これは したり 〜笹木 砂希〜

面白いこと、妙なこと、不思議なことは、み〜んな私に近寄ってきます。

3世代女子会墓参り

2016年05月22日 21時45分59秒 | エッセイ
 母方の祖母が亡くなったのは、昭和49年の今日だった。
 祖母の墓は高尾の某霊園にあるが、夫の父もたまたま同じ墓地で眠っている。一度に2件の墓参りをすませようと考え、母と一緒に出かけることにした。
「え、墓参り? ミキも行ってみようかなぁ」
 義父の納骨の際、娘もかの霊園に同行したが、幼かったため記憶がないそうだ。義母が認知症になって以来、義父の墓参りは滞っている。ランチを餌に誘ったら、娘も来ることになった。
「でも、明日の1限に提出する課題ができてない……」
「帰ってきてからやったら?」
「結構難しいよ。問題が変だし。休講になればいいのに」
「そう上手くいかないでしょ」
「まあいいや」
 今日は天気もよくてラッキーだった。
 中央線に揺られながら、祖母の記憶をたぐりよせる。祖母が亡くなってすぐに、父の弟から電話がかかってきたという。
「今、靴ひもが急に切れて、胸騒ぎがしたんだけど、何かあった?」
 いわゆる「虫の知らせ」である。なぜ娘や息子ではなく、娘の夫の弟などという縁の薄い相手なのかは不明だが、父は背中に氷を入れられたようなゾクゾク感を味わったらしい。祖母を看取った母が病院から帰ってくると、誰も通っていないはずの門や玄関が開けっ放し。理屈では説明のつかないことが、いくつか起きていた。
 生前の祖母は、笑った顔しか見せない人だった。孫に甘くて、母がダメということも祖母ならOKになる。お菓子も買ってくれるし、いつでも公園に連れて行ってくれる。私にとっては、願いを叶えてくれる魔法使いのような存在だった。
「高尾、高尾。終点です」
 高尾駅には花と線香の販売所があり、とても便利だ。母と落ち合い、まずは義父の墓へ行く。3人で墓石をピカピカに磨き上げ、娘は満足そうだった。
 次に、祖母の墓に向かう。この墓には祖母だけでなく祖父、夭折した母の姉も眠っているので、お供えは3人分用意しておいた。
「ひいおばあちゃん、はじめまして」
 こちらもキレイに掃除してから手を合わせる。ひ孫が来たから、祖母は喜んでくれたかもしれない。結婚して家を出てから長い間、ろくに墓参りをせずに申し訳なかったと詫びた。母も年々老いてくるので、これからは命日や彼岸のたびに同行するつもりだ。
「じゃあ、お昼にしよう」
 新宿まで戻り、小田急百貨店の14階へ行く。初めて行く店だが、ネットで見た雰囲気がよかったので予約を入れた。
「ライスとパンのどちらになさいますか」
 私と娘は「パン」と即決したが、母はなかなか決められない。年とともに優柔不断になったようだ。
「じゃあ、最初はパンで、お肉料理のときは少な目のライスということでいかがですか」
「ああ、それいいわね」
 店員さんが、とっさに機転を利かせた。両方食べられるということと、気をつかってもらえたということで、母は大いに満足したようだ。こういう店ばかりだとありがたい。



「じゃあ、今度は9月ね。また連絡するよ」
「はいよ。じゃあまたね」
 手を振って母と別れた。次は姉も誘ってみよう。
「ああ、課題やらなきゃ……」
 家に着くと、娘がブーブー言いながらパソコンを開いていた。ついでに休講情報などもチェックしたらしい。すぐにドタドタと音を立て、台所に駆け込んできた。
「お母さん、明日の1限が休講って書いてある!」
「マジ!?」
 なるほど、願い事があったら、墓参りをするのがいいかも……。


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しゃもじ、大地に立つ

2016年05月19日 21時33分26秒 | エッセイ
 家電の寿命は10年なんていうけれど、アタシは笹木という家で、25年もご飯を炊き続けているのさ。
 この家族は炊き立てが好きでね、朝の分を2合、夜の分を2合という具合に、一日2回も働かされるもんだから、内釜がほら、こんなボロボロにハゲちまったよ。



 アタシは8合炊きなのにさ。
 もっと大家族の家に買ってもらえばよかったよ。
 さすがに、最近じゃ外ブタまで歪んできてね、右からも左からも蒸気が漏れるようになったもんだから、人間たちも焦ったみたいだよ。
 急いでカタログを見て、新しいのを探してた。

 ん?
 アンタ、見たことない顔だね。
 そうか、アンタがアタシの代わりに働いてくれる炊飯器?
 ―ええ、そうです。
 何合炊きなんだい?
 ―5.5合です。
 やけに半端だね。
 ―最近は、これが普通ですよ。
 そうかい。時代は変わったね。頭が黒くて、イカしてるよ。
 ―恐れ入ります。



 でも、容量が小さい割に、体の大きさはアタシと大して変わらないじゃないか。
 ―お恥ずかしいんですが……。私はおねえさんより重たいと思います。
 えっ、そうなのかい?
 ―おねえさんの内釜は何グラムあります?
 えーと、たしか360gだったよ。
 ―私の内釜は、986gもあるんです。
 へえっ、そんなに重いなんて思わなかったよ。見かけによらないね。



 こんなに厚手でガッシリした釜なら、美味しいご飯が炊けるだろうよ。
 ―ご飯には自信があります。それと、しゃもじにも。
 しゃもじ?
 ―私のしゃもじは、自立するんです。



 へええ、こりゃ大したもんだ!
 ―よく思いついたと感心しますよ。コロンブスの卵ですね。
 あれ? ピッピッピッって音がするよ。
 ―今、炊き上がりました。ふっくらとして弾力性のある仕上がりなんです。ご覧になる?
 見せとくれ。



 ああ、いい匂い!
 ―これからは、私が炊飯しますから、おねえさんは休んでくださいね。
 じゃあ、そうさせてもらおうか。
 ―長いこと、お疲れ様でした。


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寒くて熱い「ルノワール展」

2016年05月15日 21時20分08秒 | エッセイ
 話題の展覧会を観るなら、金曜日がおススメだ。
 平日の昼に行かれる方ならいざ知らず、土日となれば美術館はかなり混む。せっかくの絵画をじっくり鑑賞するには、夜8時まで開館している金曜日に限る。
「お待たせ〜」
「お母さん、遅いよ」
 仕事を終えてから、大学2年の娘と国立新美術館で待ち合わせたが10分遅刻。ルノワール展は1月から楽しみにしていた展示で、前売券発売の1月27日には早割ペアチケットをゲットしている。
「じゃあ、荷物をロッカーに入れて、入口に行こう」
「うん」
 今日は小さな手提げを持ってきた。ロッカーがあるのに、財布などを入れる袋がなくて、結局重いバッグごと持ち歩く失敗はしないですむ。私なりに、気合いは入っているのだ。
「あ、チケットもロッカーに入れちゃった……」
「あーあ……」
 ドジも踏むけど、まあ、こんなもんだ。



