アフガン・イラク・北朝鮮と日本

戦争も人権抑圧もNO!万国のプレカリアート団結せよ!

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 アフガン・イラク戦争も金正日もNO!!搾取・抑圧のない世界を目指して、万国のプレカリアート団結せよ!

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ネットカフェ難民―漂流する現代日本のITコッチェビたち

2007年01月31日 00時15分14秒 | 一人も自殺者の出ない世の中を
 ブログ読者のまことさんが先日コメントで紹介してくれた、日本テレビ系列番組「NNNドキュメント'07」の1月28日放送分「ネットカフェ難民―漂流する貧困者たち」を、我ながら身につまされる思いで見ました。

 番組では、失業して家賃滞納で今までの住処も追い出された若者が、深夜のネットカフェでつかの間の仮眠を取りながら、ネットや携帯で日払いの仕事を必死で探す姿を映し出していました。出来るだけ外で時間を潰して、ネットカフェは最低限の睡眠を確保するためだけ利用する。シートの上で海老の様な形で窮屈そうに寝ている20歳代の女性。そんな所で寝てもまともに眠れる訳がありません。普段は1時間100円の格安料金のカフェで仮眠を取り、数日に一度は身体を洗う為にシャワー付きのカフェに入る。後は体臭がきつくなればオーデコロンで誤魔化す。そういう若者の姿を追っていました。「そんな事をしていたら仕舞に死ぬぞ」。一瞬そういう思いが頭の中をよぎりました。
 その若者たちも、一見しただけでは普通の若者と何ら変わらず、ホームレスであるとは誰も気が付きません。オマケにインターネットや携帯が命綱の役割を果たしていると言う。

 私は実を言うと、いくらインターネット時代の世の中と言えども、ネットを利用出来るのはまだまだ相対的に恵まれた層だと思っていました。そして、そういう「勝ち組」がネットウヨクを構成して、金と暇に物を言わせてネット空間を占有して、ヘイトスピーチを垂れ流していると思っていました。
 又その一方で、「今は民衆全体がバラバラにされアトムと化して漂っている」「ネットウヨも大部分は下流階層で、彼らは体制側の情報操作にうまく乗せられてしまっている」「そういう状況を変えていく為には、左派も自己変革を遂げなければならない」という事も自分なりに分ってはいるのですが、それでも「あいつらの好き勝手にさせて堪るか」という想いがどうしても先に立ち、得てして「対抗言論」に傾斜しがちになるという、そういう複雑な気分でいました。

 ホームレスと化した若者が、外見上は普通とそんなに変わらない姿で街を歩き(近づいてよくよく見ると普通以上に疲弊しているのが分るのだが)、ネットや携帯を命綱として利用している。
 しかしそれで職に就くのは難しく、就けたとしても履歴書の要らない日払い・日雇い労働ばかり。住所不定が足枷となって、まともな定職には就けないのです。そういう現場ではピンハネや中間搾取、各種の違法労働が蔓延しているのですが、文句を言うと即食い扶持に困るので、涙を呑んで従うしかない。それで1日6千円~1万円弱の日当を稼いで、金が尽きるまでネットカフェで次の職を探す。どうにか食っていくのだけで精一杯で、100円貯めるのも至難の業(こちとら月収平均18万円の私でも、貯金するのにはそれ相応の苦労が要るのに)。
 一度ネットカフェの住人になってしまったら、なかなか其処からは這い上がれない。その辺は旧来の寄せ場や都会の雑踏、公園のホームレスとも本質的には全く同じです。

 ただ今までと大きく異なるのは、そこにまでネットが介入してきているという、従来では見慣れなかった現象がそこにある事です。ネットツールの命綱にギリギリまで頼って、綱が切れたらそれが命の切れ目となる。ホームレスと勤労者の境界がはっきりしなくなっている。ネットとホームレスという両極端なものが隣合せにあって、その間に中間過程やクッションが全然無い。そういう、旧来のホームレス像やネチズン像だけでは捉えきれない現実(これが現代的貧困なのだろうか?)が目の前に広がっている事を知って、我ながら慄然としました。

 そう言えば、大阪・難波の或る24時間営業のネットカフェには、ブースのあちこちに次の様な注意書きが掲示してあるのを思い出しました。「当店は宿泊所ではありません、シャワーはありますが宿泊用ではありません、泥酔者・入墨者・体臭のきつい方の利用はご遠慮願っています、所持金不足には厳しい態度で臨みます」と。私は最初それを見て、「都会のカフェは世知辛いなあ」としか思いませんでした。しかし、この番組を見てからは、「それはそれだけでは終わらない」という事に気が付きました。

 番組は又、そういう若者をターゲットにする「貧困ビジネス」の事も取り上げていました。今まではサラ金・街金が貧困者を食い物にするそういう商売の代表例でしたが、最近はそれに加えて、身元保証代行会社(入居保証契約を結んで賃借人から保証料を徴収し、家賃滞納時には家主への代位弁済と引き換えに賃借人から取り立てる)や、エム・クルーのレストボックスの様な「現代のタコ部屋」とも言うべきものが、国の経済規制緩和の波に乗って、法規制の隙間をつく形で広がっていると。

 ITツールを使いこなしている点では先進国に固有の現象であり、目に見える戦争や政治犯強制収容所の存在こそ無いものの、置かれた精神的状況はもう北朝鮮やイラク、アフガン、ソマリアの難民と同じではないか。これでは現代日本のコッチェビではないか。現代日本のタコ部屋や偽装請負の現場は、北朝鮮からロシアへの過酷な出稼ぎ労働や中国・広東省辺りのスウェット・ショップと、本質的には何ら変わらないではないか。 

 北朝鮮や中国の人権問題を取り上げるのは良い。しかし、そう言っている当人たちが、こと当の日本国内でやっている政治は一体何なんだ。それを拙ブログでは何度も何度も問題にしてきた。それを等閑にしておいて何が「美しい国」か。
 「法人税減税・消費税増税」「WE導入・過労死は自己責任」なんてほざいている安倍や御手洗が、「卒業式は言うに及ばず、入社式にも国旗掲揚・国歌斉唱を」と臆面も無くの給う。石原に至っては「公費を使って料亭・ホテルで会食、しかも1食50ウン万円」とな。余りにも人をバカにした話ではないか。ネットカフェ難民の様に、1食200円の"のり弁当"を夜食と翌日の朝食に分けてやり過ごす生活を、最低3日は続けてみたらどうか。小泉や武部も、1ヶ月の最低賃金(月収約11万8千円に相当)だけの生活を、最低でも丸1年、チルドレンたちに体験実習させてみるべきだ。これらの政治家に対しては、そこまでさせなければ庶民の生活など理解できないのではないか。

・NNNドキュメント'07
 http://www.ntv.co.jp/document/
・「格差」ではなく「貧困」の議論を 漫画喫茶などで暮らす生活困窮フリーター(OhmyNews)
 http://www.ohmynews.co.jp/News.aspx?news_id=000000001938
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公正・民主の世界を目指すWSF、「茶色の国」を目指す安倍政治

2007年01月27日 23時41分10秒 | お笑い安倍政権
 当ブログではこの間、教育基本法や労働法制改悪問題を中心に、安倍マルコス政権の反人民的政策を徹底的に批判してきました。その中でもつくづく思うのは、安倍マルコスに代表されるような「戦前的なものへの回帰、復古反動」「米帝追従の軍事信仰」「弱肉強食礼賛、自己責任論による格差社会肯定」の政治の流れが、「如何に世界の大勢からかけ離れた日本独自の特殊で異様なものか」という事です。尤も、その「特殊で異様な」政治の歪みに対しても、この日本でも格差社会批判という形で、人民の側からの反撃が愈々本格化しつつありますが。

 「安倍マルコスや、そんな政治を受け入れそれになびいてしまう今の日本政治の常識は、世界の非常識」なのです。それは次の文章からも伺えます。

・憲法9条は世界の宝、反戦・非武装の道探ろう 「グローバル・キャンペーン」が第1セッション(JCJ>WSF特集ページ)
>「世界社会フォーラム(WSF)2007ナイロビ」で、22日午後(日本時間22日夜)、ピースボートと日本国際法律家協会が企画した「非戦へのグローバル9条キャンペーン」(Glovbal Article9 Campaign to Abolish War )の第1セッションが開かれた。
 昨年開かれた国連主唱によるNGO会議「武力紛争を防止するグローバル・パートナーシップ」(GPPAC)で、「憲法9条はアジア太平洋の安全・平和の基礎」と確認されたことを契機に、世界的なキャンペーンを強化しようというもので、WSFを機会に運動をもう一回り大きくしようとワークショップが企画された。参加したのは、日本を含め世界各国からの代表がざっと50人。「9条」の意義を確認しつつ、「反戦・非武装の憲法9条を、どう広めていけるのか」に関心が集まった。<
 http://www.jcj.gr.jp/wsf07.html

 「世界社会フォーラム」(WSF)というのは、G7などの先進資本主義国(帝国主義国)中心の世界秩序に対抗して、「戦争・貧困・搾取・抑圧・不平等のない公正な社会を作ろう」という事で、アジア・アフリカ・ラテンアメリカなどの第三世界を中心に、世界各地の多くのNGOが結集して始まった運動です。G7の政府・財界が集まった「金持ちクラブ」の世界経済フォーラム(ダボス会議)に対抗する形で生まれてきた運動なので、別名「反ダボス会議」とも呼ばれています。
 WSFは、グローバル資本による一方的な買叩きや乱開発ではなく、第三世界も先進国も潤い、財界や一部の金持ちだけでなく一般の人民も潤う、そんな公平で民主的な経済取引や国際貿易の在り方を追求してきました。「トービン税」や「フェアトレード」を推進するATTACの取組みなどは、その代表的なものです。

 そのWSFの年次総会が今年早々からケニアのナイロビで開催されていたのですが、そのナイロビ総会でも日本の憲法9条の精神が評価され、「9条をアフリカに世界に広めよう」という事が提起されていました。特に今回はアフリカでの開催という事で、ソマリア内戦などへの超大国の介入を非難する発言が目に付きました。
 またWSFの分科会では「新自由主義による貧困・搾取にどう立ち向かうか」という事が議論され、その中で日本の格差社会の問題点も取り上げられ、それを克服していく道についても活発な討論が為されました。

 この事からも分るように、9条改憲を今盛んに煽っている日本の大半のメディアは、実は世界の大勢を正確に反映したものではないのです。日本のメディアは、基本的には日米財界の息が掛かっていますので、WTOや米国ブッシュ政権や日本の財界サイドから見たニュースしか報じないのです。産経・読売などはその最たる物ですが、朝日・毎日も似たようなものです。戦争報道にしても米軍の提灯持ちみたいな記事ばかりで、日本国内の格差の現状すらまともに報道しない。況してやWSF関連のニュースなどは殆ど取り上げません。だから「安倍マルコスや、そういう政治を受け入れそれになびいてしまう今の日本政治の常識は、実は世界から見たら異端で、殆ど非常識とも言えるものなのだ」「WSFに連なる社会進歩の国際連帯の潮流こそが世界の大勢であり、それに抗する小泉劇場や安倍マルコスなぞ所詮は異端・亜流にしか過ぎない」という事に、日本の庶民はなかなか気付かないのです。

※TB先の方へ:当記事は題名を当初のものから標記のものに変更しています。
※標記タイトルにある「茶色の国」とは、フランスの寓話集「茶色の朝」に出てくる全体主義国家を比喩したものです。

(WSF関連記事)
・世界社会フォーラム速報ブログ
 http://network.socialforum.jp/blog/2006/11/wsf.html
・2007年世界社会フォーラム なぜか一般マスコミはほとんど報道しない(プロメテウスの政治経済コラム)
 http://blog.goo.ne.jp/e-hori/e/2abbbfb0bb23ecca17632e4b39b02947
・20日からナイロビで世界社会フォーラム ダボス会議に対抗する社会問題討議の場(Ohmy News)
 http://www.ohmynews.co.jp/News.aspx?news_id=000000004604
・世界社会フォーラム 公式HP(English)
 http://www.wsf2007.org/
・世界社会フォーラム日本連絡会
 http://network.socialforum.jp/xoops/modules/piCal/
・ATTAC Japan
 http://www.jca.apc.org/attac-jp/japanese/index.html
コメント (3)
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厚顔無知の天然首相

2007年01月27日 10時14分15秒 | お笑い安倍政権
・施政方針演説:保守色強めた首相(毎日新聞)
 http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/gyousei/news/20070127k0000m010077000c.html
・第166回国会で施政方針演説(首相官邸HP)
 http://www.kantei.go.jp/jp/abephoto/2007/01/26sisei.html
・「政治とカネ」問題続出、政権運営の火種に(NIKKEI NET)
 http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20070111AT3S1001H10012007.html
・首相、共謀罪成立を指示(産経新聞)
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070120-00000001-san-pol
・ホワイトカラー・エグゼンプション/今国会に厚労省固執/法案要綱作成(しんぶん赤旗)
 http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-01-25/2007012501_02_0.html
・国民投票法案「成立を」 首相、施政方針演説で理念強調(朝日新聞)
 http://www.asahi.com/politics/update/0126/010.html

 1月25日に第166回通常国会が開幕し、安倍マルコスが施政方針演説で「戦後政治からの脱却を」「国への愛着愛情、道徳心をおろそかにしてきた社会風潮を変える」とか言ったそうですが、「何をか況や」です。
 教育基本法ヤラセ改悪と言い、裏金隠しの議員事務所経費架空計上問題と言い、行政私物化・公私混同が露呈しての相次ぐ閣僚辞任と言い、内閣成立からまだいくらも経っていないにも関わらず、もうこれだけスキャンダルまみれになっている政治を続けていて、それで堂々と「国への愛着愛情、道徳心をおろそかにしてきたお前らが悪い」と言わんばかりの物言いには、もう開いた口が塞がりません。

