アフガン・イラク・北朝鮮と日本

戦争も人権抑圧もNO!万国のプレカリアート団結せよ!

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 アフガン・イラク戦争も金正日もNO!!搾取・抑圧のない世界を目指して、万国のプレカリアート団結せよ!

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酒びたり首相の豪邸は弾圧で守られる

2008年10月31日 05時12分27秒 | 麻生政権で自民終了
 庶民の生活困窮を他所に、元祖・蟹工船(麻生財閥)の御曹司が、毎日酒びたりと成金自慢に浸っているのは、一体どんな所だろうか、一度見に行って来てやろう―という、単にただそれだけの企画に対して、

(1)渋谷署警察官との事前打ち合わせ@ハチ公前(YouTube)
警察との打ち合わせも平和裏に済ませたにも関わらず・・・。



(2)10/26 麻生邸宅見学に向かおうとしたら逮捕(同上)
天下の公道を歩き始めたと思うまもなく、いきなり逮捕。



(3)10/26 渋谷、逮捕前に打ち合わせするデカ(同上)
私服刑事が最初から付け狙っていて、いきなり襲い掛かってきたのが分かる。


 その様な、謂わば警官が自分で転んでおいて公務執行妨害罪をでっち上げる「転び公妨」とも言うべき実態であったにも関わらず、

>「麻生太郎首相の自宅を見に行こう」と呼び掛け、無届けでデモ行進を行ったなどとして、警視庁公安部と渋谷署は26日、東京都公安条例違反と公務執行妨害の現行犯で、氏名不詳の男3人を逮捕した。
>40歳ぐらいの男2人はデモの際、警察官の体を引っ張るなどして、公務の執行を妨害した。(時事通信、2008/10/26-20:55)
 http://www.jiji.com/jc/zc?k=200810/2008102600184

と、平気で事実を捏造するマスコミ。この国の人権侵害は、こういう形で巧妙に行われている。幾ら「民主国家でござい」と偽装していても、実際にやっている事は北朝鮮辺りのそれと全く変わらない。

 以下、少し遅くなってしまいましたが、「麻生でてこい!!リアリティツアー救援会ブログ」から転載。

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フリーター全般労組執行委声明 
不当逮捕への抗議と62億円の豪邸の持ち主への要求

 フリーター全般労働組合は、10月26日、渋谷で、反戦と抵抗の祭〈フェスタ〉2008のプレ企画であるイベント、麻生太郎邸拝見「リアリティ・ツアー」に麻生太郎首相への団体交渉申し入れ書を携えて参加しました。

 この「ツアー」、社会の「貧困」「格差」を解決すべき人物が、私たちとどれだけかけ離れた暮らしをしているのかをこの目で見て実感する、誰もが歩くことができる公道を、渋谷駅頭から麻生邸の前まで歩きながら、その土地だけで62億ともいわれる豪邸をくっきり目に焼き付けて帰る、という趣旨のものでした。

 フリーター全般労働組合が麻生首相に団体交渉の申し入れをしたのは、私たちが日々取り組んでいる不安定雇用で働く人たちや失業者の労働や生活の問題が、個別企業を相手にするだけではらちがあかず、格差と貧困を放置し拡大させた国にものを言わないと解決しないと考えたからです。

 私たちは、日々、アルバイトをクビになって生活が立ちゆかなくなった、有期雇用で雇い止めされた、残業代が支払われない、社会保険に加入させてもらえない、仕事中にケガをしても自費での治療を強要された、偽装請負や多重派遣で働かされ、複数の会社から給料のピンハネをされている――といった相談を受けては、睡眠時間を削り自分の稼ぎを減らしながら懸命に会社との交渉に走り回っています。それでも不安定雇用で働く人の相談は途絶えることがありません。

 日雇い派遣の問題も、違法を繰り返した最大手の2社は廃業することになりましたが、管轄する厚生労働省は、長く違法状態を放置し、廃業により仕事や住居を失った日雇い派遣労働者に有効な手をさしのべることはありませんでした。そもそも日雇い派遣がこれだけ拡大したのは、派遣法の規制緩和を繰り返し、派遣可能業務を原則自由化したために、直接雇用のアルバイト、日雇い仕事の雇用が侵食されたからです。

 一方で、小泉、福田首相に引き続き、麻生首相は、インド洋での給油活動を含む「対テロ戦争」に莫大な税金を投入しながら、世界規模で人が生きる基盤を壊しています。政権与党は、税制を大企業や高所得者に有利なように変え続けてきました。

 金持ちが優遇され、それ以外の人たちの生活がどんどん不安定にさせられるなかで、格差社会の頂上にいて、莫大な資産を持ち、私たちとかけ離れた「金銭感覚」を持つ麻生首相に、直接、私たちの置かれている格差と貧困の問題を説明し、政策の変更を訴えよう。私たちはそう考えながら、渋谷駅から麻生邸に向けて歩道をゆっくり移動していました。拡声器も使わず、隣の参加者と肉声で談笑しながら。参加者はおよそ50人ほどでした。

 午後3時、渋谷駅ハチ公前に集まった50人の前にあらわれた渋谷警察署警備課は、麻生邸の規制区域に近づいたら「5名ずつならば通す」旨を向こうから連絡してきました。私たちはそれを踏まえた上で平穏に歩いていました。そして、その直後のことです。道玄坂下に私たちがさしかかろうとしていた瞬間、警視庁公安部及び渋谷警察署警備課は、突如参加者の中へ突入し、3人の仲間を無理矢理羽交い締めにし、路上に組み伏せ、連れ去っていきました。

 逮捕された3名には、公安条例違反や公務執行妨害といった「罪状」がならべられていますが、昨夜からすでに一部流されている報道は、警察による虚偽の情報にもとづいたものです。まず、警察はこの移動を「デモ行進」であるとは一度も宣言していませんし、中止の勧告=「再三の警告」もありませんでした。そしてもちろん、参加者が「警察官を殴るなどした」「暴行を加えた」などという事実もいっさいありません。これらは、現場で撮影されている複数のビデオ映像からも明らかです。

 私たちは、道理に対しここまでの非道理を重ね、仲間を逮捕し拘禁し、事実を完全にねじ曲げた虚偽宣伝を行う警察に、厳然と抗議し、3人の仲間をすぐに返すことを要求します。
 そして、このような無法警備に守られている62億円の豪邸の持ち主が、私たちの問題にきっちりと応えることを要求します。

2008年10月27日
フリーター全般労働組合執行委員会
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元祖・猫カフェ

2008年10月28日 19時02分16秒 | 身辺雑記・ちょいまじ鉄ネタ
 不肖、このグーのレンタル・ブログ・サービスには、複数の画像をアップ出来る機能もある事を、今頃になって初めて知りました。それまでは、カスタム・テンプレート仕様に変更などしない限り、一つの記事には一つの画像までしかアップ出来ないと、思い込んでしまっていました。お陰で、散策先で撮った写真も、泣く泣く没にした事も数知れず。

