アフガン・イラク・北朝鮮と日本

戦争も人権抑圧もNO!万国のプレカリアート団結せよ!

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 アフガン・イラク戦争も金正日もNO!!搾取・抑圧のない世界を目指して、万国のプレカリアート団結せよ!

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貧富のモザイクを解消しない限り真の勝利はない

2013年09月29日 20時27分27秒 | 反ハシズム・弱い者虐め
 今回が多分、堺市長選関連の最終記事になると思う。とうとう投票日当日にずれ込んでの記事作成になってしまったが、前から気になっていた事をここで書く。

 それは、今回の堺市長選に限らず、地元の選挙ビラ全戸配布でも気になっていた事だが、各家庭の郵便受けやマンションの集合ポストの中がチラシやビラであふれかえっている事だ。そして、水道・ガス料金の滞納・督促通知の封筒もあちこちで目につく事だ。文化住宅なぞ、場所によっては半数以上の戸数にこれらの封筒がぶら下げられていたりする。また、建売住宅や賃貸マンションも含め、数週間前に撒いたビラがまだ郵便受けにグチャグチャになって溜まっている所も多い。
 これを単に人心の荒廃や公徳心の欠如とだけ見るのは容易いが、問題はもっと根深い所にあると思う。日々のチラシやビラに目を通す余裕すらないほど、生活に追われている住民がこれほどもいるのかと思うと、ビラを撒いていても暗澹たる気持ちになる。
 その一方で、セキュリティ会社に委託して機械警備をしてもらっている一戸建ての豪邸なぞは、ビラやチラシ類が溜まりまくっている事はまず無いが、その代わりに獰猛な飼い犬がいたり、郵便受けにビラを投函しただけで不審侵入の警告音が作動して、びっくりさせられた事が今までも度々あった。

 チラシやビラに目を通す余裕すらない、日々の水光熱費の支払いにも事欠く家庭が数多くある一方で、鉄条網が張り巡らされたコンクリート造りの高塀にガチガチのセキュリティで守られた豪邸が、同じ地域にモザイク状に混在している様は、正に今の日本の格差社会を象徴しているように思える。
 日本はいつからこんな社会になってしまったのだろうか。勿論、私の子供の頃にも、同じ地域に豪邸も長屋みたいな文化住宅も混在していた。オートロック式のマンションこそなかったものの。でも、その頃は今の様に、戸口のポストがチラシであふれかえっていたり、滞納通知の封筒がそこかしこにぶら下げられているような事はなかったように思う。何分、子供時分の事なので、選挙のビラ撒きをする事もなかったし、地域の景気動向に関心ある訳ではなかったが、少なくとも今ほど酷くはなかったように思う。
 私の言っている事がオーバーだと思う人は、非正規労働の現場に飛び込んでそこで働くバイトの若者に、選挙の投票に行ったかどうか聞けば良い。地方選挙より遥かに投票率の高い国政選挙でも、せいぜい10数人中1人か2人位しか投票には行っていないから。そもそも、今日び日曜・祝日も仕事で休めない人も大勢いるのだ。そんな人が、わざわざ有休取ってまで投票に行くか?期日前投票で自宅から遠く離れた市役所まで足を運ぶか?

 今や日本は、OECD加盟国の中でも、メキシコ・トルコ・米国に次ぐ貧困・格差大国になってしまった。相対的貧困率は16%に及び、生活保護受給世帯は200万を超え、年間自殺者も毎年3万人を超える殺伐とした社会になってしまった。にも拘らず、貧困問題がなかなか自分の問題として捉えられないのも、経済格差が、開発途上国や中国の様に、都市部と地方、内陸部と沿岸部といった地域対立の形では現れずに、同じ地域内の「個人差」みたいな形でモザイク状に現れてしまっているために、ともすれば、それを個人の甲斐性や自己責任として捉えられてしまっているからではないか。
 同じ地域の中に高級住宅地とスラムが混在し、しかも、それらが決して共生する事無く、互いに排除し合う「貧富のモザイク分布」の中からは、ともすれば、格差拡大が政府や財界による増税や福祉切り捨て、非正規雇用への置き換え政策によるもので、それを「人権侵害」と取るよりも、寧ろ「あくまでも個人の努力が足らないからだ」、「それを乗り越える為には、もっと競争を激化させて弱者を淘汰し、強者のみで日本を支え、少数精鋭の効率経営で世界と勝負しなければならない」、「その為には、自治体の数ももっと減らして、弱者向けの施策もどんどん切り捨て、関空・湾岸開発やカジノ・リニア誘致にもっと投資して、大企業がもっと潤うようにしなければならない」とする、維新の新自由主義的な主張が一定の説得力を持ってしまうのも、何となく理解できるような気がする。

 
 70年代以降の大阪府知事選の投票率と当選者の得票率の推移を比較してみたのが上記の表だ。表の緑色の折れ線グラフが自民党など保守系候補の得票率、同じく青が共産党・革新系候補の得票率、そしてピンクが府知事選投票率の推移を示したものだ。その表からも上記の仮説が裏付けられるのではないだろうか。
 例えば、1971年の知事選では63%の投票率で、社共推薦の黒田了一が49.8%の得票率で当選している。全有権者比の絶対得票率で見ると31.37%だ。ところが、2008年の知事選では48.95%の投票率で、自公推薦の橋下徹が54%の得票率で当選。同じく絶対得票率で見ると僅か26.43%しかない。これが「お笑い百万票」「モンスター」と称された橋下人気の実態だ。
 実際には一期目の黒田革新知事よりも低い絶対得票率しか獲得できず、絶対数では有権者の4分の1からしか支持されなかった初当選時の橋下が、リストラで政治どころではなくなった有権者の無関心(投票率低下)に助けられ、今まで民意を詐称し大阪を食い物にしてきたのだ。

 勿論、投票率低下の要因はそれだけではない。同和問題を機に共産党と袂を分かった社会党は、次第に自民党に取り込まれ、1979年には保守府政の与党に。他方、自社公民オール与党体制から排除された共産党は次第に勢力をそがれ万年野党化。その中で行き場を失った革新票は、やがて政治そのものを見限るようになり、大部分が棄権に回るが、その一部は横山ノックなどのタレント知事に、後に維新に流れるようになる。やがて自民党にも飽き足らない有権者の票も集めるようになった維新は、マスコミの扇動もあって次第に巨大化。
 でも、維新も所詮は自民の補完勢力でしかなかった。憲法や外交・安保でも経済政策でも自民党よりも更に右寄りの主張を展開。この段階で、普通なら反自民票は維新から離れる筈なのに、それが今までかかったのは何故か。有権者の中にも、労働者同士が連帯して搾取と闘うよりも、「こいつより私の方が頑張っているのに、何故私の給料の方がこいつより低いのか」という気持ちがあったからだ。それが維新の新自由主義的主張を今まで支えてきた。 

 しかし、そのペテンもいつまでも続かない。慰安婦肯定やオスプレイ配備賛成で維新の自民補完勢力としての本質が完全に明らかになり、有権者の維新離れが加速。焦った維新は堺市長選挙で起死回生を狙うも、ここでもデマ宣伝に終始し却って墓穴を掘る破目に。自民はそれとは対照的に、「大阪都構想」や「維新の横暴」に対する有権者の反発に引きずられる形で、次第に反維新色を鮮明に。恐らく今回の堺市長選挙では維新が敗北する事になるだろう。だが、この「貧富のモザイク」をなくさない限り、また第二、第三の橋下・維新が生まれて来るだけではないか。
 確かに「歴史はらせん状に発展・進歩する」と言われている。表面上は同じ歴史が繰り返されるように見えても、実際は全く同じ歴史の繰り返しではなく、徐々に社会は進歩している事は、第1次大戦前の世界と第2次大戦後数十年を経た現代社会を比べるだけでもよく分かる。第1次大戦前では当たり前だった植民地支配や搾取は、今でも「開発援助」や「ブラック企業」などの形で隠然とは行われてはいるが、少なくとも建前上は影を潜めるようになった。そういう意味では、維新のペテンもいつか完全に破綻する日が来るのは確かだが、それは今のままでは、まだずっと先ではないかという気がする。
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嘘も百ぺん言えば何とやら―維新のデマ宣伝に反撃する

2013年09月26日 22時20分13秒 | 反ハシズム・弱い者虐め
 
 堺市長選挙での西林陣営(「維新の会」公認候補)のデマ宣伝が酷い。
 「住みよい堺市をつくる会」(以下「住みよい会」)では、既に9月11日に、「大阪都構想」を始めとする西林陣営のデマ宣伝に対し、下記趣旨の公開質問状を手渡している。以下、「住みよい会」選挙ビラ「日刊・堺はひとつ」(№693、上記写真の赤枠囲み部分)から引用する。

―なぜ堺を「大阪都」構想に?まともな根拠が示されない

 最大の争点である「大阪都」構想について、「維新の会」は、堺市民にとっての利点を語れず、構想の根拠もまともに示していません。「堺つぶしノー」の民意が出ればこの根拠をきっぱり断念するのですか?

―「堺市をつぶさない」というが法律に「廃止」とハッキリ

 「維新の会」は「だまされないで下さい。堺市はつぶしません」と宣伝しています。
 しかし、「都」をつくる法律に関係市町村を「廃止」とハッキリ書いてあります。「市長をなくすだけ」(橋下氏)といいますが「堺市」とは「市長」のことだけを意味するなんて、珍論です。

 大都市地域における特別区の設置に関する法律 第1条(目的)
 この法律は、道府県の区域内において関係市町村を廃止し、特別区を設けるための手続並びに…(以下略)

 
 それに対し西林陣営は、昨日9月25日の段階でもまだ、堺駅前ロータリーなどで宣伝カーから「堺市を無くすなぞというデマに騙されない様に」と連呼し、「堺市長選挙政治活動用ビラ第1号」(上記写真の赤枠囲み部分)でも「だまされないで下さい!大阪都になっても、堺を無くしません!堺のお金(税金)は取られません!」と宣伝している。しかし、そのビラをよく読むと、説明書きには「町名や校区の名称や祭りが変わらない」とあるだけで、自治体としての堺市が存続するとはどこにも書いていないのだ。堺のお金(税金)についても、「仕事の役割分担の中で大阪都が担う成長戦略に関わる仕事については、堺の税金が使われる」とハッキリ書いてあるのだ。これの一体どこが「堺市は無くならない」というのか。デマをまき散らしているのは寧ろ西林・維新陣営の方ではないか!
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堺市長選応援ボランティア奮戦記

2013年09月25日 23時46分58秒 | 反ハシズム・弱い者虐め
 
 前回記事で予告した通り、今日9月25日の休みに、堺市長選挙にボランティアとして応援に行って来ました。
 まずは午前10時前に市内市之町の「住みよい堺市をつくる会」(以下「住みよい会」)事務所(左上写真)に出向き、会(正確には堺北民商)のHPに載っていた選挙応援ボランティアの要請に応じて来た事を言いました。
 事務所では「住みよい会」の丹野優事務局長が応対して下さり、共産党の田中ひとみ市議と、私と同様にネットで応援要請を見て来られたIさんというご婦人を紹介して下さいました。「二人もボランティアに来て下さって事務所も大喜び」との事。私の方も他にも同じ様な方がおられたのを知ってびっくり。早速、田中市議の選対事務所(右上写真)に移動し、そこから事務所の人に今日のビラ配布地域まで車で送ってもらう事になりました。

   
 上の写真の一番左端は「I LOVE SAKAI」Tシャツを着た田中市議、その右の三枚はいずれも選挙事務所や地域に貼られた「住みよい会」のポスター。
 その中でも特に左から二番目の「大阪都構想で堺市が3つに解体!消滅!?」ポスターの内容に対して、対立候補の維新陣営では「あれはデマだ、堺市はなくならない」と今日も宣伝カーで言っていましたが、その事について一言。デマを言っているのは寧ろ維新の方です。既存の市町村をなくさない限り大阪都(大都市特別区)は出来ないと法律に書かれているのですから(参考記事)。維新はそれを「開発政策などの大きな仕事は大阪都に委ね、医療・福祉などの地域密着のきめ細かな仕事を特別区に委ねる、単なる役割分担にしか過ぎない」とごまかしていますが、語るに落ちたとはこの事です。誰が医療や福祉を犠牲にしてまで余計な土木工事をやれと言ったのか。ゼネコンや土建屋だけでしょうが。維新が誰の利益を代弁しているか、誰が庶民の敵なのか、これだけでももう明白ではありませんか。
 一番右の川淵三郎・初代Jリーグ議長が「堺はひとつ!堺を無くすな!」と現職の竹山市長を応援してくれているポスターについても、川淵が一方では東京都知事選で猪瀬を応援していたので、私には内心忸怩たるものがありますが、まあそれはそれ、今回は地元(堺の隣の高石市)出身という事で我が方を応援してくれているので、ここは「反維新」の一点で目をつむる事にします。

 
 そして、これ(左上写真)が今回渡された全戸配布ビラ。私は堺区緑ヶ丘中町・南町の各々1・2丁目320世帯を、相方のIさんが同じく3・4丁目380世帯を撒く事になりました。どちらも旧市街地の履中天皇陵と府道30号線・クボタ工場に挟まれた、マンション・団地・文化住宅や町工場が点在する下町です(右上写真)。道路が碁盤目状になっており、地理勘のない部外者でも撒きやすいという事で割り当てられたのでしょう。ただ、これが後にエライ事になるのですが。
 当初はこの様に道路一つ挟んで山手の3・4丁目をIさん、海側の1.2丁目を私という形で分担する予定だったのですが、車で送ってくれた田中議員の事務所の人の判断で、「どちらも初心者なのだから二人一緒に撒いていった方が良い」という形に変わりました。そこで二人とも道路の左右に分かれてビラを撒き始めたのですが、幾ら碁盤目状に街並みがなっていると言っても、世帯数もその種類(マンション・文化住宅・空地等の別)も横道の広がり具合も違うので、やがて二人の間にバラツキが生まれます。それでも海側から山側(履中天皇陵)に向かうまでは何とか歩調を合わす事が出来たのですが、天皇陵で折り返して下る所(そこは碁盤目状ではなく三叉路みたいになっている)で完全にはぐれてしまいました。
 なかなかIさんが戻って来ないので、私は仕方なしに自分だけ再び折り返して一つ隣の街路を下り始めたのですが、Iさんから何と公衆電話で私の携帯に「今どこに居られますか?」と。Iさんは携帯を持っていないので、公衆電話のある場所まで行って、そこから議員事務所に電話して私の携帯電話の番号を聞き出して電話して来たのでした。聞くと、私の方がビラ撒きが進んでいるようなので、二人で話し合って、もうそのまま私は中町の方を山手から海側に、Iさんは隣の南町の街路を同じ方向に撒いて行き、私が中町の方から南町の方に折り返して途中で互いに落ち合う形に変えました。

 それで私の方は、中町を山手から海側の方まで撒き終わって今度は南町の方を再び山手目指して進んで行ったのですが、どこまで行ってもIさんと落ち合う事が出来ません。とうとうまた履中天皇陵にぶち当たってしまい、もうビラも切れた頃に、私たちを車で送ってくれた人から進捗状況を確認する電話が。もう配布開始から2時間以上経過し、とっくに終了していなければならない時間なので、しびれを切らせて電話してきたのでしょう。ところがIさんが行方不明という事で、議員事務所あげて捜索する騒ぎに。地図のコピーも持たされているので、行方不明になる筈はないのですが・・・。
 その後、無事にIさんと落ち合う事が出来ましたが、何故なかなか落ち合う事が出来なかったかというと、Iさんは携帯を持っていないので、私や議員事務所と連絡を取る為には、その度に大きな道路(府道34号線)を渡った更に隣の南陵町にある公衆電話の所まで行かなければなりません。その為に、なかなか落ち合う事が出来なかったのでした(下の地図参照)。やはり、こんな場合は落ち合う事なぞ考えずに、当初の予定通り二人で街区の分担を決めて、終わった方から集合地点(二人を送って来た車を止めた駐車場)に戻るようにした方が、ミイラ取りがミイラになる(二重遭難)危険を防げたのではなかったのでは。
 どちらにしても、応援で来たのに却って地元の方の選挙運動の足を引っ張ってしまったみたいで申し訳なかったです。


 しかし、事務所の人は怒るどころか、私たちの事を心配してくれていたのが嬉しかったです(多分、心の中ではさぞかしお怒りだったのでしょうが。。。)。田中議員の事務所も、写真を見ても分かるようにボロ民家で、お世辞にも綺麗とは言えませんが、中の雰囲気は良かったです。地域のオジちゃん・オバちゃんみたいな人ばっかりで、生協時代の様な「スターリン官僚」みたいな人は一人もいませんでした。田中議員自身も議員になる前は学童保育員だったとの事なので、そういう点では新興成金みたいな橋下ベイビーズの維新議員とは全然違います。
 他の地域からもビラ撒きの人が続々と帰って来ましたが、その中に飼い犬にかまれた人がいて、当人は至って平気でしたが周囲が心配して病院行く事になりましたが、その時も「維新の飼い犬にかまれたのか」「多分その犬も(橋下みたいに)愛情不足で育ったんや」と冗談が飛び交っていました。
 そしてこんな話も。私たちの様にネットを見て馳せ参じた草の根のボランティアが、今回の堺市長選挙では他にも大勢全国からやって来ているのだそうです。Iさんも同じ大阪府下でも堺からは遠い大東市から来ましたが、他に愛知県や九州から手弁当で一人でやって来た人もいるそうです。そうかと思ったら、東京からは30人単位でマイクロバスを仕立てて来た集団も。この集団については共産党の動員でやって来たのだろうと思いますが、他の個人参加の人たちは、どう見ても共産党員やシンパではなさそうです。ごく普通の一般の方が、「最近の維新の横暴ぶりにはもう我慢できない」「大阪に続いて堺まで維新の食い物にされるのを見て、もう黙ってはおれない」という気持ちで、続々と参加して来ているようなのです。

