という米国大統領トランプや、その顔色ばかりうかがい国民を全然顧みない安倍晋三、憎しみだけでテロに走るイスラム過激派のテロリストとは、全然器の大きさが違う事が分かります。

 よく言えば豪放磊落(ごうほうらいらく)。悪く言えば直情径行。ボリビアで反革命クーデターが起こったと聞けば、損得勘定抜きに、内政干渉と言われかねないリスクも承知で、政府の要職を投げ打って一ゲリラ兵士に身を落とし、外国で革命に身を捧げたゲバラ。そのゲバラに心酔し、ゲバラから自分と同じ「エルネスト」という姓をコードネームとして与えられ、再び母国に帰ってゲバラと運命を共にしたフレディ。そこには、家族の私生活や社内での出世競争といった「みみっちい話」なぞ、入り込む余地はありません。ゲバラ自身、二度の離婚を経験しています。実際の離婚は一度切りですが、二度目も家庭を顧みず外国の革命運動に入れあげたのですから、二回離婚したのも同然です。

 では、「ゲバラやフレディの行為はただの犬死にだったのか?」と言えば、決してそうではありません。革命キューバも、革命前は日本以上にアメリカの属国でした。キューバは米国の支援を得て20世紀初めに独立を勝ち取りますが、米国はその見返りに、米軍の駐留権や最恵国待遇(一種の治外法権)をキューバに認めさせます。キューバは、半ば米国の経済植民地の様な状態に置かれます。何の事は無い。今の日本とまるで同じです。

 ところが、キューバは日本とは違い、革命で米国やその息のかかった独裁政権を倒す事に成功します。そして、米国フロリダ半島の鼻っ先で、社会主義の国造りを始めます。その国造りも、決して順調に進んだ訳ではありません。米国からは経済制裁や破壊工作を仕掛けられ、中南米諸国の中でも一時は孤立させられます。米国に代わってキューバに進出したソ連も、キューバを属国扱いする点では、米国とそう変わりませんでした。そして、キューバには革命後の今もグアンタナモ米軍基地が居座っています。米国が独立支援の見返りに締結した条約の改定に同意しないからです。これも今の沖縄と同じです。

 しかし、やがて時代は変わります。一時はソ連崩壊でキューバの社会主義も風前の灯かと思われましたが、追い詰められたのは逆に米国の方でした。米国言いなりの政治が南米大陸全体に広まり、格差が拡大する中で、貧困層の戦いが大陸全体に広まって行きます。ゲバラが処刑されたボリビアでも、水道民営化により二倍以上に水道料金が値上げされる中で、飲み水を求める住民の闘いが広がります。これが有名な「水戦争」です。やがてボリビアでも独裁政権が倒れ、先住民出身の大統領が誕生します。ゲバラが処刑された村は、今や革命の聖地として、世界中から観光客が押し寄せるようになりました。

 それに引き換え、今の日本はどうか?西欧諸国ですらトランプの言いなりにはならない中で、一人日本の安倍だけがトランプにペコペコ。その卑屈さを批判されたら、「猛獣使い」という言い方で誤魔化す有様です。そんなに「猛獣使い」が上手いなら、北朝鮮の「猛獣」も、もう少し上手く使いこなせるはずでしょうに。そして、国民には、森友・加計疑惑の資料隠しで「臭い物に蓋」、株価対策や法人税減税で大企業にばかり顔を向け、年金も生活保護も切り捨てる一方。マスコミも安倍政権に迎合して、北朝鮮遭難漁民による家電窃盗事件はこれでもかと報じるくせに、沖縄の米軍オスプレイ部品落下事故はほとんど報じようとはしません。

 私の家の毒親親父も、そんな奴隷の日本社会が生み出した産物です。上にはペコペコ、下には偉そう。やれ、非正規だの独身だのと、体面ばかり気にして、人の本当の気持ちを全然推し量ろうとはしない(出来ない)。昔、私が教師を辞めて生協に就職した後も、父はまだ未練たらしく教職にこだわり、私に再び教員採用試験を受けさせようとしました。私は新しい仕事と職場に慣れるのに精一杯で、もう前職の事なぞキレイさっぱり忘れていると言うのに。それも、私に直接言わず、母をダシに転職を諦めさせようとしたのです。母が余りにも教員採用試験を受験するよう頼むので、仕方なく受験だけはして、わざと間違いだらけの答案出してやりました。そこで、ようやく父も諦めたようでした。よっぽど生協(親父にとっては共産党、アカ)への転職を阻止したかったのでしょう。本当に人の親なら、息子の選んだ人生を尊重し、それに見合ったアドバイスをするのが普通なのに。そういう経過を経て、今ようやく、親父の元を離れて経済的独立を勝ち取る事が出来ました。この親父との決別が、いわば私にとってのキューバ革命でした。

 ところで、今年の漢字が「北」に決まった理由も、決して日本人が北朝鮮の人権問題に目覚めたからではありません。むしろ、その逆で、自分たちは高みの見物を決め込んで、恐る恐る北朝鮮の「猛獣」を眺めている気分なんでしょう。ゲバラの様に、北朝鮮解放にはせ参じる訳でもなく。実際は、自分達日本人の方こそ、安倍という猛獣に支配されているのに。

