アフガン・イラク・北朝鮮と日本

戦争も人権抑圧もNO!万国のプレカリアート団結せよ!

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 アフガン・イラク戦争も金正日もNO!!搾取・抑圧のない世界を目指して、万国のプレカリアート団結せよ!

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 詳しくは→こちらを参照の事。
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今日で自民にトドメを刺そう 明日からは民主と闘おう

2009年08月30日 07時21分09秒 | 未完の政権交代
 勿論、「民主と闘う」と言っても、後期高齢者医療制度廃止や派遣法改正の足を引っ張り、ソマリア派兵・憲法改悪や農産物輸入自由化、比例区80削減を煽る「反動的野党」の自民党とは、対極の立場からですが。

ラフィータフィー - 目覚まし時計は歌う(選挙ソング) 忌野清志郎


 ついでに、こちらもお勧め。NHK総合でこの金曜日から始まった「派遣のオスカル」。田中麗奈扮する「ベルばら」ファンの派遣社員が、社長ジュニアが進める「派遣切り」に敢然と立ち向かうドラマですが、以前見た業界御用番組の「ハケンの品格」とは違い、「派遣の真の敵は正社員ではなく、企業とか政治家とか、もっと上の方にいる」という事も、初回できちんと言っていました。そして、次回には「革命」の語句も登場して。こちらも、明日からの民主との闘いに「弾こめ、進撃」!
 
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2009年プレカリアートの水平社宣言

2009年08月26日 22時43分13秒 | 未完の政権交代
  

 全国に散在するプレカリアートよ決起せよ!
 長い間虐められて来た人々よ、過去数十年間に渡って、種々なる方法と、多くの政治家によってなされた職業紹介・職業訓練・失業対策などの施策が、何等の有難い効果をもたらさなかった事実は、それらのすべてが吾々によって、又他の人々によってつねに人間を冒涜されていた罰であったのだ。そして、これらの自己責任論に基づく政策は、かえって多くの人々を絶望の淵に追いやった事を想えば、この際吾等の中より、政治や経営の責任を追及する事によって、自らの生存権・人格権を取り戻せんとする者の集団運動を起こせるは、むしろ必然である。
 兄弟よ、吾々の先輩は自由、平等の渇仰者であり、実行者であった。陋劣なる階級政策の犠牲者であり、男らしき産業的殉教者であったのだ。日払い労働の報酬として、モノ扱いされ使い捨てられた挙句に路上に放り出され、3K労働の代価として、そうなったのも全て自業自得と蔑まれ、そこへ下らない嘲笑の唾まで吐きかけられた呪はれの夜の悪夢のうちにも、なお誇り得る人間の血は、涸れずにあった。そうだ、そして吾々は、この血をうけて主権者が政治を取り戻そうとする時代にあうたのだ。「蟹工船」の犠牲者がその烙印を投げ返す時が来たのだ。
 ロスジェネ(就職氷河期世代)が、その荊冠を祝福される時が来たのだ。吾々が貧乏人である事を誇り得る時が来たのだ。吾々は、麻生の「金の無い奴は結婚するな」暴言や、舛添の「派遣村怠け者」妄言によって、祖先をはずかしめ、人間を冒とくしてはならぬ。そうして人の世の冷たさが、どんなに冷たいか、人間をいたわる事が何であるかをよく知っている吾々こそが、心から格差も差別も無い社会を願求礼賛するものである。
 「貧困・格差社会」ノーの世論は、かくして生まれた。
 生きさせろ!命落すな、自民落せ!

※注:
(1) 上記の文章は、「日本史上初の人権宣言」とも言われる「水平社宣言」(戦前の部落解放運動団体・水平社の創立宣言)の文面を、「反貧困運動」風にアレンジしたものです。
 http://www006.upp.so-net.ne.jp/asao/suiheisha3.htm
(2) 同じく「プレカリアート」というのは、21世紀に入って、欧州の反グローバリゼーション運動の中から生まれた造語。プレカリアス(不安定な)とプロレタリアート(労働者階級)の2つの単語を組み合わせて、ワーキングプア・失業者などの不安定な生活を余儀なくされている人々の事を指す。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AC%E3%82%AB%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88
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遂に自民党の壁が崩れ始めた

2009年08月25日 19時55分41秒 | 未完の政権交代
 8月22日付毎日新聞の選挙情勢報道には流石に我が目を疑いました。今度の衆院選で、民主党が「比例代表と合わせて320議席を超す勢い」だという分析には私も一応は頷けるものの、自民党が「議席半減」どころか「比例区・選挙区併せてもせいぜい100議席余り、下手すれば60議席台に転落」との予想には、私も「流石にそれは無いだろう」と思いましたから(下記URL・図表参照)。
 http://mainichi.jp/select/today/news/20090822k0000m010148000c.html

   

 しかし、選挙終盤に入って自民党が配布しているビラやパンフレットを見ると、「上記記事もあながち当たらずとも遠からずではないかな」と、最近では思う様になってきました。何故そう思う様になったかというと、下記がその自民党ビラ・パンフの一部なのですが、もう書いている事が、維新政党新風や幸福実現党あたりともそう変わらない程、支離滅裂な内容だからです。
 自民党の宣伝物でありながら、肝心の自党公約の説明そっち抜けに、他党(民主党)の悪口ばかりを書き連ね、それも「労働組合が国を乗っ取り、反日教育で国民を洗脳する」と言う様な、カルトまがいの扇動に終始しているだけなのですから。とても与党の出すビラ・パンフだとは思えない内容に、読もうかという気にもなれませんでした。私これを見て、一瞬、勝共連合のアジビラかと思った位ですから。案の定ネットでも、「こんな党が今まで政権を握っていたのかと思うと、寧ろそちらの方が怖い」と、早速話題になっていましたね。

・〔衆院選〕自民党が本腰でビラ配布を始めたので民衆は騒然(低気温のエクスタシーbyはなゆー)
 http://alcyone.seesaa.net/article/126301018.html
・自民党の真のマニフェストは民主党への誹謗中傷ビラだった!(よろんず)
 http://www.the-journal.jp/contents/yoronz/2009/08/post_10.html

 
 
 

 その自民党パンフの中では、今月8日に鹿児島県での民主党候補の演説会で発覚した、日の丸を切り貼りして党のシンボルマークを作って会場に掲げた件についても取り上げていましたが、この内容も支離滅裂です。「民主党は何故国旗を党大会に掲げないのか?」なんて書いていますが、そもそも、国旗を党大会に掲げようと掲げまいと、その党の自由じゃないですか。それをこんな、「公党たるもの須らく国旗を集会で掲げなければならない」と言わんばかりの事を、平気で書ける感覚の方が空恐ろしいです。戦前のナチの党大会や大政翼賛会の集会じゃあるまいし。

 もっと言えば、今まで農産物の輸入自由化や、郵政民営化、構造改革・規制緩和によって、国内経済や国民生活を散々ぶっ壊し、この日本を米国・財界・多国籍資本の好き勝手にさせてきたのは、一体どの党か。無駄な高速道路やダムばかり作って、国土を破壊してきたのは、一体どの党か。全部自民党ではないですか。それを、自分たちの今までの売国奴ぶりを棚に上げての、この物言いは一体何ですか。

 そして、更にもっと言えば、普段は「元派遣社員の分際で」と対立候補の人格を否定したり(森喜朗)、「派遣村の奴らは怠け者」(舛添厚労相)とか、「金の無い奴は結婚するな」(麻生首相)とか、もうまるで「貧乏人は麦を食え」「汝、人民飢えて死ね」と言わんばかりの、人を人とも思わない発言を繰り返しておきながら、自分の都合の良い時だけ国家や国旗への忠誠を説くとは、ど厚かましいにも程があります。
 本来「国を守る」という事は、「そこに住んでいる国民を守る」という事でなければならない筈です。しかし、こんな発言を平気で出来るという事は、この人たちにとっては、「国を守る」というのは、実は「国民」などどうでも良くて、「自分たちの権力」を守る事でしか無く、その隠れ蓑に国旗・国歌や愛国心を利用しているだけなのです。「国を愛せよ」と他人に偉そうに言う前に、国に愛着を持てるような政治をやるのが筋だろうに。

・「怠けている連中に税金使わぬ」 派遣村めぐり舛添厚労相(中日新聞)
 http://www.chunichi.co.jp/article/national/news/CK2009081902000169.html
・金が無いのに結婚はしない方がいいby麻生(ネットゲリラ)
 http://shadow-city.blogzine.jp/net/2009/08/by_2306.html
・〔衆院選〕森喜朗元首相の陣営が「派遣社員」を侮辱している!(市民社会フォーラム)
 http://civilesocietyforum.com/?eid=2122