 という事で、今までアップ出来なかった猫の画像も、これからは身辺雑記コーナーで適宜紹介していきたいと思います。ちなみに、このブログのプロフィール欄に貼り付けてある画像の黒猫は、「チョンマ」という名のメス猫。今から10年ほど前に、兄貴の経営するビデオ店に迷い込んできて、飼われるようになりました。以前に遭遇した交通事故の所為で、下あごが少し欠損していますが、兄貴に飼われ餌にありつけるようになってからは、次第に健康を取り戻し、今に至っています。元々賢い猫で、事故の体験もあってか、道路を横断する時は必ず左右の安全確認をしてから渡ります。

  
  

 上記の写真は、その兄貴の店の近くにある、「英瑠座(えるざ)」という名の喫茶店で飼われている猫の一部です(クロ・チイ・パー子)。いずれも近くに捨てられていたのを、店のママやその子どもが拾ってきて、其処で飼うようになったものです。
 3匹のうちメス猫はチイだけで、後はパー子も含めて、全部オス。「オスなのにパー子とは、これ如何に?」と言うのは在りますが、これは店の隣に住む祖父の命名に因るもの。ママの家には、他にもう3匹ほど猫が居ますが(それぞれドライ・チャシロ・マシロという名だった様に思う)、それらは店には殆ど出て来ず、出てくるのは上記3匹だけ、それも殆どクロだけ。

 近くに大きな幹線道路が走っている所為か、残念ながらこちらの3匹も全員、チョンマと同様に交通事故に遭っています。特にクロは事故が元で片目になってしまい、パー子も同様に左目の瞳孔が開いてしまっています(左右で目の色が違うのはその為)。
 そういう可愛そうな目に遭った猫たちですが、今は治療の甲斐あって健康も回復して、お客さんに愛想を振りまき、近所の子どもたちの人気者になっています。

 関西で猫と言えば、何と言っても和歌山電鉄貴志川線の「ネコの駅長・たま」が有名ですが(私も2回ほど足を運んだ)、この喫茶店のネコたちも、それに負けず劣らずで。事実、ネコのお陰で来店客が再び増えだし、それに連れてママの持病のリュウマチも快方に向かい、今では祝日の午前中も営業するまでになっています。
 私も、今日のバイト休みに、兄貴の店に所用の帰りにココに立ち寄り、注文のコーヒーの他に、塩饅頭と林檎まで戴く事になりました。クロの甘える事と言ったら。その他の写真も一杯あるのですが、全部アップしていたのではキリがないので、それはまた次の機会にでも。

 
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京品ホテルの利用で争議支援を!

2008年10月26日 23時34分11秒 | 反貧困・新自由主義
京品ホテル廃業で従業員組合「独自営業」へ / 京品ホテル 自主営業中!


 今日のバイトの休み時間に、テレビで上記のニュースをやっていたのを、私も見ました。己の経営の不始末で廃業・解雇を強行しておきながら、「だまし討ち」の様にこっそりホテルの鍵を付け替えて、従業員を職場から締め出し、挙句の果てに、薄ら笑いを浮かべて団交の場から逃げ出すとは。この社長のやっている事は、まるで「ホテル蟹工船」ではないですか。
 そう言えば私の地元・大阪でも、似たような事例がありました。「タクシー蟹工船」ともいうべき第一交通グループに乗っ取られた南海佐野交通のタクシー労働者の闘いがそれです。昔も今も、資本のやり口は全く同じ。京品ホテル社長の薄ら笑いも、従業員にだけ犠牲を押し付けて、自分たちは高額報酬だけチャッカリ手にして後はトンズラを決め込んだリーマンの経営者や、料亭・バー依存症の麻生太郎、グッドウィル折口やNOVA猿橋の行状を、髣髴とさせるものがある。
 今のバイト先ではなかなか連休で休みが取れないので、旅行する機会も残念ながら今はもうメッタにありませんが、それでも東京に出掛けた時は、私も出来るだけ京品ホテルで食事も宿泊もする事に決めました。以下、争議支援のブログからも転載します。

(転載開始)
京品ホテル、自主営業中!

既に報道などでご存知の方もおられると思いますが、品川駅前、創業137年の京品ホテルは、運営会社である京品実業とハゲタカファンド(注:リーマン・ブラザーズ日本法人子会社)との結託によって一方的に廃業が宣言され、全従業員が一方的に解雇されてしまいました。
黒字営業のホテルを別事業の失敗の借金のカタとして閉鎖し、従業員を路頭に迷わせた上で自分は借金を棒引きしてもらおうとする小林誠社長は、従業員との団体交渉を拒否し逃げ回っています。
従業員のみなさんは、「廃業撤回」「雇用継続」を求め、21日に東京地裁に仮処分申請を行い、またホテルと1階飲食店の自主営業を開始しました。
みなさん、このたたかいへのご注目とご支援をよろしくおねがいいたします!
1階飲食店にもぜひお越しくださいませ。
(転載終了)
http://keihinhotel.blog49.fc2.com/blog-entry-1.html
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公明党ポスターからも分かる政治の退廃

2008年10月25日 23時19分16秒 | 反翼賛・二大政党制
 この公明党ポスターの件でもそうですが、今の自公プラス民主党執行部による体制翼賛政治は、もう「毒食らわば皿までも」の喩えの如く、とことん行き着く所まで来てしまった様な気がします。

 くだんのポスターのキャッチについても、「それ、総理にかけあってみます」というものがその中にあるのですが、公明党関係者は、そんなキャッチが今でも「売り」になると、本気で思っているのでしょうか。
 ご祝儀相場も不発に終わり、4割そこそこからスタートした麻生内閣支持率も、既に36%にまで下落(毎日新聞世論調査)という、そんな「総理にかけあってやる」と言われても、一体どれほどの有難味があると言うのでしょうか。そんな「寄らば大樹の陰」の魂胆が見え見えの、さもしい事大主義根性丸出しのキャッチなど、まともな感覚の持ち主なら、とてもじゃないが恥ずかしくて掲げられないものですが。

 また、この21日に、新テロ特措法が衆院を通過し、インド洋上での自衛隊の給油活動が更に延長されましたが、その件についても。
 そもそも、アフガン・イラク戦争に付き従っているのは米国の影響下にある一部の国々だけで、それも渋々付き合わされている国々も少なくなく、その結果いずれの参戦国も大なり小なり、米国と一蓮托生で「テロ戦争の泥沼」に嵌り込んでしまっているのも、もはや誰の目にも明らかなのに。
 そうであるにも拘らず、何故「国際貢献」などと言う見え透いた嘘を、無理やり自分自身に言い聞かせてまで、こんな道理の無い戦争に協力しなければならないのか。
 しかもあろうことか、この特措法に反対の筈の民主党までもが、衆院解散と引き換えに、同法の衆院本会議での採決日程には合意してしまったのには、もう開いた口が塞がりません。あくまで特措法改悪阻止の為の政権交代であり衆院解散である筈なのに、肝心の改悪法に賛成していたのでは、政権交代や解散も全くやる意味が無くなります。
 こんな自公与党や民主党執行部の言い分など、普通に考えれば、誰が見てもとっくに破綻しているのに、真っ当な異議申し立ての声は、全て何処かで握り潰されてしまい、決して政治の上層には届きません。

 また、この前の中山成彬「日教組が教育現場のモラルを低下させた」云々の暴言にしても、これまた同様です。モラル低下や子供の非行の原因は、「日教組」などにではなく、当の自分たち政治家による退廃・腐敗・ウソ・ペテンにある事ぐらい、少し考えたら誰でも分かりそうなものを。
 子どもの実態は、大なり小なり、大人社会の反映でしかないのですから。教育基本法改悪の時のやらせミーティングに始まり、松岡「浄水器」大臣の自殺や赤城「バンソウコウ」大臣の辞任、九間「原爆しょうがない発言」から、果ては安倍・福田二代に渡る政権放り出しと、自分たちはこれだけムチャクチャな非愛国・不道徳政治をやっておきながら、その責任を日教組になすりつけ、お上に言いなりの似非「愛国心、公徳心」を国民に押し付けようとする。こんな破廉恥な行為が堂々とまかり通る事自体が、もはや異常な政治状況であると言わざるを得ません。

 この様に、誰でも少し考えれば分かりそうな大ウソを平気でつけて、しかもそれで平然としていられる程、異常な政治がまかり通ってしまっているのです。公明党のまるで「人を食った」としか思えない標記の政治ポスターは、正にそういう政治の反映でもあるのです。

 80年代の「中曽根行革」と、同年代末の「ベルリンの壁」崩壊、その後の小選挙区制施行を契機に、それまではある程度明確であった「保革対決」の政治軸が不鮮明になり、それに代わって石原・小泉・橋下・東国原などの似非「改革者」が人気を博する様になりました。
 しかし、「ベルリンの壁」崩壊が、保守や資本主義の勝利を意味するものでは全く無い事は、ワーキングプア・所得格差・自殺者の激増ぶりや、昨今のサブ・プライムローンやリーマン・ブラザーズの破綻劇を見ても明らかです。それが小選挙区制と財界による政治支配のお陰で、ストレートに政治変革を求める動きにはなかなか為らず、政治的諦観(棄権)・ニート・引きこもり・リストカット・練炭自殺・秋葉原事件・個室ビデオ放火事件などの形や、ファシスト然とした似非「改革者」への淡い期待となって、歪んで表出されてしまうのです。

 事実、90年代を境として、国政選挙の投票率が、それ以前の70年代~80年代と比べると、約10ポイントも下落してしまっているのが分かります。特に小選挙区が導入された衆院選で、その傾向がより顕著となって現れています。
 若し今の小選挙区ではなく、もっと民意が反映される選挙制度であったならば、「保革対決」の政治軸が見えなくなる事もなく、これらの10ポイント前後の棄権層は、間違いなく野党、それも革新野党に流れ、公明党も、こんな下らないポスターに国民の税金(政党助成金)を費やす事も無かった筈です。そういう意味では、この公明党のポスターは、退廃政治の土壌に咲いた徒花の一つであると、言う事が出来るでしょう。
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有権者をバカにするな

2008年10月22日 23時04分00秒 | 身辺雑記・ちょいまじ鉄ネタ
 確かに、政党がどういう内容の政治ポスターを掲げようが、それはその党の勝手ですが。しかし、それでも、最近の公明党のポスターには、唖然とさせられるものが多いです。

 凡そ、政党の政治ポスターというのは、その党の政治的主張なりスローガンを、分かりやすく人々にアピールする為のものでしょう。自民党ならば、差し詰め「テロに屈するな」とか「改革の手を緩めるな」とかが、それに当たるのでしょう。その内容の是非はともかくとしても。
 それが、ここ最近の公明党のポスターだけは、一体何が言いたいのか、全くよく分からないものが多すぎます。

 当該ポスターの中でも、まだ税金に贅沢三昧の語を引っ掛けた「贅金(ぜいきん)カット」ぐらいなら、言わんとする事は何となく分かります。「公務員のムダ遣いを無くせ」と言いたいのでしょう。米軍の思いやり予算やムダな大型公共事業、大企業減税、政治家やゼネコンとの癒着には全然メスを入れず、末端の公務員叩きでガス抜きを図ろうとしているのが、もう見え見えなのはとりあえず横に置くとしても。

 しかし、この「青いってことは未来があるってこと」とか、「幸せな2人が、一番苦しかったりする」とかいうポスターに至っては、もう何が言いたいのかサッパリ分かりません。政党のポスターなのに、何故こんな教育標語みたいなスローガンをわざわざ掲げているのか?
 もう、ここまで来ると、単に「奇をてらった」というレベルを通り越して、完全に「人を食っている」。如何にも有権者を小バカにしている様で、こんなポスターを毎日見せつけられる方としては、非常に気分が悪い。

 与党入りして久しく、かつての「福祉・平和の党」のメッキも完全に剥げおち、自民党の補完勢力に完全に成り下がってしまったので、もはや「語る言葉」すら失ってしまったのでしょうか。ここにも、「劇場政治」の悪弊が顔を覗かせていると、言うべきか。

●公明党曰く、この種のポスターは「青年ポスター」と言って、「ワカモノを応援する重点政策」と銘打った選挙公約に連動しているのだそうです。しかし、そんな党内の事など、一般有権者が知る筈が無かろうが。
 http://www.komei.or.jp/news/2008/0702/11904.html
 http://www.komei.or.jp/youth_site/flyer/index.html

●コラム「アンテナ」 公明党ポスターを考える(高知民報)
 http://www11.ocn.ne.jp/~jcpkochi/minpo/topic/2008/080914komei.htm
 私と同じ事を感じていた人は、他にも少なくなかった様です。「地球温暖化の主因はCO2(二酸化炭素)を過剰に排出する生産システムにあるのであって、CO2自体は光合成にとっても必要不可欠なものなのに、打倒CO2!!とはこれ如何に?」という事は、私もくだんのポスターを見た時に直ぐ感じました。

●OISR.ORG20世紀ポスター展(戦前版)
 http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/poster/index.html#toc
 大原社会問題研究所が所蔵する、戦前の共産党・無産政党・労働組合などの政治ポスター。当時のものは、弾圧の激しさを反映して、「無産者新聞を読め!」という絶叫調のものが多い。当時非合法だった共産党だけでなく、合法無産政党で右翼社会民主主義の社会大衆党ですら、初期のものには「反動ファッショ粉砕!」と言ったスローガンが目に付きます。但し後者の方は、次第に侵略戦争容認に傾いていくのが、ポスターからも見て取れますが。どちらにしても、何が言いたいのかサッパリ分からない、今の公明党のポスターとは雲泥の差です。
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制裁でも対話でもなく北朝鮮の平和解放を

2008年10月19日 23時08分02秒 | 北朝鮮・中国人権問題
季刊リムジンガン 第2号(2008夏)―北朝鮮内部からの通信 (2)

アジアプレス・インターナショナル出版部

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・北朝鮮のテロ支援国家指定、米が解除 6者維持へ譲歩(朝日新聞)
 http://www.asahi.com/international/update/1011/TKY200810110170.html?ref=goo
・テロ指定解除:対北朝鮮で米政府が発表 核検証計画に合意(毎日新聞)
 http://mainichi.jp/select/world/america/news/20081012k0000m030079000c.html

 上記ニュースにもある様に、先日11日に、北朝鮮の核無能力化再開に伴い、米国が同国に対するテロ国家指定を解除しました。少し遅くなりましたが、今回はその件について、自分の思う所を書いておきます。

