アフガン・イラク・北朝鮮と日本

黙って野垂れ死ぬな やられたらやり返せ 万国のプレカリアート団結せよ!

当ブログへようこそ

 アフガン・イラク戦争も金正日もNO!!搾取・抑圧のない世界を目指して、万国のプレカリアート団結せよ!

 これが、当ブログの主張です。
 詳しくは→こちらを参照の事。
 「プレカリアート」という言葉の意味は→こちらを参照。
 コメント・TB(トラックバック)については→こちらを参照。
 読んだ記事の中で気に入ったものがあれば→こちらをクリック。

舛添の正体見たり枯尾花

2007年12月04日 00時12分16秒 | 一人も自殺者の出ない世の中を
・生活保護費、基準額下げ確実に 厚労省検討会 地域差縮小も「妥当」(北海道新聞)
 http://www.hokkaido-np.co.jp/news/life/61680.html
・生活保護:扶助基準の引き下げ容認 厚労省の検討会議(毎日新聞)
 http://mainichi.jp/select/wadai/news/20071130k0000e010048000c.html
・生活保護費:「基準引き下げ」は予算編成のつじつま合わせ(同上)
 http://mainichi.jp/select/seiji/news/20071201k0000m010016000c.html
・生活保護制度の見直し(JANJAN)
 http://www.news.janjan.jp/living/0312/0312169451/1.php
・「生活保護費基準の切り下げ」…福田、舛添、何かんがえとんねん!! (dr.stoneflyの戯れ言)
 http://dr-stonefly.at.webry.info/200711/article_11.html
・生活保護切り下げに関する団体連名のお願い(難病の会)(レイバーネット)
 http://www.labornetjp.org/news/2007/1196130581707staff01

 末広真紀子という人がいます。かつて愛知万博反対を掲げて参院選に出ておきながら、当選した途端に自民党に入党して万博賛成に寝返ってしまった人です。それで逆に支持者を完全に怒らせてしまい、自ら墓穴を掘ってしまった人です。
 時代は下って安倍内閣の時代に、自民党参院議員会長の要職にありながら、盛んに政権批判を繰り広げ、そのパフォーマンスの派手さが買われて逆に厚生労働相に就任した、舛添要一という人がいました。この人は何でも、「親の介護で苦労している」という事で、自民党政権の閣僚でありながら、「苦労人」「弱者の気持ちが分る人」と看做されていました。
 その後、安倍内閣から福田内閣に変わっても、この舛添氏は引き続き客寄せパンダとして厚労相に留任という事に相成り、「消えた年金」問題などで相変わらず派手なパフォーマンスを演じ続けて、国民の人気を引きつけていました。

 しかし、人間いつかは地が出るものです。この舛添氏の場合も、只の残業不払い合法化法案でしかないホワイトカラー・エグゼンプションを「家庭団欒法」と誤魔化して導入しようとした頃から、「この人一体何考えているの?」「庶民の苦しみなど本当は何も知らず、頭の中にあるのは自分の出世の事ばかりで、それを誤魔化す為に派手なパフォーマンスで取り繕っているだけじゃないの」「何の事はない、それではかつての末広真紀子と全く同じじゃん」というのが、次第に誰の眼にも明らかになってきました。
 そして、今回俄かに浮上してきた生活保護基準引き下げ問題で、それがより一層はっきりしてきました。「生活保護を貰っている人よりも、貰っていない人の方が、より少ない収入で生活を遣り繰りしているじゃないか」「最低賃金よりも生活保護基準の方が高いと、働けるのに働こうとしない人が出てくるじゃないか」という理屈で、生活保護支給基準の引き下げに躍起となっている様が、白日の下に暴かれてしまったのですから。ここで、検討会答申を隠れ蓑にして、いくら中立・公正を装ってもダメです。レールを敷いてそれに沿った答申を出させているのは、当の舛添厚労相自身なのですから。

 これは言い換えれば、「生活保護を貰っていない人、最低賃金で生活している人を見習え」という事でしょう。こんなモン、「下見て暮らせ傘の下」の、典型的な詭弁でしかない。こういう詭弁を弄する人の、一体何処が「苦労人」なのでしょうか。一体何処が「庶民の味方」なのでしょうか。庶民の気持ちなど全然分かっていない事の、何よりの証拠ではないですか。
 まず、「貰っていない人」の「生活の遣り繰り」の実態がどんなモノなのかが、全然分かっていません。「うまく遣り繰りしている」のではありません。「どうにもこうにも遣り繰り出来ないのに、それを無理やり強いられて、生かさず殺さずのレベルに貶められているだけ」です。「オカズ1品のみ僅か1食200円の弁当で」「食のアパルトヘイト」に日々苛まされる様な生活を指して、「人並みの生活」だなんて勝手に決め付けられたのでは、もう堪ったものではありません。
 「最低賃金より生活保護の方が高いから問題だ」? じゃあ、その余りにも低すぎる最低賃金の方を、せめて他国なみに(最低限でも時給千円以上に)引き上げる方が、先決問題じゃないか。

 しかも、その「生活保護を貰っていない人の方が」云々の理屈ですら、実は後付の理屈でしか無かったと言うのですから、もう呆れてモノが言えません。実際は、毎年の予算削減ノルマ達成まず先に在りきで、その為に手っ取り早く削れる所から手をつけたというのが、事の真相だというのですから。その為に人が何人死のうが、そんな事は知ったこっちゃないという事です。
 前政権の時の本間・松岡・赤城と言い、現政権に変ってからの今回の守屋・額賀・久間と言い、自分達は散々国の政治を食い物にしておきながら、全てウヤムヤで済まそうとしているくせに、こと貧乏人に対しては、生存権や人間としての尊厳も一切認めず、「生かさず殺さず」の境遇に甘んじろとでも、いうのでしょうか。そんな理屈、誰が考えてもオカシイじゃないですか。

 憲法25条には、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と書いてあります。たとえそれが失業者やニートやホームレスであったとしても、そんな分け隔てなど一切関係なく、「誰でもすべての国民に」と。そして、それは何かの対価や報酬やお恵みなんかではなく、「人としての当然の権利である」と。そこには「受益者負担」論や「自己責任」論の介在する余地など一切無い筈です。
 ところが実際はそうはなっていません。それならば、それを真っ当な姿にするのが、政治という仕事である筈です。戦争熱を煽り、その陰でコソコソと戦争利権の甘い蜜に群がり、私利私欲に汲々とするのが、政治ではありません。「下見て暮らせ傘の下」で何でも済むのなら、もはや政治家なんて要りません。これ以上、臭い芝居で人を騙そうとしても、そうは問屋が卸させません。
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする