アフガン・イラク・北朝鮮と日本

戦争も人権抑圧もNO!万国のプレカリアート団結せよ!

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 アフガン・イラク戦争も金正日もNO!!搾取・抑圧のない世界を目指して、万国のプレカリアート団結せよ!

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転載:オスプレイ反対 東京で4000人抗議(沖縄タイムス)

2013年01月31日 22時16分36秒 | 沖縄の犠牲の上に胡坐をかくな
※本土のメディアが殆ど報道しなかった事もあって、私自身もこんなニュースがある事になかなか気が付きませんでした。記録の意味も兼ねて、沖縄タイムスの下記の記事をこちらにも転載しておきます。


オスプレイ反対 東京で4000人抗議(沖縄タイムス 2013年1月28日 10時00分)

 「オスプレイ配備に反対する沖縄県民大会」実行委員会の「NO OSPREY東京集会」が27日、県内外から4千人(主催者発表)が参加して東京の日比谷野外音楽堂で行われ、オスプレイの配備撤回と米軍普天間飛行場の閉鎖・返還、県内移設断念を県内外で連帯して求めていく決意を確認した。集会後は銀座を約2キロに渡ってパレードし「われわれの決意を全国の心ある皆さんに届けていこう」(実行委共同代表・照屋義実県商工会連合会会長)と国民的議論の必要性を訴えた。集会とパレードには、代理を含む38市町村長、41市町村議会議長、29県議が参加。実行委団体などを含めると計130人超で、復帰後最大の上京行動となった。

 集会あいさつで、共同代表の翁長雄志市長会会長は「沖縄県民は基地で飯を食っているわけではない。米軍基地は経済発展の最大の阻害要因だ」と指摘。復帰前から変わらない沖縄の過重な基地負担について軽減を強く求め「県民意識は大きく変わった。日本もどうか変わっていただきたい」と訴えた。

 負担軽減を求める声は相次ぎ、町村会の城間俊安会長は「日本国民で沖縄県民の痛みを分かち合ってもらいたい」、町村議会議長会の中村勝会長は「日本の安全は日本全体で考えるという気持ちを、日本の皆さんにも持っていただきたい」と述べた。

 復帰前に本土へ渡った東京沖縄県人会の渡久山長輝会長は「沖縄出身というだけで受けたいわれなき差別が、いまだに続くというのはどういうことでしょうか」と問い掛けた。

 集会には、公務などのため欠席した宜野湾市長、竹富町長、与那国町長を除く38市町村長(代理含む)のほか、41市町村議会議長(同)が参加。県関係国会議員は、党務などがあった西銘恒三郎氏、島尻安伊子氏、宮崎政久氏(いずれも自民)を除く超党派の7氏が列席した。

 実行委員会は、オスプレイ配備撤回などを盛り込んだ「建白書」を集会で紹介。「平成の沖縄一揆(いっき)」(玉城義和事務局長)と位置づけて41市町村長らは28日、官房長官、防衛相、外相、米国大使館安全保障課長、沖縄担当相に手渡す。安倍晋三首相にも引き続き面会を求める。

建白書(全文)

 内閣総理大臣 安倍晋三殿 2013年1月28日

 われわれは、2012年9月9日、日米両政府による垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの強行配備に対し、怒りを込めて抗議し、その撤回を求めるため、10万余の県民が結集して「オスプレイ配備に反対する沖縄県民大会」を開催した。

 にもかかわらず、日米両政府は、沖縄県民の総意を踏みにじり、県民大会からわずかひと月もたたない10月1日、オスプレイを強行配備した。

 沖縄は、米軍基地の存在ゆえに幾多の基地被害をこうむり、1972年の復帰後だけでも、米軍人等の刑法犯罪件数が6千件近くに上る。

 沖縄県民は、米軍による事件・事故、騒音被害が後を絶たない状況であることを機会あるごとに申し上げ、政府も熟知しているはずである。

 とくに米軍普天間飛行場は市街地の真ん中に居座り続け、県民の生命・財産を脅かしている世界一危険な飛行場であり、日米両政府もそのことを認識しているはずである。

 このような危険な飛行場に、開発段階から事故を繰り返し、多数にのぼる死者をだしている危険なオスプレイを配備することは、沖縄県民に対する「差別」以外なにものでもない。現に米本国やハワイにおいては、騒音に対する住民への考慮などにより訓練が中止されている。

 沖縄ではすでに、配備された10月から11月の2カ月間の県・市町村による監視において300件超の安全確保違反が目視されている。日米合意は早くも破綻していると言わざるを得ない。

 その上、普天間基地に今年7月までに米軍計画による残り12機の配備を行い、さらには2014年から2016年にかけて米空軍嘉手納基地に特殊作戦用離着陸輸送機CV22オスプレイの配備が明らかになった。言語道断である。

 オスプレイが沖縄に配備された昨年は、いみじくも祖国日本に復帰して40年目という節目の年であった。古来琉球から息づく歴史、文化を継承しつつも、また私たちは日本の一員としてこの国の発展を共に願ってもきた。

 この復帰40年目の沖縄で、米軍はいまだ占領地でもあるかのごとく傍若無人に振る舞っている。国民主権国家日本のあり方が問われている。

 安倍晋三内閣総理大臣殿。

 沖縄の実情をいま一度見つめていただきたい。沖縄県民総意の米軍基地からの「負担軽減」を実行していただきたい。

 以下、オスプレイ配備に反対する沖縄県民大会実行委員会、沖縄県議会、沖縄県市町村関係4団体、市町村、市町村議会の連名において建白書を提出致します。

 1.オスプレイの配備を直ちに撤回すること。および今年7月までに配備されるとしている12機の配備を中止すること。また嘉手納基地への特殊作戦用垂直離着陸輸送機CV22オスプレイの配備計画を直ちに撤回すること。

 2.米軍普天間基地を閉鎖・撤去し、県内移設を断念すること。

 http://article.okinawatimes.co.jp/article/2013-01-28_44546

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不当逮捕の真実と警察発表受け売り記事の好対照

2013年01月28日 22時15分27秒 | 福島の犠牲の上に胡坐をかくな
学生のみなさんへ(モジモジ先生の抗議文。みたいな。)

2013年1月25日
阪南大学経済学部准教授 下地 真樹

■はじめに

 昨年12月9日に逮捕され、20日間拘留の末に12月28日に釈放されました下地です。

 皆さんへの報告が遅くなりましたこと、たいへん申し訳ありません。報告が遅くなった理由はいくつかあるのですが、一つの大きな理由は、「この出来事をどう説明したら、皆さんに理解してもらえるか」ということです。おそらく、このメールを読むほとんどの皆さんの生活実感からすると、「そんなことが本当に日本で起こるの?」というびっくりするような話です。だから、なかなか信じてもらえないかもしれません。あるいは、その意味するところが、どうにもピンとこないかもしれません。

 しかし、結局のところ、私は私が信じているとおりのことを正直に書くしかありません。私がここに書くことは、紛れもなく私の身に起きた出来事です。信じられない、疑問があるという人は、どうぞ私に個人的に質問してもらっても構いません。

 それでは、書き出すことにします。

■私が逮捕された理由

 昨年の12月9日の朝、私は自宅で逮捕されました。ドアのベルが鳴り、妻が外を覗くと、そこに7人の警察官がいました。すぐにドアを開けると、そのうちの一人が逮捕状を取り出し、仰々しく読み上げました。なんでも、10月17日にJR大阪駅前で街頭アピールをしたことが「不退去」「威力業務妨害」という罪になるんだそうです。

 身に覚えのないことであったし、起きたばかりで寝ぼけていたので、逮捕状を手にとって確認させるよう要求しました(皆さんも覚えておいてください。逮捕状を手にとって直接確認することは正当な権利です。警察官は絶対教えてくれませんが)。逮捕状には「被疑事実」、つまり犯罪とされた事実がどういうものか書かれているのですが、これを読んだ瞬間、思わず笑ってしまいました。なぜ笑ってしまったかというと、そこにはまったくの嘘が書かれていたからです。

 なぜ大阪府警が嘘をついてまで私を逮捕しようとするのか。皆さんは不思議に思うかもしれません。その理由の少なくとも一つはこうです、私は大阪府警の警察官が市民の路上活動(街頭でマイクで話したり、歌を歌ったり、ビラを配ったりすること)に対して違法な介入をすることに抗議し、やめさせてきました。デモの現場で嘘の口実を作ってデモの参加者を違法に逮捕したことにも強く抗議してきました。つまり、私は違法行為を行う悪い警察官たちにとっては不都合な人物なのです。ですから、こうして逮捕される可能性もあるかなあと思っていました。

 たったそれだけのことで、警察が嘘をついて一般市民を逮捕するものなのか。これについても皆さんはすぐには信じられないかもしれません。しかし、私が逮捕されたということは、まさに、そういうことなのです。私自身が10月17日に何をしていたのかについては、少なくとも逮捕状に書かれたことが大嘘であると即座にわかる程度には覚えています。ですから、少なくとも私にとっては、警察は嘘ついてでも不都合な人間は逮捕する、このことはハッキリ証明されたわけです。

