1/14(土)ふくおかウォーキング協会サタデーウォークは、「旧筑肥線跡路を歩く」でした。
筑肥線は、私営の北九州鉄道が博多~伊万里間を開通させたのが、昭和10年(1935)、全線開通後、わずか2年で国有化され、昭和12年(1937)筑肥線となりました。
当時は、蒸気機関車も走っていました。
1983年(昭和58年)3月、旧筑肥線(姪浜~博多駅)間は、福岡市地下鉄とJR筑肥線(姪浜~唐津)の相互乗り入れで、旧筑肥線姪浜~博多駅間は、廃線となりました。
あれから40年、旧筑肥線跡地は目覚ましく発展を続け、果たしてどこを走っていたか調べるのに難儀しました。それでもわずかではありますが、筑肥線の面影が残っている所があります。
今回は、その跡地を訪ねるウォークです。(写真は、下見に行った時に撮った分も掲載しています)
集合場所は、地下鉄別府駅近くの城南区役所。ここが「鳥飼駅」があった所です。
参加者は、35名。今日は朝から小雨が降り続いていますが、スタート時点では、霧雨になっていました。
9:30スタート。
樋井川にかかる鉄橋は、「樋井川筑肥新橋」として車も歩行者も通れる橋になっていました。
樋井川筑肥新橋から梅光園緑地を通ります。ここは、旧筑肥線跡地970mを緑の散歩道として整備されました。
小笹中央公園で休憩。この近くに「小笹駅」がありました。
筑肥線跡地は、「筑肥新道」という道路になりました。
参加者の方から「平尾大池公園あたりにトンネルがあった」と言われましたが、私、覚えていませんでした。
西鉄平尾駅を過ぎ、スーパー「サニー」の所が「旧筑前高宮駅」です。
筑前高宮駅は、開業当初、「新柳町駅」でしたが、その後「筑前高宮駅」に変わりました。
サニーから日赤通りに向かいます。筑肥線は、ここを横断していましたが、廃線後、中央分離帯が設けられ迂回します。
九州を代表する「一蘭ラーメン」は、ここ那の川店が発祥地だそうです。
那珂川筑肥新橋を通り「旧筑前蓑島駅」へ。
筑前蓑島駅は、開業当初「福岡蓑島駅」でしたが、昭和12年(1937)筑前蓑島駅に改められました。元々日本足袋(現アサヒシューズ)の工場に隣接、アサヒシューズが
九州松下電器(現パナソニックコネクト)に工場用地を売却した後も九州松下電器の玄関口として栄えました。
今、住居の地名は、「美野島」ですが、古地図を見てみると、博多の大部分は、「冷泉の津」という海で塩原まで達していました。その時、住吉神社は、海に突き出た岬にあり、
美野島(蓑島)は、名前の通り「蓑島」という島でした。それが、年月とともに陸続きになり、現在の形になったようです。
昭和44年(1969)住所表示も「美野島」になりました。
美野島公園を通り、博多駅へ。
博多駅は、1番ホームが筑肥線でした。
11:35 博多駅の音羽公園へゴールしました。距離は、7,5kmでした。