 「マルコス」政治もここまで来ると、もう厚顔無恥(国語辞典には"厚かましい事""恥知らずな様"とある)を通り越して、実は厚顔「無知」なのではないかと、訝しがりたくなります。実際、ホワイトカラー・エグゼンプションの件でも、職場の同僚が次の様な冗談を言っていましたが、この冗談も、あながちウソではないかもしれないという気がします。

 その同僚によると、ホワイトカラー・エグゼンプションの、そもそもの言いだしっぺは、実は安倍マルコスだったとの事です。安倍はこう言ったそうです。「いくら残業しても残業代が出なくなるって、そりゃ良いなあ、そうなればみんな残業をしなくなって早く家に帰るようになって、少子化に歯止めがかかるなあ」と。
 そう言えば、確かに安倍は「ホワイトカラー・エグゼンプションで少子化に歯止めがかかる」という事を言っていました。最初私はこれを聞いた時に、「はあっ? 何言ってんの、この人?」と思いました。「タダ働きの奨励・強制が、何故、少子化の歯止めになるの?」と、その時は訝しく思った覚えがあります。
 それに対する答えが、同僚曰く「安倍さんは、みんな好き好んで残業していると思っているのですよ。少ない人数の中で、残業しなければ仕事が終わらず納期に間に合わずノルマも達成出来ない事や、低賃金で残業代が無ければ食って行けない事や、それでも仕事が消化出来ない為にサービス残業やただ働きの休日出勤が横行している事など、全然知らないのですよ」と。そのバカ殿の無知に乗じて、日本経団連や米国系外資が、好き勝手したい放題の企業家天国を作ろうとして出してきたのが、ホワイトカラー・エグゼンプションなのだと。以上、但しどこまでが本当かは定かではありませんが。

 苦労知らずの右翼御用のボンボン・バカ殿ぶりも、ここまで来れば天然モノですが、それでやろうとしている事が、もう、とことん庶民の神経を逆撫でするというか、真っ向から庶民に喧嘩を売っているとしか思えない事ばかり。そっちがその気なら、こちらも本気で「バカ殿」に対峙してやらねばなりません。今国会と春の統一地方選、夏の参院選を、安倍マルコスの墓場にしてやりましょう。
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給食費滞納問題で「目くそ鼻くそを哂う」の愚

2007年01月25日 16時03分53秒 | 戦争・改憲よりも平和・人権
・給食費:滞納者9万人超、額は22億円 文科省調査(毎日新聞)
>給食を提供している全国の小中学校で05年度、給食費の滞納額が計22億2963万円に上ることが24日、文部科学省の初めての実態調査で分かった。滞納者総数は全体の1%にあたる9万8993人で、回答した学校の6割が「保護者の責任感や規範意識」の欠如が主な原因と認識。また、「保護者の経済的な問題」を原因に挙げた学校も33.1%あった。<
 http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070125k0000m040106000c.html

 この給食費滞納問題がネットを賑わしています。それで私も幾つかのブログを見てみましたが、殆どが「車乗り回して携帯バンバン使っている親が、僅か月数千円の給食費が払えない訳ないだろう」「これじゃあ無銭飲食と同じじゃないか」「まともに払っている奴がバカを見る」「そういう不届き者は晒し者にして財産身包み差押えてしまえ」という様な書き込みばかりで、もういささかウンザリしています。
 確かに給食費を踏み倒す方も踏み倒す方ですが、それに対して、揃いも揃って「みんなお上の言う事を聞いているのに、自分だけ好き勝手しやがって!」みたいな、「つべこべ言わずに他の皆と同じ様に長いものには巻かれておけ」みたいな批判ばっかりなのも、どうもいただけません。こんな批判など、私から見たら「どっちもどっち、目くそ鼻くそを哂う」でしかありません。

 仮に、滞納家庭の大部分が、経済的困窮によってではなく、単に自分たちのワガママで給食費を踏み倒していたとしましょう(経済的困窮による滞納については、また性格を異にする問題なので、ここではとりあえず横に置いておきます)。そのワガママな人たちの論理というのは、大半が「小中学校は義務教育なのだから、給食費を徴収されるイワレなどない」というものでしょう。確かにその論理は一知半解の手前勝手なものではありますが、それでも少なくとも、論理も何もなくただ単に「みんな長いものに巻かれているのに自分たちだけ好き勝手しやがって、そのトバッチリを何故こっちが被らなければならないのか」という様な、低次元の「妬み差別」の論理よりは、「納得できない事には従えない」という積極性があるだけ、まだよっぽどマシです。
 給食費踏み倒しの論理を批判する以上は、「妬み差別」の低次元な批判ではなく、その一知半解さそのものを批判しなければ、本当の批判にはなりません。

 一口に「義務教育」と言いますが、「誰に対して、誰が義務を負っているのか」を、批判する方も批判される方も、本当に分かって言っているのでしょうか? おそらく大半の人々が分かっていないのではないでしょうか。
 誰が?―『国民は、その保護する子女に、九年の普通教育を受けさせる義務を負う。国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については、授業料は、これを徴収しない。』(憲法26条)―子女に九年の普通教育を受けさせる義務を負っているのは、実は国民一人一人なのです。そしてその為に、国民の税金で学校を作り教育条件を整えるのが、国の義務なのです。
 誰の、何の為に?―「子供の学習権、教育を受ける権利、一人の人間・主権者として成長する権利」を保障する為に、です。『民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献』(改悪前の教育基本法前文)する為に。兵士や企業戦士を育成する為などではありません。その為に、『個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性豊かな文化の創造を目指す教育』(同)を行うという決意の下で、戦後教育がスタートした筈ではなかったのですか。まかり間違えても「車のガソリン代や携帯電話料金を浮かす親のエゴの為」などではないのです。

 だから、そういう権利と義務の関係を履き違えた親に対しては、「妬み差別」の論理などではなくて、『この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。』(憲法第12条)という点に照らしてどうなのか?―という立場から批判しなくてはいけない筈です。給食費滞納者が「義務教育が無償であるなら教科書代だけでなく給食費や修学旅行費も無償にしろ」と本心から思うのであれば、「他にしわ寄せが行っても自分だけズル出来れば良い」というエゴではなく、給食費や修学旅行費も無償にする運動を自ら立ち上げて世論に訴えていくべきなのです。現行の教科書無償制度も、決して最初から与えられていたものではなく、「国民の不断の努力」によって勝ち取ってきたものなのですから。そうして、その他の30人学級や義務教育国庫負担や就学援助・教育扶助・奨学金制度の改悪反対・拡充要求などの諸要求の中にきちんと位置づけられてこそ、初めて正当性や整合性のある要求になるのだと思います。