 国旗・国歌や愛国心の問題に関しては、他にももっと言いたい事が山ほどあるのですが、余りそればかり言っていると、本題の「自民党政治の終焉」の方が霞んでしまいますので、もうこれ位にしておきます。

 確かに、民主党も、党内はバラバラですし、その中には自民党以上に反動的な極右政治家や新自由主義者も居たりして、そういう意味では、お世辞にも立派な党だとは言えないのが実状です。しかし、それを本家・亡国の徒である自民党が幾ら批判したところで、「目くそ鼻くそ」にしかなりません。そんな批判をすればするほど、人心は自民党を離れ民主党に靡いて行きます。そうであるにも関わらず、こんな子供騙しみたいな内容のビラを出して悦に浸っている様では、自民党はもはや「ヤキが回った」としか思えません。「ベルリンの壁」崩壊から20年を経て、今正に「自民党の壁」が崩れ去ろうとしています。
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ポスト政権交代リンク集(適宜更新)

2009年08月24日 00時00分00秒 | 未完の政権交代
 標記タイトルのエントリーをアップしました。
 間近に迫った次期衆院選で、現在の自公連立政権から、民主党を中心とした政権に変わる事は、もうほぼ確実な情勢となっています。未だ国会で多数こそ制してはいるものの、この間の自公与党の狼狽・醜態ぶりからは、政権与党としての力が急速に失われつつある事は、もはや誰の目にも明らかとなっています。
 今度の選挙で、自民党は確実に政権を失います。その様な情勢の下で、徒に「政権交代」だけに焦点を当てていても、もはや何の意味もありません。今一番問われるべきは、何と言っても「政権交代後(ポスト政権交代)」の日本の姿です。

 私としては、その立場から、もっと見聞を広め、旺盛に記事を書き、議論もしたい所ですが、如何せん、時間の関係もあって、なかなか其処までには至りません。そこで、せめてもの一助として、標記のリンク集を作る事にしました。
 とりあえずは、ネットで目に付いたものから、私の独断と偏見で適当に見繕ったものを、適宜リンク集に加えていく事とします。その他に、読者の皆さんからご紹介戴いた論考も、適宜加筆していこうと思っていますので、その節はご協力の程宜しくお願いします。

■衆院選関連記事

・民主党の比例区勝ち過ぎを修正することで、政権交代が確実になる(平和への結集ブログ)
 http://kaze.fm/wordpress/?p=275
・民主党の政策方針:ここが×、ここが△、ここが○(村野瀬玲奈の秘書課広報室)
 http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-1317.html
・ある日のミンシュトー(同上)※色々なブログの論考が取り上げられている。
 http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-1315.html
・民主党をお財界様代表やおアメリカ様代表ではなくて真の国民代表にするために(同上)
 http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-1312.html
・民主党の右傾化と政界再編を予言する(たかしズム)
 http://takashichan.seesaa.net/article/123780743.html
・政権交代するなら思い出したこと(ろーりんぐそばっとの「ため口」)
 http://ameblo.jp/logicalhistorical/entry-10301609719.html
・衆院解散、自公にとっては「超新星爆発」―自民党は政治的な資源をすべて燃やし尽くしてしまった(JANJAN、さとうしゅういち)
 http://www.news.janjan.jp/government/0907/0907207449/1.php
・自民は敗れて極右が台頭する(非国民通信)
 http://blog.goo.ne.jp/rebellion_2006/e/7d6a8c7becdda2f9406096192b2ffab1
・3つの選択- 有権者が日本の行く末を決める(花・髪切と思考の浮游空間)
 http://blog.goo.ne.jp/longicorn/e/4a2d9e40029b745baf987f71ea572ae7
・東国原・橋下の「地方分権」は、「反貧困」隠しの争点すり替え(きまぐれな日々)※これは東・橋下に限らず民主党にも言える事では?
 http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-948.html
・続・次期総選挙《護憲派》《改憲派》別民主党公認候補者リスト(平和への結集ブログ)
 http://kaze.fm/wordpress/?p=246
・[CML 000838] 民主党衆議院候補 超改憲派リスト~たとえ死票といわれても彼(彼女)らに投票するわけにはいかない!!
 http://list.jca.apc.org/public/cml/2009-July/000831.html
・共産党「建設的野党」宣言のインパクト―「孤立路線」から「変化の促進者」へ、政界のパワーバランスに大きな影響力(JANJAN、さとうしゅういち)
 http://www.news.janjan.jp/government/0907/0907207454/1.php
・ポラリスが共産党中央委員会に読まれている!(ポラリス-ある日本共産党支部のブログ)
 http://polarisjcpmetal.blog78.fc2.com/blog-entry-843.html
・「政権交代」じゃなくて「政権打倒」だ!-’09総選挙にあたって(上)(ブログ旗旗)
 http://bund.jp/md/wordpress/?p=2601
・投票指針の提起-’09総選挙にあたって(下)(同上)
 http://bund.jp/md/wordpress/?p=2612
・ヘタレサヨから来た手紙(basske's weekly ガリンガリン人生)
 同ブログ下記シリーズの初回記事(民主党バージョン)
 http://basskay.blog24.fc2.com/blog-entry-135.html
・各党出揃ったカンジ(自民党編)(同上)
 http://basskay.blog24.fc2.com/blog-entry-136.html
・各党出揃ったカンジ(共産党編)(同上)
 http://basskay.blog24.fc2.com/blog-entry-141.html
・各党出揃ったカンジ(社民党編)(同上)
 http://basskay.blog24.fc2.com/blog-entry-142.html
・各党出揃ったカンジ(民主党編)・・・のつもりだったけど・・・(同上)
 http://basskay.blog24.fc2.com/blog-entry-144.html#more
・「現実路線」という言葉が誘う思考停止(不定期連載『決まり文句を疑う』)(村野瀬玲奈の秘書課広報室)
 http://muranoserena.blog91.fc2.com/
・これはひどい!!「サメの脳みそ」元首相が大妄言!! (vanacoralの日記)
 失言癖でも麻生の先輩格に当たる森喜朗が、対立候補を「元派遣の分際で」と罵倒。
 http://d.hatena.ne.jp/vanacoral/20090818
・各党は比例区に「貧乏人枠」を!(広島瀬戸内新聞ニュース)
 http://hiroseto.exblog.jp/10904538
・〔衆院選〕自民党が本腰でビラ配布を始めたので民衆は騒然(低気温のエクスタシーbyはなゆー)
 その自民党の政策ビラですが、不評だらけの選挙CMの比ではない。「労働組合が日本を乗っ取る」とか、もう言っている事が幸福実現党と変わらない。もはや与党のビラとは到底思えない。
 http://alcyone.seesaa.net/article/126301018.html

■衆院選各政党マニフェスト

・ザ・政党チャンネル(JANJAN)
 http://www.senkyo.janjan.jp/party_channel/index.html

・各党マニフェスト確定版(ザ・選挙 JANJAN全国政治家データベース)
・自民党:自民党の政策「日本を守る、責任力。」
・民主党:民主党の政権政策「政権交代。」
・公明党:政治は実行力 公明党 manifesto'09「生活を守り抜く。」
・共産党:日本共産党の総選挙政策 「国民が主人公」の新しい日本を
・社民党:Manifesto 衆議院選挙公約2009 いのちを大切にする政治
・国民新党:輝け日本!国民新党 2009政権政策
・新党日本:新党日本マニフェスト「日本『改国』宣言 発想を変え、仕組みを変えよう。」
・改革クラブ:改革クラブ 2009改革マニフェスト(全文版)~あなたとの約束~
・みんなの党:みんなの党 マニフェスト2009「脱官僚」「地域主権」「生活重視」で国民の手に政治を奪還する!
・新党大地:新党大地「北海道からチェンジ!」
・平沼グループ:平沼グループ政策綱領 日本再建
・幸福実現党:政権交代でもなく、現状肯定でもない――新しい選択。減税と安全の幸福実現党|幸福実現党の政権政策 夢のある国へ――幸福維新
 http://www.senkyo.janjan.jp/election/2009/99/00008477.html

・毎日ボートマッチ「えらぼーと」(毎日新聞)
 ※立候補者に実施したアンケートと同じ質問に答えることで、自分が何党の立場に近いかが分かります。
 http://mainichi.jp/select/seiji/eravote/
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闇兵タモガミくんの欺瞞と時代錯誤

2009年08月21日 20時49分41秒 | 反改憲・戦争協力
 そうそう田母神の事ばかりに懸かりきりにもなっていられないので、もうこの辺でこの話題は一旦お開きにしようと思っていた矢先に、この御仁がまたやってくれましたので、懸かりきりついでに、この話題にも言及しておく事にします。

