なんとかなるもんだよZUYAさん! ( Hey, ZUYA. You Can Do It! ) 

『なんてこったいZUYAさん!!』をVersion Up.“崖っぷちブルーズマン”ZUYA(ずうや)の悲喜交々を綴る。

カナダ・アメリカの旅... その7(最終回)

2011年11月03日 | Canada & The States in 2011

旅日記もようやく“その7”まで来ました


この旅日記も今回で一応締めくくりたいと思う。正直、ZUYAにとってカナダを語ることは嬉しいことであると同時に悲しいことでもあるのです

なぜかって? 

ZUYAは日本でも友人に恵まれているが向こうにはさらに多くの友人達がいて、さらに素敵な音楽、さらに大好きな食べ物がたくさんある。出来ることならたまに行くのではなくてもう一度暮らしたいと思わない日は1日たりともない  


全工程2週間。アメリカには4泊、残りはカナダに滞在。嫁の計らいでZUYAだけ1週間長く滞在することが出来、より一層思い出がふんだんに詰まった実に良い旅になりました。残念ながらツアーに出ていて会えなかったヤツいるが、逆にツアーから戻って来てギリギリ会えたヤツもいる。そして車で1時間以上ぶっ飛ばし来てくれたものもいれば、帰国後“妙な性癖”を暴露したヤツもいる(笑)。最終回は素敵な思い出を写真で綴ろうと思います



昔毎日前を通ったマニトバ州の州議事堂


ムスタングに乗る。人生初のオープン・カーだ。


カナダの宝、Big Dave Mclean


同年代の仲間たちも看板を背負って頑張っている


若かりし頃の写真が壁に...


Daveの愛娘がZUYAのために歌った“I'd Go Rather Blind”


癌との闘いに打ち勝った仲間


Ike。彼との出会い無くして今のZUYAはない


12年前愛機テレキャスターと出逢ったギターショップ


何度も素敵な晩餐会で迎えてくれた


感極まり言葉を失い噛み付くZUYA



遠い昔、どこかで耳にしました。

『 悪い思い出は時が経つと共に消え、良い思い出は永遠に心に残り人を生涯励ます。 』

そう信じるZUYAであります
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カナダ・アメリカの旅 その6

2011年11月01日 | Canada & The States in 2011


嫁が日本に着いた夜、電話をかけてみると何やら“もの凄い剣幕”だ

ZUYAのいない間に愛人でも押しかけてきたのかと不安になりながら何事かと聞いてみると、嫁がシカゴから成田空港に到着しスーツケースをピックアップしようと流れてくるのを待っていると、なぜかちゃんと締められておらず3cmは隙間がありビニールテープでぐるぐる巻きにされていたらしい。怒り狂ってユナイテッドのカウンターに行くももちろん相手にされず。挙句の果てに“スーツケースが壊れてていたのでは?”とこちらのせいにされたらしい。嫁は“ちゃんと閉まるだろうがっ!”と、その担当者の目の前で閉めて見せたらしい。何処の国の担当者もいい加減である


さて今回の旅行では家庭料理から北米以外の世界の料理まで様々な料理を戴いた。今回の 『 その6 』 では機内特別食を含めていろいろ紹介しようと思う。ZUYAと嫁は基本的にはベジタリアンである(魚も食べるからねぇ)。ただし今回はアメリカ大陸内陸部に行くのでやはり一部の家庭では肉料理で“もてなし”があったのだが、彼らの善意(好意)を無駄にするわけにはいかないので美味しく頂きました(事前に伝えられるところには伝えたが、おぞましい結果に...)

※各写真をクリック・拡大できます


飛行機の機内食と言うのは実は色々ありまして、宗教上、健康上など色々なものに対応できるようになっている。もちろん興味があるだけでもオーダーできるのだが、味は機内食なので予想以上に悲しいものになるが... 











