なんとかなるもんだよZUYAさん! ( Hey, ZUYA. You Can Do It! ) 

『なんてこったいZUYAさん!!』をVersion Up.“崖っぷちブルーズマン”ZUYA(ずうや)の悲喜交々を綴る。

線引き...

2011年12月28日 | Music & Life 

先日、夫婦間の会話で

『 今年って年賀状って出すものなのかね... 』

と言う話に


ZUYAは元々バレンタインと同様に“商業主義に乗せられるのは好まない”のと、昔長く郵便事業に関わって毎年膨大な年賀状にうんざりさせられてしまい年賀状を見るだけもうんざりなのです(笑)。んなわけもあり“郵政省の商売道具”にお金を使うことは当の昔に止めた。例年必要最小限(頂いた方など)に返信をするぐらい

だいたい何年も(時には何十年も)会ってもない人に一年に一回だけ年賀状だけ出すなんて変な感じ。身内や友人ならともかく割と“枚数稼ぎ”もあるのではないかと。

つまり 『 私は何枚も書いたよ~ 』 と言う日本人特異の“ステイタス”のようなものだ。時には年賀状を出す枚数が少ないからと言うだけで 『 あなた、友達いないのね~ 』 とのたまう輩もいる...


話を元に戻すと

今年は日本歴史の中でも有数の未曾有の事態があったよね。それでいて“明けたらおめでとう”と言う感じがどうもZUYAにはねぇ...

すでに普通の生活になりつつある(もちろんZUYAも含め)被災地から遠く離れた人々はクリスマスや年の瀬やらで忙しくも賑やかである。でも一時期の“自粛ムード”もそうだがどこまで自重すべきなのか、どこで線を引くのか、浮かれ過ぎないで沈み過ぎないと言うのは難しいですよね。それこそ終戦後のように全国的に壊滅的だったら国民全体が同じスタートライン、同じ気持ちを持てるかも知れないが。

でも花見のシーズンに皆が自粛してしまい、東北の酒どころの人達が売れなくて困ってしまったと言う本末転倒な話もあるわけだしね。だから幸いにも被害に遭わなかった地域や人々は国を維持・前進させる義務があると思う。本来一番持つべき政治家どもは...特に個人的に 『 鳩ぽっぽ 』 だけは本当に腹立たしい。引退すれば良いのに...


哲学の話になってしまうが、相対するものがあるからこそ世の中と言うのは成り立つものであるわけで。 『 善 』 は 『 悪 』 はあるからこそ存在感が示されるわけで、それとの比較をなくして成り立たない思う。同様に 『 楽 』 と 『 苦 』 、 『 喜び 』 と 『 悲しみ 』 などもそうですわな。

よくセリフで 『 悲しみを糧にして喜びを掴み取る 』 と言う表現があるが、気障に聞こえもするがまんざらでもないと思う


最近頭に浮かぶ歌詞がある。デヴィット・ボウイのセカンドアルバムのタイトル・ナンバー、 『 Space Oddity 』 の一節で


Planet Earth is blue

And there's nothing I can do


(宇宙空間で地球を目の前にして)、宇宙飛行士が“俺には何もできることがない”とつぶやく


このことを人々は忘れてはいけないような。彼は 『 アポロの打ち上げ 』 や、 『 映画2001年宇宙の旅 』 等で人々が宇宙に目を向けた出した時にすでに警鐘を出していた。こういう時代を先取りするセンスは実にボウイらしい

スペース・オディティ
クリエーター情報なし
EMIミュージックジャパン




さてさて。

昨日で一応今年の労働は終了となったわけでして、明日の夜にはもう大阪に向かうわけです

初めて夫婦として実家に帰るわけなので、嫁としては初めて義理の両親と長めの時間を過ごすわけで緊張や不安も大きいようで。それに付随する程度の不安がZUYAにもある。本来はギター等置き去りにしている物を取りに帰ることだけが目的だったがいつの間にか夫婦で行くことに...

ZUYAをよく知る人々はご存知だが昔父親との確執があり(今もまだあるが...)、カナダに渡って以来ほとんど大阪に戻っていない。やむを得ず行っても数時間の滞在だけ。ある数年間においては完全に音信不通状態だったのだが、今回夫婦で帰るとは...変わるものです


でも正直今一番頭にあるのはやはり“メタボ”。いつでも気になってお腹をさすっています(妊婦じゃあるまいし...)。新年の第一目標はやはりこれですな



さて今日は東京でやっておかないといけないことをさっさと片付けてしまおう


みなさん、新年を前にバタバタ忙しいでしょうが、くれぐれも身体だけは気をつけましょうね~

Have A Nice Day~




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