 これだけを見ても、この選挙の勝敗は既に決まったようなものです。昼からも別の地域のビラ撒きに私は入ったのですが、そこも同じ様な下町で、文化住宅にビラを入れていたら、年配の方から「まだ暑いのにご苦労さんやなあ」と声を掛けていただきました。私が「この際、維新の横暴をとことん懲らしめなアカン。暑いとかそんな事言ってられません」と答えたら、「そうやそうや、あいつらホンマ腹立つわ」とそのオバちゃんが答えたのには、私もびっくり。
 新聞報道でも維新の苦戦が伝えられています。石原慎太郎が学校で演説会やって1000人集めたのは良いが、肝心の堺市政の事はそっちのけで憲法改正の話ばっかりした為に、聴衆から「何で堺の事をちっとも言わへんねや!」と言われて、公僕としての身分を忘れて主権者の聴衆に逆切れしたとか。橋下がまだ選挙も終わってないのに、今頃になって「争点設定を間違えた」と素人が言う様な言い訳をしてみたり。
 それでも、これは裏返せば、石原にはまだ大阪でも1000人近く集める力があり、全国では凋落傾向の維新も大阪では参院選選挙区で依然としてトップ当選する力があるという事で、公明党も最終的にどっちに転ぶかまだ分からないので、敵の力を侮る事は禁物ですが。

 しかし、今までのような「維新の一人勝ち」は、もう無いのではないでしょうか。堺市長選挙では多分、維新が負けるでしょう。でも僅差での辛勝だと彼我の力関係は今までと余り変わりません。公明党の権力政党(自民や維新)すり寄りを思いとどまらせる為にも、ここは絶対に圧勝しなければなりません。
 その為には、既存の組織に頼るだけでなく、私やIさんやその他の草の根の応援に来た様な人や、維新に「あいつらホンマ腹立つ」と言ったオバちゃんのような人を、もっともっと増やさなければならないと思います。今回、「住みよい堺市をつくる会」が草の根の応援要請を、公式HPにも載せずに一部の民商(つまり身内)のHPにだけ載せたのは、本音では猫の手も借りたいのだけれど、それを見境なくやってドッと応援に押し掛けられても対応出来なくなるから、一部の身内の組織にだけ応援要請を出したのかなという気がします。確かに、今回迷惑かけてしまった私が言うのも何ですが、そこは是非乗り越えて頂きたいと思います。この堺市長選挙については、他にもまだまだ書きたい事があるのですが、明日も早朝から仕事なので今日はここで一旦打ち止めにしておきます。 
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堺の自治を守ろう!橋下のペテンに止めを刺そう

2013年09月24日 18時43分38秒 | 反ハシズム・弱い者虐め


「住みよい堺市をつくる会」では橋下維新の会による堺市の分割解体に反対の方との共同をすすめています。
「ふるさと堺をなくさんといて欲しい」 「歴史ある街堺を守りたい」「維新の会の横暴が許せない」
さまざまな考えをお持ちの方たちと私たちは「We Love さかい 堺をまもろう!」の1点で力を合わせたいと思っています。

会では活動ボランティアを募集しております。
堺市を守る為に少しでも行動したい方はぜひ会までお電話ください。(8月24日以降)

「住みよい堺市をつくる会」
住所   〒590-0952 堺市堺区市之町5-2-9 山口ビル1F
TEL    072-227-7531
アクセス  南海高野線堺東駅から徒歩15分
公式HP  http://sumiyoisakai.net/




以下、私のミクシイ・ボイスの呟きより

堺市長選は唯の地方選でもなければ自共相乗り選挙でもない。地方自治・暮らし破壊・街壊しの弱肉強食ファシストに対する市民による統一戦線の闘いだ。自民市議HPにも橋下の出鱈目に対する怒りが満ち溢れている。この選挙で圧勝すれば公明も維新に擦りよる事は困難になる。改憲・TPP阻止の闘いにも新たな展望が生まれる。

府知事の松井が竹山市長の「裏切り」に倍返しで応えると。それは寧ろ此方の方だ。橋下は台風で避難勧告が出ても大阪市長の癖にツイッター三昧でマネジメント云々の言い訳。「韓国人売春婦ウヨウヨ」の西村真吾も元維新の地元国会議員の癖に橋下の街壊しには沈黙でヘイトスピーチ三昧。俺は絶対にこいつらを許さない。

先程「住みよい堺市をつくる会」に電話して明日の休みに選挙応援のボランティアに伺う旨伝える。活動時間は一応10~16時、ブログに載せる写真撮影と既刊分の日刊ビラを戴いて帰る旨の了解も取り付ける。生協党員時代は渋々だった選挙がこんなに楽しいとは思わなかった。いよいよ橋下・ネトウヨ・ネオリベどもに倍返しだ!

自由都市・堺の伝統は中世だけに限らない。1970年代には堺一帯に広がったコンビナート公害反対運動が黒田革新府政誕生の原動力となった。それが今や橋下一人の為に大阪人まで悪く言われる様になったのも、偏に長年続いたオール与党政治に有権者が幻滅し棄権が増えたからだ。今こそかつての自由の伝統を取り戻す時だ。

中南米では過去の遺物と化した新自由主義が日本では依然としてのさばっている。しかしその日本でも、維新凋落という形で、確実に歴史は進歩している。堺市長選や安倍リストラとの闘いが我々にとっての「ボリビア水戦争」(注)だ。

(注)「ボリビア水戦争」とは、1999年に南米ボリビアで、当時の政権が米国やIMFの圧力に屈して公営水道を民営化し多国籍資本に売り渡した為に、水道料金が高騰し、水も自由に飲めなくなった民衆が怒って新自由主義の政権を打倒した闘いを指す。これは何も中南米だけに限った話ではない。中東では「ジャスミン革命」「アラブの春」、米国では1%の富裕層による搾取に怒った残り99%の庶民によるウォール街占拠行動として広がり、この日本でもJR・郵政民営化や橋下による行政のリストラ・民営化・私物化などの独裁・格差政治との闘いとなって現れている。
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堺市長選挙で橋下の独裁・ペテンに止めを刺そう!

2013年09月23日 19時24分05秒 | 反ハシズム・弱い者虐め



※今こそ橋下の悪政・暴政に倍返しを! 以下、「住みよい堺市をつくる会」HP「We Love さかい 堺をまもろう!」から転載。
(上の画像は堺市長選公報ポスターと「つくる会」広報キャラクター・・・欲を言えば自由都市の歴史に鑑みザビエル・利休や与謝野晶子もキャラクターにすべきだったかと)


わたしたち「住みよい堺市をつくる会」は、 維新の会による“堺市つぶし”、“堺市のっとりノー”という立場から、現・竹山おさみ市長を応援します。(堺市長選挙:9月29日投票)

橋下・維新代表のウソを斬る
“パフォーマー” 橋下氏の、根拠なき“ボロボロ”の屁理屈

堺東駅前の街頭演説などで、「維新の会」の橋下代表などが、堺市長選に向けていいたい放題。
しかし、このペテン攻撃をつうじて、どちらに「大義」があるか ―――――
どちらが堺市と市民の利益を守るのか ―――――
逆に浮き彫りになっています。


●市民への公約は裏切らず、前にすすめた竹山市政

Q1. 橋下維新 ――― 竹山氏を推したのは間違いだった?

A.そんな事ありません!住民要求に応えるのが市長の役割です

橋下代表は演説で開口一番、「竹山氏を推したのは間違いだった」と語り、松井幹事長は「大裏切り者」といいます。

しかし、竹山市長もいうとおり、2009年秋の市長選では「大阪都」構想など、影も形もありませんでした。
橋下氏が突然言い出したのは2010年1月です。
これにたいして、「大阪都は堺をつぶすものであり、反対」と市民の側にたって筋を通しているのが竹山市長です。

市政の中身でみれば、市長選で公約にかかげたLRT路線の中止、国保料金の連続引き下げ、中学校卒業までの医療費助成などを、竹山市長はすすめてきました。これらの施策や予算には「維新」も賛成してきたではありませんか。

市民要求にこたえてがんばってきたのが竹山市長であり、この市政が「維新」いいなりにならないから、つぶそうというのが橋下代表です。「裏切り」はどちらか。市民目線では明快ではないでしょうか。


●堺市長選は「維新 VS 市民共同」の戦い

Q2. 自民党から共産党まで野合しているのはひどい?

A.独裁を目指す維新の会は、わたしたちの「市民共同」を恐れています。

橋下氏は「竹山市長がやってこられたこと、素晴らしいことはたくさんあったのかもわかりませんよ」とケチをつけられず、その代わりに「共産党と手をくんだのはひどい」「自民党と共産党が相乗り」という批判をもちだしています。
「4年前も自民と共産が相乗りしていた」とウソをつきながら。

国政で、自民党にすり寄る「維新」とは違い、日本共産党が一貫して「自共対決」をすすめていることはよく知られます。
しかし、堺市長選挙で問われているのは、国政問題ではなく、堺市民のくらしと自治をつぶす「維新」の手から、市政を守り、前進させるかどうかです。

そして、「共同」しているのは政党同士ではなく、政党の違いや立場を大きく超えた市民、団体です。
その輪の広がりのなかで堺の自民党も「維新をつぶす」と批判をすすめ、日本共産党も「住みよい堺市をつくる会」も、自主的に竹山市長を応援して、共同の輪に加わっているのです。

市長選は「維新 VS 市民共同」という構図です。
これが「ひどい」というのは、市民共同を恐れる「維新」だけでしょう。


●「大阪都」にのれば、堺市は「取り残される」どころか、つぶされる

Q3. 大阪都構想に参加しないと、堺市は取り残されてしまう?