 この御仁が起こしたトラブルというのは、次の様な内容です。8月15日の終戦記念日に靖国神社で、またいつもの調子で「あの戦争は正しかったのだ、日本はアジアを白人の植民地支配から解放したのだ」とぶち上げた直後に、靖国神社を訪問中のカナダ人観光客から、「そんな事を言っていたらドイツでは逮捕されますよ」と言われたのに逆上して、「何で逮捕されるの?」と息巻き、周囲を取り囲んでいた右翼も、この外人観光客に向かって一斉に、聞くに堪えない罵声を浴びせかけ、押し止めて小突くなどの暴行を加えました。そして警察沙汰になったものの、何と暴行を加えた右翼ではなく、被害者の外国人の方が連行されました。
 詳しくは下記のブログをご覧下さい。ここではもう一々リンクを張ったりはしませんが、暴行時の動画もばっちりアップされています。奴ら右翼はバカだから、「俺たちはこんなに強いんだ」と粋がって動画をアップしたのでしょうが、逆にそれで「先に手を出したのはどちらか」が、白日の下に曝け出される結果となりました。しかも、それだけでなく、外人観光客による抗議の発端ともなった田母神の挨拶の方も、当初はネットの動画サイトに得意げにアップされてはいたものの、却って世論の批判に晒される破目になり、こちらは残念ながら非公開とされてしまいました(この後、残りの暴行場面の動画の方も恣意的に改竄される)。

・田母神俊雄演説に平穏に抗議した非暴力の外国人に警察と右翼が圧力をかけた事件(村野瀬玲奈の秘書課広報室)
 http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-1368.html
・<緊急報告>日本の恥!国辱画像!(たかしズム「ネトウヨ、バカウヨ、ネット右翼、恥さらし、売国奴、日本の恥」を語るための、たかしのブログ)
 http://takashichan.seesaa.net/article/125889927.html
・靖国神社での田母神の演説に抗議したカナダ人が事情聴取を受ける(カナダde日本語)
 http://minnie111.blog40.fc2.com/blog-entry-1775.html

 もう何をか況やですね。8月6日の原爆忌当日に、わざわざ被爆地・広島にまで乗り込んで、「核武装推進」「被爆者はゴネ得」講演を行い、被爆者を挑発するが如き挙に及んだ御仁が、今更何を言えた義理かと思いますね。自分も同じ事をされただけでしょうが。それが、8月15日終戦記念日の靖国神社では、当の自分たちが「侵略戦争美化」思想を批判されただけで、ここまで逆上してしまうとは。「他人の事は論うくせに、自分たちの事になると超大甘」というこの御仁の本質が、図らずも露呈してしまいました。
 右翼が当該外国人に放った「おい、ここを何処だと思っているんだ!」という罵倒は、同時に被爆者が田母神たちに対して抱く思いでもあるという事だけは、この際はっきりと言っておきます。

 そして、事件の発端ともなった、「あの戦争は正しかったのだ、日本はアジアを白人の植民地支配から解放したのだ」云々の田母神史観についても、当ブログでは既に何度も批判してきましたが、大事な内容でもあるので、ここでも改めて再確認しておきます。
 私は、以前のエントリーで、真鍋昌平・原作のヤミ金漫画「闇金ウシジマくん」を引き合いに出して、田母神のバックボーンとなっている安倍・靖国派や「新しい歴史教科書をつくる会」の歴史観が、「この漫画主人公の闇成金の若者のそれと瓜二つである」と書きました。当該漫画シリーズ第1巻「奴隷くん」の中の、闇金融会社カウカウ・ファイナンスの新入社員・高田が、債務者のパチンコ・ジャンキー主婦・加山を風俗に売り飛ばそうとするのを躊躇した時に、社長の丑嶋(うしじま)が高田をどやしつける場面に、それがはっきりと分かる形で示されています(下記画像を上から順に見る)。
 
 
 
 
 

 この、「強い国は弱い国から奪い、資本家は労働者から奪い、・・・世の中は奪い合いだ。」「奪(と)るか奪られるかなら、俺は奪る方を選ぶ!」という、闇金融社長・丑嶋の上記の言葉こそが、田母神の歴史観でもあるのです。そうして、奴隷が奴隷主に取って替わろうとするだけで、奴隷制度自体には決して手を付けない身勝手さを、「奪られるよりも奪る方を選ぶ」という言い草で、格好付けて誤魔化す。それが田母神史観の本質です。
 しかし、そう言うと必ず返って来るのが、「当時、日本が脱亜入欧・富国強兵を掲げて、台湾・朝鮮・満州・南洋を配下に納めなければ、日本も欧米の植民地になっていたかも知れなかった」「それを現代の反帝国主義の価値観で裁断するとは、以ての外だ」という反論ですが、それに対しても一言。
 確かに、明治から大正にかけての一時期に、後に革命家となる若き日の孫文や周恩来などが、そんな「明治維新後の近代日本」に憧れて、我が国に留学・亡命していたのは事実です。しかし、その彼らとて、日本が急速に帝国主義化するのを見て取って、次第に反帝・反植民地主義の立場を鮮明にしていきました。ネルーが、いみじくも下記に悟った様に。

「日本のロシアに対する勝利(注:日露戦争を指す)がどれほどアジアの諸国民を喜ばせ小躍りさせたかをわれわれはみた。ところが、その直後の成果は少数の侵略的帝国主義諸国のグループに、もう一国をつけくわえたにすぎなかった。そのにがい結果を、まず最初になめたのは朝鮮であった」(ジャワーハルラール・ネルー著「父が子に語る世界歴史」より)
 http://d.hatena.ne.jp/dj19/20070829
 http://d.hatena.ne.jp/dj19/20080819/1219157838

 以上の例からも分かる様に、既に当時から(←ここ重要!)、アジアの先進的な指導者や民衆は、上記の日本の帝国主義的本質を、とっくに見破っていたのです。そして、それを踏まえた上で、西欧・日本の2つの帝国主義を共に打倒して、真の独立を勝ち取るべく、孫文・毛沢東・ネルー・ホーチミン・スカルノといった人たちが、既に活動を開始していたのです。
 戦前日本の悲劇は、その様なアジア諸国の変化や民族自決への思いを完全に読み違え、征韓論の段階から全然抜け出せず、「進んだ日本が遅れたアジアをいつまでも意のままに支配出来る」と思い込んでいた所にこそ在ったのです。

<関連年表>
 1919年 三・一独立運動(朝鮮)、五・四運動(中国)
 1920年代以降 中国共産党結成、第一次国共合作、北伐開始(中国)、
 インド国民会議派の反英独立運動(ガンジー・ネルーらの非暴力・不服従運動、塩の行進)、
 ホーチミンの反仏独立運動(インドシナ共産党結成)、スカルノの反蘭独立運動(インドネシア国民党結成)

 また、その「井の中の蛙」ぶりは、民主主義の成熟度においても、一層際立っていました。第一次大戦を経て、ロシアやドイツの帝政が革命によって倒され、普通選挙権や婦人参政権、8時間労働制や生存権、戦争違法化などの流れが、次第に世界の大勢となりつつあった時代に、大国の中では唯一日本だけが、依然として絶対天皇制(天皇主権)のまま、国民は不敬罪と治安維持法によって体制批判を抑えつけられ、ひたすらお国の為に死ぬ事を強要されたのです。
 そうして、「兵の命は鴻毛よりも軽し」とばかりに、人間がまるで国家の消耗品の如く扱われ、女性がまるで男性の付属物であるかの様に扱われる中で、無謀な戦争に巻き込まれ、アジアの民衆に多大な厄災をもたらした末に、自滅していったのです。
 アジア諸国の独立も、日本の民主化も、その国内外の犠牲の上に立って、初めて築かれたのだという事ぐらいは、たとえどんな歴史観の持ち主であろうとも、最低限きちんと抑えておくべき「一般常識」です。
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平和は人権と切り離しては語れない

2009年08月17日 05時53分07秒 | 反改憲・戦争協力
  

 前号エントリーでも約束した通り、この間見たNHKの平和関連番組から幾つか選んで、感想などを少し書いていく事にします。今回は、一昨日放送された「日本の、これから “核の時代”とどう向き合うか?」について、早速取り上げてみようと思います。
 既に何度か放送されたNHK番組の「日本の、これから」シリーズですが、以前と同様に今回も、出来るだけ多くの意見を取り上げようとする余り、時間的な制約も手伝って、どうしても総花的というか、互いに議論がかみ合わないまま言いっ放しで終わってしまう、そんな消化不良の形で終わってしまったなというのが、正直な感想です。そして、それは、この番組を見る前から充分予想できた事でもありました。
 しかし、それでも見るだけの価値はありました。それは「平和は人権と切り離しては語れない」という事が、より一層はっきりしたからです。

