アフガン・イラク・北朝鮮と日本

戦争も人権抑圧もNO!万国のプレカリアート団結せよ!

当ブログへようこそ

 アフガン・イラク戦争も金正日もNO!!搾取・抑圧のない世界を目指して、万国のプレカリアート団結せよ!

 これが、当ブログの主張です。
 詳しくは→こちらを参照の事。
 「プレカリアート」という言葉の意味は→こちらを参照。
 コメント・TB(トラックバック)については→こちらを参照。
 読んだ記事の中で気に入ったものがあれば→こちらをクリック。

岳南電車の旅 評論編

2022年05月25日 11時39分00秒 | 身辺雑記・ちょいまじ鉄ネタ
 
岳南電車の旅は、思った以上に見所が多くて楽しかったです。これだけを見れば、岳南電車の将来は明るいです。実際、地元の富士市も、岳南電車を観光の目玉にしようと、毎年6千万円以上も岳南電車に支援予算を組んで来ました。その甲斐あって、依然として赤字基調ながらも、乗降客数は徐々に上向いて来ていました。
 
岳南電車(旧・岳南鉄道)の輸送実績(ウィキペディアより引用、千以下切り捨てで表示)
1967年 乗客数510万人 貨物量65万トン(この頃が最盛期)
1975年 乗客数285万人 貨物量60万トン(乗客数半減も貨物はまだ安泰)
1979年 乗客数185万人 貨物量53万トン(乗客数の減少ぶりが半端ない)
2003年 乗客数66万人(この頃が一番低迷。以後は自治体ぐるみの支援策もあり、2012年の貨物廃止後もずっと上昇)
2018年は乗客数86万人まで回復
 


しかし、それもコロナでオジャンです。それに、いくら業績が上向いて来ていても、肝心の中心市街地の商店街がシャッター街では、誰も電車に乗って買い物に来ようとは思いません。
 
私の乗った電車も、土日の日中だけでしたが、車内の乗客は10数名のみ。そのうち明らかに鉄道趣味者と思しき、撮影に興じている方々が私以外にも3人ぐらい。まだ一般の利用客もそこそこいるから良いものの、採算ライン(1日の利用客2千人が目安)を大幅に割り込んでいるのは確実です。
 


かつては貨物輸送や従業員輸送で賑わった岳南電車も、製紙工場がリストラや生産調整で雇用削減に走り、消費税増税でここまで景気が冷え込んでは、観光需要だけで業績を回復するのは無理です。
 
これは一体誰の責任なのか?JRの貨物合理化も、国が高速道路や新幹線にばかり投資し、JR任せにして来たから、JRも貨物の大合理化に走らなければならなくなったのです。
 
その結果、JRから見捨てられ、頼みの綱の貨物収入を失った岳南鉄道は廃線の危機に陥り、富士市も多額の補助をしなくてはならなくなったのです。
 
全部、国の責任ではないですか。その国の責任を放棄して、中小私鉄や一市町村、地方の住民にばかり負担をしわ寄せしないで下さい。使途不明で公開もしない予備費があるなら、それを全額、地方の活性化に回して下さい。カジノや軍事費に入れ上げるよりも、その方がよっほど効果があります。
 
そもそも、青森県の十和田観光電鉄が何故廃線に追い込まれたのか?国が東北新幹線にばかり力を入れ、並行在来線のJR東北本線を第3セクターのいわて銀河鉄道に変えてしまい、電鉄との接続駅の三沢を各停しか止まらない駅にしてしまったからではないですか。
 
宮城県のくりはら田園鉄道(旧・栗原電鉄)が何故廃線に追い込まれたのか?米国の言いなりに円高政策を強行した結果、細倉鉱山の採算が取れなくなり、まだ鉱脈が一杯残っていたのに閉山を強行し、ドル箱の貨物輸送を奪ったからではないですか。
 


JR日高本線に続いて根室本線(狩勝峠越え区間)も廃止となり、今や北海道は札幌など都市圏以外は鉄道が全部なくなろうとしているのは何故か?採算が取れなくなるのが当時から分かっていながら、国鉄労働組合潰しの為に、国鉄の分割民営化を強行したからではないですか。
 
全部、国の責任ではないですか。だったら、地方私鉄や地方自治体、地方の住民にだけ負担をしわ寄せするのではなく、国がちゃんと自分のケツを拭くべきです。
 
国家予算の中には、使途も公開しなくてよい予備費が16兆円もあります。今、誤送信されネットカジノに費やされた4630万円のコロナ給付金が話題になっていますが、そんなもの、使途不明の巨額の予備費と比べたら微々たるものです。
 
しかし、マスコミはその予備費の使途公開をどこも要求しません。あれだけ国会議員の文書通信費の問題で騒いでいた維新も、この問題では与党と一緒になって隠蔽工作に加担しています。
 
その予備費を地方私鉄の支援に回せばどうなるか?試算してみました。
 
A 予備費の予算規模 約16兆円
B 富士市の岳南電車支援額 毎年6200万円
A÷B=258064.516
 
予備費を回せば、別に富士市から6200万円も出さなくても、25万8064年も支援する事が出来ます。25万年余も!
 
岳南電車だけでなく、同じ規模の中小私鉄を10社支援するとしても、2万5千年も支援する事が出来ます。2万5千年も!
 
 
これだけあれば、相当な支援が出来ます。運賃や通学定期代の大幅値下げ、ダイヤの大増発など。鉄道車両も、大手私鉄のお古(岳南電車の場合は京王電鉄の払い下げ車両)を、交換の部品もなかなか調達出来ない中で、苦労して使わなくても、いくらでも自前の車両を新造出来るようになります。
 
何なら、これらの中小私鉄だけでも国有にすべきです。そうすれば、青春18きっぷで乗る事が出来、観光客ももっと来るようになります。
 
そうすれば、乗客の懐にも余裕が出来、地域の商店街もシャッター街から抜け出す事が出来るようになります。
 
IR施設の中だけで金が回り、地域は全然潤わないカジノの誘致や、戦争の武器を今の2倍以上も買う防衛費の増額なんかにカネを費やすより、はるかに景気対策になります。
 
死の商人を儲けさせる為だけの軍事予算や、ハゲタカファンドを儲けさせる為だけのカジノ誘致や、パソナやブラック企業を儲けさせる為だけの企業リストラ支援に予備費を費やすぐらいなら、それを全部、庶民の生活支援に回すべきです。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

岳南電車の旅 清流編

2022年05月25日 09時00分00秒 | 身辺雑記・ちょいまじ鉄ネタ
 
岳南電車は夜景電車とともに、各駅から富士山の見える電車としても有名ですが、あいにく昨日は雨、今日も曇りで見えませんでした。その代わりに富士山麓の湧き水が生み出す景観をたっぷり堪能する事が出来ました。
 
富士市に製紙工場が立地するのは富士山麓から豊富な伏流水(湧き水)が湧き出すからです。当地では住宅街の片隅にある湧き水から突然、川の流れが始まります。いずれの川も清流で、大阪のドブ川しか目にする事のなかった私は、工業都市の住宅街の中をこんな清流が流れている事に驚かされました。
 
 
昨日泊まったホテルのそばにも、とても都会の中の川とは思えない清流が流れていたので、源流をたどる事にしました。そうしたら、ほどなく神社のたもとにたどり着き、脇の池のたもとから水が湧き出している事が分かりました。
 
調べたら、岳南電車沿線にも、「泉の郷」という名称で、バイキングコースが整備されている事が分かりました。そこで2日目は、そのコースをたどる事にしました。
 

まず最初に向かったのは、岳南原田駅から滝川を遡った鎧が淵の親水公園。源頼朝が富士川の合戦で鎧を洗った事から「鎧が淵」と呼ばれるようになりました。
ある時、この淵の上の木を刀で切っていた坊主が、刀を淵の底に落としてしまい、和尚さんから拾って来るよう命じられます。坊主が淵に飛び込んで刀を拾おうとしたら、淵の底から女が現れ、「刀は返してやる代わりに、私を見た事は誰にも言うな」と言われます。坊主がやっと寺に戻ったら、和尚から「3年もどこにいたのか?」と聞かれ、坊主は面食らってしまいました…この淵には、そんな言い伝えも残っています。
 

次に向かったのが滝不動と、かがみ石公園。滝に打たれるお不動さんが祀られていて、村の娘が熱心にお参りしたらイボが取れたので「イボ取り不動」の異名も。
 


隣のかがみ石の池も、室町時代の武将・小栗判官が照手姫(かぐや姫との説も)と駆け落ちした際に、照手姫が池の中の石を鏡にして身なりを整えたからとの伝説も。
 
かがみ石へは散歩中の叔母さんの案内でたどり着く事が出来ました。叔母さん曰く、「滝不動やかがみ石の池はホタルの名所」なんだとか。こんな所に一度で良いから私も住んでみたい。
 

ちょうどお昼になったので、近くの喫茶店でエビピラフの昼食。土地勘がないので食べれる時に食べとかなければと、適当に飛び込んだ喫茶店だったが、そこは市が認定した「まちの駅」だったので、これから行く所について色々聞く事が出来ました。
 
更に詳しい観光パンフレットももらったので、ピラフの他にコーヒーも追加注文。そうしたらマスターがお菓子も付けてくれました。
 


昼からは竹採(たけとり)公園と湧水公園。当地は全国にいくつかある「かぐや姫」伝説発祥の地の一つですが、他の地とは違い、月ではなく富士山にお姫さんが帰る事になっています。岳南電車の比奈の駅名や地名も、姫がなまったものだと言われています。
 
帝や国司が姫に一目惚れして、姫を追いかけて富士山の頂上まで来て、帝は姫と結ばれたが、国司はふられて頂上の池に身投げした…など、言い伝えも諸説あって、どれが本当か分かりません。それにあやかり、市がここを竹林の公園として整備しました。無料で入れます。
 


そこから下った所にある湧水公園も、湧水を利用して市が整備した公園の一つ。池にはデカい鯉がいました。池から流れ出る川にはバイガモが生い茂り、所々には洗濯用の洗い場も住宅の横に作られていたりして、もう羨ましい限り。
 
 
岳南富士岡駅から再び電車に乗り、大阪に帰りました。無人駅から乗ったので整理券で乗車。岳南電車終点の吉原ではJRの切符は買えないので、証明書をもらって、JR静岡駅で精算と新幹線切符を購入。
 
お土産に、黒ハンペン入りの静岡おでん1個と、岳南電車ブレンドのコーヒーをいくつか買いました。(旅行後の岳南電車の旅 評論編に続く)
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

岳南電車の旅 夜景電車編

2022年05月25日 07時52分00秒 | 身辺雑記・ちょいまじ鉄ネタ
 
5月21日、22日の土日連休を利用して、静岡県の岳南電車に乗って来ました。一般の方には旧社名の岳南鉄道の方が通りが良いかも。
 
静岡県富士市のJR東海道本線吉原駅から分岐して、終点の岳南江尾まで9キロ余を10駅で結んでいる小私鉄です。沿線の製紙工場に延びていた工場引き込み線を乗客・貨物輸送に利用したのが始まりです。
 