①機内食アジアン・ベジタリアン

②機内食ヴィーガン用夕食

③機内食ヴィーガン用朝食。パスタですな。




オハイオ州に滞在時は事前に“ベジタリアン”であることを伝えておいたのだが、やはり東海岸や西海岸とは食文化が違い対応できなかったようで、家庭料理は一切無し。朝食を除き全て外食となってしまった。その内のナイアガラ・フォールズ市でのランチを紹介します。しかも 『 HARD ROCK CAFE 』 にて 










④嫁の食べたベジ・バーガー。◎だそうで~
⑤ZUYAはアラスカ・サーモンを頂く
⑥アメリカの家庭の朝食の定番、マフィンです



マディソン滞在中にはBarbがドイツ系の家系なのでベリーとアップルがたっぷりの伝統料理を朝食に作ってくれました⑦。ランチにはネパール料理(ベジタリアン専門店)にてカレーっぽいものを⑧。夜はケベック料理店へ。魚料理⑨を戴いた。アメリカでケベック風と言うのも興味深いねぇ。












カナダに入るともう世界の料理ショーです














⑩トラウト(鱒)・バーガー
⑪エッグ・バーガー
⑫メノナイト伝統料理ファーマー・ソーセージ、特製のルバーブソースで。
⑬同じくプロギーズ。



Brad達はベジタリアンなので実に色々なお店へ。以下はメキシコ料理店にて。




  




エチオピア料理店にて。手で薄手のパンようなもで掴んでがっつり食べます。





こちらはヴィーガン専門の中華料理店へ。お昼のランチ・ビッフェ。巻寿司っぽいのもありましたね。





こちらは中近東の食べ物ファラフェル専門店へ。ファラフェルは等などをつぶして作った団子を揚げたもの(日本でも密かなブームが...)







そしてBradの家では








えっ!? 何キロ太ったかって!?

恐ろしくて答えられません


と言うわけで今回はグルメ特集でした(都合上、全て載せれなかったのが残念です)~


代わりにおまけ



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カナダ・アメリカの旅... その5

2011年10月31日 | Canada & The States in 2011

※やはり年を取ってきた証拠か。記憶があやふやになるのが早い...。日にちが前後しますが書きやすいところから書いて行きますね


さて、カナダ滞在4日目

目が覚めると昼過ぎ...


尋常でない二日酔いの状態で階下に下りていくとBradがお茶を入れていた。

『 どうだい二日酔いは? 』 と彼。

『 かなり酷い... 』 とZUYA。

『 でも大丈夫だ。おめぇはデロデロでも俺達や空港スタッフと英語で話していたからね。俺達も改めておめぇの英語はまだまだ大丈夫だって確信したよ(笑)。 』 と彼。

“空港!?”...思い出すのに時間が掛かった

そうか! 今朝は一足先に日本に帰る嫁を見送りに空港まで行ったんだっけ。慌ててHotmailを確認すると対してトラブルも無くシカゴで飛行機を上手く乗り換えることが出来たようだ


ZUYAのベース・キャンプ(?)、Brad&Stephanie邸




外を見ると家や車の上がうっすらと白く...


嫁が帰った日からウィニペグは一気に冬の入口へ。朝の気温も-7℃に。ようやく日本から持ってきた冬物ジャケットの出番だ。もちろんそんな物ではここの本格的な冬(-40℃)には全然役に立たないけどね。一人になってからも相変わらずアポイントメントだらけで日によっては5つと凄まじいハード・スケージュールとなった

ざっとこんな具合 ( ↓ )


【 月曜日】  

この日だけはアポ無し。夜はメキシカン・レストランへ

【火曜日】

昼はTimes ChangeのマネジャーJohnとランチ。夜はウィニペグの人気ミュージシャンRighteous Ike と飲んだくれ
 
【水曜日】 

12年来のミュージシャン以外で最高のマブダチの一人、Brad(泊まった家のBradとは別人)と会う。彼のムスタングに乗り昔テレキャスターを購入した楽器屋へ。夜はエチオピア料理店