A.全く逆です。

大阪都構想に参加したら、私たちの納めた税金を奪い取られた上に、堺市区域は大阪都の周辺部扱いとなり、放ったらかされて、それこそ「取り残されて」しまいます。

大阪都構想は、堺市などから奪い取った財源を基に、大阪市内の中心部の開発や、関空リニア、カジノ誘致などに集中投資しようとするものです。これは、すでに破たん済みの大型開発の焼き直しでしかありません。

「カジノを誘致するが、これに堺市は完全に取り残されてもよいのか?」とまで橋下氏は言っています。
しかし、そんなものに堺の未来を託することはできません。

自治と自然・歴史・文化豊かな堺市の特性を活かしたまちづくりにこそ、堺の未来があります。
しかし、そうしたまちづくりを実施するには、権限と財源のある政令市・堺がちゃんと存在してこそ可能です。


●「大阪都」をめぐる何重ものウソ、ペテン

Q4. 「大阪都」にしても堺市はなくならない?

A.「大阪都」は、堺市をつぶさなければ実現できません。

橋下氏の演説では、あれほど「大阪都」を叫ぶのに、その中身をまともに語れませんでした。
大阪府・市の「法定協議会」で「制度設計案」なるものをだし、橋下氏が「やっと都構想の姿が見えた。本当にうれしい」といった直後だけに、奇妙なことでした。
唯一もちだしたのは「カジノ議論に加われないから、堺は取り残される」?!

無理に無理を重ねてつくった「設計図」を正面から語ればボロがでるからでしょう。
すでにマスメディアでも「効果額4000億円」といっていたのに、「大阪都」と関係ない地下鉄民営化などを無理やり含めても「1000億円」にしかならないことにも、あきれた論評がでています。

橋下氏はこれまでも、堺市長選では「大阪都の是非」は問わない、「設計図をつくっていいかどうか」を問うだけと逃げています。
「維新」のビラには、「堺市をつぶしません」とありますが、大阪市と堺市をつぶさなければできないのが「大阪都」ではありませんか。

何重ものペテンを徹底して打ち破りましょう。


●政令市のなかで健全さ保つ堺市、ワーストクラスの大阪市

Q5. このままいくと堺の財政は破たんする?

A.堺市の財政は健全です。逆に大阪市は全政令市でワースト

「維新プレス」というビラには、「衰退を続ける堺の現状」などとあります。
受け持ちの大阪市をよくできない市長がなぜ堺市に口を出す?
しかし、堺市の財政は、政令市20市のなかでも健全さを保っています。
2011年度の数字をみると、市民1人当りの市の借金残高は、低い方から4番目です。
逆に橋下市長率いる大阪市は、全政令市でワースト。
堺市はその3分の1程度です。

堺市は、財政の健全性を示す指標である「実質公債比率(自治体の収入に対する負債返済の割合)」が低いほうから数えて2番目、「将来負担比率」も低いほうから数えて3番目です。

「維新」のビラでは、こうした大阪市などとの比較をわざと避けて、しかも、一般会計だけでなく下水道事業などの企業会計の市債も含め、市の借金が急増しているように描いています。
また「減り続ける自主財源」というグラフものせていますが、「自主財源比率」は財政運営の安定性を示すものではありません。
おまけに市当局がだしている数字と異なるものをだしています(堺市発表資料によれば、2011年度45.5%、2012年度45.8%とわずかながら増えています)。
こんなフェアでないやり方でしか、ケチをつけられないのです。


●泉北高速鉄道問題で問われているのは「維新」の松井府政です

Q6. 泉北高速鉄道問題も「大阪都」でなければできない?

A.「大阪都」でなくては運賃値下げはできないかのようにいうのは全くデタラメ

泉北高速鉄道運賃問題は、第1義的には大阪府の責任の問題です。
大阪府が49%保有するOTK(大阪府都市株式会社)の株を売却して、新会社の運営にして運賃値下げをさせる方針ですすんできて、この秋にも売却先が決まり、府議会で株売却が認められれば、来年からは新会社での運営となります。
運賃値下げは株買い取りの「条件」になっています。

これは大阪府の方針ですすんできたもので、前回選挙から4年かかったのは、大阪府の作業に時間がかかったものです。

泉北ニュータウンの再生、活性化のために府と市の協力が必要なことは当然ですが、「大阪都」でなくては運賃値下げはできないかのようにいうのは全くデタラメ。
逆に泉北ニュータウンの再生、新たなまちづくりでは、ニュータウン開発をすすめ、多額の利益の得てきた〔その利益は関空関連事業で食いつぶしてしまった〕大阪府が大きな責任を果たさなければなりません。


●「慰安婦」暴言に居直って、「世界の中の大阪」づくりなどありえません

Q7. 「東アジア、世界の中の大阪」をつくるといいますが?

A.「慰安婦」発言で、橋下氏が世界からどんな目で見られているでしょう?

橋下氏は「大阪都」をつくって「東アジア、世界の中の大阪」をつくるといいます。

しかし「慰安婦」問題での暴言で、橋下氏がどんな目で世界から見られているでしょう。
サンフランシスコ市議会が批判決議をあげ、潘基文・国連事務総長がその歴史認識を問いました。

ところが橋下氏は、暴言を謝罪し、撤回するどころか、堺東駅前の演説では、「まあアレはアレで、自分の言い分をHPにだしています」と居直ります。そればかりか、サンフランシスコ市議会の非難決議にたいして「私は慰安婦の利用を正当化したことは一度もない」「間違った事実認識に基づく私への非難を撤回していただきたい」と新たな「宣戦布告」をしています。

堺市議会では、橋下氏に「公職を辞任せよ」と決議し、その良識を示しています。
これにたいして、「維新」の市長予定候補は、この問題に一言もふれません。

堺市民の良識を発揮して、いまこそ橋下・維新につきつける選挙にしましょう。
私たちのまち「堺」をなくさんとって!
We Love さかい 堺をまもろう!

http://sumiyoisakai.net/page_5.html
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日本の悲劇2013

2013年09月21日 23時01分26秒 | 映画・文化批評
  

 この前の休みに「日本の悲劇」という映画を見てきました。
 どんな映画かというと、長年連れ添った妻を亡くし年老いた父親と、失業を機に失踪し嫁にも逃げられた息子の物語です。息子はやがて思い直し実家に戻って来ますが、今度はその日に母親が倒れ、看病の甲斐もなく他界してしまいます。不幸はそれだけに止まりません。それと入れ替わるように今度は父親が肝臓ガンで入院し、しかも「もうこれ以上辛い治療は御免だ」と母親の命日に無理やり退院して、息子に付き添われて自宅に戻ってきた所からこの映画は始まります。

 自宅に戻ってきて台所の椅子に座らせても「儂の指定席はここじゃない。そこだ」とガンと譲らない父親・不二男のボケ老人ぶりを、俳優の仲代達矢が真柏の演技で演じます。それに「じゃあ勝手にしろ」と応じる息子・義男の凋落ぶりも見事で、新進俳優の北村一輝が演じるプカプカ煙草を吸うヘビースモーカーぶりが堂に入っています。もっとも、それを咎める父親もアルコール中毒でガン患いなのですから、他人の事を言えた義理ではありませんが。
 そんな息子を憐みの目で見る父親に対して、息子が「確かに俺はアンタの年金だけを頼りに生きてきたスネカジリだ。でも俺も俺なりにやり直そうと精一杯努力して来たんだ。一個380円のスーパーの弁当を二つ買ってそれで三食食いつなぐような、爪に灯をともすような生活をして来て、母の命日ぐらい寿司食って何が悪いんだ」と叫ぶ息子の頭の上に、父親が優しく手を置きます。

 その翌日から父親が思い切った行動に出ます。一年以上経ってもまだ墓入れも済まさない母の遺骨と位牌のある部屋に、中から釘を打ちつけて立てこもり、「そっと死なせてくれ。毎朝の安否確認の挨拶以外には一切声をかけるな。俺がくたばって返事をしなくなっても少なくとも1年間は扉を開けるな。お前の就職が決まった時に初めて開ければ良い。無理やりこじ開けて部屋に入ってきたらノミで首掻き切って死ぬぞ」と息子に宣言してしまいます。息子は途方に暮れ、何とか親父を外におびき出そうと、好物のかつおのタタキで晩酌に誘ったりしますが、親父は頑として受け付けません。とうとう息子は「もう止めてくれ。俺は親父を見殺しには出来ない」と外で泣き叫びます。
 親父は親父で、室内で母の遺骨を前に昔の事を思い出します。最初は「義男さんと連絡がつかなくなった。離婚届にも判をついたので義男さんに渡してほしい」と届を持ってきた義男の妻・とも子を何とか思いとどまらせようと、不二男の妻・良子がおろおろする場面を眼に浮かべ、やがて初孫を紹介しに実家に遊びに来た義男・とも子夫婦を不二男・良子夫婦が暖かく迎え入れる昔のシーンに及びます。そこでは映画もそれまでの陰鬱なモノクロの長回しから一転してカラーの華やいだ場面に変わります。