 番組全体の流れは、片方に北朝鮮の核開発、もう片方には米国大統領として初めて核廃絶追求を宣言したオバマ大統領のプラハ演説を対置して、日本の核武装や非核三原則の是非を、ゲストや視聴者に問うというものでした。そして、途中にニュースを挟んでの二部構成で、午後11時近くまでの長丁場に渡り、北朝鮮脅威論やミサイル防衛構想、米国の「核の傘」、NPT条約の有効性などについて論じた後で、最後に日本の核・安保政策として、(1)唯一の被爆国として非核三原則を堅持し核廃絶を目指す、(2)米国の「核の傘」に入る事で、無防備と核武装の両方のリスクを回避する、(3)北朝鮮に対抗して日本も核武装する事で、核抑止力も積極的にカードとして使いこなす立場に立つ、の三択を選ばせるものでした。
 そこで、(2)の核抑止論や(3)の核武装の立場に立つ論者は、「若し、第二次大戦中に日本が原爆開発に成功していたら、米国は広島・長崎への原爆投下を思いとどまったのではないか?」とか、或いは「若し、イラクのフセイン政権が核開発に成功していたら、米国のイラク侵攻は無かったのではないか?」という言い分で、(1)の核廃絶論に対抗していました。当時のマンハッタン計画(原爆製造計画)の立案者や、新興核保有国インド・パキスタンからのゲストの発言も引きながら。

 しかし、この一見尤もらしい言い分ですが、成る程、確かにそういう事もあるでしょう。それで「核の均衡」が保たれて、「一定期間」平和が続くかも知れません。実際、それで米ソの冷戦が熱戦(第三次世界大戦)に発展しなかったのは事実ですから。
 これが所謂「核抑止論」ですが(核武装論も基本的立場は同じ、それを米国任せにするか日本が担うかの違いだけで)、しかし、そんな平和は、所詮は危うい均衡の上に立ったマヤカシの平和でしかありません。実際には朝鮮戦争やベトナム戦争で核兵器の使用が取り沙汰されましたし、台湾海峡危機やキューバ危機では一発触発間際まで行きましたから。それを食い止めたのが、50年代のストックホルム・アピールや日本の原水禁運動、80年代西欧における反核運動の広がりでした。
 そして、そんな偶然に左右された「核の均衡」の下では、持っていても使えない核兵器を、実際にも使えるものに変えるべく、核の小型化・軽量化や、それを補強する劣化ウラン弾やバンカーバスターなどの開発が推し進められました。
 また、核拡散防止に拘泥するだけで核廃絶には一向に踏み出さない、米・ソ(ロ)・英・仏・中5大核保有国の姿勢を尻目に、その核独占維持というダブル・スタンダードの打破を掲げて、イスラエル・インド・パキスタン・北朝鮮・イランなどが、新たな核保有国として台頭してきました。
 斯様に、核抑止論による「核の均衡」下の平和こそが、一時の儚い「平和」にしか過ぎないのです。またそれは、「米ソ(ロ)が持っているものを自分たちも持って何が悪い」という北朝鮮の言い分に、逆にお墨付きを与える事にしかならないのです。

 そして、この様な「儚い平和」こそが、核抑止論者や核武装論者が核廃絶の立場を攻撃する際に用いる、「奴隷の平和、一国平和主義」そのものであるという事でもあります。
 核廃絶というのは、何も核兵器の廃絶「だけ」を目指しているのではありません。戦争も抑圧も差別もない公正な社会・世界を目指す中で、その動きと連動して、その一環として核廃絶を目指しているのです。
 20世紀を経て今日に至るまでの間に、アジア・アフリカの大半の国は既に独立を達成し、地球上からは植民地は殆ど姿を消してしまいました。しかし、これら第三世界の国々が勝ち取ったのは政治的独立のみで、経済的には依然として先進国や多国籍資本によって支配されています。地球上から帝国主義が完全に消滅してしまった訳ではありません。
 そして、それぞれの国の内部でも、植民地時代から引き継がれた民族・部族・宗教対立や、新興財閥とその他の大多数の貧困層との間の経済格差が拡大しています。
 また、片や先進国内部においても、「民主的」外見の陰で、実際に国を支配しているのは一握りの軍需産業や多国籍資本にしか過ぎません。そして、見かけ倒しの「経済大国」の裏側では、映画「SiCKO」でも顕になった無保険の貧困層や、セーフティネットから弾き出された移民・国内少数民族が、吹き溜まりの如く滞留していたりする訳でしょう。
 それらが全て戦争やテロの温床となり、引いては核拡散や核武装の引き金となって、既存の核保有国やイラン・北朝鮮の軍拡をも推し進めているのでしょう。

 つまり、「核の均衡」そのものが、現実の戦争・人権抑圧・差別・搾取体制を維持するものでしかない、その抑圧体制をオブラートで包んだものでしかない、という事です。
 例えば、「ソマリアの海賊」と言われるものも、その実態は、米ソがそれまで散々支援してきた、エチオピアやソマリアの軍事政権(政権崩壊後は地方軍閥)下での「死の商人」の暗躍や、無政府状態を良い事に散々、産業・核廃棄物の不法投棄を見逃してきた事で、正業で食えなくなった彼の地の農牧漁民が、夜盗化して海賊になったものでしょう。その後始末に責任を負うべく先進国が、自分たちの責任を棚に上げて、幾ら海賊退治に乗り出しても、上手くいく筈がある訳ありません。
 アルカイダやタリバン、ハマス、イラクの旧フセイン政権にしても、元はと言えば、米ソやイスラエルなどの大国が、自分たちの敵に対抗させる為に、陰に日向に育成してきたものではないですか。北朝鮮も同じです。

 しかし、核武装論者は、その現状を打開する処方箋も意志も、一切持ち合わせていません。それ以前に、それが問題だと言う認識すら、彼の人たちには在りません。在るのは、「大国が小国を搾取して何が悪い、自分の国さえ良ければそれで好し」という、鼻持ちならない大国エゴだけです。征韓論や大東亜共栄圏の時代から全然進歩していない。それを、自分たちの散々してきた事、自ら撒いた種を棚に上げて、何を今になって正義者づら・被害者づらして、核抑止や核武装を説いているのかと思いますね。
 携帯電話やパソコンの原料となる希少金属を手に入れる為に、アフリカなどの部族紛争を散々煽ってきておきながら、今になって核拡散だの「テロとの戦い」だのと言われても、誰が聞く耳を持ちますか。軍需産業の利益や大国の勢力圏を維持する為に、北朝鮮の独裁政権を「生かさず殺さず」適度に利用してきておいて、そうやって、パキスタンの核技術が北朝鮮に流用されたのも見てみぬ振りしておいて、何を今頃になって「北の脅威」を煽っているのでしょうか。

 そんな戦争や抑圧の火種を無くす事と同時並行で、その文脈の中で初めて核廃絶が進められてこそ、それが初めて大きな力を発揮するのです。しかしながら核抑止論者や、とりわけ核武装論者においては、そういう面は一切見ずに、バカの一つ覚えみたいに「米国・インドは民主国家であって、中国・北朝鮮などの独裁国家とは違う」と繰り返し、そこで思考停止しまっているだけです。その「民主国家」が、裏でアルカイダ・ハマスやカンボジアの旧ポルポト政権を育成し、中国と利権を山分けし、国内の貧困層を切り捨ててきた事には、一切頬かむりして。
 核廃絶論者も、核抑止論や核武装論のこの様な欺瞞こそ、真っ先に見破るべきなのです。その為には、原水禁国民会議みたいに、核廃絶を単に「平和」や「戦争防止」の課題として捉えているだけでは不十分です。それを「人権」、すなわち、国内外の貧困層・少数派・社会的弱者の生存権や、小国の民族自決権を守り発展させ、南北対立や累積債務問題の解消を図り、差別・抑圧を無くす立場(国際関係における民主化推進の立場)と結び付けてこそ、初めてその力を本当に発揮するのです。
 何故、旧ソ連があっけなく崩壊し、米国経済がここまでガタガタになったのか。それこそが、核抑止や「核の均衡」の「成れの果て」「行き着く先」ではなかったのか。それを、今こそみんなもっと真剣に考えるべきなのです。それは、この21世にもなって、未だに幕末・明治維新当時の尊皇攘夷や征韓論さながらに、「コミンテルンへの敵討ち」や「日帝復活」を夢想する復古反動・アナクロ・キチガイ田母神一派には、どう逆立ちしても出来ない相談です。