 もう一つ、ついでに申し上げておきます。私は「震災がれきの広域処理」に反対する市民運動に関わってきました。この政策は「被災地の復興のために必要だから」ということで強引に進められていますが、実際には、被災地支援を口実にした無駄遣いであり、一部の人々の金儲けのために行われているだけの酷い政策である、私はそう主張してきました。政府が進めたいと考えている政策を批判する人物として、政府にとって不都合な人間であるとみなされた、もしかするそういう事情もあったのかもしれません。もし、本当にこうしたことが関係しているとするならば、この国の政府は、市民に対してまっとうな説明をすることを放棄し、警察を使って暴力を使ってでも黙らせればよい、そう考えていることになります。これは大変に怖いことです。

■警察は堂々と嘘をつき、それで通用してきた

 警察がついた嘘について、要点だけを整理しておきます。警察は、私が「駅員の再三にわたる制止を無視して、駅の敷地内で集会を行い、駅の構内で隊列を作って無届けデモを行った」かのように言っています。しかし、実際には、私は駅の敷地の外でマイクを持って話しただけですし、その際、駅員から制止されたという事実もありません。そもそも、駅の敷地外の公道で話しているだけの私の行動を制止する権限など駅員にはありません。また、その後の移動に際しても、私はトートバッグを肩からかけて駅の中を歩いて通過しただけであり、隊列どころか、ほぼ一人で歩いていただけです。ここでも駅員から何かを強く制止されたなどということはありません。

 こんなことは、大阪駅のあちこちにある監視カメラの映像を見れば簡単に確認できることです。にもかかわらず、「駅の構内の動画には映っていない」と嘘をつき、動画を出さずにすませているわけです。ですから、今回の逮捕は「なにかのまちがい」ですらなく、ハッキリと悪意を持ってつかれた嘘である。これが私にとっての真実であり、かつ、大阪府警が「それは違う」と言うなら、実際に駅の動画を出せばいいだけの話です。しかし、今のところ、彼らはそれを隠したままです。

 これは「特別公務員職権濫用罪」というれっきとした犯罪です。ここまでの私の話を読んで少しは信じるつもりになってくれた人は、逆に「それにしても、よくもそんなデタラメを言うものだ、すぐにバレるんじゃないか」と思ったかもしれません。しかし、残念ながら、これほどの見え透いた嘘でも、そう簡単にはばれません。より正確に言えば、ばれても大した問題になりません。なぜなら、世の中のほとんどの人はそんな酷いことが起きているなどとは知らないからです。

 人々の関心の薄い目立たないところでは、警察がどれほど見え透いた嘘をついても、警察は嘘の証拠を作ることもできますし、また、都合の悪い証拠を隠すこともできます。すると、こうした警察の主張は、少なくともある程度の真実らしさを印象付けることができます。検察官は、そうした警察の意向を最大限に擁護しますし、裁判所もまた、有罪判決を下すのにほとんどためらいを持ちません。

 ですから、彼らは絶対の自信をもって、堂々と、100%の嘘をついて私を逮捕したのです。普段なら、それで通用してきたからです。たまたま今回は、警察にとって予想外のことが幾つか重なり、そうならなかったというだけのことです。

■警察の嘘が通用してしまう背景

 どうしてこんなおかしなことがまかりとおるのでしょうか。検察官にとって、自分が担当した公判で無罪判決が出ることは、敗北と受け止められることなのだそうです。そして、こうした検察文化を背景に、裁判官も無罪判決を書くことを躊躇します。それは検察官のメンツを潰すことになるからです。

 実際、私が逮捕された後、その後も勾留を続けるかどうかを決める際に、私の面接をした裁判官は勾留請求を却下しました。つまり、12月10日には、一度「下地を釈放せよ」との決定を下したのです。勾留却下を決定したのは、私の逮捕を許可したのと同じ裁判官でした。警察の言い分だけで身柄の拘束を許可した裁判官は、私の言い分を聞いた上で、拘束の必要なしと判断を変えたのです。

 その後、この決定を不服とした検察官が準抗告(裁判所の決定に不服であるとの申し立てのこと)を行い、この決定は覆され、私は勾留されることになりました。決定をしたのは、私の話は一秒も聞いていない別の裁判官です。後に開かれた勾留理由開示公判でこの裁判官の言い分を聞きましたが、警察の言い分はまったく疑わずに鵜呑みにしたというだけのものでした。要するに逮捕状まで取って逮捕した警察と検察のメンツを立てただけなのです。

 本来大事なことは、その人が本当に悪いことをしたかどうかのはずであり、そうであるならば、本当に悪いことをしていない人が無罪になるのは、むしろ喜ばしいことのはずでしょう。「無罪=敗北」と捉える検察文化は、どこか狂ったものであると言わざるを得ません。さらに、そうした検察のメンツを立てようとする裁判官のふるまいによって、逮捕・勾留という重大な人権の制約がいとも簡単に許可されてしまう。有罪判決がでてしまう。統計によれば、検察から裁判所に逮捕や勾留の請求がなされると、99.9%が許可されてしまうのだそうです。さらに、一旦起訴されてしまうと、裁判の結果で有罪になる確率も99.9%なのだそうです。こんな異常な国は日本以外にありません。

 ですから、大阪府警は、私のことを簡単に逮捕できるし、起訴もできるし、有罪にもできる。そう考えたのだろうと思います。

■警察の嘘に対抗する力

 何とも恐ろしい暗黒裁判ですが、こんな酷い状況に対抗しうる方法が一つだけあります。それは、多くの市民の関心をこのような刑事司法の酷い現状に引きつけることです。今回の私の逮捕に対しては、これまで一緒に活動してきた仲間だけでなく、これまで会ったこともない人間までもが「こんなメチャクチャなことが許されたら大変なことになる」と抗議の声をあげてくれました。70人の憲法学者たちの声明、東京で首相官邸前のデモを見守っている弁護士の方々の声明、大学人を中心とした100人あまりの方々の呼びかけによる10000人近い署名などなど、世界的に著名な反核活動家であるヘレン・カルディコット氏やドイツ放射線防護協会のプフルークバイル博士など、海外の著名人からも声明が届きました。

 市民の関心が集まっている時、国家権力と言えどもあまりに無茶なことはしにくくなります。国家権力とは、多くの人々がその行使を「正当である」と認めているかぎりにおいて成り立つ力です。ゆえに、あまりに無法不当なことをしていると、人々の信任を失い、人々が国家権力のいうことに従わなくなってしまいます。ですから、国家が悪事を働くときには「出来るだけ人に知られないように」行うものなのです。今回のように人々の関心が集まってしまった場合は、これ以上無茶を続けると批判に耐えられないと考えるならば、それ以上の無茶はできなくなる。そういう綱引きのようなバランスがあるのです。

その結果、とりあえずのところ、今回は私を起訴することはできませんでした。元々が大嘘をついての逮捕であり、つまりは警察はそこまでして私の行動を止めたいと考えたのであるから、中身がデタラメでも100%起訴はするだろうと私は考えていました。それがされなかったというのは、それだけ人々の批判が大きくなったことを無視できなくなった結果だと思います。とてもラッキーでした。

 もう一つ重要なことに注意を喚起しておきたいと思います。今回の私の逮捕については、事実関係がはっきりしない段階で、つまり、警察発表が事実かどうかがはっきりしない段階で多くの人が抗議し始めたということです。これは言い換えれば、「事実が警察発表の通りだったとしても逮捕・勾留は不当だ」と考えた人々がそれだけいたということです。私もそう思います。警察・検察は、どの事件を捜査するのか、どの事件を起訴するのかについて、絶対的な権限を有しています。社会の安全を破壊する本当に重大な事件を放置して、警察を批判したり政府の政策に反対する市民を狙って職権を行使するのであれば、それこそが社会の安全を破壊する行為でしょう。その上、私は警察発表程度のことすら実際にはしていなかったのですから、今回の警察と検察のしでかしたことには、一欠片の正しさも含まれていないとしか言いようがありません。

■不正がまかり通ることは逮捕されることより恐ろしい

 それにしても国家権力というものは恐ろしいものです。嘘だらけでも、簡単に逮捕して20日間も閉じ込めてしまうことができるのですから。そして逮捕されれば、メディアは警察発表をそのまま垂れ流し、世の中の多くの人は「ここまで書かれるからには、きっとなにか逮捕されるようなことをしたのだろう」と簡単に信じます。逆に、不当に逮捕された人の言い分が報道されることは滅多にありません。

 20日も勾留されいつ釈放されるかもわからないとなれば、囚われている間に仕事や住居を失うことにすらなりかねません。逮捕されるだけでも、大抵の人にはとてつもない社会的なダメージを負わされるのです。加えて、起訴されれば、大学の規定上は私は休職扱いになり、講義の担当もできません。有罪判決を受ければ、やはり規定上は懲戒免職になることになっています。こうして、実際に何をしたかに関係なく、警察の恣意的な職権の行使によって、ひとりの人間の人生を破壊することすらできるわけです。