 911テロを機に、アフガン・イラク反戦を訴えて始めた私のHP・ブログが、北朝鮮問題にも言及する様になったキッカケは、あくまでも拉致問題でした。しかし、今はもう、北朝鮮問題に関して一番憂慮すべきなのは、核問題でも拉致問題でもなく、北朝鮮国内の人権問題だと思っています。

 金正日を中心とした個人崇拝・世襲政治の下で、身分制度や密告制度、強制収容所網によって国民が縛り付けられているこの国の実態は、もはや「社会主義国」とはとても呼べない、単なる「封建王朝」にしか過ぎないのは明らかです。
 その北朝鮮の人権状況を抜きにして、米国・ロシア・中国などの核大国が幾ら北朝鮮の核保有を論った所で、所詮は「核保有国のエゴ」でしかありません。また、幾ら日本人拉致ばかりを言い募っても、米国やその配下の軍事独裁政権が、アフガン・イラクや中南米で同様の犯罪行為に手を染めてきた事実には頬かむりでは、当事者以外にとっては「どっちもどっち」にしか映りません。

 確かに、北朝鮮の人権問題は、最終的には北朝鮮人民自身によって解決されるべき問題です。しかし、「世界人権宣言」が、国家・民族の枠を超えた人権の普遍性を謳っている様に、この問題は単に当該国だけの問題に止まるべきものではありません。限度を超えた人権抑圧に対して、「民族自決権」を口実に「知らぬ存ぜぬ」の態度を取る事は、とりわけ弱者の人権擁護を任じる左翼・リベラルにあっては、在ってはならない事と考えます。

 まず、金正日体制の崩壊によって、北朝鮮人権問題が解決に向かう事で、核や拉致の問題は言うに及ばず、今まで長年打ち捨てて置かれた日本の過去の帝国主義・侵略戦争に対する歴史総括や、国家間のODAや経済協力と引き換えに黙殺されてきた個人に対する戦時賠償の問題も、初めて本格的解決に向かい始めます。
 そして、東西冷戦の残滓と米国の軍事的・経済的支配の下で、「民主的」装いを凝らした新自由主義的搾取によって、「ネットカフェ難民生活」や「派遣イジメ」に痛めつけられてきた、日本などアジア資本主義諸国の人民にとっても、国内政治の民主化や対米従属からの解放、非核・非同盟・非軍事化への道に、本格的に歩み出せる展望が初めて開けます。
 斯様に、この北朝鮮人権問題は、単に日本人拉致家族だけの問題や、当該国人民の解放だけに止まる問題ではなく、周辺国人民の、我々の解放にも関わる問題でもあるのです。

 今の北朝鮮問題を巡る「制裁か、対話か」の議論の中で、どちら側の主張にも私が組する気になれないのは、そのどちらにも、前述の「人民解放」の視点が決定的に欠けているからです。「制裁論」にも「対話論」にも、北朝鮮やその近隣諸国で実際に生活している人民・民衆の姿が、全然見えません。
 ネオコン(新保守主義者)や靖国右翼が主張する北朝鮮「制裁論」は、軍需産業・軍拡勢力と金正日独裁体制との「鞘当て」にしか過ぎません。それを「お涙頂戴」の、拉致問題を自民党の悪政隠しに利用するNHK「命令放送」で誤魔化しているだけです。その一方で、ネオリベ(新自由主義者)や財界、共産党・社民党などの議会左派が主導する北朝鮮「対話、国交正常化実現論」についても、こちらも資本主義諸国と金正日体制との「談合」でしかありません。後者では確かに戦争は避けられるかも知れませんが、所詮は「新自由主義」の北朝鮮への拡大にしかならないと思います。今の中国がそうである様に。
 では、「戦争・ファシズム」でも「格差社会・新自由主義」でもない北朝鮮・東北アジアを作るには、どうしたら良いか。これは直ぐには答えが出る問題ではありません。ただ一つには、周辺諸国による脱北者の組織的受け入れで、東ドイツやチェコと同様に無血解放の道を辿る可能性があるのではないかと、漠然と予想しています。

 いずれにしても、「制裁か、対話か」の議論は、私にとっては、それ自体には余り興味はありません。私も、HP立ち上げ当初は、どちらかと言えば後者に近い考え方で、一時期はその是非を決めかねて態度を保留した事もありましたが、今はもう、そんなものは、「自民党と民主党のどちらが、より左寄り(革新的)か?」と言った類の、北朝鮮人権問題の本質を覆い隠す「ニセ対立」でしかないと、思っています。
 「救う会・調査会」界隈では何やら、今回の米国による「北朝鮮テロ国家指定」解除に対する怨嗟の声が満ち満ちている様ですが、そもそも私は、米国のキューバ・イラン制裁に見られる様な、特定の超大国・帝国主義国による恣意的な「テロ国家指定」そのものを認めない立場です。さりとて逆に、「指定解除」がそのまま「東北アジアにおける真の平和・人権・民主主義の確立」に直結するものか否かを考えると、手放しに礼賛する気にもなれません。その理由は前記で述べた通りです。
 北朝鮮の市場経済化への移行が、彼の国の民主化への契機にもなり得るという意味では、確かに少し期待も持てますが、そこで人民が民主化に立ち上がらなければ、それは単に「開発独裁」を補強するものにしかなりません。かつての朴正煕・スハルト・ピノチェト独裁政権がそうであった様に。過去の植民地支配に加えて、現在の「派遣イジメ」まで北朝鮮人民に味わせる様な真似は出来ません。それはもう我々だけで沢山です。

 そんな「制裁か、対話か」といった議論よりも、実際にそこで生活している北朝鮮人民や、彼の国と繋がりを持つ在日コリアンの方々が、何を思い日々生活を送っているのか、そこに寄り添う事の方が、一見地道に見えて、実は「制裁か、対話か」よりも遥かに重要であると思います。
 「護憲は言うが北朝鮮問題には及び腰」でも、「排外主義・国家主義扇動に乗せられてファシストの先導役を買って出る」のでもなく、日・朝をも含む全・東アジア人民の連帯で、改憲・右傾化策動や新自由主義にも、北朝鮮や中国の人権抑圧にも反対し、それぞれの国で民主化を勝ち取っていく。私は、この姿勢こそが、世界人権宣言・日本国憲法の理念を真に体現したものであり、左翼本来の立場でもあると考えます。
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これでは共闘とは言えない

2008年10月14日 22時38分02秒 | 映画・文化批評
 前号エントリー記事の続編です。10月11日当日午前中の「蟹工船」映画上映会に続き、午後からは次の映画上映までの約1時間余りの間に、浅尾大輔氏の関連講演が行われました。
 そこでは、前号でも少し登場した雑誌「ロスジェネ」の浅尾編集長が、自己紹介や今までの労働相談を交えて、今の民間や公務職場で働く派遣・請負労働者の悲惨な境遇について語っておられました。