・憲法第12条、26条
 http://www.houko.com/00/01/S21/000.HTM#s3

・(ヤラセでない今までのマトモな方の)教育基本法第4条
 『国民は、その保護する子女に、九年の普通教育を受けさせる義務を負う。国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については、授業料は、これを徴収しない。』―それを授業料だけの狭い範囲に止めず、国民の学習権・教育権を確立する運動があったからこそはじめて、教科書無償制度も実現した。
 http://list.room.ne.jp/~lawtext/1947L025.html
 http://www.bll.gr.jp/siryositu/s-gyo-kyokasyo.html

・学校給食法第2条(学校給食の目標)
 『学校給食については、義務教育諸学校における教育の目的を実現するために、次の各号に掲げる目標の達成に努めなければならない。(1)日常生活における食事について、正しい理解と望ましい習慣を養うこと。(2)学校生活を豊かにし、明るい社交性を養うこと。(3)食生活の合理化、栄養の改善及び健康の増進を図ること。(4)食糧の生産、配分及び消費について、正しい理解に導くこと。』―給食は単なるサービス・給付ではない。食育・家庭科教育・社会科教育の一環として行われるものだ。
 http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S29/S29HO160.html
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北朝鮮とどう向き合うか―1.21シンポ参加報告

2007年01月22日 10時32分48秒 | 北朝鮮・中国人権問題
※TB先の方へ:記事題名を標記の様に一部改題しました。

 前号記事でも告知の下記シンポジュームに参加してきました。当日は仕事なので当初は不参加のつもりでしたが、お陰さまで何とか有休が取れましたので参加する事が出来ました。(記事の写真は、会場で販売していた脱北少年手記のCD-ROM)

シンポジューム「北朝鮮とどう向き合うか~東アジアの平和と人権を求めて~」
・日時:2007年1月21日(日) 午後1時30分~午後5時
・会場:KCC会館(在日韓国基督教会館) 大阪市生野区中川西2-6-10
・基調講演:小牧輝夫さん(国士舘大21世紀アジア学部長)
・パネリスト・発言者:
  郭辰雄さん(コリアNGOセンター運営委員長)
  波佐場清さん(朝日新聞元ソウル支局長)
  石丸次郎さん(アジアプレス)
  古野喜政さん(毎日新聞元ソウル支局長、アムネスティ大阪応援団)
  在日コリアンの脱北者の方
・主催:「北朝鮮とどう向き合うか」実行委員会
  (社)アムネスティインターナショナル日本・コリアチーム
  日本ジャーナリスト会議関西支部(JCJ)
  自由ジャーナリストクラブ(JCL)
  ジャーナリストネットほか

 会場となった会館は大阪・生野のコリアタウンの中にあります。その5階ホールでシンポジュームが始まりました。私が行ったのは開演間際で、参加者はざっと60名ぐらい。最終的には70~80人は入ったのでは。マスコミも日本と韓国のメディアが1社づつ取材に来ていました。
 当日の議事進行は、上記の基調講演の後、それぞれのパネリストが発言する形になりました。発言が一巡し終わったらもう5時前で、多分そこからパネル・ディスカッションが始まったのでしょうが、残念ながら私はまた別の短時間バイトが控えていたので、そこで退出しました。

 参加した感想ですが、まず意外だったのが、全体レジュメが無かった事。入口の受付で資料類は沢山戴きましたが、式次第に相当するものはありませんでした。基調講演→パネル・ディスカッションという流れであるのが明白なので、敢えてそういうものは出さなかったのかとも思いますが、視聴者にとってはやはり必要なものです。それぞれのパネル発言の要旨が予め書かれていたらもっと分りやすかったし、実際には上記以外にあとお二方がパネリストで出ていたのですが、文書での紹介が無かったので、その方の正確なフルネームや肩書きは最後まで分らず仕舞でした。

 シンポジュームのテーマは、一言で言うと「日本の左派・リベラルとして北朝鮮にどう向き合うか」というものでした。かつては社会主義国として北朝鮮を肯定的に評価し、帰国運動にも協力してきた過去を持つ日本の左派が、金日成・正日体制下での人権抑圧や個人崇拝が次第に明るみになってくる中で、どう向き合ってきたのか。そして、二度にわたる小泉訪朝や日朝平壌宣言、その中で明るみになった北朝鮮の拉致問題、その後の嵐の様な北朝鮮バッシングの中で、どう向き合っていくべきなのか。それを探るべくして開かれたのが、当日のシンポジュームでした。

 北朝鮮の人権抑圧や個人崇拝は、誰が見ても異常だ、許せない、あんなものは社会主義でも何でも無い。しかし他方で、ブッシュがイラクに対して行ったような一国覇権主義の侵略戦争や米国流民主主義(その実態は新自由主義)の押付けでは、東アジアが戦場になるだけで、真の解決にはならない。互いの対立・憎悪をことさら煽るだけの北朝鮮バッシングにも反対。ここまでは、私も含めて、参加者のほぼ全員の共通認識だっただろうと思います。

 そこから先が、パネラーによってかなり違う、温度差がある。そう感じました。小牧さん・郭さん・波佐場さんは、後者の方に力点を置いて、ブッシュ・ドクトリンや、安倍政権が進める北朝鮮への経済制裁や、日本国内の北朝鮮バッシングを批判していました。それに対して、石丸さん・古野さんは、北朝鮮の独裁は韓国の軍事独裁と比べてもメチャクチャなもので、いつかは崩壊するし、させなければならない。但しそれを考える上での軸足は、米帝や靖国への賛美ではなく、あくまでも日本国憲法や世界人権宣言でなければならない。大雑把に言えばこういう対比になります。

 その中でつくづく思った事は、「左派=親北・反日=日朝国交正常化推進」「右派=反北・親日=経済制裁賛成」という(最近は右派vs左派に加えて安倍vs小泉という形にもなりつつある様ですが)紋切り型の類型化で個人の意見を裁断する事が、如何に現実離れしているか、という事です。

 右派では、安倍や西村真悟の様な「反北・親日」だけでなく、小泉や山崎拓の様な「親北・媚中」も居るし、安倍にしても本当はどこまで「反北」なのか、という事は、マスコミ報道からも窺い知る事が出来ます。
 これは左派でも同じで、北朝鮮の人権抑圧を非難している古野さんや、脱北者への取材や救援活動を行っている石丸さんは、ネオコンや右翼かというと、そうではないでしょう。実際には「股裂き・ごった煮」状態とも言える状況を呈しているのが左派の現実です。基調講演者や何人かのパネラーが制裁反対・人道支援を言ったその尻から、脱北者の一人が「今のままの北朝鮮支援は金正日体制を潤す事にしかならない」と訴えていたのを見ても、つくづくそう感じました。これは私の身近な範囲でもそうです。共産党支持で憲法9条改悪反対だが北朝鮮経済制裁には賛成なんて人も珍しくはない。他方、人道援助を主張している人も、みんながみんな北朝鮮政府べったりという訳ではなく、中には政府の案内員(ガイド兼監視役)を煙に巻いて村民に直接手渡しで援助しようとしている活動家もいるのです。