 結局、部屋に立てこもった不二男は衰弱して死んでしまうのですが、その不二男の遺影を前に、義男が今日も就職面接があると出掛けていく場面で映画は終わっています。単なる悲劇ではなく、幾許かの希望を持たせた終わり方になっている所がミソです。また、しょっちゅう家の中で電話が鳴り響きますが、義男は外で洗濯物を干したりしていて電話に出る事が出来ません。立てこもり中の不二男が外の義男に向かって小さく「電話」と呟きますが義男には聞こえません。この電話も「ひょっとしたら、義男とよりを取り戻そうとする嫁からのものではないか」と、映画の視聴者に淡い期待を抱かせます。
 勿論、細かい点まで言いだせば色々粗も見えてきます。例えば、立てこもり親父は大小便の処理はどうしたのかとか。しかし、そういう細かい粗も帳消しになるほど、自分の将来について色々考えさせられました。

 まあ、簡単に言えばそういう映画です。話のあらすじは地味だし、マスコミで大々的に宣伝もしていないので、私もつい最近までこんな映画があるとは全然知りませんでした。たまたまネットで話題になっていたのを知って、この前の休みに観に行って来たのですが、とても他人事だとは思えませんでした。
 私も母が亡くなり今や親父と二人で実家に住んでいます。映画との違いは、私が一応バイトで生計を立てていて今はとりあえず無職ではない事と、兄貴や妹もそれぞれ嫁さんや旦那がいて離婚はしていない事ぐらいです。若し私が失業してしまったら、この映画に出てくる義男と同じ立場になってしまいます。そういう意味では、とても身につまされた映画でした。

 この映画の背景には、数年前にあちこちで問題になった年金不正受給事件があります。日本の家庭が、昔の漫画「サザエさん」のような大家族から、核家族の段階を経て、やがてリストラや格差社会で家族がバラバラにされる中で、最後には独りぼっちになった老人が、誰にも看取られず生活保護も受けられずに死んでいく。残された世代も自分たちが食う事だけで精一杯で、とても親の面倒を見るような余裕はなく、悪いとは分かっていても親の年金を死後も貰い続けようとする。
 それを逆手に取った不二男の室内立てこもり事件も、自分が悪者になる事で、失業中の息子が自分の年金で死後も食いつないでいけるように画策した、息子の義男に対する精一杯の愛情表現だったのです。
 この親や息子を犯罪者呼ばわりするのは簡単です。また、幾ら親が息子に口止めしたとしても、お互い子供ではないのですから、事件が発覚すれば罪に問われる事には変わらず、せいぜい情状酌量の余地しかない事ぐらい誰でも分かります。でも、それを本当に犯罪と言えるのか。本当に悪いのは、親でも息子でもなく、そこまで二人を追いつめた日本の格差社会であり、その格差社会を作った今の政府・財界じゃないのか!
 こんな現状を放置して、震災復興もオリンピックもないでしょう。現に今も故郷の福島に帰れない人が大勢いて、原発の放射能や汚染水も垂れ流したままで、年金や生活保護の「不正受給」叩きも横行する中で、上辺だけ「絆」や「頑張ろう日本」を連呼しても無意味です。「みせかけの絆」や「偽りの団結」なぞ要らない。

 2010年に東京の足立区で、廃屋から一人暮らしの老人のミイラが見つかりました。この老人も、1978年に息子に映画と同じ様な事を言って、自ら室内に立てこもったのです。「日本の悲劇」というこの映画も、この東京の実話をもとに作られました。
 1978年と言えば、戦後の高度経済成長は既に終わりを告げていましたが、まだまだ日本が中流社会と呼ばれていた頃です。この頃から既にそんな問題が起こっていたのです。今はそれよりも遥かに酷くなっています。
 また、「日本の悲劇」という映画のタイトルも(監督は小林政広)、1953年に上映された同名の映画から来ています(監督は木下恵介)。だから、このブログ記事のタイトルも、昔の同名の映画と区別する為に「日本の悲劇2013」としました。1953年の映画は、戦争未亡人が売春しながら女手一つで子供を育てたものの、最後には子供にも捨てられ鉄道自殺してしまうという悲しい結末で終わっています。その映画に使われたモノクロ描写の技法が今回の映画にも引き継がれました。戦争と無縁・格差社会、それぞれ悲劇の背景は違っても、常に弱い者だけが犠牲になるという日本社会の特質は、戦後60年経っても全然変わっていないのではないでしょうか。

※「日本の悲劇」(現代の方)、大阪ではシネ・ヌーヴォ(地下鉄中央線・阪神なんば線九条駅下車 Tel06-6582-1416)と第七藝術劇場(阪急十三駅下車 Tel06-6302-2073)で10月初旬ぐらいまで上映中。映画の公式サイト:http://www.u-picc.com/nippon-no-higeki/
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嘘つきは泥棒の始まり

2013年09月18日 08時53分08秒 | 映画・文化批評
永遠の0 (講談社文庫)
クリエーター情報なし
講談社


 前回記事で小説「永遠の0」の書評を書いたが、今思えばあの書評も過大評価に過ぎたようだ。小説の中であれほど特攻作戦の無謀さ・悲惨さや軍部の横暴・腐敗を暴いた作者の百田尚樹自身が、自分のツイッターでは「笑顔で死んでいった」と特攻を美化し、他のツイッター投稿者から叩かれているのだから。以下、百田尚樹のツイッターより引用する。

百田尚樹‏@hyakutanaoki
特攻隊員たちを賛美することは戦争を肯定することだと、ドヤ顔で述べる人がいるのに呆れる。逃れられぬ死を前にして、家族と祖国そして見送る者たちを思いながら、笑顔で死んでいった男たちを賛美することが悪なのか。戦争否定のためには、彼らをバカとののしれと言うのか。そんなことできるか!

森田広記 ‏@morita0 8月15日
笑顔で死んでいったんではない。親戚に特攻隊員はいなかったのか。 RT @hyakutanaoki 特攻隊員たちを賛美することは戦争を肯定することだと、ドヤ顔で述べる人がいるのに呆れる。逃れられぬ死を前にして、家族と祖国そして見送る者たちを思いながら、笑顔で死んでいった男たちを

きむら ゆい ‏@yuiyuiyui11 8月16日
特攻隊の生残りを父親に持つ私にとって百田尚樹は狂気以外の何物でもない。“@morita0: 笑顔で死んでいったんではない。親戚に特攻隊員はいなかったのか。 RT @hyakutanaoki 特攻隊員たちを賛美することは戦争を肯定することだと、……笑顔で死んでいった男たちを”

toshi fujiwara/藤原敏史 ‏@toshi_fujiwara 8月16日
「笑顔で」とかバカ言ってんじゃねーよ。どんだけ死者冒涜すりゃ気が済むんだ?RT @hyakutanaoki @guriko_ 逃れられぬ死を前にして、家族と祖国そして見送る者たちを思いながら、笑顔で死んでいった男たちを賛美することが悪なのか。

toshi fujiwara/藤原敏史 ‏@toshi_fujiwara 8月16日
@yuiyuiyui11 @guriko_ @morita0 発案者自身が終戦時に自決未遂で「我、外道の戦法を考案せり」と後悔したとか、こいつ→ @hyakutanaoki 知らないんですかね?「こんなことやるんだから日本は負けるんだ」が特攻隊員の本音ですよ。

yasubow202 ‏@yasubow202 8月16日
百田さん、笑顔(恐らく、ひきつった)で死ぬなんてことが、美化できるわけ無いですぜ。 RT @toshi_fujiwara 「笑顔で」とかバカ言ってんじゃねーよ。どんだけ死者冒涜すりゃ気が済むんだ?RT @hyakutanaoki 笑顔で死んでいった男たちを賛美することが悪なのか。

toshi fujiwara/藤原敏史 ‏@toshi_fujiwara 8月16日
こういう倒錯を、普通の精神医学および心理学用語を当てはめれば「自虐史観」というわけですよ。RT @hyakutanaoki 逃れられぬ死を前にして、家族と祖国そして見送る者たちを思いながら、笑顔で死んでいった男たちを賛美することが悪なのか。

toshi fujiwara/藤原敏史 ‏@toshi_fujiwara 8月16日
…っていうか、諦めの境地ですよ。この人、作家のクセに特攻隊の生存者とか話を聞こうとか思わないんだろうか?RT @yasubow202 @hyakutanaoki 百田さん、笑顔(恐らく、ひきつった)で死ぬなんてことが、美化できるわけ無いで

森田広記 ‏@morita0 8月16日
私の父もです。 RT @yuiyuiyui11: 特攻隊の生残りを父親に持つ私にとって百田尚樹は狂気以外の何物でもない。“morita0: 笑顔で死んでいったんではない。親戚に特攻隊員はいなかったのか。 RT @hyakutanaoki 特攻隊員たちを賛美することは戦争を...”

