もみさんの一日一冊遊書録( 2011年9月1日 スタート!: メメント・モリ ) ~たゆたえど沈まず~

年とともに人生はクロノロジー(年代記)からパースペクティブ(遠近法)になり、最後は一枚のピクチュア(絵)になる

161冊目 水木しげる「トペトロとの50年―ラバウル従軍後記」(中公文庫;1995) 評価3

2012年02月24日 06時01分23秒 | 一日一冊読書開始
2月23日(木):

197ページ  所要時間2:45  

著者73歳(1922年生まれ)。朴訥な文章だが、「小説より奇なり」の内容、多くのイラスト、スケッチ画、写真により十分に心を掘り起こす喚起力がある。水木さん(本名 武良 茂)の人生は、単に運・不運では片付けられない、水木さん自身の資質・感性によって大きく押し拡げられ、ありえないスケールの大きさを自然な必然にしてしまっている。鬼太郎をはじめとする漫画家としての成功も、そのスケールの大きさの一部として収まってしまう感じだ。

左腕を失った傷病兵として、パプアニューギニアのニューブリテン島ラバウルで、終戦を迎えた水木さんは、当時現地人(トライ族)の家に入りびたり、日本帰還よりも現地で結婚・永住を真剣に思い悩むまでになっていた。説得されて帰国した後は、一昨年(2010)のNHK「ゲゲゲの女房」でも話題になった極貧生活から一躍有名漫画家としての成功を遂げる。

本書の記述の中心は、その成功を遂げた頃から始まる。1971年、水木さんは、昔自分を救ってくれた土人たち(*)に会うために26年ぶりにラバウルへ行く。そして、少年から成人し部族の指導者になっていたトペトロをはじめとするトライ族の人々と懐かしい再会をする。
(*)「私の家では、“土人”という言葉は尊敬の意味で、“土の人”というのは私は昔からあこがれだったのだ。」

しかし、現地での生活は、乾季にはトタン屋根の雨水をドラム缶に溜めた水を使用し、朝のコーヒーがドロドロしている。よく見ると巨大なボーフラが沈澱している。トペトロは、「煮てあるから無害だ」と言う。また、茶碗一杯の水で口をすすぎ、口から手に出し、顔と手を同時に洗う。「便所らしきものはあるにはあるが、略、私にはとても使用に耐え得るものではない」と言う。普通の日本人なら、震えあがって逃げ帰るはずだが、水木さんは「汚い限りだが、私は、略、わりと平気だった」と言い、ボーフラコーヒーも毎日飲んだのである。この部分が、常人と水木さんのスケールの分岐点なのだろう。

やがて重篤で楽しい<南方病>に罹った水木さんは、彼らの奇妙な踊りと音楽のとりことなる。“ドクドク”という踊りに感動して、彼らの“カミサマ”を日本に持って帰ると言い張ってトペトロや長老たちを困らせる。繰り返しラバウルを訪ねるうちに、現地名「パウロ」と呼ばれ、トペトロに永住のための家まで作ってもらうまでに交流を深めていく。

中には、日本の昔の歌をほとんど知っていて2時間半歌いまくるオッサンが紹介されて、戦時中の日本語教育の影響をかいま見たり、「『鬼太郎』たちは実はいわば、トペトロたちなのだ(あまり大きな声では言えないが)。どこかなんとなく“違った”人々。しかも温かい。鬼太郎を守る側の一団のお化けたちはトライ族の方々に近いのだ」と本音が語られたりする。

再会後20年以上の交流が重ねられるが、意外にも水木さんよりもずっと若いトペトロが突然死ぬ(1991?)、駆けつけた水木さんに、息子が2年後の葬式を約し、参列を願う。2年後、二人の娘をともない参列に向かうが、葬式挙行の気配はない。彼らは貧しかったのだ。思わぬことから、水木さんが一肌脱いでトペトロの喪主となり、現地でももはや最期かもしれない「古式に則った盛大な葬式」を執り行う。

「下の娘はなぜかトチルが好きだった。トチルはあまり歌もまじめにやっていなかった。何となく生きてるような人間だった。それが前から私の気に入っていた。/もともと人間は虫や木と同じように生き、黙って素直に死ねばいいのかもしれない。」「人間が動物や虫や木や石よりもエライと考えるようになってから人類はおかしくなったのではないか。」と、水木さんは“文明嫌い”を表明する。

それから約一年後(1994年)、ラバウルの火山が大爆発した。そして、ラバウルもトライ族(トペトロたちの種族)も熱い灰のため、カイメツした。

※水木さんの人生のスケールの大きさを感じさせてくれる本だった。   もう寝ます。
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