 冒頭から、自分がいかにルノワールという画家を知らないかということに気づいた。
 彼は、13歳で磁器の絵付け職人となったそうだ。
「貧しかったのかな?」
「学校制度はどうなっていたのかしら」
 4年間修業をしたあと、絵の道に進んだらしい。
 私はいつも、会場内では鉛筆を借りて、作品リストに説明や感想を書きこんでいる。今回は、娘も鉛筆を借りて、同じように記録していたのがうれしかった。
「書きにくい。下敷きが欲しいな」
 文句を言いつつ、あれもこれもと書き留めていた。大好きなルノワールだから、特別なことがしたくなったのかもしれない。
 ルノワールは19歳からルーブルで模写を始め、28歳で印象派の先駆け作品を生んでいる。29歳で普仏戦争の兵役に就くが、無事に戻ってこられてよかった。
 31歳で画商に購入してもらえるようになり、33歳には第1回印象派展で7点もの作品を発表した。
 39歳で妻となるアリーヌと出会い、44歳で長男ピエールが誕生している。晩婚だったのは、絵を描くことが最優先事項だったからではないか。子どもは3人で、全部男子だったようだ。
「三男がクロードか。次男の名前は何だっけ」
 娘が鉛筆を動かしながら尋ねてくる。
「ジャン」
「ふーん」
「焼肉のタレだよ」
「へ、何で? 焼肉といったらエバラでしょ」
 チッ、モランボンを知らないのか……。
 61歳でリウマチの激しい発作に見舞われるようになるが、変形して思うように動かなくなった手に、絵筆をくくりつけてでも描く。描く、描く、描く。
 74歳で、妻アリーヌに先立たれる。彼女は56歳だったそうだ。
 それでも、老画家は描き続ける。映像を見たが、やせ細った体を椅子に据え、真剣過ぎる視線をカンヴァスに向けて、迷わず絵筆を滑らせていた。仕立てのよい服に、威厳のあるヒゲ。



 この方は、存在自体がアートなのだ。
 77歳で「浴女たち」の制作に着手し、78歳に完成。



 そして、その年に亡くなっているから、最後の力をすべて注ぎ込んだ大作であることは間違いない。絵に対して、尋常ではない情熱と愛情、執着を持った画家だったと理解した。
 画家を支えた妻のアリーヌが、「田舎のダンス」という絵に登場している。



 木綿の晴れ着は、おそらく彼女の一張羅。もっと素敵なドレスを着ている人がいたとしても、彼女は夢見心地の表情で、世界一幸せだと思っているのでないか。そして、絵を見る人にも、幸福感を分けてくれるような気がする。
「あった、ムーラン・ド・ラ・ギャレットだよ」
 娘が目当ての絵を見つけ、喜んでいた。



 数年前にオルセーで観たときも感激したが、今度は日本に来てくれたことで心が躍り出す。
 この絵は、ルノワールが35歳のときに描いた作品である。ダンスホール兼酒場の娯楽施設に集う大衆が、仕事の憂さを晴らし、非日常の解放感を味わうひとコマを描いている。
 絵もさることながら、私は説明文に舌を巻いた。
「ポルカの音楽、笑い声、ざわめきまでも聞こえてくるようです」
 うーん、こういう表現もあったか。賑わっている様子を切り取る言葉として、ピッタリはまっている。私も、こんな文章が書けるようになりたいものだ。
 作品は全部で103点。決して多くはないが、出口にたどり着くまでに2時間かかった。
「さ、寒い」
 館内は異常に冷えている。貸し出しのストールもあったのに、「あとちょっとだからいいや」と考えて借りなかった。しかし、足の裏がつって痛い。借りればよかったと後悔した。最後にまた失敗。
 ルノワール展では、暖かい服装で、じっくりメモを取ってはいかがだろうか。
 まだまだ書きたいことはあるけれど、今日はこの辺で……。


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「ルーム」すべり込みセーフ!