 労働相談の事例紹介コーナーでは、某財団法人の業務を請け負っている労働者が、請負会社から1ヶ月毎に契約更新させられた挙句に、同業他社との落札競争に負けた結果(こんなもの雇用者側の勝手な都合でしょうが)、契約期間も満了していないのに突然解雇された話などが紹介されました。その契約内容たるや、就業場所が明示されていないばかりに、何と海外出張までさせられていたというのには、流石に私も驚かされました。
 正規職員以上の仕事を、業務請負のパートに低賃金で散々させておいて、それで口頭でいきなり解雇という、正しく官製ワーキングプアの典型例です。得てしてマスコミは、高級官僚の天下りも、こういう官製ワーキングプアも、全て十把一絡げにした上で、後者ばかりをスケープゴートに仕立て上げて、庶民の目を逸らそうとします。その一方で、政府・財界とつるんだ前者に対しては、形ばかりの追及でお茶を濁し、ホトボリ冷めればもう事実上お咎めなしで済ましているのですから、いい気なモンです。現在この請負会社の従業員は、組合に結集して闘っているそうです。

 そういう話の中で、浅尾氏が「たかじんのそこまで言って委員会」という、「ネオコン・ネオリベ・ネットウヨク」ヨイショの右寄り番組に出演し、「蟹工船」の話をして「精神論者(たかじんたちホスト側を指す)とも共闘出来た」と言っていたのですが、私はこれについては大いに異議ありです。
 この番組のくだんの場面(今年6月8日放送分)は、確かに私もたまたま見ていたようで、「ああ、あの場面か」と直ぐにピンと来ましたが、お世辞にも「共闘出来た」などとは、到底言える代物では無かった様に思います。

※問題の討論は、上記リンク先ブログの、3つ並んだ動画のうちの「上段」動画の5分過ぎから、「中段」動画の9分過ぎぐらいまでの、30分間余りに渡って行われています。

 まあ、私がここで彼是言うよりも、百聞は一見にしかずで、実際に当該動画を視聴してみたら良い。勝谷誠彦にしても、三宅久之や金美齢にしても、自分たちが若い頃の、時代背景も経済環境も全く異なる時代の狭い経験や、一知半解な知識だけに基づいて、バカウヨ親父の「精神論・根性論」丸出しの俗説を、ただ垂れ流しているだけだという事がよく分かります。
 それに対して浅尾氏は、今のワーキングプアの置かれた現状を、一つ一つ事実に基づいて懇切丁寧に説明されていました。私からすれば、まともな登場人物は浅尾氏一人だけで、後は全て「付け足し」でしかない。

 あれでは、お世辞にも「精神論者との共闘成立」とは、とても言えません。
 「精神論者」たちはと言うと、いつもの「俺の若い頃は」云々を散々繰り返した後に、果ては「怠け者は蟹工船や自衛隊に入れて鍛えろ」と、もう厨房発言丸出しで、最後まで議論がすれ違いに終わっていただけではないですか。そもそも、当事者間に一定の下地(共通認識や要求の一致)や共同の意思が無ければ、共闘なんて成立しません。
 しかし、そうは言っても「ホスト」としての立場上、自ら呼んだ「ゲスト」を完全に無碍にも出来ないので、最後の最後で形式上エールを送った形にして、何とか辻褄を合わせただけではないですか。

 だから、11日の講演会での浅尾氏の「共闘成立」との評価は、余りにも甘過ぎ。それよりも寧ろ、当該雑誌「ロスジェネ」秋葉原事件特集別冊での、増山編集委員の下記評価の方が、実態に即していると思いました。

―たぶん、その勝谷さんや三宅さんのまわりには、本当に苦しんでいる若い人たちが見えないんじゃないかと思いますね。ある程度、成功したと自分で思っていたりすると、いいお店しか行かなかったりとか、お金持ちの友だちしかいなかったりとか、 それってジャーナリストとして終わりだと思うんですけど 。もっと、この国のいろんな細部で起こっている軋みや悲鳴をちゃんと聞かないといけないと思うんですけど。だから、たかじんさんの番組に出ていた人たちは、ガチで現場を知らないんじゃないかな。
 あと、テレビというなかで、かっこいいことを言わなきゃとか、喧嘩の図式にした方が面白いショーになるんじゃないかとか、そういう打算とか計算もあったと思います。それだと、テーマの深刻さに反して、何かものごとの本質がずれてくる気がしますよね。何でもバラエティ化してしまうということになると。―(P.14、但し色字での強調処理は引用者が施したもの)

 あと、勝谷が討論終盤間近で口にした、「官公労=既得権擁護に走る労働貴族」的な物言いに対して一言。
 確かに一般論で言えば、既存の官公労が、それまでの既得権を守るのに汲々として、結果的に官製ワーキングプアを容認してきたのは事実です。その上に立って、その個別具体的な「既得権」批判の公正な吟味が次に必要ですが、仮にその批判を100%認めたとしても。
 では逆に聞きますが、「飴とムチで、労働運動をそういう風に歪めてきたのは、一体誰なのか?」と。「戦後の逆コースの中で、公務員からスト権を剥奪したのと引き換えに、飴玉しゃぶらせて労組を腐敗させてきたのは、他ならぬ手前たちの方じゃないか」と。「お陰で、こちらは労組内部の建て直しに苦労する破目になったが、それはあくまで弱点克服の新たな糧として、我々の課題として取り組んでいく」「真摯な批判には我々も向き合うが、”為にする批判”には取り合わない」と。

(関連記事)
・まんが蟹工船
 http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/715f2d0c3f0d9ebfd0aad471878851b4
・ニセモノ蟹工船には要注意
 http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/24e6d2919d3af192b14ec00465dcaf2d
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ニセモノ蟹工船には要注意

2008年10月14日 08時20分39秒 | 映画・文化批評
蟹工船・党生活者 (新潮文庫)
小林 多喜二
新潮社

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 遅くなりましたが、10月11日(土)に行われた「蟹工船」映画上映・講演会について簡単に報告しておきます。当該の催しは大阪市の鶴見区民センターでありました。今何かと話題の、小林多喜二原作のプロレタリア小説「蟹工船」の映画上映と、作家・雑誌「ロスジェネ」編集長の浅尾大輔氏による関連講演会です。主催したのは大阪の地域労組が中心になって作られた上映実行委員会。当日は映画と講演の二本立てで、午前中に映画上映、午後1時から浅尾氏の講演、2時半から再び同じ映画の上映というスケジュールでした。
 私は、たまたまバイト定休日の11日に、この催しがある事を数日前に知り、飛び入りで午前中の映画上映と午後からの講演に参加しました。会場となったセンター2階の大ホールには、100名ぐらいの方が来られていました。

 上映された映画は、戦後間もない1953年に製作された、山村聡・監督作品のモノクロ映画です。大分古い映画なので、正直言って、字幕は読みにくく配役の言葉も聞き取りづらかったです。既にYouTubeでも映画全編が視聴出来ますので、サワリの部分から下記にアップしておきます。それで、まずは映画の雰囲気を掴んでいただければと思います。

kani-kou-sen(01/11)


※注1:この「kani-kou-sen」の全編(01/11~11/11)については、改めて下記URLをクリックして視聴して下さい。
 http://jp.youtube.com/watch?v=eIceiSYCLxU&feature=related
※注2:これとは別に、ブックトレイラー(本の動画予告)の「蟹工船」もYouTubeに流れていました。それは下記URLをクリックすれば視聴出来ます。現代人にはこちらの方が見やすいかも。
 http://jp.youtube.com/watch?v=EPZGsODiYM4&NR=1
※注3:映画「蟹工船」上映委員会のサイトもあります。
 http://plaza.rakuten.co.jp/kanikousen/