 これほど強大な権力の行使を任されているからには、その力の大きさに見あった理性や知性が求められるはずです。誤って行使すれば大変な人権侵害を引き起こしてしまうことを恐れ、過ちに気づいたならば、すぐさま身を正すべきでしょう。しかし、警察という組織は、自分たちの不正行為を反省して改めるよりも、その不正に抗議する市民の人生を破壊してでも邪魔者を消す、そういう選択肢の方を選んだ、ということなのです。これはとても残念なことであり、また、とても怖いことです。

 しかし、だからこそ、警察であれ、他の誰であれ、その行うことがおかしいと思うならば「おかしい」と言うべきだし、また、そういうことが言える世の中でなければならないと思います。私はむしろ、このようなひどい状況であっても誰も文句も言わず、このまま事態が悪化して行くことの方が怖いと思います。そうでないと、状況はどんどん悪くなる。「そんなまさか」と思うかもしれません。しかし、近年日本で起きている政治活動に対する過度の介入は、年々エスカレートしています。今回は運良く20日間の勾留で済みましたが、このまま行けば、「そんなまさか」と言っている間に、同じようなことで20年も刑務所に入れられてしまうような、そんな世の中になってしまうかもしれません。

■これからのこと

 昨年暮れの12月28日、私は釈放されました。直前まできっと起訴されるだろうと思っていたので少し拍子抜けしましたが、ともかく起訴されず、釈放となりました。しかし、完全に不起訴が決まったわけではなく、正式には「処分保留」となっています。処分保留とは、「当面起訴しないが、後からするかもしれないよ」ということです。元々がデタラメなのですから、処分保留などと中途半端なことをせず、「早く不起訴を決定せよ」と求めていくことが必要です。

 また、私は起訴されていませんが、私と同じ案件で逮捕された三人のうちの一人だけは、起訴されてしまいました。逮捕状まで取って仰々しく逮捕したのに、全員不起訴にするわけにはいかない、そういうくだらないメンツのために起訴したのだとしか考えられません。この一人の方についても、公訴取り下げないし裁判での無罪を勝ち取るために協力していくつもりです。

 刑事司法のデタラメをやめさせるために、どうしたらいいのか。ここまでで散々述べてきたように、警察も検察も信用できません。さらに酷いことに、裁判所も当てにならないわけです。人々の関心が高まり、「下手な決定を下せば裁判所が批判されるぞ」という状況になれば、道が開ける可能性があります。私は考える力とそれを言葉にする力だけを使って、この歪んだしくみと闘いたいと考えています。

■学生のみなさんへ

 学生のみなさんの中には、将来警察官になりたいと考えて日々努力している学生さんもいるかもしれません。そういう方は、この文章を読んで大きなショックをうけたかもしれません。私が実際に教えた学生の中にも、大阪府警に採用されて働いている人がいます。このような形で警察を批判せねばならないことは、私にとってもとても悲しいことです。

 しかし、一方で、将来のある若者たちが、このような卑劣で不当な仕事に加担させられていくことを知って、そのことを黙っているわけにはいかないとも思います。なぜなら、このような卑劣で不当な仕事に加担させられていくこと自体が、その人にとっての不幸だからです。

 自らの仕事の意味を直視するならば、そこには加害者としての苦しみがあるでしょう。その苦しみを避けるために考えることをやめる、たとえば「これが自分の仕事だから仕方ない」と開き直って生きていくならば、そのような人生は、誰に対しても恥じることはないという確信、自分の存在に対する絶対的な自信、そのような気持ちで生きるという幸せを永遠に失うことになるからです。

 さて、最後に、私から学生のみなさんへのお願いがあります。それは、私がここに書いた話を、できるだけ多くの人に伝えて欲しいということです。このブログのアドレスを知らせるのでもいいし、この文章を印刷して渡すのでもいいし、あなたの言葉で語りなおすのでもかまいません。世の中はほっておいてもうまくいくものではありません。一人ひとりの無関心の影で、とてつもなく卑劣で酷いことが行われているのが世の中です。

 逆に言えば、一人ひとりが関心を寄せる、ただそのことだけで良くなることがいくらでもあります。関心を寄せ、知ったことを次の誰かに伝える。そのために少しだけ力を貸していただけたらとてもありがたいと思っています。

 ここまで長々と読んでくれて、ありがとう。また発信します。

 http://mojimojiinjail.tumblr.com/post/41398465265


「がれき反対」無許可デモで大阪駅業務妨害 阪南大准教授ら逮捕(産経新聞)
 2012.12.9 17:03 [westナビ]

 東日本大震災で発生したがれきの受け入れに抗議するデモ行進をJR大阪駅構内で無断で行い、駅側の警告に応じなかったとして、大阪府警警備部などは9日、威力業務妨害と不退去の容疑で、阪南大准教授の下地真樹容疑者(40)=大阪市西区新町=ら2人を逮捕した。下地容疑者は黙秘しているという。
 府警によると、下地容疑者らはハンドマイクを手に演説をしながら約40人の参加者を先導。構内を約250メートルにわたり行進した。
 逮捕容疑は10月17日午後2時40分ごろから約1時間半にわたり、JR大阪駅(大阪市北区)で「がれき反対」とシュプレヒコールを上げながら練り歩いたり、ビラを配布したりして駅側の業務を妨害したとしている。

 http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/121209/waf12120917040015-n1.htm

※三面記事扱いの「できごと」欄に、府警の言い分だけを聞いて記事を書く。これじゃあ、とても「社会の木鐸」とは言えません。大阪府警の発表をそのまま聞いているのと何ら変わりなし。そんな記事しか書けない新聞に、わざわざ購読料払ってまで読む必要ありません。新聞としての存在価値なし。
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憲法を我々の手に取戻し、世界にも広げていこう

2013年01月27日 22時49分14秒 | 貧乏人搾取の上に胡坐をかくな
 本当は求職中なのでその近況をブログに書くつもりでしたが、昨夜たまたま目にした産経記事の内容が余りにもトンデモなので、先にこの話題について書く事にします。
 「国賊か!?「赤旗」で”日本叩き”に加勢した自民党元重鎮」というのがその記事で、「高木桂一の「ここだけ」の話」というシリーズの形でまとめられています。多分何人か記者が持ち回りで記事を書いているのでしょう、その中の高木さんによる執筆記事だそうです。

―安倍晋三首相が旧日本軍による慰安婦募集の強制性を認めた「河野洋平官房長官談話」(平成5年)の見直しを表明した事に対し、自民党の加藤紘一元幹事長が20日付の共産党機関紙「しんぶん赤旗」日曜版紙上で批判した。自民党の元重鎮が他党の機関紙にわざわざ登場して”身内”を攻撃するとは、寡聞にして知らない。慰安婦問題をめぐって米紙ニューヨーク・タイムズはじめ海外メディアが「日本叩き」を強める中、加藤氏が加勢した格好だ。(以上、記事冒頭部から引用)・・・というのがこの記事の内容です。

 戦時中の慰安婦募集が強制によるものか否か、私は強制だと思っていますが、ここでは敢えてその事には触れません。そこまで触れてしまうと、逆にここで私が言いたい事がぼやけてしまいますので。私がこの記事の姿勢について見過ごせないと思ったのは、その内容も然る事ながら、それ以上に、「国賊」だの「反日」だの「非国民」だのと、いとも簡単に言ってのける産経の独善的・排他的体質です。

 そもそも、元自民党の加藤紘一だろうが、共産党の「しんぶん赤旗」だろうが、誰がどこで何を言おうが全く個人の自由だろうが!