 最後に、番組に対し、少し苦言を呈してみたいと思います。実際、この田母神一派に限らず、今回のNHK番組ゲストの核武装論者にも言える事ですが、「彼の人たちとは幾ら議論しても議論に成らない」というのが、今回の番組を見た私の正直な感想です。
 少なくとも私の見る限り、核廃絶論者の中に「日本滅亡」を望むような輩はいませんでした。方法論こそ違えども、彼・彼女らもこの日本を愛しているのは間違いありません。「国を愛するが故に、国の進路を危めてはいけない」と考えているのが、番組視聴者の私にも充分伝わって来ていましたから。
 しかし、前述の核武装論者の中には、どうみても議論の前提条件が存在しないとしか思えない人が、少なくありませんでした。それが証拠に、核廃絶論者が幾ら核抑止論の危うさやイラク戦争の不当性を訴えても、彼の人たちはまるで聞く耳を持たず、「米国は民主国家で北朝鮮とは違う」と鸚鵡返しに繰り返すのみで、全然その内実を問おうとはしませんでした。その挙句に、被爆者を「コミンテルンの手先」呼ばわりしたり、最後の一言メッセージを書く場面でも、平気で「めざせ核武装!!」なぞと書いて、被爆者の神経を逆撫でする様な挙に出れるのは、議論の前提となる他者への共感能力を決定的に欠いているからだと、言わざるを得ません。

 私は、少なくともこの種の視聴者参加番組においては、核武装論も含めて自由に議論すべきであって、徒に議論にタブーを設けるべきではないと考えます。しかし、その為には、少なくとも「戦争・差別・抑圧には反対する」という「共通の土俵」が最低限必要です。しかし、核武装論者の中には、明らかにそれが欠けた人たちが散見されました。彼の人たちも、「その土俵は尊重する」と口先だけは言うものの、実際の議論においては、そんな姿勢は微塵も見られませんでした。その様子に対しては、お仲間である筈の「米国の核の傘」論者の中からも、「核武装論者の中には、核戦争阻止の純粋な動機とは別の、日本人としての誇りを取り戻したいなどの、異種の要求が渦巻いている」という声が上っていた程です。
 この種の視聴者参加番組が、得てして「言いっ放し」や「言ったモン勝ち」だけで終わってしまいがちなのも、この種の「ネット掲示板荒らし」まがいの輩がいるからではないでしょうか。少なくとも、そんな「ネトウヨ・勝共連合・在特会」まがいの輩は、この種の番組に参加する資格はないと考えます。そんな輩は、他の参加者・視聴者の迷惑にしかなりません。この種の番組については、そういう事も含め、議論の在り方を見直す時期に来ているのではないかと思う次第です。
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NHKを少し見直しつつある

2009年08月16日 17時31分38秒 | 反改憲・戦争協力
 最近、NHKを少し見直しつつあります。
 と言うのも、近年の従軍慰安婦特集番組への政治介入拉致命令放送の問題に対するNHK上層部の卑屈なまでの権力迎合振りや、民放・NHK共に見られる番組内容の形骸化・陳腐化には、私もホトホト愛想が尽きて、最近はもうずっとテレビなんて殆ど見ていませんでしたから。
 それが最近は、「アジアの一等国」特集番組への政治介入への一定の「抵抗」振りや、近年稀に見る今年の戦争特集の力の入れよう(下記参照:NHK番組表より作成)に、私もNHKを少し見直しつつあり、関連番組やその他の番組についても、逐一視聴は無理ですが、それでも遅ればせながらボチボチ見始めている所です。ここ数年間の、安倍・中川・中山ら右翼政治家による、余りにも露骨な政治介入には、流石のNHKも堪忍袋の緒が切れ出したという所でしょうか。
 しかし、そうは言っても、記者クラブ制度や、大手新聞社による放送局の系列化、放送免許の許認可権を通した政治支配によって、NHKも民放も上層部は行政には頭が上がらないのが実情ですから、この間のNHKの踏ん張りも、偏に現場サイドの奮闘にかかっているのでしょうが。
 ここ数日またブログの更新が滞り気味だったのには、実はそういう理由もありました。ともあれ、今後は番組を見た感想についても、出来るだけブログにアップしていこうと思っています。

■8月10日(月)
ハイビジョン特集 世界から見たニッポン~大正編(2)幻に終わったアジア連帯の夢 午後5:10~午後6:50(100分)
 外国人の目に映った日本の姿から未来への指針を探るシリーズ。「明治編」に続く「大正編」の第2回は、列強の支配に苦しむ中国やインドなどアジアからの視線を中心に描く。【語り】和田源二

証言記録 市民たちの戦争「爆撃された教室~大分・保戸島~」 午後7:00~午後7:45(45分)
 終戦間近の昭和20年7月25日。大分県・保戸島の学校が爆撃され、127人の命が奪われた。なぜ子ども達は死ななければならなかったのか?生存者の証言で記録する。【ナビゲーター】中居正広

NHKスペシャル 日本海軍 400時間の証言 第2回「特攻 “やましき沈黙”」 午後10:00~午後11:00(60分)
 昭和19年10月に始まった「特攻」 神風特別攻撃隊。海軍反省会ではそれより前に、組織的に計画していた事実が語られる。「特攻」の真実とは・・・

■8月11日(火)
NHKスペシャル 日本海軍 400時間の証言 第3回▽戦犯裁判 “第二の戦争” 午後10:00~午後11:00(60分) 
 敗戦後の東京裁判。海軍反省会ではトップを守るため、組織的に裁判対策に動いていた実態を語る。戦争を指導したエリート将校たちは戦争の責任にどう向き合ったのか。

■8月12日(水)
証言記録 市民たちの戦争「禁じられた避難~青森市~」 午後7:00~午後7:45(45分)
 昭和20年7月青森空襲により1018人の命が失われた。県や市が市民の避難を認めなかったことが被害を拡大したといわれている。青森空襲の悲劇を市民達の証言で綴る。【ナビゲーター】中居正広

HV特集 フロンティア 国際共同制作「私の戦争は終わっていない~米陸軍元少佐」 午後8:00~午後9:30(90分)
 アメリカ第7騎兵連隊に所属し、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争を戦った元少佐は戦争の中で犯した罪に苦しんできた。罪と対峙するため旅に出た元少佐の姿を追う。
 国際共同制作によるドキュメンタリー。第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争で部隊を率いた第7騎兵連隊の元少佐の心の闇に迫り、戦争で犯した罪に自ら対峙(じ)する姿を追っている。アメリカの兵士がアジアにおける戦争犯罪に言及している貴重な番組。

■8月13日(木)
証言記録 市民たちの戦争「“集団自決” 戦後64年の証言~沖縄・渡嘉敷島~」 午後7:00~午後7:45(45分)
 沖縄県渡嘉敷島では昭和20年3月アメリカ軍上陸により、行き場を失った島民が集団自決の道を選んだ。生き残った人々の証言から、当時の島の戦時体制や惨劇の実態を伝える。【ナビゲーター】中居正広

■8月14日(金)
忘れないで、わたしたちの戦争~中居正広が聞く戦場の声~ 午後7:30~午後8:45(75分)
 日本人だけで310万人の命が失われた昭和の戦争。あの時代、人々は何を感じていたのか?かつて若者だった、戦争を体験した方々の声に、中居正広さんが耳を傾ける。【ゲスト】五木寛之,金子兜太,奈良岡朋子,【司会】中居正広

■8月15日(土)
日本の、これから「“核の時代”とどう向き合うか?」 第1部(午後7:30~午後8:45、75分)・第2部(午後9:00~午後10:45、105分)
 北朝鮮による核の脅威。一方でオバマ大統領が打ち出した核廃絶に向けた取り組み。被爆国日本はどう取り組むべきか。市民、専門家による討論。【ゲスト】津田塾大学准教授…中山俊宏,帝京大学教授…志方俊之,防衛省防衛研究所統括研究官…武貞秀士,大阪女学院大学大学院教授…黒澤満,女優…星野知子,【司会】三宅民夫,武内陶子

■8月16日(月)
NHKスペシャル 終戦ドラマ「気骨の判決」 午後9:00~午後10:30(90分)
 “戦争のために真実を曲げていいのか?”戦時中、東條内閣が主導した衆議院選挙の無効訴訟を受け、命がけで真相に迫った実在の裁判官・吉田久の生き様を描いたドラマ。
 昭和17年、大審院裁判官の吉田久(小林薫)は、衆議院選挙で落選者から選挙無効の訴えを受ける。首相・東條英機(岩崎ひろし)は、政府に非協力的な議員を排除しようと総選挙を実施。政府が推薦しない候補は激しい選挙妨害を受けた。事実確認のため訴えがあった鹿児島に向かい、200人に及ぶ証人尋問を行なうが、誰も真相を話そうとしない。司法大臣(山本圭)や東條からの圧力が強まるなか、吉田がたどり着いた「判決」とは?
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絶望を煽る田母神、希望を語る美輪さん