 しかし、北朝鮮はそんなに恐ろしい存在なのか。北朝鮮遭難漁民の家電窃盗事件にしても、これは裏返せば、それだけ日本の家電を欲しがっているという事です。北朝鮮の経済さえ上向けば、立派なお客になるじゃないですか。別に家電窃盗を許す気はありませんが。私がもしブラック企業の経営者なら、衣食住は十分確保してやった上で、安い賃金でドン・キホーテでこき使います。「腹が減っては戦(いくさ)も出来ない」と言いますから。そして、「衣食住だけでなく自由も欲しい」という人には、フランチャイズ契約で店舗の経営権も譲渡します。但し、「後は自己責任で」と言う条件で。

 これは勿論、皮肉で言っています。確かに、この様に、北朝鮮も一筋縄ではいかない相手ではありますが、それでも、外国排斥に凝り固まったイスラム過激派のテロリストと比べたら、よっぽどまだ北朝鮮の方が組みしやすいと思います。安倍も、やれ「猛獣使い」だ何だと自画自賛するなら、それぐらいの度量で、拉致問題にも、パフォーマンスばかりでなく、もう少し真剣に取り組んだらどうかと言いたいです。

 以下、チェ・ゲバラ名言集より幾つか抜粋。

・国民の英雄たるもの、国民から遠くはなれていてはいけない。高い台座に上って、国民の生活と無縁なところにおさまるべきでない。

・指導者とは、人が自分と同じところまで追いつけるように誘導するものだ。ただ言葉で強いるのでなく、後ろにいる人たちを力づけて、自分のレベルまで引き上げようとするのだ。

・私はキリストではないし、慈善事業家でもない。キリストとは正反対だ。正しいと信じるもののために、手に入る武器はなんでも使って戦う。自分自身が十字架などにはりつけになるよりも、敵を打ち負かそうと思うのだ。

・世界のどこかで、誰かが蒙っている不正を、心の底から深く悲しむことのできる人間になりなさい。それこそが革命家としての、一番美しい資質なのだから。

・ただ一人の人間の命は、この地球上で一番豊かな人間の全財産よりも100万倍も価値がある。隣人のために尽くす誇りは、高い所得を得るよりもはるかに大切だ。蓄財できるすべての黄金よりも、はるかに決定的でいつまでも続くのは、人民たちの感謝の念なのである。

・未来のために今を耐えるのではなく、未来のために今を楽しく生きるのだ。

・明日死ぬとしたら、生き方が変わるのか?あなたの今の生き方は、どれくらい生きるつもりの生き方なのか。

・もし私たちが空想家のようだといわれるならば、救いがたい理想主義者だといわれるならば、出来もしないことを考えているといわれるならば、何千回でも答えよう。「その通りだ」と。

(参考資料)キューバ略史 (映画「エルネスト」公式サイトより引用)

1952年 3月 元大統領フルヘンシオ・バティスタ将軍がクーデターで政権掌握

1953年 7月26日 フィデル・カストロらがバティスタ政権打倒の狼煙を上げるため陸軍モンカーダ兵営を襲撃

1955年 5月15日 フィデルら恩赦。フィデルは7月メキシコに亡命

1956年 12月2日 フィデルらゲリラ82人がグランマ号でオリエンテ州上陸、革命戦争開始

1958年 5月 政府軍が大攻勢。だが8月、叛乱軍が撃退

1959年 1月1日 バティスタ大統領が国外へ亡命、キューバ革命成就

    2月17日 フィデルが首相に就任

1960年 2月4日 ミコヤン・ソ連副首相来訪、キューバ・ソ連通商条約調印

1961年 1月3日 アイゼンハワー米大統領が対キューバ断交を発表

4月16日 フィデルが「社会主義革命」を宣言

4月17日 反革命傭兵軍侵攻(~19日)(ヒロン浜侵攻事件)