ひでやん ‏@hide_twitt 8月16日
@toshi_fujiwara @hyakutanaoki 「笑顔で」とか、あんた見て来た様なウソをよくも平気でつけますね。だれも死にたくなんて無かった筈、特攻隊員は軍国主義によって殺された犠牲者ですよ。

Yuji ‏@pocopenpokopen 8月16日
@toshi_fujiwara @yasubow202 @hyakutanaoki 笑顔で、なんて……講釈師見てきたような嘘を言いです、百田さん。

きむら ゆい ‏@yuiyuiyui11 8月16日
そうですか。私の父は8月15日出撃予定でした。“@morita0: 私の父もです。 RT @yuiyuiyui11: 特攻隊の生残りを父親に持つ私にとって百田尚樹は狂気以外の何物でもない。“morita0: 笑顔で死んでいったんではない。@hyakutanaoki

https://twitter.com/hyakutanaoki/status/368212660493361152

 百田が「笑顔で死んでいった」とほざく特攻隊員の心の内がどのようなものであったかは、当の小説「永遠の0」自身が雄弁に物語っている。
 例えば、前回記事でも少し触れた、特攻隊員の生き残りの井崎が、病身を押して健太郎たちのインタビューに応え、亡き宮部小隊長との会話を回想する場面がそうだ。宮部が、彰義隊員の生き残りだった祖父から幕末・明治維新の戦いを何度も聞かされた事を回想し、「今度は孫の俺がアメリカと戦っていると知ったら祖父は驚くだろうな」「俺もいつか自分の孫に、縁側で日向ぼっこでもしながら、おじいちゃんは昔ゼロ戦に乗ってアメリカと戦っていたんだぞって」と語る場面だ。
 そこで井崎が、「その時は日本はどんな国になっているのでしょうか」「平和な国になっていたらいいですね」と思わず漏らしてしまったのに対し、上官の宮部も、それを「非国民」と咎めるどころか、寧ろ一緒になって頷く。そして翌朝、別の空母に配属となりラバウルから飛び立った井崎を、滑走路で見送る宮部が「絶対に死ぬな、どんな事があっても生き抜け」と身振り手振りで語る。その宮部も特攻で亡くなった事を後に知った井崎が、「こんな素晴らしい人まで特攻で殺してしまうような国なぞ滅んでしまえ」と、インタビューで語った。

 それまで井崎の回想をしぶしぶ横で聞いていた、暴走族くずれの井崎の孫が、感極まって突然泣き出した場面だ(講談社文庫版「永遠の0」第5章「ガダルカナル」、248~251ページ)。この場面では、思わず私ももらい泣きする所だった。
 これこそが、大多数の特攻隊員のウソ偽らざる本音だろうが。そして、そう思うなら尚更、今も戦争・軍拡や憲法改正には反対・留保するのが筋だろうが。別に井崎のように「こんな国なぞ滅んでしまえ」とまで思う必要はないが、少なくとも最初の百田のツイッターのような、「笑顔で死んでいった男たちを賛美する」という事には決してならない筈だ。

 私が、前回記事の最後で、「同じように反戦・厭戦の描写を散りばめてはいても、この小説は漫画の「はだしのゲン」とは全然違う」と書いたのも、そういう意味だ。原爆では一瞬にして何十万もの市民が、木の葉の様に焼かれて亡くなった。そして辛うじて生き残った者も、今も原爆の後遺症や恐怖に苛(さいな)まされ続けている。だから、原爆慰霊碑には「安らかに眠って下さい、過ちはもう二度と繰り返しませぬから」と書かれているのだ。
 勿論、最も責められるべきは原爆を投下した米国だ。何も原爆を投下せずとも、日本が早晩降伏するのは分かっていたのに、戦後に対抗する事になるソ連に自国の威力を見せ付ける為に、わざわざ意味もない原爆を投下して、戦闘員でもない多くの市民を殺傷したのだから。しかし、そもそもその原因を作ったのは、「欧米からアジアを解放する」と偽りながら、欧米と同じ様に台湾・朝鮮・中国や東南アジアを侵略していった日本だ。
 だから、戦後、多くの国民が原水禁運動の中で、核廃絶を訴え、過去の戦争にも現代の戦争にも反対しているのではないか。その中で、当初は「アメリカの核は悪い核だが、ソ連や中国の核は良い核だ」とする誤った傾向も一部にはあり、その為に原水禁運動が分裂してしまった時期もあったが、今はもうそんな事を言う人間なぞ誰もいない。米国やフランスだけでなく中国・北朝鮮・インドの核軍拡や、核兵器を生み出し地球を放射能で汚染する原発にも反対し、単に「戦争さえなければ良い」「自分たちの国さえ平和であれば良い」とする狭い了見ではなく、地球上から一切の戦争や差別・抑圧をなくしていこうとしているのではないか。

はだしのゲン 2
クリエーター情報なし
中央公論新社


 上記の特攻隊員の無念を思えばこそ、普通ならこの原爆慰霊碑のように「過ちはもう二度と繰り返しませぬから」となる筈だ。少なくとも百田の様な、「特攻隊員をバカにするな、笑顔で死んでいった特攻隊員の事をもっと敬え」なんて論理なぞ出てくる筈がない。これが戦争反対なぞ言えなかった戦前・戦中ならまだしも、まだそれ位の自由は残されている現代においても、こんな貧相な論理しか出てこないようでは、「では一体何の為にこの小説を書いたのか」と思いたくなる。
 誰も特攻隊員をバカだと罵ったりなぞしていない。寧ろ百田の方こそが、「原水禁運動をやったり憲法改正に反対する人たちは特攻隊員を罵っている」と勝手に思い込んで、宮部や井崎のような特攻隊員を初め、太平洋戦争の犠牲者や、核実験のモルモットにされた兵士(アトミックソルジャー)や、今も放射能に苦しめられる核実験場やウラン鉱山付近の先住民、故郷を奪われた数十万人もの福島原発事故の被災者、原発で被曝データを改ざんされ使い捨てにされている下請け作業員や、第二次大戦で日本軍の皆殺し戦術(三光作戦)やナチスのユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)の犠牲になった人々や、今も大国による戦争の犠牲になっているイラクやシリアの人々に対して、「従軍慰安婦なぞいなかった」「日本は良い事もした」とか言って唾を吐きかけているのだろうが。まるで「世界の国々や日本の国民なぞどうなろうとも、日本の国家や軍隊の面子さえ保てればそれで良い」とか、或いは「今は昔とは違い寧ろ右翼の方が持て囃される、小説もそっちの受けを狙って書いた方が売れる」とでも思っているかのように。

 くだんの小説「永遠の0」には、前述の反戦・厭戦描写とは別に、また別の仕掛けがある。それが、健太郎たちに特攻取材の話を持ちかけてきた新聞記者・高山の描き方だ。「特攻隊員なんて軍国主義に洗脳されたテロリストだ」とする高山に、「お前らマスコミは、戦争中はあれだけ戦争熱を国民に煽っておきながら、戦後になった途端に手のひらを返したように民主主義や平和を称賛して、自分だけ良い子になるな」と怒る元特攻隊員が一杯登場する。
 なら、今の百田は一体どうなのか。幾ら小説の中で戦争の悲惨や軍部の横暴について書いても、作者の百田自身がテレビやインターネットで「自衛隊員は国の守り、国の誇りだ、中国や北朝鮮に舐められるな」と、小説とは全く正反対の事を言っているのだからお話にならない。「(昔)言っている(た)事と(今)やっている事が全然違う」という高山に対する非難は、そのまま今の百田にも跳ね返って来るのに、その事にも気付かないとは、もはや裸の王様だろう。ひょっとしたら、この高山に対する憎しみを煽る事で、特攻隊員を美化したい事こそが百田の本音で、小説の中の反戦描写はそれを隠す煙幕にしか過ぎないのだろうか。 
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「永遠の0」―その感動と限界

2013年09月16日 19時01分33秒 | 映画・文化批評
永遠の0 (講談社文庫)
クリエーター情報なし
講談社

 百田尚樹の小説「永遠の0」(講談社文庫)を読み終えました。文庫本とは言え、600ページもの大作なので、読み終えるまで大分時間がかかりました。
 私がこの本を読むようになったのは、このブログの中で、戦時中の特攻隊員を今のブラック企業の社員になぞらえた事がきっかけでした。「時代背景は違っても、国や企業の為に個人が一方的に犠牲を強いられる構図は何も変わっていない」と私が述べたのに対して、「特攻隊の事を取り上げるなら是非読んで貰いたい」と、ブログ読者の方から勧められたのがこの本でした。

 現代のプータローの息子(佐伯健太郎)が、フリーライターの姉の仕事の関係で、特攻隊員として亡くなった自分の最初の祖父(宮部久蔵)の取材をする事になり、伝を頼りに元特攻隊員から次々に話を聞いていく中で、それまで記憶も定かでなかった宮部の生き様が、この本の小説の中で次第に明らかになっていきます。
 宮部は、類まれな技量をもつゼロ戦パイロットの下士官でしたが、他の特攻隊員とは違い、ひたすら生き延びようとし、部下にも「絶対に犬死にするな」と指導します。また、米軍機を撃墜した後も、パラシュートで脱出する米兵に機銃掃射を浴びせかけた事もありました。その為に、一部の特攻隊員からは臆病者、卑怯者と罵られました。その一方で、戦闘中に宮部に命を救われたパイロットも多くおり、その人たちからは非常に慕われていました。その宮部が、最後には生き延びるチャンスを自ら放棄し、部下の身代わりとして特攻で死んでいったのです。

