よっちゃんのおててつないで

よっくんとカブの夫婦ウオーキングブログです。
2018年12月長崎出島~東京日本橋完歩。

日光の紅葉(栃木県日光市)

2021-11-27 06:12:55 | ウォーキング

11/10(水)歩き旅7日目(最終日)

前日の雨で日光街道を中止しましたので今日は、電車で日光の紅葉を見に行こうと計画しました。

JR宇都宮発7:40の電車で日光へ。日光8:25到着。今から東照宮迄歩いていきます。日光は、今日いい天気です。

 

東武日光駅には、昔、日光~馬返迄、日光軌道線という路面電車が走っていました。残念ながら昭和48年(1968)廃止になりました。その電車が日光駅に展示されています。

  

 

神橋近くに来ました。ここからきれいな紅葉が見られます。

 

神橋(しんきょう):世界遺産「日光の社寺」の入り口にかかる木造朱塗りの美しい橋。日本三大奇橋として知られ、深沙王が放った2匹の蛇の背中に山菅が生え、橋になったという伝説が

今も語り継がれています。

  

  

日光山輪王寺はお堂や塔、15の支院全体の総称で、「日光の社寺」として世界遺産に登録されています。
1200年以上前、日光開山の祖である勝道上人が四本龍寺を建てたのが始まり。天台宗三本山のひとつに数えられ、日光山全体を統合していました。
日光三山の本地仏をまつるお堂「三仏堂」は日光山最大の規模を誇る木造建造物で、千手観音(男体山)・阿弥陀如来(女峰山)・馬頭観音(太郎山)三体の仏像がまつられています。

  

日光東照宮にやってきました。

  

拝観料を払い中に入りますが、今日は、平日なのに人がいっぱいです。小学生の修学旅行一行が何組も何組も見られます。

 

 

 

 

あまりにも「人」が多いので主要箇所だけを廻り次の所に行きます。

 

 

日光二荒山(ふたらさん)神社

昨日は、宇都宮の二荒山(ふたあらやま)神社に行きましたが、ここは、二荒山(ふたらさん)神社です。男体山をご神体としています。男体山の麓には、奥の院があります。

日光という地名の由来についてはいろいろな説があります。観音菩薩の浄土【かんのんぼさつのじょうど】を補陀洛山【ふだらくさん】といいますが、その補陀洛山からフタラ山(二荒山)の

名がついたという説、日光の山には熊笹【クマザサ】が多いので、アイヌ語のフトラ=熊笹がフタラになりフタラが二荒になったという説、男体山【なんたいさん】、女峰山【にょほうさん】に

男女の二神が現れたのでフタアラワレの山になったとか、いろは坂の入口付近に屏風岩【びょうぶいわ】があります。そこに大きな洞穴があり、「風穴」とか「雷神窟【らいじんくつ】」などと

呼ばれており、この穴に風の神と雷獣【らいじゅう】が住んでいて、カミナリをおこし豪雨を降らせ、春と秋に暴風が吹いて土地を荒したので二荒山という名ができたとか、

二荒が日光になったのは、弘法大師空海が二荒山(男体山)に登られたとき、二荒の文字が感心しないといって、フタラをニコウと音読し、良い字をあてて日光にしたと伝えられております。
日光といえば東照宮が有名ですが、日光の歴史は1,200年以上まえの奈良時代にさかのぼり、766年(天平神護2年)に勝道上人【しょうどうしょうにん】によって、

四本竜寺【しほんりゅうじ】を建てられたのが「日光」の始まりです。(世界遺産日光の社寺より)

 

 

 

 

帰る途中の神橋付近。陽があたり紅葉がきれいです。

 

これで横浜から始まり、埼玉県東松山市、宇都宮、日光と7日間の歩き旅を終了しました。帰りは、ジパングクラブを利用し、宇都宮から博多まで新幹線で帰りました。

帰りの新幹線では、三島付近で富士山がきれいに見えました。