 私自身はどうかというと、前から言っているように、北朝鮮への経済制裁も、その反対の日朝国交正常化も、正直言って「どちらが正論か」態度を決めかねているのが本音です。何故かと言えば、一番肝心な当事者である「当の北朝鮮人民がどちらを支持しているのか」が、依然として見えてこないからです。

 確かに、断片的な情報は色々伝わってきます。「喜び組」から「コッチェビ」の映像まで。しかし、当の(権力者でないごく普通の)北朝鮮人民が「金正日体制を一体どう捉えているのか」という一番肝心な事が、日本ではなかなか見てこないのです。相変わらず個人崇拝の対象として崇め奉られているのか、それとも東欧圏崩壊前夜のポーランド・ハンガリー・東ドイツや、パンチャヤット崩壊前夜のネパール、アパルトヘイト崩壊前夜の南アの様な状況にまで民衆の覚醒が進んでいるのか、その所が実際には曖昧模糊としている。逆に覚醒どころか、長年に渡る情報鎖国と移動の自由の制限(大阪で例えると、西成から八尾に移動するのにも当局の許可が必要)によって、他国だけでなく自国の北朝鮮の事も、自分の身の回りの事以外は一切知らない(1969年のアポロ月面着陸のニュースも知らなかった)、そういう話も出ていました。

 若し前者の様な状況ならば、そんな体制相手に徒に宥和政策に拘泥していても仕方が無いし、反対に後者の様な状況ならば、そんな状況でいきなり外部からお仕着せの「民主主義」を押付けたって、イラクの二の舞にしかならない。元ロシア工作員のリトビネンコ氏の毒殺疑惑絡みで「ロシアは恐ろしい、怖い国」と言わんばかりの排外主義キャンペーンが一部で流されています(事実余り褒められた人権状況でないのは確かです)が、あのロシアのプーチン独裁政権にしても「民主化」の中から生まれたものであるにも関わらず、当時の「民主化」を手放しで礼賛した連中が今になってロシア・バッシングに興じているのも、何だかね。
 
 それに対して、実際の所はどうなのか。昨年末の日本テレビ系列の北朝鮮ルポで、国内北朝鮮人のよるビデオ・インタビューの場面が出ていましたが、いくら非公然とはいえ、あそこまで堂々と撮影できるのか、そこまで情報鎖国が緩んでいるのか、それを実は当日に石丸さんにお聞きしたかったのですが、とうとう聞けず仕舞で残念でした。

 以上が、私が「経済制裁か日朝国交正常化か」の二者択一の踏み絵に対しては、態度を保留している理由です。漏れ伝わってきた噂によれば、私はどうやらネット界では「制裁反対・国交正常化推進派」に色分けされている様なので、この場で改めて立場表明をしておきます。

 しかもオマケにこの事で、数年前に拙サイトの、出来て間無しの当時の旧掲示板にいきなりやってきて、「態度保留の権利も認めない」と、運営趣旨にまで散々難癖をつけて出て行った、トラブル件数の数だけHNを持つ(わら)某「ラ帝・勝共豚」が、どこかでまたまた内ゲバをやらかした折に、そこで何と、いきなり外野の私の名前を挙げて、お門違いな内ゲバの場にまで過去のこの経緯を持ち出していた様ですが、迷惑千万な話です。こちらは折角忘れかけてやっていたのに、けったくそ悪いったらありゃしない。「分らない事については意見表明を差し控え、とりあえず目の前の苦難の救援を優先する」、これの一体どこが悪いのでしょうかね。それで数年前の話をまたぞろ、しかも私とは何の関係も無い話の場にまで唐突に自分から持ち出してきて、未練たらしい事この上ない。

 もう一つの立場表明は、私の北朝鮮批判の立脚点は、「救う会」系などに典型的な「日本人が拉致された、日本国家が蔑ろにされた」というのとは、質的に全然違うという事です。私の場合は、かつての「北朝鮮・スターリン生協」での勤務経験もあって、「ああいう究極の人権抑圧、ヤラセ・格差社会は許せない」という、謂わば「スターリン主義的なもの」に対する嫌悪感から来ています。
 私の北朝鮮批判は格差・差別・抑圧・不正義に対する憤りから来るのであって、「国家」がどうのこうのという意識は殆どありません。だから北朝鮮だけでなく、その合わせ鏡の「和風・北朝鮮」=ブッシュ・小泉・安倍政治にも激しく抗うのです。最近は「救う会」支援者の拉致板界隈も、ネオコンの「安倍派」とネオリベの「小泉カムバック待望派」に分かれている様ですが、私にとっては「どちらも同じ穴の狢」「どちらもゴメン蒙る」としか言いようがありません。

 シンポジュームでも最後の方の発言で出ていましたが、「北朝鮮と同じ論理で北朝鮮を批判しても仕方が無い」「我々はあくまで日本国憲法や世界人権宣言の観点から北朝鮮の国家体制を批判し人民に手を差し伸べていく」―これに尽きると思います。「制裁か宥和か」の二者択一の踏み絵に徒に振り回されるような愚は避け、あくまでも前述の立場に軸足を置いて、とりあえず目の前の北朝鮮人民や脱北者の方の苦難軽減に少しでもお役に立てる事が出来れば―そういう気持ちでいます。現在日本にいる脱北者の方の大半が、大阪の生野・八尾・東大阪近辺に集中居住している事も、シンポジュームに出て初めて知りました。実は自分の身近な地域の問題でもあったのだと、今更ながら思いました。
コメント (8)
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転載:中国・北朝鮮関連の企画案内2

2007年01月20日 00時04分44秒 | 北朝鮮・中国人権問題
 昨年11月29日に初投稿の前号に引き続き第2弾という事で、今回は北朝鮮関連だけになりますが、私自身がネットで見つけたものやメールで回ってきたものの中から「これは」というモノを、下記に掲載しておきます。


●シンポジウム 北朝鮮とどう向き合うか
 ~東アジアの平和と人権を求めて~

<日 時> 2007年1月21日(日) 午後1時30分~午後5時
<場 所> KCC会館(在日韓国基督教会館)
           大阪市生野区中川2-6-10
<発言者>
小牧輝夫さん(国士舘大21世紀アジア学部長)
郭辰雄さん(コリアNGOセンター運営委員長)
波佐場清さん(朝日新聞元ソウル支局長)
石丸次郎さん(アジアプレス)
<コメンテーター>
古野喜政さん(毎日新聞元ソウル支局長、アムネスティ大阪応援団)
在日コリアンの脱北者の方

<資料代> 1000円
<主 催> 「北朝鮮とどう向き合うか」実行委員会
        (社)アムネスティインターナショナル日本・コリアチーム
        日本ジャーナリスト会議関西支部(JCL)
        自由ジャーナリストクラブ(JCL)
        ジャーナリストネットほか
<連絡先> 06-6727-8400
 http://korea-ngo.org/pdf/12.pdf


●フォーラム「北朝鮮帰国者運動とは何だったのか」

[日時]
・2007年2月3日(土)