2009年08月12日 21時08分20秒 | 反改憲・戦争協力
  

 以下は、「薔薇、または陽だまりの猫」から「村野瀬玲奈の秘書課広報室」経由で私も知る事となった、8月7日付毎日新聞夕刊に掲載された、芸能人・美輪明宏さんが10歳の時の被爆体験記です。感じ入ったので、こちらでもその全文を紹介しておきます。
 特に感じ入ったのが、その第三節(2つ目の■より後)の部分です。単に「辛かった、苦しかった」だけで終わるのでなく、自分たちの犠牲が礎となって、世界が確実に社会進歩(平和・人権・民主主義実現)の方向に向かっている事も、しっかり見据えています。既に地球上から植民地が殆ど一掃され、今や米国大統領さえもが核廃絶を口にせざるを得なくなったと言うのに、未だに「弱肉強食こそが世の倣い、核も戦争も差別もない公正な世界なんて在り得ないし、絶対にそんな方向には行かせない」と、歴史の歩みに逆らうしか能の無い復古反動の田母神とは、もう大違いです。
 http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/b24b871d96a0583b0d9ab477f2a71bc0
 http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-1350.html

(転載開始)
<特集ワイド>10歳で被爆 美輪明宏さんの目に映る日本/毎日新聞

◇原爆は愚かさの結果/政権交代は新しい息吹

 10歳のときに長崎で被爆した美輪明宏さん。軍国主義が支配したころの日本は「愚かで野蛮だった」と振り返った。しかし選挙を前にしたいま、「新しい息吹を感じる。政権交代もその流れ。古い汚いものは自滅していく」と力を込める。【國枝すみれ】

 美輪さんの家は長崎市南部の本(もと)石灰(しっくい)町(まち)にあった。原爆が投下された9日、縁側の机で宿題の絵を描いていた。「絵の出来を見ようと椅子から立ちあがり後ろに下がったとき、マグネシウム1000万個をたいたような光に包まれた。あれっ、と思った瞬間、大音響、地響き。瓦が落ち、窓ガラスが飛び散った」

 お手伝いさんと兄で、隣の船大工町にある防空壕(ごう)を目指した。家の外は地獄絵図だった。髪がずるりと抜けた人、服なのか皮膚なのか判別がつかないほど焼けただれた人。死んだ子供をおぶったり抱いたまま逃げる女たち、中腰のまま、坂の途中でぼーっと焼ける町を見ている下宿屋のお姉さん。リヤカーの上には枕が一つ。理性的な行動をしている人は誰もいなかった。

 金融会社を経営していた父は爆心地に近い浦上に集金に行く予定をサボって釣りに行ったため、助かった。実母は美輪さんが2歳のときに病死、継母もすでに病死していた。山を越え、弟たちが疎開していた田手原村(たでわらむら)に逃げた一家は、玉音放送を聞き、すぐに長崎に戻った。

 昔カフェだった自宅の玄関にはショーウインドーが突き出ていた。ガラスは吹っ飛び、板とゴザをひくとちょうど縁側のようになった。畳が懐かしいのか、溶岩が流れたような顔の人が「休ませてください」「水をください」と寄ってくる。焼けただれた唇が合わず、茶わんから飲むことができない人には、土瓶で口に水を注いであげた。

 「怖いというより気の毒でした。いまでも思い出します。いい年した大人が10歳の私を拝むんですよ、こうやって……」。美輪さんが胸の前で手を合わせた。「ずいぶん多くの人に末期の水を飲ませました」。そんな状態が終戦後も2カ月近く続いた。

 美輪さんは浦上天主堂の近くにあった母方の祖母の家に向かったが、がれきの山があるだけだった。後に原爆で伯母が亡くなったと知る。

 「とにかく臭い。死体のような塊がいたる所に転がっている。親子の遺体は必ず子供がおなかの下に。抱きかかえるように覆いかぶさって、自分は焼け焦げても子供は助けたいと思ったのでしょう」

 既に恐怖感を超えていた。「もうおしまいだ。日本は二度と立ち直れない。この国はなくなるんだ」。そんな気持ちだけだった。

   ■

 県庁近くの小さな病院の前を通ると、髪の毛が抜け落ち、体中にやけどを負った人たちが炎天下に列を作っていた。病院は半分壊れ、薬も包帯もない。治してもらえる可能性は万に一つもないのに座り込んでいる。夏だから傷口にウジがわく。いくら取ってもぞろぞろと出てくる。

 「あの光景を米軍に見せてやりたい」

 原爆を開発した科学者、投下にゴーサインを出した政治家、死の商人たちは許せない。名前を挙げた科学者の一人は、物理学者エドワード・テラー(03年没)。核兵器開発のマンハッタン計画に参加し、一部の科学者が反核に転じた後も水爆開発の中心となった人物だ。「ビキニ環礁で水爆実験を成功させた後の記者会見で、放射能の後遺症は絶対にありません、と笑ったやつ」

 美輪さんも放射能の後遺症に苦しんだ。16歳で東京に出てきてから悪性貧血になり、髪が「だー」と抜けた。

 「死んでたまるか、と思ってました。怖いなんて言っている暇はなかった」

 上京後まもなく実家が破産。東京も長崎と同じだった。食物も家も仕事もなかった。銀座6丁目のキャバレーが3人のボーイを募集し、美輪さんも赴くと応募者が新橋まで列を作っていた。

 今秋、美輪さんは恒例の音楽会<愛>のプログラムに、原爆孤児を思って作った「ふるさとの空の下で」を入れた。「やわになった日本人に活を入れるためです。不況というけれど、戦争中や終戦直後に比べれば極楽です」

   ■

 取材中、美輪さんは繰り返した。「私の原爆体験より、いかに一般の日本人が知力に欠けた生活を強いられたか、をお書きなさい」

 米軍は武器も弾も食料もふんだんにあるのに、日本は竹やり。米軍の上陸に備えて、なぎなたの先生は女の子たちに「金玉の握りつぶし方」を教えていた。

 「日本は石油も鉄もニッケルもない。もともと戦争できない国なのに、根性、根性、根性――。根性なんて何の役にも立ちません。軍部は知力がなく、非科学的。日本人は野蛮人だった。その愚かさの結果が原爆ですよ」

 原爆が落ちた日、美輪さんの家の屋根瓦が落ちたのは「天井板をはずせ」という町内会の通達に従ったからだ。「スパイが隠れているかもしれない、不発弾がひっかかるかもしれないからって。そんなことを真剣に言っていたんですね、当時の日本人は」

 大声で話すと(米軍の)飛行機に盗聴される、と怒られた。歌や踊り、音楽、映画、芝居は「奢侈(しゃし)に流れる」と禁止され、美しいものは軟弱という理由で排除された。着物は紺のもんぺ色、国防色のカーキ色、どぶネズミ色しか許されず、美しい色を着ていたら警察にひっぱられた。インテリは国賊。大学を出た人が徴兵されると、上官に殴られた。

 無能な上層部が国を運営して国民が疲弊した知力なき時代。美輪さんは戦後64年たっても憲法9条を変えようとする勢力にその名残をみる。「そんな時代の残滓(ざんし)である自民党が壊滅状態になるということは日本が進化している証しの一つだと思う」。美輪さん、すっきり言い切った。政治評論家だってここまで言わない。

 世界はだんだんと良くなっている、と美輪さん。20世紀ほど王制や独裁政権が崩壊して民主化が進んだ時代はない。21世紀にはヘッジファンドに代表される詐欺的資本主義のメッキもはがれた。

 「日本でもホリエモンはついえた。亀田兄弟のように行儀作法を知らず見識もない人たちはボロボロになった」

 日本アニメや日本料理が世界を席巻し、環境に優しいエコカーが人気だ。

 「新しい息吹を感じる。政権交代もその流れ。古い汚いもの、余計なものは自滅していくんです。闇成り金のいいかげんな時代は終わりなの。これからはまともな人が評価を受ける。そんな黎明(れいめい)期です」
(転載終了)
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騙り屋は一体どちらか?