吉原ージャトコ前(旧・日産前)ー吉原本町(よしわらほんちょう)ー本吉原(ほんよしわら)ー岳南原田ー比奈ー岳南富士岡ー須津(すど)ー神谷(かみや)ー岳南江尾(がくなんえのお)の順に駅が並びます。本吉原から先は、東海道本線の約2キロ富士山寄りを東西に進みます。全線単線ですが、貨物輸送が盛んだった頃の名残で、半分の駅に行き違い設備があります。
 


戦後の高度経済成長期には製紙工場の工員・貨物輸送に大活躍しましたが、やがて貨物の主体は鉄道からトラック輸送に移り、製紙工場も工員のリストラで業務縮小。
 
貨物輸送が廃止されてからは、まだ一部残る貨物ヤードを背に、1時間に2本のダイヤで、1〜2両編成の電車が走るだけになってしまいました。
 
ドル箱の貨物収入を失い、乗客数も最盛期の6分の1に落ち込み、一時はもうこれで廃線かと思われた時期もありました。その中で、工場地帯を走る地の利を生かして、工場夜景の中を走る「夜景電車」として売り出した所、これが大ヒット。
 
地元の富士市や商工会議所も支援に乗り出す中で、夜景電車の観光客に地元の名産をどんどんアピールしていきました。その甲斐もあって、依然として赤字基調ながらも、近年は利用客下落が下げ止まり、わずかながらも上昇に転じつつありました。コロナ禍までは。
 
夜景電車はだいたい隔週土曜日の夜に、車内のライトを消して運行されます(季節によってスケジュールが変わるので、詳細は岳南電車のホームページ等を参照)。2両編成の後ろ1両だけを消して走る通常の夜景電車の他に、2両とも消灯して走るプレミアム夜景電車の2種類があります。私が行った日は通常の夜景電車だけだったので、そちらに乗りました。
 


まず始発駅の吉原で夜景電車とセットになった1日フリー切符を購入。そのフリー切符で吉原本町まで行き、吉原商店街の喫茶店で地元B級グルメの「つけナポリタン」の昼食。ナポリタンソースにパスタを漬けて食べます。ポリュームが結構あり、これでもう満腹です。
 
 
昼食の後は、フリー切符で終点の岳南江尾まで乗り、帰りに車庫のある岳南富士岡駅で下車。車庫には歴代の機関車や電車が展示され、「がくてつ機関車ひろば」として整備されています。
 


そこで写真撮影した後、学南原田駅横のうどん屋「めん太郎」で早めの夕食。夕方には店じまいするので、それまでに岳南電車自慢のここのうどんを堪能したかったので。しかし、天ぷらは全て売り切れで、おにぎりも売っていなかったので、きつねうどんだけの寂しい夕食に。
 
さすがにこれだけでは腹が持たないので、吉原本町商店街のお店で散らし寿司を購入。吉原本町駅のベンチでそれを食べました。その後、夜景電車に2回乗り、吉原本町にあるホテルで一泊。
 

まずは1日目の旅のハイライトから。静岡県富士市を走る岳南電車最大のヤマ場。比奈・岳南原田間の日本製紙(旧・大昭和製紙)工場内のパイプラインを潜る地点を、吉原に戻る夜景電車の車窓から動画撮影。
 
 
次に、夜景電車と並ぶハイライト、岳南富士岡駅構内の「がくてつ機関車ひろば」に展示中の歴代車両。
 
旅客電車も、昔の京王電鉄井の頭線を走っていた7000系、8000系、9000系の電車なので、昭和の古き良き昔を懐かしんで訪れる鉄道ファンも多いです。
 

岳南江尾駅に停車中のオレンジに白線の電車は9000系。
 

岳南富士岡駅の車庫に格納中の青とシルバーの電車は7000系。
 

夜景電車のロゴを先頭に付けている緑に白線の電車は8000系。
 

プラットフォームの駅屋が国の登録有形文化財に指定されている本吉原駅に停車しているオレンジとシルバーの電車も7000系。(間違っているかも知れないので、念の為にウィキペディアなども参照してくれたら助かります)
 

本吉原駅の後ろの工場壁にからまる緑の蔦は、秋には見事な赤色に染まります。
 

最後に、夜景電車の土産にもらった「光る切符(記念乗車券)」と「バリ勝男クン」のポテトチップ。但し「光る切符」と言いながら、私の光の当て方がまずいのか、全然光りませんでした。ポテトチップも、焼津産のかつお節チップを富士つけナポリタン味にして、イカ墨に浸けてピーナッツと混ぜた駄菓子ですが、大して美味しくなかったです。おまけに、手がイカ墨で真っ黒になってしまいました。(2日目の岳南電車の旅 清流編に続く)
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

4630万円のムダは叩くが84億円のムダは容認

2022年05月19日 02時57分00秒 | 反ハシズム・弱い者虐め

この5月末で閉鎖される大阪コロナ療養センターの様子を、昨日見に行って来ました。当該センターは大阪市住之江区のインテックス大阪内にあります。ニュートラムの中埠頭駅から徒歩数分のインテックス大阪6号館を丸々借り切って療養施設にしています。昨年9月末に開設され、10月末に拡充。無症状・軽症患者用800床と中等症患者用200床の計1千床のベッドが用意されました。

 
しかし実際は、クラスターが発生したのは高齢者施設なのに、当該センターは介護用施設ではないので高齢者を収容できず。無症状・軽症患者も、公共交通機関が使えないので、交通不便な南港まで自力で行かなければならず、しかも国際会議場をパーテーションで区切っただけなので、寒くて全然療養にならず。「これではかえって症状が悪化してしまう」と嫌われ、ほとんど誰も利用しない状態に。
 
不人気の末に、とうとう5月末で閉鎖される運命に。でも、それでかえって良かったのでは。何故なら、医師が常駐すると鳴り物入りで宣伝されたが、実際は施設長の阪大教授も名前を貸しただけで常駐せず。医師も、東京の医療系派遣会社から、掛け持ちで派遣される形だったので、実際は機能しなかったのではないかと言われています。
 
こんな物に84億円もの税金が使われたのです。今、山口県阿武町で、4630万円の誤って振り込まれたコロナ給付金の返済を巡って揉めていますが。その181倍以上もの大金がドブに捨てられたも同然なのに、なぜ皆怒らないのか?
 
4630万円の無駄金は個人がネットカジノに散財してしまったので、相手が個人だからと叩きまくるが。84億円の無駄遣いは、相手が今をときめく維新のイケメン知事なので、後難を恐れて誰も叩かない。後者の方が181倍も金額がデカいのに。
 
しかも、個人がネットカジノで散財したら無駄遣いだと叩くくせに、維新のイケメン知事が推進するリアルカジノ施設誘致には賛成する。これには「ご都合主義も大概にしろよ」と言いたくなります。
 
 
 
実際に現地に行って来て、更にその感を強くしました。もう施設内は閑古鳥が鳴いているのですから。平日なので、館内のレストランはほとんど閉まっていました。営業しているのは少数のコンビニと弁当屋だけ。
 
しかも、その営業中の数少ない弁当屋の弁当の高い事。何の変哲もない唐揚げ弁当や焼肉弁当ですら、最低でも千円するのですから。私が行ったのはちょうどお昼時だったので、コンビニでパンとコーヒーの昼食にしましたが、それすら600円以上もする有様。
 
 
インテックス大阪は元々、国際展示場で、展示施設が1号館から6号館まであります。その一番奥にある6号館を療養施設にして、他の号館と鉄製の塀で隔離して、出入口にも警備員を常駐させて、人の出入りを規制しているのです。
 
何で、よりによって、こんな不便で寂しい所に、療養施設を作ったのだろうか?しかも、こんな寒い所に。幾ら無症状・軽症と言っても、相手は病人ですよ。本当に療養させる気なら、もっとそれに相応しい場所が幾らでもあるはずなのに。
 
例えば、同じ閑古鳥が鳴いている施設を使うにしても、オスカードリームのホテルを貸し切るとか、大阪駅前第一ビルから第四ビルまでの遊休区画をリニューアルして貸し切るとか。他に代替案が幾らでもあるはずです。
 
私が思うに、多分、吉村知事は、患者の事なぞ二の次、三の次で、病床数さえ確保できれば、それで良いと思ったのでは。それで尚且つ、閑古鳥が鳴いているインテックス大阪を活用できれば、一石二鳥だと思ったのでは。
 
だから、喉を痛めたコロナ患者に、療養食として激辛のカツカレーを出すような真似が平気で出来るのです。実際、全国のコロナ療養施設の中でも、大阪の療養食は、断トツに不人気でした。
 
知名度やイメージだけで、こんな食わせ物の知事や政党を支持している奴の、頭の中の精神構造は、一体どうなっているのでしょうか?いまだに謎です。
コメント (1)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

玉ねぎ高騰の主犯

2022年05月18日 10時52分00秒 | なにわB級グルメ探訪
 
玉ねぎの値段が高騰しています。先週も1玉198円の玉ねぎに驚かされましたが、今週はそれを上回る1袋598円の玉ねぎに出会いました。何と1袋598円ですよ。これに軽減税率でも8パーセントの消費税が加わりますから、税込みでは1袋645円もの高値になります。
 
確かに、1袋598円の玉ねぎは新玉ねぎで、サイズも大振りです。1袋5玉入りなので、1玉当たり120円弱と、先週の1玉198円よりは「お得」になりますが、それでもねえ。玉ねぎだけ買うのに600円以上も出すぐらいなら、一人暮らしの身では、もう松屋や吉野家の牛丼で外食にするほうが、はるかに安上がりです。

それにしても、玉ねぎの高いこと!確かに、玉ねぎだけが野菜ではありませんが、安い野菜の代表格だった玉ねぎが、今や高額野菜の代表格に早変わりするとは。この1袋598円の玉ねぎには、さすがにスーパーの他のお客さんも、全く見知らぬ同士なのに、互いに顔を見合わせ苦笑いしていました。
 
この玉ねぎの価格高騰については、私は最初、ウクライナ戦争の影響だと思っていました。しかし、よく考えると、ウクライナは小麦の主産地ではあっても、玉ねぎの主産地ではありません。だから、戦争の影響と言うのは、こと玉ねぎに関しては、当てはまらないと思います。

青森市の市場価格は4倍に タマネギ高騰はなぜ?いつまで続く?(ATV青森テレビ)
上記のニュースによると、玉ねぎ価格高騰の理由は主に次の三つだそうです。一つは、主産地の一つである北海道が昨年夏の高温・旱魃(かんばつ)で不作に見舞われた事。二つ目に、もう一つの主産地である中国も、コロナによるロックダウンで輸出が出来なくなった事。三つ目に、今でこそ高値ですが、それまで値崩れしていた為に、玉ねぎの作付面積が減少していた事。
 