2016年05月12日 21時43分56秒 | エッセイ
 映画「ルーム」のあらすじを見たのは、ゴールデンウィークに入ってすぐのことだった。



「7年間も密室に監禁された女性が、そこで生まれ育った5歳の息子のため命懸けで脱出に挑み、長い間世間から隔絶されていた彼らが社会に適応していく過程を描く」
 えっ、監禁?
 ここで私のパソコンは、一番に「換金」と変換した。持ち主に似るのだろう。
 そこで息子が生まれ育つ? 誘拐犯との子どもというわけか。
 でも、脱出? どうやって?
 がぜん、興味をそそられ、劇場に足を運んだ。その映画館では、「公開は5月6日まで」と事務的に表記していたが、終了間際でも劇場内はほぼ満席。人気の高さがうかがえる。
 冒頭は、5歳の息子・ジャックがママと暮らす狭い部屋で、植木鉢やイスなどに話しかけるところから始まる。何気なく見ていたが、ここはラストにつながる重要な場面だ。
 ママは優しい。ジャックをこの上なく愛していることが全身から伝わり、まさか犯罪の被害者とは思えない。でも、ジャックが5歳の誕生日を迎えたときに、「よく聞いて」と息子に打ち明けるのだ。
 テーマは重い、重すぎる……。
 誰の視点で撮られた映画かによって、視聴者の精神的負担はまったく変わってくるだろう。
 たとえば、ママであるジョイの視点だったらどうか。
 17歳で誘拐され、普通の生活を楽しむ自由が奪われた。誘拐犯に性行為を強要され、その結果、男児を出産。息子は可愛いけれど、あの男だけは許せないと、日々、憎しみが募っていく。
 うーん、とても見る気になれない。
 じゃあ、ジョイのママ、つまりグランマからの視点で作られたら?
 ある日、学校に行ったはずの娘がこつ然と消えてしまった。夜になっても、朝になっても、また夜になっても帰ってこない。どこに行ったの? 私の大事なジョイ。
 子どもがいないと、家族の仲がギクシャクする。夫とは疎遠になり、一緒に暮らす意味がわからなくなって離婚。新しいパートナーはいるけれど、心の中には大きな穴が開いたまま。
 これも、ちょっと遠慮しておきます、と言いたくなる内容だ。
 だが、「ルーム」は5歳のジャックの視点で描かれているから、一生懸命ケーキを作ってみたり、「臭いのはママのオナラだよ!」と叫んでみたりで、実にラブリー。ジョイはジャックを邪魔に思うどころか、彼からエネルギーをもらって生きていたのだ。子どもの無邪気さに、視聴者もスクリーンに釘付けにされる。大人だったら、こうはいくまい。
 ジャックとジョイが脱出に成功し、グランマの家で暮らし始めたシーンが好きだ。
 ジャックは、これまでママと誘拐犯しか見たことがないから、グランマやグランマのパートナー・レオを警戒して心を開かない。でも、レオはジャックに聞こえるように独り言をつぶやき、朝食を食べさせることができた。遊び相手の犬も連れてきた。「この子には何の罪もないんだ」と言わんばかりに世話を焼き、実にイイ奴。グランマは目が高い。
 監禁されたジョイ役を演じたブリー・ラーソンは、実際に誘拐された経験があるのかと信じてしまうくらい、真に迫っていた。ジャックしか眼中にないときのジョイ、世界に戻り安心したときのジョイ、心が押しつぶされて混乱したときのジョイという具合に揺れ動き、彼女の衝撃が伝わってきた。アカデミー賞を受賞したのは当然だろう。
 ジャックは腰まで髪を伸ばしている。髪にパワーが宿ると信じているからだ。
 私も数か月前から髪を伸ばし始めた。今ではブラウスの襟に入り込むほど長くなった。髪が伸びるにつれ、なぜか直感が働くようになった。「これはこうしたほうがいい」「あれを忘れているよ、気をつけて」「今がチャンス、すぐ動いて」などなど、転ばぬ先の杖となってくれる。
 映画を見たあとは、「もっと伸ばそう」と決心した。ワタクシ、単純なもので。
 公開終了前に見られて本当によかった、と実感できる映画だった。


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アールグレイは罪な味

2016年05月08日 20時54分14秒 | エッセイ
 朝起きたら、ティーポットにアールグレイの茶葉を入れ、紅茶をいただくのが日課となっている。
 ところが、うっかり硬いものをぶつけたものだから、ティーポットの注ぎ口が欠けてしまった。
「キャーッ!」
 早く新しいものを買わねばと思ったが、ときは5月。母の日があるではないか。
 まずは勝手に下見をする。池袋は品ぞろえがイマイチ、銀座もダメ。新宿伊勢丹が一番充実していた。
 次に、「何が欲しい?」と聞かれてもいないのに、娘の部屋におねだりをしに行く。いや、たかりと言った方が正しいかもしれない。
「ねえ、母の日のプレゼントはティーポットにしてえ」
「え? 母の日っていつだっけ」
 すっかり忘れられていたのが残念だ……。
「8日だよ」
「で、ティーポットっていくらするの?」
 オシャレなティーポットは高い。安いものは500円くらいで買えるが、私がいいと思ったものは2万円前後であった。
「へ? そんな高いの、学生に買えるわけないでしょ」
「じゃあじゃあ、父の日はなしでいいから」
「それ、おかしいでしょ」
 そういえば、キッチンの引き出しに、百貨店共通商品券があることを思い出した。数えてみると、1000円券が25枚ある。
「ミキが出せるのは1万円までだよ。あとは、商品券で払ってね」
「うん」
 そんなわけで、今日は新宿伊勢丹まで、ティーポットを求めてお出かけした。
 小さめのものでよかったのだが、洗いにくいと困る。可愛くて、使い勝手がよくて、清潔に保てるものを探したら、リチャード・ジノリにたどり着いた。



 予定通り、娘が1万円を出して、不足額は商品券から払った。おつりの800円を娘に渡す。
 娘と別れて、夕飯の買い物をしてから家に帰った。
「母の日ありがとう〜!」
 待ちかねた夫と娘が、一緒にプレゼントを渡してくれた。
 どうやら、娘は「何でアタシが全額払わなきゃいけないの」と考え直したのか、夫にプレゼント代を請求した模様だ。内訳が知りたくて、娘の部屋に忍び込んだ。
「ねえねえ、お父さんにいくら出してもらったの?」
「1万円」
「商品券使ったこと、黙ってたんでしょ」
「当たり前じゃん」
「レシート見せて、これだけかかったんだよ、なんて言って」
「そうそう。ミキはおつりの800円分得した」
「詐欺だな」
「いいんだよ」
 たかりに詐欺。どういう母の日なんだか。
 たまには、何も知らない夫に紅茶をいれてあげようかな……。


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2016 ハタチの誕生日

2016年05月05日 14時44分25秒 | エッセイ
 娘が20歳の誕生日を迎えた。
 両親や姉夫婦、妹一家のイツメン(いつものメンバー)が、狭いわが家にやってくる。
「今日からお酒が飲めるから楽しみ」
 グラスを1つ多く準備して、宴会開始の6時を待った。
 5時50分頃、まずは両親がやってきた。続いて姉夫婦も。
 ケーキを持ってくるはずの妹からは、「ゴメン、ちょっと遅れる」とのメールが届く。その日は最高気温が26度を超えており、私は喉が渇いていた。
「どうする? 先に乾杯の練習しちゃおうか」
 両親や姉たちに、こっそり悪事の片棒を担がせようとしたが、娘は練習の意味がわからない。
「つまり、いる人だけで先に飲んじゃって、全員揃ったときには『練習しておきました』って言えばいいんだよ」
 義兄が説明すると、ますます訳がわからないようだった。子どもは全員揃うまで行儀よく待つが、大人は意外と我慢できない。私はビールを取りに、冷蔵庫へ走った。
「ピンポーン」
 タイミングよく妹一家がやってくる。これで全員集合。抜け駆けせずにすんだ。
「あれっ、料理が来ない」
 今回は、フランス料理のケータリングを頼んだのだが、指定時間に10分ほど遅れるという連絡があった。でも、すでに15分過ぎている。こちらに向かっていることは確実なので、待つしかないのだが。
「てことは、結局、練習するしかないんじゃないの?」
「そうだね。シャンパンは料理が来てからにして、ビールとチーズで練習しよう」
「練習、練習♪」
 プシュッとハイネケンを開け、グラスに注ぐ。「ミキ、20歳の誕生日おめでとう。かんぱーい!」とグラスを合わせれば、宴会の始まりだ。間が持てば何でもいい。
「お待たせしました〜!」
 40分遅れで料理も到着した。
「じゃあ、今度はシャンパンね。はい、グラスを空けて空けて」
 本日の飲み物は、3月のワインテイスティング会で購入した「ノクターン」というシャンパンである。甘すぎず辛すぎず、シャープな味わいがうれしい。
「本番いきまーす! ミキ、20歳の誕生日おめでとう。かんぱーい!」
 夫が乾杯の音頭をとったのだが、練習とまったく同じ言葉じゃないか。どういうこと!?
 お料理は9品注文した。人気があったものを紹介したい。
 まずは「蝦夷鹿肉のテリーヌ」。