4月25日 ケネディ米政権が対キューバ全面経済封鎖に踏み切る

1962年 10月14~28日 キューバ核ミサイル危機

1963年 フィデルがソ連を長期訪問

1965年 10月 キューバ共産党結成。その式典でフィデルがゲバラの「別れの手紙」を公表

1967年 10月9日 ゲバラがボリビアで処刑される

1972年 7月 ソ連圏の経済相互援助会議(コメコン)加盟

1975年 第1回共産党大会、アンゴラ派兵本格化

1976年 社会主義憲法(現行憲法)制定

1977年 米国と利益代表部を相互に開設

1983年 米軍がグレナダを侵攻

1989年 11月 ベルリンの壁崩壊、コメコン体制消滅。12月東西連戦終結

1991年 ソ連消滅、資本主義ロシアが発足

1993年 キューバが米ドルなど外貨を合法化

1994年 米国とキューバが難民問題で合意

1996年 米ヘルムズ・バートン法成立、経済封鎖を制度化する

1998年 ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世がキューバ訪問

2002年 カーター米元大統領がキューバ訪問。

2006年 7月 フィデルが重病で緊急手術、静養生活に入る

2008年 2月 フィデルが国家評議会議長を引退。後継議長に実弟ラウール・カストロが就任

2009年 4月13日 オバマ米大統領が経済封鎖を緩和

2014年 4月 第6回共産党大会が市場原理導入を決議

12月18日 キューバと米国が国交正常化で合意

2015年 7月20日 両国が国交を再開

2016年 3月21日 オバマ大統領が米大統領として88年ぶりにキューバを訪問

9月23日 安倍首相がキューバを訪問、カストロ兄弟と会談

11月25日 フィデル・カストロ前議長が死去、90歳

2017年 1月20日 トランプ米政権発足

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パソコン奪還作戦

2017年09月23日 23時52分03秒 | 当ブログと私の生い立ち



 本日、遂に実家に残してきたパソコンを「奪還」して来ました。
 実は、今日は実家は彼岸の墓参りだと聞いていたので、親父のいない隙に、実家に残してきたパソコン、プリンターや冬物衣類を持ち出そうと、今までひそかに計画を練っていました。当日は祝日の土曜日で、ただでさえ忙しく、普段なら有休申請はなかなか認められません。しかし、社員にも事情を話して、何とか有休取得に漕ぎつける事が出来ました。
 そして、勤務シフトが確定した後は、当日休みのバイトに引っ越しを手伝ってもらおうと、知り合いのバイトに片っ端から声をかけて行きました。残念ながら、こちらの方は、どのバイトも既に先約済みで、応援要員は誰も確保できませんでした。但し、もっと早めに声をかける事さえ出来れば、応援を募る事は十分可能であるとの感触も、同時につかむ事は出来ましたが…。その為、単独行動での引っ越し作戦を余儀なくされ、パソコンとプリンターの他は、最低限の荷物しか持ち出せませんでした。しかし、それでも、全てを一から新たに買いそろえなければならない事を思えば、だいぶ助かります。おかげで余計な出費をだいぶ抑える事が出来ました。これで何とか今年の冬は越せそうです。

 ところが、親父が墓参りに出かけた時間を見計らって、実家に行ったにも関わらず、実家にはまだ親父がいて「元気でやっているか?これからワシも墓参りに行くけど、また何か困った事があればいつでも言って来いよ」と、いつもの泣き落としに出て来ました。
 しかし、もはや、そんな物に騙される私ではありません。前回も、そんな形で親父と和解したにもかかわらず、親父は結局何も変わっておらず、また同じ過ちを繰り返した挙句に、今回の事態に至ったのではないですか。
 親父が墓参りに出かけて程なくして、電気工事会社の担当者が、実家飛び出しを機に解約した光回線のルーターを回収訪問にやって来ました。こちらも、解約そのものは早めに済ませていたのですが、親父と鉢合わせになるのが嫌で、今までずっと回収を見合わせてもらっていたのです。今日、その処理をようやく終える事が出来ました。首尾よく回線切断、ルーター回収の手続きも終え、後は持参のバスケットに、パソコンや衣類を詰め込めるだけ詰め込んで、電車で実家最寄り駅から投宿先のホテルまで、えっちらおっちら一人で荷物を運んで来ました。
 そして、ホテルに持って来た荷物のセッティングを終え、パソコンを起動し、実家飛び出し後に作成した資料・データ類をメモリーからパソコンにダウンロードしました。

 次はインターネットへの接続設定です。現在の投宿先は賃貸物件のホテルなので、壁に穴をあけるような回線工事はとても不可能です。必然的に、WiFiを利用する事になります。それなら、今使っているスマホと同じソフトバンクの光回線と契約するのが、パック料金も適用され安上がりで済ます事が出来るだろうと、午後から近くのソフトバンクのショップにおもむきました。そこでルーターを購入し、ホテルに一旦持ち帰りました。その後、読みたい本があったので、図書館に借りに行き、夕方帰って来た後に、荷物の整理とルーター設営にかかりました。

 そうして、ようやくホテルでもインターネットが可能になり、今、ブログの更新をやっている所です。しかし、ホテルの部屋の狭い事。四畳半のスペースしかないので、パソコンを一々部屋の隅に押しやらなければ、寝床の確保もままなりません。仕事終わってただ帰って寝るだけなら、四畳半だけでも何とかなりますが、それだけでなく、部屋で何か始めるとなると、やはり最低でも六畳ぐらいは欲しいなと思いました。 

 しかし、こんな事ばかり書いていると、また以前の「公開処刑」の時みたいに、「せっかく親父が寄りを取り戻そうとしているのに、お前はパソコンの事ばかり書いて、何て冷淡な奴なんだ!」と絡んでくる奴が出てくるかも知れませんね。私もそれは当然織り込み済みです。それを承知の上で、敢えてこのように書いているのです。それは何故か?

 子どもに悪影響の与える親の事を「毒親」と言います。そして、「毒親」の下では、家族関係は「共依存」のいびつな形になって行きます。「共依存」と言うのは、一種の「もたれ合い」の関係です。分かりやすいアルコール依存症の例で説明すると、酒乱の夫に対して、妻は夫の暴力に耐えつつも、夫が怖い、夫に嫌われたくない、夫が可哀想などの理由で、「もうこれが最後よ」と言いながら、夫についつい酒を渡してしまう。すると、夫はますます酒におぼれ、妻も夫からますます離れなくなる。これが「共依存」です。こんな状態が続く限り、この家族はアルコール依存症から絶対に抜け出す事は出来ません。

 この悪循環を断ち切るには、「共依存」の害にいち早く気付いた側から、まだ「共依存」のとりこになっている側との関係を断ち切る以外にありません。そうしなければ、ますます悪循環にはまり込み、最悪、妻や子どもが夫に殺されるかも知れません。加害者が自分から改心する事なぞまずありません。改心する位なら今頃とっくに改心しています。被害者も、「共依存」の環境に長年どっぷり浸かっていたら、それが当たり前になってしまい、なかなか気付けないものです。しかし、被害者には、その不安の種を突き止めようとする心が、まだいくばくかは残っています。だから、大抵の場合は、被害者が「共依存」に先に気付きます。