 それを勝手に、自分たちだけが正義で、その自分たちに反対する奴は「国家の敵」で「北朝鮮や中国の手先」みたいなノリで、簡単に言ってのける事の出来る感覚が、まず以て理解出来ません。
 産経も言論機関なら、戦前の言論機関が、「国賊」だの「非国民」などと呼ばれて弾圧に屈してしまった為に、軍部の暴走に何も言えなくなった挙句に、無謀な戦争で多くの国民を死地に追いやってしまった歴史は当然知っている筈。知っていたらこんな物言いなぞ絶対に出来ない筈。それをいとも簡単に言ってのける。その一事だけでも、産経が「社会の木鐸」「権力のチェック機能」という言論機関本来の在り方とはかけ離れた、単なる「権力の太鼓持ち」にしか過ぎない事がよく分かります。
 これでは北朝鮮や中国の言論機関と一体どこが違うのか。その政府統制に反対してストまでした中国「南方週末」の記者の方が、よっぽど言論人としての自覚があります。そんな自覚も重大性の認識もなく、「ここだけの話」とふざけた感じで、よくも書けたものです。まるでガキとしか言いようがない。

 産経はその他にも、旧社会保険庁職員が休日に個人の意思で「赤旗」号外を配布した事についても、「公務員には思想信条の自由なぞ全くないのだ」みたいな記事を書いていましたが、アホかと思いますね。こんな事を書いてしまったが最後、【プレカリアートの「ここだけの話」:もはや戦前か!?「産経」で”赤狩り”に狂奔するネトウヨ記者】wと逆手に取られて、自分たちが政府から弾圧されても何も文句が言えなくなってしまうのに。そんな事も分からない産経こそ、逆に「日本の内部崩壊を企む北朝鮮の手先」じゃないかと思ってしまいます。

 しかも、河野談話に関する加藤紘一コメントの西暦記述まで、産経の方で勝手に昭和・平成×年とかの和暦に書き換えて。日常生活で使う時には西暦の方がはるかに便利なのに。和暦だと、履歴書を書く時など昭和と平成にまたがる場合に、いちいち計算し直さなければならないでしょう。まさか、西暦しか使わない奴は「国賊」「非国民」と思っているのでしょうかね、産経は。思っていなければ、わざわざ書き換えたりしませんよね。そんな事にまでいちいち干渉してくるなよ。そのくせ、自分たちだけは記事配信日時を「2013.1.26 18:00」と西暦にして。産経は、自分を一体何様だと思っているのか。

 それ以上に問題なのは、これが単に慰安婦問題だけには止まらない事です。だって産経の以上の理屈からすれば、反政府や反体制の傾向を持つ者は無条件に「国賊」「非国民」で「悪」なのですから。「原発」「オスプレイ配備」「TPP」「消費税値上げ」反対も、「時給上げろ」とか「朝礼・体操時間にもちゃんと給料払え」とかいうのも、全て「悪」。とにかく国民が何か要求したり権利を主張する事自体が気に入らないかのようで。
 いいや、「時給上げろ」や「原発反対」は良いが「河野談話見直し反対」だけはダメだと、産経は誤魔化すかも知れませんが、そんなもの誰が信用するか!だって「国賊」かどうかを決めるのは、自分たち産経や自分たちが愛してやまない自民党だけなのですから。いつ何時「国賊」にされるか堪ったものではない。こんなナチスばりの物言いを容認しておいて、何が「思想統制に繋がる人権擁護法案反対」か。笑わせるな。

 こんな産経のトンデモ記事に腹を立てながら、その一方では、「何でこんなナチスばりの物言いが大手を振ってまかり通る世の中になってしまったのか?」という事も、同時に考えなければならないと思います。その原因は色々あるでしょうが、私が一番思うのが次の事。ここからは少し大きなスケールで話を進めていくので、分かりやすくする為に敢えて単純化して説明します。

 なるほど今の憲法には、国民主権・基本的人権尊重・平和主義とか、色々良い事が書いてあります。でも、自民党の人たちは、昔も今もそれを守る気は殆どありません。守ると言っているのは口先だけです。でも戦後70年代中頃までは、好景気を背景に労働組合が一定の力を持ち、反戦運動・学生運動・ウーマンリブの運動なども割と強かったので、自民党も余り無茶な事は出来なかった。でも、やがて世の中が不景気になり、ソ連も崩壊して労働組合の力が弱くなると、自民党はそれまでなら考えられないような、憲法破りも平気でするようになった。
 他方で外国の方も、たとえば今まで自民党政治とは対極の「労働者の国」と思われていたソ連・中国・北朝鮮なども、実際は強制収容所や少数民族抑圧、言論弾圧、拉致問題などを抱えたトンデモな国である事が、次第に明らかになった。
 その中で、本当は自民党などが憲法に反する政治を行い、競争を煽って経済格差を広げた結果、世の中に拝金主義や虐めや自殺などが広まったのに、それを「権利主張ばかりする我儘な個人」のせいにし、産経がそんな言説を率先して広めた為に、それを真に受けてまるで「権利主張やそれを奨励する憲法が全て悪い」みたいな言説が広まってしまった。だから「反体制=全て悪=国賊」と言うような、先の産経記事が大手を振ってまかり通るようになってしまったのです。

 しかし、そんな事で問題が解決する筈がない。「サービス残業反対」すら言えない社会になってしまう。ソ連などがトンデモなのは分かったが、では何故それがトンデモだったかと言えば、ソ連などの憲法にも、例えば「人民が国の主人公」「労働者の権利を守る」とか「世界の労働者よ団結せよ」みたいな「色々良い事」が書かれていても、国の指導者にその気がない為に、「権利を守る」と言いながら人権を踏みにじったり、「団結せよ」と言いながら平気で侵略や拉致をするようになってしまったのでしょう。何の事はない、思想こそ右・左と正反対だが、憲法の理想を踏みにじっているという点では、日本の自民党と全く同じじゃん
 だったら、それを根本から変えようと思うなら、「ソ連や中国から日本を守る」「その為には自民党がどんな無茶をしようとそれに従わなければならない」「日本だけ、自分の会社だけ儲かればそれで好し」なんて腐った考えではなく、ソ連・中国の労働者・国民とも連帯しながら、ソ連も中国も日本もアメリカも変えていかなければならないのと違いますか?

 日本国憲法が本来目指していたのも、本当はそんな国であり国民であったのです。下記の憲法前文にも、その事がちゃんと書いてあります。その通りの政治が行われていれば、「我儘な個人」なんて本来生まれる筈がなかったのに。

―われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは、全世界の国民が、ひとしく欠乏と恐怖から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する事を確認する
―われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、(注:基本的人権尊重などの)政治道徳の原則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。(以上、現代的かな使いに訂正の上、一部注釈を補足)

 それが実際は日本でも外国でも、それが余りにも蔑にされてきた為に、派遣切りや過労死や虐めや自殺や、格差拡大や銃乱射事件や拉致事件も起こったのです。それを糺そうと思えば、「国の言いなり」でも「自分さえ、日本さえ良ければ」でもなく、「世界全体の幸福を目指す中で、日本の、自分の会社の、自分たちの幸福実現を図る」しかない。その為には、我々もただ「憲法を守れ」だけでなく、「憲法を我々の手に取戻し、世界にも広げていこう」と言わなければならないのではないでしょうか。
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原発植民地主義の安倍にテロ非難の資格なし

2013年01月23日 20時54分17秒 | その他の国際問題
 アルジェリアの人質テロ事件は多大な犠牲の上に終わった。アルジェリア東部イナメナスの天然ガス採掘施設を襲撃し、多数の外国人を含む労働者を人質にとって立てこもったイスラム原理主義テロリスト集団AQIM(マグレブ諸国のアルカイダ)に対し、アルジェリア政府軍が強行作戦に踏み切り、外国人・アルジェリア人労働者数百人の救出に成功した一方で、人質の犠牲も日本人含め数十人にのぼった。
 この事件で、日本の安倍首相が電話でアルジェリアのセラル首相に対し、「何故人命救出を最優先にしなかったのか」と詰ったと言うが、そもそも安倍に、今回のテロを非難する資格なぞある筈がない。

 今回テロを行ったのは、アルジェリア出身のAQIM分派指導者のモクタール・ベル・モクタール(モフタールとも発音)という人物で、事実上彼が多数の外国人からなる武装集団を率いてテロを行ったとされている。そのテロの大義名分とされたのが、フランスのマリへの軍事介入阻止だった。
 マリ・ニジェール・チャドなどの西アフリカ・サハラ砂漠周辺諸国では、昔から北部のイスラム系遊牧民と南部の黒人系農耕民の対立が続いてきた。その中で、かつてこの地域を支配したフランスは、南部の黒人系住民の一部にフランス式教育を施し、彼らを植民地支配の末端に取り込む事で(同化政策)、黒人系とイスラム系が団結して独立運動に結集するのを防いできた(分断統治)。その構図が、サハラ周辺諸国が植民地から独立して以降も、ずっと続いているのである。マリ軍事介入の発端となった同国の政情不安も、この南北対立が背景にある。
 その一方で、フランスは表向き植民地を放棄した今も、この地域を経済的に支配してきた。独立後もフランスの息のかかった指導者を陰で操ってきたのである。中にはそれを好とせず完全独立を目指した指導者もいたが、そういう指導者はクーデターなどで失脚させてきた。
 フランスはその様にして、モーリタニアの鉄鉱山やニジェールのウラン鉱山を支配してきた。フランスは今も電力の75%を原発に依存する原発大国であり、その大半をアフリカからのウラン鉱輸入に頼っている。その中でも、フランスの原発大企業アレバが支配するニジェールのウラン鉱山は、謂わば「フランスの生命線」である。フランスがマリへの軍事介入に踏み切ったのも、偏にマリの隣国ニジェールのウラン鉱山利権死守の為であって、「テロとの戦い」はそれを誤魔化す為の宣伝文句にしか過ぎない。

