1992 「簸川平野の跡継ぎ農村住居のデザイン志向」 日本建築学会北陸大会
1 はじめに
築地松と散居の特徴的な景観で知られる簸川平野の農村住居は、西側と北側を高さ10m強に剪定した築地松で囲い、主屋と西の離れ、東の納屋を用いて三世代家族が同居する住み方を慣習的な住空間構成手法としてきた。し
かし一昨年の調査で、築地松のある屋敷外観については保全志向が高いものの、若世代がサラリーマンとして働く兼業化や農村部を宅地開発した都市住居の進出と呼応して、若世代を中心に個室重視・家族室優先の新しい住様式志向が見られ始めることを求めた。
そこで本研究は慣習として継承される住空間構成手法と新しく導入される住様式との関係に着眼し、慣習的な手法が優先すると考えられる事例=農業とあわせ本家の跡を継いだ農家の建て替え住居と、新しい住様式の導入が優位な事例=分家として独立した非農家の新築住居を取り上げ、間取りの特性と住み方志向を考察する。
本稿では、比較的近年建て替えられた跡継ぎ農家8事例を対象に、住様式の定着と住空間デザイン手法の関係について検討する。調査年は1991年8月、いずれも三・四世代同居世帯で、家族数は平均7人強である。
2 結果と考察
1)配置構成
いずれの農家も屋敷地を更地にしてから住居を建て替えるのではなく、通常、既存の既存の西の離れや東の納屋に一時的に生活の全てを移してから主屋を取り壊し、建て替える。その後、離れや納屋は不要になれば取り壊すこともあるが、多くはそのまま居室、予備室、倉庫として残される。そのため、新設される主屋の位置はほぽ旧来の場所に一致し、従来の屋敷配置構成と敷地内の空間利用はそのまま継続される。
2)住居形態
建て替えのきっかけは、長男夫婦の結婚を理由とする1事例を除き、ほかは建物の老朽化や床上浸水による建物の破損と周囲の改築や建て替えブームをあげており、使いにくさや旧来の住居形式への不満は直接の原因にはなっていない。
しかし、昨年度明らかとした個室要求、機能性重視を裏付けるかたちで、例外なく2階建てによる個室確保と土問となっていた台所の床上化が図られている。
主屋の建築面積を計算すると、174~297㎡、平均222㎡で、昨年度報告した伝統的農村住居の建築面積にほぽ等しく。1階の規模がさほど変化していないことを示す。一方。2階部分は21~86㎡、平均52㎡で1階のおよそ1/4を占め、2階建ての定着をうかがわせる。
すなわち、平屋・一部屋根裏利用・茅葺寄せ棟屋根の外観から、2階建て・2階の積極的利用・切り妻瓦葺屋根あるいは入り母屋瓦葺屋根へのデザインの変化が定着し始めている。
3)格式性の演出
離れや納屋を利用しながらの建て替えのため、南北方向に部屋が3列に重なる、離れた部屋を廊下でつなぐなど、住居平面は伝統的住居よりも複雑化している。応じて就寝室・個室となる3部屋(子どもがまだ小さい事例)~6部屋(子どもが大きくなった事例)は1階北側・2階・西や東の別棟などに分散する。
また、炊事空間はすべて洋間として床上化され、うち7事例がダイニングキッチン形式を採用しており、床上・洋間・DK形式の定着を示すが、裏口・味噌部屋・食料庫などの使い勝手がそのまま踏襲されて1階平面の東北側に配置されるため、生活を動線は必ずしも合理的となっていない。
一方、玄関に並ぶ南側2部屋とその北側に並ぶ2部屋に限って、部屋名称と部屋配列を見ると、南側はザシキ・オモテ、北側はナカノマ(またはイマ)・ナンドと一定し、伝統的な平面形式の慣行が認められる。とりわけ、玄関土間・玄関床上ホール(板張りまたは畳敷)、ザシキ(6ないし8畳)・オモテ(おおむね10畳・床と書院つき)・ザシキとオモテをめぐる広縁と平面構成の定型化がうかがえる。
さらにザシキ・オモテの室内造作を見ると、天井高2700mm前後(ナカノマ・ナンドは2500mm前後)、雪見障子(同通常の障子)、欄間あり(同なし)、長押しあり(同なし)に仕上げられており、格式性の積極的な演出が求まる。
すなわち、新しい住様式である個室確保やDK形式の導入に応じた平面構成手法は定型が見られず平面計画に改善の余地がうかがえるが、慣行として定着している格式空間では純化されたデザイン手法の定型化が見られる。
3 まとめ
建て替え住居の配置は旧来の空間利用に従うが、建物外観は2階の積極利用を反映して切り妻または入母屋・瓦葺屋根としてデザインされる。
住居内でかつて行われていた寄り合いや行事・儀式のための続き間は、寄り合いや儀式としての利用が滅少しているにもかかわらず、より純化されたデザイン手法によって格式性が演出される。
一方、個室やDK形式の新しい住様式に対しては、平面構成手法に定型が認められない。
すなわち、生活慣行として住様式が定着して始めて空間構成手法が定型として一般化する、言い換えれば、新しい住様式は旧来の空間構成を大きく変えずに導入され、平面計画上の矛盾をもちながら試行されたうえで空間構成が純化され、手法が定型化していくことが事例的に推察できる。
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