よっちゃんのおててつないで

よっくんとカブの夫婦ウオーキングブログです。
2018年12月長崎出島~東京日本橋完歩。

志免鉄道公園・シーメイトを訪ねて(福岡県粕屋郡志免町他)

2021-11-03 17:37:04 | ウォーキング

11/3(水)ふくおかウォーキング協会の楽しいウォークは、「志免鉄道公園・シーメイトを訪ねて」でした。

集合場所は、JR香椎線宇美駅。参加者38名。

 

9:30 ウォーキング開始。まずは「宇美八幡宮」へ。

 

宇美八幡宮は、神功皇后が応神天皇を出産したといわれる地で、敏達天皇の時代(572年~586年)に創建されたといわれています。境内には、助産師の始祖が祭られている「湯方社」、

応神天皇の産湯に使ったとされる「産湯の水」、神功皇后が出産された際につかまったとされる「子安の木」など安産に関する言い伝えが数多く残っており、多くの方が安産祈願に

訪れています。また、これらの安産信仰にまつわる言い伝えは、「宇美八幡宮の安産信仰に関する伝説地」として福岡県有形民俗文化財に指定されています。(宇美町HPより)

 

今日は、祭日と重なり、境内には、七五三詣りの方も多くみられました。

  

宇美八幡宮から旧JR勝田線跡地の緑道を歩きます。ちょうど宇美八幡宮あたりが下宇美駅でした。

 

最初の休憩地が「光正寺古墳公園

光正寺古墳の築造年代は、第1主体部から出土した古式の土師器甕の制作年代から3世紀中頃から後半と考えられ、県内の前期古墳の中でも最古期の古墳に位置づけられます。

また、光正寺古墳は糟屋郡内最大の前方後円墳であることから古墳の被葬者は、当時糟屋地域を支配した豪族(王?)の墓と考えられます。
中国の「魏志倭人伝」には3世紀中ごろの日本が「倭国」として紹介されています。その倭国には色々な国があったことが記されています。その中で福岡市域(奴国=なこく)の隣に

あったとされる「不彌国=ふみこく」ではないかと考えられます。不彌国の所在地は「嘉穂説」と「宇美説(粕屋)」に分かれていますが、光正寺古墳の調査で「宇美説=粕屋平野説」が

有力な地域として考えられるようになりました。(宇美町HPより)

 

歩いていると塔が見えてきます。たぶん団地の給水塔ではないでしょうか?

  

勝田線旧志免駅跡が志免鉄道公園になっています。

志免町には、1985(昭和60)年まで石炭輸送のために作られた鉄道がありました。香椎線の引き込み線と、勝田線です。
香椎線は、1909(明治42)年から開通した博多湾鉄道旅石線(後に博多湾鉄道汽船から西日本鉄道、日本国有鉄道へ変わった香椎線引き込み線・1984(昭和59)年12月31日廃線)のことです。
勝田線は、1919(大正8)年に開通した筑前参宮鉄道(後に西日本鉄道から日本国有鉄道へ変わった勝田線・1985(昭和60)年3月31日廃線)のことです。
石炭景気の需要による開通で、当時の一日乗客数は300名、石炭は750トンと、石炭輸送が主でした。
現在、勝田線は緑道として公園整備され、志免駅は志免鉄道記念公園となり、レリーフが当時を偲ばせています。(志免町HPより)

 

志免鉄道公園から「シーメイト」に向かいます。

シーメイトは、志免炭鉱竪坑櫓の近くに造られた健康と福祉を考えた情報発信基地です。

志免炭鉱竪坑櫓は、ケージと呼ばれる籠を昇降させるために造られた巨大なビルディングです。この櫓の真下にまっすぐ掘られた深さ430mの「竪坑」という穴を使い、地下から石炭を上げたり、

鉱員を地下の石炭層まで移動させていました。まるで金づちを立てたような形の櫓に、巻き上げる機械が組み込まれた、エレベーターのような仕組みとなっています。

さまざまな形の竪坑櫓の中で最も発達した形式で、地上8階、地下1階のうち、地上1階から5階までを柱のみで構成し、6階以上には壁をつけています。8階部分には吹き抜けの大空間があり、

ケージの巻き上げに使われた1000馬力のモーターが、休みなく稼動していました。

志免と類似する形式で、終戦(1945年)の前に建設された竪坑櫓は、これまで九州で造られたおよそ100の竪坑のなかでも、四山第一竪坑(三井三池炭鉱、荒尾市)にあっただけです。

また世界中をみても、現在まで残っているものは、志免のほかにベルギーのブレニーと中国撫順の2か所だけだといわれています。その姿は、機能的で無駄のない造形美をもつ近代建造物であり、

世界の産業技術史を語る上でも大切な遺産であるといえるでしょう。

1957(昭和32)年には、21万トン以上も出炭していた竪坑も、1964年の閉山とともに稼動を停止します。現在、日本に現存する最大規模の竪坑櫓は、日本で唯一、開坑から閉山まで国営で

ありつづけた志免鉱業所の歴史を物語っています。(志免町HPより)

 日本の近代化を支えた竪坑櫓が、志免町のランドマーク、そして歴史と文化のシンボルタワーとして、広く親しまれることを願っています。

 

 

シーメイトから緑道に戻ります。

 

イオンモールから駕与丁(かよいちょう)公園へ。駕与丁公園は、現在秋のバラが咲いています。

 

 

  

 

駕与丁公園が今日の仮ゴールです。バラの花を少し鑑賞して長者原駅に向かいました。