 ポークともビーフとも違う、クセのない鹿のテリーヌは、軟らかくて食べやすかった。カリカリに焼いたフランスパンと、リンゴのコンポートと一緒にいただく。
「これ美味しい」
 偏食大王の甥が、執拗に箸を往復させているのには驚いた。そういえば、彼はオーストラリア土産のカンガルージャーキーも気に入っていたっけ。ジビエ料理にハマる素質は十分だ。
 それから、「富士山麓のマスのマリネ」も人気だった。



「あらっ、それ、スモークサーモン?」
「違うよ、マス」
「ふーん」
 74歳の母に食材の説明をする。淡白で、この日のように暑い日にはピッタリの料理だ。ノクターンは2本用意したのだが、からっぽになってしまった。
「スモークサーモン、もっとちょうだい」
 母が皿を差し出して頼む。マスだっちゅうに……。
「白身魚のパイ包み焼き」は、再度オーブンで温め、アツアツを提供する。



「すごーい」
「大きいね」
 尻尾の中まで身が詰まっていて、シェフのこだわりが感じられる。ここでは77歳の父がボケた。
「何だ、その魚はずい分大きいな。本物か……?」
 マジすか!? たしかにリアルだけど、どう見てもパイでしょ。
 最後に、「キノコのピラフ」。



 バターライスにキノコを載せて運んだら、それまで「お腹いっぱい」と言っていたはずの来客が、喜んで取り分けているではないか。あっという間に売り切れた。
 甘いものは別腹というが、ご飯も別腹なのではないだろうか。
 ケーキの前にプレゼントを渡す。20歳という区切りに、生まれ年のワインと名入れグラスのセットを用意した。



「わあっ、ありがとう!」
 喜んでくれたが、すでに娘はシャンパン、赤ワインを5〜6杯飲んでおり、目の周りを赤くしている。生まれ年ワインを開ける必要はなかった。
「頭があるといいね〜」
 これまた酔っ払いの妹が、ボトルで人形ごっこを始めていた。黒のシュシュをボトルに巻くと、それなりに人に見えたりして……。



「後ろはこんなになってるんだね。エプロンみたい」
 見えないところにも、布が欲しかったのだが、まあ仕方ないか。
 ケーキのあとは、娘からお礼の言葉があり、お開き。盛りだくさんの一日だった。
 片づけをしながら、初めてのアルコールでは何が一番美味しかったか、娘に聞いてみた。
「ハイネケンだね。ワインやシャンパンは重すぎた」
 それって、練習用なのでは……。


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2016 メーデー

2016年05月01日 22時26分32秒 | エッセイ
 5月1日はメーデー、労働者の日である。
 組合には加入しているが、わざわざ日比谷まで出かけるのが面倒で、一度も行ったことがない。しかし、今年は分会長の役が回ってきたので、一転して声掛けをする立場になった。
「今年はメーデー行かれますか?」と聞いて回ってみる。反応はさまざまだ。
「このところ、ずっと参加していないんですよね。どうしようかな」
「私なんて、一度も行ったことないんですよ。でも、今年は参加しなくちゃ、あはは」
「そうなんですか。じゃあ行こうかな」
 てな具合に、インチキな勧誘が功を奏して、11人もの組合員が参加してくれた。しかも、去年より参加率がいいのが不思議である……。
 午前9時の日比谷公園。すでにビラ配りが始まっており、ほんの100m歩くだけで、10枚以上のビラが集まった。早くからご苦労なことだ。



 会場となる野外音楽堂は、まだスカスカ。5月らしい陽気で、ジャケットを着なくても寒くない。天気予報では、最高気温が26度まで上がると言っていたが、太陽も準備中のようだ。きっと、充電しているのだろう。



 開会の9時50分が近づくと、人口密度が高くなる。10時過ぎには空席がなくなり、立ち見の人も増えてきた。太陽も充電完了のようで、屋根のないところには容赦なく日差しを浴びせるものだから、腕も顔もジリジリとソテーされた。雨よりはいいが。
 来賓で光っていたのが、ピンクのジャケットを着こんだ福島みずほである。都労連委員長や、メーデー実行委員会の挨拶は、聞いていても頭に残らないのに、演説で鍛えた政治家は違う。声の大きさ、滑舌、スピードが聞き取りやすく、伝えたいことを上手くまとめていた。強調したいフレーズは短めに、何度も繰り返す。仕事柄、私も人前で講話をすることがあるから、参考にしよう。
 それぞれの団体の主張を見るのも一興。







「JALは不当解雇を撤回せよ」など、誰かが声を上げないと、働きにくい世の中になる。労働者の権利には疎いので、もっと勉強せねばと反省した。
 11時から有楽町方面に向かってデモをする。





「原発いらない」
「戦争法は廃止せよ」
「保育所増設」





 買い物客でにぎわう銀座界隈。シュプレヒコールを上げながら、ここを通過する日が来るとは思わなかった。歩きながら、ウインドーのバッグやワンピースをチラ見する。
「じゃあ、ここで解散です。お疲れ様でした」
 昼前に、ゴールの鍛冶橋に到着した。あとは、仲間とお昼になだれ込む。冷えたビールの美味しかったこと!
 こんなゴールデンウイークの過ごし方も悪くない。