 一方、今回のテロの舞台となったアルジェリアは、フランスが軍事介入したマリとはサハラ砂漠を挟んだ北アフリカに位置し、フランスがアフリカで最初に植民地にした国である。この国は十年近くに及ぶ独立戦争を経て、自力でフランスから独立を勝ち取り、独立後は数十年に渡り社会主義政策を実施してきた。そういう意味では、フランスの息のかかった南部諸国ともまた違う道を歩んできたが、そんな国でもフランスからの経済的独立は容易ではなかった。当初は民衆に支持され経済自立を目指したアルジェリア歴代指導者も、長期政権の中で次第に腐敗し、東西冷戦終結以降は社会主義政策も放棄し、今や日米仏などの多国籍企業に支配される「ただの国」になり下がってしまった。
 その中で日本は、かつては同じ西側諸国の中でも、現地の人からは米仏とはまた違う目で見られていた。中国・朝鮮・台湾や東南アジアとは違い、この地では植民地支配の悪者にならずに済んだ日本は、他の欧米諸国よりも好感を持たれてきた。その甲斐あって、アルジェリアでも一時は数千人もの日本人駐在員が、油田開発などに携わる事が出来たのだ。しかし、その親日感情も、日本のイラク戦争参戦ですっかり色あせてしまった。今や日本も、この地をかつて植民地支配した英仏と、全く「同じ穴のムジナ」と見做されるようになってしまった。

 ところで、「ニジェールのウラン鉱山がフランスの生命線」だの「アルジェリアの油田・ガス田が日本の生命線」だの言っても、そんなものはフランスや日本の支配者の言い分にしか過ぎない。実際に、ニジェールのアーリット・アコカン・イムラーレンなどのウラン鉱山周辺に住む人々にとっては、ウラン開発にやって来るフランス人や、その分け前にあずかる日本人や中国人などは、放射能汚染で環境を破壊し、原発労働で自分たちを搾取し、被曝させ使い捨てにする「只の侵略者」でしかない。
 安倍自民党政権は日本国内では原発に固執して福島を見殺しにし、国外では途上国の資源を食い荒らし「核のゴミ」をまき散らかしている。アルジェリア人質事件はその当然の帰結にしか過ぎない。本当にテロを憎むのであれば、テロの根源たる経済格差や民族対立、被曝使い捨て労働や環境破壊こそ無くさなければならない。イスラムのテロや「赤い資本主義」中国のアフリカ進出も、この様な「原発植民地主義」が生み出したものである。その「原発植民地主義」の安倍が幾ら国内世論向けに反中国を煽った所で、ニジェールや福島の人々にとっては、東電やアレバ、CNNC(中国の原発企業体)と同じ「侵略者の戯言」でしかない。

(参考記事)

●マリ:フランスが軍事介入 過激派侵攻で支援要請受け(毎日新聞)
 イスラム過激派が北部を掌握している西アフリカ・マリに旧植民地宗主国のフランスが軍事介入した。周辺国に利権を持つフランスが過激派の南下を阻止し、マリが無政府化して「テロの温床」となる事態を回避する狙いだが、混迷するマリ情勢の打開につながる見通しは立っていない。(中略)
 フランスは、仏原子力大手アレバがマリの隣国ニジェールからウラン原料を輸入している。ニジェールの安全保障が脅かされた場合、電力の75%を原子力に依存するフランスの原子力政策に影響が出かねない。11年には旧植民地のコートジボワール内戦に介入しており、旧植民地宗主国としてアフリカでの影響力を保持したい思惑もある。フランスと関係が深いアフリカ諸国に政情悪化が広がらないようオランド政権としても手を打つ必要があった。
 http://mainichi.jp/select/news/20130112k0000e030167000c.html

●アレバ社によるニジェールのウラン採掘の真実(blog「気まぐれです。」)
 ドイツのシュピーゲル紙に載っていた記事です(2010年)。(中略)
 ニジェールのウラン採掘-フランスの原子力企業に立ち向かうトゥアレグ族の活動家-(中略)
 ニジェール産のウランは、過去40年間に渡ってヨーロッパのエネルギー供給の燃料となってきた。だがニジェールの場合、サウジアラビアとは違ってその代償にほとんど利益を得ていない。それどころか苦難を背負わされてきた。アフリカのサヘル地域にあるニジェールは、世界でもっとも発展していない国のひとつだ。子どもの4人に1人は5歳になる前に死んでいく。(中略)
 アーリットの町の北西の端から、鉱山の廃棄物3500万トンで出来た巨大な丘が見える。ウランが抽出されたあととはいえ、そこにはまだラジウムやトリウムのような物質から出てくる放射能が85%残っている。これらの物質の半減期は数千年である。廃棄物はそこに覆われもせずに放置され、砂漠の風にさらされている。住民たちは、廃棄物処分場と町の間でトマトやレタスを育てている。(中略)
 人々は(放射能に汚染された)再生品で家を建てた。(トゥアレグ族の反原発活動家)アルハセンが指差したのは、樽のフタや底で作られた壁、防水シートでできた屋根だった。「これは工場のだよ」。
 そこでは約2200人の人々が働いている。工場の労働者たちは、大きな岩のかけらを粉砕し、挽いて粉にする。そして大量の水と酸を使ってウランをこし出す。最終的にできるのは、イエローケーキという名で知られる黄色い物質だ。イエローケーキは樽に詰められて、(何の防護措置もないまま)コンボイで2500km離れたベニンへ輸送される。それからマルセイユ行きの船に積まれる。(中略)
 Rakia Agoumaは未亡人だ。彼女の夫は2003年9月23日に亡くなった。彼は31年間、ウラン鉱山の岩を積んだトラックの運転手をしてきた。死ぬ3年前、胸と背中に重い痛みを覚えたが、気丈にやっていこうとしていた。Rakiaはいつも、彼のそんなところが好きだった。
アレバの病院で死んだとき、マラリアといわれたという。「医師たちは本当のことを言わないの」と彼女は言う。「やつら嘘つきよ」(中略)
 昨年(2009年)11月にグリーンピースの活動家たちが来て、9日間滞在していった。至る所で高い放射線量が計測された。アコカンの鉱山付近で採取された砂のサンプルは、ふつうの砂の100倍放射能を帯びていた。アコカンの街頭では、通常の500倍以上の放射能のレベルだった。過去、鉱山から出る放射性廃棄物は道路や建物の建築材料として使われた。グリーンピースチームが採取した5つの水のサンプルのうち4つはWHOが定めるウランの限度量を超過していた。しかしアレバ社は、住民が毎年被曝する放射線量は胸のエックス線と同じぐらいというのだ。(中略)
 「ウランは俺たちのものだ!アレバの慈善事業は汚染だ。その一部は永遠にここに残るんだ。」「アレバはここで犯罪をやっている。その結果、水も木も植物も、消えてしまう。命あるものがないのだ。目的は?あなたたちのエネルギーのためだ。」
 ウランはしかも、北部のトゥアレグ部族と南部の政府との紛争を悪化させている。最後の反乱が終わったのはたった数か月前である。(中略)
 アルハセンは(訪問国ドイツ・ゴアレーベン)近郊のDannenbergの街でスピーチをした。 「ただ原発や廃棄物処理工場と闘ってもだめだ。木を倒したいなら、根をやらないといけない」。
 http://bilininfojp.blogspot.jp/2011/04/blog-post.html

Left in the Dust - uranium mining in Niger
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橋下・義家一派による桜宮高校生自殺事件の政治利用を許すな

2013年01月18日 23時09分06秒 | 反ハシズム・弱い者虐め
 大阪市長の「弱い者虐めの本家」橋下徹と言い、安倍内閣の元ヤンキー右翼変節漢・義家弘介と言い、どうしようもない連中だ。今まで散々、憲法の平和主義や人権尊重の精神を踏みにじり、競争・勝敗至上主義で「勝ち組」だけに顔を向けた教育や政治を行っておきながら、その結果起こった虐め・自殺や体罰に対しても、反省する所か憲法改悪や更なる悪政推進の口実にする厚顔無恥。
 「政治には独裁が必要」と「体罰」の手法で政治を行い、公務員バッシング等で率先して「虐め」を扇動してきておきながら、いざ学校内で虐めが起きれば、自分たちの過去の悪行には口をつぐみ、逆に生徒や保護者を悪者に。
 生活保護バッシングで虐めを煽り、ブラック企業の搾取やパワハラ・セクハラも黙認、戸塚ヨットスクールのシゴキも容認するような自らの暴力・差別体質を棚に上げて、白々しくも「体罰は暴力」なぞとよくも言えたものだ。
 こちらも求職中でも転載・呼びかけ位なら出来るので。以下、http://hogosyanet.web.fc2.com/20130118.htmlより転載・拡散希望。

桜宮高校の入試中止など、一方的な提案は問題解決になりません
さらに生徒を苦しめる言動を、中止してください
――― 痛ましい事件が起きた緊急事態だからこそ、慎重で冷静な対応が必要です ―――

2013年1月18日    .

  大阪市長  橋 下  徹  殿 

発言する保護者ネットワーク from 大阪   .