【木曜日】 

10時にお友達。ランチはBernieと。昼下がりにようやく師匠の家訪問。夜はWindsor hotel。深夜はThe Standardでセッション。

【金曜日】 

昼はヴィーガン・チャイニーズ・レストランへ。夜はBrent Perkinに会い、その後Times ChangeでVinceとKevinに会い、彼らのバンドをチェック。

【土曜日】

昼はお土産のためにショッピング。夜はジョニー・ウィンターとDave Mclean & Doc Maclean

【日曜日】

昼間はリラックスとパッキング。夜はお別れ会とTimes Changeでラスト・プレイ



ほとんど毎晩出かけて飲んでました(もちろんその反動はたっぷりと...)。どれも最高に素敵な思い出ばかり、今回はジョニー・ウィンターについて書こう。

ウィニペグに着いた日に友人からジョニーが来ることを教えてもらい、しかもチケットは$50(約4,000円)。4月に8,000円払って日本で観たし行かなくて良いかなぁと思ったのだが、何か“運命”を感じて観に行くことにした。小さなクラブだしよりよく見えるかもしれない

ところがよく観えるどころか...

目の前1mにジョニーがいた

観客は良い音で聴きたいために(あるいはバーの近くで飲み物が買いやすいように)意外と遠く離れたところで聴いていてZUYAはここぞとばかり前に進み最前列を確保。ジョニーとの間には柵も何もなく腰ぐらいの高さのステージとモニターがあるだけ。日本と違い皆写真取り捲り

もちろんZUYAも


もう目の前~!!皺も見えるよ!!


まだまだ現役でやれるぜ、ジョニー!


これだけでも最高のお土産だな


日本公演と違い体調が良かったのか2曲は立って演奏していました。もう最高です。同日にジェフ・ベックもウィニペグに来ていたのでセッションが噂されたがこちらは噂で終わった


ZUYAはライブ終了後、Times Changeに移動しカナダ・ブルース・シーンの宝であり良き友人のDave Mcleanのライブを観る。そこにジョニー・ウィンターのバック・バンドも顔を出す。とても豪華な夜になったなぁ


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カナダ・アメリカの旅... その4

2011年10月29日 | Canada & The States in 2011

カナダ滞在2日目


とにかく嫁が3日間しか滞在できないと言う過酷なスケジュール。ポイントを押さえてマニトバ州(=プレーリー)の良さをわかってもらうためにZUYAだけでなく現地の友人達も効率良く色々計画を立ててくれる

朝食を済ませると車に乗り込み市内から離れたBirdshill Parkに向かう。名の通り自然がそのまま残され鳥達もたくさん集う。ハイキングコースを目的も無しにぶらぶらする。実に豪快でいて贅沢な時間の使い方だ。海外に来てショッピング三昧みたいな旅はZUYAにはありえないし考えもしない(笑)。


1時間ほどみっちり歩いた


ランチは鱒のバーガーをいただく


嫁はエッグ・バーガー


ランチ後は家に戻り、今度は一息つくや否やZUYAの“カナダの父と母”が迎えに来た。今から完全にプレーリー(大平原)へと向かう。今夜は彼らの家で一泊することに。ウィニペグから車で1時間半ほどの小さな町Bagot(村かな?)。ZUYAがカナダに住んでいた頃の親友のGinaの実家である。隣の家は遥か彼方。自分たちが話すのを止めると何も音が聴こえなくなるような場所だ。夜は時折貨物列車の汽笛が聞こえるぐらいだ。


9年前にZUYAがリペイントしたブランコの前で。


スコールがあり運良く虹が。しかもダブルだ!

彼らはキリスト教の一派でメノナイト(又はメンナイト)。祖先は中世の宗教改革の時にヨーロッパやロシアで迫害を受けアメリカ大陸に移住してきたのだ。メノナイトとはいわゆる“再洗礼派”で、一般的にキリスト教は生まれている赤子の頃に洗礼を受けそのまま信者となる。しかし再洗礼派は成長した後に“もう一度洗礼を受けるかどうか自分自身で決めることが出来る”。彼らは兵役を拒否し文字通り博愛主義である。そんな彼らは自身も年に数回しか食べないメノナイトの伝統的な料理でもてなしてくれた。


代表的な料理でプロギース。中にはチーズが入っている。


デザートもメノナイト式


このプレーリーのど真ん中の家に来たのには実は目的がありまして、嫁のたっての希望でオーロラを見に来たのです。英語ではNorthen Lights(ノーザンライツ)と言いまして真冬でなくても都市から離れれば見れることがるのです。もちろんもっと北に行けば見える確率はぐんと高くなるのだが...。真夜中に3度外へ出て挑戦しましたが綺麗な星空と2つ流れ星を観ただけで本命のノーザンライツは見ることが出来ませんでした(その1週間後見れたと連絡が来ました。残念です...)



大平原の夜明けです


何もかも巨大。こんなコーラ飲めません!


さて、いつもはこの静かなプレーリーに何泊もするのだが、今回は1泊だけと“超お急ぎ行程”に周りも本人達も慌しい(笑)。ウィニペグに戻ってきてのんびりする間もなく嫁は帰り支度(パッキング)を開始。終わるやいなや車に乗り込みBradの両親の家に向かい(嫁にとっては)“北米最後の晩餐”へ。途中、最後に香織に見せておこうとこれまたウィニペグの希少な観光スポット(笑)、 『 Winnie-the-Poohの銅像 』 へ。この像は動物園の中にあるのだが、これ以外は何処の動物園とも対して違いがないので今回は時間の関係で柵の外から“盗み撮り(盗み見)”で済ませました



これです、これ。イギリスの兵隊と小熊の像


この夜も熱烈歓迎を受けプレゼント・ご馳走三昧で素敵な時間を過ごす。これまた終わるやいなや車に乗り込み今度はTimes Changeへ。翌日は6時置きなのでZUYAが演奏した1stセットだけ観て3人は帰宅。ZUYAは次から次へと来るビールにショットの歓迎。例によって未明まで飲んだくれ...


ウィニペグの名門クラブTimes Changeの前で


翌日朝4時にベッドに潜り込んだのに、2時間後起床しなければならなかった。そう嫁が帰国する日だ。二日酔いどころかまだ泥酔状態のまま嫁を見送りにBradと共に車に乗り込む。一人で帰ることに(特にシカゴで乗り換え時間が1時間も無いことに...)不安が募っていた嫁であったが何とか無難に帰ったようです。ZUYAは家に戻るやいなやベッドに直行。昼過ぎまで眠りついた。その間に嫁の身に悲劇が起こっていることも知らずに...


その5に続く...

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カナダ・アメリカの旅...その3

2011年10月28日 | Canada & The States in 2011

Barbは仕事、ちびっ子達はスクールへ。なので空港まではJonが見送ってくれた。たったの2泊だけだったがZUYAはマディソンと言う街が本当に好きになった。他の大都市のように“嘘臭く”なく、至って自然に出来上がった街のような雰囲気だから


Jonの車が走り去るのを見送り、さぁ次はいよいよウィ二ペグだ。チェックインをさっと済ませ土産物屋を覗くとシーズンの入れ代わりなのでTシャツや薄手の服が大幅に割引されていたので、お決まりの地名の入ったものを買う。小さな空港なので他にすることも無くさっさとセキュリティを通りぬけペットボトルの水を買って飲みながら搭乗開始時間を待っておりました。

ぼけ~っとしていると 『 ...Okano... 』 と聞こえた気がした。空耳だろうか。ほう、ZUYAの苗字に似た発音の英語の言葉があるとは知らなかったなぁなどと考えていると、今度ははっきり 『 Mr. Okano, please come to counter. 』 と聞こえた。“あれ!? なんか呼ばれてるぞ~”と嫁と共にカウンターに行くと嫁がスーツケースに鍵をかけてしまっていて中を検査できないから開けに行ってくれと