 依存症患者の心にあるのは不安やストレスです。依存症患者もまた、その親から暴力を振るわれて来ました。それが当たり前になってしまい、大人になれば、今度は子どもに暴力を振るう事になるのです。そして、その不安やストレスから逃れようと、酒やギャンブルやセックスにおぼれる様になるのです。
 依存の対象も酒やギャンブルだけではありません。サプリメントの乱用や、「時間に異常に厳しい」「潔癖症」「完璧主義」などの性癖、「こだわり」も、一種の依存症です。親父も、サプリメントを十種類以上も飲んでいました。そして、5分待たされただけでも烈火のごとく怒り出し、兄貴と一度トラブルになった事もありました。

 

 また、言う事が支離滅裂なのも、依存症患者の特徴の一つです。「食事の用意が面倒なので夕食は外で食べて来い」と言ったかと思うと、翌日には「食材が余るから家で一緒に食べてくれ」と、正反対の事を言いだします。そうかと思うと、「もう、わしはお前を養って行けないから、早くひとり立ちしてくれ」と自分から言っておきながら、いざ賃貸物件を見つけて来た途端に「何もそんな急に家を出て行く事ないやないか!(ワシを見捨てるつもりか!)」と、手の平を返すような事を平気で言ったり。「それが親の心理だ」と言うのは、ただの言い訳でしかありません。何故なら、どれもこれも自分の都合ばかりで、相手の事なぞ全然考えていないじゃないですか。それを取り繕うとする為に、言う事がころころ変わるのです。

 こんな事にばかり振り回されていたら、家族も神経衰弱になり、依存症患者と共倒れになってしまいます。それを避けるには、「共依存」の害にいち早く気付いた方が、もう一方に三下り半を突き付ける以外には、「共依存」の連鎖を断ち切る道はありません。そうやって初めて、「共依存」の加害者の方も、自分の「罪」を自覚できるようになるのです。依存症は、家族の素人療法なんかでは治す事は出来ません。専門のセラピストの助けを借りるか、「毒親」を矯正施設に入れるかしなければ不可能です。

 2008年に東京・秋葉原で無差別殺傷事件を起こした加藤智大(かとう・ともひろ)死刑囚も、「毒親」による「共依存」の被害者でした。エリートとして生まれた加藤の母親は、「しつけ」と称して、悪い成績を取って来た加藤に対して、罰として夕飯を床にぶちまけ、それを犬のように食べる事を強要する事までしました。それでも加藤は、何とか親の期待に沿おうと、猛勉強してようやく進学校に入る事が出来ました。ところが、進学校に入学した途端に、自分よりも優れた秀才に取り囲まれる中で、加藤の自尊心は痛く傷つけられます。その結果、出世コースから脱落し、大学にも進学できず、派遣社員にまで落ちぶれてしまいます。そんな加藤に対して、両親は更に辛く当たるようになります。その結果、自暴自棄になり、派遣先の何気ないトラブルがきっかけになって、あのような大量殺人を引き起こしてしまったのです。(参考記事

 親父も、加藤の両親と同じような学歴エリートでした。だから、何かにつけて世間体を気にして、私の事を非正規で未婚だと、心の中で差別してきたのです。そして、それを私から指摘されても、「俺は差別なぞしていない、ただ、お前がかわいいだけだ」と言い訳するばかり。本当に「かわいい」と思うなら、婚活や私の「見てくれ」(地位や年収)にばかり異常にこだわり、プロフィール写真一つにまで難癖つけたりしないはずです。親父が本当に「かわいい」のは、実は私ではなく自分自身なのです。(参考記事
 そう言えば、前述の「公開処刑」で取り上げた「荒らし」コメントも、散々私の事を非正規で未婚だと見下していましたよね。まるで、それが人間を評価する唯一の価値基準であるかのように。その事で、奴も親父や加藤の両親と同じ差別者、レイシストである事が、はからずも証明されてしまいました。

 昨年に神奈川県相模原市の介護施設で無差別殺傷事件を引き起こした植松聖(うえまつ・さとし)容疑者も、私は「毒親」による「共依存」の犠牲者だとにらんでいます。何故なら、植松が示す障がい者への敵意、殺意にも、「共依存」によって引き起こされたと思われる、異常なまでの「こだわり」が見て取れるからです。
 もちろん、加藤や植松が引き起こした事は、どんな理由があっても許される事ではありません。しかし、その背景、原因となった「共依存」を作り出した「毒親」に、彼らを非難する資格なぞ全くないと思います。差別者に同情なぞ無用です。