 その小説の中では、開戦初期のゼロ戦がどんなに優れた戦闘機だったか、機動性(身軽さ)や耐空性(航続距離の長さ)にかけては世界一だった事についても語られていました。この辺については、宮崎駿のアニメ「風立ちぬ」にも詳しく描かれていると思いますが、私はくだんのアニメはまだ見ていないので、ここでは割愛します。その反面、ゼロ戦は、攻撃機としては非常に高性能でしたが、防護機能は貧弱で、後ろから攻撃されたら一たまりもありませんでした。また、当時既に米軍は最新鋭のレーダーを備えていたのに、ゼロ戦の無線は殆ど雑音ばかりで全然役に立たず、それをひたすら現場の精神論・根性論だけでカバーしていたのです。勝ち戦の間はそれでも何とか持っていましたが、やがて負け戦となり根こそぎ動員で軍需工場から熟練工がいなくなると、さしものゼロ戦も次第に粗悪品が目につくようになり、終戦間際にはパワーアップした米軍機にバサバサ撃ち落されるようになります。

 そして、当時の特攻作戦や玉砕の醜い面も、包み隠さず語られていました。戦時中の特攻作戦と言えば、とかく無謀さだけが強調されますが、実際はもっと醜いものでした。下っ端の兵隊には玉砕・特攻を強いておきながら、肝心の将校はと言うと、「大和ホテル」と皮肉られるほど優雅に戦艦「大和」の中で高級料理に舌鼓を打ちながら、自分の保身の為には下っ端の兵隊がどれだけ死のうが知ったこっちゃないといわんばかりの、出鱈目な作戦指揮を行っていたのです。緒戦の勝利に奢り高ぶり、米軍を舐めてかかり兵力を出し惜しみし、物量作戦で木端微塵にやられると、今度は勝算のないまま無謀な突撃作戦が繰り返されました。その挙句に、ミッドウェーでもガダルカナルでも敗退を重ね、気が付いた時には沖縄も本土も焼野原となり、原爆まで落とされた末に無条件降伏。その中で、下々の兵隊だけが「お国の為に」と、ろくに食料の補給もされないまま非業の死を遂げていった様子も、非常にリアルに描かれています。

 そういう話が次から次へと出てきた後で、最後の舞台装置がまた意表を突くものでした。宮部が最後に特攻出撃する際に、自機のエンジンの不調に気付きながら、その機で出撃しておればエンジントラブルの為に特攻作戦から離脱し喜界島に不時着できる可能性があったのに、わざわざ部下にその戦闘機を譲り、自身は「正常な」戦闘機で米軍の空母に突撃して亡くなりました。その宮部と引き換えに生き延びた部下が、何と今の健太郎の祖父だったのです。今の祖父は、実は母とは血の繋がらない赤の他人だったにも関わらず、肉親以上に母を、そして自分たちを愛してくれていた・・・というのが、この小説のあらすじです。

 そういう元特攻隊員の証言の中でも、とりわけ南洋のラバウル航空隊で宮部小隊長の下についた井崎一等飛行兵の話は圧巻でした。末期がんに侵され余命いくばくもない井崎が、病室でインタビューに答える訳ですが、そこに暴走族くずれの井崎の息子も敢えて同席させます。その中で、宮部が父の家業の失敗で借金を抱え、棋士になる夢を断念せざるを得ず、海軍飛行兵の道を選んだのもひたすら生活の為だった事、その中で、ひたすら訓練に励み身体を鍛える中で、やがてベテランパンロットとして頭角を現してきた事、パラシュート脱出した米軍パイロットを撃ち落したのも、再びその米軍が戦場に舞い戻ってくるのを予期しての事、それでも特攻を拒否し、当時血気盛んだった軍国青年の井崎にも、ひたすら生き延びる事の大切さを説き、そのお蔭で何度も命拾いさせられた事・・・。その中で、宮部が井崎と二人きりの時に、「若し戦争が終わり何十年か後に、孫にお爺ちゃんも昔パイロットだったと縁側で話す頃には、日本も平和になっていたら良い」と井崎に話しかけるくだりで、最初はふてくされて渋々聞いていた井崎の孫が、まるで人が変わった様に泣き崩れる場面では、私も思わず泣きそうになりました。

 でも、読み終えた後で何か物足りなさが残りました。それは一つには、あんなに特攻を忌み嫌い、部下にも生き延びるように言っていた宮部が、何故最後に自ら死を選んだのか、その理由が最後まで明かされなかったからです。
 そして二つ目に、小説ではあんなに戦争の醜さを描いた作者の百田尚樹が、関西ローカルのテレビ番組で右翼色の強い「たかじんのそこまで言って委員会」等で、何故あからさまに憲法改正や軍拡に賛成する発言を繰り返す事が出来るのか。そんなに戦争が醜いのなら、なおさら反戦の立場に立つのが筋なのに。これでは、戦前には戦争熱を煽りながら戦後は一転して反戦平和を説いたマスコミの変節を、小説の中で非難する資格なぞないじゃないか。

 その二つがずっと気掛かりでした。この小説も、反戦色を織り交ぜつつも、主人公の宮部を「悲劇のヒーロー」に祭り上げる事で、結局は戦争を美化してしまっているのじゃないかと。本当に戦争に反対ならば、主人公を特攻で死なすような筋書にはしない筈です。とことん生きながらえさせる中で、生きる事の大切さを強調する筈だし、仮に死なすとしても、あんな綺麗に描くのではなく、もっと悲惨な死を強調する筈です。でも、そこまで書いてしまうと身も蓋もなくなり、ドラマにならない(小説として売れない)から、あくまでも主人公だけは「綺麗に」死なせたのかな、という気がします。

 そこが放送作家としての百田尚樹の限界ではないでしょうか。幾ら戦争の悲惨や軍部の横暴・腐敗を背景に描いても、単なるヒーロー個人の悲劇物語で終わってしまうと、せっかくの時代背景も悲劇の「引き立て役、刺身のツマ」にしかならず、寧ろ「今の日本の平和も特攻の犠牲があってこそ、それに引き替え今の若者は甘えている、昔の特攻を見習え」というように、批判していた筈の特攻や戦争を逆に美化する事にもなりかねません。
 でも、放送作家としては、そういう筋書きの方がドラマとしてヒットする。視聴率も稼げ本も売れる。だから、たとえ小説の中では戦争や特攻を批判しても、テレビに出ると「改憲・軍拡に賛成」なぞという正反対の事も平気で言えるのです。そういう意味では、同じ戦争の悲惨さを描いていても、漫画「はだしのゲン」とは似て非なる作品だと思いました。

はだしのゲン 2
クリエーター情報なし
中央公論新社

※後半の結論部分を現行の記述に差し替え、タイトル名も少し変えました。(9月16日19:00)
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転載:藤原紀香の秘密保全法案反対アピール

2013年09月14日 20時11分25秒 | 何でも秘密ではなく積極的に情報公開
※みんなもよく知っている芸能人の藤原紀香が、自分のブログで秘密保全法案反対の論陣を張っているのを偶然知りました。藤原紀香って唯のグラビア・アイドルではなかったんだ。。。。法案の恐ろしさを分かりやすく説明しています。法案に対するパブリック・コメント(公募意見)も政府が募集していて、その提出期限が9月17日。もう余り日にちがありません。訴えの緊急性に鑑み、勝手ではありますが、私のブログでも紹介・拡散させて貰います。以下転載。


秘密保全法案って?(Norika's Diary)
2013.09.13 18:34:07

みなさん、「秘密保全法」 って知っていましたか? 知らない人が多いので、今日はダイアリーに書いてみます♪

http://www.nikkei.com/article/DGXDZO59415920X00C13A9EA1000/

これは以前、漁船衝突事件の映像を海上保安官がネットにアップして秘密漏洩した件などをきっかけに防止策として進んでいるものですが。。。

実は、日経や朝日など各新聞の社説でも、これがこのまま通ると大変なことになると書かれており、もしその可能性があるとしたら、国民の一人としていかがなものかと心配しています

秘密保全法案を、各所で読んでみたらその適用範囲が曖昧なので、
そのようなスパイ行為にあたるものだけでなく、国が‘この案件は国家機密である’と決めたことに関しては、国民には全く知らされないことになり、

放射能汚染、被爆などのことや、他に、もし国に都合よく隠したい問題があって、それが適用されれば、私たちは知るすべもなく、しかも真実をネットなどに書いた人は罰せられてしまう。。。なんて恐ろしいことになる可能性も考えられるというので、とても不安です(注:この後にある顔文字を入れたまま転載すると、電子的な干渉が発生し不具合が生じるので省略)