2009年08月10日 22時36分28秒 | 反改憲・戦争協力
  

 例の8月6日広島での田母神「核武装推進」講演では、「被爆者からの手紙」まで演出しての、サイレント・マジョリティー(声なき多数派)の自作自演劇が行われました。まあ私としては、幾ら演出を凝らした所で、こんな手紙の内容では、却って「わざとらしさ」だけが目に付き、逆効果ではなかったのかという気がするのですが。しかし、たとえこんな手紙でも、当事者(被爆者)性に幻惑されて騙される人も無きにしも非ずなので、以下その手紙の記述も引用して、気付いた範囲で反論しておきます。 

(引用開始)
主人を含めて、被爆遺族の誰と誰に 秋葉市長が聞いて、広島の声として、田母神さんの講演会を阻止されたのかが、まず聞いてみたいと思います。
私どもには 何のお問い合わせもありませんでした。
被爆者や遺族の悲しみを増す恐れがある」というのが「広島市の立場」とのことですが、どのような根拠でこのような空論を展開されているのでしょうか。
ある特定の思想にとりつかれている被爆者の方々の声だけを代弁しておられるとしか考えられません。
また広島県原爆被害者団体協議会など7団体にはたして被爆者および遺族の何%が加入し、そのうちの何%にこのたびのことに対する意見を求めて発表しているのか、それも疑問です。
(引用終了)

 「核武装」なる「特定の思想にとりつかれている」という意味では、田母神一派も同じではないか?被団協の組織率も云々しているが、では原爆症認定訴訟にも被爆者救援にも一切取り組まず、被団協の揚げ足を取るしか能の無い自分たちは、一体何%の被爆者を組織しているのか?

(引用開始)
自分の地位と権力を利用して、ある特定の団体や個人を攻撃したり、また逆に応援したりすることが、市長の立場でしていいはずはありません。
(引用終了)

 これも、空幕長や幕僚学校長の地位を利用して、自衛隊員に自分たちの歴史観・国家観だけを一方的に押し付けている(隊員には他の歴史観・国家観も学べるだけの選択の余地は無い)田母神一派は、一体どうなのか?

(引用開始)
さも広島市民は全員が日本核武装に反対しているかのような、いや、核武装論議にすら反対しているかような抗議をしていると聞いています。
しかし、私は違います。
私の祖父は被爆者で、つまり、私は被爆者の遺族なのですが、日本核武装に賛成しています。
もし、あのときに日本が核武装していたら、祖父の頭上で原子爆弾が炸裂することはなかった…少なくとも可能性は低くなっていたと思うからです。
(引用終了)

 被爆者も色々。「もう戦争はコリゴリだ」という人だけでなく、「今度は核で米国に敵討ちを」という人がいたのは事実だ。しかし、単に復仇心のレベルに止まるには、被爆の惨状は余りにも酷すぎた。その為、当初は復仇感情に凝り固まっていた被爆者も、次第にそんなレベルから脱却して、やがて核廃絶や世界平和を希求する立場に、徐々に変わってきたのだ。
 勿論、その立場に変わるまでには長い年月を要した。まず、米軍占領下で被爆の実相や反核運動が隠蔽・弾圧される中で、被爆者に対する差別が蔓延っていた。そして同じ被爆者の中でも、未解放部落・在日朝鮮人の被爆者に対する差別が罷り通っていた。
 それが変わる契機となったのが、1954年のビキニ事件だ。太平洋・ビキニ環礁での米国核実験で、第五福竜丸を初めとする多くの日本漁船が「死の灰」を浴び、原子マグロ禍や放射能雨被害が全国に拡大した。それに対して、原水禁署名運動が燎原の火の如く広がり、その後の原水禁世界大会開催や被団協結成に結びついた。その中で、当初は「ざまあみろ、これでやっと被爆者の苦しみが分かっただろう」と心の中で思っていた一部の被爆者も、原水禁運動の未曾有の広がりの中で、次第に「もう二度とこんな過ちを繰り返してはいけない」という見地に至り、単に自分たちだけでなく、ネバダやマーシャル諸島、旧ソ連・セミパラチンスクの被爆者とも連帯する中で、核廃絶を目指すようになったのだ。
 それでも、依然として「米国への敵討ち」や「核武装」論に固執する人々も、被爆者の中には、まだいるかも知れない。しかし、それが決して被爆者の多数派なんかではない事は、以上の様な被団協の歴史からも自ずと明らかだ。

(引用開始)
これまで、私は他者と核保有を含む安全保障の議論や主張をなす時には、
「被爆」との関わりを一切表明しないようにしていました。
理由は、それを前面に出すことで、相手に心理的影響を与え、反論をたじろがせる効果があるからです。
世間で喧しい「被爆者団体」にはこのような斟酌がありません。
「被爆者」であることを特権的に利用しているようにも見受けられます。
そして、その特権をかさに着た行動が、今回の「中止要請」や「抗議」の正体そのものなのです。
(引用終了)

 まるで、田母神一派だけはその様な「斟酌」を持ち合わせているかの様な物言いだ。しかし、その田母神一派や後援者の日本会議が、NHKの従軍慰安婦特集番組や「アジアの一等国」特集番組に対してしてきた事は、一体何なのか?田原総一郎の「横田めぐみ死亡」発言をとらまえての論難は、一体何なのか?旧軍人・軍属や北朝鮮拉致被害者家族としての特権をかさに着ての「抗議」ではないのか。秋葉市長の自粛要請を言論弾圧というのであれば、これも言論弾圧ではないのか。それとも、「言論の自由は自分たちにだけ在る」とでも言うのか。

(引用開始)
なにしろ、秋葉市長の「平和宣言」なるものが、米国をターゲットにして、
北の金正日には大甘の煽動文書であることは、以前より産経紙や読売紙に厳しく批判されてきた代物ですから。
(引用終了)

 残念ながら、かつて核廃絶運動の一部に「米国の核は汚いがソ連の核は清い」というダブル・スタンダードがあった事は確かだ。それが原因の一つとなって、核廃絶運動が原水協と原水禁に分裂し、過去の経過から、今も統一を回復出来ていない。
 しかし、もはや両者とも、そんな立場はとっくに乗り越えているのも事実だ。旧ソ連核被爆者の救援にも取り組んでいるし、中国・北朝鮮核実験に抗議の座り込みも行っている。だから、今や原水禁世界大会には、かつての様なNGOだけでなく、国連総会議長や各国政府要人も積極的に参加するようになったのだ。
 翻って、田母神一派の集会には、一体誰が参加しているのか。動員組の街宣右翼・極右政治家・名うての反共文化人と、それに影響されたネットウヨクだけではないか。

(引用開始)
今回の秋葉市長や「被団協」の行為は「卑怯」の一言に尽きると考えます。
昔、新潟市の「憲法記念の日講演会」での故上坂冬子氏が「現行憲法に反対の立場」の故をもって講演拒否された事件、
あるいは、神奈川県三浦市での櫻井よし子氏に対する「慰安婦への "誤った認識 "」を言い立てた某団体の圧力に屈した
三浦市商工会議所が新年経済講演会を中止にした事件がありました。
今回のこの「事件」はそれらより数倍も悪質なものであります。
何故なら、両氏に対する事件では、メディアのいくつかはまだ、その「妨害者」に対する正面からの批判を掲げることができました。
しかし、相手が「被爆者」または「被団協」であれば、産経紙ですら、正面からの批判は避けることでしょう。
そのような空気はメディアの自縄自縛であり、所謂「平和 (その実反日ないし反国家)教育」に他なりません。
(引用終了)

 これも前述した通り。ここで一々上記の真偽について詮索している余裕はないが、仮にそこに幾ばくかの事実があったとしても、それで以って田母神一派の免罪符とは一切ならない。
 自分たちは権力をかさに着て、日教組弾圧を堂々と公言したり(中山成彬)、右翼御用メディアの産経も使って、今も東京・三鷹や富山などで、もっと露骨な事をやっているではないか。

(引用開始)
今の被団協は「少数派」が「ボルシェビキ(多数派)」を名乗って国家を纂奪した旧ソ連の共産党と同じことを行っているのです。
(引用終了)

 上記の「被団協」を「田母神一派=日本会議・維新政党新風・新しい歴史教科書をつくる会etc」、「ボルシェビキ(多数派)」を「ネットウヨク(多数派w)」、「旧ソ連の共産党」を「現日本の自民党・保守勢力」と置き換えれば、そっくりそのまま田母神一派に当てはまる。しかも、それ以前の問題として、そもそも普通の被爆者が、被爆体験もそっちのけに、いきなりこんな「ボルシェビキ」云々なぞという物言いをするだろうか。