【要請事項―――― 私たちの思い】
1 市長は、桜宮高校の在校生・受験生を傷つける言動を繰り返さないでください。
2 桜宮高校の入学試験実施のための予算執行を停止しないでください。
3 体罰をなくす方法について、保護者・生徒・教育関係者から十分に意見を聴取し、その合意のもとで解決策を推進してください。


【要請の理由】

  私たちは、現役子育て世代が集まるネットワークです。 「子どもに寄り添う教育」を願って、学んだり語り合ったりしながら、情報や意見を発信しています。
  大阪市立桜宮高校で体罰を受けた生徒が自殺するという痛ましい事件が起きました。その後の橋下市長の言動には、次のとおり問題点があると考えています。生徒や保護者をさらに苦しめる言動をとらないよう、次のとおり要請します。


1 市長は、桜宮高校の在校生・受験生を傷つける言動を繰り返さないでください。

  橋下市長は、桜宮高校の全生徒・全教師が責任を負うべきであるかのような発言を繰り返しています。一例として、1月15日の記者会見では、「仲間が死んだのだから、今何をすべきか考えてもらいたい。この状況で部活をやったら、人間としてはダメだ」と発言しています。
  この発言は、体罰が横行するなかでの学校生活を余儀なくされていた在校生が、さらに罰を受けることを当然視するかのようです。また、生徒や保護者の意見を聞くこともないままに、こうした発言を繰り返しているという点にも問題があります。
  いま大切なのは、今回の件を受け止めて、在校生・教員・保護者が深く話し合う機会を設けることです。上からの「禁止」や「命令」を振りかざすのは、体罰の延長線上にある同じやり方です。これでは、体罰の温床をなくして本当の解決を実現することは難しいと思います。


2 桜宮高校の入学試験実施のための予算執行を停止しないでください。

  橋下市長は、1か月後に迫った桜宮高校の入学試験を中止すべきと発言し、その予算執行を停止すると述べています。たとえば1月17日の記者会 見では、「(桜宮高校は)子どもを迎えられる体制ではない。受験生がかわいそうといったことよりはるかに深刻な事態」、「(今春の入試は)あきらめてもらう」と述べています。
  しかし、今年の受験生にとって、自分が目標として目指してきた高校への入学試験は、一生に一度の大事な機会です。そして、このために長い期間をかけて勉強と準備を重ねてきたのです。それを直前期の今になって、受験生自身には責任がない事情に基づいて、突如として目標が失われることの喪失感や無念は重大です。
  入試を中止する権限をもたない市長が、教育関係者や学校現場の意見も聞かないままに入試の中止を強く主張して妨害しようとするのは、まさに体罰と同じく一方的かつ強圧的な手法であり、真の合意形成や問題解決とは程遠いものです。


3 体罰をなくす方法について、保護者・生徒・教育関係者から十分に意見を聴取し、その合意のもとで解決策を推進してください。

  生徒の自殺という痛ましい出来事が起きた場合に必要なことは、教師や学校に対するバッシングではなく、その背景事情を含めた十分な事実解明と再発防止策の策定です。
  今回の件についても、市長および市教委から独立した公平・中立な第三者機関による調査が必要です。その際には、2011年6月1日付の文科省通知「児童生徒の自殺が起きたときの背景調査の在り方について」に沿った内容に沿った内容(遺族への適切な説明や意見聴取、弁護士だけでなく教育・スポーツ・医学・心理など他の領域の専門家も第三者委員会に入れること等)により調査が進められるべきです。
  橋下市長は、桜宮高校とその関係者を対象にした攻撃的な言動を繰り返していますが、これは桜宮高校で生じていた問題の解決にならないばかりか、他の学校に通う生徒やその保護者の不安にこたえることにもなりません。

橋下市長は、私たち現役子育て世代の声をじっくりと聞いていただき、子どもと保護者を苦しめる言動を繰り返さないように、強く求めます。
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転載:生活保護基準引き下げに反対する署名

2013年01月18日 22時58分39秒 | 一人も自殺者の出ない世の中を
 求職活動中でも転載・呼びかけぐらいなら出来ますので。以下http://nationalminimum.xrea.jp/shomeiより


生活保護基準引き下げに反対する署名に、ご協力をお願いします。

内閣総理大臣殿 / 厚生労働大臣殿

(要請項目)

国民の生活全般に大きな影響を与え、貧困をさらに拡大させる
生活保護基準引き下げはやめてください。


●生活保護基準の引き下げは市民生活全体に大きな影響を及ぼす。

政府は来年度予算で生活保護基準(最低生活費)を引き下げようとしています。
しかし、この基準は、憲法25条の「健康で文化的な最低限度の生活」=生存権保障水準そのものを決する、極めて重要な基準です。
これが下がれば、最低賃金の引き上げ目標額が下がり、労働条件に大きな影響が及びます。

また、生活保護基準は、地方税の非課税基準、介護保険の減額基準、就学援助基準など、人々を支える多様な施策にも連動しているため、引き下げは、市民生活全体に大きな影響を与えるのです。


●現在の生活保護基準でも「健康で文化的な最低限度の生活」に十分ではない。

現在の生活保護基準でも、親戚の冠婚葬祭を諦めたり、食事の回数を減らしたり、電気代を抑えるために真夏でもエアコンをつけないなど、「健康で文化的な最低限度の生活」に十分なものとはいえません。

その上、生活保護基準を引き下げれば、生活保護を利用している人々の生活が根底から破壊され、「生きる」こと自体が脅かされることになります。


●生活保護基準の引き下げは、国の責任放棄であり、格差・貧困を拡大させる。

ナショナルミニマムである生活保護基準を引き下げることは、国の国民に対する生活保障責任を放棄し、市民社会を切り捨てることに他なりません。

財政削減目的の安易な引き下げは、さらに格差・貧困を拡大させるものであり、断じて許されません。

以上

--------------------------------------------------------------------------------

署名の方法

署名用紙をダウンロードして署名する。 →ダウンロード


〒530-0047 大阪市北区西天満3-14-16 西天満パークビル3号館7階
あかり法律事務所 弁護士小久保哲郎 まで送付してください。

ダウンロードできない場合は「お問い合わせフォーム」でご連絡下さい。郵送します。

ネット署名をする。 →下のフォーム(略)からお願いします。

※お送りいただいた連絡先は、この件についての呼びかけの際に使用させていただく場合があります。厳重に管理し、その他の目的で使用することは一切ありません。
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普通の仕事がしたい~mixiボイスの呟きから

2013年01月15日 07時15分59秒 | 職場人権レポートVol.2
  

 前回記事のコメント欄にも書きましたが、先日応募した社会福祉協議会の仕事は、履歴書送付が期日に間に合わずに不採用となりました。とりあえず今の仕事をしながら、休日にハローワークやネットで次の仕事を探す事にします。「アフガン・イラク戦争にも北朝鮮の人権抑圧にも反対する」と掲げているブログなので、本当はもっと政治的な話題も取り上げなければならないのですが、今は自分の事で手一杯で、とてもそんな心境にはなれません。かと言って、このままブログをサボり続けるのもどうかと思うので、とりあえず最近のミクシイ・ボイスの呟きから、一部をこちらにも転載しておきます。

井下の件http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/5fc92fa4905c5462b43e211ae8a096f5で所長に「顛末書」提出するも「不満なら辞めろ」と。パワハラ(そんなに大層な物じゃないが)加害者がお咎めなしで被害者が悪者に。そうやって社員同士傷口舐め合いながらアホ会社と心中すれば良い。職場の仲間も憤慨していた。(01月7日)

大阪の地下街なんばウォークの公衆トイレに写真の掲示が。貧困対策をホームレス排除に矮小化。正に「臭いモノに蓋」。これを見て「ビラ無断配布禁止」の社内掲示を思い出す。安倍・石原・橋下ジャパンの行く末を暗示。(01月09日、上記左端写真)

同僚の助言も参考に現職に在籍しながら求職開始。早速、○×区社協の地域まちづくり支援員業務をハロワでゲット。一年毎に契約更新の嘱託職員だが月収21万弱で通勤手当も5.5万まで可。何せ市長があの橋下なので不安はあるが、何よりもNGO支援の社会貢献性に惹かれた。履歴書必着が明後日なので同区内から投函する事に。(01月09日)

昨日、職場更衣室でビラ仲間含めバイト数人にバックレ宣言。もう物扱いは沢山、転職先決まったら即退職、皆には迷惑かけるがそれも全ては会社の性為と。次の求人応募先の説明も少しする。今の仕事より遥かにやり甲斐あるなとの意見も。但しその求人も大阪都構想絡みで急浮上してきた物で、裏事情探れば色々ある様だ。(01月11日)

「南方週末」紙の社説改竄で中国政府が「言論の自由も国情の許す範囲で」。うちの会社も「社内でビラまき禁止、文句があるなら辞めろ」。それに抗議する中国の記者の方が、会社言いなりの日本の社畜どもより数段偉い。(01月11日、同右端写真)