今ようやく、北海道産以外の淡路島産や佐賀県産の玉ねぎが出回り始めていますが、こちらも天候不順の影響で品薄状態だとか。次の北海道産の出荷が始まる今年8月まで、玉ねぎは高値が続きそうです。
 
そう言えば、それまでは玉ねぎは値崩れしていました。スーパーには1玉50円前後の安値で玉ねぎが陳列されていました。
 
むしろ私は、この第三の理由こそが、玉ねぎ価格高騰の真の原因ではないかと思います。何故なら、幾ら主産地の不作や輸出不能で玉ねぎが品薄になっても、政府がしっかりと食糧確保に動いておれば、ここまで高騰する事はありませんでした。
 
政府も以前はコメの食管制度などの形で、食糧確保に一定の責任を持っていました。ところが今や、その食管制度も廃止され、食料確保は完全に市場任せとなってしまいました。
 
市場がまともに機能しているなら、それでも良いでしょう。しかし現実には価格は乱高下。1玉200円もするような玉ねぎでは消費者は手が出ませんし、逆に値崩れしても、消費者はその場は助かりますが、農家がそれに懲りて玉ねぎ栽培を諦めてしまっては、安定供給する事は出来ません。

実際は「悪貨が良貨を駆逐する」。幾ら良質な商品でもコストが掛かれば高値で売れない。逆に多少、粗悪な商品でも安ければ売れる。これが市場の「現実」です。
 
この様な原理が横行する下では、大資本は資金力にモノを言わせて、幾らでも買い占めや価格操作を行う事が出来ます。逆に農家は、幾ら良い物をより安く売ろうと思っても、資金力に限りがある以上、「安かろう悪かろう」の商品には太刀打ち出来なくなります。
 
そこに地球温暖化による天候不順が加わります。スーパーに並ぶ野菜を良く見ると、例えばキャベツは長野産や岩手産など、特定産地の商品に偏っている事が分かります。これは、政府が長年に渡り、農業の大規模化や株式会社化を推進して来たからですが、その結果、特定産地が天候不順に陥れば、たちまち全国が品薄状態に陥るようになってしまいました。
 
昔は大阪も、泉州玉ねぎの大産地でした。ところが、戦後の都市化や農業衰退により、今や北海道産や中国産の玉ねぎに駆逐されつつあります。その結果、消費者は、今や玉ねぎも買えないようになってしまったのです。

確かに、コメの食管制度には、欠点も色々ありました。コメが安定供給されるはずだったのに、現実には「安かろう悪かろう」の政府米の在庫処分の場となってしまい、古古米が売れ残るようになってしまいました。

食生活の欧米化で、需要と供給のバランスが崩れてしまっているのに、政府がうまく対処出来ずにいた為に、コメの在庫がダブついてしまったのです。だったら、うまく対処すれば良いだけの話です。ダブつきを理由に、食糧確保の役割まで放棄してしまって良いはずはありません。

玉ねぎにも同じ事が言えるのではないでしょうか。少なくとも、主食やそれに準ずる食料については、政府が責任もって食料確保に努めてもらいたいです。それでこそ、本当の「経済安保」ではないでしょうか。日本の消費者は大人しいので、まだ黙っていますが、このままでは、またかつてのように、「米騒動」が勃発するかも知れませんよ。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

1玉89円の玉ねぎが輝いて見える

2022年05月11日 20時08分00秒 | なにわB級グルメ探訪
 
ウクライナ戦争のあおりで、物価がどんどん上がっています。以前は1玉100円もしなかった玉ねぎも、今や1玉だけで200円以上するようになってしまいました。これではもう玉ねぎなんて買えません。政府も「経済安保」とか言うのであれば、他国の戦争に口出しするより前に、「国民生活の安全保障」をまず第一に考えてほしいです。

そんな折、久々に100円を切る玉ねぎを見つけました。佐賀県産の新玉ねぎで、1玉89円。以前の水準に戻っただけですが、何故か光輝いて見えました。
同じ1玉の新玉ねぎでも、淡路島産は198円もするのに、佐賀県産は89円。109円も違う。確かに淡路産や泉州産の玉ねぎは美味しいが、それでもこれほど差がつくとは…。この差は一体何なんや?本当に佐賀(国内)産か?w
私も釣られて、その1玉89円の新玉ねぎを買っちゃいました。♪
 
 
夕食はこれとベーコン、豆苗を鍋でコトコト煮詰めてポトフにして食べました。出汁は洋風のブイヨンの素を2切れ投入。
そして、山椒きゅうりの調味料がまだ残っていたのに気付き、後で胡瓜も1本買い足して、夕食の付け合わせに出しました。
ポトフは新玉ねぎとベーコンの良い出汁が出て、非常に美味しかったです。そこに豆苗の香りも加わり、絶妙な味加減に。
ただ、山椒きゅうりの調味料が少し多かったので、胡瓜をもう1本増やして、明日の分も作り置きしておいた方が良かったかも知れません。
 
ポトフの具は全部さらえる事が出来ましたが、出汁は半分ぐらい残りました。この残りの出汁は、鍋ごとラップに包んで明日まで置いておき、明日はそこに卵と残りのベーコン、豆苗を放り込んで、溶き卵にして食べようかと思っています。
 
