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160218 楽観しないが、一つの見識!(インタビュー)慰安婦問題の明日 京都大学教授・小倉紀蔵さん

2016年02月18日 19時17分08秒 | 時々刻々 考える資料
2月18日(木):  ">「右でも左でも、不純物のない主張は魅力的だが、それでは問題は解決しない」=京都市左京区、高橋一徳撮影

朝日デジタル(インタビュー)慰安婦問題の明日 京都大学教授・小倉紀蔵さん  2016年2月16日05時00分

 日韓両政府が昨年末の外相会談で、懸案だった慰安婦問題の政治的解決に合意した。だが日韓ともに、賛否の声が出ている。この問題をどう考え、これからどうしていけばいいのか。日韓文化交流会議などで、両国の関係をいかに構築していくのかという問題にかかわってきた小倉紀蔵・京都大学教授に聞いた。

 ――日韓の政府間合意をどう見るべきでしょうか。
  「日本と韓国の共通の財産と考えるべきです。1991年に1人の女性が、韓国で初めて慰安婦だったと名乗り出てから25年がたちました。日韓はそれぞれの主張をしてきて、多くの対立や摩擦がありました。そんな日韓に、今回の合意で初めて接点が生まれた。これまでのすべての論点の蓄積も含めて私は財産だと思っています」
  「戦時の女性の人権蹂躙というのは、何も日本だけではなく、米国や欧州なども抱えている問題です。いずれ欧米諸国も直面するでしょうが、パンドラの箱を開けまいと避けてきた。日韓は今回の合意で、二度とこんなことが起きないように一緒にやっていこうとしている。この問題を日韓がリードしていると言えます」

 ――安倍晋三首相は昨年夏に出した談話で「21世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため世界をリードしていく」と言いました。
  「まさにあの安倍談話の延長線上に、今回の合意はあると考えられます」
    ■     ■
 ――しかし、韓国では市民団体や元慰安婦の女性たちの中からも反発の声が出ています。
  「元慰安婦の思いも様々なようです。何よりも日本の謝罪を求める人もいれば、国家賠償を重視する被害者もいるでしょう」
  「たとえば、裁判で判決が出れば勝ち負けがはっきりする。負けた方は賠償しますが、反省どころか不快な思いを抱き続けます。でも和解ができれば、加害者側には申し訳なかったという気持ちが残ると思います」
  「韓国で国家賠償を求める市民団体などは、国家対国家の勝ち負けを強く意識しているのだと思いますが、それを続けると日本人の思いはさらに離れてしまう。謝罪をより重視するか賠償か、今の韓国では意見が真っ二つに割れていますが、どうすべきなのかを国内で整理しなければなりません」

 ――韓国の人たちは、慰安婦問題をどんな風にとらえているのでしょうか。
  「儒教、とりわけ朱子学を重んじる韓国では、民の『生』がちゃんと保たれていることが道徳的とされます。現代では生の意味に命や人生だけでなく、人権も含まれるようになりました。誰かの生が深く傷つけられているのなら、たとえお上が決めたことでも覆すべきだと考えるのです。法治や民主主義のとらえ方が日本と違うのはそのためです」
  「慰安婦問題には、生の毀損(きそん)だけでなく、加害の主体が植民地支配をした日本であること、家父長制の意識が強い韓国にあって、男たちが守るべき女性が被害にあったことなども加わっており、さらに重い問題なのです」
  「それほどリスクが大きな問題なのに、朴槿恵(パククネ)大統領はよく決断したと思います。もう一つ大事なのは、正統性の問題です。朴大統領はこれを最も心配していると思います。就任以来、日本に対して『正しい歴史認識を』と呼びかけてきたのはそのためでしょう」

 ――正統性ですか。
  「韓国には、支配国・日本に抵抗した勢力には正統性があるが、それを断ち切ったのは日本と妥協して国交を結んだ朴槿恵氏の父、朴正熙(パクチョンヒ)元大統領だという歴史観が強く残っています。確かに韓国は経済的には北朝鮮よりはるかに豊かになったが、民族の正統性は北朝鮮に負けているのだ、と」
  「現在、歴史問題で日本に最も厳しい要求をしているのは北朝鮮です。韓国からすれば、今回の合意も北から正統性を批判されるのではないかと落ち着かない。そのためにも私は、日朝の国交正常化が必要だと思います。正常化交渉の中で北朝鮮と歴史問題に決着をつけられたら、韓国もある程度、安心できるでしょう
    ■     ■
 ――北朝鮮は核・ミサイル開発をやめようとしません。日本社会で理解が得られるでしょうか。
  「もちろん、北朝鮮の主張にそのまま従うというわけではありません。ただ、朝鮮民族が日本にどういう思いを抱いているのかは分かった方がいい。対話を通して相手の主張との接点を見つけるべきであり、頭ごなしに相手を否定しても何も変わりません」