到着した乗客が出るゲートから外に出てチェックイン・カウンターに行くと検査場に通された。すると見るからにアホそうな係のおっさんがこじ開けようとしていた。良かったよ、壊されなくて


で、再びセキュリティを通らないと行けなくなり検査を受けるとなぜか嫁が今度は引っかかってしまった。“ん、何をしたんだうちの嫁は!?”と思っているとバックの中身を調べるとのこと。何がダメだったんだろうと見ていると、先ほど中で買ったペットボトルが出てきた。


係官曰く、『 おめぇら、ルール知ってんだろ? 液体はダメなんだよ! 』 って。

頭に来て言ってやったよ、

『 何言ってやがんだ!これはおめえらがスーツケースを開けろって言うから出て行く前に買ったんだよ、中で! 』

係官:『 ルールはルールだ。今この場で全部飲むか捨てさせてもらうぞ! 』 


何か罠に引っかかった気分だよ。一口しか飲んでない上に日本よりも高い300円以上する水を捨てろと。売店と吊るんで売り上げに協力してやがるのかと思ったほどだ。もうこっちは激怒で

ZUYA: 『 じゃあ、捨てろよ! 』 と。


せっかくの旅行が台無しになるので2人とも何とか気を静めて飛行機に乗りシカゴ経由でウィ二ペグに向かった。この時は夫婦で来て良かったなぁとつくづく思ったよ


飛行機からシカゴの街を眺める



Winnipeg(ウィニペグ)はカナダで7番目に大きい都市。大昔は大平原地帯(Prairie=ープレーリー)における大輸送拠点として多大な功績を残した。人口は70万人ほどでManitoba州(マニトバ)の州都である。“Winnie-the-Pooh(くまのプーさん)”のモデルになった熊がいたことと、ウィニペグ・バレイ団が世界的に有名かな。空港に着くと4年ぶりだが大した変化は無いと思ったら隣には来月オープンの新しいターミナルビルが


Bradが少し遅れて迎えに来てくれて彼の家に向かう。嫁もようやく知った顔にあったので幾分ほっとしたような感じだ。ここまで知らない人ばかりでしかも120%英語だから疲れた顔をしていたのだが、家に着くとさらにSmudge(スマッジ)と言う猫がいて猫好きの嫁は元気を取り戻したようだ。


Smudge(スマッジ)。ネズミに興味の無い雄猫です。



Stephanieも帰宅し去年の2月に彼らが来日して以来久々に4人顔を合わせた。一番の観光スポットでもあるForks Marketまで散策し、滞在期間が残りわずか3日の嫁はお土産を買い込む。帰りはバスに乗って家に戻り、彼らは夕食の準備、我々は荷解きに取り掛かった。


天気も最高。旅の疲れも散策で癒される


ウィンペグの数少ない(笑)観光名所Forks Market



とその時、“うわぁ~!!”と嫁が声を上げる。見るとお土産の包み紙は全て無残に破かれている。間違いなくアメリカの税関の仕業だ。まァしょうがないかと思っていると今度はアーミッシュの村で手に入れたジャムが全てスーツケース内で漏れているではないか! 2人とも顔を見合わせてとっさに思い浮かんだのはあの時の“アホ面”の審査官だ! あの野郎開けるのは最悪許せてもちゃんと締めろって言うんだよ! もう2人とも怒り心頭と共にアメリカの税関にほとほと嫌気がさした 


しかし、そのイライラもBradとStephanieの素晴らしいもてなしで癒されたのであります


その夜夕食後はダウンタウンに繰り出し4人でZUYAの古巣Times Changeへ。次から次へと握手とハグの嵐(笑)。演奏していたのはオタワから来た名手Mr.Tony D率いるMonkey Junkと言うバンド。この夜からZUYAと嫁は帰国する日まで“ノー・カバーチャージ”、“オール・フリードリンク”のVIP待遇を受けることとなる。


こうしてウィニペグの初夜は過ぎて行った



Times Change内にて。Bradの手か!?


Tony D(左奥)はカナダで評判のギターリストだ

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