 まあYouTubeでも視聴出来るのであれば、何もわざわざ現地まで見に行くことも無かったかも知れません。しかしそれでも、見るだけの価値はありました。
 何よりも、映画を見た事がキッカケで、改めて小説(新潮文庫版)を読み直す事になり、それまでの漫画版だけの知識によるいい加減な先入観を払拭する事が出来ました。この際恥を忍んで書きますが、私は「蟹工船」については、文庫版も大昔に読んだ事があるものの、最近はブーム以降に出始めた漫画版(それもどちらかと言うと亜流のイースト・プレス版)を見ただけで、「蟹工船」を再認識したつもりでいました。

 その漫画を見て書いた最初の記事が今年2月23日付の「まんが蟹工船」ですが、私はその時点では、嵐でロシア沿岸に漂着した漁夫の一団が、現地でオルグされた事が、後のストライキの直接のキッカケになったと、誤解していました。
 確かにその前段で、脱走を企てた雑夫(雑用係の労働者)が鬼監督によって便所にずっと閉じ込められたり、病気で作業中に倒れた学生雑夫が見せしめの為に首に罪状ぶら下げられて晒し者にされたり、脚気で死んだ学生雑夫がまともな葬式もされずにボロ袋にくるまれて海に投げ捨てられたり、監督にピストルで脅され「大焼き」まで入れられたり、そういうのが背景にある事も一応は原作に沿って書かれていましたが、あの書き方では、あくまでも直接のキッカケは漂着時に受けたオルグだというストーリーになっていましたから。

 しかしその後、他の漫画を読み、文庫も改めて読み直した結果、それはあくまでもキッカケの一つでしかない事が分かりました。
 前述の漂着時以外にも、発動機船のスクリュー修繕の為に何人かが陸に上がった時に、そのうちの一人が共産主義のパンフレットをこっそり持ち帰り、船内でみんなに回し読みされた事も、後の決起の遠因となります。また、仕事中の仲間同士の罵り合いの中で、一人が何気なしに発した「威張んな、この野郎!」という言葉が、次第に喧嘩とは無関係の流行り言葉となって、船内に広がっていった事も、そのキッカケになっています。そして何よりも、大嵐の日に鬼監督の浅川が、突風の警報が出ていたのも無視して、労働者に出漁を強いた事が直接の引き金となり、「殺されたくないものは来たれ!」という事で、自然発生的に船内全体にストライキが広がっていったのです。

 この他にも、イースト・プレス版の漫画には、原作を「改竄」した箇所が幾つもあります。
 まず何よりも、当該漫画では、原作には登場しない主人公(森本という雑夫)を中心としたものに、ストーリーが変えられています。この小説の醍醐味は、特定の英雄ではなく労働者集団全体が、生活し働き痛めつけられる中で次第に闘いに決起していく様が、生き生きと描かれている所にこそ在るのに。
 この小説には、悪役(鬼監督・浅川)や、個々の登場人物(数人の学生上がり、ドモリ、元・炭鉱夫、元・芝浦工員、「威張るな」の雑夫たちや、船長、駆逐艦の水兵たち、等々)は出てきても、明確な主人公は居ないのです。それをイースト・プレスの漫画では、確かに主人公を設定したお陰で読みやすくなってはいましたが、その分逆に集団全体の躍動感が見えなくなってしまっているのです。

 原作の方では、それを例えば、嵐に遭遇した船が「ぐウと元の位置に沈む」度に「エレヴエターで下りる瞬間の、小便がもれそうになる、くすぐったい不快さをその度に感じた」という擬態表現を多用する事で、主人公不在に代わる以上の躍動感・臨場感で、読者をグイグイと作品世界に引き込んで行くのです。
 他にも傑作なのが、時化の所為で賄いに汁物が出なかったのに対して、ある雑夫が(防腐の為に塩漬けにした魚でさえ腐るほど、とんでもない事―という意味で)「腐れ塩引き」と愚痴る場面があるのですが、それが漫画では「実際に腐った塩漬けを毎日食わされる」事になっている。確かに、置かれた状況はその通りなのですが。

 この様に、漫画には原作の小説を改竄された箇所が何箇所もあるのです。「蟹工船」がブームになるに従って、このイースト・プレス以外にも、東銀座出版社や宝島社、小説版元の新潮社からも、多くの「蟹工船」漫画が出版されていますが、私の知る限りでは、東銀座出版社の「30分で読める・・・大学生のためのマンガ蟹工船」が、一番作品世界を忠実に再現出来ている様に思います。
 新潮社の週刊「コミック・パンチ」連載漫画は、前評判が上々だったので初回と第3話だけを買って読んで見ましたが、巻末解説の余りのデタラメぶりにドン引きしてしまい、後は読まず終い。「この”飽食の時代”に(アホかwでは何でこれだけ生活保護難民やネットカフェ難民が話題に上るのか)何故こんな小説が流行るのか?」「資本主義は何も悪くない、悪いのはごく一部の経営者だ」と、一事が万事こんな調子なのですから。宝島社の方は本日改めて見て見ようと思っていますが、余り期待していません。何と、最大のモチーフである悪役の鬼監督の氏名まで改竄されているのですから(浅川→罰河原赤蔵とかいう、如何にもソレッぽい名前にw)。

 「蟹工船」の魅力は、そういう集団が織り成す躍動感の他に、監督の繰り出す飴とムチによって、雑夫・水夫・火夫・漁夫同士が互いに対立・競争させられて共倒れ寸前まで働かされたりする所などが、現代の派遣請負職場や成果主義蔓延のオフィスとソックリなので、これだけブームになっているのです。決して、中国・文化大革命時代や今の北朝鮮の「革命劇」の様な、只のイデオロギーてんこ盛り物語ではありません。
 常に前年比・昨対比の数値で成果を競わされ、実際に浅川監督みたいなのも居て、パワハラ・セクハラも別に珍しい事ではない今の現代日本の職場も、「蟹工船」と一体どこが違うのか。私はこの映画・小説を見て、一瞬「いずみ生協」に居た頃を思い出しました。

 ただ、以上の様なウソっぽいモノも含めて、漫画や映画が数多く出てくる事は、非常に良い事だと私は思っています。たとえそれがどれだけウソっぽいイミテーションであったとしても、その事で更に話題が広がり、作品世界が豊かに肉付けされて行くのですから。
 あのイースト・プレス版にしても、映画では一切出て来ず、原作の小説ですら(検閲対策の為に)最後に申し訳程度に登場するだけの「二度目のストライキの成功秘話」が、逆に結構詳しく描かれていて、非常に面白かった。