今日午後作業に入る直前に○×区社協から私の携帯に電話が。金曜日必着の履歴書が何と今日届いたと。当然期日遅れで不採用。わざわざ○×区まで地下鉄で移動し、中一日あれば十分間に合うと郵便局にも確認した上で履歴書投函したのだが。何かの手違いだろう。取り合えず今の仕事を続けながら気長に転職先を探そう。(01月12日)

大阪市営地下鉄の売店跡にファミマが営業するも、手狭でパン・お握り・飲料と新聞しか売れず。日用品やATMもなく。そのくせ従業員だけは3~4人もゴロゴロ。売店時代はオバチャン一人だけで客をさばいていたのに。客層の微妙な違いも考慮せず、見かけ上の多客と民営化利権の旨味だけで出店するからこうなる。(01月13日、同中央写真)

今日のサンスポに橋下徹が体罰肯定の過去反省の記事が。市立桜宮高校生の自殺事件で元プロ野球選手・桑田の「体罰からは何も生まれず」発言に触発されてと。大阪市長としての形式上の責任だけでイイカッコ出来るから。行政の現場では思想調査に刺青調査と体罰にも負けず劣らずのパワハラ・人権侵害し放題のくせに。(01月13日)

別に高給なぞ要らない。正社員でなくても良い。残業や土日勤務が多少あっても構わない。無理しなくても普通に働けばそこそこ生活できて、たとえバイトでも意見や提案をある程度言えて、頑張ったら頑張ったなりに評価もされる。そんな仕事を望むのは、別に贅沢でも我儘でもなく、寧ろ「当然の要求」「普通の姿」だと思うが。(01月14日)
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プレカリアートの奴隷脱出計画

2013年01月10日 06時48分50秒 | 職場人権レポートVol.2
 今の会社にはホトホト愛想が尽きました。「破損出すな」と言いながら平気で重量物と壊れやすい物を一緒くたに流して来る。床の傾きも放置しながら「奥からきちんと置け」と言うだけで置く方法も教えない。それだけなら、まだどの職場にもよくある話です。今の会社の酷いのは、他社はそれでもまだ多少なりとも改善しようとするものを、それを一切せず居直りに終始している所です。改善しようとしても出来ないのではなく、ハナから改善する気がない。だから、いつまで経ってもシンドイ状態から抜け出せない。そんな会社にいてもロクな事はないので、思い切って転職する事にしました。俺らは奴隷や物じゃない。
 でも、もう若くはないのに、次の当てもないのに辞めても行き詰るだけです。今の所にいる限り、少なくともその日の食い扶持にはありつける。そこで、今の仕事を続けながら休日に求職活動をする事にしました。

 そうして昨日、数年ぶりにハローワークに行って探したら、好さげな求人が幾つか見つかりました。その中から、大阪市某区の社協(社会福祉協議会)嘱託職員の仕事に応募しました。社協というものが市町村や行政区ごとにある事は私も知ってはいたものの、今まで余り馴染みがなかったせいか、その中身まではあまり知りませんでした。行政の外郭団体で、福祉施設やそこで働く人たちが集まって、町内会やNGOとの折衝などを行う所だそうで。
 その某区社協の「地域まちづくり支援員」と言うのが、今回私が応募した求人です。区役所を拠点に「まちづくり」の為のアンケートやリサーチを行い、それを基に地域振興計画を立案したり、地元の市民団体やNGOと折衝したりする仕事らしいです。何よりも「諸課題を自ら発見し、対応方法を考え、主体的な行動が出来る方を求む」という所が気に入りました。ここだと、今の会社のような「生ける屍」にはならずに済みそうな気がします。地域活動の為に「自転車に乗れるのが必須」と言うのも何かエコで好さげだし。ひょっとしたら今大阪で活動中の元「年越し派遣村」村長・湯浅誠さんにも会えるかも知れない。但し、大阪市長があの悪名高い橋下徹なので、その辺が大いに気掛かりですが。

 給与は月に20万円余で、それに加え通勤手当も5万円余まで出ます。最初の二週間は試用期間として収入は若干低くなりますが、それでも今の会社よりは数段も高い。勤務時間は9時から17時半までで残業もなし(但し会議出席の為に時差出勤がある)。休日は土日祝日の週休二日制で、有休や社会保険もある。
 ただ、一年毎の契約更改で最長でも二年まで、というのが玉に傷ですが、社協自体は全国規模の大組織で、正規の常勤職員も募集しているので、面接で再延長の可能性について聞いた上で、転職の可否を最終判断しようと思っています。
 ハローワークで紹介して貰った時点で、履歴書の受付締切日まで後一両日残すのみとなっていたので、念の為に当該社協の区まで地下鉄で移動し、同区内の喫茶店で履歴書を書き証明写真を貼って投函しました。以前どこかのバイトに応募した時の履歴書の控えがちょうど手元にあったので、それを参考にしながら履歴書がスラスラ書けたのと、一次面接(書類選考+選考会)当日もちょうど上手い具合に定休日と重なり、別に会社を休まなくても参加出来るのがラッキーでした。

 職場のバイト仲間には転職の件は言おうと思っていますが、社員にはまだ言う気はありません。言えば絶対に所長に漏れる。下手に所長に言って足元見透かされても癪に障るので。「辞める時は二週間前の告知には拘らなくても良い」との言質も貰っているので、会社へは今までの「報復」も兼ねて、辞める時は急に辞めてやろうと思っています。所長・井下以外の社員にも迷惑がかかるのは若干心苦しいですが、それも元はと言えば会社が撒いた種。
 この某区社協「地域まちづくり支援員」に就く事が出来なければ、仕方ないので今の仕事を続けます。バイトを物扱いする会社の対応に嫌気が差しているだけで、仕事自体には別に不満はないので。但し、在職しながら二股かけての転職活動は断続的に続けようと思っていますので、当分落ち着くまでは、政治絡みの記事は少しお預けという事でご勘弁を。
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続・年末年始のささやかな勝利

2013年01月06日 20時22分25秒 | 職場人権レポートVol.2
顛末書  井下社員との経緯について        
2013年1月7日 
××××(株)××××センター ○山○男

(1) 事実経過
① 昨年12/4日(火)2便5L A 店の待機室収納時に、ドーリー1台が床の傾斜の為に後ろの B 店側に混入してしまったのに気付かず、私が誤って1台少なくカウントを上げてしまう。
② 翌12/5日(水)朝礼で井下社員が前項の件について、床の傾斜や、 B 側ドーリーの収納方法にも問題があったのに、その事には一切触れず私のミスばかりを論う発言に終始したので、朝礼後に私と一悶着。
③ それでもミスはミス、私の方でも今後は気を付けようと思っていたのに、同日夕方の終了ドーリー搬送時に、井下社員の方から「床の傾斜は排水の為」と蒸し返し。
④ 12/29日(土)2便8L C 店の待機室収納の件でも、配送ドライバーの積込の便宜も考え、比較的物量が少ない午前中はバース側の片側を出来るだけ空けた方が良いと、「ごく普通の口調で」私が言ったのに対しても、「タメ口叩くな」(井下)。
⑤ その後、2便9L D 店のカゴ車収納時にも、当該店待機場所も床が前方に傾いていて、二列目以降はそのまま収納すると、カゴ車が転がり出てくる際に横のドーリーを引っかけて倒す恐れもあるので、同様に物量が比較的少ない午前中は最初から中央付近の窪地に置くようにしていたら、「ちゃんと奥から詰めろ」(井下)。度重なる高圧的な物言いに「言い訳ばかりするな、床の傾斜を先に直せ」(私)、「床の傾斜は排水の為、お前だけ勝手な事をするな」(井下)と応酬。

(2) 井下社員の対応について
① 「床の傾斜は排水の為」というのは単なる言い訳。小さなフック差込口が二か所あるだけで、重くて一人では蓋の開閉も叶わないマンホールの形状や、その周囲に排水用の水道や側溝もなく、商品をこぼしても誰も後片付けもしない現状と完全に矛盾。
② 仮に百歩譲って本当に排水の為だったとしても、それで「何もしない」事の言い訳にはならない。如何に施設改修が無理でも、現に作業に支障を来している以上は、その中でも安全に効率よく作業できるように、バイトを指導するのが社員の職責。しかるに井下社員は、「傾斜で力のかかる前輪を横向きにするのは難しいが、逆に力の逃げる後輪の方を横向きにする事で、カゴ車を固定できる」事も自身は知っていながら、そういう最も肝心な指導を何もせず、社員のくせにバイトの私にムキになって「上から目線」で食って掛かって来た。この事に対する井下社員の釈明・謝罪を求めます。

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 前編記事のコメント欄でも告知したように、上記文書を明日会社に提出する事にしました。勿論、実際の提出文書には「井下」「A店」「B店」などの仮名・仮称ではなく、実名を記載しています。初めてこの記事にアクセスされた方には、上記の文書だけでは恐らく何の事だか全く分からないと思いますので、そういう方も前編記事からお読みいただくよう、お願い申し上げます。