(引用開始)
なぜなら、長崎での児童生徒達の親のかなりの割合が被爆者であることなど、私の学童生徒であった当時の常識だったからです。
しかも、変に誇張したような病気や遺伝が広範にあるかの報道やドラマはあって、実生活の現実において存在しなかった。
被爆二世達の親も普通に生き、普通に旅立っていった。
同級の二世達は普通に結婚をし、子をなし、今も普通に生きている。
差別など私達の世代では微塵も感じたことはなかったのです。
少数の不幸な障害者がいたことは事実としても、不幸なるものの支援の対象とは見ても、決して政治化することはなかった。
これが大きく変わって、被爆者の子が結婚で疎んじられ、遺伝的影響で相当の非健常者の子が生まれる、
などの風評がなぜ広がったのか、疫学的には非被爆者と有意差のない、非健常率が特別に切り出されてきたのか、
私見ですが、おそらくあの「夢千代日記」ではないだろうか、と思います。
(引用終了)
 
 そんなに「疫学的には非被爆者と有意差のない」のなら、何故被爆者が、自らの生存と尊厳を掛け、痛めつけられた身体に自ら鞭打ってまで、連綿と原爆症認定訴訟に踏み切り、悉く勝訴を勝ち取り、あの麻生自民党にその非を認めさせる所まで来れたのか。
 この手紙は、被爆者の名を騙りながら、被団協やそこに結集した被爆者に対して、「広島の心と名をかたる語(騙)り屋」とまで罵っているが、それはそっくり自分たちに向けられた言葉ではないか。
 こんな低次元の「寝た子を起こすな」論まで用いて、今や命脈尽こうとする自民党政府の応援団を買って出る、それこそが、この輩の本当の役回りなのだ。

 この「被爆者の手紙」なるものの内容に対しては、他にも言いたい事は多々あれども、言い出せばキリが無いので、もうこの辺にしておく。但し、最低限次の事だけは指摘しておく。

 この輩は、よりによって8月6日に広島で、この様な核武装推進の講演を行い、広島市長の延期要請に対しても、「特定イデオロギーに支配されている」と毒づいている。まるで、それさえ口にすれば、悉く相手を黙らせられると思っているかの様に。
 しかし、それは万能薬でもなんでもない。凡そ霞を食って生きている仙人でもない限り、人は政治とは無縁では在り得ず、そこには何らかのイデオロギーが絡む。完全な厳正中立、無色透明なぞ在り得ない。若し、この程度の延期要請ですら「特定イデオロギーに支配されている」と言われるのであれば、橋下や東国原や中田が、首長の地位を利用して「地方分権」通信簿作りの名目でやっている、隠れ「自民党ヨイショ」の出来レースは一体どうなるのか。こんな露骨な世論誘導が堂々とまかり通る一方で、ささやかな延期要請すら認められないというのでは、もはやダブル・スタンダード以外の何物でもないだろう。
 その様な各人の持つイデオロギー性を、如何に調整するかが問題なのだ。こんな講演なぞ、何も8月6日にしなくても、いつでも出来る訳だろう。それを、こんな「アウシュビッツ強制収容所跡でのネオナチの集会開催」にも準える行為を、「言論の自由」の一語で以って認められるであろうか。「DV被害者の前でレイプの自由を説く」が如き行為が、認められるであろうか。否である。「言論の自由」云々以前に、「人として言って良い事と悪い事」があるだろう。相手の人権・人格・尊厳を踏みにじり貶める様な言説が、許されて良い筈がない。私は田母神にそれを問うているのだ。

 また、この輩は、一端の愛国者・憂国の志士・ナショナリストを気取りながら、米国が大義も無く一方的に開始したイラク戦争に臆面も無く加担し、イラク派兵違憲判決にも「そんなの関係ねぇ」と嘯きながら、米国と一緒になってイラク人民の民族自決権を踏みにじっている。それの一体何処が愛国者か。
 その動機が、単に米国に追従して目先の権益確保を狙ってのものだとしたら、それは、時流に阿る機会主義者による、エコノミック・アニマル丸出しの日本人エゴでしかない。イラク人記者から靴を投げつけられたブッシュと同じ目に遭わされたとしても当然だ。
 真のナショナリスト・愛国者とは、「売国奴」の汚名をかぶせられるのも覚悟の上で、大義のないイラク戦争を命がけで阻止しようとした英国人スパイ「キャサリン・ガン」や、国防族としての信念から、専守防衛を逸脱し中東での親日感情の基盤をも掘り崩すイラク派兵に反対した故・箕輪登氏(元・防衛政務次官、自衛隊イラク派兵差止北海道訴訟原告)の様な人の事を言うのだ。

 そして、本来ならば「復讐の鬼」と化しても一向に不思議ではないのに、そんな復讐の呪縛からようやく抜け出せて、世界平和を希求するまでに至った(そこに至るまでには言い知れぬ苦しみも数多く在ったであろう)被爆者に対して、再び「復讐の鬼と化せ」と説く。斯様な田母神・核武装論の底にあるのは、「信じれるのは自分の腕力(武力)だけ」という、疑心暗鬼のニヒリズムだけだ。そうして、やっと人間性を取り戻せた被爆者を、再び鬼畜のレベルに引き摺り下ろす。その様な人間蔑視の行き着く先は、究極の戦争・差別社会でしかない。

 今年の原水禁世界大会のスローガンは、原水協系が「核兵器のない平和で公正な世界を」、原水禁系が「核も戦争もない平和な21世紀をつくろう!」となっている。どちらも、単に一時の平和なぞではなく、「戦争のない公正な世界」を目指している所に注目して欲しい。それは、平和と人権が不可分一体のものだという事を示している。つまり、平和や核廃絶に反対するという事は、人権をも蔑ろにするという事に他ならない。
 そう言うと、好戦派はきっとこう反論するだろう。「誰も戦争なぞ望んでやいない、現実を直視せよと言っているだけだ」と。
 嘘つけ!それが大嘘であるのは、好戦派が現実論や核武装論を説く時の、生き生きとした顔や、これ見よがしに滔々と自説に酔いしれる姿を見るだけで充分だ。田母神もそうして「イラク派兵違憲判決そんなの関係ねぇ」と嘯き、被爆者を挑発するだけの為に8月6日のヒロシマに殴りこみに来たではないか。
 「弱肉強食こそが世の倣い、核も戦争も差別もない公正な世界なんて在り得ないし、絶対にそんな方向には行かせない」―これが田母神一派の恐らく本音だろう。こういう輩を私は絶対に許しはしない。この様な「平和と人権の敵」に対しては、こちらもプレカリアートとしての全存在をかけて闘っていく。

(過去の関連エントリー)
・死神の正体1―戦争・格差社会の推進者
 http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/2f2fa77b1690348b3e2937761b345a94
・400円カップラーメンと300万円ネトウヨ投稿
 http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/08cd6d198db4deeb77cd9db8bc9024ac
・死神の正体2―ブッシュ・ネオコンの残滓
 http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/81acd1389f067507489d3aaa19e69fd1
・死神の正体3―軍事利権まみれのエセ愛国者
 http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/e8b0a41e2997235d837bac699fe6a43c
・死神の正体4―ルサンチマンに凝り固まった「蟻の兵隊」
 http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/77659b2e7852ab4585f2722368b3f731
・田母神も靴を投げつけられたら良かったのに
 http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/44acc3b9c7bf7034250259517fb2f163
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2009年夏ヒロシマの「鶴と掃き溜め」

2009年08月06日 23時14分18秒 | 反改憲・戦争協力
 この間、少し腕を痛めていた上に、仕事が忙しくなってきた事もあって、またぞろ、ブログ更新が滞りがちになっています。本日の広島原爆忌に際しても、何か書かねばと思いながらも、つい今しがたパソコンを開いたばかり、という体たらくです。
 そんな中で、実際に本日の平和集会に参加された広島在住のマイミクさんから、ユーチューブに配信された当日の動画を紹介戴きました。まずは、拙ブログからも視聴出来る様にしておこうと思います。この動画ですが、今日はもう遅いので、明日以降に改めて拝見させて貰う事にします。

核兵器廃絶2009平和ヒロシマ大会


核兵器廃絶2009平和ヒロシマ大会 合唱「原爆を許すまじ」


核兵器廃絶2009平和ヒロシマ大会 平和アピール


 そうかと思うと、同じ日の広島では、「核武装」を説く催しもありました。例の田母神講演がそれです。当該主催者曰く「1300名以上集まった」との事です。まあ、そんなネオナチのヘイト・スクラムよりも、核廃絶を願い平和集会に参加された人々の方が、参加者数においても内容においても、田母神一派を圧倒していたのですが。しかも、その田母神講演の中身たるや、前述の核廃絶集会と比べると、もう「月とスッポン」「鶴と掃き溜め」という感じで。特に、被爆者を騙っての「言いたい放題」には、開いた口が塞がりませんでした。こちらについても、明日以降で、徹底的に批判させて貰う事にします。
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