 それと、原作終盤近くに登場の、駆逐艦の水兵たちによって一度目のストライキが無残に鎮圧され、帝国主義軍隊の「資本家の下僕ぶり」が誰の目にもハッキリした後に、「(天皇への献上品の蟹缶詰に)石コロでも詰めておけ!」と雑夫たちが言う場面が、東銀座出版会の漫画を除いて、イースト・プレスやコミック・パンチの漫画はおろか、11日の上映映画にも一切描かれていなかったのは、一体何故か。あれこそが、原作を原作たらしめている一つの大きなモチーフなのに。若しもそれが、かつての本宮ひろ志・原作の漫画「国が燃える」弾圧事件の二の舞を避けるという「後ろ向き」の動機で為されたものだとするならば、非常に憂慮すべき事です。

 兎に角「蟹工船」は、主菜はあくまで原作の小説であって、漫画はあくまで副菜・サプリメントとして利用すべしというのが、私が当該映画を見ての結論です。何か、肝心の映画評そっちのけで漫画談義に流れてしまった様ですが。
 この後に行われた、午後からの浅尾大輔氏の「蟹工船」講演会についても、実は言いたい事が幾つかあるのですが、そこまで書いていると余りにも話が長くなり過ぎるので、こちらは次号エントリーで書く事にします。

劇画「蟹工船」 小林多喜二の世界 (講談社プラスアルファ文庫)
白樺文学館多喜二ライブラリー (企画),藤生 ゴオ (作画),小林 多喜二 (原作)
講談社

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劇画 蟹工船 覇王の船 [宝島社文庫] (宝島社文庫 C い 1-1) (宝島社文庫)
イエス小池,小林多喜二(原作)
宝島社

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真に救われるべきなのは一体誰か?

2008年10月10日 00時16分17秒 | 反貧困・新自由主義
・【個室ビデオ店火災】上半身裸で徘徊 奇行目立つ小川容疑者(産経新聞)
 http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/accident/183425/
・【個室ビデオ店火災】“個室店難民”、再起半ば絶たれた希望(同上)
 http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/081003/crm0810031217008-n1.htm
・個室ビデオ店火災:仮眠用やネットカフェと同様の利用も(毎日新聞)
 http://mainichi.jp/select/jiken/news/20081001k0000e040034000c.html

 今回は、この前の大阪・難波の個室レンタルビデオ店放火事件との関連で、少し感じていた事を書きます。
 まず、この事件を巡るこの間のマスコミ報道の姿勢ですが、事件容疑者の特異性ばかりを、ことさらクローズアップしている様に思えてなりませんでした。勿論それ以外にも、店の防火対策や消防法の不備、ネットカフェとの類似性の指摘や、この様な簡易宿泊施設を利用せざるを得なくなった貧困層の存在にも目を向けた報道も、決して少なくはないのですが。しかしどうも、事件容疑者のギャンブル癖や日常の奇行とか、愛人に入れあげていたの戸籍を売ったのと、そういう容疑者個人の問題に矮小化している様な気がしてなりませんでした。

 確かに、そういう個人の弱さに起因する部分も、今回の場合は大いにあるとは思います。幾ら「格差社会が悪い」と言っても、犯罪に走る人は数から言えば少数なのですから。しかしその一方で、普段は保守反動で鳴らす産経新聞ですら、3日付記事では、倒産して多額の債務を負い「個室ビデオ難民」に落ちぶれながらも、再起を図ろうと懸命に生きている介護ヘルパーの話を取り上げていました。そこで我々が考えなければならないのは、それを単なる苦労話や道徳美談に終わらせるのではなく、そういう人が何故「個室ビデオ難民」に甘んじなければならないのか、憲法25条で謳われた生存権が保障されないのか、という事である筈です。
 また、奇行癖ばかりがことさらクローズアップされた形になっている事件容疑者にしても、事件そのものは到底許せないのは勿論ですが、かつては大手電機メーカーに勤め自宅も購入していた程の大の大人が、何故そこまで転落してしまったのかを考えると、やはりそこにはセーフティネットの不備や、「負け組」に対する差別、連帯感の欠如といったものが、大きく影を落しているのは確かでしょう。生活保護受給を罵られリストカットにまで至ったという容疑者の証言からも、社会保障を「権利」としてではなく只の「施し」としてしか捉えられないこの国の後進性が、図らずも浮かび上がってきます。

 ここで少々穿った見方をすると、その前に起こった東京・秋葉原での無差別殺人事件の後に、「確かにやった事は許せないが、犯行の動機となった疎外感・絶望感については、同じ派遣社員としてよく分かる」という書き込みがネットに溢れたのに対し、新自由主義を信奉する政府・財界がそこに「体制の危機」を感じ取り、今回はマスコミを使って火消しに躍起となっているのではないかと、訝しく思ってしまいます。
 特に、石原慎太郎・東京都知事が今回の事件について、「ネットカフェ難民なんて当人が粋がっているだけで、当人の甘えでしかない」「山谷のドヤ街に行けば2~300円で1泊出来るのに、1500円も使って贅沢だ」という趣旨の、許しがたい暴言を吐いているのを聞くと、余計にその感を強くします。私なぞはそれを聞くと、「観光紛いの海外視察や、思いつき殿様商売の新銀行東京への公費投入などの、公私混同やり放題の御仁が、自分の事を棚に上げて何を偉そうに言うか」と、もう呆れてモノも言えませんでした。

 しかも実際には、ネットカフェ難民の救済に取り組んでいるNPO法人「もやい」が石原都知事に突きつけた公開質問状の中でも、山谷でも2~300円で泊まれる所なんて全然無い事が露呈してしまい、却って墓穴を掘る結果となったのには、もう愉快と言う他ありません。
 食うや食わずの生活困窮者が政治的発言の機会を奪われて何も言えないのを良い事に、こんな「白を黒と言いくるめる」が如き、いい加減な言説を垂れ流すのは、到底許される事ではありません。流石は一家揃って政治家揃いで苦労知らずの世襲政治家集団・石原ファミリーです。一度ぐらいはマジで数ヶ月間、ネットカフェやゼロゼロ物件に住んで、1日1食やカップめんとオニギリだけでランチを済ませ、最低賃金ギリギリの生活を体験して、庶民の苦労を実感すれば良いのです。

・石原都知事「200円の宿」発言に波紋(TBS)
 http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3965181.html
・石原慎太郎、ネットカフェ難民をファッションと非難(カナダde日本語)
 http://minnie111.blog40.fc2.com/blog-entry-1132.html
・石原都知事に公開質問状「200円の宿があるなら紹介してください」(レイバーネット日本)
 http://www.labornetjp.org/labornet/news/2008/1223258651860staff01

 そのNPO法人「もやい」ですが、この間の米国発の金融恐慌のあおりを受けて、存続の危機に立たされています。「もやい」の大口スポンサーでもある不動産会社が、サブ・プライムローン破綻の影響で急激に資金繰りが悪化し、破産手続きに入ってしまった為です。
 リーマン・ブラザースを初めとする米国投機資本家筋の「切った張った」のギャンブルの所為で、何の関係も無い「もやい」が、回りまわって腐朽資本家の尻拭いを押し付けられた格好になっているのです。こんなモン、「もやい」には何の責任もありません。