 ――日本の世論調査では日韓合意を評価する声が過半数です。
  「合意を機に、日本人の韓国に対する厳しい心がとけ始めた感じがします。これから大切なのは教育でしょう。せっかくの合意なのに次の世代に伝えないのでは、長年やってきた意味がない。この間に多くの論争があったことも伝えるべきです」

 ――合意では日韓双方が「最終的かつ不可逆的な解決」を確認しました。しかし、合意にある謝罪と反省を、安倍首相は自らの口で語ろうとはしません。
  「最終的かつ不可逆的というのは、政治的なラインはもう動かさないということであって、謝罪や反省を二度と繰り返さないということではないはずです」
  「岸田文雄外相は、日本が政府予算から出す10億円について『賠償ではない』と話しましたが、むしろ『賠償より、もっと日本人の心を表しているお金です』ぐらいに言った方がよかった」
  「1990年代に日本の官民が協力して、元慰安婦に償いをしようとした『アジア女性基金』が韓国でうまく行かなかったのは、実際にはたくさんの国家予算が入っているのにもかかわらず、政府がそれを隠そうとしたことが責任回避と受け取られたためです。そして韓国のかたくなな姿勢に、多くの日本人の心も離れてしまうという悪循環を招いた。私たちは女性基金の教訓から学ぶべきです」

 ――一方で岸田外相は、旧日本軍の慰安婦問題への関与を認めたほか、法的責任という言葉こそないものの「日本政府は責任を痛感している」と踏み込みました
  「この問題の経緯を知る人は、『日本政府の責任』という部分を見て、よく安倍政権はこれを了承したと驚いたでしょう。また今回の合意は、日本政府として『慰安婦は売春婦にすぎず、何ら強制性もなかった』との主張を排除したと言えるのではないですか」

 ――ネット上では、安倍首相でさえも右側の人たちから厳しい批判を受けています。
  「売国的な合意だという見方は日本でもくすぶっているのでしょう。でも、これまで人類が正視できなかった問題に日韓が一緒に取り組もうとしている。これを恥じてどうするのかと思いますね」
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 ――合意では、韓国政府が元慰安婦の支援にあたる財団をつくることになっています。
  「この財団は、ある一つの考え方で仕切るのではなく、認識の幅を広げる必要があります。特定のナショナリズムに支配されない多様な歴史観を包摂できるかがカギです。たとえば、日本の保守派でも、事実に基づく研究をしている人なら意見を聞くべきです」
  「互いに議論を交わらせ、深める場が必要です。財団を外から批判するだけでは、『20万人の強制連行』とか『奴隷狩り』などという認識だけが独り歩きし、それを認めない人はみんな歴史修正主義者であるかのようなレッテルを貼られてしまう。そうではなく中に入って、凝り固まりつつある認識を解きほぐすことが重要です」

 ――多様な意見といえば、植民地支配がもたらす構造的問題を指摘した「帝国の慰安婦」の著者、朴裕河(パクユハ)さんが韓国で民事、刑事の両方で訴えられています。
  「『支配する側』と『される側』という単純な二分法では、決して解明できない複雑な統治の様相を研究した本です。日本の法的責任を追及したい人たちが、自分たちと異なる学問的認識にふたをして抑圧しようとするなら、それは間違ったふるまいです」
     *
 おぐらきぞう 1959年生まれ。東アジア社会を哲学的に分析・解釈し、互いの関係性を形づくる作業を続ける。著書に「韓国は一個の哲学である」など。

 ■取材を終えて: 東アジアの哲学が専門の小倉さんは長い間、慰安婦問題を見つめてきた。今回の日韓合意を前向きに評価し、「接点」「土台」と表現する。いずれもスタートという意味が込められている。慰安婦問題には、多くの人たちが心を痛めてきた。合意の受け止めは多様だが、そんなさまざまな思いを、より中身を充実させるためのエネルギーに変えられないものか。(編集委員・箱田哲也)

 ◆キーワード:<慰安婦問題をめぐる日韓合意> 日本政府は慰安婦問題が旧日本軍の関与の下で起きたことを認め、責任を痛感しているとし、韓国政府が作る財団に10億円を拠出することになった。それらを前提に、両政府はこの問題が「最終的かつ不可逆的」に解決されることを確認。韓国政府は、ソウルの日本大使館前の少女像の問題が適切に解決されるよう努力すると表明した。
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