もちろん、日本を陥れるべくスパイ行為を働いた輩には罰を与えるべきだと思うし、そのようなスパイ行為が起きないよう なんらかの法案が必要となるとは思います。
が、原発の問題や放射能の問題は、国民が知るべきことだと思うので、その国家機密にあたる範囲がどこまでなのか、曖昧なのが問題なのだと思います。

上記のURLの日経新聞の社説にも書いてありますが、「国の情報は公開が大原則のはず。」
そうですよね、国民は知る権利があると思います~

大好きな日本にずっとずっと住んでいたいし、いま一人一人が自分の声をあげないと、
秋の臨時国会にはこの法案がこのまま通ってしまうとのことで、これはきちんと国民の一人として意見しなければと調べましたら、

意見提出期限は9月17日(火)必着です。と電子政府の総合窓口に書いてありました。

こんなに大切な事柄なのに、たった2週間受け付けるパブリックコメントで、この法案を決めてしまうの?!
あと4日足らずなので、それぞれ、賛成、反対などの意見を書きましょう♪

この法案のこと、周りに聞いたら、知らない人が多くて。賛成するのも、反対するのも、こんな法案が秋から実施されることになっているんだよと、まずは‘知ること’が大事ですよね。
だから、皆さんに伝えるために書きました=(*^_^*) 賛成の人、反対の人、それぞれ、意見は政府へのパブリックコメントに書きましょう~。

意見を送る方は以下参照で、とのこと。政府のページから添付です。


↓次のいずれかで日本語にて提出してください。

1)電子メールの場合以下のメールアドレスに送信してください。
tokuteihimitu@cas.go.jp
※ 文字化け等を防ぐため、半角カナ、丸数字、特殊文字は使用しないでください。

(2) 郵送の場合以下の宛先に送付してください。
〒100-8968
東京都千代田区1-6-1
内閣官房内閣情報調査室「意見募集」係宛

(3) FAXの場合以下のFAX番号・宛先に送信してください。
03‐3592‐2307
内閣官房内閣情報調査室「意見募集」係宛


ちなみに、「秘密保全法」ってなに?という方は、こちらのサイトをご覧ください。

日本弁護士連合会「秘密保全法とは?」
http://www.nichibenren.or.jp/activity/human/secret/about.html

このまま施行されてしまうと、「日本の国土がどれくらい汚染されたのか明らかにしたい」ということさえ、タブーになってしまう可能性があるとのこと。

国が、これらを「特定秘密」に指定すれば、反対の声を挙げている人たちや、真実を知ろうとして民間で調査している人やマスコミ関係者などが逮捕されてしまう可能性があるって。。。日本は民主主義国家ではなくなってしまうのかな(T_T)

私も自分の意見、パブコメに送らせていただきました。国民の一人として。

賛成の人、反対の人、みなさんそれぞれの考え方あると思うから、上記にある政府へのパブリックコメント、自由に書いたら良いと思う!(*^_^*)

ここからも書き込めますよ

 http://www.norika.ne.jp/cgi-bin/spdiary-j.cgi?id=7&file=201309
コメント (2)
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転載:福島汚染水流出事故・緊急国際署名(フクロウの会)

2013年09月14日 19時32分52秒 | 福島の犠牲の上に胡坐をかくな
※下記の署名要請が回って来ましたのでこちらでも紹介・拡散します。是非ご協力下さい。

【署名】福島汚染水流出事故・緊急国際署名はじまりました

福島汚染水流出事故についての緊急国際署名がはじまりました
ご協力お願いします!拡散してください!

署名フォーム(PC) http://p.tl/9YXI
署名フォーム(携帯・PC) http://p.tl/5ime
団体賛同も募集中です http://p.tl/I_Pu
国際版(英語版)はこちら https://fs220.xbit.jp/n362/form2/

 福島原発事故による海洋汚染が深刻な状況です。地下水を通じた流出やタンクからの高濃度汚染水の漏洩について、緊急な対応が迫られています。もう一つの重大事故が起きたといってもよいほどです。命の源である海をこれ以上汚染してはなりません。意図的な放出が検討されていますが、絶対に許されません。

 東電に対応能力がないのは明らかです。しかし政府はこの問題に正面から取り組もうとしていません。原子力規制当局は、原発再稼働のための審査に人員を割き、経産省は、汚染水対策をゼネコンらの営業の場として秘密会合を繰り返しています。安倍首相は「状況はコントロールできている」「影響は港湾内で完全にブロックされている」などと事実無根の発言でオリンピックに浮かれています。

 オリンピックどころではありません。原発再稼働どころではありません。原発輸出どころではありません。新規制基準では、重大事故時の汚染水流出は全く想定さておらず、審査により、他の原発で同様の事故を防ぐことはできません。その意味でも、再稼働のための審査は中断すべきです。

みなさん是非署名にご協力ください!この署名は国際的にも取り組まれています

>いますぐ署名してください!
 署名フォーム(PC) http://p.tl/9YXI
 署名フォーム(携帯・PC) http://p.tl/5ime

>団体賛同も募っています→ http://p.tl/I_Pu

>紙版の署名用紙もあります
osensui_kinkyu_kokusai_syomei.pdf」をダウンロード

>拡散してください!海外にも広げてください!
国際版(英語版)はこちら https://fs220.xbit.jp/n362/form2/


********************************

福島第一原発汚染水漏洩・流出事故についての緊急国際署名

原発再稼働・原発輸出どころではありません
命の源である海をこれ以上汚染しないで!

内閣総理大臣 安倍 晋三様
経済産業大臣 茂木 敏充様
原子力規制委員会委員長 田中 俊一様

1.汚染水漏洩・流出事故について、日本政府の責任を明らかにして集中して取り組み、原発再稼働及び原発輸出のための作業を中断すること。
 新規制基準では、汚染水流出は想定外であり、他の原発でも同様の事故は避けられないことから、原発再稼働のための審査は中断すること。

2.海の汚染を防ぐために最大限の努力をすること。タンクの汚染水について、より強固で耐久性の高い方法で貯蔵し漏れを防ぐこと。意図的な放出は絶対に行わないこと。

3.原子力推進機関とは独立な立場にある国内外の専門家により、国際的な叡智を結集して対応にあたること。

4.透明性を確保し、経産省の汚染水処理対策委員会を含む全ての政府関連の会議を公開すること。凍土方式等の対策については、公開の場で早急に再検証を受けること。

5.「状況がコントロールできている」「汚染水の影響は、原発の港湾の中で完全にブロックされている」というIOCの場での安倍首相の発言を撤回すること。

第一次集約 9月25日 第二次集約 10月10日

呼びかけ:グリーン・アクション/国際環境NGO FoE Japan/グリーンピース・ジャパン/おおい原発止めよう裁判の会/美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会(美浜の会)/原子力規制を監視する市民の会/福島老朽原発を考える会(フクロウの会)


◆安部首相のIOCでの事実無根のプレゼンテーション

 安倍首相はIOCのプレゼンテーションで「(汚染水をめぐる)状況はコントロールできている」「汚染水による影響は、福島第一原発の港湾内で完全にブロックされている」と発言しました。日々汚染水が漏れ出ており、政府の対応が後手後手にまわっていること、汚染水の影響が及ぶ範囲は不明であることが事実であり、安倍首相の発言には根拠はありません。

◆汚染水の深刻な状況:大切な海をこれ以上汚染しないで!

 東電福島第一原発事故による海洋汚染が深刻な状況です。地下水を通じた流出やタンクからの高濃度汚染水の漏洩について、緊急な対応が迫られています。もう一つの重大事故が起きたといってもよいほどです。

 3・11事故で大気中に放出されたストロンチウム90は約140兆ベクレルですが、8月にタンクから漏洩した約300トンの汚染水には約24兆ベクレルのストロンチウム90等のベータ線核種が含まれています。東電は別に、地下水を通じて約10兆ベクレルのストロンチウム90が海に流出したと評価しています。(出典:東電)

 溶けた燃料の冷却水を完全に閉じ込めるための対策は全く目処が立たない状況です。凍土方式が提案されていますが、その実現可能性や有効性にきわめて大きな疑問があります。

 命の源である海をこれ以上汚染してはなりません。国際的に大きな問題です。海の汚染に対して、漁業者は怒りをあらわにしています。

◆原発再稼働・原発輸出どころではありません

 東電に対応能力がないのは明らかです。しかし、日本政府はこの問題に正面から取り組もうとしていません。原子力規制当局は、原発再稼働のための審査に人員を割き、経産省は汚染水対策をゼネコンたちの営業の場として秘密会合を繰り返し、安倍首相は原発輸出のためのトップセールスに飛び回わっています。

 政府は、いまこそ、原子力推進機関から独立な立場にある、国際的な叡智を結集し、海の汚染を防ぐために最大限の努力をすべきです。タンク中の高濃度汚染水を処理して意図的に放出することが検討されていますが、これを絶対に行うべきではありません。

 原発再稼働や原発輸出どころではありません。新規制基準のシビアアクシデント対策では、このような汚染水流出を想定から外しています。新規制基準の適合審査を行っても、福島と同様な汚染水流出事故を防ぐことはできません。

 http://fukurou.txt-nifty.com/fukurou/2013/09/post-0114.html
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