 前述の図書館に行った時も、少し散策しただけで、これだけ「毒親」「共依存」「アダルト・チルドレン」関係の本が目に留まりました。その中で、私が当初は、尾木直樹の「親子共依存」(ポプラ新書)を借りようと思っていました(上記写真の下段一番右の本)。しかし、ページをめくってみると、入門書以上の事は余り書かれていないような感じで、私としては少々物足らない内容でした。そこで、予定を変更して、単行本なので持ち歩くには少々重いですが、香山リカの「怒り始めた娘たち」(新潮社、同じく下段一番左)と、井上秀人の「毒父家族」(さくら舎、下段真ん中)の二冊を借りて読む事にしました。
 私は、この記事を「毒親」なんかに読んでもらいたくはありません。「毒親」による「共依存」の被害者にこそ読んでもらいたい。その事で、被害者が共依存を断ち切るきっかけに少しでもなる事が出来れば、私としては本望です。パソコンを実家から持ち出したのも、ひとえに、そのような記事を書く為です。もちろん、そんな個人的な理由だけで、今回の行動を起こした訳ではありません。「毒親」を生み出すような、今の日本のいびつな競争・格差社会や、国民無視のアベ政治とブログで対決していく上でも、パソコンは絶対に必要です。その為に、パソコンを実家から「奪還」して来たのです。

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新今宮・新世界界隈の風景

2017年09月10日 10時20分53秒 | 当ブログと私の生い立ち
以前撮影した定宿近くの風景をブログに上げます。画像編集に手間取り、ようやく今日アップ出来るようになりました。普段何気なく目にする光景も、改めて見ると見所が一杯である事を、今更ながら思い知らされました。


左:あいりん労働福祉センター、右:民泊ホテル街の宿泊料金例


左:無権利・無保証(権利・保証金不要)の大隅アパート、右:通天閣


左:ビリケンさんの像、右:観光人力車


左:昭和レトロな喫茶ドレミ、右:そこに残る「冷コーあります」のポスター


左:坂田三吉の王将碑、右:坂田七段と関根八段の対局図


左:二百円位から朝食が食べれる食堂メニュー、右:新世界やまと屋の百円食堂(これは別の日に撮影。百円なのは一部の単品惣菜だけで、定食で注文するとやはりソコソコの値段になりますw)


左:ユニクロよりも手頃な衣料品メニュー、右:ジャンジャン横丁の囲碁・将棋クラブ(これも別の日に撮影)


左:ミックスジュース発祥の地・千成屋珈琲店、右:新今宮のキリスト救霊会館ポスター


西成区・阿倍野区の境界にある上町台地の縁から。
左:山の手のアベノハルカスを望む、右:下町のあいりん地区方面を望む。ここを境に街並みがガラッと変わります。



上:50円の缶コーヒーもある自販機、
下:以前撮影した釜ヶ崎夏祭りの写真もついでに載せておきます。
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Wワークの面接に合格しました

2017年09月10日 08時57分36秒 | 当ブログと私の生い立ち
 前回の記事更新から約一週間。この間に、また事態は大きく動きました。
 まず最初に、Wワークで応募した下記バイトの会社から採用の通知がありました。

 ※時給:1,100円〜、交通費支給(1日上限1,000円まで)、研修中60時間程度は時給1,000円
 ※勤務地:大阪市内難波某所の高層オフィスビル
 ※仕事:高速道路の走行料金や、経路、施設などに関する問合せにお答えする電話応対のお仕事
 ※資格:学歴不問
 ※時間:7:00〜10:00、7:00〜11:00、7:00〜12:00、7:00〜14:00、7:00〜16:00、13:00〜20:00、15:00〜21:00、17:00〜22:00、18:00〜22:00…など
  シフト組合せOK、5:00〜、6:00〜など開始・終了時間応相談、月〜日/週3〜5日のシフト制
 ※待遇:社会保険完備、休憩室・ロッカー完備、テナント各店割引特典あり、給与前払い制度あり、有給休暇、服装自由
 ※応募条件:一般常識試験、PC入力試験あり、面接時交通費支給なし
 ※「20名以上の大量募集、50〜60代の主婦(夫)も大歓迎」と謳いながら、写真には若い女性が笑顔で楽しそうに、という辺りに、若干うさん臭さを感じますが…w。