玉ねぎを中火でコトコト煮るのに20分ぐらいかかりましたが、油脂類は一切使わなかったので、後の洗い物もお湯で洗い流すだけで済みました。一人暮らしをしていると、ついつい野菜が不足しがちになります。調理も簡単なレトルト食品が中心となってしまいます。その中で、今回は野菜も豊富に摂れて、非常にヘルシーな夕食となりました。
 
材料費
佐賀産新玉ねぎ1玉 89円
豆苗1パック 59円
胡瓜1本 39円
三元豚ザク切りベーコン(45g)1パック 100円
合計287円
 
調理時間
ポトフを煮詰めるのに約20分
胡瓜を刻んで和えるのに約10分
合計30分
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

OMO7の正体

2022年05月07日 21時22分48秒 | 身辺雑記・ちょいまじ鉄ネタ

JR新今宮駅北側に先日オープンしたばかりの星野リゾートが経営する高級ホテルOMO7(オモセブン)を見て来ました。はっきり言って、想像以上のボッタクリぶりに呆れ果てました。

 
OMO7に立ち寄る前に、通天閣に翌週からオープンするタワースライダー(巨大すべり台)もついでに見て来ました。こちらはまだオープン前なので、中に立ち入る事は出来ません。でも、どんな所か大体想像がつきます。こちらも1回すべるごとに千円の利用料を取られます。通天閣の入場料とはまた別に。いくら巨大と言えども、所詮はただのすべり台です。それを1回すべるごとに千円も取られるのです。ランニングコストなぞほとんどかからない、ただのすべり台に。もはや、すさまじい「ぼったくりぶり」です。千円もすべり台に使うくらいなら、映画でも観た方がマシです。
 
 
その後、OMO7に向かいました。ビリケンさんが出迎えてくれます。OMO7は1階が駐車場、2階にカフェや共同浴場が入り、カフェの中にフロントもあります。3階以上がホテルの客室となっています。2階まではオープンスペースで、ホテルの宿泊客以外も自由に出入り出来ます。
 
 
カフェからは、新今宮駅に停車しているJR環状線の電車も間近に観る事が出来ます。カフェの本棚にある本も自由に読む事が出来ます。建物の造りはTSUTAYA(ツタヤ)のカフェとよく似た感じですが、それよりもはるかにスペースが広いです。くつろぐには持って来いの環境です。
 
 
しかし、その感動も、カフェのバカ高いメニューを見て、すっかり冷めてしまいました。そのバカ高さたるや、コーヒー500円、フライドポテト500円、ミックスジュースソフト600円、たこチー(たこ焼き風チーズケーキ?)650円、イカ焼き700円、肉うどん700円、ミンチカツカレー千円、ホルモン丼1100円…という具合です。
 
マクドでは150円のフライドポテトが500円もするのです。すぐ近くの立ち食いソバ屋では320円や350円で食べられる肉うどんも、700円もするのです。どんな高級食材を使っているのか知りませんが、一般庶民の感覚からかけ離れている事だけは確かです。
 
私は500円のアイスコーヒーと450円のOMOシュー(冷やし飴味のシュークリーム入りドーナツ?)を注文しましたが、10分以上経ってもまだ出来上がりません。出来合いのドーナツと、これまた出来合いのアイスコーヒーを提供するだけなのに。
 
実は、カフェのレジは現金払いとカード払いの二カ所に分かれているのですが、見た感じカード払い優先で、現金客は会計も提供も後回しにされるようです。
 
 
その決定的証拠を掴みました。私の注文レシートの番号は234番でした。レジ横の電光掲示板にはレシート番号が出来上がり順に表示されます。マクドなんかのレジと同じ仕組みです。普通なら、先着順に、掲示板の上のほうの番号から消えていく(商品が渡される)はずです。
 
しかし、私はずっと待っているのに一向に呼ばれません。よく見ると、私よりも後に注文した(掲示板の下のほうの番号の)カード払いの客の方が、レジに先に呼ばれて商品を渡されているではありませんか。
 
私はたまらず「まだですか?」とレジに詰め寄りました。そうしたら、商品はとっくにトレーにセットされて用意されているではないですか。「それなら先に呼べよ」と思いました。OMOシューの味はまあまあでしたが、私はこれですっかり気分を害してしまいました。
 
 
 
大体、一泊一名素泊まりでも2万円、食事や入浴料も含めれば一泊3万7千円余もするようなホテルに、一体誰が泊まれると言うのでしょうか?
 
幾ら観光キャンペーンで「下町情緒あふれる人情の街」を謳い、地元グルメ探訪の観光ツアーが組まれようとも、OMO7は所詮、国内外の成り金観光客向けのホテルでしかない事が、これではっきりしたと思います。
 
カフェのロビーに掲げられた観光案内図が、それを雄弁に物語っています。地図に描かれた店の位置を地域ごとに見ると、あいりん地区の店は5軒しか描かれていません。有名なホルモン屋の「やまき」や、居酒屋の難波屋も除外されているのです。
 
そのくせ、あいりん地区から堺筋を渡った動物園前商店街界隈の店は13軒、JR環状線より北側の新世界の店は34軒も描かれています。その中には、最近オープンしたばっかりのベトナムサンドイッチ屋も含まれています。
 
最近オープンしたばっかりのベトナムサンドイッチ屋まで地図に載せるなら、「やまき」や難波屋といった西成の有名どころは、絶対に外せないはずです。ところが、観光案内図からはことごとく排除されています。これが「西成差別」でなくて、一体何なのでしょうか?
 