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こんなところに

2016年04月28日 23時33分13秒 | エッセイ
 4月は実に忙しかった。
 授業の準備、転学生徒の書類送付、各種調査の回答に加えて、オリンピック・パラリンピック教育の予算申請、新任者の歓迎会の手配などで、7時前に帰れた日は少ない。
 その日もすっかり遅くなってしまったが、ようやく仕事の目途がつき帰ることにした。
 しかし、ポケットを探っても、ロッカーのカギが見つからない。
 机の中だったかしらと引き出しを開けてみたが、それらしきものはない。レターケースにもデスクの上にも、ないないない。
「えーっ、どこにいったんだろう……」
 ロッカーにはカバンが入っている。定期券に財布、家のカギ。大事なものは全部この中だ。これを出さずに帰れるはずもない。
「うーん、困った」
 もう一度、白衣のポケットに手を突っ込む。思った通り、手ごたえはない。パンツのポケット、机、デスクトレーと、心当たりを片っ端から確認したが、ないものはない。
「となると……」
 スペアキーはないので、カギがなければロッカーを破壊するしかない。カギの部分を金づちでパコーンと叩けば、部品が外れて扉が開くだろう。
 だが、一度壊したものは元に戻らない。ただでさえ、お金がなくてピーピーしている学校の備品を破壊するとは何事か。無残な姿と化したロッカーを見て、物品管理の責任者は激怒するに違いない。行動範囲を広げて、もう少し探してみよう。
 ロッカーのカギには、大天使ミカエルのキーホルダーがついている。机のカギも2種類ぶら下がっているから、落とせば音が出るはずだ。気づかぬまま、こつ然と姿を消した大天使。いったいどこに行ったのか。「戻ってきてよ!」と強く念じた。
 ふと、夕方に講演会の準備をしたことを思い出した。機材を出すため、特別教室のカギを同じポケットに入れたのだっけ。
 ひとまず、特別教室に行ってみよう。何かヒントがあるかもしれない。
 キーボックスを開き、特別教室のカギを手に取ろうとしたとき、発信機の「ピッピッ」という音が聞こえたような気がした。
「ん? 怪しい。何かありそう」
 根拠は何もない。いわゆる動物的直感というヤツだ。私はキーボックスのカギを端から順にチェックし、「ピッピッ」の音の出どころに近づこうとした。キーボックスは、整頓されておらずゴチャゴチャだ。ひとつのフックに2つも3つもカギがかかっていて、かかり切らないものがいくつか底に転がっている。かきわけ、かきわけ見ていくと、銀色に輝くミカエルが顔を出した。



 何と、こんなところに私のカギが眠っていたとは。
「あったあった!」
 これで備品を破壊せずに帰ることができる。猪を仕留めた猟師のように、私の心は達成感ではちきれそうになった。
 なぜ、ポケットの中のカギが、キーボックスに移動したのか、真相を探ってみる。
 講演会の準備が終わり、特別教室を施錠するときだった。「僕が閉めておきますよ」と申し出た男性教諭がいたので、ポケットの中のカギを渡した。このとき、ロッカーのカギもまぎれてしまったらしい。同じ場所にあったことが裏目に出たようだ。
 この男性は、異動してきたばかりで、キーボックスの中を見たことがない。ミカエルのカギも特別教室の一部と思い込み、忠実に収納したのである。いわば、自分の不注意から招いた事態であった。
「よしっ、スッキリしたぁ〜!」
 すっかり遅くなってしまったが、カギ穴にカギを差し込み、勢いよくロッカーを開ける。カバンを取り出せたときは、涙ぐみそうなくらい嬉しかった。
 キーホルダーはミカエルに限るねっ。


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祝オスカー 「レヴェナント 蘇えりし者」 

2016年04月24日 20時58分21秒 | エッセイ
 たまたま六本木に行く用事ができた。
 ついでに美術館に寄ろうと考えたが、好みの展示がない。ならば映画である。
 あったあった。
 レオ様悲願のオスカー受賞作「レヴェナント 蘇えりし者」が、公開されたばかりだった。



 ネタバレしない程度にストーリーを紹介すると、ときはアメリカ西部開拓時代。レオ様はグラスという役で、白人の狩猟隊の現地ガイドをしている。グラスの隣には、先住民女性との間に生まれた息子、ホークが常に寄り添っていた。
 アメリカ北西部は極寒の地。撮影のため、わざわざマイナス20度の場所をロケ地にしたというこだわりで、春なのにこちらも寒くなってきた。吹雪や寒さと戦いながら、この狩猟隊は毛皮の商いのために狩りを続ける。
 しかし、ある朝、グラスはグリズリーと呼ばれるハイイログマに襲われた。どうにかこうにか倒したが、彼自身も瀕死の重傷を負い、自力で動けなくなった。隊長はグラスを担架のような板に載せ、担いで運ぶように指示を出す。しかし、隊長の目の届かないところで、裏切り者に息子を殺された上、置き去りにされてしまう。
 血まみれのレオ様を見て、ふと「ギャング・オブ・ニューヨーク」で半殺しの目にあった場面を思い出した。かの大作「タイタニック」では死亡、「ロミオ+ジュリエット」でも死亡、「華麗なるギャツビー」でもやっぱり死亡。レオ様、受難率高し。
 クマの爪は恐ろしい。グラスが川で水を飲むシーンでは、口から入った水が切り裂かれた喉から噴き出し「うえっ」と顔をしかめた。
 グラスの心の支えは、息子を殺した男に復讐すること。だが、敵はグリズリーだけではない。オオカミだっているし、凍える吹雪も襲ってくる。先住民の襲撃から逃れ、食べものを求めて、彼は必死に生き延びる。
 現代人は、マッチやライターなしでは火をつけることすらできない。グラスは、火打石のようなものを使って火を起こし、枯れ草に広がったところを石で囲み、慣れた手つきで切り倒した木をくべていく。川に罠をしかけ、魚を捕れば生のままかぶりつく。ときおり「フィッツジェラルドが息子を殺した」と文字に残し、復讐のともしびが吹雪に吹き消されないよう確認しているように見えた。
 自分だけの力で生きていくこと、それはとても難しい。とりわけ、便利さに慣れた現代人には。たくましさに、ちょっと感動した。
 ケチをつけるとすれば、ラストでフィッツジェラルドを追いかけるところだろうか。深い雪の中を、隊長とグラスは2人だけで馬を並べ、走らせていく。
 なぜ、隊長自ら?
 普通、手下にやらせて首を持って来させるのではないか。もし、隊長自身が行くとしても、お付きの隊員を何人も従えると思うのだが。伝記に基づいたとはいえ、設定に無理があると感じた。
 上映時間157分と長かったが、全然退屈しなかった。レオ様の渾身の演技はもちろんのこと、フィッツジェラルド役トム・ハーディの二枚舌を駆使した悪役ぶりが見事である。暗くて絶望的な場面が多い中で、フィッツジェラルドに翻弄される善人・ブリジャーが、先住民の女性にそっと食料を置いていくシーンには心が温かくなった。
 あらためて。
 レオ様、主演男優賞おめでとう〜!


