昨日の2月11日(金)は「建国記念の日」で祝日でした。しかし、非正規雇用でエッセンシャルワーカー(物流センター勤務)の私にとっては、祝日も平日も関係ありません。私が休めるのは毎月組まれる勤務シフトに基づいた週2日の公休日だけです。私の場合は毎週日・水曜日が公休日で、金曜日の「建国記念の日」も普段通り出勤しました。
普段と変わらないのは私だけではありません。この日は休日であるはずの大半のサラリーマン社員の方も、事情は私と余り変わらないのではないでしょうか。買い物にスーパーに出かけても、バレンタイン商戦が終わったら、次はひな祭り商戦の準備に大わらわで、店内に「建国記念の日」を祝う雰囲気は微塵も感じられません。テレビを見ても北京オリンピックの中継番組ばかりで、そんなものに興味のない私は全然観る気がしません。
「建国記念の日」は、昔は「紀元節」という祝日でした。今から2682年前の紀元前660年に、初代の神武天皇が、高天原(たかまがはら)から始めた東征(日本征服の旅)を終え、奈良県の橿原神宮で即位したとされる日です。当時、学校ではこの日に全校生徒が講堂に集められ、校長の奉読する教育勅語を黙って聞かなければなりませんでした。奉読の間はずっと頭を垂れていなければならず、鼻をすする事も出来ませんでした。奉読が終わった途端に、あちこちから一斉に、生徒の鼻をすする音が聞こえて来たそうです。
今から2682年前は、日本は縄文時代でした。橿原神宮どころか町も何も無かったはずです。邪馬台国の卑弥呼が活躍したのも紀元後3世紀頃とされ、その邪馬台国もどこにあったのか、いまだに分かりません。大和(今の奈良県)か筑紫(今の福岡県)にあったとされる説が有力ですが、大阪府岸和田市の山直(やまだい)中町にあったとされる俗説もあり、いまだに解明されていません。それより更に8世紀も遡った紀元前660年に、橿原神宮なんてあるはずないでしょうがw。それなら、幕府が朝廷に政権を返した大政奉還(1867年、慶応3年)の10月14日(太陽暦では11月9日)を「建国記念の日」にした方が、まだしも筋が通る。
では目を世界に転ずればどうでしょうか?紀元前660年頃に世界では一体何が起こっていたのか?まず中国では春秋戦国時代で、各地で諸王国が互いに争っていました。中東ではメソポタミアの地にアッシリア帝国が興り、イスラエルやエジプトを征服しますが、後に新バビロニアに滅ぼされてしまいます。古代ギリシャでも都市国家のポリスが互いに争っていました。古代ローマ帝国はまだ影も形もありません。何せキリストが生まれるより660年も前ですからw。その頃、日本はまだ旧石器時代で、先住民がマンモスを追いかけまわしていたのでしょう。日本よりも歴史の古い国はいくらでもあるのです。
そんな2月11日は私にとっては風呂の日でした。スパスミノエからLINEで、祝日は770円の入浴料がクーポン割引で500円になると知らせが来ました。「いい風呂」の語呂合わせで、毎月11日と26日にこのようなサービスがあるようです。普段ワンルームのユニットバスで足も伸ばせないので、早速利用する事にしました。
しかし、案の定、大混雑。周辺の銭湯が全て潰れて、もはや銭湯と言えばここしかない上に、3月から料金改定で入浴料が更に50円値上げされるので、利用者が全てスパスミノエに殺到するのです。ここはサウナもあり、休憩室には漫画も結構揃っているので、私は今まで重宝していましたが、そんな三密状態では、いつコロナに感染するか分かりません。その日は露天風呂だけを堪能し、体を洗った後は、早めに退出する事にしました。