[タイムテーブル]
・17時00分 -      開場
・17時45分 - 18時00分 プログラム-1:ビデオ上映
・18時00分 - 18時15分 プログラム-2:ミニコンサート
・18時15分 - 18時30分 休憩(15分)
・18時30分 - 20時30分 プログラム-3:パネルディスカッション

[プログラム-1:ビデオ上映]
・「語られなかった北朝鮮帰国者問題」(制作:IAW 太田慎一)

[プログラム-2:ミニコンサート]
・田 月 仙(チョン・ウォルソン)
 <曲目> 「高麗山河わが愛」/「ふるさと」/「故郷の春」

[プログラム-3:パネルディスカッション]
・宮塚利雄(みやづか としお) :山梨学院大学 教授
・石丸次郎(いしまる じろう) :アジアプレス・インターナショナル
・田 月仙(チョン・ウォルソン):声楽家
・河 炳俊(ハ・ビョンジュン) :コリア渡来人協会 代表
・坂中英徳(さかなか ひでのり):脱北帰国者支援機構 代表

[会場]
・新宿明治安田生命ホール
 住所:〒160 - 0023 東京都新宿区西新宿1 - 9 - 1
 URL:http://meijiyasuda-life-hall.com/

[入場料]
・¥1.000-(資料含)

[主催]
・脱北帰国者支援機構
 住所:〒101-0061東京都千代田区三崎町3-6-14 第2ハンタービル3階
 電話:03-5214-3839 FAX:03-5214-3838
 URL:http://www.kikokusyashien.com
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「2ちゃんねる」に左傾化の兆し?

2007年01月18日 16時28分18秒 | 一人も自殺者の出ない世の中を
 先日、ひょんな拍子に久しぶりに「2ちゃんねる」を見る機会がありました。そこで、スレッドの論調が以前とは明らかに違う事に気がつきました。

 以前は、「2ちゃんねる」の政治関連の掲示板と言えばもう、一部の共産趣味系を除けば、後は大多数がネットウヨや嫌韓厨が跳梁跋扈している様な状況でした。しかしそれが最近は、ヘイトスピーチ垂れ流し状況は相変わらずなのですが、それと並行して、安倍政権批判の投稿も以前と比べると目立って増えてきているのです。それも、韓国・中国訪問や河野談話継承などで安倍政権の「変節」を非難する「右からの批判」などではなく、真正面から格差社会を批判する投稿が、です。安倍の「美しい国」ビジョンをケチョンケチョンに貶して、日本経団連会長の御手洗を「便所・トイレ」呼ばわりするような投稿が。
 今までも、「2ちゃんねる」内で反体制的な内容のスレッドが立てられる事は在りましたが、大抵の場合は、ネットウヨの「スレッド占拠・議論潰し」によって、スレッド本来の趣旨に沿った議論は流産させられてきました。それがここ最近は、ネットウヨの勢いも一時期程ではなくなり、巻き返しに出てきてもワンパターンの当て擦り・はぐらかし・決め付けに終始して、論理では逆に押され気味の観さえ呈する様になってきています。

 例えば、「【調査】安倍内閣支持率45% 共同通信の電話世論調査」というスレッドでは、斯くの如くの様な投稿が。

(以下2ちゃんねるから引用、但し段落分けは私の方で再編集)
--------------------------------------------------------------
75 :名無しさん@七周年:2007/01/13(土) 20:59:43 ID:Qa1LNcXG0
だが自民党しか選択肢がないのもまた事実
他の政党では国が終わる

80 :名無しさん@七周年:2007/01/13(土) 21:01:25 ID:Hf4AjRBv0
>>75
そうやって「中国が攻めてくる・・・」と呟きながら餓死していってね、無職。

81 :名無しさん@七周年:2007/01/13(土) 21:01:26 ID:l8NAGIvB0
>>75
別に終わっても構わんよって気持ちにはなってる。
今でも死ぬほど締め付けられてるから。

86 :名無しさん@七周年:2007/01/13(土) 21:15:11 ID:boC74jqrO
>>75
自民党政権で今の日本はもう終わってるよ。
先進国から脱落寸前。
サービス残業合法化と解雇自由化で労働地獄。
幸せなのはお前の脳みそだけだ。
小沢がどうだろうと、自民党にだけは投票しないから安心しろ!

101 :名無しさん@七周年:2007/01/13(土) 22:15:29 ID:Ed9LDB1s0
大方、"他の党よりマシ"程度だろ?
特アに日本を乗っ取られてなるか

102 :名無しさん@七周年:2007/01/13(土) 22:17:27 ID:TKzIbMIl0
>101
内部から特ア化している事に気がついていない。
労働者の権利を奪い共謀罪で社会運動を抑制
北朝鮮とどこが違うの?

108 :名無しさん@七周年:2007/01/13(土) 22:26:41 ID:Yi5Toefj0
経団連の召使い・安倍晋三に鉄槌を!
http://blog.goo.ne.jp/stopchina/e/9329d61f37105a3805a5f43c2625d2c5
--------------------------------------------------------------
(引用終了)

 上記の如き状況を呈していました。
 「特ア」「反日」とかいう物言いこそネットウヨクの尻尾をまだ引きずってはいるものの、書いている事はモロ格差社会批判です。それも小泉・平沢勝栄・山崎拓などの(ネットウヨ言う所の)「媚中保守」などではなく、安倍や御手洗に矛先を向けてきています。これはひょっとして、「2ちゃんねらーの左傾化・急進化」「無産右派の台頭」という事なのか?若しそういう事態がネットの底辺で進行しているのだとすると、次の参院選はひょっとすると、我々の予想も付かない結果になるのでは。

 そう思って、標記の件で既に何人かの方と、メールで意見交換を始めてみました。その中にはこういう意見を寄せてくれた方も居られました。以下はそのメールの要旨です。

--------------------------------------------------------------
・2ちゃんねらーによる「格差社会批判」「安倍政権批判」と「特アへの憎悪」「ヘイトスピーチ」は、それぞれ相対立するものではなく、本質的には全部同じものである。

・2ちゃんねるのヘイトスピーカーの多くも本来は下流に属する人達であり、「格差社会」の現状に対してはそれぞれ憤懣やるせない思いを抱いている。しかし、「格差社会」に不満を持っている下流の人達が、「格差」を作っている層(自民党・財界など)への批判に直接向かうかと言えば、必ずしもそうでは無い。支配層の術策に嵌り下流同士が対立する(させられる)場合も少なくない。

・小泉前政権の「劇場政治」などはその典型。末端の族議員・官僚を始め、公務員・官公労・農協・高齢者・地方・教師・「特定アジア」諸国・ニート・フリーター・犯罪者・ホームレス・・・等々を、全部十把一絡げに旧守派・抵抗勢力・反日勢力などとして描き出し、バッシングしたり互いに分断・対立させたり「トカゲの尻尾きり」で溜飲を下げさせる事によって、「格差社会」への怒りの矛先を個別・末端レベルに押し止め、支配中枢(日米支配層・産軍複合体・国際資本)には向かわせないようにしている。