いくら「西成の町おこし」や、「地域住民の福祉向上」を謳っても、OMO7の正体は、交通の便の良さや、スラム街の地価の安さに目を付けた観光資本が、地上げで土地を安く買い叩いて、観光客に高く売る「ぼったくりホテル」でしかない事が、これではっきりしたのではないでしょうか。
 
 
だったら、正直に「地価が安いのでホテルを建てた」と言えば良いのに、それをいかにも「西成の町おこし」や「日雇い労働者の雇用」に貢献しているかのように宣伝するのは、私は、はっきり言って、「誇大広告」以外の何物でもないと思います。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高野山のトロッコ道でSDG’sについて考える

2022年05月03日 22時35分00秒 | 身辺雑記・ちょいまじ鉄ネタ
 
5月2日の公休日に高野山森林鉄道の跡をたどって来ました。高野山の麓の九度山から、今の南海高野線に沿って、極楽橋の先の方まで、明治末期から昭和30年代まで森林鉄道(トロッコ)が走っていました。そのトロッコ道の跡を南海電鉄と地元の九度山町がハイキングコースとして整備しています。鉄ちゃんしか知らない地味な観光コースですが、どうせ私達はGWも仕事だし、まだまだコロナが終息しない中で、三密回避の手頃なレジャーで息抜きするには丁度良いので行って来ました。
 
和歌山県九度山町は、真田祭(5月5日の武者行列)や丹生川渡し(川の上に巨大な鯉のぼり)、町家の人形巡り(町家の玄関先に飾られた雛人形を巡るイベント)、慈尊院(女人高野の世界遺産)などの観光に力を入れています。トロッコ道のハイキングコースも、その流れの中で整備が進められて来ました。しかし、前者とは違い鉄ちゃん限定の地味ネタなので、九度山駅にも案内のパンフやチラシは置いていませんでした。幸いその日は世間は平日だったので、町役場が開いており、そこでチラシをもらって来ました。
 
左は丹生川渡し、右は町家の人形巡り。
 
そのチラシを片手に、まず高野線上古沢の駅に向かいました。トロッコ道のハイキングコースは、九度山から上古沢まで約7.6キロあります。どちらから辿っても良いのですが、私は下る方が楽だろうと思い、上古沢から高野下まで歩く事にしました。
 
案内チラシは上古沢駅に置いていました。駅は崖の中腹にあり、そこから上古沢の集落を見下ろしながら、ひたすら紀の川支流の不動谷川に沿って、国道370号線の対岸を下ります。この辺一帯は線路だけでなくハイキングコースもスイッチバックと急カーブ、急勾配の連続です。その急勾配たるや、生駒山地の暗峠にも匹敵する程です。
 
上古沢の駅舎も急峻な崖上の猫の額ほどの狭い土地にあるせいか、若干傾いているように見えました。上古沢駅は、隣の紀伊細川や紀伊神谷の駅とは違い、秘境駅ランキングにこそ載っていないものの、秘境感においては前者に引けを取りません。
 
傾いて見える上古沢の駅舎と、そこからの眺望。
 
まず最初に中古沢橋梁を観に行きました。この橋梁は南海高野線の下古沢と上古沢の間にあります。山陰本線の餘部鉄橋がコンクリート製に作り替えられた後は、この鉄橋が全国唯一のトレッスル橋になってしまいました。トレッスル橋脚とトラス橋桁が組み合わさった珍しい形で、南海高野線の通称・山線(橋本~極楽橋間)の駅とともに、近代化産業遺産に指定されています。
 
南海高野線の中古沢橋梁。深い谷に鉄道を通す為に、苦心惨憺の末に、ようやく1927年(昭和3年)に完成。
 
それにもましてハイキングコースのややこしい事。要所ごとに案内の道標が設置されていますが、それでもややこしいのです。もう廃線になって約60年経過し、鉄道の痕跡がほとんど残っていない上、生活道路や林道、獣道が次々と現れ、廃線跡と見分けがつかないからです。迷子にならない鉄則は次の4つ。①必ず道標の指し示す方の道を行く。②それでも迷ったら、自分がトロッコの運転手になったつもりで、出来るだけ平坦な道を行く。急勾配には線路は敷けない。③基本は上古沢から九度山に下るルートを辿る。上りはキツイ。下るルートも実際はアップダウンで上りもあるが、それでも逆よりはマシ。④落ち葉が道を覆いぬかるんでいる所も多い。軽装や強行軍で挑むべからず。
 
左なぞ一体どちらに進んで良いのか一瞬迷う。そこかしこに道標が設置されているがそれでも迷う人も決して少なくない。
 
途中で隧道跡と思しき手掘りトンネルを2箇所くぐります。そして、途中でハイキングコースは国道370号線に合流します。片側一車線の狭い「酷道」にも関わらず、自動車は割と通るので、安全には気を使います。それでも、森林鉄道の橋脚の跡や、地滑りから鉄道や道路を守る為の構造物を見る度に、先人の苦労が偲ばれ、心が打たれます。
 
トロッコ道の隧道として使われていたトンネル。今でも通れるが見通しは悪い。道路も落ち葉に覆われ、ぬかるみが目立つ。
 
左は森林鉄道の木製電信柱の跡か?右は橋脚の跡。
 
左は水を流す為の砂防堰堤。小さな流れなので、橋なぞかけず、道路の上に直接水を流して谷に落とす仕掛けになっていた。右は土砂崩れの跡。2018年台風21号の爪痕か?この時は南海高野線も約2週間不通になった。
 
切通しの跡。小さな山なら、このようにトンネルを掘らずに山を崩して森林鉄道を通した。
 
ウクライナの世界遺産で、列車が1日3本しか通らない、森に囲まれた鉄道線路があり、そこが恋人のデートコース(愛のトンネル)として有名になりましたが、このトロッコ道も、ひょっとしたら、それに匹敵するのではと思ってしまいます。
 
左は「愛のトンネル」っぽい。右はまるでスイッチバックのようなトロッコ道のヘアピンカーブ(トロッコと言えども一応は機関車。それが果たしてこんな急カーブを曲がれるのか?)
 
