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東野圭吾著「祈りの幕が下りる時」は伏線が錯綜し読み手はなかなか真相にたどり着けない

2019年04月22日 | 斜読

book487 祈りの幕が下りる時 東野圭吾 講談社文庫 2016  (斜読・日本の作家一覧)
 2019年4月に仙台を訪ねる計画を立て、予習に仙台を舞台にした本を探してこの本を見つけた。ところが、仙台は話の発端とその後の聞き取りで登場するだけで、主たる舞台は東京だった。
 物語は29話で構成されていて、一話ごとに舞台が変わり、主役も変わる。登場人物も多く、物語を通した主人公がなかなかつかめない。犯行の元となっているのは貧しさであり、人間関係のもつれ、精神のゆがみがからんでいて、正義の裁きといった痛快さはない。
 しかし、とりつかれたように頁をめくってしまうのは、東野圭吾氏の巧みな筆さばきと話の途中で次の話に移る展開の妙であろう。

 1話で最初に登場する仙台のスナック経営者である宮本康代は、その後の証言者で数度登場するが、主役ではない。
 宮本康代のスナックに雇われた田島百合子も主役ではないが、物語の鍵を握る重要人物である。田島百合子は12才になる男の子がいたが、親戚づきあいに行き詰まり息子を警察官の夫に残して家を飛び出す。
 百合子は、スナックの客で電力関係の仕事で点々とする綿部俊一とつきあいだしたが、スナックに勤めてから16年経ったころ仙台のアパートで病死する。宮本康代は百合子の携帯から綿部に百合子が病死したことを伝えるが、綿部は顔を見せない。宮本康代が百合子の葬儀をすませ、遺骨を預かる。
 しばらくしてから、綿部は百合子の一人息子が警視庁捜査一課の加賀恭一郎だったことを連絡してきた・・どうして警察官の住所を調べたかが、その後、恭一郎の疑問になり、真相に迫る糸口になるが、この時点では予想できない・・。
 宮本康代は恭一郎に百合子の死を伝える。そして、百合子の遺骨と遺品を受け取りに来た恭一郎に、百合子から恭一郎が剣道の稽古に励んでいたこと、夫が警察官だったこと、綿部が日本橋によく出かけていたことなどを聞いたと話す。
 その後、東日本大震災が起き、宮本康代は引退し、10年ほどが経ったある日、東京で女性の他殺死体が見つかったニュースを知る。
 東野氏のテンポは軽快である。注意しながら読んだが、重要な伏線に気づかなかった。

 2話は、警視庁に舞台を移す。他殺された女性は滋賀県彦根署に捜索願が出されていた押谷道子と判明する。押谷道子は東京葛飾区小菅の越川睦夫名義のアパートで発見されていたが、越川は所在不明で、手がかりが見つからない。
 同時期に、新小岩の河川敷でホームレスの焼死体が見つかっていた。警視庁の捜査員の一人が松宮で、加賀恭一郎のいとこになり、このあと恭一郎と協力しあう。
 2話も事件全体の伏線になる。東野氏の物語構成は複雑、輻輳しているが、松宮に二つの事件につながりがあると直感させている。

 3話では松宮たちが彦根に向かう。押谷道子の外回り先で聞き取りをしていて、押谷道子と中学で仲の良かった浅井博美に会いに行ったこと、浅井博美は角倉博美という名で明治座の「異聞・曽根崎心中」の演出をしていること、初演の3月10日と被害日が重なることなどが分かってくる。
 東野氏は事件解明の材料をあちらこちらに伏せているらしいが、どれとどれがどのように結びつくのかを上手に紛らしている。
 聞き取り中、松宮たちは老人ホームで201と呼ばれている疫病神のような女性に会う。この女性も主役ではないが、事件にかかわる人物らしいことが想像できる。
 曾根崎心中は近松門左衛門の浄瑠璃で、相愛のお初と徳兵衛が心中する物語だが、28話でお初・徳兵衛の再現イメージが描かれる。

 4話は、浅井博美と押谷道子の事件前の対面場面である。201は実は浅井博美の母でかなりふしだらだったこと、父・忠雄は借金取りに追われていたことが回想される。
 中学2年の担任・苗村の名が出る。忠雄、苗村は事件の中心人物であるが、ここではまだ物語の中での役割が見えてこない。
 5話で加賀恭一郎が登場する。いとこの松宮と人形町で飲みながら、事件について意見を交わす。
 7話で、越川睦夫の似顔絵が出来上がる。越川睦夫の部屋に残されたカレンダーの1月に柳橋、2月に浅草橋、3月に左衛門橋、4月に常盤橋、5月に一石橋、6月に西河岸橋、7月に日本橋、8月に江戸橋、9月に鎧橋、10月に茅場橋、11月に湊橋、12月に豊海橋の書き込みが見つかる。
 DNA鑑定で、新小岩の焼死体が越川睦夫であることが判明する。少しずつ核心に近づきそうな展開だが、点と点がまだつながっていかない。
 8話で、恭一郎の母・田島百合子のメモにも1月~12月の同一の橋の名が書かれていたことが分かる。
 田島百合子は綿部とつきあっていて、仙台のスナックにも来ていたから、宮本康代に似顔絵を確認してもらうと、越川睦夫が綿部俊一であることが判明する。

 ここまでで、浅井博美=角倉博美の同級生押谷道子が小菅にある越川睦夫の部屋で殺されていて、越川睦夫は新小岩の河川敷で発見された焼死体だった、越川睦夫は綿部俊一と名乗っていて、恭一郎の母・田島百合子とつきあっていた、ことが分かった。
 これからどんな事件展開を想像できるだろうか。あとは読んでのお楽しみに。
 東野氏は、警察の地道な捜査の蓄積と直感する力、原発作業員の過酷さ、人間関係の軋轢やストレスが人間を変えてしまうことも織り込んでいる。
 そして終盤、犯人に・・父の人生を犠牲にしながら生きた・・その父が大事にした女性の息子に会っておきたかった・・ことや、曾根崎心中の・・お初は心の底から惚れた男に殺されたい、それを察した徳兵衛は命がけで惚れた女の夢をかなえようとお初を刺す・・というイメージに重ねた自分の思いを独白させて、物語の幕を下ろしている。(
2019.4)

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