 念の為に、最低限の説明画像(証拠写真)も下記に添付しておきます。機密でも何でもない構内風景を公益通報の為に掲載したものばかりですが、会社に揚げ足取りの口実を与えたくないので、会社提出文書の方には添付していません。

    

●上記左端写真:「午前中は積込みバース側を開ければ良い」と提案したら井下に「タメ口叩くな」と返されたC店の荷物置場。
●同じく左から二番目:床の傾斜の為にカゴ車が前に転がり出てくるD店の荷物置場。横の緑色コンテナを積んだオレンジ色の台車がドーリーで、これに転がり出てきたカゴ車が当たれば大きな破損・人身事故にも繋がりかねない。
●同左から三番目:井下が「排水の為にある」とする床のマンホールだが、蓋に二か所小さな鍵穴があるのみで、排水用の水道・側溝なぞも皆無。
●同左から四番目:カゴ車の一般的形状。床が前方に傾いている場所では、荷物の重心もカゴの前方にかかる。逆に後方は比較的軽くなるので、後輪を横向きにすれば、そんな場所でも何とかカゴ車を固定出来る。
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年末年始のささやかな勝利

2013年01月02日 20時09分23秒 | 職場人権レポートVol.2
    

 2013年の新しい年が明けました。今年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
 しかし、流通・運送業界や外食産業で働く人たちにとっては、盆も正月も関係ありません。寧ろ普段よりも何倍も忙しかったりします。某スーパーの物流センターでバイトとして働く私も、御多分にもれず早朝から深夜まで仕事で、今日の休みに(世間では正月2日だが私にとっては通常の定休日)、初めてお雑煮やおせち料理にありつく事が出来ました。

 そんな普段より忙しい年末から年始にかけて、職場でちょっとした出来事がありました。
 物流センターで商品を店舗別に仕分けるのが私の仕事です。レーンで仕分けした商品をカゴ車に載せ、店別に待機場所に収納するのですが、場所によっては床が前方に傾いていたりします。私の担当店舗の中にもそんな場所があり、幾ら奥へ押し込んでもカゴ車が前へ転がって来ます。上記左端の写真を見て貰えれば分かりますが、下手すると転がった拍子に、横のドーリー(緑色コンテナを積んだオレンジ色の台車)に積まれた豆腐や漬物類をも引っかけて倒す恐れがあります。それを防ぐ為に、まだ収納に比較的余裕がある午前中などは、転がり出る分については、もう無理に奥に詰めずに、マンホール(同じく左から2番目の写真)付近の真ん中の窪地に最初から置くようにしています。

 12月29日の午前中も、仕方ないので転がり出す分については、最初から真ん中の窪地にカゴ車を置いていたら、社員の井下(仮名)に「きちんと奥から詰めろ」と言われました。この社員とは、別のレーン・店舗を担当していた時にも同様のトラブルがあったので、私も少しカッとなり、「そんな事を言うなら床の傾斜を先に直してくれ」(私)、「この床の傾きは排水の為だ、お前だけ勝手な事を言うな」(井下)と、言い合いになってしまいました。
 その「別のレーン・店舗でのトラブル」も、同様に床が傾いていた為に、私の担当店舗のドーリーが転がって別の店舗の置き場所に紛れ込んでしまい、私がそれに気付かずドーリーの台数を読み間違えてカウントを挙げてしまったというものです。この時も、下手すればカウント・ミスだけでは済まずに、ドーリーを転倒させてしまっていたかも知れないのです。
 それでもミスはミスなので、私も「今後は気を付ける」という事で納得していたのに、翌日の朝礼でまた井下が、床の傾斜やレイアウトの不備も棚に上げて、私のミスばかりを言い募るような発言をしたので、その時も朝礼後に一悶着あったのです。その時も井下は「排水の為だ、勝手な事を言うな」の一点張りでした。

 でも、おかしな話ですよね。上記のマンホール写真を見て貰えれば分かりますが、こんな通気孔しか開いていないようなマンホールに、どうやって排水を流し込むのですか? 排水の度に重たいマンホールの蓋をこじ開けるのですか(一人では無理)? 本当に排水の為なら、こんな準密閉式の物ではなく網状の蓋で塞ぐものでしょう。それに排水用の溝や水道も周囲には一切ない。第一、排水や洗浄やっている所なぞ今まで一度も見た事がない。牛乳や醤油を破損してこぼしても拭きもせず、そのままにしていても誰も何も注意しないのに。恐らく床の傾きは、このセンターが湾岸沿いの埋立地にあり、今までも阪神大震災などで被災した事から来る液状化地盤に因るものでしょう。
 だから、傾きそのものはもう直しようがない事ぐらい、バイトの方でも分かっています。建物の基礎から改修しなければならないので、膨大な設備投資がいる。しかも、もう何十年も前に出来た古いセンターで、建物も仕分けシステムも丸ごと変更するような建て替え工事も既に始まっている中で、下請けにしか過ぎないうちの会社が、今更どうにか出来るものではない。

 しかし、そうは言っても、現に作業に支障をきたしているのだから、たとえそんな環境下でも円滑に仕事が出来るように、具体的に改善策をアドバイスするのが、社員がバイトにすべき指導じゃないのですか。
 私も色々考えて、所長や他の社員・アルバイトにも相談しました。最初の数台は、最奥の比較的平らな他店との境界部分の亀裂に、後輪を引っかける形で収納出来るからまだ良いのです。問題は二列目以降で、モロ斜めになっている部分に置かざるを得ない。カゴ車の前輪を横向けにして固定しようにも、重い牛乳や鍋物が積まれた物ではびくともしない。所長は「もう真ん中の窪地に置いたままで良い」と言ってくれましたが、台数が増えてきたらそうもいかない。
 そこで苦肉の策として、上記右二枚の写真にもあるように、この店だけの車止めを廃材の段ボールで作りました。使い回ししたいので、捨てられないように車止めの表示とナンバリングまで施して。
 こういう様に、具体的な改善策を提示して、作業の安全と効率アップを図るのが社員の仕事でしょうが。それもせずに、商品こぼしても放ったらかしの現状も見て見ぬふりをしたまま、やれ「排水の為」だの「勝手な事をするな」だの言われても全然説得力がない。仮に百歩譲ってそれが本当に排水の為だったとしても、だから「何もしなくても良い」理由にはなりません。

 この井下という男、万事こんな調子で、今までも他のバイトと何度もトラブルを起こしてきたのです。勤続年数は長いのに仕事の中身を何も知らず、具体的な指導も何も出来ず。しかも、ただ出来ないだけでなく、今回の様に虚勢張って言い訳に終始したり、何かと「上から目線」の偉そうな口調で精神論ばかり振り回すものだから、もうみんなから嫌われているのです。その虚勢ぶりや「上から目線」の態度たるや、もう石原慎太郎や橋下徹にそっくりで!
 この井下には、正直言って、所長も他の社員も匙を投げています。それは実際に他の社員からも聞いています。しかし、会社も会社で、その井下を持て余すばかりで、何ら育てようとはしない。育成も見限りもせず「飼殺し」にしたままで。
 こういう事なかれ主義で無責任な会社なので、私が業務改善の賛同者を募った時も、何ら改善しようとはせずに「臭いモノに蓋」の対応に終始したのでしょう。そんな体質の会社なので、私も当初は社員なんてハナから当てにはしていませんでした。独力で井下のパワハラと闘うつもりでいました。如何に無能社員の不当行為が相手とは言えども、こちらは一介のアルバイトにしか過ぎません。それなりの覚悟や準備も必要です。幸い個人加盟の労働組合には入っているので、いざとなればそちらの力を借りれば良いか、位のつもりでいまいた。

 それが、年末から年始にかけての会社側の対応は、予想外に迅速なものでした。いつも現場にしょっちゅう見廻りに来ていた(実際には碌に指導も出来ずトラブルを引き起こすだけだが)井下が、29日以降は、私のいる時間帯に私のレーンには一歩も来なかったw。退勤時にタイムカードを押した後で、私のレーンの横を通り過ぎて行くのを一度目にしただけで。
 これって、会社側も結構私に気を使っている証拠では? そういう意味では、昨年の業務改善の賛同者集め顛末書の一件も、決して無駄骨ではなかったという事では。勿論、私と井下という「水と油の関係」を引き離しただけで、「臭いモノに蓋」という会社の体質は何ら変わらない訳ですが、そこまで変えるとなると、もう私一人の力では無理です。
 寧ろ、たとえ本質的には何ら変わらなくても、「私には下手な事なぞ出来ない」という状態に持って行けただけでも、昨年やった事の意味はあったと思います。
 このご時世、「文句を言っても仕方ない、何事も我慢が肝心」という風潮ばかりがやたら幅を利かせていますが、それでは井下も会社もますます増長するだけです。時にはガツンと一発食らわせてやる事も必要じゃないでしょうか。(→続編に続く) 
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