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恐怖の3文字

2016年04月21日 21時18分33秒 | エッセイ
 昨年10月に健康診断を受け、相変わらず血糖値が高いとはわかっていた。正常値は越えていないが上限ギリギリ。しかし、年明けに職場の福利厚生課から届いた「健康診断ワンポイントアドバイス」を読み、考えの甘さを思い知らされた。
「あなたは、糖尿病になる一歩手前です」
 糖・尿・病……。
 拳で心臓を叩かれたような衝撃である。
 学生のとき、仲間の一人が糖尿病にかかった。しかも、若年性ではなく老人性の。夏の強い日差しの下で、冷えたコーラやファンタを美味しそうに飲んでいる友人を横目に、彼は下を向いて一人ウーロン茶をすすっていた。何だか気の毒で声もかけられず、彼の小さく丸まった背中を見つめるだけだった。
 私は、そうなりたくない。まずは、仕事帰りのケーキやドーナツをやめよう。一時はやめていたのに、ストレスが増えたら復活してしまった。職場での甘いものもダメ。何か食べたくなったら、ナッツや小魚で我慢我慢。



 さすがに、夕方になればお腹もすくけれど、糖尿病の3文字を思い浮かべてやり過ごす。血液中の糖度が高まれば、血管を傷つけたり失明したりと、命に関わる問題が起きる。たかがおやつのために、危険な目にあうのは真っ平御免だ。
 先日、たまたま夫が見ていたテレビ番組で、血糖値を下げる食事のコツを特集していた。普段、テレビに興味はないのに、このときばかりは息を殺して画面を食い入るように見る。
「朝の血糖値を上げないことが大事です。ご飯はとろろ芋などのネバネバした食品と一緒に食べると血糖値が上がりません」
 へ? とろろ? 考えたこともなかった。
「つまり、消化のいいものを食べるから血糖値が上がるわけで、消化が悪くなるようにネバネバでコーディングするんですね。みそ汁の具も、なるべく大きく切ってください」
 ほおお。納豆やオクラでも同様らしい。
「食前のフルーツも効果があります。適度に糖分をとることで、インスリンの準備運動ができて糖の仕分けがスムーズになります」
 ダメで元々。試してみる価値はある。早速山芋を購入し、すりおろして製氷皿に冷凍保存する。



 これを2つずつ取り出し、自然解凍してご飯にかけるのだ。



 食前のフルーツとしてはリンゴを勧めていた。血糖値の上昇を抑える働きがあるのだとか。
 ……本当?
 白黒つけるのは、しばらく続けてみてからにしよう。効果があることを期待して。
 しかし、時間が経つと危機感が薄れ、疲れた脳が「甘いものをよこせ」と命令してくる。忙しいときは「時間がないから無理よ」と断れるが、暇なときが危ない。まめに体を動かして、脳につけこまれないようにしなくては。
 最近は、「スイーツにとろろをかけて食べたらどうよ」と誘惑してくる。
 んん?
 それって、もはやスイーツじゃないのでは……。


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ささやかな支援

2016年04月17日 21時46分48秒 | エッセイ
 屋根瓦が落ち、石垣や櫓が崩壊した熊本城の痛々しい姿は、本当にショックだった。
 熊本を襲った大地震で被災された方々には、心よりお見舞い申し上げます。

 義父が熊本出身ということや、先月佐賀を訪れてよい印象を持ったこともあり、この震災で何ができるだろうかと考えていた。そんなとき、facebookに熊本在住のユーザーアップした記事を偶然目にした。
「今、熊本は大変なことになっています。スーパーに食料はなくガソリンにも制限がかかりました。天気が崩れて気力の面でもギリギリです。どうか救援物資を送って、私たちを助けてください。必要なものは、水、紙おむつ、粉ミルク、タオル、食料……」
 切実な投稿である。読んでいると、息ができなくなるような切実感に胸が苦しい。
 見かねて、夫と娘を連れてスーパーに走った。救援物資を用意しなくては。
「お母さん、東日本大震災のとき、ラップがあると食器を洗わなくてすむから便利だと書いてあったよ。あと、ウェットティッシュより赤ちゃんのお尻ふきのほうが大判で使いやすいって」
 大学2年の娘も、ツイッターなどで同様のつぶやきを見て、何かせねばと思ったようだ。駐車場に夫を待たせ、買い物かご3つ分の日用雑貨を買い求めた。



 実にささやかなものだけど、何十人何百人もの人が、ちょっとずつでも送ればまとまった量になる。ゼロは何倍してもゼロのままだが、1や2なら、ちりも積もれば山となるのだ。
「えーと、区役所で送れば送料無料と書いてあるけど、何階に行けばいいだろう」
 帰宅して区のホームページを見ると、「救援物資の斡旋はしていません」などという事務的な文字が目に入る。どうやら、まだ対応できていないらしい。ならば宅配便でと思ったが、主要な業者は被災地向けの荷物の受け入れを停止していた。
 どうすりゃいいんだ?
 海上自衛隊のページでは、輸送艦「しもきた」が、本日午前に大分県大在港にて救難物資を陸揚げしたと報告していた。よくやってくれたと感動し、「超いいね」ボタンを押した。でも、熊本まで届くとは限らない。この切羽詰まった願いをアップした方は、物資を手にすることができるのだろうか。テレビに映る避難所の方たちも、口をそろえて食料が足りないと言っているのに。
 あれこれ調べていたら、救援物資の受け入れが、被災地の大きな負担になる現状を訴えたサイトにヒットした。私のように、大きな箱にあれもこれも詰め込むやり方は、物資の仕分けに手間暇がかかるためNGだという。ひとつの箱にはひとつの種類だけにして、「生理用品」「水」「紙おむつ(M)」などの中身を書いた紙を外側に貼れば、仕分けがいくぶん楽になるとか。
「なるほどねぇ。じゃあ、箱がいっぱいになるだけの数を買ってこないと」
 物流が復旧するまでには、まだ時間がかかりそうだ。
 近所のスーパーやドラッグストアに足しげく通い、できることをやっていきたい。
 微力ながら、被災された方々の力になれればと思います。