・しかし小泉政権から安倍政権に変わって、前述の手法が必ずしもうまく機能しなくなっている。それは一つには、安倍は小泉ほど役者ではない(劇場政治の演出が下手である)事、もう一つには、流石に首相ともなれば、かつての様なウヨク一辺倒の主張をする訳には行かず、一定の軌道修正(中国・韓国との首脳外交復活など)をせざるを得ない事などに因るものである。

・2ちゃんねらーの投稿は、そうした諸々の政治状況に対する不満の表出である事は確かであるが、それが必ずしも2ちゃんねらーの「左傾化」という事にはならない。それは、彼らの不満を左翼(もしくはリベラル)の側から現実政治の場で取り上げる勢力や政治潮流がこの日本では余りにも脆弱なので、左翼やリベラルに期待をしようにも出来ないからだ。

・彼らが、左翼やリベラルは「格差社会」的状況に抗し得る現実的な政治潮流だと認識すれば、政治的に「ヤマが動いた」と言い得る状況が生まれるかもしれないが、彼らがそう感じ得るような政治潮流が生まれなければ、より彼らを「自暴自棄」的な方向に走らせる可能性がある。例えば、一昨年のフランスにおける移民暴動や、日本でも昨年起きたJR下関駅への放火事件(北九州市で生活保護申請を拒絶された老人が将来への絶望感の余りに駅舎に火を放って起きた)などに、その形が見られる。
--------------------------------------------------------------
 
 勿論、斯く言う私も、今の「2ちゃんねる」がそのまま「下流革命」の変革主体になるだろうなんて事は、全然思ってはいません。ヘイトスピーチも個人情報暴露も相変わらずで、訴訟絡みの事件も後を絶たず、ドメイン差押の危機にも直面している、所詮はそういうキワモノのメディアですから。これは、いくらヤミ金や暴力団の構成員の多くがマイノリティー出身者で、彼の人々が格差社会に対しては大なり小なり怨嗟の念を持っているからといっても、ヤミ金・暴力団自体は階級社会の末端で下流を食い物にしている犯罪者集団にしか過ぎず、まかり間違えても革命の変革主体とはなり得ない事と同じです。
 あくまでそれを踏まえた上での、「それでもそこには、世論動向の一定の変化を反映しての、何がしかの左傾化の兆しがあるのでは?」という問題提起なのですが、さて、皆さんはこの件についてどう思われます? 忌憚の無いご意見を求む。
コメント (4)
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ますますベトナム戦争末期と酷似してきたイラク情勢

2007年01月17日 09時53分53秒 | その他の国際問題
・イラク新政策、治安回復に2万人超増派…米大統領演説
 http://www.yomiuri.co.jp/feature/fe4500/news/20070111it04.htm
・英、イラク撤退方針変わらず…外相が増派せぬ考え表明
 http://www.yomiuri.co.jp/feature/fe4500/news/20070111id26.htm
・米国民の7割、イラク増派に反対…APなど調査
 http://www.yomiuri.co.jp/feature/fe4500/news/20070112it03.htm
・米大統領のイラク増派政策、批判・疑問・悲観が噴出
 http://www.yomiuri.co.jp/feature/fe4500/news/20070112id23.htm

 米国ブッシュ大統領が1月11日に発表したイラク新政策ですが、米国本国でも散々の評判です。上記はいずれも11日から12日にかけての読売新聞の記事ですが、体制御用のマスコミ報道ですらご覧の有様で。中間選挙での敗北も何のその、ベーカー元国務長官等らの超党派グループからの「イラク撤収・周辺国との対話再開」提案も蹴って、しゃにむに増派を決定しました。それも、約2万人の増派の殆どを、首都バグダッドとその西のアンバル州に集中配備する―との事です。

 首都とその西方に集中配備するのは、そこが反体制スンニー派武装勢力の拠点だからだそうですが、そういう立場に陥ったのは、自らが招いた無策・無能によるものでしょう。そもそも言い出せばイラク開戦の理由そのものが「大量破壊兵器のでっち上げ」だったのですが、その後も「ホテル・ルワンダ」宜しく、シーア派やクルド人の力を借りてスンニー派武装勢力を押さえつける事で「毒を以って毒を制した」つもりが、かえって宗派対立を煽り三者とものさばらせ、「パンドラの箱」を開けてしまう結果になってしまいました。

 それで今度は集中配備と周辺国(イラン・シリア)への戦線拡大。これでイラク情勢は、ますますベトナム戦争末期と酷似してきたように思います。「大量破壊兵器のでっち上げ」を差し詰め1964年のトンキン湾事件(ベトナム戦争本格化に端緒を開いた武力衝突でっち上げ事件)とすれば、周辺国への戦線拡大はラオス・カンボジアへの戦火拡大、首都と一部地域の拠点防衛に至っては、南ベトナム政権崩壊の引き金になった1975年のサイゴン政府軍の中部高原撤兵・首都拠点防衛戦略に、なぞらえる事が出来るのでは。スペイン・イタリアも既にイラクから撤兵して「有志連合」は崩壊寸前、反戦運動の盛り上がりも、国際的には当時のベトナム反戦運動を遥かに凌ぐ勢いで、今も広がり続けています。

 これが世界の大勢だというのに、またよりによって、イラク派兵の自衛隊隊長を今度の参院選に立候補させるとは、どこかの国の「マルコス」政権は、一体何を考えているのでしょうか。もう如何にもヤラセというのが見え見えで。
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ホワイトカラー・エグゼンプション(WE)は凍結ではなく根絶あるのみ

2007年01月17日 08時29分12秒 | 一人も自殺者の出ない世の中を
・残業代ゼロ制:法案提出見送りへ 政府・与党(1月16日、毎日新聞)

>政府・与党は15日、事務系社員を対象に現行の労働基準法に基づく労働時間規制から除外し、残業の概念をなくす「日本版ホワイトカラー・エグゼンプション」制度の導入を盛り込んだ労働基準法改正案について、次期通常国会への提出を見送る方向で最終調整に入った。自民党幹部が同日夜、明らかにした。<
>この幹部によると同日、法案の説明に来た厚生労働省の幹部に対し「もう終わった話だ」と伝えたという。公明党幹部も同日夜、「政治判断だが現状では提出は困難だ」と語った。<
>同制度は管理職一歩手前の事務職(ホワイトカラー)のサラリーマンを対象に、労働基準法に基づく1日8時間などの労働時間規制を除外し、成果などを基に賃金を支払うもの。自民党幹部は「こんな法案を提出したら自民党に反対でない人も敵に回ってしまう」と指摘しており、今年最大の政治決戦となる今夏参院選を前に、サラリーマンに抵抗の強い法案を出すのは得策ではないと判断したとみられる。<
 http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/gyousei/news/20070116k0000m010170000c.html