 この会社のバイト面接が先週水曜日にありました。今の仕事の公休日に面接してもらったのです。面接会場に行くと、既に他の応募者も3人来ていました。私も含めて4人で集団面接です。
 やがて面接が始まり、採用慣れした1人の女性社員によって、面接と能力テストが始まりました。
 まず最初に、パソコンでの入力テストから始まりました。応募者は1人ずつパソコンの前に座って文字入力のテストに臨みます。5つほどの短文をそのままパソコンに入力するだけのテストですが、制限時間はわずか1分です。私はブラインドタッチが出来ないので、3つ目の例文を入力している途中で時間オーバーとなってしまいました。
 その次は筆記試験です。漢字の書き取りと計算問題は難なくこなせましたが、最後の敬語使用の問題でつまずきました。間違った敬語の使い方が例文で表示され、間違っている個所を訂正する問題です。「言った」を「仰った」、「行きます」を「伺います」というように訂正するのですが、これが言うは易く行うは難し。敬語は、単に丁寧な表現であればよいという単純なものではありません。丁寧すぎてもアウトです。また、同じ敬語でも、尊敬語と謙譲語とでは、微妙にニュアンスが違います。いずれも小学校で習ったはずの内容ですが、これが思ったよりも手ごわかったです。普段、罵声が飛び交うようなガテン系の職場で、もう何十年も働いていた人間に、いきなり接客用語でしゃべれと言われても、最初から上手くいくはずがありません。
 最後に、前述の女性面接官が客、応募者がオペレーターになっての、電話応対のロールプレイングです。最初に、「どの割引パスを何枚購入する」などのシナリオ説明があり、その内容を暗記した上で、客からの電話に応対しなければなりません。暗記力と応対力の両方が試される訳です。他の3名の応募者が、別に詰まりもせずに比較的スラスラと答えられたのに比べ、テレアポ業務初心者の私は、詰まりながらもどうにか答えられたような状態で終わってしまいました。
 テストの後は、応募者が提出した履歴書の内容に沿って、面接官との一問一答です。やはり、私以外の応募者は、すべてテレアポ業務の経験者でした。私については、「昼の力仕事と両立が出来るのか?」という点を、主に聞かれました。
 そんな感じで、約1時間半ほどで面接とテストが終わったのですが、予想以上に散々な結果に、「もうこれは不採用だな」と思い、次の応募先を探し始めていた矢先でした。数日後に、見知らぬ電話番号から私の携帯に電話が掛かってきました。電話を取ったら、前述の女性面接者の声で「採用です。事前にお知らせした通り、来週水曜日に、本社オフィスに入社手続きにお越し下さい」と言われました。
 私は、もう諦めかけていたので、最初は半信半疑で、「私は面接でも告知した通り、テレアポ初心者で、しかもペーパードライバーなのですが、それでも宜しいのでしょうか?」と、逆に念押しした位です。「それでも結構です」との返事に、ようやく合格の実感が湧いて来ました。
 それにしても、よく合格出来たものです。なぜ合格できたのか、今もって信じられません。思い当たるとすれば、履歴書の「性格の長所」欄に、「粘り強い」と書いたのが意外と効いたのかも知れません。あるいは「業務改善のプレゼンで分かりやすい説明に心がけた」と書いたのが評価されたのかも。もう、それ位しか思い当たる節がありません。
 今後の予定については、入社手続きで明らかにされると思いますが、もうここまで来たら「当たって砕けろ」です。果たして今の仕事と両立可能かどうか?夜22時終業なら、夕食は昼勤から移動途中で済ます予定なので、後はシャワーだけ浴びれば、何とか6時間睡眠を確保した上で、翌日早朝7時からの昼勤に臨めます。それも毎日ではなく、週の前半3日(日・月・火)だけの事なので、何とか乗り切れるのではないかと思います。その上で、もし、この仕事が性に合うようであれば、こちらの方がはるかに時給が高いので、こちらの方に転職する事も考えています。

 その他にも色々と動きがありました。
 まず、確定年金保険料の支払条件変更について。下記の「注1」の部分です。



>私の分は、住友生命と日本生命の10年確定年金で、合わせて月2万3千円余払っています。そのうちで、住友生命については、保険ファンド(生命保険の満期金)から預金に充当され、それを払うだけなので、実際の負担は余りありません(それでも額が結構多いので精神的な負担は大きい)。しかし、日本生命の分については、そのようなファンドもなく、給与をまるまる掛け金に回さなければならないので、結構な負担になっています。こちらのほうは、もっと毎月の負担が減らせないか、担当の保険外交員さんと相談しようと思っています。(前回記事の該当部分)

 この分についても、日本生命の担当者と、支払プランの練り直しについて話を進め始めています。来週中に、担当者から練り直し後のプランを提示してもらう予定です。私としては、もう月数千円のレベルまで、支払額を減らしてもらうつもりです。今の私にとっては、何年も後の年金生活よりも、今日明日食べる飯や生活費確保の方が大事です。

 今住んでいる部屋についても、階下の部屋には冷蔵機能の付いた本物の冷蔵庫が備わっているので、空きが出次第、そちらに移るつもりです。同じ賃料、同じ間取りなのに、なぜ上層階の部屋だけ冷蔵機能のない唯の保冷箱なのか?フロントに聞いたら、その代わりに上層階には個室シャワーやドライヤー設備が各階に備わっているからだそうです。しかし、今の私にとっては、そんな物よりも、買い置きのできる冷蔵庫の方が必要です。

 実家に残してきたパソコン、ルーターとプリンターについても、9月23日(土)に、次の実家の墓参りで親父が不在になった隙をついて、回収するつもりです。ついでに、実家に残してきた冬物衣料の入った衣装ケースも、出来ればその時に持ってこようと考えています。既に、当日の有給休暇届を職場に提出し、ルーター回収業者とも話をつけています。衣装ケースの引っ越しについても、元配送ドライバーのバイト仲間のツテを通して、関係方面に打診中です。既に前回記事にも書いたように、今のプロバイダーではWifi環境でも使えないので、また別のプロバイダーに加入するつもりです。
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8月度決算報告

2017年09月03日 17時10分24秒 | 当ブログと私の生い立ち


 私が8月6日に実家を飛び出して約1ヶ月が過ぎました。8月の給与が振り込まれたので収支決算を出してみました。結果はやはり3万9千円余の赤字となりました。
 プライベートな内容なので、結果をネットに公開すべきかどうか迷いましたが、やはりここは、今後どうすべきかも含め、広く読者に意見を求める必要があると思い、思い切って可能な限り公開する事にしました。
 まずは、上記の決算概要から説明していきます。