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遠いボトル

2016年04月14日 21時41分42秒 | エッセイ
 20代の頃は白ワインが好きだった。
 30代半ばから、赤ワインのポリフェノールに惹かれて鞍替えしたが、40代後半の今はシャンパンやスパークリングワインなどの泡ものにはまっている。
「ねえ、ワインテイスティングの会があるって。招待状もらったから一緒に行かない?」
 だから、姉からの誘いは実に魅力的で、何を置いても行かねばという気持ちにさせられた。

「いらっしゃいませ。本日、テイスティングできるワインのリストです」」
 担当者のゴツゴツした指から差し出された紙片には、ドイツ、フランスはもちろん、アメリカ、チリ、オーストラリア、南アフリカ、イタリア、ハンガリーなど、多数の国名が載っている。これは楽しめそうだ。
 リストには50種類ものワインが書かれていたが、強力な動物的嗅覚が働き、一瞬にして欲しい商品を見つけた。
「泡ものがあるわよ」
 すかさず姉に耳打ちする。
「どこどこ? あっ、本当だ。飲みたいわねぇ」
 この会にはつまみが出る。担当者はプレートとワインのボトルを準備し始めた。
「じゃあ、まず白からでいいですか」
「あのう、泡ものからがいいです♪」
 姉と2人で、ハモるように頼んでみる。あとから知ったことだが、テイスティングなどでは泡ものは最後に出すのが定番らしい。濃度が高いので、万一酔ってしまうと、そのあとの味見ができなくなるからだ。
「……じゃあ、泡ものから行きましょうか」
 ゴリ押ししたわけではないけれど、売り上げに関わらないと判断されたようで、私たちのささやかな要望は受け入れられた。
 カヴァとシャンパン2種を飲み、ノクターンという商品を買う。ほどよい甘味と舌の上で踊る口あたりが気に入った。ロゼのスパークリングワインはおまけらしい。



 今度こそ白。8種類飲んだ中で、イタリアの「I Frati」という読めない名前のワインは、酸味と甘味のバランスがよくピカイチだった。迷わず注文する。



 最後に赤。姉はガバガバ飲んで何やら買ったようだが、13種類試しても、私には欲しいものがなかった。好みは年々変わっていくのだろう。還暦を迎えたら、焼酎命になっていたりして。
 この会のいいところは、ひたすらワインの味見ができるところである。好きなら買えばいいし、イヤならスルーできる。
「もう一度飲みたいものがあればご遠慮なくどうぞ」
 つまり、おかわりも可というわけだ。
「他に飲んでみたいものはございますか?」
 リクエストもできる。私はドイツワインが好きなのだ。これを買わずして帰れるはずもない。
「この甘口の白は、まだ飲んでいませんよね」
「そういえば、甘口がお好きでしたね。じゃあ、ドイツ2種とハンガリー2種をお試しください」
 また飲む。ボトルがオシャレで、ほどほどに甘くてしつこくない、ピーロート・ブルー・アウスレーゼというドイツワインを買った。



 結局、私と姉が飲んだワインは27種類で、グラス2杯半ほど。一度に、こんなに何種類もの酒を飲むことはないから、お酒だけでなく、非日常感にも酔いしれる。
 テイスティングに使ったグラスはおみやげ。ウシシシ。



 今月早々に届いたが、実はまだ飲んでいない。
 年度始めとあって仕事が忙しく、猫の手も借りたいほど。



 涼しい場所に保管してあるボトルが、遠く遠く霞んで見える……。
 早く飲みたいよー!


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アマリリスと桜と青い空

2016年04月10日 21時40分16秒 | エッセイ
 年明けに妹から純白のアマリリスをもらった。



 初々しく、若いエネルギーを見せつけるように、弾けるような花をいくつも咲かせた。



「うわあ、キレイねぇ。白も素敵」
「豪華だね。見とれちゃうよ」
 私も夫も、思わず彼女を褒めまくる。
 隣には、数年前からいるアマリリスが、波平のような葉を垂らしたまま、無言で横を向いていた。ちょっと拗ねているらしい。



 まるで、男性陣からチヤホヤされるキャピキャピの新入社員を見て、面白くない顔をしている年配女性のようだ。
「うん、わかるわかる。私だってそうだもん」
 決して、若い女性が悪いわけではないけれど、対応に差をつけられれば腹が立つ。
「じゃあ、若い男性とむさ苦しいオヤジがいたら、笹木さんは平等に接するんですか?」と聞かれたとしよう。お恥ずかしながら、私の答えは「……いいえ」である。
 自分のことはさておき、人に厳しくなりがちなのはよくない。
 遅ればせながら3月中旬に、年配アマリリスもつぼみをつけ、桜の開花と同時に花を咲かせている。この艶やかさを、写真に残しておきたくなった。
 鉢を持ってベランダに移動する。
 植物は日光のあるほうに向かって伸びるので、熟女ちゃんは斜めになっている。



 今日は日光を浴びて、機嫌がよさそうだ。
 透けた花びらが色っぽく映る。白い肌が、ほんのり桃色に染まった女優に見えないこともない。



 今まで4つの花をつけていたが、今回は3つ。栄養不足だったのかもしれない。動物虐待ならぬ植物虐待だったら申し訳ない。ちゃんと肥料をやらねばと反省した。



「あっ、まだ桜が残ってる。桜を背景に撮ろうよ」
 アマリリスは、ちょっとはにかんでいる。鉢をベランダの手すりに載せて、桜の前に配置すると、斜に構えてポーズを取った。



「あら、いい出来。もっと撮ろう」
 その日は風が強かった。東からのぬるい風に身をのけぞらせ、アマリリスが笑っているように見えた。



「おっと、落ちないように気をつけなきゃね」
 風がやむと、彼女はカメラの正面を向く。キリリと姿勢を正し、強いまなざしでこちらを見る。



「はーい、おしまい。よく撮れたよ」
 風から守るように鉢を持ち上げ、室内に戻す。
 早く肥料を買わなくちゃ。来年はさらに妖しく美しく咲きますように。
 ちゃんと新入りアマリリスにもあげますから、ご安心を〜!