 まずは幸先の良いニュースです。この間、教育基本法改悪や防衛庁の省昇格と、小泉・安倍に好き勝手な事をされ続けてきましたから。偶にはこういう「勝利」もないとね。

 しかし、これはあくまでホワイトカラー・エグゼンプション(アルファベットの頭文字を取ってWEと略称)の「一時凍結」です。「予想以上に旗色が悪くなったので、とりあえずは参院選前の法案提出は見送る」という事にしか過ぎません。ホワイトカラー・エグゼンプションにしろ労働ビッグバンにしろ、これは決して安倍マルコスの一時の思いつきなどではなく、年次改革要望書にも盛られたアメリカ様のご意向であり、グローバル資本の年来の野望なのですから。
 「法律本来の趣旨が曲解されて、残業代ゼロだけが一人歩きしているので、参院選前の法案上程を避ける」という政府の言い分からして、余りにも人をバカにしています。何が「曲解されて」だ。三文芝居の舞台裏を見透かされて右往左往しているだけじゃないか。「参院選前には上程しない」って、裏返せば「選挙が過ぎたらいつでも上程するよ」という事じゃないか。

 WEの「寝たふり」を絶対に許してはならない。こんな法案は「凍結」などではなく「根絶」あるのみ。「いくら出したくても絶対に出せない」所まで追い詰めなければならない。その為にも、「敵」の言う欺瞞的宣伝を徹底的に暴露して完膚なきまでに叩きのめしておかなくてはならない。 曰く、

★「自立的労働時間管理」「多様で自由な働き方」というウソに対しては・・・
 ペーペーの労働者の働き方、働かされ方の何処にそんな「自由裁量」があるのか? 何が「自立的」か? 企業が「過労死は自己責任」と言い逃れ出来るように取り繕っているだけではないか!

★「労働時間ではなく成果で評価する」というウソに対しては・・・
 その成果を、誰が、どういう基準で評価するのか? そもそもまともに評価出来る能力が今の企業にあるのか? 人材育成や技能伝承という最低限の社会的責任すら放棄して何でも外注に丸投げしたり、労基法の初歩的内容すら知らない職制が現場に蔓延って人をモノ扱いして使い捨てするしか能の無い、今の日本企業に。上司へのゴマすり・袖の下や目先の帳尻合わせに汲々としているのが関の山ではないか。そうして、資本の論理に沿って、金儲けを安全・品質や消費者の信頼より優先してきた必然の結果が、JR尼崎事故や三菱自動車・パロマのクレーム隠しや耐震偽装やホリエモン・村上ファンドや雪印・日ハム・不二家の不祥事だったのではないか。

★「国益や企業の国際競争力強化の為」というウソに対しては・・・
 そもそも政治の目的は何か。国民生活の向上ではないか。国際競争力強化も、その大前提があってこそ。それが、手段と目的が転倒してしまっているのが今の政治の現実ではないか。ワーキング・プアの現状や、生活保護も受けられずに餓死・自殺したりホームレスに転落していく人たちを放置しておいて、何が「国益や企業の国際競争力強化の為」か。笑わせるな。
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ペコちゃんポコちゃんの呪い

2007年01月14日 07時58分45秒 | 一人も自殺者の出ない世の中を
※下記の拙稿コメント記事を、ホワイトカラー・エグゼンプション批判のエントリー記事として再掲載します。

・不二家:「雪印の二の舞い」 期限切れ原料使用、公表先延ばし(毎日新聞)
>シュークリームに消費期限切れの牛乳を使用していた不二家の藤井林太郎社長は11日、食品衛生法の規定の10倍、社内基準の100倍の細菌が検出された洋菓子「シューロール」を出荷していたことを明らかにした。また、社内調査の結果2カ月前に問題が報告されていたにもかかわらず「発覚すれば雪印の二の舞い」などと公表を先延ばししていたことも判明。「ペコちゃん」で親しまれた老舗の看板を裏切るような行為に、消費者からは厳しい声が相次いだ。<
 http://www.mainichi-msn.co.jp/keizai/kigyou/news/20070112ddm041040158000c.html

 この不二家の不祥事の件も、悪しき成果主義の結果ではないですか。

 私も長らく在庫管理の仕事をしてきたので分るのですが、上記の事件など、プロの食品メーカーとしては本来は在り得ない事なのです。何故ならば、現場で毎日食品を扱う中では、日付管理・品質管理の重要性を、本来は嫌というほど身に沁みて感じさせられるものなのですから。
 それが何故斯くも鈍感になってしまったのか。それは、本来は食品メーカーとして最優先事項であった筈の品質管理よりも、目先の利益追求の方が重視され、それによって日常の業務が歪められてきたからに他なりません。
 「安全よりも稼ぐ事が大事」という、JR福知山線事故でも見られた価値判断の逆転現象と、同じ構図がそこにはあります。

 拙稿記事で言及しているホワイトカラー・エグゼンプションについても、同制度の推進側は、やれ「ワーク・アンド・バランスの追求」だの、やれ「労働時間でなく成果や企業貢献度で従業員を評価する仕組みだ」だのと詭弁を弄して、当該制度の導入を図ろうとしていますが、その行き着く先がJRや雪印や日ハムや不二家の不祥事なのです。

 経営者は、従業員の成果や企業貢献度を、一体何によって評価するのですか。安全や品質管理などという、直接利益には結びつかない地味なものによって、では絶対にないでしょう。短期的な数字や、酷い場合は職場でのゴマすりなどで評価しているのでしょう。目先の利益追求や「見てくれ」に偏した評価という事になれば、このご時世では飛躍的な売上増やシェア拡大などはもうあまり期待出来ませんから、あと残るのはコストダウンしか無いでしょう。それと引き換えに、今までの、地味ではあるが本当は一番重要であった筈の、安全管理や品質管理が等閑にされてきたのではないでしょうか。

 しかし、目に見える成果なんて、そう毎日、誰もが出せるものではありません。そうであるにも関わらず、それが評価の第一基準にされ、個人の企業貢献度を測る最大の物差しにされてきました。偶には努力賞も設けて「目に見える成果だけでなく努力の過程も評価する」なんて事も行われたりしますが、それは所詮「ガス抜き」でしかありません。評価の主流はあくまでも「目に見える成果」なのです。
 そうして、一見地味ではあるが実は一番重要な日頃の安全管理や品質管理が、等閑にされてきたのです。そうして従業員をダメにして消費者の信頼を裏切ってきた事のツケが、今一挙に出てきているのです。これは謂わば「ペコちゃんポコちゃんの呪い」なのです。

 この点は非常に重要です。何故ならば、次の通常国会で労働法制改悪諸法案の審議が始まったら、ホワイトカラー・エグゼンプション推進勢力側は必ず、「この制度は労働時間でなく成果や企業貢献度で従業員を評価する仕組みだ」「この制度に反対する奴らは格差社会の弊害ばかりを強調する負け犬だ」などという欺瞞的な宣伝をし始めるに決まっていますから。そういう欺瞞的宣伝に対しては、労働法制改悪勢力の言う「成果」や「企業貢献度」の内実を徹底的に問い質し、そのインチキを徹底的に暴露してやる事が大切なのです。
コメント (2)
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