 収入については、「月10時間余の残業では少なすぎる、もっと残業代を稼いで生活の足しにしなければならない」という意見もあろうかと思います。しかし、これについては、今はもう、会社の方針として、無制限の時間外労働は到底許容されなくなってきています。これは、電通などの過労死事件やブラック企業批判の風潮を受けての事であり、労働者としても歓迎すべき内容です。しかし、それだけではなく、会社としては残業代圧縮で人件費を削減したいという理由も、もちろんあるでしょう。むしろ、こちらのほうが会社の本音でしょう。
 それに、「たった月10時間そこらの残業」と言っても、ずっと動きっぱなしの立ち仕事では、1日1時間残業するのが精一杯です。特に私の仕事は、早朝7時始業で、非正規の契約社員なので1時間の昼休みは労働時間には含まれません(無給)。定時で8時間きっかりに上がっても、拘束時間は既に9時間になります。その後1時間残業して17時まで働いても、まだそんなに体に負担にはなりませんが、2時間以上働いて18時以降に退勤となると、もう拘束時間は11時間以上となり、体はヘトヘトになります。たった1時間の違いでも大きいです。私としては、週末などの繁忙期に2時間も3時間も残業させられるぐらいなら、まだ毎日1時間程度の残業がコンスタントにあるほうが有難いです。

 次に支出部分の説明に移らせてもらいます。
 家賃(ホテルの月極宿泊料金)については、既に今までの記事の中で説明済なので省かせてもらいます。
 「組合費」というのは、私が個人的に加盟している地域の労働組合費です。毎月1200円ずつ払っています。組合費を払うだけで会社では何も活動していませんが、何かあった時には、やはり転ばぬ先の杖は必要です。現に、過去に労災もみ消し事件に遭遇した時も、組合に入っていたおかげで助かりました。
 「医療費」というのは、その大半が腰痛治療に通っている鍼灸院の治療費です。家の近くにある鍼灸院で、家出した今も隔週ごとに定期的に通っています。健康保険は使えないので、1回通うごとに6千円かかりますが、完全予約制で1時間半みっちり治療してくれます。腕も確かなので、いつも予約で埋まっています。腰痛治療だけでなく、心療内科的な診察も行っています。私も今まで、職場や実家の問題について、何度も相談に乗ってもらいました。

 「個人年金保険料」というのは、今まで私や兄・妹が勤め先からもらっていた給与のうちで、実家に入れていた分の中から、親父が、それぞれ家族の名義で、生命保険や個人年金に支払っていた分です。今まで親父が支払っていたものを、相続税対策との絡みもあり、今後はそれぞれ当事者が払うようにしたものです。
 私の分は、住友生命と日本生命の10年確定年金で、合わせて月2万3千円余払っています。そのうちで、住友生命については、保険ファンド(生命保険の満期金)から預金に充当され、それを払うだけなので、実際の負担は余りありません(それでも額が結構多いので精神的な負担は大きい)。しかし、日本生命の分については、そのようなファンドもなく、給与をまるまる掛け金に回さなければならないので、結構な負担になっています。こちらのほうは、もっと毎月の負担が減らせないか、担当の保険外交員さんと相談しようと思っています。
 「固定資産税」というのも、親父が同じように相続対策として、私の名義で購入してくれた近所の空地です。車2台分の駐車スペースしかない草ぼうぼうの狭い空地なので、妹夫婦が実家に来た時の駐車場として今まで借りてきました。それが、駅前再開発との絡みで、地価の値上がりが見込まれそうなので、親父が所有者の近所の知人から購入してくれた分の相続税です。宅地ではないので、小規模宅地の特例は適用されず、今後は評価額の1.4%の固定資産税を払わなければならなくなりました。月額にすれば7千円ほどですが、固定資産税の納期は自治体ごとに異なり、月数もバラバラです。2か月分で済む時もあれば、4か月分まとめて払わなければならない時もあります。今回は2期(6・7月)なので2か月分だけで済みましたが、次の3期(8〜12月)は5か月分も払わなければなりません。払わなければ財産が差し押さえられます。今までの蓄えがあるので、いきなり差し押さえられる事はないでしょうが、これも大きな家計負担になっています。
 「インターネット接続料」については、今まで加入していたのが一戸建て向けのプロバイダーで、パソコンも実家に置いてきたので、家出を機に解約する事にしました。たとえWiFiを使っても今のホテルでは対応できないと、プロバイダから言われました。このブログの更新もネットカフェから行っています。そうであるにもかかわらず、今月も預金から料金が引き落とされています。これは多分、前月度の分だと思いますが、来月も引き落とされるようなら、再度プロバイダに問い合わせてみようと思っています。


 
 これらの固定支出の分だけでは、差し引き3万円程度の利益は確保できるはずでした。しかし、それはあくまで机上の空論にしか過ぎませんでした。生活する上で必要なのは、何も食費だけとは限りません。たとえば、賃貸物件のホテルの一室には、風呂・トイレはおろか水道やガスコンロもないので、下着等の洗濯もすべてコインランドリーで済まさなければなりません。着替えの衣類も、実家から持ち出した分だけでは足りませんでした。それ以外にも、毎日飲む缶コーヒーも、塵も積もれば山となります。1日300円としても30日では1万円近くになります。
 それに、はっきり言って、毎日毎日、家計簿(冒頭に掲げた収支決算の原資料、上記参照)とにらめっこで、毎日200円のパンとコーヒーや、400円の弁当ばかりでは、気分的に滅入ります。たまには値段を気にせず外食もしたいし、旅行もしたいです。それはゼイタクでもワガママでも何でもないと思います。実際、家計簿を見ても、毎日の食事は全部、ほか弁か社員食堂のメニューが大半です。その中で、唯一のゼイタクが、公休日に喫茶店でゆっくり新聞読みながら食べる、1食400円のモーニングです。これ以上、一体どこを削れと言うのか。