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お皿は語る

2016年04月07日 21時22分07秒 | エッセイ
 日本商工会議所の簿記検定2級は結構難しい。
 大学2年の娘は、経営学科ということもあり、絶対合格するんだと宣言して臨んだが……。
 1回目は2015年の2月だった。独学で受験すると張り切っていた割には、1月になっても問題集が新品のままでピカピカしている。範囲が広いのに大丈夫だろうかと心配していたら、1か月前にようやく机に向かい始めた。
「うーん、ダメだ。全然わからない」
 当然、検定試験は惨敗。ネットで得点を確認することすらしなかった。
「詳しいから明日から勉強して、6月の検定を受けるよ。受験料は自分で払うから」
 検定料はネット手数料を含めて5278円。バイトもしていない大学生には痛いはずだ。今度こそ、しっかり勉強するだろうと思っていたのに、問題集を開いたのはたったの1日で、あとは遊んでばかりいた。
 また、ひと月前に勉強を再開し、「何だこの問題は」を連発する始末。結果は63点で不合格だった。
「なかなかサイトにつながらなくて、やっと見られたと思ったら、あと7点で落ちてた……」
「勉強しないんだから当然でしょ。もう受けるのやめたら?」
「やだ、あと7点だもん。今度こそいける気がするから、11月にまた受ける」
 しかし、このときは、試験勉強を始めたのが何と3週間前。67点で落ちた。
 高校時代の一夜漬け感覚が抜けないのだろうか。いい加減、私もあきれ果てた。こづかいを何に使おうと自由だが、そんなに商工会議所を儲けさせることはない。
「何回同じ失敗を繰り返すつもり? もうやめなよ」
「ううん、また2月に受ける。これで最後にするから、今度こそ今度こそ!」
 娘は、しつこかった。もとい、あきらめなかった。いや、あきらめが悪かった。
 矯正中の歯をギリギリと噛みしめて、できた問題、できなかった問題を確認し、苦手分野を放置したツケが回ったのだと分析した。
 正直いって、こんなに粘る子だとは思わなかった。これまでは、うまくいかなければすぐに投げ出すし、できるようになると飽きてしまう。まさか、4回もネチネチネバネバと挑戦し続けるとは。
 さすがに過去を反省したのだろう。2カ月前から毎日の予定を決めて、スマホを触りたくても我慢、眠くなっても我慢で、計画通りに学習した。できなかった問題は二回三回チャレンジし、遊びに誘われても断っていた。おかげで、85点で合格できたものだから、娘はどうしたらいいかわからないくらい喜んでいた。
「やった、やった〜!」
「よかったね、おめでとう!」
 私もうれしかった。努力が報われたことはもちろん、子どもから「あきらめないで頑張れば、夢が叶う」と教わった気がしたからだ。
 合格証書の交付は4月5日から。早速、娘と一緒に取りに行った。帰りに、スペアリブでお祝いディナーを楽しんだ。
 デザートに、ちょっとしたサプライズをしかける。



「あっ、何これ。合格おめでとうだって。すごい!」
 お店のサービスで、記念プレートを作ってくれるのだ。これはまた、別の趣があってうれしい。
 実は、先月、24回目の結婚記念日に家族でランチをしたら、ここでもサプライズがあった。



 口で「おめでとう」と言ってもらえると、思わず笑顔がこぼれるものだ。
 お皿に「おめでとう」と描いてあると、胸にハートマークが飛び込んでくるような衝撃があって、幸せがポロリと落ちてくる。
 お祝いっていいな。


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やっと来られた! 吉野ケ里遺跡

2016年04月03日 21時34分04秒 | エッセイ
 吉野ケ里遺跡は、今から1800年前、弥生時代後期後半(紀元3世紀頃)の吉野ケ里を復元したものである。



 2400年前、朝鮮半島南部から北部九州に稲作耕作が伝わり「生産」が始まった。食料生産が安定することによって、人口は増加し住居も増えたが、土地や水、貯蔵された穀物をめぐって争いが起きるようになる。やがて、それが組織的な戦いに発展したのだという。
 日本史を学んだのは高校生までだ。ウン10年も経っているので、穏やかな稲作王国というイメージを勝手に作っていた。無知とは恐ろしい。
 遺跡からは石鏃、銅鏃、石剣、鉄剣などが多数出土している。また、350体以上発見された人骨には、頭骨のない男性、材質の異なる10本の鏃(やじり)を射込まれた男性、剣の刺さったものなどがあり、戦いによる犠牲者が出ていたことがわかった。
 武器の倉を見ると、当時の戦い方が想像できる。





 また、敵の侵入を防ぐために逆茂木をめぐらせたり



 物見櫓から監視もしていたようだ。



 集落には様々な建物がある。
 大人(たいじん)の家。



 中にも入ることができる。



 主婦としては、煮炊屋の中が気になった。



 王の家は屋根が立派。



 倉は高床式で、ねずみ返しがついている。



 ひときわ大きな建物は主祭殿。指導者たちが話し合ったり、最高司祭者が祖先の霊に祈りをささげたりしていたようだ。





 髪型に時代が表れている。



 部屋の隅に置かれた加湿器らしきものに、クスクス笑いをしてしまった。



 当時の衣装も展示されていた。



 上層人の衣装には絹、庶民の衣装には麻が使われていたそうだ。庶民の衣装を着るコーナーもあったが、あまりにも質素なので遠慮しておいた。上層人の衣装だったら着たかったのだが……。
 特に興味を引かれたものが「甕棺(かめかん)」である。これは、素焼きの土器を使った棺で、北部九州地域に特徴的な墓制らしい。



 埋葬された場所や配置、副葬品の有無や種類から当時の階層、社会制度を復元するのに役立つという。



 北墳丘墓は吉野ケ里を治めていた歴代の王の墓で、14基の甕棺が見つかっている。一般の墓と違って、ガラス製の管玉(くだたま)や青銅の剣などの副葬品が収められていたところから、身分の高さがうかがえるというわけだ。
 甕棺は2つ使用する。一つの甕棺に死者を収め、もう一つの甕棺を粘土でつなぎ合わせていた。



 北墳丘墓からさらに北上すると、一般庶民が葬られた甕棺墓列がある。





 血縁関係のある一族の集まりが、20mから40mごとにひとかたまりになっていて、死んだ後も一緒にいられるのだ。埋葬したあとは土まんじゅうで目印を作ったという。



 甕棺墓は、現在3500基以上が発見されているが、未発掘の区域も多いため、膨大な数が地下に埋まっているそうだ。
 夢中で見ていたら、お昼の時間になっていた。レストランで「吉野ケ里御膳」をいただいた。



 あっさりしていて品数も多く、どのおかずも美味しかったので、おススメしたい。
 満足して帰路についた。
 ところが、この日の夜から、丑三つ時になると目が覚めることが続いた。長いことお墓を見ていたので、何かがくっついてきたのかもしれない。3日後からはぐっすり眠れるようになったが、レジャー気分で見て回り、死者への配慮が足りなかったことを反省する。
 安らかな眠りを妨げないように、静かに静かに見学してください。


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