このどこに「紀元節奉祝」の雰囲気があるでしょうか?今は庶民はコロナで大変なのです。「紀元節を祝う」どころではないのです。そもそも、高天原に向かう宮崎県の高千穂鉄道の災害復旧もろくにせず、廃線にしてしまって荒れるにまかせたままで、奉祝もくそもないでしょうが。何でそんな2600年前の、存在したかどうかも分からない伝説上の人物を「建国の英雄」として祭らなければならないのか?そんなに「建国記念の日」を祝いたいのであれば、今の憲法記念日の5月3日にするのが筋でしょう。今の平和主義、民主主義の国是になったのも、この日からなのですから。
元婚約者との話し合いは「私が望んだ方向で進展している」と小室眞子。森友学園への国有地売却を「良い土地だから話を進めて」と言い放った安倍昭恵と瓜二つ。私人の自由を満喫しながら皇室の権威も利用。共産党は将来天皇制を廃止すると自民党は攻撃するが、こんな天皇制なら寧ろ廃止した方がマシ
(注)「私が望んだ方向で話し合いが進展している」と眞子が言った内容とは、恐らく「解決金=手切れ金として返す」事を指すと思われます。結婚会見でも、しきりに圭が「解決金を受け取ってほしい」と先方に呼びかけてましたから。まるで、皇室の権威をバックに、札束で相手の顔を有無を言わさず引っ叩くような対応には、流石に私も心底呆れました。
私も天皇制廃止論者で、日常生活も元号ではなく西暦を使用。皇室の事なぞ関心が無く、小室の件にも無関心だった。右翼の天皇崇拝強要だけでなく反五輪デモの天皇制廃止スローガンにも違和感を感じていた。今回の件で改めて皇室制度の矛盾を痛感。改憲するなら自衛隊明記より天皇制廃止の方が先だろう(以上、10月29日のツイート)
(注)最後に。長くなりますが、もう少しご辛抱を。何故、私が天皇制なぞ廃止すべきと考えているか?その理由を述べます。
①天皇制自体が「主権在民」や「法の下の平等」等の民主主義の原理に反するから。何と言っても。これが最大の理由です。
②日本人の宿痾とも言うべき「長い物に巻かれろ」の権威盲従、奴隷根性の国民性の根源となっているから。
③今や国民の多数意見となった選択制夫婦別姓制度の導入に、政党の中では唯一、政権与党の自民党だけが反対。こんな「恥さらし」の事態となったのも、女系天皇に反対し、女性差別を容認しているからだ。天皇制が社会進歩の足枷(あしかせ)となっているのは、もはや誰の目にも明らか。
④戦争責任に対してケジメを付けるべき。今の天皇は戦後生まれなので、確かに直接の戦争責任は無い。しかし、戦前の日本では天皇が大日本帝国の最高責任者で、統帥権(軍隊を統率する権利)を有していた以上、現天皇も先の侵略戦争で、何千万というアジアの人民を殺し、何百万もの日本人を死に追いやった責任から逃れる事は出来ない。ケジメを付けなければならないのは小室家のトラブルだけではない。
⑤現に今も、総選挙の争点そっちのけで、小室・眞子の結婚騒動にうつつを抜かす等の形で、自民党の悪政を誤魔化す隠れ蓑として国民に悪影響を及ぼしている。
⑥天皇制の存在自体が天皇の人権をも蹂躙している。天皇には一切の自由も政治的権利もない。自分の意志で生きる事を奪われ、ロボットみたいな生き方を強いられている。これ自身がもはや立派な人権侵害ではないか。
ただ、幾ら自民党や右翼が天皇を持ち上げようと、今の国民感情が必ずしも天皇崇拝一色ではない事は、小室騒動に対する反応からも明らか。その中で、ことさら、この問題で大騒ぎするのも、現実の政治・社会問題から目を逸らす事になるから余り賛同出来ない。
どちらにしても、小室夫妻の結婚に賛成でも反対でも、どのみち天皇制は廃止しなければ、また同じ様なトラブルは今後も起こります。無用なトラブルを招き、個人を不幸にするだけの「身分制度」を「国の象徴」に祭り上げる愚をいつまで続けるのか?