 「もやい」は、新たなスポンサー企業を見つけながら、当面の急場を支援者からのカンパで凌ぐつもりです。別添のカンパ申し込み要領の中には「一口5万円を目途に」という文面がありますが、必ずしも5万円をカンパしなくてはならないのではなく、あくまでの一つの目安であって、払えない人は払える範囲でカンパに応じてくれれば、それで良いようですので、みなさんも是非ご協力をお願い致します。詳細については下記の各リンク先サイトを参照して下さい。私も、何とかやりくりをつけて、少しでもカンパしようと思っています。
 米国や日本の政府も、こんな懲りないギャンブル資本家に、幾ら公金を投入しても無駄だという事に、何故気が付かないのか。懲りない面々は、自分たちの私腹を肥やすのに懸命で、公金返済や社会貢献の事なぞ全然考えていないのですから。マイケル・ムーアが「ウォール街救済プラン」の中で言っている様に、【緊急救済すべきは住居を失う人々だ。8つ目の住宅を建設する連中ではない。】

・米国金融安定化法案否決と新自由主義の終焉(植草一秀の『知られざる真実』)
 http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-c593.html
・マイケル・ムーアのウォール街救済プラン(地球が回ればフィルムも回る)
 http://blue.ap.teacup.com/documentary/1451.html
・「もやい」ピンチ 後援社破産、ホームレス支援困難(中日新聞)
 http://www.chunichi.co.jp/article/national/news/CK2008100502000059.html
・緊急カンパキャンペーンご協力のお願い(もやいHP)
 http://www.moyai.net/modules/m1/index.php?id=22
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体裁ばかり取り繕うな

2008年10月06日 23時19分12秒 | 身辺雑記・ちょいまじ鉄ネタ
 

 記事冒頭の左の写真は、私のバイト先の、某大手スーパー物流センターで試験的に導入されたカート(カートラック)です。センター夜間納品(店舗には翌日早朝着)商品の仕分け・配送に使用しています。それも、今の所は全店舗が対象ではなく、幾つかの店舗向けに限って、試験的に使用されています。スーパーの方としては、店の方で何も問題が無ければ、それまでのカゴ車(同じく右の写真)納品から、ゆくゆくは全てこのカートラックでの納品に切り替えていく腹つもりなのでしょう。

 私はそこで、「何故、夜間納品分に限っての使用なのか?」という疑問が湧いたのですが、誰もまともに答えてくれませんでした。まあ、所詮私たちは下請けの業務請負会社のバイトでしかないので、荷主であるスーパーの指示通りに仕事する以外にないのでしょうが。

--但し、私はこんな考え方には納得していません。私たちはあくまで「消費者の為に」仕事をしているのです。消費者の前では下請けだろうと元請けだろうと関係ない、どちらが上でも下でもない、互いにヒフティ・ヒフティの対等な関係であって然るべきだと思っています。しかし、まだまだ右翼封建的な似非「民主国家」のこの日本では、どうしても下請けは発注元に、労働者は資本家の言いなりになるのが美徳だと思われている。それに逆らっても業務委託契約を解除されるのがオチで、公取委も労基法も公益通報保護法も実際には有名無実。だから日付・産地偽装が後を絶たないのです。--

 そこで今までの経験から推測するに、普段から「速く正確に」をモットーに、商品の延着率やロス率から誤配率やら商品破損率まで、個人別のロス・ミス集計だけはやたら熱心なこのスーパーの事ですから(そのくせ実務は完全に丸投げで、今現場で何が起こっているかは殆どノーチェックなのですが)、恐らく店舗での開店前の品出し時間の短縮を狙っての事なのだろうと、直ぐに想像は付きます。
 従来のカゴ車での店舗納品だと、カゴ車のままではデカ過ぎて、店のバックヤードから売り場の陳列スペースにそのまま移動出来ず、無駄な積み替え作業が発生してしまいます。それをカートでの納品に切り替える事で、配送車から商品を降ろして、バックヤードでの積み替え作業無しに、そのまま売り場に品出しする事が出来ますからね。

 そうすれば、なるほど店舗での荷出し時間短縮にはなるでしょう。しかし、このカートラックの形状では、商品破損の件数が激増するのではないかと思われます。
 まず、台車の形状が縦長なので、重心が極めて不安定です。そして、この写真だけでは分かりづらいかも知れませんが、カートに備付の落下防止バーが商品(この場合は牛乳ケース)の高さより上にある為に、いつ商品が下に落下しても不思議ではありません。かと言って、これ以上の高さに牛乳ケースを積むと、今度は重すぎて移動出来なくなる。

 ではどうするかと言えば、夜勤作業者に聞く所によると、梱包用のビニールを作業場に用意しておいて、カートに商品を載せた後は、ビニールでカートごとグルグル巻きにして、それで落下防止を図っているのだそうです。若しそれが本当なら、何と二度手間な事をやっているのか。それでは、一旦商品をカートに積んでしまったらもう、出荷指示変更等で商品を積足し・積減らし・積み替えしようとする度に、グルグル巻きを開梱・再包装し直さなければならないではないですか。

 センターに出入りしている納品業者も、それには流石に呆れていました。その納品業者曰く「他のスーパーでも、カゴ車納品からこの手のカート納品に切り替えている所が幾つかあるものの、そこでは商品破損が今まで以上に頻発するようになった」との事だそうです。幾ら「体裁、見てくれ」(この場合は品出し時間の短縮)ばかり取り繕っても、商品破損を頻発していたのでは、何にもならないのに。「何の、誰の為の仕事か」という最も肝心な部分を置き去りにしたままで、目先の成果ばかりを追い求めているから、こんな本末転倒な事になるのでしょう。

 そういう私の意見に対しては、「良貨が悪貨を駆逐する」と言う人も、中には居られるかも知れません。やがてスーパーの方でも、商品破損の多発に気がついて、何らかの対策を講じる筈だ、と。
 そういう「良心的」な対応をしてくれるのならまだ良いのですが。でも「目先の利益」「見てくれの数字」一辺倒の昨今の株主資本主義の下では、得てしてカートの不具合はそのままに、商品破損ロスを全て納品業者におっ被せる事で、恰も何事も無かったかのように取り繕うスーパーも、決して少なくないのではないかと思うのですが。何故ならば、まだまだ前述の「ヒフティ・ヒフティの対等関係」に置かれていない日本の経営者にとっては、その方が遥かに楽ですもの。
 西宮冷蔵の水谷社長が目指した「ヒフティ・ヒフティの対等関係」に基づく「経済民主主義」実現の道は、まだまだ容易ではなさそうです。

(追記)

 従来のカゴ車から前記のカートへの仕様変更理由について、本日改めて上司に確認してみました。すると曰く「数年後に竣工予定の新センターの仕様に合わせる為」との事。要するに、単に店舗早朝での品出し作業効率化を考えての事だけでなく(勿論それも在るのは確かでしょうが)、それも含めた作業全般の効率化を考えての事でした。将来的には、夜間早朝納品分だけでなく、全ての納品がこのカートに一本化されるでしょう。
 しかし、ただでさえ扱いにくい上に、商品破損にも今以上に気を使わなければならなくなるので、このカートに対するバイト仲間の評判は、もう惨憺たるものなのですが。先日もあるバイトが、某知事の「くそ教委」発言に託けて、「このくそカートが!」と盛んに愚痴をこぼしていて、某知事の「徳育効果」が図らずも立証された形となりましたw。
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