 そこで、Wワークする事にしました。今の仕事は週5日で毎日7時から16時まで、残業しても17時までなので、月18万円ぐらいしか稼げません。これでは収支トントンにもならないので、週3日18時から22時まで、難波のオフィスでテレアポの仕事をする事にしました。下記がその求人広告の概要です。
 今の公休日が毎週日曜と水曜なので、その間の日・月・火曜日をWワークに当てようと考えています。これなら、比較的定時で帰れる週始め限定で、日曜ゆっくり休んだ後に夜の仕事に入れ、難波から新今宮のホテルまでは目と鼻の先なので、ギリギリ6時間寝た後で翌日の昼の仕事に入れます。夕食は、Wワークに入る前に、どこかで外食で済ませます。それで火曜日まで頑張った後、水曜日もゆっくり休む事ができます。時給も1100円と高めなので、週3日でも月5万円は稼ぐ事が可能です。今週水曜日に面接です。
 テレアポの時給が比較的高めなのは、離職率が高いからですが、これはブラックだからというよりも、むしろ人によって向き不向きがあるからです。ずっと座って客からのクレーム電話を受けていたら、そりゃあウツになる人もいるでしょう。しかし、単なる仕事と割切って、相手が何を言おうが、ひたすらマニュアル通りの受け答えしかしないオペレーターになりきれば、こんなに楽な仕事はありません。飲食業の皿洗いや荷物運びなどのキツイ、安い仕事と比べたら、まだはるかにマシです。テレアポの内容も、高速道路の料金や経路に関する受け答えが主で、販売ノルマなども無いようなので、そんなにキツイ仕事ではないでしょう。時給高めのバイトであっても、その全てがブラックや詐欺まがいではない事は、現に私も過去に経験しています。

※時給:1,100円〜、交通費支給(1日上限1,000円まで)、研修中60時間程度は時給1,000円
※勤務地:大阪市内難波某所の高層オフィスビル
※仕事:高速道路の走行料金や、経路、施設などに関する問合せにお答えする電話応対のお仕事
※資格:学歴不問
※時間:7:00〜10:00、7:00〜11:00、7:00〜12:00、7:00〜14:00、7:00〜16:00、13:00〜20:00、15:00〜21:00、17:00〜22:00、18:00〜22:00…など
シフト組合せOK、5:00〜、6:00〜など開始・終了時間応相談、月〜日/週3〜5日のシフト制
※待遇:社会保険完備、休憩室・ロッカー完備、テナント各店割引特典あり、給与前払い制度あり、有給休暇、服装自由
※応募条件:一般常識試験、PC入力試験あり、面接時交通費支給なし
※「20名以上の大量募集、50〜60代の主婦(夫)も大歓迎」と謳いながら、写真には若い女性が笑顔で楽しそうに、という辺りに、若干うさん臭さを感じますが…w。

 最後に、今までコメントしてくれた読者の方へ。アドバイスどうも有難うございました。この場を借りて御礼申し上げます。
 「親との寄りを取り戻したら」という折角のアドバイスですが、これは正直言って、今の私には無理です。親父が今まで色々してくれた事については感謝しますが、だからと言って、それで今までの毒親ぶりを帳消しにする事は出来ません。親父が色々してくれた事についても、純粋に私の将来を思ってと言うよりは、むしろ、親父が世間体を気にして、「子思いの親」を演じたいという自己満足の動機のほうが大きいと思います。つまり、「愛情に名を借りて自分の欲望を満たしたい」だけなのです。そうでなければ、息子の婚活なのに、肝心の息子を差し置いて、「自分が中心に居座っている写真を見合い写真として使え」なんて、非常識な事をごり押しして来るはずありません。私の名前で土地を買ったり民間保険に加入したのも、「息子にひもじい思いをさせたくないから」と言うよりも、むしろ「そんな息子の親だと思われたくないから」ではないでしょうか。そんな毒親と今後も同居し続けて、もし親父との間で殺傷沙汰にでもなったら、もう取り返しが付きません。今思えば、親父は、ひょっとしたらアスペルガー症候群(脳機能障害の一種で感情の抑制がきかなくなる)だったのでは?今や、そんな疑念すら思い浮かぶようになってしまいました。いくら経済的に困窮しても、命の問題に代える事はできません。毒親問題の解決は、毒親の支配から離れる事に尽きると、どの識者も指摘しています。
 次に、自炊のお勧めですが、私も親父が入院していた時に、実家で自炊したりしていましたが、これも思うほど節約にはなりませんでした。自炊と言っても、男が家に帰ってきて作れるのは、せいぜいご飯ぐらいです。現に親父も、オカズはスーパーで出来合いの惣菜を買って済ませていました。働きながら、オカズまで全て自分で材料から毎日用意するのは、はっきり言ってシンドイです。それなら、たとえ外食や弁当でも、スーパーの百円惣菜などを上手く組み合わせて買い込んだほうが、時間も節約でき栄養も取れるのではないでしょうか。但し、冷蔵庫がない(買い置きができない)のは辛いです…。
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