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琉球新報号外・写真集「沖縄のうねり」から改めて学ぶ

2007年12月09日 00時54分01秒 | ヘイトもパワハラもない世の中を
 先日、近くの町で開催された沖縄祖国復帰運動(故・瀬長亀次郎氏)関連の展示会で、9月29日の検定撤回11万人県民大会の写真集を購入しました。この写真集「沖縄のうねり」は、地元紙の琉球新報が発行したもので、中には集会当日の同社の新聞号外も添付されています。新聞号外は見開き4ページに渡っていて、表裏の1・4面には集会速報が(これがウェブ上で公開されている部分)、中の2・3面には沖縄集団自決の実相を記した資料と証言が、それぞれコンパクトにまとめられていて、第一級の学習資料としてもそのまま使える様な形になっています。まずは号外を読んだ上で写真集を開いていただければ、沖縄集団自決の全貌が直ぐに理解出来る様になっています。

 昨今、ウヨク御用メディアの産経・「正論」・「諸君」などで、桜井よし子・小林よしのりなどが盛んにこの集会の意義を貶める宣伝を行っており、それに気を強くしたのか、国・文科省の方もまたぞろ「集団自決に軍関与は無かった」と言い出し、教科書会社からの訂正申請すら突き帰すという様な所業を行っています。それらの逆流に打ち勝つ為にも、この号外と写真集は必見・必読です。以下、かいつまんでの紹介と解説を、長くなりますが、下に記しておきます。(フォントの色が変っているのが、号外・写真集からの引用部分です。)

■「集団自決」なぜ起きた 軍民混在投降許さず 手榴弾配り「自決命令」(写真集・号外より)

 肉親同士がかみそりやかまで首を切りつけ、輪になって手榴弾を爆発させる。木の棒や石で家族を殴り、互いの首にひもを巻き付け引っ張り合う。壕の中で布団に火を付け窒息死を試みたり、家族に殺鼠剤(猫いらず)を飲ませたりした人もいた。
 沖縄戦中の1945年3月末以降、米軍が目前に迫った慶良間諸島や沖縄本島中南部、伊江島で、肉親を手に掛けたり自ら命を絶った「集団自決」(強制集団死)が起きた。犠牲者は数千人とも言われるが、詳しいことはいまだ分かっていない。悲劇はなぜ起きたのか。
 軍民が混在し一体化した沖縄戦の戦場で日本軍(第32軍)は、戦場で軍人の取るべき行動を説いた「戦陣訓」の「生きて虜囚の辱めを受けず」の教えを一般住民にまで強要した。日本軍は「野蛮な鬼畜米英につかまれば女は強姦され男は戦車でひき殺される」との恐怖を住民に植え付け、捕虜になる前に「自決」するよう繰り返し指導した。
 米軍上陸前の44年には軍が全滅する時には住民も一緒に死ぬのだという「軍民共生共死の一体化」方針をとった。日本軍は「一発は敵に投げ、もう一発で自決せよ」と軍の武器である手榴弾を住民に配った。手榴弾配布も、住民にとっては「自決命令」にほかならなかった。
 日本軍は米軍上陸に備えて子供からお年寄りまで多くの県民を軍の飛行場や陣地構築に動員していた。民家には日本兵が分宿し、日本軍の動きや陣地の場所などを知る住民は多かった。しかし日本軍は沖縄県民に対し、国家意識が希薄で天皇のために死んでも皇国を守る「殉国思想」が徹底していないとの不信感を持ってもいた。日本軍は機密保持のため、方言を使う者や投降しようとする者はスパイとみなして殺すと住民を脅した。実際に、方言を使った人や投降しようとした人、米軍の捕虜になった後、米軍に命じられて日本軍や住民に投降を呼び掛けに来た住民が、日本軍にスパイ視され虐殺されたケースも相次いだ。
 県民は、「投降すれば殺す」という日本軍と、目の前に迫る「鬼畜」米軍との板挟みという絶望的状況に置かれ、「軍命」により「集団自決」に追い込まれた。日本軍に共生共死を押し付けられた絶体絶命の状況で、住民は死を選ぶほかなかった。


 沖縄集団自決が軍の命令で引き起こされた事は、(1) 軍の武器である手榴弾が攻撃用・自決用として各1個ずつ住民に配布された事と、(2) 集団自決の発生地が日本軍が駐留した沖縄本島中南部・伊江島・座間味島・渡嘉敷島・慶良間諸島に限られ、軍隊の駐留しなかった八重山諸島などでは起こっていない事(その代わりに軍命による強制移住でまた別に戦争マラリアの悲劇が引き起こされたのだが)、以上2点の事実と現地の数多くの証言で、既に充分立証されています。桜井よし子・曽野綾子・小林よしのりや、赤松某・梅澤某など加害者側の生き残りなどの、「新しい歴史教科書をつくる会」の息のかかった人物たちが何と言おうと、この事実は覆せません。

■検定本こう変わった 軍強制あいまいに 主語消え、住民自発と誤解(写真集・号外より)

 検定意見を受け記述を修正した結果、各社とも「集団自決」での日本軍の強制や関与があいまいになった。山川出版社は「日本軍によって壕を追い出され、あるいは集団自決に追い込まれた住民もあった」と軍関与を明記した記述から「日本軍に壕から追い出されたり、自決した住民もいた」と変更、軍の関与があいまいになった。
 実教出版は「日本軍は、(中略)日本軍のくばった手榴弾で集団自害と殺し合いをさせ―」から「日本軍のくばった手榴弾で集団自害と殺し合いがおこった」に変更。日本軍による強制が分かりにくくなった。さらに清水書院は「日本軍に集団自決を強制された人もいた」から「集団自決に追い込まれた人々もいた」に変更した。
 修正後の記述について文部科学省は「軍の関与、責任を否定するものではない」との認識を示す。しかし、「集団自決」部分から日本軍という主語がなくなった結果、住民が自らの意思で命を絶ったとも取れる記述になった。また、「誰に」追い込まれたのかが分からず、日本軍ではなく、米軍に追い込まれて「集団自決した」と読むこともできる。
(以下略)

 「軍の関与・責任や強制を否定するものではない」と表向きは装いながら、裏では「それは決めつけだ、強制されたのではなく住民自身が自決を選択した場合もある」と圧力をかける。―こんな論理がまかり通るのであれば、神風特攻隊や人間魚雷の悲劇も全て「強制ではなく兵士個人が勝手に志願した結果だ」という事にされてしまいます。これらの事例も、あくまでも建前上は兵士個人の志願に基づいて行われたのですから。しかし、実際は志願とは名ばかりの、事実上の強制だった事ぐらい、「聞けわだつみの声」などの手記を紐解けば直ぐに分かります。

■9.29検定撤回県民大会実行委員会構成団体(写真集より)
・沖縄県婦人連合会
・沖縄県遺族連合会
・青春を語る会(9つの元女子学徒隊で構成)
・ひめゆり同窓会
・沖縄県老人クラブ連合会
・沖縄県農業協同組合中央会
・沖縄県青年団協議会
・沖縄県中小企業団体中央会
・沖縄県PTA連合会
・沖縄県高等学校PTA連合会
・沖縄県市長会
・沖縄県市議会議長会
・沖縄県町村会
・沖縄県町村議会議長会
・沖縄県漁業組合連合会
・沖縄県子ども育成連絡協議会
・沖縄県医師会
・連合沖縄
・沖縄弁護士会
・沖縄の未来を語る会(全沖縄旧制中等学校師範学校同窓会連絡協議会)
・沖縄県生活協同組合連合会
・沖縄県議会


■県内各政党コメント(写真集より)
・撤回を粘り強く訴えていきたい(自民党・沖縄県連)
・思想信条超えた意思受け止めて(公明党・沖縄県本部)
・歴史の事実に政府は向き合え(共産党・沖縄県委員会)
・新基地造らず平和を創ろう(民主党・沖縄県連)
・県民の切実な声 国民的に広げる(社民党・沖縄県連)
・真実を教える教科書実現を(沖縄社会大衆党)
・日本全体にも意味持つ大会(政党そうぞう)
・政治家の手腕 今後問われる(国民新党・沖縄県連)


 ついでに、検定意見撤回県民大会に参加の県議会議長・県知事・市町村長のコメントも、タイトルのみですが、下記に紹介しておきます。

・将来へ史実を正しく(仲里利信・県議会議長・大会実行委員長)
・日本軍関与は隠せず(仲井真弘多・県知事)
・12年前の力を感じる(翁長雄志・那覇市長)
・県民が超党派で結集(知念恒男・うるま市長)
・戦前回帰に強い反発(伊波洋一・宜野湾市長)
・事実伝えていく決意(西平賀雄・糸満市長)
・事実伝えること大切(金城豊明・豊見城市長)
・「命どぅ宝」届けよう(大浜長照・石垣市長)
・歴史歪曲許されない(島袋吉和・名護市長)
・意思表示 意義大きい(東門美津子・沖縄市長)
・95年上回る勢い実感(儀間光男・浦添市長)
(以下略)

 上記に列挙した事実からだけでも、官民挙げての総力体制でこの県民集会が開催された事は明らかです。農協や医師会などの職能団体が集会実行委員会に名を連ね、保守の県知事・県議会議長・市町村長や、与党会派の自民・公明両党まで含め、保革を問わず殆ど全ての在郷人士が賛同のメッセージを寄せているのですから。その他にも、沖縄県議会が、異例の二度に渡り、それぞれ全会一致で検定意見撤回を求める抗議決議を挙げた事や、県下全ての市町村議会でも同様の決議が為された事、地元バス会社が会場までのバス代を無料にして集会開催をサポートした事、本島だけでなく宮古島や石垣島でも同趣旨の郡民大会が官民総出で取り組まれた事などからも、この集会が名実共に沖縄県民の総意として取り組まれた事が判ります。
 主催者発表と警察発表の間で集会参加者数に大きな開きが見られる事についても、集会の内容如何に関わらず、別に不思議な事でも何でもありません。現に、先の自民党総裁選での麻生太郎の街頭演説参加者数ですら、両者の間には倍以上の開きがありました。況してや、これだけの規模の集会ともなれば、もはや正確な実数など誰も掴めないのです。だから、のべ動員数や過去の経験から規模を類推する他ないのです。
 しかし、ここまでの取組みが為された集会で、参加者がたった1万人や4万人なんて事がある筈がありません。若しそうだとしたら、沖縄の市町村や県の担当者は何も仕事をしていないという事になります。或いは、沖縄県民はどうしようもないノンポリでモノグサで怠け者のニートだという事になってしまいます。11万人と1万人や4万人の、一体どちらが実数に近いかは、この号外や写真集に記載された集会の様子や参加者ひとりひとりの表情を見れば、もう一目瞭然です。労組員だけでなく町や村の普通のオジイ・オバアまでが挙って参加しているのですから。

■県民へのアピール(写真集・号外より)
注:琉球新報HPにも同名のリンクページがありますが、リンク先は大会決議文になっています。正しくは下記の詩が「県民へのアピール」ではないかと思われます(大会当日に配布された同社号外にもその様に記載されています)。

 砲弾の豪雨の中へ放り出され
 自決せよと強いられ
 死んでいった沖縄人(うちなーんちゅ)の魂は
 怒りをもって再びこの島の上を
 さまよっている

 いまだ砲弾が埋まる沖縄の野山に
 拾われない死者の骨が散らばる
 泥にまみれて死んだ魂を
 正義の戦争のために殉じたと
 偽りをいうなかれ

 歴史の真実をそのまま
 次の世代へ伝えることが
 日本を正しく歩ましめる
 歪められた教科書は
 再び戦争と破壊へと向かう

 沖縄戦の死者の怒りの声が
 聞こえないか
 大和の政治家・文科省には届かないか
 届かなければ 聞こえなければ
 生きている私たちが声を一つにして
 押し上げ 訴えよう


 上記の詩からも、この集会に込められた県民の思いは明らかです。小林よしのりに言わすと、これこそが「全体主義の島・沖縄」の証しなのだそうですが、私に言わせれば、侵略戦争を美化しファシズム復活を目論む戦犯政治家の生き残りが戦後もそのまま政治中枢に居座り、面割りや声量調査まで動員して「日の丸」掲揚・「君が代」斉唱を強制する今の日本の方が、よっぽど「全体主義の国」なのですが。
コメント (2)
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