しかし現実は厳しいものです。この付近は中央構造線の辺縁部にあたり、地盤が脆く、いつも土砂崩れや鉄砲水に悩まされて来ました。それを避ける為に、硬い岩盤に杭が打たれている所や、沢水を逃す為の簡易砂防ダム(?)、それでも残る土砂崩れの跡がそこかしこに目に付きます。
 
硬い岩盤に杭が打たれている所。ここでは岩の間からしみ出てくる水を壁の穴から外に逃がす水平ボーリングが行われている。
 
下古沢駅の近くにOLD STREAM(オールド・ストリーム)という名の喫茶店がありました。廃園になった幼稚園の建物を利用して、村おこしの為に、有機コーヒーを提供し、産地直売や工芸品販売を行っています。隣の元小学校も集会所として活用されていました。こんな山奥で果たして商売が成り立つのか心配ですが、最近はお客も徐々に増えているそうです。
 
OLD STREAMの外観と店内の様子。
 
私もここで応援の意味を込めてコーヒーとサブレを注文しました。コーヒーはとても美味しかったです。でも、サブレとコーヒーだけで650円。はっきり言って割高です。これだけあれば、あいりん地区では弁当2個買えます。皆さんどちらを選びますか?大抵の人は後者を選ぶのではないでしょうか。
 
左:私がOLD STREAMで注文したコーヒーとサブレのセット。右:私が西成に来た頃によく食べていた300円弁当。
 
昨今、経済成長一辺倒に対する反省から、SDG’s(エス・ディー・ジーズ)と言う事が盛んに言われます。SDG’sとはSustainable Development Goals(サステナブル・ディベロップメント・ゴールズ)の略で「持続可能な開発目標」という意味です。貧困撲滅や格差是正、地球温暖化防止などの17の目標を掲げ、これを2030年までに達成しようと、国連や各国政府が呼びかけています。私の会社も、その一環として、使い捨てカイロを集めて水の浄化に役立てようとしています。
 
SDG’sのシンボルマークに描かれた17の目標
 
でも、政府が実際やっている事は防衛費のGDP比2パーセント突破などの軍備拡張に原発再稼働。安倍元首相なぞは核武装まで主張する始末。言っている事とやっている事がまるで正反対。それに有機栽培は金がかかる。貧乏人はバカ高い有機栽培のコーヒーなぞ買えない。そんな物買うぐらいなら、あいりん地区の300円弁当を買う。
 
しかし、だからと言って、今のままでは確実に地球は滅んでしまうし、人類も遅かれ早かれ滅亡してしまう。その為にもSDG’sは私は必要だと思います。問題はそれを自己責任だけで賄わせようとする所にあります。金持ちだけでなく貧乏人も含めてSDG’sを達成出来るようにしなければなりません。それは政府にしか出来ない事です。その為にこそ政府は存在するのです。もし、今の日本政府にその気がないなら、それをやり切る為の政府に変えなければなりません。
 
それは最後の高野下駅でも痛切に感じました。昔の森林鉄道は高野下駅の下を潜って九度山まで続いていました。当時の九度山や高野下駅周辺は、木材の集散や高野山に向かう参拝客で賑わいました。駅構内には当時の写真が一杯飾られ、さながら資料館のようでした。
 
駅舎の柱にも当時の古レールが使われ、カーネギーなど当時の鉄鋼メーカーの社名がレールに刻まれています。駅舎自体も近代化産業遺産に指定され、駅舎ホテルとして活用されようとしています。
 
左:高野下駅ホームに残る昔のレールの柱。説明書きには1902年英国キャンメル社製とある。右:ホテルに生まれ変わった高野下の駅舎。
 
ところが、その駅舎ホテルの宿泊料が半端ではありません。2名用(ダブルベッド1個)の部屋「天空」で一泊1万8千円、4名用(同2個)の部屋「高野」ともなれば一泊3万2千円もするのです。そんなバカ高いホテルに一体誰が泊まるのか?一部の金持ちだけじゃないですか。少なくとも、青春18きっぷでしか旅に出られないような人には縁のないホテルである事は確かです。
 
左が駅舎ホテル「天空」、右が同じく「高野」の部屋の写真。
 
幾らエコでピースだと言っても、結局は金持ちの浪費のおこぼれにあやかろうとするだけ。そんな姿勢で、本当に貧困撲滅や格差是正、環境保護が達成出来ると思うのでしょうか?先の東京オリンピックでも、環境保護を謳いながら、実際は巨大スポーツ施設の造成で、自然を破壊しているではないかと、痛烈に批判されました。単なる「金持ちの道楽」で終わらせずに、もっと誰でも実践できる形のSDG’sにしなければならないと感じました。そして、もう16時半を回っていたので、九度山駅まで下るのは諦め、高野山駅から電車に乗って帰りました。
 
当時の森林鉄道は、この高野線のガードや高野下の駅舎の下をくぐり、さらに九度山の貯木場まで続いていた。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする